Entrance~杖の章~   作:Boukun0214

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奪う

見知らぬ山奥の集落で、俺は単独で息を潜める。

装備を確認する。

背中には慣れてしまった剣の重さがしっかりとある。くすんだ緑色の上着と、褐色のズボンは森の木々に紛れるのには悪くない。予備の武器として短剣もある。

ただし食料などは無し。数日やり過ごすのは無理そうだ。

誰かが歩いてきた。二人の獣人の男だ。

耳を澄ませて、息を潜める。

 

「───それで、結局あの馬車はどうなったんだ?」

「荷物そのものは無理だったな。でもまあ、珍しいガキなら一人捕まえたぜ。ソイツを取り戻しに追っ手が来ればこっちのもんだ。馬車は手薄になる。来なければ売っちまえばいい。」

ノアくんの事だ。

俺は彼を追ってここまで来た。いや、そう言えば聞こえは良いが、追おうとしたら足を踏み外して崖を転落。その先が偶然盗賊の集落だっただけの話だ。

言い方からして、おそらくではあるが馬車の方には何かしらの見張りがついていそうだ。サラさんの判断は正解だった。

 

 

 

 

時間は半日前。

まだ日が昇らぬ時間帯。俺は見張りの交代で火の番をしていた。

他のメンバーは眠っている。俺は十分寝たので、あとは朝まで起きているつもりだった。

何も起こらなすぎて、気が緩んでいたのだろう。

気が付いたときにはもう遅かった。

───囲まれている。

気付いた次の瞬間、焚き火がジュッと音を立てて消える。星明かりの夜。視界が慣れるまでの数秒の間に、俺は緊急を皆に知らせようと馬車の叫ぶ。

「皆!起きて!!」

最初に反応したのはシミィさんだった。

「敵襲だ!」

次に商人のリーダーであるジェルさん。

誰かが光魔法(ライトスペル)による光源を発する。視界が照らされて、そのときに他のメンバーも緊急を察して動き出す。

剣を引き抜き、構えを取る。周囲の面々も魔法や己の武器を構える。商人は近接武器を構える人が多く、それには炎や雷のような付加魔法(エンチャント)がなされていた。

事態はそこから、数刻。敵の規模は思ったよりも多く、乱戦となりながら鎮圧に完了する。

何人を刃で斬ったかわからない。命までは取ってはいないが、健を切ったり骨を断ったりと加減はできなかった。相手は完全に殺す気で、実際、自分は何度も本来ならば致命傷であろう傷を受けた。頭を割られたり、心臓を突かれたり、肩を切り落とされたり背中を抉られたり。戦い方が下手なのだろうか。その都度、シミィさんによって全快まで回復して貰った。感覚としては自分がゾンビになったようだった。

兎にも角にも、俺達はなんとか相手を撃破。その頃には空が白んでいた。

全員の無事を確認する。

俺と、サラさん、シミィさん、ジェルさんを始めとする商人のパーティー。数えて気付いた。

「ノアが居ない・・・!」

サラさんが声を上げた。勿論、周辺を探したが見当たらない。当然、死体もない。考えられることは拐われた事くらいだった。

 

 

 

 

 

 

状況を整理する。

現在、依頼(クエスト)開始から二日目。一日目に退けた盗賊の一派の仲間によって再度の襲撃。荷馬車は守ったが何故かノアくんが拐われる。サラさんの判断により、用心棒としての依頼そのものは続行。都心までの半日の道のりをサラさんとシミィさんで送りきる事に。一方で俺は彼を助ける為に単独行動を。と言うよりは、勝手に先行をした結果俺とサラさんの役割が反転した訳なのだが。後悔しても遅い。落下したときにサラさんに言われたことは二つ、「ノアのローブを取れ」「山の反対側で合流」だ。

 

まず最優先はノアくんの身柄の場所を見付けることだ。

先程の男達の後をつける。隠行(ステルス)は慣れていないが、慎重にいく。

ふと、この獣人の片方の首を跳ね、もう片方を脅して中心部まで辿り着くことが頭を過る。そして首を振る。それをやったところで、中心部を俺一人で制圧できる見込みは無い。

───奪え。

煩い。お前は黙ってろ。

脳に浮かんだ意味を鎮める。

懐から短剣を取り出し、そっと腰を屈めて草木に隠れながら男達を見失わないように追っていく。

やけに長く歩いたように感じる。日が空の高くに登ったくらいに、大きな目立つ建物へ男達が入っていくのを確認した。

見るからに拠点だ。

少し遠くの木に登って、慎重に、見張りの目線に立たないように建物の中を覗こうとする。うまく見えない。けれども中の作りは多少豪華で、中にはボスがいそうだ。

それを認識したところだ。

後頭部に強い衝撃を感じる。

「───ッ!?」

バランスを崩して枝から足を踏み外す。落下の衝撃を逃すために受け身をとろうとしたら、今度は背中に強い衝撃を受けた。

「おーおー。すまんな。雑巾かと思って踏んじまった。」

そのまま地面に再度頭を撃った俺は、ぐわんぐわんと鳴る景色のまま顔面に土の味と痛みを感じる。おそらく蹴られた。背中が痛くて身体が動かせない。失敗した。即座にそう思った。

