1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。
2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。
08 「お父さん、お母さん………」
第三皇女襲撃事件から時を遡ること半日ほど前。
襲撃が行なわれる場所から東に離れること約3キトロ。
フリアヒュルム皇国は王都近郊から北東に位置する商業の街「エテジエ」へ向かう道。
時は月夜の晩。
野盗に襲われる旅人たちの姿があった。
突然の陸『悲劇のち邂逅』
「ハァハァ、ハァハァ………」
走る、走る、走る、走る、走る。
振り向く余裕があらばこそただ
走りながら真っ白な髪から覗く大きな耳は背後へ向き、仕切りに後を気に掛ける。
数えで13の歳になる少女は森の中を転びそうになりながら、黒い縞模様の白い尻尾を揺らして擦り傷だらけになりながら走り抜けていく。
野盗から少女を逃がした両親の命は既に………
訳あって歳不相応以上に聡明な少女は両親の末路を明確に思い描いて泣き叫びそうになるのを歯を食い縛って耐えて走り続け――
「あぅ゛ッ!? 」
―― とうとう木の根に足を引っ掛けてしまい転んでしまう。
「………ぐっ」
泣きしそうになるのを必死に耐える。泣き崩れている余裕はない。早く、早く逃げなければならないのだ。ここで少女まで捕まってしまったら、なんのために両親はその身を挺したのか。
「う゛ぅ………」
必死に少女を逃がした父と母のことを思うだけで少女の視界はぼやけだす。堪えても堪えても声を押し殺すことしか出来ずに涙だけはどうにもならずに溢れ出る。
それでもなんとか身体を起こし、涙を拭って立ち上がり足を動かす。
しかし、その心は自責に苛まれていた。自分が
少女は虎の獣人の両親から生まれた希少種、白虎の獣人だった。無論それだけで少女が「特別」であったわけではない。
確かに白虎の獣人は優れた身体能力と希少性は特別と言えなくもなかったが、少女を「特別」たらしめたのはその
過去生。
いわゆる前世の記憶だった。
記憶が目覚めたのは数えで9歳になった頃。なんの兆候もなく突然に。
少女の前世の記憶は鮮明な一から十までの人一人の人生の記憶ではなく、不鮮明で断片的なもの。
しかし、そのお陰で少女は前世の記憶に強く引き摺られることなく少女で在ることができた。記憶が目覚めた際に激しい頭痛と高熱に襲われて生死の境を
そして不鮮明な記憶の断片は少女の生まれ育った世界とは異なる世界。魔法ではなく、カガクと呼ばれる技術が発展し、高度な文明を築いた異世界の物。その知識は少女を神童と呼べるものに変えるには充分なものだったが、同時に知識の中には神童と呼ばれた者の末路もあった。
幾つかある中で特に恐ろしい末路が少女の心に残り、その幼い心は恐怖に苛まれた。
その知識と知性の高さから生みの親を始めとした身近な人々から気味悪がられ、忌み嫌われ疎まれて、最悪は捨てられ殺される。そんな恐ろしい末路に。
しかし、少女は幸運だった。
少女の異変に逸早く気付き、優しく暖かく根気良く少女に接し、少女の語る全てを嘘だと気が狂ったなどと疑うことなく全て受け入れてみせた、より一層に愛情を注いでくれた両親がいたのだから。
前世から得た知識を生かす知性のあった少女は貴族や商人の大人も裸足で逃げ出すほどの算術で道具屋であった両親の仕事を手伝い、時にちょっと便利な発明をして家計を助ける。そうして迎えた少女が数えで13歳になった年。
親しい行商人に少女の才をより伸ばすべきだと勧められ、その伝手で商業の街「エテジエ」にあるプリヴェラ学院に入学することとなり、学院には寮があるとはいえ、前世の記憶が目覚めて間もなくの様子から少女を一人にすることを良しとしなかった両親は村を出て家族で「エテジエ」に移り住むことを決める。
そして「エテジエ」へ向かう行商人の馬車に乗せてもらい、別れを惜しんで村を旅立つこと八日。その晩に野盗に襲われたのだ。
護衛に付いていた冒険者たちは矢と魔術で不意を突かれた上に背後から伏兵に襲われて全滅し、虐殺と略奪が始まった。
虎の獣人とはいえ、武術とは無縁のただの道具屋を営んでいただけの少女たち家族にそれから逃れることは出来ず、父は身体を張って凶刃から母と少女を守って倒れ、母は少女と共に森に逃げ込むも、追っ手から逃れられず、自ら囮となって少女を一人逃がした。
「ぅっ………」
声を歯を食い縛って押し殺すが涙は拭っても拭っても止めどなく溢れ出てくる。
自分が「特別」でなかったらこんなことにはならなかった、村を出ることもなかった、今頃はあの住み慣れた我が家で………
