Entrance~杖の章~   作:Boukun0214

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秘密

前にも、似たような状況があった。

ノアくんと二人で、森の中。

「・・・。」

しかし今は無言。右腕に鎖の繋がったままのノアくんを、俺は担ぎ上げて森を歩いている。鎖は見た目以上に頑丈で、何故か壊せなかった。何かの魔法でも使っているのかもしれない。だから繋がっていた壁を壊してきたので、さっきから鎖を引きずってしまっている。・・・チャリチャリという音が獣避けになっているようだから良いのだろうけどさ。

それにしても、少し血を浴びすぎた。そろそろ川でも見つけて水浴びをしたいところだ。服に着いた染みは果たして落ちるのだろうか。そういう魔法とかないかな。

「んうぅ・・・」

肩口で、ノア君のうめき声が聞こえる。

一度休憩がてら、様子の確認をしよう。そっと、地面にノア君を下ろして、少し様子を見た。彼は小柄だけれど、それ以上に、異様に体重が軽い。

傷は少ない。どっち道、後でシミィさんに治して貰えば問題ない。

 

「ノア君、起きれる?」

軽く揺さぶって、意識を確認する。

「・・・お?」

意外なほどに、あっさりと目覚めた。

「って!アルムくん!?血だらけだよ!?」

「・・・あー、これは、返り血。」

「そ、そっか。」

「今はふもとまで降りて、皆と合流する予定だけど、大丈夫?歩ける?」

「うん。大丈夫。魔力もあるし、問題ないかも。アルムくんこそ大丈夫?」

「少し、お腹が空いた。のと、寝たい。」

問い掛けられて気付いた。そういえば、キャンプ中に襲われた時からずっと、不眠不休で動いていてさらに飲まず食わずだった。

まだ日は落ちていないから丸一日は経っていないけど、それでも半日は過ぎているだろう。生憎、時計の類いは持っていないのでその辺りは推測するしか無いのだけど。

自覚すると飢餓感が耐え難いくらいに腹からせり上がってきた。何か食料は・・・とも思ったが特に何も持っていない。

「・・・とりあえず、みず、水場、探そう。」

川を見つければその方向から少なくとも山を降りることは可能だし。あと水飲みたい。ついでに何か食べれるものもあれば上出来だ。

「う、うん。」

 

そこから暫く。どのくらいなのかは定かではないけど、あまり多くは歩いていない。

森の中に泉を見つけた。食料になりそうな植物は見付からなかったけれど、飲み水が得られそうなのは有り難い。

あまりこういうところで生水を飲むのはよろしくないと聞くが、最早構っていられない。後で腹を壊そうが知ったことではない。ここで水を飲むのが先だ。

「・・・生き返る。」

手を器にして、何度かに分けて水を飲む。冷たい感覚が喉を通って胸、腹に広がっていく。そこまで来て、ようやく少し頭が冷静になってきた。

「アルムくん、ここ、どこだかわかる?」

「・・・実は結構適当に歩いてるんだよね。」

ノアくんが落胆の表情を見せる。罪悪感が胸に刺さった。そういえば、と。サラさんに言われたことを思い出す。

「そうだ。サラさんにノアくんのローブを脱がせろって言われたんだった。」

「え?」

ノアくんの瞳に動揺の色が射す。

「な、なんで?」

「いや。時間がなかったからわからないんだけど。」

何か問題があるなら別にいいっちゃいいんだけどさ。最終的には麓まで下りて合流になるのだから、山道を見つければ良いだけで。

問題はその山道を完全に見失っていることだった。山の中のどの辺りに居るのか。出発前に見た地図を頭に思い浮かべてみたけどさっぱりだ。

で、そこでノアくんの話に立ち戻る。俺は彼の種属を正確に知らない。もし仮に、彼が有翼種なら上から見て貰えば良いので一気にこの遭難状態を解決できる。

「・・・脱いでも、良いけど。」

ローブの裾を手で握る彼が、おずおずと

「見たことは、誰にも言わないって、約束してくれる?」

等と言うものだから、余計な背徳感が出てしまったことを除けば然したる問題はない。

容姿だけならまるでいたいけな少女なのだが、あくまでノアくんは友達だし男だ。変にどぎまぎするのはおかしい。

「・・・約束するよ。そりゃ。」

さておき。俺も彼に話していないことは沢山あるのだから。彼の秘密を知るというなら、それを漏らしていいはずもない。それは心から誓える。

「わかった。」

頷いたノアくんは、ローブを脱いだ。

 

