たまごかけごはん。
昨今ではローマ字表記から三文字のイニシャルを取ってTKGとオサレに呼ばれていたりする日本人には知らない者のはいないだろう馴染み深い庶民の食べ物だ。
どんな家庭でも必ず常備された日本の主食である米、『ご飯』と『玉子』。このふたつがあれば後は「まぜる」「かける」の二工程で作れ、どんなポイズンクッキングな料理下手でも(呪いや錬金術染みた超次元メシマズ調理技能持ちではない限り)作れる、料理と言うには簡単すぎる料理。
しかし簡単かつ単純だからこその庶民の味。日本人ならアレルギーでもない限り誰もが幼い頃から必ず食しているだろう物であり、素材の玉子とご飯と加える調味料や薬味一つで味わいも変わる至高の一品。
それ故に好物と言うわけでもないのにふとした時に無性に食べたくもなる物でもある。
単純な者ならば玉子と御飯のふたつに醤油かそれに代わる調味料があれば異世界だろうともどこでも作れてどこででも食べられると思うだろうが、さにあらず。
生食に用いられる玉子、鶏卵は絶対に日本の養鶏場産でなければならないからだ。
その理由は日本人の変態的な食へのこだわりや変質的なまでの極めようとする職人気質からなる徹底した品質管理と衛生管理によるサルモネラ菌などの減菌にある。
基本的にニワトリはサルモネラ菌などのキャリアーであり、本来その体内で作られる卵は9割近くが純粋な水分とタンパク質であるために生のままではよっぽどに鮮度が良くない限りは菌の巣窟、塊と言っていい代物なのだ。ゆえに諸外国産の卵は生で食せば食中毒に罹るのは必然至極。これが日本以外の諸外国の間で卵の半熟調理が忌避される理由のひとつであり、ゆえに卵の生食に馴染みがないためにそれを気持ち悪がる理由でもある。
と、なぜ急に「たまごかけごはん」の話をしだしたかと言うとオレことアーズはお米を見つけたのだ。
見つけたお米はアルブレス聖霊国のある地方、片田舎と言える辺境域で少数作られ、玄米として麦、稗、粟と一緒に食されている物らしい。
そして出稼ぎ代わりにフストレーの街の市場に持ち込まれたものの見向きもされずに売れ残っていた物を買い占めてきた。ざっと五俵分、約300kgほどの量をまた持ち込んでくれるとありがたいと―― 勿論筆談で ――伝えて言い値よりさらに色を付けて。
それで我が家たる店、アーズ工房へ帰ってきた今現在。今日は八日ある一週間の内で定休日に決めた光の曜日。前日からお出かけの予定を立てていたシャンフィたち3人は丁度お出かけ中なようでお留守。ついでに翼の剣の面々も冒険者仕事に出ていて留守。
………ボッチじゃないから、ボッチじゃないからね。オレは大人だから休日だからって遊びに出かけるわけじゃないから。さっきまで市場に行って必要な物の買い出してたように色々やることがあるし、余暇を楽しむ趣味だってちゃんと持ってるから。何より今一人なのは偶々だから。
だからオレはボッチじゃない。Q.E.D.たっらQ.E.D.、はい証明終了!
