☆
「うぅ……おかあさん……おとうさん……」
周囲は崩れた瓦礫、光一つ通さない真暗闇の中で一人泣いていた。
パチパチと火の粉が飛ぶ。
悲しみや苦しみが物陰から僕を狙って牙の音を鳴らす。
茹だるような熱さが迫ってきて、さらにじっと身を縮こませる。
まるでミキサーにかけらたみたいに意識と体がグチャグチャで、ドロドロで、ボロボロで。
今のこの状況も。
何が起こったのか全くわけが分からない。
だけど――
――僕は死ぬんだ。
それだけは、幼い頃の僕にも、どうしようもないくらい理解できた。
抗いようのない死の恐怖。
僕は独り、それを受け入れるしかなくて、膝を抱えて泣くことしかできなかった。
お腹を直に揺すってくるような地響き。
死神が、そっと忍び寄ってくる。
鳥肌がゾゾゾと体を上がって背筋が凍りつく。
見えないけど、明確な『死』が、だんだんと色濃く視界を染める。
僕は歯を食い縛って、次の瞬間を待った。
一秒なのか、それとも一分か。
短い時間が、永久のように感じられて。
ひたすら待って、待って――
――……あれ?
待てども待てども、その時は来ない。
痛みも息苦しさも、何も襲ってこない。
指一本すら動かすのも怖かったけど、僕は次第に焦れったくなって。
薄目を開けてちょっとずつ顔を上げたんだ。
光が指していた。
暗闇に一つ、また一つと穴が開いていく。
風が通った。
汗でびしょ濡れだった肌にそっと快く、僕の髪を優しく撫で上げた。
「少年。もう大丈夫だ。なぜかって?」
地獄のような闇が晴れ渡った先にあったのは、力強い笑顔。
「――私が来た!!」
☆
さわりとした風が桜の木を揺らして、色づいた桃色の花びらが舞い落ちていた。
なんだかいい感じだ。
やっぱ春は気持ちがいい。
窓の外を眺めて、僕は一人満足そうに頷いた。
『なに笑ってんだデク。気持ちワリィ』なんて、かっちゃんにどやされそうだから、控え目に、ぷくぷくと頬を膨らませて笑いを堪えてた。
「えぇ~、お前達も中学3年生だ。本格的に将来を考えていく時期に入ったわけだが……皆、進路は決まったか!?」
担任の先生のダミ声が教室に響く。
僕も今年は受験生。
気楽すぎて逆にトラウマになりそうなくらい平和な日々だった。
適度に勉強をし、並々に女の子と遊び、程々にかっちゃんに殴られる。
ちょっとした不幸にはあったけど、めげずに頑張ってきた。
どこにでもいる普通の中学生。
そこからさらに安穏とした高校生活を、これから約束しに受験に励むんだ。
「――まぁ、大体ヒーロー科だよな!」
先生の呼び掛けにクラスの皆が「ハァ~イ」と我先に手を上げる。
伸ばした手の先には、それぞれの『個性』が、高々と誇示される。
手が石になり、火を吹き、刺が生える。
即席のビックリ人間ショーだ。
見てると闇鍋を思い出す。
胸焼けしそうだね、こりゃ。
春の絢爛も霞むような騒々しさだ。
僕だけはそんな喧騒から目を離して、遠くを眺めていた。
「うんうん、皆良い個性だ! でも、校内で個性を出すのは禁止だぞ~!! さっさとしまえ~!」
ちなみに、僕は手を上げないよ。
そ知らぬ顔で口笛なんて吹いちゃって。
僕はヒーロー科志望じゃないからね。
それよりもかっちゃんだよ。
先生、そんな十把一絡げみたいなこと言うと、
「先生ェ~!! もしかしてその『皆』の中に俺が入ってるわけじゃねェよなぁ~?」
そら来たぞ。
「こんな底辺共と一緒にされちゃたまんね~な。俺はこの学校唯一の『雄英』進学者なんだからよ~!! そこんとこよろしく~」
かっちゃんは教室を見渡しては鼻を鳴らす。
最初はブーイングをしてたクラスメートも『雄英』の名が出たらさっと顔色が変わる。
それに気を良くしたかっちゃんは終いには机に飛び乗って、
「驚いたか!? クソモブ共!! 模試じゃ常にA判定! 個性もテメェらの比じゃねぇくらいクソ強ェ!! 俺は!! 必ず『No.1ヒーロー』になってやんだよぉ!!」
ガハハと勝ち誇ったように笑う。
もはや水戸黄門の印籠状態だね。
『控えおろ~!』って皆黙りこくるしかない。
こんな黄門様がいて日本を闊歩して回ったら、世紀末どころの話じゃなかったろうけど。
つくつぐ今の時代に生まれてくれて助かった。
いや、助かってない。全然助かってないぞ。
僕はあわわと慌てていた。
この話題は不味いんだよ。
まだかっちゃんにも言ってないだから。
下手に話を変えると逆に角が立つ。
しかし、このまま死を待つわけにはいかない。
ここは全力で流れに乗って、うやむやにする。
虎穴に入らずんば虎児を得ずだ!