そんな言葉が少女の頭を廻る。
決して少女のせいではなく、ただただ運悪く手練れの盗賊団に狙われてしまっただけなのに、目の前で両親を失い、自らの命も危険に曝され追い詰められた、絶望に満たされた未だ幼い心には『運が悪かった』などという諦観の言葉など思い浮かぶはずもなく、自身の置かれた結果を招いたのは自分の「特別」さが全ての原因だと思い、自らを苛なんでしまう。
だから草木覆い茂る暗い夜の森の中を機械的に足を動かして闇雲に歩き続けた。どこへ向かうなど考えず、只ただ前へ前へ。
そう、だから一切気付かなかった。気付けるわけがなかった。
覆い茂った草を掻き分け踏み入れた先が深い崖になっているなど。
「ッ!? 」
かくて白い虎の少女は奈落の底へ続くが如き崖へ真っ逆さまに飲み込まれた。
「ふんふんふー、ふんふんふ~」
今や国民的となった某スタジオの看板になった劇場アニメのテーマソングを鼻歌で歌いながら川下に向けて川沿いに歩いていく。
鼻歌は普通に発音? 出来たのを発見し、ちょっと上機嫌に歩みを進める。そしてそう言えばと思い出せばグロンギはクウガとかの一部固有名詞などはグロンギ語ではなくリントの、人間の言葉で口にできていたなと。
であれば、自分も固有名詞だけなら非グロンギ語で喋れるのではと希望が湧いて、さらに上機嫌に足が弾むように動く。
ともあれ、川沿いに川下に向けて進んでいるのは勿論、村や町を探してだ。
言葉も文字も通じ合えないが、それでも人の営みを、存在を身近に感じていたい。孤独は嫌な物だ。目覚めてからの現実逃避の八日間で味わった孤独感は本当に半端なかった。
半径数十kmか数百kmかは知らんけども、自分以外全く人がいない場所で過ごすのがアレほど辛い物だとは思わなかった。
現実逃避で気を紛らわせている間は良いのだが、ふとした瞬間に、我に返って独りぼっちの自分を意識すると襲ってくる寂寥感と誰も居ないゆえの存在感のない、身体の芯を冷やすような静けさはひと月だの半年だの、年単位で味わったら気が変になること請け合いだ。
わずか八日で人は、生き物は独りじゃ生きていけないってことを嫌というほど理解させられた。
人と触れ合えず話すことも近づくことも出来なくても良い。人の存在を感じられるだけで完全無欠の孤独などより遥かにマシだ。
だから人里近くの森とかに人払いの結界やらを張って隠棲しようかと考えている。
「
絶壁の崖沿いに差し掛かったところで鋭くなり過ぎている感覚が妙な気配を感じ取った。頭上は高い崖の途中に何がしかの小さな気配を。
「
感じ取った感覚に従い顔を上げれば崖の半ばでにょきりと横に伸びた一本の木。青々と茂った葉の間から覗く小さな人の足。
崖の上に目を向ければ覆い茂る草木が見えて、森となっていることがわかった。おそらく何がしかの理由で森にわけ入り、道に迷うかしてこんな森の奥まで来てしまい、崖に落ちたというところだろうか?
直接崖から滑り落ちて岩場に落ちずに木に引っ掛かったとはいえ、木がクッションになるだろうといっても高さが高さだ。打ちどころが悪ければ木に引っ掛かっても同じはず。
しかし、自身の感覚はその鋭さから小さな人の呼吸する気配を感じ取っている。
よほど運が良かったか、
「
助けるのはやぶさかではない。ないのだが、どのくらい助けるべきかが問題だ。
気が付いたとしても骨折などの怪我をしている可能性もあるからあそこから降りるのは至難だろうし、見える足の大きさから見て子供なら尚更だ。それに怪我の手当てもどうするか。
こんな
妥当なのはあの木から安全な場所に降ろして手当てをし、目が覚める前に去ってしまうことだ。心配なら隠れて見守れば良い。
ただそれは助けが来る、親たちが探しに来てくれる場合だ。もし、親に捨てられたなどの理由で助けがこないのであればどうしたものか。
隠れて見守り続けるにも限度がある。なによりそこまでして面倒を見る義理はないしメリットもない。むしろ精神的苦痛を味わう可能性―― ヘマして見付かった挙句に怖がられて泣き叫ばれるとか ――があるというのがキツイ………
さりとて手当てまでして助けておいて、後は知らんと放り出すのもいかがな物か。
「………」
どうするか悩んでいると不意に声が、あの木に引っ掛かっている子供のうなされているらしい微かな声が耳に入る。
「
とは言え、さすがに「お父さん」「お母さん」「逃げて」「死んじゃう」みたいな寝言を涙声で言った子供を見捨てられるほどオレは冷酷非情にはなれそうもない。
というかもう開き直って誤解されても良いから助けてやる。泣こうが叫ぼうが知ったことか! 助けて手当てして守りまくってやるよッ! コンチクショウッ!!
