夜明け。
シミィさんとサラさんと合流してから一晩経った。
馬車とは別れたから、ここからは基本徒歩での移動になる。
「悪かったね。アルム。」
「何がですか?」
早朝。最後の見張りは俺だった。
日の出を確認してから焚き火を消していたら、サラさんが後ろから声をかけてくる。
「······一応、これはお前とノアの教育目的だったんだ。なのに、まさか人拐いに遭うなんてね。守れなかった私達の責任だ。」
「······いえ。結局、無事だったんで、大丈夫ですよ。」
それをなんとなく思い出してしまう。
きっと、彼女には洗い流した血の匂いが分かるんだろう。
「怪我、大丈夫かい?」
「シミィさんに治して貰ったんで大丈夫ですって。」
「······その剣、結局何なんだ?そもそも素材も見たことがないからさ。」
この世界に来てから何度となくされた質問。あらゆる観点においてこの剣はここでは異質らしい。ただ、サラさんの声色が誤魔化すことを許してはくれなそうだった。
「······元々これは、」
でも話して良いのだろうか。
話さないと、進めない気がした。
「これは、人身供物の儀式に使われていた剣なんです。」
そして俺は、その儀式を行っていた小さな村に、生け贄として買われた。
「それで俺は、贄だったけどこの剣を奪って逃げた。」
俺のことを引っ張り出してくれた友達と一緒に。
「俺の居た世界では、武器と使い手は繋がってるんです。武器が壊れれば使い手が死に、使い手が死ねばその武器は二度と甦らない。それは使い手と武器の命が合わせてひとつになるから。」
白い鋼なのに妙に赤く光る刀身を、少しだけ鞘から抜いて朝日に曝した。
「でもこの武器は文字通り命を奪うことができる。この武器は今までに斬った命を自分のモノとして持っているから、使い手が死んでも死なない。いや、死ねない。」
「死ねない?」
「はい。だから、殺すことで死を実感しようとする。飢えを満たすように。」
武器と使い手は同調する。
普通、武器は使い手と結ばれた瞬間、その時点では無垢である。だから武器は使い手の性質に染まる。けれどそれは武器が無であった場合のみ。使い手と武器の色は本来は混ざり合うモノで、多くの使い手を経て来た武器は固有の色を持つ。その色は新しい使い手と混じり、つまり使い手の性質を武器が変えてしまう。
「俺、たまに武器に引っ張られるんですよね。」
武器と使い手、なんて言うけれど、その実どっちがどっちを扱っているだなんて知れたものじゃない。
「俺についてる血の匂いは、それです。ごめんなさい。俺がもしまた引っ張られて、皆に刃を向けることになったら······」
その先は言えなかった。サラさんの人差し指が俺の口に添えられたからだ。
「その先は言うんじゃないよ。······言葉っていうのはね、口に出した途端に力を持つんだから。」
「はい。······ごめんなさい。」
「それに、自分より弱い相手なら簡単に倒せるからね。アルムなんてアタシの相手にならないさ。ちゃんと止めてやるよ。」
確かにサラさんは強い。自分が弱くて良かったと、初めて感じた。
「あっちの川で顔洗って来な。そんな顔だと二人に心配かけるよ。」
「はい。」
木の間を通したロープで干していたタオルを投げて渡される。受け取って、少し駆け足で近くの川まで歩いた。火照った顔に風が冷たかった。
なんだか久し振りに泣きそうだ。改めて、俺を拾ってくれたのがここでよかった。
川の水は澄んでいた。
あまりに綺麗過ぎて、この川には水以外が流れていない。川は隔たりを表す、と前に読んだ魔導書に載っていた。魔法によって結界を作る際、
彼方と此方、彼岸と此岸。
時々思う。
もしかしたら、俺の前いた世界は、俺の夢で、悪い夢で、全部が幻で、本当はこの魔法の世界こそが本物で、俺は自分の記憶を勘違いしているだけなんじゃないかと。
もしくはその逆で、この幸せな世界こそが夢で、俺は
これがもしも
