後、最後の方の切り替えが少し強引過ぎました(>д<;
2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。
その日、わたしはいつものように朝起きて学校へ通い、授業を受けて休み時間に友達とお喋りして、本当にただいつも通りに過ごしていた。
突然響いた大きな物音に驚いて、降りようとしていた階段から滑り落ちるまでは。
突然の弐拾弐「アラクネの少女」
階段から滑り落ちて、強い衝撃を受けたわたしの意識は何が起きたのかわからぬままに暗転した。
そして次に気付いたわたしが目にしたのは、どこかの見知らぬ天井、ではなく、真っ白なナニカだった。
全身をそれに包み込まれていて碌に身動きできず、混乱する中で必死にもがいて真っ白いナニカ、綿あめのような物で出来たナニカから這い出たわたしを持っていたのは巨大な裸の美女。ただし、その下半身はそれは大きな黒い蜘蛛。
「ぴ、ぴぃ~~~ぃ!?! 」
わたしは思わず悲鳴を上げていた。でも、出てきた声は「キャー」ではなくて「ぴぃ」という鳥の雛のような声。
目の前の蜘蛛のオバケと気付けばなぜか「ぴぃ」としか喋れない自分にと大混乱の渦に飲まれたわたしは、何が何だかわからないと助けを求めて辺りを見渡した。
見渡した周りは薄っすらと光の差す洞窟らしき場所で、大きな蜘蛛の巣と真っ白な繭状の物が張り巡らされた、この蜘蛛のオバケの巣だと気付くと共に、わたしと同じ背丈の蜘蛛のオバケたちが一つの繭から何十匹と這い出て来ていた。
「ぴぃ~ぃ! 」
また鳥の雛のような悲鳴を上げたわたしは、この場から逃げようと足を動かそうとしたが、しかし恐ろしい違和感に気付いた。動かすべき
いやだ、怖い、見たくない、そう思いながらも身体は勝手に動き、自身の下半身へと目を向けていた。
目に飛び込んできたのはシミ一つない真っ白な肌に小ぶりで形の良い胸、きれいなくびれを描く引き締まった腰と可愛らしい小さなおヘソ。そしてその下にある八本足の、蜘蛛の身体。
「ぴっ!?? 」
思わず両手で押さえた口元から小さな悲鳴が漏れる。
自分が蜘蛛のオバケになってしまったことなど、あの繭から生まれ出てきたなど信じたくなかった。信じられるわけがない。ついさっきまで学校にいて、仲の良い友達と笑い合っていたのに。
わたしはその場から、蜘蛛のオバケたちから逃げ出した。そして見付けた小さな窪みへ身を隠し、零れるまま涙を流し、見つからないように声を押し殺して泣いた。
「……ぴ」
いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。
目を覚ましたわたしはすぐに自分の身体を確かめたが、蜘蛛のオバケになってしまった現実は、夢などで終わらせてはくれなかった。
これから、どうすれば良いのだろう。
泣き疲れるほど泣いたおかげか、幾分冷静になれたわたしはそんなことを考え出した。
わたしは多分、認めたくはないけれど、階段から落ちて死んだのだろう。そして輪廻転生というモノでこの蜘蛛のオバケの子供になった、のだろう。本当に、認めたくはないけれど。
「ぴぃぃ……」
お母さん、お父さん、お姉ちゃん、と呟いて家族のことを思い出したところで、ふと気付く。自分の名前と顔が思い出せない。
家族や友達の名前と顔を思い出せるのに、自分の名前と顔を思い出せない。
「………ッ!? 」
怖気が背中を走る。
どんなに思い出そうとしても、まるで何かに塗りつぶされたか、そこだけきれいに切り取られたかしたように自分を思い出せない。
それでもと、怖い気持ちに足掻くように必死に思い出そうと色々頭をめぐらせている内、不意に身に覚えのない知らない知識や技術があることに気付いた。
顔を歪め、頭を抱えて大声で叫びそうになった。
自分が「アラクネ」という蜘蛛の魔物であることと、アラクネの子供は共食いしながら成長し、強い個体のみが大人になるという「知らない知識」がある恐怖に。
こんな姿になってしまったことや自分を思い出せないこと身に覚えのない知識技術が頭の中にあるだけでも怖いのに、上半身だけとは言え人間の姿をしたモノと殺し合い、食べて生き残れなんて恐ろしいこと出来るわけがない。
何とか逃げ出さなければと思うも、「知らない知識」が小さな身体では肉食の鳥獣や他の魔物に襲われる危険性を示してくる。
今わたしに出来ることは、巣の中で恐ろしいアラクネの子供たちから逃げ延びて、何とか人並みに成長すること。巣の外へ出ても鳥獣や魔物に襲われても無事に逃げられるくらいに。
それからが、逃げ隠れることしかしなかったとはいえ、恐ろしい戦いの毎日の始まりだった。
毎日巣のどこかで繰り返される共食いのスプラッタ劇に怯えながら、わたしは巣に迷い込んだ虫や「知らない知識」から食べられるとわかった洞窟に生えているキノコを口にしていた。
生で未調理の虫やキノコを口にするのには強い抵抗があったけれど、生きるためなんだと自分に言い聞かせて必死に食べた。
そうしてアラクネの子供から毎日必死に逃げ隠れする日々。
