☆
宙空を、僕は飛ぶ。
或いは漂い、或いは浮かぶ。
どこまでも深い闇の奥で、僕は静かに横たわっている……というイメージだ。
もう何も見えないし聞こえない。今自分がどういう状況なのかまるで感知できなかった。
どこをどう見ても暗闇だけが広がる。
感覚が静寂に支配されて僕と暗闇の間には淡い境界しかない。
ここが死後の世界なんだろう。
いや、まだ意識はあるから……その待合室みたいな感じ?
気づいたらこんな場所にいて何が何やらなんだけど、僕はとりあえず待つ。
誰に教わったわけでもないのに、自分がするべきことを自ずと理解してたんだ。
ぶっちゃけやることがないってのもある。
だだっ広いだけで、ほんっっっとうに!! な~んにもないんだもの。
死ぬと皆こんなとこに来るのか……。
花畑とか、そんなんじゃないんだね。
よく考えたらこんな広い場所を貸してもらえるなんてかなりのVIP待遇じゃん?
まぁ、せめてTVとお菓子くらいは用意しといて欲しかったけど。
もう何時間経ったのか、それとも何日か。
時の流れさえ澱む世界。僕はひたすら微睡む。
奈落へと没していく喪失感。僕という存在がだんだん消えて無くなっていた。
僕が生きたことも死んだことも忘れられて、退化して、衰えてしまう世界。
境界が徐々に狭まり、闇が侵食する。
闇と一体になる。パチリパチリと一つ一つ、僕の中にあるスイッチが切られて意識がシャットダウンしていく。
死が訪れる。
永遠の眠りへと、僕は誘われる……。
ふと、闇の中に白い点が現れた。
鉛筆でちょんと突いたような小さな点が2つ、隣り合う。
こんなに真っ暗だとすぐ分かった。
意識の片隅で急に湧いて出てきてポツリと遠くの方で瞬き始める。
さらにもう2つの点が生まれて、4つ、6つ、8つ……どんどん増えていく。
光が浮かび上がり、まるで暗闇に星座を描いているようだった。
まぁ、星空とかイルミネーションってほど大した物でもないけど。
てか、ショッボ!! どうせなら花火の一発くらい打ち上げてくれればいいのに……。
何にしても、やっとお迎えが来たんだろう。
ここで起きるイベントなんてそれくらいしか考えられなかった。
僕は辟易しながらも重い腰を上げるように、その光へと意識を集中した。
――ッッッ!?
ゾッと、意識が逆立った。
声なき叫びが僕の中で震動する。
光だと思っていたモノは――人の目だった。
正面に誰かが立って、僕を覗きこんでいた。
一人だけじゃない。何人も。
僕を取り囲むように気配が蔓延って……誰かがいるんだ、僕だけじゃない誰かが。その証拠を表すように目だけが、宙に浮かんでいた。
仰天して心臓が跳び跳ねる。
びっくりした~!! てっきり一人だと思ってたら相室かよ!?
はぁ~、と息をついて気持ちを落ち着かせる。
僕は周りを見渡して、宙に浮かぶ目をこそこそと窺った。
死神……ってわけじゃないみたい。
ずっとこっちを見てるだけで何もしてこないし、ちょっと気まずいぞ。
お互い三途の川を渡る同士なんだから、ここは一つ語り合いたい所なんだけどね。
それにしても何人いんだよ。7人? 8人? 目だけだからゴチャゴチャして分かんねぇな。
いつの間にかすっげぇ近くに寄られてて軽くホラーだった。
そういうの冗談でも止めてほしい。今も心臓がバクバク言っててさぁ――
……心……臓……?
何で、心臓が鳴ってんの?
鼓動が早鐘のように脈打つ。僕は慌てて自分の手を胸に当て確かめる。
手……自分の手もあった。
足もある。口もある。耳も、鼻も。息ができるし指も動かせる。なんか素っ裸だし、寒い……気がする。
――でも、どうして?
