風が、強い。
あまりにも強く、目を開けていられない。
口はこじ開けられたが声がでない。
喉が痛い。風圧が持ち上げようとしている体を、重力が容赦なく引き付けようとする。
あ、死んだかもしれない。さようなら。えっと、誰にだろ。大きな布でもあれば助かるかもしれないが、この高さから落下したら確実に死ぬ。
ごうごうと鼓膜を叩き付ける空気が、不意に弱くなった。
「ごめん、大丈夫?」
声がした。
恐る恐る目を開けると、視界の遠くに地面があった。
「ひッ・・・。」
「落ち着いて。まずはちゃんと箒に乗って。・・・そろそろ限界だから。」
どうやら、俺の右手を掴む少女は箒に乗って、空を飛んでいる事を把握した。
箒に乗って空に飛ぶって、そんな文化本当にあるんだ・・・。
左手で箒に捕まる。
体重をかけてみたが、あまり上下しない。イメージとしては、水面でボートに捕まる感じだろうか。
そのまま、木登りーーと言っても、ほとんどしたことがないがーーの要領で引っ張り上げてもらった。
「ぅおっとと。。。」
少し傾く。
が、すぐに安定した。すごい。飛んでる。
「こうでもしないと、置いていかれるから。」
前の方を見ると、遠くに俺たちと同じく箒に二人乗りをしている影が見えた。ノアくんとマキナさんだろう。
「
チサトさんが呟いた。
それと同時に、箒が緑色に光る。
風が一瞬、止んだ。
その一瞬の後、ゆったりと進んでいた箒が、明らかに速度を上げた。
「まっ・・・」
待って?マジで?どっちの言葉が出てきそうになったのかわからない。いや、多分両方。
俺はチサトさんの後ろにいるから、ある程度風が軽減されても良いはずなのだが、吹き飛ばされそうになる。前傾姿勢にならないと・・・
あ、駄目だコレ落ちるやつだ。握力がもたない。ってか、なんで捕まってられるのこの娘・・・!
少し諦めかけたときに、風が止まった。箒が止まったということに気がつくのに少し時間が必要だった。
「・・・マキナ、置いてかないで。」
「ごめんごめん。一回やってみたくってさー。飛び降りるやつ。お金は先に払ったんだし。」
暫しの放心の後、横を見ると、マキナさんがいて、急に速度を上げた理由と追い付いていたことに気がつく。
「あ、あそこのお屋敷だって。」
「鬼のお屋敷って、あんな感じなんだ。。。」
マキナさんが指す方向には、瓦屋根で、平屋建ての建物があった。あれが依頼主の屋敷なのだろうか。なんというか、お金がありそうだ。
・・・終わりを意識したら無性に早く降りたくなった。地面が恋しい。というか、箒は馬車のような安心感がないから長く乗るのは辛い。それと、その、そろそろ股が痛くなってきた。
「あと距離もそんなにないから、近くに降りて歩いていこっか。」
マキナさんの提案に、思わず助かったとか思ってしまった。しばらく空の旅はいいや。
しばらく歩いていくと、大きめの門があった。
「たのもー!」
マキナさんが声をあげながら門に触れる。
たのもーって。別に道場破りに来た訳じゃないんだから。
「イタッ!」
黒い手袋を着けた指が触れた瞬間、バチっと音がして魔方陣が現れた。それと同時にマキナさんが仰け反り、指を手で包むように撫で付ける。
「痛ぁ。。。」
「・・・妨害結界、かな?」
「かも。」
横で、とんがり帽子のノアくんと変な帽子のチサトさんが話している。結界という言葉を聞き、俺は魔法の世界に来たんだなぁと改めて実感する。いや、さっきまで思いっきり箒で空を飛んでいたわけなんだけども。
「結界って、突破できたりしないんですか?」
「一応、耐久力以上の火力を一気に叩き込めれば。でも、術者に解いてもらうのが一番早いと・・・」
「
「
急に二人が呪文を唱えた、
淡い黄色の魔方陣がマキナさんの右手に現れる。そして、マキナさんの瞳の色が薄い青に変化した。眼の力だろうか。淡い黄色の魔方陣に包まれた右手が、青く光出す。
「らっしゃぁ!!」
大声を上げて扉に拳を叩き付ける。
扉は、物凄い音を出して木端微塵に爆散した。木片が少し頭に当たった。痛い。
・・・いや何してんの。人ん家でしょ。どうするのこれ。壊しちゃったよ。
「よし。」
「よしじゃないよ・・・」
ナイス。ノアくん。俺はもう呆れて声もでない。あー、何て言って謝ろう。というかそもそも許してもらえるのか。人様の家に押し掛けて門をぶち破ったなんて常識的にアウトだ。
「さ、入ろ。」
「マジか・・・。」
平然と赤髪の少女は門があった場所を通り抜ける。常識が通じないのか、はたまたこの世界はわりとアグレッシブなのか。きっと前者だと思いたい。後者はついていける気がしない。
「ま、待って。。。」