何度か捕まりかけたけれど、わたしにだけ備わっていた能力、手のひらの下、手首辺りから出せる糸と魔力吸収で難を逃れていた。
糸を手から出せるので、お尻を向けて糸を出す予備動作なく、糸で相手の動きを素早く封じることが出来たおかげで逃げ延びられたし、捕まってしまった時などは魔力吸収で触れているところから相手の魔力を奪い、昏倒させて逃げ延びることが出来た。
また、魔力吸収の能力―― 他者(ヒトや魔物)の持つ魔力を吸収することで自身を成長進化させることなどが出来る、らしい――で「魔力感知」とういう能力が使えるようになってからは微弱な魔力の流れを読み、死角から襲おうとしているアラクネの子供からも容易に逃げられるようになった。
しかし、時が経つにつれて他のアラクネの子供は共食いでぐんぐんと成長し、2m以上に大きくなっていく中でわたしは2mにも届かない小さな身体。逃げ隠れするのも限界になりつつあった。
共食いで数を減らしたアラクネの子供たちは弱肉強食の生存本能に従って小さな弱者のわたしを集中的に狙いだしたのだ。
中途半端な大きさのために隠れ辛くなった巣の中、そこに蔓延る
実行はみなが寝静まる夜更け。
物音を立てないように忍び足で八本の足を慎重に動かし、巣から抜け出していく。
昼間光りが差し込むだけあって、巣の在る洞窟はそれほど深くなく、すぐに外へ出られた。
後はもう必死に走り出した。木々を草木を掻き分けてとにかく必死に。
巣から逃げ出すことを決めた日は失敗したらどうなるのかと緊張して、虫やキノコを見つけても碌に喉を通らなかったことを思い出す。
満天の星空と月明かりに照らされた闇夜を頭の中の「知らない知識」を頼りに食べられる物を、木の実などを求めてわたしは歩き出した。
「ぴぃ、ぴぃぴぃぴぃっ」
そしてなんとか見つけた青い木苺、フルルミベリーというらしいそれを食べつくす勢いで口にした。初めて虫とキノコ以外の味覚に、甘酸っぱい味に涙が出た。
ア オ ー ー ー ン
「ぴ! 」
不意に聞こえた狼らしきものの遠吠えが聞こえて、わたしは身を竦めた。
夜の間は獣や魔物に襲われる可能性が高いのではと思い至って、慌ててその場から離れる。
どうすれば良いと逡巡し、高いところが安全だと漠然と考え付いて、高い木を探し出すと手から出せる糸を使って出来るだけ高いところまで上り、並ぶように立っている隣りの木に糸を伸ばしてハンモック状に糸を張り、寝床を作る。
ひとまずこれで身の安全は確保できたはず。不安はあったけれど、ハンモックに身を横たえたら疲れがドッと出て落ちるように眠りについた。
それから数日が経った。
「ぴぃぴぃぴ♪ 」
食べられる木の実を探して森の中を進むわたし。あれから怖い獣や魔物と遭遇することもなく、まして巣から
夜は寂しくて不安になるけれど、今のところは不満なく森の中の生活を送っている。人恋しくもないと言えばウソになるけれど。
でも、こんな姿で「ぴぃ」としか喋られないんじゃ人と関わるなんて無理だろう。人と出会えば害獣として攻撃されるのだろうことは、なんとなくでもわかる。
「? 」
木の実を探している時、不意に魔力感知に引っ掛かるモノを感じた。いつもは周りに漂う微弱な魔力の流れの変化を、空気の流れを感じるように察知するのだけれど、今は今までに感じたことがない魔力の流れを感じた。
ゾワリッと背筋に怖気が走り、危機感の感じるままに身体を翻す。
そして今し方わたしが立っていたところに見えない何かが通り過ぎ、その直線にあった木を切り裂いた。
見えない何かが飛んで来た方に目を向ければ、そこには杖を持った女の人と革の胸当てを着けた女の人に黒い女の子、弓を持った怖い顔のおじさん。
そして、虫を人型にしたような顔のオバケの人。
「ぴ、ぴぃ~~!? 」
わたしは叫び声を上げて逃げ出した。
「fesyondhusyo! 」
革の胸当てを着けた女の人たちの声が聞こえたけれど、何を言っているのかわからない。とにかく逃げる。必死に逃げる。
「ぴぃぴぃ、ぴぃーーーぃ!! 」
普通じゃない魔力の流れを感じて、感じたままに後ろから飛んで来たものを躱す。すぐにまた魔力の流れを感じたから、手から糸を出して引っ張り、飛び上がる。
高いところへ行ってとにかく逃げる、逃げ続ける。手から糸を出しては引っ張り飛び上がって逃げの一手。捕まったら、飛んで来るモノに中ったら殺されちゃう、そう思うと怖くて怖くて仕方がない。涙が出てくる。
「ぴぃぃ!?! 」
しかし、とうとう女の人たちより怖いオバケの人が追って来た。木から木へと跳びながら追い縋って来る。
どんなに糸を出して飛び回ろうと木を蹴って跳んで追い駆けて来る。怖い怖い怖い怖い。
真後ろをオバケの人が跳んで追って来る。もういやだと苦し紛れにお尻から糸を出す。
「ブガ!? 」
オバケの人は驚きの声を上げたけど――
「ゲギジャジャ! 」
――すぐに手から銀色の鞭のような物を伸ばして、糸を切り裂いて払い除けた。
そして、次の瞬間に突然わたしは浮遊感に襲われた。
「ぴ!?