感覚が蘇っていた。
暗闇の中でも僕が僕の体を視認できる。
僕という存在そのものの輪郭が張りを取り戻したかのように、精神が再び活性化していた。
だけど、意味が分からなかった。
せっかく心地よく眠りにつこうかと思った矢先に叩き起こされた気分。不機嫌とさえ思う。
でも、もしかしたらそういう儀式的な題目の一つになのかもしれない。
死ぬのはこれで最初で最後なわけだし、文句を言っても仕方ないか……。
僕はとりあえず考えるのを止めて、辺りの動向を見ようと顔を上げた。
その瞬間、衝撃が走る。
世界が一変していた。
「うわあああああああああぁぁぁっっっ!!!!!!」
目の前に太陽が現れたのかと思った。
黒から白へ。世界が裏返り、突如として光の奔流が真っ正面から襲う。
僕は焼けつく熱さに悲鳴を上げた。
全身が引き裂かれ捩じ切れるような凄まじい激痛を受けて、ただ泣き叫んだ。
白明に呑まれ、僕の体の隅から隅まで高圧で洗い流される。
血管や神経にすら激流が伝い、抗いようのない痛みに苛まれた。
焦りや混乱を感じる間もなく苦痛が一斉に雪崩込んできて、その勢いに体が押し潰され、心は張り裂けんばかりだった。
次第に喉が渇れて、悲鳴は絶叫に変わる。
それでも痛みは止めどなく襲い、僕は光に晒され続けた。
激痛で鋭敏になった感覚もついには根を上げて、反応が麻痺していた。
痛みが遮断される。これ以上は受け入れられないと脳が焼き切れたかのように、何も感じられなくなっていた。
僕はボロボロに疲弊して意識を手放そうと瞼を深く閉じる。
暗闇に戻りたかった。眠りたい。もう痛いのは嫌だ。
しかし、瞼の裏でも光は弾け続ける。
逃げられない。今まで味わったことがないほどの絶望感。光の波濤に何処までも浚われていく。
光は意識の覚醒を強要し、精根尽き果てた今も尚、失われることも途絶えることもない。
僕は全てを諦め、目を閉じていた。
何もかもどうでもいい。全身の力を抜いて光の海に漂流する。
その時――。
光の世界を、さらに白く染め上げて。
雷鳴のような力強い声が、僕の脳裏に響いた。
「――緑谷少年!」
目を、開いた。
「生きろ!! 君はまだ死んではいけない!!」
光の中で、さらに光を凝縮して強く輝く。
一際強く、優しく、暖かい光。
無数の光の粒が僕を包み込む。
まるで誰かの腕に抱かれているかのように温もりが溢れていく。
意思を感じる。想いを感じる。願いを感じる。
不意に、記憶から流星のように『あの人』の笑顔が蘇った。
幾重にも光が放たれ、飛び散り、織り込まれ、掌が形成される。
僕の前に、光の手が差し伸べられた。
強烈な力を迸らせ灼熱の意志を秘めて、僕に選択を迫る。
考えるまでもなかった。
僕は手を伸ばして、光の手を握り締めた。
☆
ゆっくりと目を開く。
気忙しい鳥の鳴き声。消毒薬の臭い。
白く生気のない空間。無機質なベットの上に、僕は寝かされていた。
開け放たれたカーテン、窓から暖かい陽射しが入り込む。
空はよく晴れていて、雲がのんびりと風に流されていた。
一度、瞼を閉じる。目が疲れてきた。
頭も重たい。何気ない景色だけど、今の僕には情報が多すぎて処理が追いつかなかった。
見える物全てが作り物や嘘に感じる。夢の中にいるみたいだった。
僕は……何でここに? ここはどこだ? 僕は死んだはず、確かに死んだのに。
分からないことだらけだった。
異次元にでも放り出されたかのような強烈な違和感を覚える。
暗闇、光、激痛……。
ここはあの世界の続きなのか? 次は何をさせられるんだ? どうしたら……。
僕は再び外に目を向けることを拒んでいた。
もう嫌だ。帰りたい。誰か助けて。楽になりたい。死なせてくれ。
恐怖や焦りで胸が締め付けられるように痛くて、息苦しさに喘ぐ。
弱気な感情に心が晒されて、もうどうすればいいのか分からなくなっていた、その時。
すぐ横から、全ての懊悩を叩き壊す声が飛び込んできた。
「こら、緑谷少年!! 起きてるんだろう!? 寝るんじゃない!」
ぎょっと目を見開く。
「やれやれ、私を無視しないでくれよ……」
「ッッッ!?!? オ、オ、オールマイトォォォ!!!!」
長い金髪が垂れ下がって頬を擽る。
