風呂を上がり、
髪もあまり拭かずに酒場へ出ると、奇妙な帽子を被った影があった。シルエットは普通のとんがり帽子。どの辺が奇妙かというと、そこには大きな口のようなチャックがついており、少し不気味なのだ。あれだけ特徴的な帽子は初めて見る。
「・・・誰?」
少しの間後ろ姿を観察していると、気が付かれてしまったようで小柄な女の子が振り返った。訝しげな目でじっとりと見てくる。
「いえ・・・。えっと、アルム、といいます。その、よろしく・・・。」
変に緊張してしまっている。視線が冷たい。
「そう。マキナが言ってた新人?」
「あ、はい。」
なんだかものすごく冷たい表情だ。というか無表情で、会話をしているだけなのに何故か責められているような気分になる。っていうか純粋にちょっと怖いですこの子。
「私はチサト。よろしく。」
チサト、と名乗った少女は、こちらの方へと歩いて来て、大きめのコートの袖から手を差し出した。
「よ、よろしくお願いします。」
握手をすると、その小さな手は異様に冷たかった。こちらが風呂上がりで体温が高かったからだと思うが、少し驚いた。
「えっと、このギルドの人ですか?」
「うん。けっこう長い。」
今までなんだかんだで顔を合わせていなかっただけかもしれない。何せ、特に全員が集まらなくてはいけない用事などはなかったのだから。
「私、朝が弱くていつも昼から起きてるから、多分、それで見掛けなかったんだと思う。」
「そうですか。」
「・・・。」
「・・・。」
会話が続かない。
どうやら、彼女もまた、このギルドにおいて少数派である無口なタイプのようだ。あまり人との交流をしている時間がなかった俺としてはこういうのは非常に困る。どうすれば良いかわからないからだ。
「じゃあ、私は今から何か食べるけど、アルムはどうする?」
「えっと・・・」
彼女に訊かれて気が付いた。そういえば、起きてから何も口にしていない。時計を見るともう夕方で、丸一日何も食べていないことになる。というかほとんど寝ていただけだが。
「俺も、食べます。」
「そう。じゃあ、一緒に食べよう。」
二人してキッチンの方へと行き、何か余り物があればそれから食べようかと軽く鍋の中などを探す。生憎、今はシェフであるカナメさんがいないのだ。きっと探せばいるだろうが、呼び出すのもちょっと迷惑をかけるようで申し訳ない。
「アルムは、何か嫌いなものある?」
「あ、や、特には、」
「じゃあ、適当に作るから。」
「作れるんですか。」
そのまま、火の呪文を呟いてフライパンに火をかけ、軽く野菜のようなものを調理していく。カナメさんほど速くはないが、手慣れているようだ。
「よく作る。簡単なものなら。」
「すごいですね。俺、あんまりそういうのできなくて。」
何かを簡単に炒めたものだが、美味しかった。とりあえず素材のことは考えないようにする。慣れだ慣れ。
食べ終わり、俺が部屋に戻ろうとしたとき、彼女は言った。
「・・・そういえば、
「そうなんですか?」
「うん。」
彼女がコートの中から、依頼書をとりだす。
茶色っぽい羊皮紙には、『呪いの撃退』とあった。タイトルの横にあるランクを示す印を見ると・・・はぁ!?B+!?