ぴぃぃぃ~~~~ぃ!! 」
次の木へ目掛けて出した糸をオバケの人の銀色の鞭で切られたんだと気付いた時には木にぶつかって、枝葉を折って地面へと落ちていた。
まがりなりにも魔物の身体だからかケガはしなかったけれど、受けた痛みは当然あって涙がまた零れ出てくる。
このままわたし殺されちゃうのかな?
いやだ。死にたくない、死にたくないよ!
「ぴぴぃ、ぴぃ~」
オバケの人が近づいて来る。逃げなきゃいけない。けれど、怖くて怖くて動けなくて、ただぼろぼろと涙が零れる。
「oーdhun! 」
「oーdyundhomu! 」
女の人たちも追い付いて来た。
「ぴぃ~っ」
「ザギジョグヅザ、ザギジョグヅザバサ……」
オバケの人がすぐそばまでやって来て、何かを言いながらわたしに手を伸ばして来た。
その手に大きな魔力流れを感じたわたしは、殺される。そう思った。でも、わたしに出来たのは固く目を閉じ、身を固くすることだけだった。
そして、オバケの人の指が額に触れた。
ポッと光りが目の前に輝くとすぐに消え、何か暖かい物が身体に流れ込んで来て、額と胸元がカッと熱くなった。
「
『……ぴ? 』
今、オバケの人の言った言葉が? 恐る恐る顔を顔を上げると、オバケの人がぎこちないけれど精一杯優しそうな笑顔を作ってわたしを見つめていた。
「jiemyu、dhejomufendhugafi。fanedhengaugurunfomufendhusyo? 」
黒い女の子が何か言っているが、何語で何を言っているのかわからなかった。
「
女の子の言葉に頷くと、オバケの人はわたしに向き直り、そう言いながら乱れた髪を指先で優しく整えてくれた。
やっぱりオバケの人の言った言葉がわかる。
「
!?
本当に驚いた。自分の口が聞いたこともない知らない言葉を勝手に口にしたんだから。
「ぴぃぃっ!
「知らない知識」が頭の中にあった時と同じ、得体の知れない物への恐怖がわたしを襲う。
怖くて気持ち悪くてどうにかなりそう。
「ぴぃぃ~ぃ!?
「
落ち着かせるようとしてくれているのか、オバケの人はわたしの頭をゆっくりと優しく撫でると、もう大丈夫だから、怖いことは終わりだからと声を掛けてくれた。
巣では毎日
「……
気付けばわたしはわぁわあと泣きながらオバケの人にしがみ付いていた。
そしてオバケの人も自分と同じ境遇の人だと、他にも同じ境遇の人がいるんだと知ることになる。
「ミーシャ」という名前を贈られたと共に。
― side:??? ―
フストレーの街の南門のある大通りの外れに最近一つの店が出来た。
サッサッと早朝の店先を念入りに掃く、長い黒髪をポニーテールに結わった少女。その服装は
ふんふんふん♪ と鼻歌を歌いながら黒い八本の足を軽やかに動かし、箒を掃いていく。
とある冒険者たちのクランの
品物はどれも店主達が手掛けた自慢の逸品揃い。
店員は白虎の獣人の少女に少女と見紛うダークエルフの少年、そしてこのアラクネの少女。
『ミーシャー、朝食できたから朝ご飯にするよー』
「ぴぃー♡」
店主は冒険者も逃げ出すような強面の容貌だが、温和で面倒見の良い人物だ。
店の名は店主の名を取って、「アーズ工房」という。
第一部 完
ギジャ、ゴパシジャバギゼグジョ。ゴパシジャバギゼグ。
バギデデブギシガジョガゲバサグドビバダダロンザバサ、ヅギジャデデギラダダベゼ、|チャンドヅズビラグ! ヅズビラグジョ!
最後のグロンギ語の訳は以下の通りです(=□=;
[いや、終わりじゃないですよ。終わりじゃないです。
書いてて区切りが良さげなラストになったもんだから、ついやってしまっただけで、ちゃんと続きます! 続きますよ! ]