マイティラビット   作:シャンティ・ナガル

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[2]幻

 

           ☆

 

「今日は気分がいい!!」

 

 思わず、叫んでしまうほどだ。

 広い空の下、僕は悠々と歩いていた。

 

 

 校舎裏で寝そべって馬鹿みたいに笑ってた僕。

 いつまでも浸ってはいられなかった。

 

 さすがに騒ぎに気付いたのか人の気配がざわざわと集まりだした。

 僕はそれにピーンと反応してそそくさ慌てて逃げ出したんだ。

 

 

 かっちゃんがどうなったか知らね。

 鞄を置いてきちゃったけど、もういいや。

 

 今日は素晴らしい日なんだからさ!

 生まれて初めて、かっちゃんに勝ったんだ!

 

 実際にバチコーンといてこましたったわけじゃないけど、あれは僕の勝ちと言って間違いなし。

 

 堂々の勝利宣言。

 戦わずして勝つ!!

 

 

 ウワッハハハハヒッヒヒヒッ!! ……フゥ~…。

 

 

 賢者モード。

 まぁ、冷静に考えてみればね。

 

 自分でもさ、自覚はあるんだよ?

 

 

 僕はなんてバカなことをしてるんだ……!!

 

 

 個性持ち相手に喧嘩で勝つのは無理。

 根気だけで捩じ伏せようとした結果。完全にノリだね!!

 

 全国模試一位がこんな脳足りんだとは……。

 これじゃあ、いつもトップを争ってる八百万さんに示しがつかないよ……顔見たことねーけど。

 

 

 それにしても僕、よく生きてるよな~。

 

 

 改めて、まじまじと手足を確認する。

 飛んだ時は何とも感じなかったけど今になってみればさ……。

 

 おっかなびっくり、ゾンビになった気分だ。

 骨折れてない? 折れてないよね?

 

 あんだけ殴られて、最後は屋上ダイブ。

 でも、現にこうして歩けてるし……。

 

 さすがにノーダメじゃないけど。

 首がズキズキ、背中も刺すように痛い。

 

 いや、痛い!!

 冷静に考えてみたらすごく痛いぞこれ!!

 

 鼻息をフンフン鳴らしてなんとか誤魔化してるんだけど大丈夫……かな!?

 

 病院行ったとこでなんて説明すればいいか分かんないし、ややっこいことはゴメンだ。

 無視無視、痛くない痛くない、大丈夫大丈夫。

 

 僕は痛みを堪えて疼く首を擦った。

 

 頭の芯まで電流が走る。

 ジンジンと痛みが広がっていく。

 

 目が醒めるようだった。

 血の激流が渦を巻いて、熱さを、僕の中で生まれた太陽を押し上げる。

 

 夏のような眩しさが僕の胸を焦がす。

 でも、その輪郭はくっきりとして穏やかな暖かさを僕に与えてくれる。

 

 

 僕にとってかけがえのない存在(ヒト)

 絶対に、離しちゃいけない想い。

 

 

 とは言ってもね……。

 

 別にさ。ホントにホント。

 これで僕の何が変わるでもないんだけど。

 

 無個性がなんぼのもんじゃーい!! とか。

 ヒーロー科行ったらーい!! とか。

 

 コミックばりにドラマチックな展開が待ってるはずもなく、現実は、未だ前に立ち塞がる。

 

 僕が飛び降りたくらいでそのブ厚い壁はぶち破れやしない。

 例え、僕が死んだとしても世界は何も変わらず廻り続ける……いや! まだ死にたくない!! 縁起でもないことを言うもんじゃないぞ!?

 

 でも、最近ちょっと弛んでたかな~と思う。

 気合いは入ったよ。

 

 よっしゃあ!! やるぜ~!! って。

 

 僕にだって野心があるんだ。

 それを叶えるために、僕は雄英へ行く。

 

 本当なら、僕もヒーローになりたい。それは本心なんだ。

 だけど、持っていない個性(モノ)は仕方ない。

 

 それなら一歩でも一掻きでも進むだけ。

 より近く、さらに近く。

 

 幸い、神様はそこまで意地悪じゃなかった。

 僕にも与えられた物が、ちゃんとある。

 

 模試で一位が取れるくらい頭がいいとか。

 学校どころか、僕は今や日本一頭がいい中学生なんだぞ。どうだ参ったかハハハ。

 

 まぁ、これじゃあ超知能とか専門の個性には負けちゃうんだけど。

 チッチッチッ、甘いぜ。僕には要領の良さだってあるぜ。センスやテクじゃ負けないよ!