「よっ!! さすがかっちゃん! 男の中の男! いや~、さすがさすが!! 折寺の誇りだぁ~!!」
僕は紙吹雪を出す勢いで手をひらひらとさせて、かっちゃんをおだてる。
今日のかっちゃんは機嫌が良くて、机の上から満足そうに僕を見下ろしていた。
うんうんと頷いて、こんな満面の笑みのかっちゃんなんてなかなか見れないんだよ。
そこは幼馴染みとして、長い間かっちゃんの太鼓持ちを担当してきた腕の見せ所なのさ。
唸れ! 僕の腰巾着という名のシンフォニー!!
後、このまま始業のチャイムが鳴ってしまえ!!
「あっ、そうそう。緑谷も雄英志望だったな」
『あっ、そうそう』って。
先生から発せられた鮮やかな死刑宣告。
「ちょちょっ!! 先生!! それは内緒だって言ったでしょ!?」
「えっ? そうなの?」
僕が口に指を当ててシーッとやってる時にはもう遅い。
ハッと時が止まって、バッと皆が僕の方を向いて、ブッと吹き出した。
「はぁ~!! 緑谷ァ!? 『無個性』の癖にヒーロー科は無理っしょ!?」
「ぶふっ!! 勉強し過ぎでとうとう頭拗らせたかしら。こっわぁ~」
クラスメートが口々に言ってる間、僕は気が気じゃなかった。
直に身の危険を感じる。
僕はその源であるかっちゃんの顔色をそ~っと窺おうとして、
「くぉらっ!! デク!! ナメた真似してんじゃねェぞ!! なにが男の中の男だぁ!? 俺を騙しやがって!!」
ノンタイムで爆撃される、と。
うひゃ~って吹き飛ばされる。
僕は肩からもうもうと上がる煙を手で払いながら、じたばた足を動かして後ずさる。
もう完璧、腰抜けた。
何年経っても馴れないや、これ。
今回はまだ予測できたから、心の準備が整っていたけれども。
学ランだと焦げが目立たないしね、うん。
と、現実逃避はさておき。
かっちゃんが手から火花を散らしてこっちに歩いてくる。
悪鬼の表情ってやつ。
「おらっ! クソギーク!! なんでテメェが雄英なんて口にできんだ、あぁ!?」
「ちょ、待ってよ~。かっちゃん誤解だって~。僕は経営科だよぉ~。『無個性』がヒーローなんてなれるわけないじゃんかぁ~。ねぇ?」
僕は精一杯の愛想笑いで無害をアピールする。
道端の石ころです。隅で埃食って生きてます。張り合おうなんて考えていませ~ん。
まぁ、かっちゃんとは付き合いが違うからね。
場の納め方は心得てるつもりさ。
「なんだ、そういうことかよ。つまんね~。からかい甲斐がねぇよな~」
「爆豪君、つっかかんの止めなさいよ。『無個性』なりに健気じゃない」
『解散!』って皆の声が聞こえるようだった。
溜め息混じりで興味が僕から失せていく。
エンターテイナーの僕としては期待に応えられないのは残念だけどね!
『無個性』だからさ。
身の丈、弁えなきゃ。
「うむ、緑谷はこの前の模試でも全国一位を取った。校長も誉めておられたよ。『無個性』と卑下することはない。頭が良いのも立派な個性だ。皆も見習うように!」
先生が腕を組ながら調子を合わせてくれる。
そうそう、『無個性』、『無個性』。ハハハ。
「まぁ、緑谷ならなんだかんだ大物になりそうだよな~。要領いいし」
「そつなくこなすタイプね、緑谷君は。世渡り上手だから経営はお似合いよ」
「おい、勝己! お前も経営科併願しとけよ! ヒーロー科じゃお前の個性も凡百だろ!? 後で泣き見ても知らねぇぞ!」
「あぁ!? 誰が凡百だぁ!?」
うわ~、最後余計な一言。
火に油を注いでいきやがった。
尻拭いをするのは僕なんだぞ~!!