この間受けた依頼が最低ランクのC-だったので、その五段上だ。一般的にB+ランクの基準は、「重大な肉体的、精神的損害を受ける可能性のある依頼」だそうで、この間のC-ランク、「不慮の事故を除き、怪我をすることはほぼ無い」で苦労していた俺にはとても無理のような気もする。
「えっと、あの、Bランクの依頼、受けたことあるんですか?」
「無い。・・・どうして?」
「いや・・・危ないんじゃ。。。」
「興味がある。」
「えぇ。。。」
どんな内容なのか、少し覗いてみることにした。
私の屋敷にある地下の書斎が、どうやら呪われてしまったらしい。先日、新しい魔導書を入手し、読もうとしたときのことだ。その魔導書には呪いがかかっていたらしく、頁に綴られた妙な怪物を喚び出すのだ。その本を一度開いたが最後、半永久的に喚び出す代物らしい。私一人の手では食い止めて結界を張るのが精一杯だった。是非、協力して貰いたい。報酬は、10銀マルカとしたい。ただし、最低四人で、本は恐らく呪われた品であるため、
「・・・
「あ、シミィは無理。」
「え?」
「この屋敷、
「えぇ・・・。」
何故か知らないが、鬼と妖精は非常に仲が悪い。この世界では種族間の壁は少ないと思っていたが、どうやらそこは例外だったようだ。俺の居た世界でもそうだった。・・・どんだけウマが合わないんだ。あの種属は。
「それより。この本、貰えるかな。」
「あ、そっちが目的ですか。」
「うん。協力してくれる?」
「いや、あの、何で俺なんですか?」
ぐいぐいと来る彼女に、俺が少し引き気味で質問をする。彼女は少しも考えずに、相変わらずの落ち着いた声のトーンで言った。
「暇そうだから。」
「・・・。」
そんなこったろうと思っていたが実際に言われると随分とクルものがある。
「っていうか、あとの二人はどうするんですか?指定人数四人ですよね。」
「ノアとマキナがやってくれると思う。」
「・・・ええ。。。」
明らかに新人のメンバーが二人で難易度の高いクエストに挑むつもりらしい。この変な帽子の少女は。勘弁してくれ。
「平気。死ななきゃそれこそシミィさんが治してくれる。」
「俺とノアくんは死にますよ?経験知的に。」
「所詮本だから。最悪燃やせば解決する。」
手からボッと火を出す。ややドヤ顔で言われた。なんか第一印象と随分違うぞこの子。普通に変な子だ。っていうか、呪いの本ってそんな適当で良いのか。呪いってそういうものなのか。
「じゃあ、マキナ呼んでくる。」
「えっ・・・ホントにやるんですか・・・?」
「そっちはノア呼んできて。同じ部屋でしょ?」
「いやいや。俺の話聞いてましたか?俺はやりませんって。」
「なにか問題?」
首をかしげられた。
二人で話していても埒が明かないと思い、ノアくんの助けを呼ぶことにした。彼の性格ならば無謀なことはしようとしないだろう。
「・・・僕は、別に、いいよ?」
「決定。」
「よし!行こう!」
「えぇぇぇぇぇ。。。。。」
結果はまさかの三対一で依頼実行が可決となった。
なんだ?死ぬほどの依頼じゃないから平気ってこと?難易度基準を、もう一度頭に浮かべてみる。
「B+・・・重大な肉体的、精神的な損害を受ける可能性がある依頼。」
確かに、死ぬとは書いていない。書いていないが、ほぼ同義でも良いのでは。もっと行きたくなくなった。しかしながら、ここで俺が行かないと言ってもマキナさんの腕力ならば文字通り引きずってでも連れていかれそうなので、しぶしぶこう答える。
「・・・無茶なことに、巻き込まれなければ、いいです。。。」
その日の夜。
翌日の支度を終わらせ、眠りにつく。
うとうとして来た意識の中で、ベッドの下の段から声がした。
「・・・その、ごめんね。」
「え?」
「なんていうか、えっと、あまり、行きたくなさそうだったし。。。」
ならこっちの味方をしてくれてもよかったのではと思うが、もう決まってしまったことだし、というか、結局押し切られるこの性格を直したい。友人付き合いがほぼ無かったのが原因だろうが。
「まあ、良いですよ。明日出るんですよね。」
「うん。マキナちゃんが、タクトさんのいる間だと絶対に反対されるからって。仕事に出たあとに依頼書申請するんじゃないかな。」
「・・・大丈夫なんですかそれ。」
「まあ、しっかり達成すれば。。。多分。」
やはりあれだけのことを言っていただけあって、高難度の依頼は心配なのだろうか。というか、そうやって反対されるのはやはり俺たちのレベルではあまりよろしくないと言うことでは。ノア君も、この間が初めての依頼だったわけだし。
「・・・何ができるか、試してみたいんだ。僕。」
急に真剣な声で、そんなことを彼は言う。
「何ができて、何ができなくて、そういうの、知りたいんだ。」
今日は新しく知った人も居たが、彼と、ノア君とも会った頃に比べると、随分と心を開けるようになってきた。こうやって、どんどん色々な者と親しくなって行くのだろうか。
「そういうことなら、俺も協力しますよ。」
それを思うと、少しだけ、心が歪んだ。