 近所のバッティングセンターじゃホームラン連発だし、大概のスポーツはなんでもこなせる。

 

 愛嬌だってあるぞ。友達は多いし女の子にもモテるぞ。

 少なくともかっちゃんほどコミュ力は崩壊してないはず。

 まぁ、あんなのと比べられるのは心外だよ。

 

 すごい!

 自分で言っといてなんだけど、僕にもポジ要素がたくさんあるんだ。

 

 希望は残されてる。ゼロなんかじゃない。

 僕は、出来損ないのデクなんかじゃない。

 

 

 いつか、僕にだって――!!

 

 

 そういう良い所を積み重ねていけば。

 雄英に入って、頑張って、頑張って。

 

 自分の身一つでのし上がってやる!!

 

 

 

 そうすれば、きっと――

 

 あなた(オールマイト)の御側へ。

 

 少しでも、側へ。

 

 

 

 事務所で一緒に働けたりなんかしちゃったりしてウヘヘヘ。

 

 ちょっと短絡的? どうかな?

 僕は手を巻き付けるように赤くなる顔を隠して頭をぐらぐら。

 

 まだ何一つ叶っていないのに考えてるだけでお腹が一杯になる。

 あんまり表に出さないようにしてたからどうもこうも照れちゃうんだ。

 

 残念ながら、僕はあなたと一緒にグラウンドに立つことが出来ない。

 打席に立つことも、守備に入ることも、代打も代走も、一生。

 

 僕も個性があれば相棒(サイドキック)として隣で戦うことができたかもしれないけど。

 まだまだ未練を引き摺ってはいる。

 

 だけど、僕が(ヴィラン)の前に立ったとこでどうすることもできないのは確定で。

 足手纏いの木偶の坊になるくらいなら死んだ方がマシだ。

 

 でも、そんな僕にもベンチからならあなたを支えることができるかもしれない。

 ベンチ裏だろうと、練習場だろうと、食堂だろうとお手伝いできるならなんでも構わない。

 

 例え、観客席だろうと。

 僕はマウンドに立つあなたに会うために何万回でも足を運ぶと思う。

 

 見栄を張ろうが、起きながら夢見てようが、似つかわしくない妄想だろうが。

 僕はあなたに背を向けて生きるなんて、到底できそうにないから。

 

 夢破れた後でも、近くに行けなくても。

 

 

 

 できることなら、いつまでも。

 

 フェンスにしがみついてでも。

 

 僕は、ずっと、ずっと、見ていたい。

 

 

 

 誰よりもでっかい声で応援して、誰より長く多く、あなたの活躍を見守り続ける。

 

 

 それが僕の中で、決して絶えることのない願いなんだ。

 

 

 頬をパンっと叩いた。

 目の前には、昨日までとは違う景色。

 

 薄い曇りガラスの中で生きていた。

 半透明の、ぼやけた景色の中で。

 

 今は違う。

 今はと~っても!! 清々しい気分!

 

 鮮やかで、厚みがあって、旨い。

 まるでカツ丼みたいに気持ちいい!!

 

 

 ……なに考えてんだろ、僕。 

 

 

 何はともあれ、僕の日常は続いていく。

 僕のやることは変わらない。何も。

 

 また落ち込む日が来るだろう。

 悔やむ日が来て、泣きそうになって。

 

 傷ついて、また嘘をついて。

 平凡と退屈にまみれた日常。

 

 

 そんな日常でも、これだけは、変わらない。

 

 

 5年前から、僕の中に宿る僕の太陽。

 決して落ちることなく、登り続ける。

 

 今日だけはかっちゃんに感謝していいかも。

 また落ち込んだ時にでも、今度は優しく殴ってほしいよね!

 

 それにしても今日は本当に良い天気!

 何もかも、僕を祝福してるみたいだ!!

 

 まだなんか良いことあるかもな~。

 500円とか落ちてないかな~。この際、1円でもいいや!!

 

 キョロキョロ、僕は周りを見渡して――

 

『ハァ、ハァ、ラッキーだ……隠れミノ、み~つけた……!!』

 

「えっ?」

 

 振り向いて、視界が暗転する。

 

           ☆

 

「――……EYッ! HEYッ! HEY! お~い!! 生きてるか!? 少年!!」

 

「あ……ああ、ん?」

 

 僕は、どうして――?

 

「お? OH!! 良かったぁ――!!!! 気がついたか!!」

 

 自分が? え? どうして僕、寝てた?