ブチブチ血管が切れる音が迸ってるかっちゃんが耳元でこそっと一言。
「……放課後、屋上な」
ツイてないな、今日。
☆
荒涼と風が吹く。
生っ白い床に季節感はなく、ポツンと立ってるとまるで砂漠に取り残されてるみたい。
空の青はまだ薄く、肌寒い。
冷汗でたっぷりの今の僕にとって、ちょっと堪える環境。
屋上でかっちゃんと二人きり。
これ以上、ゾッとするシチュが他にあるか? ないだろ!?
オバケ屋敷とかホラー映画なんてもう屁じゃないね。
そんなかっちゃんはフンフンと鼻歌を口ずさみながら歩き回ってる。
機嫌の良さが逆にこっちの恐怖を煽ってくる。イカすぜ。
「なぁ、デクよぉ……」
「はい、なんでございましょう!? 勝己様! わたくしめになんなりと!」
背筋を伸ばして機敏に敬礼。
僕は忠実に命令を待つ一兵卒。
あまりに恐すぎて変なテンションになってる。
「まぁ、そう気張んなや。俺は別に怒ってるわけじゃねぇんだ。ちょっとお前と交渉がしたいのと、提案があるだけなんだわ……」
交渉と、提案……!?
かっちゃんからそんな言葉が出るなんて!?
服従と抑圧の二文字しか知らないと思ってた。
見栄と自尊心が服を着て歩いてるだけの人間だと思っていた。
中学3年になって、やっとかっちゃんが僕の意見に耳を傾けようとしてくれている!!
普通なら病気を疑うところだけど、ここは少し出方を窺ってみようかな。
「ははは、かっちゃんから提案なんて……涙でオアシスの一つでも作れちゃいそうだ」
「まぁ、悪いようにはしねぇからよ。なぁに、話はシンプルだ。お前……雄英行くな。そんだけ。な? 簡単だろぉ?」
かっちゃんが顔を寄せて肩に手をのせる。
いつもの高圧的な言い方じゃないけど、さらっと言われるのも胸にズシッとクるね。
あ~、そっか。かっちゃんだもん。
そりゃ甘くはないよ。
なんだよ、結局平行線か。
「プロヒーローは学生時代から伝説を残してる。俺はこの公立から唯一の雄英進学者として箔をつけたいのさ。オメェは経営科だがな……それでもだめだ。俺は完璧主義者だからよ。影すら踏まれるのもヤなんだわ。だから、雄英受けるな。ギーク君♪」
かっちゃんは手を広げてさも人徳者みたいに僕を説得してくる。
これで説得なんだ、かっちゃんにとっては。
「オメェ、『無個性』なんだからよ。どこ行っても一緒だ。雄英じゃなくても進学できりゃ万々歳。そうだろ? なぁ?」
「……『無個性』だからだよ。ヒーロー科だけじゃない。普通科や経営科でも雄英は最高峰。僕みたいな能無しは学歴だけが武器だから。将来のためにもね。それに――」
――ずっと、小さい時から憧れてたんだ。
本当の気持ちは震える拳で握り潰す。
それ以上何も言えなくて黙りこくる僕に、かっちゃんは深い溜め息をつく。
「あ~、しゃあねぇな。オメェ、昔から頑固というか、そういうとこあるよな~。まぁ、こうなることは分かってたんだ。だからこその『提案』なんだよ……なぁっっっ!!!!」
いきなり走り出したかっちゃんはそのまま屋上のフェンスを殴りつけた。
凄まじい爆音。
金切り声を上げながら、フェンスは地の底へ砕け落ちていく。
何が何なのか、わけが分からなかった。
光景がスローモーションに見え、僕は口をポカーンとマヌケに開けていた。
もうもうと上がる黒煙を背に、かっちゃんがこっちを振り向く。
「……個性の発現は一律4歳までって言われてるけどよ。実はそういうわけでもないらしいんだわ。お前みたいに『無個性』って奴が年取ってから病気や事故で死にかけて個性が発現するって事例があるんだとよ」
かっちゃんは全く関係ない講釈をペラペラと喋り出す。
僕の頭はわやくちゃで、今だに理解が追い付いてないっていうのに。
「でよぉ? こっからが俺の提案、ステキなステキなワンチャンタ~イム!」
かっちゃんが親指をビッと指し示して、
「飛べよ」
フェンスが吹き飛んでぽっかり空いた先。
何もない、宙。
――は?