オールマイトが覆い被さるように僕の顔を覗き込んでいた。
僕は慌てて飛び起き、ベットの上で正座をして居住まいを正す。
何で正座なんだろう? 動揺しすぎて自分でもよく分からなかった。
オールマイトはあの衝撃的な話を聞かされた時と同じ、ガリガリフォーム。
初めて見た時は愕然としたけど今は然程でもない。むしろ自分でも驚くくらい自然にその姿を受け入れられた。
間近で見ると整形を疑われそうなシャープな顎といい確かに変わり果ててはいる。
それでも頬が仄かに赤く染まっていたりと顔色は良くて、割かし元気に見えた。
前会った時は活動限界の影響で草臥れてたせいもあったんだろう。何だかほっとする。
今はピンと背筋を伸ばして椅子に座り、黄色のストライプスーツという派手な服装は意外にも見映えが良くてかっこいいと思った。
それに――
僕は見たんだ。
ヘドロが暴れ回り、群衆の中で悔しさに藻掻き抗おうとしていたオールマイトの姿を。
そして今、穏やかに見つめる優しい瞳。僕の希望を形作ってくれた光がそこにはある。
どんなに姿が変わろうと、変わらない。
傷を受け倒れても、再び立ち上がり。オールマイトの心は5年前から僕が追い求めてきたそのままだった。最高のヒーローそのものだった。
それを知ることができただけ、死んで良かったと思える。
もう何も恐くなかった。抱いていた不安が遥か彼方に消し飛んでいく。
急速に現実感を取り戻す。
僕がオールマイトに会ったこと。ヘドロを倒したこと。死んで、目覚めたこと。
全ては繋がっている。
「具合はどうだい? どこか痛いところとかは?」
「っ!? はい!! おかげさまで大丈夫です! えっ? でも、なんで僕? あれ?」
「落ち着ついてくれ。今から説明する。ほら、水を飲みなさい」
「あ、はい……ありがとうございます」
オールマイトは問診のように体調を聞き、混乱する僕に水を差し出す。
慌てながらも恐る恐るコップを受け取り、一口飲んだ。
水がするりと落ちる感覚。喉や胃がビクビク反応してじんと沁みた。
生きてる……!!
やっと実感できた。涙が出そうなほど深い感動が胸に響く。
改めて手足を確認する。傷一つなかった。まるで全てなかったことのように。
だけど、夢じゃない。嘘じゃないんだ。
目の前には、僕が憧れ続けたオールマイトの偉容がある。
「ここは私が重傷を負った時にも入院した秘密の保養所だ。市内の病院から君を移して治療を施したのさ。まさかこんなに早く回復するとは思わなかったが……びっくりしたよ」
淡々と話すオールマイト。
VRMMOだの2次元の世界に迷い込んだだの、戯言を抜かすつもりはない。
僕は生きてるんだ。それは理解してる。けど、何故? 喜びはあれど戸惑いもまた強かった。
治療と一言で言われても納得できない。手放しでは喜べない、不明瞭な気持ち。
目が覚めてもまだ半分眠りの中にいるようなモヤモヤとした疑念。
いつしか僕は全ての答えを求めて、じっとオールマイトを見つめていた。
オールマイトは瞳を逸らさずに、
「……人払いは済ませてある」
ポツリと呟き、語り始めた。
「これから君に話すことは私の秘中の秘だ。よく聞いてくれ。以前、打ち明けたことよりもさらに重要なことだ。なぜ自分が生きているのか不思議に思っているのだろう……それには私の『個性』が深く関わっているんだ」
僕は思わず間抜けな顔をしてしまう。
それは余りにも唐突な言葉だった。
「オールマイトの、個性……? それってマッスルパワーとかマッスルブーストとか?」
ピンとは来なかったけど、僕はとりあえず相槌を打っておく。
躊躇いがちに、知っている知識をその本人の前で披露する。
長年秘匿されて議論の的になったオールマイトの個性には通説ながら一応の結論が出ていた。
世界を代表するミステリー、数十年の論争を経て出したとは思えないくらい呆気ない答え。
典型的な増強型。活躍を見るにそれは間違いなくて、もっと言えば筋肉に由来する物なんじゃないかと言われている。
一周回ってまた元の場所に戻ったみたいな、ちんけな結論だった。
だけど、仕方ない。それ以上の答えが見つからないぐらいバリバリの力押し、教科書通りの増強型個性の立ち振舞いにしか見えないんだから。