 何してたんだっけ?

 

 小銭が落ちてないか探して……。

 声がしたから振り向いて、それから――

 

 

 

 泥。苦しい。『大丈夫。苦しいのは一瞬だよ』

 

『掴めるわけないだろ!! 大人しくしてろ!』助けて。死ぬ。誰か。

 

 お願い。嫌だ。「待たせたな、少年!!」マンホールが「私が来た!!」――え、オ。

 

 

 

 「――DETROIT SMASH!!」

 

 

 

 オール、マイ、ト?――……

 

 

 

「……ひぃうぇええあああぁぁぁっっっ!?!? オトオロオルオルオボボボ!?!?」

 

「うわぁ!? どうした急に!? ……ハッハ~ン、やっと状況が飲み込めたといったところかな? 無理もない! 敵に襲われてさぞ怖かったことだろう」

 

 その人は屹立した前髪をそびやかして――

 

「オボオルオルマイマママイタタタァ!!!!」

 

「だが、もう安心だ!! なぜなら今! 君の目の前に立っている男こそが!!」

 

 いつもの、5年前と同じ、その笑顔――!!

 

「そうだ!! 私だ!! ワ~タ~シ~がぁ「オロロロオルオルオールマイトォァッッッ!?!?」って! さっきからうるさいぞ!? 君はぁ!!」

 

「ひぃえぁっ!? すびませんっ!!」

 

 

 

 ――夢じゃないのか!?

 

 

 

 頭がおかしくなりそうだ。幻を疑う。

 だけど、心臓の鼓動が強すぎて、その痛みに目の前の奇跡が現実なのだと思い知らされる。

 

 体を、震えが突き抜けていく。

 全身が、心が、奥底まで、熱い炎に包まれる。

 

 

 また、救われたんだ……!!

 

 

 会いたいと、彼のようになりたいと、ずっと憧れていた。

 僕に未来を、命を与えてくれた太陽!!

 

 

 そこに立っているだけで。

 

 

 魂ごと引き寄せられるようだった。

 目を離さずにはいられない。惑星の引力なんてチャチとすら感じる神々しさ。

 これが敵なら骨の髄から恐怖で凍りつくだろう、それくらい圧倒的なオーラ。

 

 撫で上げられた金髪は細やかな煌めきを放ち、荒っぽい口調には自信が満ち溢れ、空気まで張り詰めるような図太い筋肉に、仁王のような堂々とした立ち振舞い。

 

 

 全世界にその名を轟かす。

 

 存在そのものが『平和』と同義とされる。

 

 最強の正義、ヒーローの王様。

 

 

 

 ――僕のヒーロー、オールマイトだぁぁぁ!!!!

 

 

 

 ほ……本物。本物だぁ!! ホーリースモーク!!

 本物のオールマイト!! 画風が存在感ガガガガ!!

 

 どうすりゃいい!? 思わぬ、この遭遇!!

 足で立ってるのがやっと。近付きたい!! でも、歩いたらきっと転ける!!

 

 ションベンチビりそう。足が震える。

 声が。行ったり来たり。何も言えねぇ!!

 

 テンパってる僕を余所に、オールマイトは大袈裟な仕草で肩を竦めて、

 

「フゥ~。ま、そんなに叫べるなら大丈夫だろう。元気でなによりだ! 君のお陰で詰め込みも完了!! 敵拘束への協力、感謝する。君の勇気が! 多くの市民の生活を守ったのだ!!」

 

 ババーン!! とペットボトルを掲げた。

 中は藻みたいに薄汚い色をした液体に満たされている。

 

 僕はそんな物そっちのけでオールマイトを見つめていた。

 とにかく目が奪われてしまう。

 

 周りが全て霞んで、オールマイトだけが、はっきりと。

 生オールマイ! 生オールマイ!!

 

「さて……では、そろそろ私は失礼するよ。液晶越しにまた会おう!!」

 

「えっ……!!」

 

 その一言で我に帰る。

 嬉しさとか、天にも昇る気持ち。それが一瞬で固化して、やっとまともな声が出た。

 

 オールマイトはボトルをポケットに入れ、屈伸するみたいに腰を深く落とす。

 

「あっ!! ちょっと待って!! 僕、あなたに――!!」

 

「HAHAHA! すまんな、少年。プロは時間との勝負なんだ。な~に、今日の記念に私のサインを書いておいたぞ!! 家宝にするといい! では、私はこれで――」

 

 違うんだよ、オールマイト。待って。

 まだ言いたいことがたくさんあるんだ。

 

 あなたに会うために、ずっと、ずっと。

 あなたに伝えたいことがいっぱいあったから。

 

「じゃ、これからも……応援よろしくね――!!!!」

 

 

 

 僕は――

 

 

 

「――びぃひえええん!! ほんとにまっへぇ~!!」

 

「コラコラぁ~!! なにしてんだ君はぁ!?」

 

 踏み切る寸前、僕はオールマイトの足に飛び付いていた。

 すげぇ!! 風圧が屋上ダイブの比じゃねぇ!! さすがオールマイト!!

