八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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3月ですね、卒業シーズンといったところでしょうか。
この作品を目にしている卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます!
進学、就職と様々ありますでしょうが、お互い無理のない程度に頑張りましょうね。


第94話 修羅場のようななにか

「よーっす……って、いないのか」

 

 学園が放課後を迎えると、一夏は今日も今日とて整備室へ顔を出した。目的はもちろん簪と顔を合わせるため。1日1度会うのと会わないのとでは違うだろうという考えからだが、肝心の人物が見当たらない。ここへ来れば九割方遭遇するはずなのにと一夏は頭を悩ませた。

 

(時間が早かったかな。……それより、なんか違和感があるような気がするぞ)

 

 タイミングが悪かったという可能性を挙げたが、4組の前を通り過ぎた際に人がまばらだったことを思い出す。このことから、4組は1組よりも先に解散したと考えるのが自然だろう。だとすると、整備室へ顔を出して遭遇できないことがますます不思議でならない。

 

 その謎についても疑問は残るが、一夏はなにより整備室内の印象がいつもと違うように感じられた。表現するならば、勝手に間取りを変えられたかのようなものが近い。よくよく室内を見回して観察してみると、一夏は感じていた違和感の正体を暴き出した。

 

「そうだ、打鉄弐式が!?」

 

 整備室に鎮座してあるISの総数は日によって異なる。原因としては鷹丸がキチンと仕事をし、適度なペースで修理しているから。その点でいえば、故障がない限りは日に日に減っていくともいっていい。しかし、打鉄弐式に関しては話が別だ。

 

 ご存知の通り簪が自らの力のみで完成させることに固執しているため、長期間放置されっぱなしの状態である。上記の総数に関して加味すると、今日の鎮座している数は明らかに少ない。一夏は急いでブルーシートをはいでみると、その下から出て来たのは通常の打鉄だった。

 

「まさかあいつ……。くっ!」

 

 目前に飛び込んできた打鉄を前に、一夏に一抹の不安が過る。どうやら急がなくてはならない状況らしい。とはいえ早とちりがあってもまた問題だ。一夏はある場所へ駆けて行くのと同時進行で、とある人物へ通話を繋げた。開口一番、ゆるーい挨拶が一夏の耳へ飛び込んで来る。

 

『もっしもーし。こんにちは、織斑くん。電話で用事ってのは珍しいねぇ』

「あの、近江先生!打鉄弐式の所在とか知りませんか!?」

『どこって、キミも知ってる通りに整備室―――まさかと思うけどなくなってるかのかい?』

 

 ことISの修理等に関わる案件を聞くならまず鷹丸しかない。一夏は息を乱しながら質問をぶつけると、なんでそんな当たり前のことを聞くのかといったニュアンスの返事が。これにより、一夏の嫌な予感はより現実味を帯びることとなった。

 

『だとするとよくないね、彼女がアリーナに居たら役満じゃないか』

「俺もそう思って向かってるところなんです!」

『ちょっと待って―――あ~……申請出てるよ、第6アリーナだね。念のため救護と機体回収の手配を整えておくから』

「はい、頼みます!」

 

 一夏の口ぶりから、鷹丸は整備室から打鉄弐式が消えていることを察した。すぐさまアリーナの使用申請書出願履歴を調べると、そこには更識 簪の名が。これで最も想定しうる最悪の条件が揃ってしまったことになる。自然と一夏は足に籠る力が増していった。

 

(見た目に反して無茶する性質だったか……!)

 

 恐らく100%の出来ではない状態で試運転をするつもりだろう。しかし、そんな折にスラスターや絶対防御でもいかれたら大ごとだ。こういう表現はよくないが、有事の際にフォローしてくれる友人もいないはず。だからこそ一夏は焦りを隠せない。

 

 とにかく全力疾走を続けることしばらく、ようやく第6アリーナへと辿り着いた。出撃用のカタパルトまで進むと、モニターには簪の姿が映し出されている。息を切らしながらそれを観ていると、杞憂だったのか打鉄弐式は快調に空を飛びまわっていた―――かのように思えた。

 

(スラスターが!?)

 

 突如スラスターが小さな爆発を起こし、黒煙が舞い始める。その影響か打鉄弐式は機体成型を保っていられず、量子変換されてしまう。瞬間、一夏は白式を展開しハッチから飛び出た。受け止めなくてはそこから先のことなど小学生に聞いたって解る。

 

(間に合―――え!?)