て、一人で何やってんだか、オレは。
突然転生チート最強でnot人間 番外編乃壱 「 TKG たまごかけごはん 」
とりま、ひとまず玄米を三合ほどをチートで綺麗にチャチャっと精米。精米で出た糠は捨てずに一応ぬか漬け用に取っておくことにする。
なお、籾殻の方はタロウスの餌の足しに干し草などと一緒に与えようかと思う。ただ捨てるのもなんだかもったいないし。
ちなみに、米は短粒種で見た目は馴染み深い形だが、味はそれほど期待していない。
日本米のあの味や品質は長年の品種改良と米農家さんたちの汗水流しながらのたゆまぬ努力の賜物だ。異世界の上に品種改良はおろか主食でもない、片田舎で少数生産されていた代物にあの食感や甘味を期待するのは酷というものだろう。
まあ、チートを使えばこの米を触媒にブランド日本米を再現できるかもしれないのだが、さすがに止めておこう。………味がよっぽどでない限りは。
まずは鍋を用意して米を入れ、注いだ水をすぐに捨てて米に付いた汚れを落とし、研いでいく。
最近の米は精米技術の発達で「研ぐ」というより水をかき回すように「洗う」程度のを2~3回で手間なく終えられるが、チートで精米をやったとはいえ何分初めてで加減が分からないため現代日本の精米より粗めなってしまったのでキュキュと確りと研ぐ。ある程度研いだら水ですすぎ、また研ぎ、これを繰り返すこと数回。
研ぎ終えたら軽く平らに均した米の上に掌を置いて手首の辺りまで水を注ぐ。
そして火にかける、ことはせずに水分を米に吸わせるために30分ほどこのまま放置。米に水分を吸わせるのは別にやらなくても良いのだが、古米など新米以外の米の場合はこうした方がおいしく炊けるようになる、らしい。
とりあえず、30分待つ間にもう数十合分ほど精米しておく。今度はもう少し研ぐ手間がかからないように加減を見極めつつ精米する。
そうして時間をつぶして30分。鍋にフタをして火にかける。
個人的に出来れば米を炊く鍋は土鍋が良いと思うのだが、ないので仕方ない。作れないこともないが今は土鍋の素材の用意や形に大きさデザインを考える時間すら惜しいのでまたの機会へポイッ。
さて、昔から「はじめチョロチョロ中パッパ、赤子泣いてもフタ取るな」という竈で鉄釜を使って米を炊くやり方を表した歌がある。
もっともこれは略された誤りで「はじめチョロチョロ中パッパ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、ひと握りの藁燃やし、赤子泣いてもフタ取るな」というのが正しい歌だ。
現代の一般家庭なら電子炊飯ジャーが必ずどころか絶対にあるというご時世ではキャンプなどで飯盒炊飯でもやらない限り知ることもないだろう歌だが、土鍋なんかで米を炊こうという場合には参考になる。
まず最初に火加減をチョロチョロとした弱火で鍋全体を温めることでムラなく米に水分を吸収させて、パッパと一気に強火にし沸騰させ、ジュウジュウと沸騰したら火を少しずつ弱めて、沸騰を維持したまま炊き上げる。
最後にひと握りの藁を竈へくべて火を一気に燃え上がらせるように強火で加熱して余分な水分を飛ばし、加熱後にすぐフタを取らずに高温でしっかりと蒸らす。
こうして手間暇かけて、炊き立てご飯の完、成!
「ん~~、
フタを開けると共に立ち昇る湯気。久しぶりに嗅ぐ炊き立てご飯の匂いはなんだか郷愁を誘う。パン主食で米が流通していない異世界にいるからだろうか?
木製の
「ん……」
さて味見だとヘラの先にほんの少し熱々のご飯をすくい、左手に乗せ換えて口に運び含み、噛みしめる。
「ふむ、
モグモグとよく噛みながらそう独り言ちる。
無論、日本米と比べたら美味いとは言えないが、決して不味いというわけではない。甘味こそ弱いが食感は日本米とそう変わらないようだ。
「……
実は稲には大まかに二種類の品種があり、それが水稲と陸稲だそうだ。
詳しいことは農家じゃないのでわからないが、前世で大学受験失敗から現実逃避にネトゲにはまり、ひきニートになりかけていた頃、ネトゲで知り合った実家が農家だという気のいい友人(年齢性別不詳)からチャットでの世間話で聞いた話によれば、水稲はオレたち日本人に馴染み深い田んぼで育てる稲のことで、対して陸稲とは田んぼ、水田ではなく畑で育てる稲の品種のことだそうだ。主に水田を作るのに適さない土地や地方で作られていた物らしい。