ノアくんがその後ろに隠れるようについていく。彼は第一印象に変わらず臆病なところがある。おそらく、今ここで後ろから脅かしでもしたらまず間違いなく、マキナさんに抱き付くだろう。いや、やらないけど。
背丈がマキナさんと同じくらいなのもあって、なんだか普通にノアくんが女の子に見えてしまう。髪も肩くらいまであって長いし。
なんというか、見てて心配になってくる。
「・・・行くよ。」
「え、ああ。」
すごく悪いことをしている気分だ。っていうか、実際している。俺は実行犯ではないけど端から見たら共犯だよな。。。
門の向こう側には屋敷の玄関があって、そこから丁度、家の主人と思わしき影が出てきた。長身に、頭から生えた角。そして、上半身には素肌に一枚上着を羽織っている程度の軽装。典型的な
「・・・・・・」
絶句している。無理もないか。大きな音がして玄関に出てみたら門が吹き飛ばされてて、見知らぬ子供が四人もいるわけだし。
「あ、依頼の件できました~!」
「ちょ、マキナちゃん、まずは謝った方が・・・」
俺は正直、土下座の準備をしていたくらいだったのだが、家主の反応は思っていたものではなかった。
「どうぞ。まあ、お入りください。」
連れていかれたのは、紫色の魔方陣が描かれている書庫の扉だった。
扉の内側から、何かがぶつかるような音がしており、おそらく、この結界がなければ扉はすぐに破られているであろうことがうかがえる。
「内容は、依頼書にあった通りです。異形の一掃が主となっていまして、魔導書の方は壊してしまっても構いません。」
家主は扉の前で、淡々と依頼内容を話した。
どうやらかなり疲れているらしく、目が死んでいる。結界を保つのには、持続的に魔力を使わなくてはならないのだろうか。よくわからないが、以前、ノアくんが魔法を一度使っただけで顔を真っ青にしてふらついたことを思い出すと、かなり消耗が激しいのかもしれない。大丈夫だろうか。
「では、結界は解除するので、あとはお願いします。私は階段を上がった部屋で休んでいるので、終わったら教えてください。」
「はーい。」
「りょ、了解です。」
その家主は、ふらふらと廊下を歩いていく。体調が悪そうだ。大丈夫かな。
家主がその場を立ち去るのとほぼ同時に、紫色の魔方陣が消えた。そして、扉を破壊しようとする力が目に見えて強くなっている。
「アルム、来るよ!抑えて!」
「は、はい!」
突然、マキナさんに名前を呼ばれ、そのまま前に出る。そうか、戦闘か。ヤバイ。しっかり出来るかな。確か、B+ランクだったはず。油断したら大怪我だ。それは嫌だ。
「二人はまずは下がってて良いよ。私が奥の様子を見てくる。」
「う、うん!」
「了解した。」
指示が終わり、全員が構えたかそうでないかというタイミングで、扉が内側から破られた。
「行っくよ!」
合図と共にマキナさんが、長い赤髪を乱れさせながら前に飛び出す。ややタイミングが遅れて、俺も前に出た。
相手は、骨だ。骸骨。動物のようなものもあるし、人間のような骨もある。それらが組合わさり、見たこともないような生き物の骨格を形成している。
「な、なんだこれ・・・!」
マキナさんがその骨の群れに突っ込む。
狭い入り口からは一体ずつしか出てこれないようで、その先頭を蹴り飛ばした。うわぁ、容赦ない。様子見というか、あれでは一番槍だ。先頭が押し戻されたので、入り口にある程度のスペースが出来た。見たところ、生き物ではなさそう。あの骨たちは魔法か何かで動いているのだろう。よく知らないけど。スケルトンってことなのだろうか。
「
部屋に入ると後ろから、呪文が聞こえた。チサトさんの呪文だ。小さな、エメラルドグリーンの魔方陣が俺の胸の前に現れた。マキナさんの胸元にも現れている。対象が複数の呪文なのだろう。身体が軽い。身体能力を向上させる魔法だろうか。
「ありがとうございます!」
「そ、それより、前・・・!」
目の前に細長い棒が迫っていた。咄嗟に刃で弾く。結構重い。頭に食らっていたら不味かった。兜があれば話は別だが、俺はそんな高級品身に付けていない。
「骨しかないってのに・・・!」
目の前の数体に囲まれる。数は三、四か。獣の骨が多目で、四つん這いになっているものが三体に、二足歩行に人間の上半身をしているのが一体。こちらは、棒状の骨を武器として構えている。
さっきの一撃を考えると、まともに攻撃は受けない方がいい。避けるんだ。ただ、後ろには後衛が二人。ある程度対応できると信じたいが、出来るだけ向かわせたくない。となると、四対一か。なんというか、かなり迫力がある。狩られるのはこっちなのではないかという恐怖が、少しだけ頭をよぎった。