黒っぽい、彼の身体をずっと被っていた布が深森の草の上に落ちる。

 

妙に心臓が高鳴ったのは、きっと予想が当たったから。

そして今までに目にしたことのない光景だったから。

「・・・翼が」

ローブの下は、翼を出すために背中が大きく開いた白い服を着ている。

そしてその背中からは、白い羽毛の翼と、黒い飛膜の翼が。

混血、という言葉が頭を過った。

その右半身は天使属(エンジェル)、その左半身は悪魔属(デヴィル)の形質を表している。

古来から敵対し、決して交わることなど無いとされていた種属の例外だ。

森全体の雰囲気が変わったように思えた。

風が彼の衣になるかのように、木々が彼の臣下であるかのように、陽射しは彼の輝きであるかのように。

自然の全てが彼に味方をしているように、俺には見えた。

「ローブを人前で脱ぐの、久しぶりだ。」

咄嗟に言葉が出なくなった。

何か、とても丁重に扱わなければならない人物に見えたからだ。わざわざ彼に空を飛んで道を見て来て貰う?何をおこがましい。そんな足労、彼にさせて良いのか。

 

「・・・山道を、探しに行き()()()()。」

口から出た言葉はそんなものだった。

彼に対して、久し振りにこの口調になった気がする。前にタクトさんにかけてもらった不完全な呪いが機能しなくなったのだ。つまり、俺は目の前の少年(ノア)を自分よりも上の(と対等でない)存在として認識している。

「大丈夫。探す必要はないよ。」

彼がそう言ったのと同時に、草木が左右に分かれた。つまり、()()()()()()()()()

何かの魔法かと思ったが、違う。彼は呪文を口にしていなければ、魔方陣すら現れていない。だからこれは、森が自らの意思で彼を導こうとしているということに他ならない。

「行こう。」

ノアくんはそれだけ呟いて、道を進み始めた。

俺はローブを拾って、引き摺らないようにそっと腕にかけて彼の後を歩く。

一歩毎に、ノアくんの前に道が生まれる。風は優しい追い風となり、背中を押してくれる。

何が起きている?

それに、今まで小柄だと思っていた彼の背丈が、やけに立派に見える。彼の存在そのものが大きくなったかのようだ。どうしてか彼には従わなくてはならないように思えてならないのだ。

口を開けなかった。

そのままずっと真っ直ぐに歩いていたら、丁度、山道の終わりに、つまり指定されていた集合場所に到着した。

そこで思った。

サラさんが言っていたことの意味。

ノアのローブを脱がせろ、というのは、合流に役立つとか、そう言った意味ではない。賊に拐われるという極めて最悪な危機的状況に陥った彼が、何人にも危害を加えられなくなるようにするセーフティであり最終手段。この少年の存在を前にして、触れること、声をかけることすらあまりにも罰当たりのように思える。

「ローブ、頂戴。」

「・・・はい。」

言われてから、腰を少し落として、両手でローブを彼に渡す。

その黒い布は、また彼の存在を包んだ。

 

スッと、何かが軽くなった気がした。

「・・・すごいね。」

口から漏れた言葉は、またタメ口になっていた。

本当に、凄かった。

何が凄かったのかの説明を求められると辛いが、凄かったのだ。ノアくんは。

「・・・この事は、内緒にしてね。」

俺の耳に囁くのを聞きながら、視界の端で、サラさんとシミィさんが此方に駆けてくるのを見付けていた。

「勿論。」

口から出た声は、少しだけ、震えていた。

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