 

 台風の中に突っ込んだみたいだ!

 

 足にしがみついたは良いものの、今にも吹き飛ばされそうで。

 全身の皮膚がひっぺがされそうアベベベ!!

 

「離せ!! 離さんか!! いくら温厚な私でも我慢の限界がある!! 君はそれをいきなり越えてきた!」

 

「ひぃえ~!! まっへ! しふ!! しふから! しふんばぶからほぉ~!!」

 

「えっ!? なんて?」

 

 首根っこを掴んで引き剥がそうとしてくるオールマイトに僕は首をブンブン振って抵抗する。

 風に声を千切られながら狂ったように叫んだ。

 

 もう必死だった。

 眼下の景色が高速で流れていく。

 

 これを景色と言ってよいのか?

 速すぎて目で追えない。影すら。

 

 全部引き伸ばされて、切れ味の良い刃物が一面に広がってるみたいに見えた。

 

 ギロチンと並走しているようなものだ。

 落ちたら死ぬ。離したら死ぬ。分かってる。

 

 

 とにかく死ぬぅ――!!!!

 

 

「Shit! 仕方ない! 着地する!! 舌を噛むなよ!」

 

 オールマイトは空中で体勢を変える。

 今度こそ僕は足から力づくで剥がされ、小脇に抱えられた。

 

 ジェットコースターの次はバンジージャンプ。

 平行から垂直。

 

 いきなり急ブレーキがかけられ、その後まっ逆さまに僕は地面へ落ちていく。

 まさに急転直下。Gの大盤振る舞いだ。

 

 多分、今日だけで。

 僕、宇宙飛行士になれそう。

 

 

 顎、打った。

 

           ☆

 

「ひ……死ぬかと、おほっ、た……」

 

「なにを言ってるんだ君は!! 自業自得だぞ!」

 

「す……すいま、せん……」

 

 なんか……もう……寿命縮んだ。

 てか、現に10年くらい老けた気がする。

 

 まさか1日に2回も空を飛ぶことになるなんて……前世の呪いかなんかですか?

 

 僕はもうヨロヨロ、四つん這いになるのが精一杯で立つこともできない。

 一生分の気力を使い果たしたみたいだ。体の中がすっからかん。

 

 着地したのは近所の森林公園……多分。

 正直、自分がどこにいるのか分かりません。

 

 人気のない雑木林だ。

 木が何本も薙ぎ倒されてちょっとした広場になってる。すげぇ。

 

 って、関心してる場合じゃない。

 

 へたり込む僕を見下ろすオールマイトはカンカンだった。

 声音は険しくて言葉だけで気圧されてしまう。

 

 怒るよね、そりゃ。

 アンチと取られてもおかしくない行動だもん。

 

 でも、どうしてもまだ話したくて、体が勝手に動いてしまった。

 僕は悄気て俯いたまま何も言えなかった。

 

 オールマイトは呆れたように首を横に振り、

 

「まったく、勘弁してくれ……じゃ、さようなら。もう引き留めないでくれよ?」

 

 僕を置いてそのままザクザク草を掻き分けて歩き去ろうとする。

 

 あぁ、行っちゃう……!!

 

 しつこいって自分でも分かってるのに、それでも、咄嗟に声が出てしまう。

 

「あの、待ってください! 僕は――」

 

「No! 待たない!!」

 

「5年前!! 僕はあなたに救われました!!」

 

 静かな森に、僕の叫びが響き渡る。

 

 声が震えた。抑え込もうとしても無理だった。

 想いが大きすぎて、胸が張り裂けそうだった。

 

 鮮烈な印象。今でも思い出せる。

 つい昨日のことのように。

 

 あなたが伸ばしてくれた手、抱き留めてくれた胸、燃え盛る街。そして、力強い笑み。

 

 あなたがいたから、一人ぼっちになっても希望を見続けることができた。

 あなたに出会わなければ、僕は今日まで生きていなかったんだ。

 