「さあ、来い・・・!」
俺の言葉が通じたのかわからないが、正面の二足歩行が襲いかかってきた。先程と同じように、棒で殴ってくる。動きが大きい。これなら見えやすい。半身に構え、右に受け流す。
「ッラァ!!」
そのまま、右方向に剣を振って、その頭蓋骨を砕く。骨だけってのもあって、かなり固い。二足歩行は右にいた獣型にぶつかって、倒れこんだ。骨はガシャンと音を立てて混ざる。起き上がる様子はない。次だ。
「
横から噛みついてきた獣型の骨が、投げられた種を基点に生えた植物の蔦に巻き取られる。危ない。気が付かなかった。
「き、気を付けて!」
「ごめん、ありがとう!」
この魔法は消耗が激しかったはずだ。そう連発できるものでもないだろう。もしかしたら、これ以外に彼は物理的な攻撃手段を持ち合わせていないのかもしれない。
「アルム。私も加勢する。
俺の右側にチサトさんが出てきた。武器のように構えた箒に、魔法をかける。風属性の付加。彼女はおそらく、
「やっ!」
チサトさんが箒を大きく薙いだ。突風が巻き起こり、周囲にいた骨が落ちている本もろともバラバラになって吹き飛ばされる。どうやら、付加魔法というのはそのものに属性を与える魔法らしい。
「すごい・・・。」
「油断しないで。」
本のページが舞い上がる中、吹き飛ばされバラバラになった獣型の骸骨は、近くにいたバラバラになった骨をより集め、先程よりも大きな、そして頭が二つある獣の骨格を形成した。
「マジか・・・」
「マジ。奴等は核を破壊しないとああやって再構築する。核は大抵頭。」
「なるほど。」
奥で、マキナさんが暴れまわっている。
拳で獣型を弾き飛ばし、後ろから来たものをそのままとんぼ返りをする要領で蹴り飛ばし、そして次に来た相手の頭を踏みつける。囲まれたら大きくジャンプをして密度の少ないところへと着地し、着地したところにいた二足歩行の頭蓋骨をひっ掴み、それを武器を構えて襲いかかった別の二足歩行の頭へと投げつける。とても乱暴だが、数多い敵の頭を的確に破壊し、そのどれもが動かなくなる。
無駄がない。しかも本人は楽しそうで、猟奇的なものを感じる。様子見とは何だったのだろうか。あれだけ倒しても、相手は無数に存在している。広い書庫をところ狭しとひしめき合っており、キリがない。さらに、派手に動くマキナさんの元へと骸骨が集まっていく。
「マキナ!本を探して!多分、それが元凶!!骸骨は私達で引き受けるから!あなたはもう倒さないで!!」
「りょーかい!!」
「ノア!魔力を温存して、回復と撤退に備えて!」
「う、うん。」
「アルム、出来るだけ注意を引き付けるけど、私と離れないように。」
「は、はい。」
チサトさんがてきぱきと指示を出す。司令塔は彼女なのか。っていうかノアくんは
「気を引くって、どうやるんですか?」
「こうする。」
チサトさんは、帽子の口のようなチャックーーああ、それ、飾り的なやつじゃなかったんだーーを開けて、そして、耳を塞いで、叫んだ。
「ーー
『Hyawahahawahahawahahawahahawahahawahahawahahawahahawahahawahahawahaha!!!!!!!!!!』
『ーーーーー。』
急に音が止んで、首を振る。まだ頭がぐわんぐわんする。慌てて構え直すと、骸骨たちの、眼のない穴が、数百、いや、数千あるかもしれない。それが全てが、此方を見ているのだ。冗談抜きでおっかない。
「じゃあ、アルム、あとは私を守って。奴等は私を殺そうとするだろうし。」
「え?」
「私の箒は払うもの。奴等の骨を砕けない。大丈夫。怪我しても痛み止くらいは出来るから。
今にも襲いかかってきそうな怪物に取り囲まれた。
一斉に、骨の異形が襲い掛かってきた。
構えた剣を横に薙ぐ。剣が軽い。魔法の効果も、本当に馬鹿にならない。これはいいかも。確か、核は頭。それぞれの個体は多いけど知能と耐久は決して高くない。
そう。的確に潰していけば、耐久は可能だ。全滅はできなくても、マキナさんが本を見つけるまでなら耐えられるかもしれない。
背中にチサトさんがいることを確認する。今思ったが、結構小柄だな。俺の肩よりも少し低いくらいだ。まずは近くの壁に近付きたい。壁際に行けば、逃げ場はなくなる代わりに背中をとられることがない。
「・・・まずは向こうの壁に行こうと思うので、箒で蹴散らせますか?」
「ん。やってみる。」
箒が大きく半円を描く。
巨大な空気の塊が、群れを吹き飛ばす。カラカラと固い音がして骨が宙へと舞った。
「走ります・・・!」
俺は、骨の群れの中へと突っ込んだ。