僕は、吐息をもらすことしかできない。
「鈍いなぁ~デク。俺がお前をいっぱしの男にしてやろうって言ってんだよ。お前さぁ……ホントはヒーロー科入りたいんだろ? ヒーローに憧れない奴がこの世の中にいるわけないもんなぁ~」
ひたひたと近づいて、とぐろを巻く蛇みたいに僕の首にかっちゃんが腕を回す。
「さっき言ったこと覚えてっか?『無個性』でもよ。急死に一生の体験をすれば個性が発現するかもなんだ。個性さえあればお前だって胸張れるだろぉ? ヒーロー科にだって行ける。アッハハハ!! 全部解決じゃねぇか。だからさ――」
狂ったような笑いを浮かべて、
「飛べよ、デク」
目の前の空っぽを指さすんだ。
「は……はは、かっちゃん。冗談だよね? ここ屋上だよ? 落ちたら――」
「バッカだなぁ。死にかけねぇと意味がないだろ? おら、早く行けよ」
「そんなの嫌に――ッッッ!!!!」
言ってる間に脳天にガツンと。
あまりの痛さにビカーっと雷が走って、目の前を火花が散った。
「ん~? なんて言ったんだ~? よく聞こえん……なぁっっっとぉ!!!!」
頭を思いっきし殴られる。
顔をがんがん殴られて、膝をついたら今度は腹を蹴り上げてくる。
殴られるのは慣れっことはいえ、今日のは正気の沙汰じゃない。
やべぇ、おしっこチビりそうだ。
「お前に拒否権なんてねぇんだよ、デク。なんで『無個性』のテメェに!! 俺の将来設計にケチをつけられなきゃなんねぇんだ!? あぁ!? 女のケツ追っかけるしか能がねぇテメェによぉ!!」
咳き込みながら、背中を丸めて踞る。
かっちゃんは舌打ちして僕に唾を吐きかけた。
「なんなら許してやってもいいぜ?『雄英には行きません』って土下座してくれるならよ。ほら? どうすんだよ? ワンチャンダイブいっとくか? あん?」
かっちゃんは急かすようにげしげし脇腹を踏みつけてくる。
へろへろの僕にお構い無しだ。
つり上がった目に、膨らんだ鼻の穴。
興奮したかっちゃんの姿を見上げる。
これが、僕の――
いつだって、現実だ。
夢や希望なんかじゃない。
『無個性』に与えられるのは、味も何もしない、砂を噛むような現実なんだ。
望まずに生きてきた。
律儀で、平坦で、慎ましく。
自分の手に届く物ばかり選んできた。
実直に、真面目に、自分に保険をかけて。
日常を保証してくれる道を探し回った。
弱っちい僕にはそれがお似合いなんだと、解りきったことなんだ。
――それでもさ。
歯を食い縛ってさ。
僕だって。負けたくないんだよ。
目を逸らしたくない。憧れから。
一歩も。逃げたくないんだよ。
悔しい。自分が情けないよ。
現実を目の前にして嘘をつくことしかできない自分が、心底、恥ずかしいんだ。
――顔を上げろよ、少年。
言ってくれたんだ。
昨日のように思い出せる。
僕に希望を、夢を持たせてくれた。
絶望の闇から救け出してくれた。
雄英が『あの人』の出身校だと知ったのは、それからすぐのことだ。
僕はそれからずっと焦がれていた。
求め続けていたんだ。
あの人みたいになりたいって。
あの人みたいに――!!!!
現実という壁にぶち当たっても、その壁に沿うように、憧れをなぞるように。
一歩でも近づきたいって、悔しくて情けなくて恥ずかしくて!!
胸が張り裂けそうな思いを押さえつけながら、ここまで来たんじゃないか!!