この時、助けが必要な子供の様子に焦ってうっかりしていたのかオレは木に引っ掛かっていた娘のつぶやいていた寝言が、言葉が自分が理解できる言葉、「日本語」であることに全く気付けていなかった。
夢を、見ていた。
お父さんがいて、お母さんがいて、村のみんながいて、晴れ渡った青空の下でみんなが笑顔で笑っている。
嬉しくて、嬉しくて、みんなに、お父さんお母さんに走り寄ろうと駆け出したけれど、全然近づくことが出来なくて、気が付けば辺りは真っ暗になってた。
それでもお父さんお母さんの下に行こうと走り続けた。お父さんもお母さんも笑顔で私を見守っている。
「お父さん、お母さん!? 」
二人の背後に真っ暗な世界でもなお暗いモノが出てきて恐ろしい何か振り上げてお父さんお母さんへ襲い掛かる。
「ダメ、逃げて! 死んじゃう!! 」
気付かないお父さんお母さんに私の声は届かず、必死に走って手を伸ばすけども全然届かなくて、二人は振り下ろされた恐ろしい何かに飲まれて消えて、暗いモノが次は私だと恐ろしい何か振り上げて迫ってくる。赤い紅い口を開いて三日月のように歪めて笑いながら■しに来る。
「いや、助けて……
助けてお父さん、お母さん」
■される。そう思うのに逃げたくても身体は、足は動いてくれない。手を闇雲に振り払う無駄なことしか出来ないことが一層 暗いモノへの恐れを増していく。
なぜこんな目に遭うのだろう。こんな罰を受けるほどの罪を私が犯したとでもいうのだろうか? 過去生を持っていることが重い罪だというのだろうか? 自分が望んだ物でもないというのに。勝手に目覚めて押し付けられたようなものなのに。
これなら過去生が目覚めた時に、熱病に侵された時に死んでしまっていればよかった。そうだったならお父さんもお母さんも………
暗いモノが目の前に迫り、恐ろしい何かを振り下ろす。
もういい。どうせもう私はひとりぼっちなんだから。ならこのまま私も死んでしまえば良い。
そう思って無駄な抵抗に闇雲に振り払っていた手を降ろそうとした時。
硬く大きく、けれど温かい誰かの手が降ろし掛けた私の手を包んだ。
「ザギジョグヅ、ザギジョグヅザ、ゴセガバパシビラロデデジャスバサ。
ザバサ、ザギジョグヅザ」
暗いモノは聞こえた声の前に霧散して消えていった。
言葉の意味はわからなかったけれど、真っ暗な中に沈みそうだった私を支えようとしてくれている、ひとりぼっちじゃないんだと言ってくれているのだけはわかった。
パチパチ、パチ………
焚き木の焼ける音が聞こえる。
ゆっくりと目を開けると火に赤々と照らされた石の天井。周りを見ればここが洞窟のようなところだとわかった。
そして私は身体にはあちこちに何かの植物―― 薬草なんだろうか? ――を潰したものが塗られていて、地面に敷かれた何かの毛皮の上に横たえられているらしい。
「レバガレダバ」
何を言っているのか意味が分からない聞いたことのない言葉。でもどこかで聞き覚えのある懐かしいような、そうでないような言葉が掛けられハッとなって顔を向ければ赤々と燃える焚き火の向こう、少しでもこちらから距離を取るように岩肌の壁に寄り掛かる虫のような顔の異形の怪物が一人胡坐をかいて座わっていた。
「グゴブンパギギガ、ガダセスバジョ。
ゲババブンデガデガルザビバス」
驚いて身を起こすと異形は静かに言葉を口にしたけれど、その意味はわからない。ただ私を気遣ってくれているのだと、出来るだけ距離を取っているのも怖がらせないようにしているんだということがなんとなくわかった。
あんな夢を見たせいか目の前の怪物を怖いと感じるよりも先に、その話す言葉に何故か懐かしさを感じる。聞き覚えなんてないはずなのに。
ふと身に覚えのないこと、知識なんかの大概は過去生に関するものだったことを思い出す。だから少し過去生の記憶を探ってみることにした。
怪物は黙って静かに枯れ枝を折って火にくべている。
私は目を閉じて過去生を探る。怪物の言葉に似た語呂や語感の言葉を捜していく。
脳裏に浮かんだのは赤、青、緑、紫の4つの力を持った戦士、そして………
「グロンギ? ゲゲル? ………」
「!? 」
過去生の記憶にあったままに何とはなしに呟いた言葉に怪物はハッと顔を上げ、立ち上がるとすごい勢いで焚き火を回り込んで近づいて来た。
「ゴラゲギデデスンバグロンギゴ!? ザバゲスンバ!? 」
『ご、ごめんさい! 意味まではよくわからない! 』
びっくりして身を縮めて叫ぶように謝る。本当に頭に浮かんだ単語を思わず呟いてしまっただけで、今なんて言われたのかさえわからない。
わかったのは架空のお話に出てくる悪い種族の言葉ということだけ。
落胆する怪物、さん。でも次の瞬間またハッとなって今度は地面にガリガリなにか書き始めて――
――[お前、日本語を話せるのか]と書いた物を私に見せた。
『………ごめんなさい』
また謝る。だって、
『カンジはまだ読めないです』
怪物さんは一瞬ぽかんとした後、盛大に笑い出した。