 目をぎゅっと瞑り歯を食い縛って、体の底から力を振り絞る。

 地を這って、ゆっくりとオールマイトの元へ近づいていく。

 

「東京大侵攻……覚えているか分かりませんけど!! 僕は瓦礫の下からあなたに助けられました!!」

 

「5年前、だと? ――ッッッ!!!!」

 

 ザッと、歩を止めたのを感じた。

 

 僕はその音に向けて手を伸ばす。

 土を巻き込みながら匍匐前進で、今だ腰が立たなくて手足でもがくように前へ進んだ。

 

「ずっと会いたかった!! ずっと言いたかった!! 僕はあなたのお陰で生きてこられたんだって!」

 

 何個、感謝の言葉を重ねても足りない。

 でも、この気持ち全てを、溢れんばかり伝えたいと、ずっと願っていた。

 

 瞼の裏で光が幾つも流れては、爆ぜる。

 

「ありがとうございました! 僕を救ってくれて!! 僕はずっとそれが言いたかったんだ……!!」

 

 オールマイトの足元まで体を引き摺った。

 

 

 

 5年間、憧れ続けた日々。

 

 追いかけ続けた日々を。

 

 巡る想いの中、僕は――

 

 

 

「……ぇえうおあああぁぁぁっ――!!!! 誰だあんたぁぁぁ――!!!?」

 

 

 

 見上げた先には……。

 天を突く前髪、優に2mを越える岩のような筋肉を備える巨人の姿はなく。

 

 ガサガサヘアーに、線が細すぎて生きてるのが不思議なくらいの病人がいた。

 

「うわぁ――!!!? オールマイトォ――!! 萎んでるぅ――!!」

 

 あまりにびっくりし過ぎて僕は飛び上がった。

 さっきまで足腰が立たなかったのに今はもうシャッキリ!

 

 こんなん驚くなっつーのが無理っしょ!

 なんで? どうして!? ミイラじゃん! 細ぉ!!

 

 七変化とかそういうレベルじゃねぇ――!!

 ゆるキャラの着ぐるみド突いたら中から汚ねぇおっさんが出てきたとかそういう類いの……。

 

 子供がこれ見たら絶対大泣きだぞ!!

 現に。僕が今。泣きそう。

 

 今度こそ幻を疑う。幻であってほしいと願う。

 でも、今もまた、心臓の痛みがこれが現実なのだと教えてくれる。

 

 さっきまでの高揚感とは違うけど。

 焦りで、もうヤバい。なんか見ちゃいけない物を見てしまった気がする!

 

 冷や汗が頬を伝った。

 

 ……いや、ちょっと待て。冷静に。

 そもそもこの人、ホント……?

 

「あの? オールマイト、ですか……?」

 

 おそるおそる聞いてみた。当然の疑問だよね。

 いくらなんでも似てなさすぎだし、多少面影があるにしても……。

 

 僕は目を細めて、目の前の病人を注視した。

 

 病人 (オールマイト?) はじっととしたまま落ち窪んだギョロ目で見つめてくる。怖い。

 

 互いに相手の出方を窺って、時だけが過ぎた。

 

 気が遠くなるくらい長い沈黙、固唾を飲んで見守っていると……

 

「チガウヨ。ワタシハオールマイトジャナイヨ」

 

「ですよね!? ホッ!」

 

 目の前の人が胡桃割り人形みたいにパクパクと喋りだす。

 

 僕はでっかい安堵の溜め息。

 まぁ、聞くまでもなかったよね。

 

 危ない危ない。目が腐ってるのか。

 この人がオールマイトなわけないじゃないか!!

 

 いかんいかん。やっぱり病院行こうかな。

 

「ハハハ。なんかすみません。人違いでした!」

 

「イエイエ、ダイジョーブデスヨ。デハ、ワタシハコレデシツレーシマス。サヨナラ」

 

「はい、さよなら~」

 

 僕はニコニコと手を振ってその場を後にする。

 

 じゃあ、オールマイトはどこに?

 僕が喋ってる間に帰っちゃった?