そして友人いわく味は不味いわけではないが水稲と比べてしまうと美味しくないとのこと。
「
そう、水稲だろうと陸稲だろうと食べられるちゃんとした米で、炊けばご飯になるならどっちだろうとこの際関係ない。
今はTKG、たまごかけごはんが作れるかの方が重要だ。
そんなわけで万全となったご飯の次に用意しました生卵な玉子さん。
無論
まあ、この身のチートぶりから言って食中毒に中るどころか毒を盛られたとしても平気な可能性もあるのだが、さすがに進んで試そうとは思っていない。
なので、魔法を使う。術式だとか術理だとかすっ飛ばした久しぶりのイメージとバカ魔力任せのチートな奴で。
いそいそと冷蔵箱から昨日の早朝、朝市にて購入した玉子の残りから一つを手に取り、キッチンに置いたまな板の角にカッカッと軽く打ち付け、罅を入れると食器棚から小さい深皿を出して片手で殻を割り玉子を落とす。
本当は玉子は丼に盛った熱々ご飯の上に落とし、麺つゆを適量かけて、その時々のある物と気分で薬味を加えて確りむらなくまぜるのがオレのたまごかけごはんの作り方―― この方が洗い物が丼一つと少なく済むのもあってオレはこのやり方を好んでやっていた ――なのだが、鮮度的に大丈夫かの確認と魔法を使うために小さい深皿へ玉子を入れたのだ。
「………………………」
鮮度には問題なかった皿の玉子を前に目を閉じ――
新しい魔法を作らずとも殺菌どころか滅菌洗浄すらできる【浄化】でこと足りるのだが、アレは効果効能の範囲や汎用性が色々広すぎる。シャンフィに魔法を教える件もあるし、後々を考えて殺菌に特化した魔法を作ろうというわけだ。
そういうわけで殺菌のための新しい魔法をイメージする。イメージは寒天培地のシャーレを満たしている菌が瞬く間に減り消えていく、殺菌されていく様だ。
イメージが完全に固まったところでクワッと両目を見開き――
「【
――気合を入れて魔法名を叫ぶに反して起きた事象は両手の間、皿の玉子へポウっと優し気な淡い光が灯るだけに終わった。
これで玉子の殺菌はできたはずと今度は悪性細菌を視認できる魔法をイメージする。
「【
変わらず集中しつつも今度は静かに魔法名を呟き発動させると皿の上に魔方陣を思わせる幾何学模様で構成された直径15cmほどの「光りの輪」が現れる。その「輪」を通して見た景色、玉子とそれが入った皿の周り、まな板には小さな灰色がかった白い光点が点在していた。そうこの光点こそ視認できるよう視覚化した細菌。
魔法のイメージ元は倍率無しの伊達眼鏡状態な大きな虫眼鏡とやはり寒天培地のシャーレで培養されている細菌の様子だ。
「
【バクテリアビスビリティ】を通して見た玉子も玉子の入った皿にも光点は一切なく、あるのはそれを中心に置かれたまな板の縁側へ点在する細菌を示す小さな光点のみ。
なお、この【
ともあれ、どちらの魔法も大成功。でももう邪魔だと言わんばかりに払うように手を振って【バクテリアビスビリティ】の魔法を消す。
さあこれで心置きなくたまごかけごはんを作れる。
早速醤油、はないので代わりに岩塩と個人的好みで胡椒のミルを手にそれぞれを玉子の上でカリガリと二、三回して味付けして、取り出した菜箸で黄身を突いて崩し、皿を手に白身を切る様に縦にカチャカチャと箸を振ってかき混ぜる。
黄身と白身が確り混ざり合って卵液化したら一端皿を置いて、食器棚から丼代わりになりそうな深皿を取り出し、ご飯の鍋のフタをどけてしゃもじ代わりのヘラですくい、玉子と混ぜることを考えて盛りすぎないように少し真ん中をくぼむようご飯を盛る。
次にするのは当然、玉子をホカホカご飯へかけ入れること。後は白いご飯がむらなく綺麗に黄色に染まるまで混ぜていく。確りとご飯と玉子が混ざってたまごかけごはんが出来上がったら菜箸をサッと水洗いしまな板の上へ放り出し、
テーブルに置いたたまごかけごはんの深皿を前に椅子に座り、逸る思いを抑えるように一息入れる。
静かに目を閉じて大きく息を吐き、これは一つの儀式であるとでも言うようにゆっくりとスプーンを手にしたまま手を合わせる。そうして万感の思いを、異世界の地でお米と巡り会えたこと、たまごかけごはんを
「……
皿からたまごかけごはんをひとすくい、口へと運ぶ。
「……………」
すぐに飲み下す愚は犯さず、モグモグとゆっくりと噛みしめて味わう。
そうして口の中に広がるは、滋味! 圧倒的、滋味!!