いや、やめにしよう。どちらにせよ、俺はもうあっちではほとんど全てを失った。残ったのは自分自身とこの武器だけ。
「よしっ。」
冷たい水で頬を叩いた。
思考を切り替える。考えすぎて周囲が見えなくなるのは悪い癖。そのせいで何度ぶつかったことか。
頭ばかりは勝手にぐるぐると回ってしまう。なんとかならないものか。
そろそろ戻ろう。皆が待っている。
「────っアルム!!」
キャンプの方からサラさんの声が聞こえた。悲鳴のような声だ。
「はい!!すぐ行きます!!!」
その方向に大声で言い、タオルを放り出して剣を抜き、走って向かう。血の気が引く。何なんだ一体。悪い想像もつかぬまま、サラさんの場所まで辿り着いた。
「何があったん······」
事情を訊こうとした。光景に目を疑う。木々の隙間から見えるのは、白い羽根を背に称えた天空の民。そのどれもが武装をして、こちらを取り囲んでいる。
「こっちに!」
サラさんが手を伸ばす。その手には黄色の魔法陣が輝いている。肉体強化の魔法だ。見回して状況を確認する。肌にピリピリとプレッシャーを感じる。ぐるりと360度、
サラさんに手を伸ばし、捕まれる。瞬間、サラさんが飛び上がり、その天使達の包囲網よりも高く、空へと俺を引っ張りあげる。
「手ぇ離すんじゃないよ」
種子を複数宙に放り投げ、呪文を呟く。
「
種子が一瞬でいくつもの巨大な幹に成長し、それを足場としてサラさんが縦横無尽に動き回り、天使の群れに突っ込む。その先には、眠っているまま天使に抱えられているのノアとシミィさんがいる。いや、眠らされているのか。
サラさんが二人を抱える天使に殴りかかった。しかし、近くに居た天使の一人の体が不意に紫色に光ったと思うと、その天使の
「ぐっ」
天使の槍が俺とサラさんを貫こうとする。咄嗟に剣を振ってそれを防いだ。いや、それはおかしい。体が落下もせず宙に留まっている。気付いた、足元に同じく紫色の魔法陣。身体は動くが、自分自身の位置が移動できない。サラさんも同じだ。
不味い、天使の持つ光の槍がすべて俺達の方へと向いた。あともう少しなのに、どうしても手が届かない。
「くっそォ!!」
サラさんが結界を力任せに叩く。しかし、拳がぶつかる音すらしない。空間がそこで隔たれているから、何にも拳はぶつからず、ただそれ以上先へ進まないだけなのだろう。
「シミィ!!」
声もきっと届いていない。シミィさんとノアは、相変わらずぐったりと天使に抱えられている。
その数秒の内に、天使の槍の光が一斉に強くなった。魔力なんて感知できない俺でもわかる。これは何かマズい事が起きる前触れだと。
「サラさん!!どうしたら······!!」
俺もサラさんも動こうとするがどうしようもない。落下も飛翔も許されない。そうしている間にも、チリチリと肌を刺すプレッシャーはどんどん強くなっていく。空気も振動し、生存本能が危険を告げる。
「ああああ!!畜生!!!」
サラさんが叫び、呪文を唱えた。
「
俺とサラさんを囲むように、紫色の魔法陣が出現する。
そして一瞬後、周囲の風景が全て黒に染まった。
「な、何が······」
とても広い空間。静かな空間。それでも、声は反響することもない。
「······
「え?」
「よくマキナが道具を出し入れしているアレさ。ここに入ったら、誰かに出して貰わないといけなくなる。」
「そ、それじゃあ······」
「ああ。すぐには出れない。ギルドメンバーの
そんな。
いや、でもこれしか方法はなかったのだろう。俺は手詰まりだった。サラさんがこれを選んだのならば、これしかないのだろう。
「一体、どうして
「わからない。······いや、なんとなく想像はつく、か。」
含みのある言い方を聞いて、脳内にノアの双翼が浮かんだ。
「拐われたん、ですか。」
「そうだろう。」
どんな意味があるかはわからない。
天使と悪魔は、数百年ずっと戦争をしている。だからこの行為にどんな大義名分があるのかは知らない。
俺は歯を、強く強く噛み締めた。
ギリと音がして、鉄の味がした。