 

 そんな気配はなかったけど……。

 まぁ、そうだよな。

 

 僕にとっては特別でも、オールマイトにしちゃ数あるファンの内の一人。

 話なんか聞いてたらキリがないもんな。

 

 ということはさっきまで僕が力入れて語ってたの、全部あの人が聞いてたのか……。

 うわぁ、めっちゃ恥ずいやつじゃん。黒歴史確定。あ~あ、今日はツいてると――

 

 

 

「ってぇ!! そんなわけあるかぁ!! えぇ!? オールマイトォ!? なに!? なんなのその姿!! うわぁぁぁん!! オールマイトォォォ!!!!」

 

「のわぁ~!? オイコラッ!! さっき自分で納得したばっかりじゃないか!? えぇい!! 離せっ!! 私はオールマイトじゃない!! オールマイトじゃないったら!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁっっっ!!!! オールマイトォ!! オールマイトォォォ!!」

 

「あ~! 分かった!! 分かったから!! 全部説明するから!! 騒がないでくれ!! 頼む!」

 

 そそくさ逃げようとしたオールマイト (絶対この人本物!!) に向け僕は全力で飛びかかった。

 

 オールマイトは最初こそジタバタしていたけど観念して抵抗を止めた。

 

 僕は掴んでいた手を離す。

 勝手に力が抜けて腕がぷらんと垂れ下がった。

 

 目の前の事実に、呆然としてしまう。

 

 

 オールマイト、本当に……。

 

 

 衝撃が胸を打つ。

 直感に従ったとはいえ、信じたくなかった。

 

 5年前の出来事がフラッシュバックする。

 そして、今の現実との落差に背筋が震えた。

 

 

 腕で抱き寄せられた時、目を見開いた。

 憶えてる。厚い筋肉以上に、包み込むような暖かさを、はち切れんばかりの生命力を、僕はオールマイトの胸の中で感じたんだ。

 

 

 思い出の美化かもしれない。

 それでも、これはいくらなんでもあんまりだ。

 

 

 枯れ枝のような細い腕。

 人一人持ち上げることも叶わないような、現に中学生の僕すら振り払えなかった。

 

 皮膚もかさかさで張りがない。

 筋肉どころか人が持つ最低限の気力すら萎えてるように見えた。

 

 顔は痩せ衰えて骨と皮だけ。

 オールマイトの象徴とも言える笑みも暗い翳りの中に沈んでいた。

 

 

 まるで脱け殻じゃないか……!

 

 

 失礼だと分かっていても、見ているだけで悲しく顔を歪めてしまう。

 

 何て痛ましい姿。

 唇を噛んで、込み上げてくる涙を押し殺した。

 

 オールマイトは気だるそうに近くの木に背中を預けて老人のように息をつく。

 

 木漏れ日が斜めにオールマイトに差していた。

 光に浮かぶその姿には幽霊みたいな、この世のものとは思えないような、儚さが漂う。

 

「ハァ~。まったく今日はなんて日だ……見られてしまったものは仕方ないな……」

 

「オールマイト……どうして……?」

 

 続く言葉は吐息の中に溶けていく。

 

 どう切り出せばいいか分からなかった。

 オールマイトの姿、十中八九、個性の影響を受けているのは分かるけど……。

 

 こんな現象、初めて見た。

 個性は千差万別で、発動の前後で姿形が変わるなんてのも珍しくないけど、オールマイトのそれは明らかに異質で病的に感じた。

 

 けれど、オールマイトの個性は超人社会の七不思議の一つとされて謎に包まれているし、ましてや僕は無個性だ。分かるはずがない。

 

 僕の沈黙を受け止めて、オールマイトは訥々と語り始める。

 

「5年前ね……覚えているよ。君は私が手ずから救出した、あの事件で数少ない生存者だった……大きくなったな。会えて嬉しいよ」

 

「はい、僕もです! 本当に、本当に……それで、そのぉ……」

 

「気になるよな、私の姿。個性を解除したにせよ別人過ぎる……いつもは気付かれないんだけどなぁ~。見破ったのは君が始めてだ。凄いぞ」

 

「いや、あの、えっと……」

 

「……今から話すことは世間に全く公表されていない事実なんだが……これもなにかの縁だね。君にも無関係という話ではないのだから」

 

 オールマイトはシャツを捲り上げる。

 

 それを見たと同時に僕は「ひっ!?」と悲鳴を上げて顔を背けてしまった。

 

 

 

 目に飛び込んできたのは深々とした傷だった。

 縫い目が幾重にも伸びて、まるで蜘蛛の巣のように禍々しい痕。

 

 

 

 見ていると、僕の胸に痛みが走った。

 心を締め付けられ強く揺さぶられる衝撃。

 

 堪らなく辛かった。

 鳩尾がぎゅっと縮み上がる。

 

「5年前……敵によって受けた傷さ」

 

「――ッ!! じゃあ、もしかして……!?」

 

「そう。まさしく君を助けた後だ。私は敵の大ボスとの決戦に挑んだ。勝ちはしたのだが相討ちで胸に一撃を……重傷だ」

 

 僕はゴクリと生唾を呑み込む。

 

 

 5年前の、あの日――!?