 

 一夏の腕がもう少しで簪へ届こうかという頃、アリーナ全体を染め上げるかのような赤黒い光が発せられた。それに伴ってバチバチと響く電撃のスパーク音。これはそう、紛れもなく見覚えも聞き覚えもあるこの感じは―――鬼のような機動力を誇るあの機体しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 一夏がアリーナへ辿り着く数分前、反対側に位置するカタパルトには落ち着かない様子の女子が1人。無表情だが内心では焦り放題なポンコツっぷりを遺憾なく発揮する我らが黒乃ちゃんである。見つめる視線の先には、簪が打鉄弐式を纏って宙に浮いていた。

 

(む~……原作知識がアテにできんのが解ったからなぁ、想定外のことが起こっても困るし)

 

 つい先日、自分が生きているのは初めから既知の世界ではないことが判明した。そのためこうしてなにかと過敏になっているのだろう。例えば今回だが、簪が墜落する可能性を真っ先に考えたからだ。原作でも確かに墜落してはいたが、寸前のところで一夏が助けるという流れである。

 

 ここが既知の世界ではないと仮定すれば、何事においても流れ通りになるという確証は高くない。万が一ということではないが、一応の流れが頭にある自分が保険をかけておいて損はないと判断した結果だ。つまりこの場合においての最悪は、簪が生身で墜落かつそれを誰も救出しないというパターン。

 

(頼むからそれは勘弁してよ……寝覚めが悪いじゃん)

 

 もちろん簪を死なせる気はない。これ以上ズレが生じては困る――—というわけではなく、単純に簪の事情を知っているから。打鉄弐式を自らの手で完成させることなく死んでしまうなど、これほど未練の残ることはないだろう。しかも、意地を張った結果がそれなんてのは笑い話にすらならない。

 

 しばらく見守っていると、簪と打鉄弐式が動き始めた。それと同時に黒乃は刹那を展開、すぐさま脚部をカタパルトへ固定し監視を継続する。今のところは問題は見られない。というより、どうせ転ぶならいい方へ転がる想像をするのが吉だろう。むしろこのまま何事もなく―――

 

(っ……!?っつーわけにもいきませんかねぇ!)

 

 好調と思ったのもつかの間、打鉄弐式のスラスターは突如として爆発を起こした。これを期に、黒乃は最悪のパターンを引いていると判断。正史、またはそれに近い次元なら誰かが助けに入るだろうが、そんな気配はどこにもみられない。よって、カタパルトを起動させハッチから勢いよく飛び出した。

 

(紳翼しょうら―――っず~つぅ!?こ、こんな時にって……!)

 

 OIBでなく神翼招雷にて加速を図ろうとしたところ、脳を揺さぶられるかのように黒乃の意識が数秒遠のいた。詳しい原因は不明だが、近頃黒乃を苦しめる頭痛である。既に天翔雷刃翼として放ったエネルギーは収まりがつかない。簪に激突する前にハッキリと前をみねば。

 

(……オーケー復帰!ってイッチー!?)

 

 全神経を集中させ目の前をみるということにのみ集中すると、黒乃の視界は霧が晴れたかのようにクリアになる。しかし、みえたらみえたで事態が急転していることに気づいた。なんと、目の前には白式を纏った一夏が驚いた顔を浮かべて黒乃をまじまじと見ているではないか。

 

(超高速移動中のせっちゃんはそれはもうデリケートなもんで、ちょいとでも横から力が加わると墜落必至なわけだ。かんちゃんにタッチするのは完全に私のが速いけど、このままいくと受け止めたと同時にイッチーと激突しちゃってわたしゃ墜落だよ。そしたら私に抱えられているかんちゃんも無事じゃ済まない可能性が―――)

 

 マンガのような表現をするならば、この間わずかコンマ5秒―――のような感じで黒乃は超速でシミュレートを済ませた。結果、なにをするにしてもまず一夏が障害であるというなんとも残念な着地点へ辿り着く。ちなみに、既に回避はお互い間に合わない。となると―――

 

(う、う゛~……ふ、不本意だけどこれしなかない!ごめんね、イッチー!)