醤油代わりにかけた塩がご飯と玉子のほのかな甘みを強調し、好みで入れた胡椒がそれに変化を加えて旨味を後押しする。
もう後は何も考えない、皿を手に持ち上げて掻っ込むようにたまごかけごはんを、食べる! 食べる!! 食べるッ!!
「
ああ、美味い。その一言に尽きる。こんなにもシンプルな物なのに兎に角美味い。
「…………………………………」
そしてご飯が、お米が食べられる。ただそれだけのことなのに涙が出そうなほどの郷愁が胸を打つ。
思い返せば突然のことだった。予期など出来ようもない突然。仕事帰りに通り魔に刺されてオレは死んだ。
死んだのに気だ付けば自分はラノベなどの創作物よろしく異世界にいて、その上
それに、ああ、それにそうだ、親父とお袋は今どうしているのだろう。親孝行しようとしていたのに出来ぬまま、そんなつもりなど欠片もなかったのに親より先に死ぬ一番の親不孝をしてしまった。
両親は今も悲しんでいるのだろうか、立ち直って日々を平穏に生きていてくれているのだろうか。
「っ……
辛すぎて泣きそうだと言いながら、オレはスプーンですくっては込み上げてくるモノと一緒に飲み込むようにたまごかけごはんを口に運び食べ続ける。
「
久しぶりの、異世界で食べるたまごかけごはんは本当に、本当に美味しかった。そしてどうしようもなく………
『 た っ だ い ま ~ ~ ! 』
「!?」
後ふた匙ほどで食べ終えようかというところで響いてきた日本語で放たれた元気いっぱいの声。オレと出会う直前に不幸と絶望のどん底へ落ちていたのだろうはずの少女の声。
そして気付く、確かにこの身に起きたことは理不尽で不条理で、どんな意味があるのか分からな過ぎて、冷静に落ち着いて直視するには嫌になるほど辛いことだけれど、全くの無意味なことだけはないのだと。
『あれ? 居ない』
『工房にいないなら部屋かキッチンの方じゃない? 』
少女の声にもうひとりが、少女のような少年の声が同じ日本語で応える。
「ぴう。
そしてオレと似たような身の上であるアラクネの少女の声がグロンギ語で会話に加わった。
『ん~、今日は日用品や食材の買い足しするって言ってたけど、その荷物整理かな? 』
『なら、居るのはキッチンの方じゃないかな』
「ふふ……」
3人の会話を耳が拾うたびに胸の中を吹き荒れていた郷愁は決して消えはしないけれども、穏やかに、温かに、凪いで自然と笑みがこぼれて来た。
皿とスプーンを手に椅子から立ち上がり、3人の分のたまかけごはんの用意をして迎えてやらねばと行儀が悪いけれど歩きながらふた匙分ほど残ったたまかけごはんを掻き込んで、オレはいそいそとキッチンへ向かった。
今夜か明日の夕飯は「カレーライス」に決まりかな、とシャンフィ、レイル、ミーシャ、3人からのリクエストを予想しながら。
番外編乃壱 別題「お米とTKGと郷愁と」 =了=
本当はもっと明るいオチをと思っていたんですけど、ノリと勢いに任せたらオチはなんだかこうなりました(^△^;
なんでお米やTKG食べたぐらいで急にそんなんなるの? カレー作って食べてたりしてたじゃんおかしくない? と思われる人もいるでしょうが、偶々「ひとりぼっち」の休日行動で奇跡的にお米を見つけた嬉しさに浮かれて心が無防備になったところへ強い郷愁が沸き上がってしまって、普段シャンフィたちの保護者として無意識に抑え込んでいる弱音やらの弱い心が溢れ出てきた感じかと。
シャンフィたちと一緒だったらこうはならず違ったと思うんですが、とんでもチートなアーズと言えどもこういう弱い面もあるよね、あったよねと受け入れていただければ幸いです。