興味のあるページを読み終わると、空腹を感じたのでギルドの食堂、いや、ギルドの酒場に来て、朝食をとることにした。基本的に朝食は、依頼を受けにいくメンバーもいるので各々がバラバラに食べている。
だからまあ、まだそんなに人がいないだろうなと思い、書庫から酒場への廊下を歩く。
なんていうか、部屋が多いよな。この建物。二階全部と一階の一部はメンバーの自室になっていて、確か、合計で十室ほど。あとは一階に広い酒場と埃っぽい書庫。それと風呂がある。ああ。それとなんか、一階にも二階にも物置みたいになってる部屋があったはず。あとはまだ行ったことがない地下室。
主要な部屋は分かりやすいから、それでやっていけてるのかもしれない。少なくとも、迷うことは無さそうだ。
「あ、おはようございます。」
「アルムくん。おはようございます。ちょっと待っててくださいね。今、出しますから。」
カウンターの席に座り、カナメさんと挨拶を交わす。
「手伝いましょうか?」
「ああ。じゃあ、よろしくお願いします。」
手伝う、と言っても、俺は簡単なものを切ることくらいしかできない。まあ、それでも一人で十数人分を作るよりかはましだろう。
カナメさんがまな板と包丁を貸してくれて、それで目の前の食材を確認した。
根菜と思わしき植物や、きれいに洗ってある木の実などが並んでいる。あとは肉・・・か?これ?
この世界では俺の世界にいたいわゆる普通の動物がいなくて、似ているのはいるけれども、牛のように見えるけど肉の色が紫だったり、やたらと外皮が固い魚だったり、あと、肉だと思って持ち上げたらでろりとスライム状にとろけたりとか。野菜は変わった形とか色のがある程度だけども。
まあ、ここではこれが普通なのだろうから、慣れるしかないのかもしれない。で、今回の良くわからないものは、表面が軽く泡立っている肉だ。肉でいいんだよな?
「言い忘れてました。全部、一口大でお願いします。」
「あ、はい。」
全部一口大で良いのなら、まあ、適当にやるしかないのだろう。さすがに切って爆発したり毒が吹き出たりとかは無いと思うし。・・・無いよね?
普通に切っていくが、ときどき変な感触の物があるだけで危険はなかった。さすがにそうか。切りながらカナメさんと話をする。
「アルムくんは、好きな食べ物ってありますか?」
「はあ、まあ、あることにはあるんですが・・・」
あることにはある。この世界にはたぶん無い。なんと説明すればいいのやら。
「この世界には、多分無い食べ物なんですよね。」
「そうなんですか・・・。なにか作れたらと思ったんですが。」
見るからに彼はしょんぼりとしてしまっている。なんだか慌ててしまって、俺は話題を変えた。
「あの、そういえば、カナメさんって、どうして、このギルドに入ったんですか?あの、俺は、まあ、この通りですけれども。」
訊いた後に、しまったと思ったけれど、彼は笑顔で答えてくれた。よかった。地雷を踏まなくて。
「私は、タクトと昔からの友達で、彼がギルドを作ったという噂を聞いて、見ての通りの料理人としてこのギルドにいるんです。だから、他の皆さんとはちょっと事情が軽いかもしれませんね。」
そう言って、料理人ははにかんだ。
そう。このギルドはほとんどのメンバーが何かしらの事情を抱えている。もしかしたら、彼の口調は何かしらの線引きなのかもしれない。
「・・・」
「・・・」
ここで会話が途切れ、二人して黙々と作業をする。俺は材料を切って、カナメさんの大鍋の中へと放り込んでいく。そしてカナメさんは、ときどき魔法で火加減を調節しながら無言で煮込んでいた。
恐れていた事態というか、やってしまった。もともと話すのが好きな方ではないのだが、こう静かになられるのもなかなか気まずい。
「おっはよー!あれ?一番乗り?誰もいない?」
「おはようございます。」
突然、沈黙を引き裂いたのは赤髪の少女だった。正直めちゃくちゃ助かった。
「あ、おはよーございます。えっと、マキナさん。」