 

 

 記憶が蘇る。

 

 怪我人がごった返す、テントが幾つも並んだ避難所でオールマイトと別れた。

 頭をゴシゴシと撫でられ「じゃあな」と言って、飛び去っていく。

 

 僕は放心して目をパチクリと開けるだけで何も言わずに見送ってしまう。

 あっと思った時、すでにオールマイトの姿は影も形もなかったんだ。

 

 

 僕はそれをずっと後悔して生きてきた。

 何故、「ありがとう」と言えなかったんだろう。

 

 次に会う時には必ず言おう、と。

 言わずには死ねないと思っていた。

 

 それが今日、漸く叶ったっていうのに。

 

 何ができるわけでもない。

 それでも、過去に戻れたらとか馬鹿みたいなことを考えていた。

 

 

 僕はまた、後悔に苛まれてしまう。

 

 

 オールマイトは息を継いで話を続ける。

 

「以来何年も寝たきりの生活。傷自体は完治したしリハビリを続けて回復してはいるけど……今の私が個性を発動できる時間は1日3時間しかないんだ。この衰弱した姿こそ私の正体なのさ」

 

 ヒヤリとした感覚が喉を流れて体に満ちる。

 冷たさが染みて、鳥肌が立った。

 

 

 殺戮の夜、エトワールの鳥葬、ブラオ・コラール、血残日、チャイルドスキュア事件。

 

 そして、東京大侵攻。

 数多の異名は悲しみがいかに広く、苦しみがいかに深く、人々に及ぼしたかを如実に表す。

 

 世界の主要都市を同時に襲ったテロ事件。

 死傷者数は2500万人を越え、世界大戦以来起こった人類史上最悪の大虐殺。

 

 街は崩れ、人が死ぬ。

 紙切れのように。いとも容易く。

 

 

 世界は滅亡の危機に瀕していた。

 

 

 その時、颯爽と現れたのがオールマイトだ。

 

 テロ事件を起こしたのは、長年宿敵として戦ってきた巨大敵組織。

 オールマイトとヒーローチームのメンバーは世界各地に飛び、組織の敵と相対した。

 

 オールマイトは東京に現れた敵の首魁と戦い、打ち勝ち、世界に蔓延る暗雲を払った。

 

 

 歴史の教科書にも載っている。

 オールマイトはたくさんの人々から賞賛を浴び、世界に再び平和が訪れた――

 

 話は、それで終わりのはずだったんだ。

 

 

 それなのに――!!

 

 

「そんなぁ、嘘だ……記者会見だって……あんなに元気だったじゃないですか!?」

 

 僕は未だに信じられなかった。

 呻くように声を張り上げる。

 

 だって、そりゃそうだろ。

 あの事件の後、オールマイトは世界同時中継で終息宣言をしたんだ。

 

 今でもTVで何度も流されているし、動画サイトの再生数は世界記録にもなってる。

 記憶どころが記録としてこれから何百年も残るであろう歴史的場面。

 

 僕だって、リアルタイムで見た。

 確かにこの目で見たんだ。

 

 

 

 スーツは血や土で汚れていたけど元気で、世界中に笑い声を轟かしていたオールマイトの姿を!!

 

 

 

 あれが痩せ我慢だったと?

 そんな風には断じて見えなかった。

 

 大きな怪我を負っていたとは到底思えない。

 例え僕一人は騙せたとして、世界の誰かが気付くはずだ。

 

 僕の追及にオールマイトは軽く頷いて、

 

「あぁ、あれはホログラムさ。よく出来てるだろう? 本物の私は手術の真っ最中……それからはずっとベットの上だ。私がヒーローの活動を再開したのはつい最近の話なんだからね」

 

 僕は顔から血の気が引くの感じた。

 クラッとして倒れそうになる。

 

 オールマイトが衰えたという噂自体は前々からあった。

 

 事件解決数が減りメディアへの出演もめっきりなくなって、引退するのではないかと。

 オールマイトの年齢は明かされてないけど20年以上前から活動してる古いヒーローだから、そういう話が出るのも仕方がなかった。

 

 でも、テロ事件以降、所謂『オールマイトセンセーション』という世界の犯罪率が激減する現象が起こり、ヒーローは活躍したくてもできない『飽和時代』に突入。

 それもあってか、オールマイト弱体化の話は眉唾やアンチの戯言、敵の陰謀と激しく叩かれて誰も相手にしてなかった。

 