いくら映像をひっくり返そうと怪しい素振り一つとしてないし、増強型と決まったならそこで話がほぼ全て終わってしまう。
結局、良くも悪くも増強型はシンプルさが特徴で、そのせいか考察が膨らみにくいんだよね。
何を言おうと的外れな意見になって、予想するにも趣味とか嗜好とか、人柄で読み取るぐらいしか方法がなかった。
オールマイトの筋肉に対する愛情は有名で、自身の筋トレ理論本を何冊も出してるし、取材に対するコメントも筋肉に関することばかりだ。
「筋肉に不可能はない」の合言葉で笑いを取りながら、個性について聞かれてものらりくらり、それで何時もお茶を濁していた。
オールマイトの愛称である『キングヒーロー』は後からマスコミが付けた物で本人は元々『マッスルヒーロー』と名乗っていたのもあって、巷ではマッスルパワー等々と広く浸透していた。
制御型や表出型みたいな複雑な条件があるならまだしも、シンプルな増強型で何を頑なに隠す必要があるのかは謎のままだけど、僕自身その推測で異論はなかった。
でも今、だからこそ納得がいかない。
何故、その個性が僕の生死に関わるというのか。どう関わったというのか。
こうして事情を話してるということはオールマイトが僕を治したってことでしょ?
じゃなきゃ、ここにいる理由がないもんね。
だとしたら、オールマイトの個性は回復系?
自身の治癒力を上げるとかなら分かる。でも、他人を治すとなったらそれは増強型では不可能だ。辻褄が合わなくなってしまう。
僕も個性に詳しい方じゃないから何とも言えないけど、オールマイトの回復技なんて見たことがないし、議論の中でも聞いたことがなかった。
まさか本当に筋肉に不可能はないとでも……?
いやいや、流石にそれは有り得ないって!!
言葉に詰まっていると、その困惑を拾い上げるようにオールマイトが話を続ける。
「TVや週刊誌ではそう報道されているね。私は否定も肯定もせず今まで誤魔化してきたが……怪力やブースト。実際間違いではないよ。ほぼ正解と言ってもいい……"半分"はね」
オールマイトは髪をかき上げて、
「私の個性が増強型というのは事実だ。だが、それは断片にしか過ぎない。真実を話そう……私の個性は『両対型』。増強型の裏にもう1つの個性を合わせ持った、所謂『二重個性』なんだ」
声は静かで穏やかな響きだったけど、その内容は衝撃的だった。
僕はついに言葉を失う。
個性というのは基本、1人につき1つ。
父親か母親から子供に遺伝する。または祖父母からの隔世遺伝など、その家系の血筋で決まる。
このルールに従って綿々と受け継がれ、広がり続けてきたのが『超常』という現象だった。
だけど、例外もあった。
突然変異的に両親や家系の個性を同時に2つ、受け継ぐパターン。
『二重個性』。
正式名称は両対型と呼ばれる。個性持ち人口全体で約1%しかいないという稀少能力。
似たようなので複合型があるけど、あれは複数の能力が混り合った個性を言い、両対型は一つ一つの個性が独立して体に宿っている場合を指す。
僕の無個性よりも遥かに珍しい。
でも、奇特なだけで何の価値もない無個性とは違って、二重個性は超常が日常となった社会でまさに超人的な存在だった。
ヒーローとなれば一騎当千。組み合わせにもよるだろうけど、個性が2つもあれば大概の弱点はカバーできるし単純に強い。
持っているだけで将来が約束される、才能というの名の切符。
選ばれし人間。個性が物を言う超常社会、そのヒエラルキーの頂点に立つ存在。
けど、それは表面的な話だ。
僕が知ってることなんて浅はかも良いとこ。
オールマイトが打ち明けた秘密、その深淵はさらに奥深かった。
「元々は『力をストックする』という個性から始まった。体を鍛えるほどに力が増幅していく。極一般的な個性だが……もし、その力を他人に与えることができるとしたらどうだ?」
オールマイトの双眸がギラリと光る。
痩せこけて落ち窪んだ瞳が暗闇の中で瞬いた。
「私の個性は代々引き継がれてきた物なんだ。一人が力を培い、託す。延々と練磨を繰り返し、寿命も時代すらも越えて紡がれてきた力の結晶。集束した何人もの極まりし身体能力、それを自由自在に引き出せる個性――冠された名は『ONE FOR ALL』!!」