「"さん"付けはいらないよー。堅いのは嫌いだからさ!」
「えっとまあ、はは。」
「まあまあ、マキナちゃん。私も口調はこうなんですから、勘弁してやってください。」
「はーい。」
彼女はマキナさん。腰まである赤髪をポニーテールにしているのが特徴的だ。あと、やたら露出が多い服装。結構、格闘的な印象がある。なんかこの間、やたらゴツい手袋をしてたし。多分、肉弾戦が得意なのだろう。
この世界でも需要はあるのだろうか?その辺りの肉体労働的なものは。それなら、魔法が使えない俺も働けるのだが。
「なーんだ、アルムがもういたのかぁ。この時間だと、にーちゃんはもう仕事かぁ。」
"にーちゃん"とは、タクトさんのことらしい。どうしてこうやって呼んでいるのかは知らないけれど、二人は兄妹のように仲が良いのは知っている。
「そういえば、さっき出掛けてましたよ。」
「だから、敬語!同世代なんだから!」
「は、はい。」
彼女は俺のこの口調が気に入らないらしく、タメ口で話してくるように度々迫ってくる。
こればっかは、癖だからな。。。
彼女が来たとたんに一人分以上賑やかになった。いや、基本的にここの集団はうるさい人の方が多い。俺やカナメさんはむしろ例外だ。
「お、おはよう。。。」
おっと、その最後の例外が来たようだ。
「あれ、今日は早いんだね。マキナちゃん。」
「おっはよー。」
彼はノアくん。一応、俺と同じ部屋だ。聞いた話によると、彼は新人魔法使いといったところだそうだ。まだ依頼を受けたことはないらしい。彼はいつもサイズの合わないブカブカなローブを着ていて、あと長い前髪を前で分けてピンで留めている。優しそうな顔立ちも相まって、初めて見たときは女の子かと思ったのを覚えている。
「・・・。」
ノアくんは、マキナさんと一つ席を開けて座った。
普段は起きている大人たちは、まだ寝ているのか。昨日、皆で大変な依頼にでも行ったのだろうか。
「あ、カナメさん、そろそろ大丈夫じゃないですか?」
「はい。手伝ってくれてありがとうございます。座っててください。今、用意しますので。」
話していると、思ったよりもすぐにできたようだ。
カナメさんは、俺たち三人にスープをよそってくれた。ふと時計を見ると、6時半になっていた。まだ早起きかな。席に座ってスープを飲むと、少し空腹を思いだし、すぐに平らげてしまった。まあ、なんか、良くわからないものは沢山入っていたけど。味は美味しいし、二人が平然と食べているわけだから、きっと一般的なものではあるのだろう。・・・慣れない。食に慣れるのが当面の課題かもしれない。
「・・・課題、か。」
あとは、少なくとも、自分の力でお金を稼げるようになること。
「どうしたの?」
「あ、いや。。。あの、ギルドの
「あー、
隣に座る赤髪の少女は、そう言って、酒場の奥にある掲示板を指差した。
「うーん・・・。」
ランクCと大きく書かれた掲示板には、30枚ほどの紙が貼ってあり、それぞれに依頼のタイトルと詳細が書かれている。たとえば、『灼熱を求む』内容は、
なんでも、マグターとは全身がどろどろしていて体温が非常に高いモンスターだが、その中心にある
『マルカ』とは、魔法の世界での国際共通通貨。価値としては10マルカで一人一食分の食料が買えるくらい。
100マルカ=1銀マルカ。100銀マルカ=1金マルカ。それぞれ、薄い棒状の板で作られていて、金属と模様が異なる。金マルカとかになると、一般人が持ってることはあまり無いそうだ。ちなみに、俺は一銭も持ってない。ギルドのご飯は全員で出した食費で賄ってる。だからこそ、俺はお金を稼がないといけない。
迷惑かけっぱなしは俺が耐えられない。というか、このままってことも無理だろう。
「こ、こんなの、どうかな?」
俺の横から、長い袖がひょいと一枚の紙を指し示す。
「えっと、これですか?」
「う、うん。」
袖からはみ出た細い指が示すのは、このタイトルだった。
「『転落にご用心』?」