嫌だよ。
自分を押し殺して。
選んだ道まで否定されるなんて――
「……そんなの、絶対に嫌だ……」
フラフラと、立ち上がる。
訝しむかっちゃんを尻目に、僕は――
白いコンクリが血走った目に染みる。
視線をグイッと上げて前を見る。
見据えるのは、ぽかんと空いた空間。
フェンスが抜けた、ぼんやりとした広がり。
今にも顔を背けてしまいそうだ。
体がガタガタ震えて、涙が出そうだった。
でも、もう後退りしない。
ビビリながら一歩。怖くたって二歩。
自分の中にある譲れないモノを、一つ一つ確かめるみたいに。
体と心は、全く噛み合ってないけれど。
思い通りに歩けない。カッコ悪くて、不安が丸見えで、迷いばかり。
それでも。それでも、と。
縺れる足を踏ん張る。
助走をつけて、転がるように走り出す。
自分が今までついてきた嘘を。
しっかりと踏み締めて。
グッと足に力を込めて、僕は――
「ぅうぅぅぅわわわぁぁぁあああっっっ!!!!!!」
屋上から、空へ飛び出していった。
飛び出した、というよりも、体を放り投げたという方が正しい。
落ちて、舞って、それから――
「どうしたらいいいぃぃぃィィィiii!?!?」
体の制御が全く利かない!!
吹き上げる風に顔が歪んでアバババ!!
ブワブワと手足が踊って、頭から真っ逆さま。
着地? 無理!!
うぐぐと風圧で潰れそうな目。
その端に映った。
桜の木――!!!!
僕は藁にもすがる思いで泳ぐように手足を漕いで、桜の木に激突した。
「ゲエッ!! グボッ!! アハッ!! ヌブッ!! ベェッ!! ノォッ!! ガッハッ!! ズフッ!!――あてっ……」
なん、なん、何が起きた……?
自分でもよく分からない。
ただ、僕は木の枝や花びらや毛虫やらに埋まるように寝転がっていた。
ぼやけた視界の中、視線が辺りに散らばる。
目の前には、ひしゃげたフェンスがある。
壁。窓。草。木。鯉を飼ってる貯水池。
校舎裏。居座るみたいにずっと影。
視線はピンボールのように跳ねて、やがて一点に止まる。
かっちゃん……?
かっちゃんが、僕を見下ろしている。
いつものことっちゃいつものことだけど、何かおかしいなぁ。
なんでそんなに遠いんだ?
顔が、よく見えないよ。
徐々に、視点が定まってくる。
その時、僕はブッと吹き出してしまう。
なんだよ、かっちゃんその顔。
口をあんぐりあけてさ。
目が飛び出るくらい見開いてやんの。
僕はそれを震える指先を突き出して笑う。
けけけ、ははは、あっはっはっはっ!!
声がだんだんと大きくなる。
体が震えた。
さっきまでの怯えとは違う。
熱が、心を隅々まで満たしてくれる。
痛みすら置いてけぼりにして、体中の信号が一斉に青になってGOの合図を出す。
鼓動が収まらなくて。
いてもたってもいられないんだ!!
「かっちゃあああぁぁぁんんんっっっ!!!!」
衝動のままに声を張り上げた。
あまりに大きくて抱えきれない想いを、 ありったけ力を振り絞って叫んだ。
大きく胸を開いて、深呼吸。
空に手を伸ばして見せ付けるようにVサイン。
「……これでいい?」
ニカッと、笑ってやった。
ヘボヘボの僕。
皮肉混じりの力のない笑顔。
今の僕には、これが限界だ。
『あの人』のように、運命までブッ飛ばしちゃうような力強い笑顔とは程遠い。
でも、向き合えた。
自分を偽るような卑屈な笑顔。
その場しのぎの嘘つきの笑顔。
それに比べたら違和感もバリバリ。
説得力も何もない、ブッ細工な笑顔さ。
こんな笑顔を見せて回ったら、きっと皆、僕に落胆して失望しながら離れていくんだろうな。
でも、それでもいい。
誤魔化さないことが、諦めないことが、こんなに気持ちいいって知ることができた。
僕の世界。僕の未来。
輝く一歩を想像する。
きっとこれで何かが変わったわけでもないんだろうけど。
自信の無さは相変わらずのさばってる。
先の見えない不安に蝕まれている
乗り越えられるか分からない。
何が待っているのか知らない。
分からない。知らない。
それでも、信じる。
信じることに決めたんだ。
――悲しい時や苦しい時こそ、
それでいい。
――笑い飛ばしてやるのさ。
僕にしか見えない希望の光。
『あの人』と交わした約束を携えて、昨日の自分が、今日の自分が、明日の自分が。
一歩でも1㎜でも近付くことができれば。
そう信じることができれば、僕は他に何もいらないんだ。
まだ上手に笑えやしないけど。
今日だけは、これで許して欲しいな。
ねぇ、いいでしょ? オールマイト――!!!!
☆