 

 僕もそうだった。

 オールマイトが弱ったなんて冗談じゃない。

 

 でも、歴史には裏側があって、僕は奇しくも当代の英雄から直接、真実を聞いてしまった。

 

 

 生まれて初めて、神を呪う。

 僕は誰よりもオールマイトを知ってるし、誰よりもオールマイトに憧れてる自信があった。

 

 オールマイトを愛していた。

 家族や恋人を愛するのとは違うけど、僕は確かにオールマイトのことを想っていた。

 

『愛』としか言い様がない。

 切実に人を想い、止むことなく相手に焦がれ尊敬する。

 

 人へ大っぴらに言うには照れ臭すぎる。

 大きな意味での『愛』。

 

 

 出会った時、神様に感謝した。

 僕の『愛』に応えてくれたんだ。僕のために御褒美をくれたんだと信じた。

 

 でも、違う。

 これは神様のちょっとした悪戯だったんだ。

 

 御丁寧にも『無個性(ぼく)』みたいな何もできない人間をわざわざ選んで、弄ぶ。

 

 待っていたのは、理不尽な結末。

 

 

 

 僕はこんなことを一番に知るために、オールマイトを愛していたわけじゃない――!!

 

 

 

 頭を抱えた。

 こめかみが引き絞られるように痛む。

 

 骨が軋んだ。

 吐き気がする。何もかもぶちまけてこのまま楽に死ねたらいいのに。

 

 でも、まだだ。まだ疑問が残る。

 

 オールマイトの口から出た、大きな矛盾。

 これ以上聞くな、と本能が叫ぶ。それでも尚、唯一の救いを求めて問いに託した。

 

「ありえない!! でも、じゃあ!? だって、だってぇ……ニュースで何回も……!! アンゴルモアを捕まえた時も!! 南海油田事故でも! あなたは! ずっとずっと活躍してたじゃないですか!?」

 

 そう、そうなんだ。

 テロ事件後も、オールマイトは活躍していた!

 

 僕はノートに記録して全部暗記してるんだ。

 窃盗やひき逃げの小さい事件から大災害や大物敵の退治まで、事件数は他のヒーローより少なくてもニュースや紙面で第一報が告げられる大活躍を!

 

 もはや質問ではなく懇願だった。

 全部間違いであってほしいと、僕は目に涙を浮かべてオールマイトを見つめる。

 

 でも、オールマイトは、僕の眼差しから逃げるように目を伏せていた。

 

「それは……私の仲間達の活躍を私の功績として捏造したからさ。全ては平和の象徴として、私のイメージを守るためにね。私が倒れたと知れば敵が活発化するのは目に見えている。なんとしても健在をアピールしなければならなかった。これは君に説明しても分かってもらえないかもしれないが……所詮は八百長だからね」

 

 プツンと、糸が切れた。

 

 全てが無感覚に、闇に包まれる。

 空っぽのはずなのにお腹の中が重い石でぎゅうぎゅうのような、変な気分。

 

 

 崖から突き落とされる感覚。

 喪失感という底無しの谷へ。僕は3度目の浮遊を体験する。

 

 

 静寂を誤魔化すように咳払いが聞こえ、

 

「すまない……こんな話を聞かせてしまって。失望しただろ?」

 

「いえ、そんなこと……」

 

 僕は自分でも驚くほど平然と答えていた。

 荒れ狂っていた激情が、今は穏やかだ。

 

 

 だけど、なんでかな。

 どうしても、目の焦点だけは合わない。

 

 

 オールマイトは溜め息と苦笑いが混じったような息を吐き出す。

 

「君に会えて良かった。自分が救った人間が元気に過ごしていた、それを知れただけでヒーロー冥利に尽きるといったとこさ。ホント、励みになるよ」

 

 そう言い、視線を横に流して回れ右をする。

 

「今日のことはくれぐれも秘密にな……今後とも応援よろしく。じゃ、元気でね」

 

 オールマイトは手を振り去って行った。

 今度こそ、足を止めずに。

 

 僕も、引き留めなかった。

 喉が塞がって、これ以上何も言えなかった。

 

 僕は下を向いて同じ景色をぼんやりと眺める。

 押し潰されるような痛みだけが、胸に残る。

 

 

 

 遠くから眺める穏やか海。

 

 絶望だけが静かに揺れていた。

 

           ☆

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