「なんだ?お前、珍しい色してるな。」

頭を大きな手で掴まれ、そのまま足が浮く。毛むくじゃらの顔が目の前にある。

下ろされたと思ったら、足を掴まれ、雑に身体が引き摺られる。意識が朦朧として、抵抗も満足にできない。そして屋根のある場所に放り投げられ、木張りの床に放り投げられた。頭だけは正常に働く。多分、ここは俺が覗こうとしていた建物だ。

「頭。なんか珍しいガキ見っけました。」

まだ身体は満足に動かせず、床で悶える。

「白い髪に紅い瞳の人間属か。野郎なのが残念だが、変態にゃ売れるか。」

「かぁ~、うちの本職はガキ売りじゃねぇんだけどなぁ!今日は入荷が多いねぇ!」

下品な笑い声が聞こえる。何人だ?大勢だということはわかった。

「このよくわかんないガキは見た目は女みたいだからな。あっちはあっちで高値で売れそうだ。」

きっとそれはノアくんの事だろう、と。

・・・"この"?

視線を上へとずらす。力無く、ぐったりとした男の子が、壁に繋がれていた。

 

ぷっつん。

久し振りにこの感覚が来た。

頭にカッと血が上る感じ。

それなのに、別の場所はサーッと冷めていく感じ。

そして頭の中に、訳の分からない言葉が大量に溢れていく感じ。

───殺せ(うばえ)───壊せ(うばえ)───奪え(うばえ)

その衝動は俺の左手を、自然に背中の剣へと持って行った。

 

───そうだ。それでいい。

その剣に触れた瞬間、訳の分からない言葉は確かな意味として俺の中に響いた。

「それでいい。」

口が動いた。俺の意思ではなく、()()()()()で。

そして動かないはずの身体が動いた。足は体重を支えて立ち上がり、視界の霞は消えて醜悪な有象無象の形がしっかりと判別できた。

自分の身体が、自分の知らない動きをする。ある種の武を極めた、最低限で最高率の動きだ。それは俺の願望(きぼう)であり剣の衝動(いし)だ。

立ち上がる途中の前傾姿勢のまま足を踏み出して半歩。腰を捻って肩を押し出し、腕を伸ばして剣を握った手の手首を曲線を描くように振る。何かを斬ったとは思えない程に、すっと刃が通る。

斬ったものは頭と呼ばれた獣人の頭部と胸部の間にあるもの。ごろんと頭が落ちて、胴体から生臭い液体が吹き出す。

笑い声が止んだ。

「これで一人。」

しんとした建物の中を、ゆっくりと見回す。

命の灯火が、大量に存在する。

大勢の怒号が響いた。

二人目は俺を殴った男だった。後ろから来たので、振り向き様に剣を振ると首が落ちた。

なんだ。呆気ない。この身体はこんなヤツに一度負けたのか。

「足りない。」

何せ、随分と長いこと我慢していたんだ。今更二人程度で飢えが凌げる訳でもない。

曰く、この剣の源義は"奪う"だった。

それは誰かに教えられたわけでも、気付いたわけでもなく、いつの間にか知っていた。

他者のものを奪い、そして満足する。それに与えられたモノは奪うことだけであった。奪った後は知ったことではなく、それはこの身体が判断することだ。

 

そして命を奪うことをこの身体は許可をした。けれどもこの身体にはそんな実力はないので、俺が代行しているだけだ。つまりはこの行為は少年の望みであった。

三人目、四人目は頭蓋を叩き割った。五人目は斧を振り上げた腕を切り落として顔面を潰す。その次は胸を一突き。焦らなくても獲物は大量に居る。何通り、何十通りもの殺し方をいくらでも試せる。

そう、強いということは快感だ。この場において一番強いのはこの俺だ。悲鳴が心地良い。骨を断つのが気持ち良い。肉を裂くのが楽しくて、蹂躙するのは可笑しくて堪らない。

怒号はいつしか阿鼻叫喚に代わり、そして最初の悲鳴から数刻も経たずに静寂へと取って変わった。

「終わりか。」

ここまで来ればある程度満足して、頭に冷静さが戻ってきた。

彼の紫色に光る両目には、命の灯火はひとつしか見当たらなかった。

「・・・嗚呼。」

何人殺した?

その快楽が冷めきらぬうちに、重さが心に沈んでいく。

「疲れた。」

血溜まりに座り込む。生温い。

とりあえず、ノアくんは無事か。呼吸と脈。それだけ確認する。

鎖で繋がれているけれど、このくらいなら問題なく断ち切れそうだ。

「本当に、疲れた。」

殺しへの罪悪感なんて無い。あるのは疲弊と、終わったことへの安堵。それとちょっとした不安。気まぐれに救われたのはこれで何度目だろうか。

「怖がられたらやだな。」

残念ながら俺は、極めて利己的な事しか考えられないのだ。

「・・・命を奪ったところで、俺が得るものは何もないのにな。」

俺が求めたモノを"奪う"ことができる。

それがこの剣が、曰く付きと呼ばれる所以だそうだ。

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