「ワン……フォー、オール?」
その揺るぎない眼差しを向けて、オールマイトは讃えるように個性の名を口にする。
僕もオウム返しで呟く。
それしか出来なかった。爆ぜるような雰囲気に呑まれて理解がまるで追い付かない。
だけど、オールマイトの語勢は強く、さらに空気を赤熱させる。
「そして、聖火の如く人から人へと渡り歩き受け継がせるための架け橋。力の譲渡という契約を司る個性――その名も『ALL FOR ONE』!!」
躊躇いもなく発せられた言葉。
誰もが知りたがった秘密。その全てが今ここに残らず明かされる。
闘志にも似た熱い感情と共に、オールマイトは真実を僕に突き付ける。
僕の中にある何かを見定めるように、鋭い意志が胸を貫いていく。
汗が滲む手を強く握り締める。
激しく燃える炎がちらつき、ただ狼狽えるしかない。
何も、答えることが出来なかった。
「コインの裏表のように共存した、この二つの個性こそ私の能力。平和の象徴はナチュラルボーンヒーローでなければいけないからね……これが、今まで私が隠してきた最大の秘密さ」
オールマイトはそこで一つ間を取る。
良かった、助かった……。身を包んでいた重力から少しだけ解放される。
内心で溜め息をつく。抑えきれない動揺に体が震えていた。
想像を絶した。
大きすぎて咀嚼が間に合わない。胸焼けしそうなほどこってりとした重要な話。
一般人が聞いて良かったのか。今までの人生でこれほどドキドキしたことはなかった。
今も頭と心はフル回転だけど、ざわつきは一向に収まらず新たな熱を生むばかり。体がドロドロに溶けてしまいそうで。
二重個性ってだけでもスキャンダラスなのに、その能力の内容も……。
『個性を引き継ぐ? そんなこと有り得ない!!』すぐに言うことができたらどんなに楽か。
それができたら最初から苦労はしない。無個性だと僕が苦しむことだってなかったはずだ。
何だって有り得る。何故なら今は超常世紀。
人間の中で個性という能力が訳も分からないまま芽生えて増殖し、架空が現実になった時代。
そんな生まれも定かではない物に対して、聞いたことがないからとどうして否定できる?
それは単に僕が今まで知らなかっただけだ。思い込んでいただけなんだ。
多分、世に一つとない能力。
オールマイトが秘密にしてきた訳にも合点がいった……こんなの誰だって腰抜かすよ。
だけど――
噛み砕く。消化する。だんだんと理解が深まるにつれて。
僕では持て余すような大事な話だ。それは分かった。でも……。
僕ははっと息を吹き返す。
「ちょ! ちょっと待ってください!! その話が僕にどう関係してるんですか!?」
声が上擦ってしまう。それでも本音だった。
話が急に膨らみ過ぎて混乱したけど、結局オールマイトの二重個性と僕の生き死とに何の関わりがある!? 分からないままじゃないか!
ただの増強型と目されていた個性は長い歴史を持った曰く付きで、さらにその裏に隠されたもう1つの個性。
驚くべきことだ。はい、それで……だからどうしたと?
つい勢いに押されたけど、別に回復系というわけでもなかったし、そんな特殊な事情や経緯を僕に言われても……。
一方的に秘密を告白されただけで問題は何も解決してない。論点に掠りもしていなかった。
反論に、オールマイトは眉1つ動かさない。
波風のない表情で静かに僕を見下ろしていた。
「関係大有りさ。なぜなら個性の譲渡は既に完了している。君が次の継承者となることによって」
「いや!! だか!……ら……?」
思わず言い返そうとして張り上げた声は尻すぼみになってしまう。
どくんと、心臓が跳ねた。ん? 今……すごく、あれ? 何て言ったんだ?
オールマイトは言葉を濁さなかった。
1秒の迷いも、欠片の動揺もなく、怖いほどまっすぐに。
だからこそ、僕は真一文字に切り裂かれる。
木っ端微塵に、粉々に砕かれてしまう。
理解が及ぶ間もなく、オールマイトは再び僕を更なる領域へと誘う。
話はまだ終わっていなかった。
『何でも有り得る』。
自分の中から出てきた言葉。僕はその意味を真に理解していなかった。
☆