「ぐへぇっ!?」

 

 黒乃は超加速の勢いそのまま、簪をキャッチしつつ一夏を蹴りを入れた。鳥類の足を模した刹那の脚部は一夏の腹へピッタリとフィットし、白式そのものの加速度も相まって爽快に吹き飛んでいく。それはもうバトルマンガのようにきりもみしながら、お手本にしたいくらいキレイだ。

 

「無事?」

「あ、あわわわ……」

(ぬぅー……やっぱり怖がられるぅ。ひとまず地上へ―――)

 

 一応のエネルギー調整は行っている為、簪をキャッチしたあたりで天翔雷刃翼は消え失せた。とりあえず簪の安否を確認するが、返ってくるのは曖昧な反応のみ。憧れというか崇拝している人物に助けられたせいで上手く喋れないのだが、黒乃はやはり怖がられていると解釈。とにもかくにも、簪を地上へ降ろさねばと黒乃はゆっくりと高度を下げていく。

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

(……き、気まずい)

 

 ところ変わって、3人は食堂で同じテーブルへ着いていた。打鉄弐式の回収や、整備不良の機体で無茶をしたことに関して説教を喰らっていたらすっかり18時過ぎだ。お互い紹介も兼ねてということでの食事の席なのだが、一夏はキリキリと胃が痛みだしてしまう。

 

(イッチー蹴っ飛ばしたイッチー蹴っ飛ばしたイッチー蹴っ飛ばした……)

(目の前に黒乃様……め、目の前に……黒乃様……!)

(あれか、やっぱり誰だこの女ってなってんのか?違う、違うんだ黒乃……俺にはお前しか―――)

 

 黒乃は絶賛自己嫌悪中。簪は緊張で固まる。一夏は黒乃の暗いオーラが自身と簪の密かな?関係によるものだと思い込み冷や汗をかく。この席、カオスの極み。しかし、このままではいっこうになにも進まない。一夏は勇気を振り絞り、空元気のまま口を開いた。

 

「あ、あのな黒乃!この子は更識 簪さんていって、俺の―――友達?」

「確実に友達ではない……」

「だ、だよなぁ……。じゃあ、顔見知りってことで……」

 

 とりあえず簪が特別な存在ではないと認識させるところからと思ったのか、友達だと紹介しようとした。だが友達と表現したものの、いまいち自分がそう簪に認められている気はしなかった。そのため疑問符がついたような発音になり、そう紹介したところで本人からすぐ否定が入ってしまう。

 

「え~っと、そう!黒乃と同じ代表候補生なんだぞ」

「……藤堂 黒乃」

「へ……?わ、ひゃい!さ、さささ……更識 簪です……!」

 

 あまり自分を責めていても始まらないと、一夏の紹介に首を頷かせ握手を求めた。一瞬差し出された右手がなにか理解できず、簪は数テンポ遅れておずおずと手を握り返す。しかも緊張のあまりかシュバっとその場で立ち上がりつつ、まるでサラリーマンのような謙虚な体勢というおまけつき。

 

 一連の動作は黒乃からすればやはり怖がられているようにみえて、どうしたものかと頭を悩ます。そして一夏はその様が妙に不機嫌にみえるらしく、勘違いが連鎖する状況ができあがった。ここまでくると挽回はほぼ不可能に近く、誰かがヤケを起こさない限りは続くだろう。

 

「なんていうか、更識さんの整備を手伝って―――」

「邪魔してるだけ……」

「あ、はい、すみません……」

 

 とりあえずさりげなく身の潔白をアピールする手なのか、別にやましいことじゃないですよとでもいいたげに整備を手伝っていると表現した。しかし、簪としては捨て置けない。本当に邪魔しかされていないし、それで焦った拍子に愚行へ走ったのだから。

 

 前者に関しては覚えは当然あるらしく、一夏はしょぼくれつつしっかりと簪へ陳謝。終始ツンケンした態度なだけに、端からみても関係が良好でないのが解る。原作知識がなくとも特別浮気とは思われなさそうだが、そこまで心配になるのは一夏の後ろめたさが根強い証拠だろう。

 

「あ、あの……黒乃さま―――じゃなくて、藤堂さん……」

(今なんつったよこの子……黒乃様?そこまで下手に出んでもええんやで……?)

「タッグトーナメント、私と組んでくれませんか……?打鉄弐式が完成したら……ですけど……」

(……これは、イッチーが鬱陶しいから私と組むことで逃げようとしてる……のかな)

 

 胸中では常に黒乃様と呼んでいるため、目の前でもついそれが出てしまう。慌てて訂正すると、なんと簪はタッグを組む提案を差し向けるではないか。怖がられているという前提から入るせいか、本人には斜め上の解釈をされてしまうわけだが。

 

「ちょっと待て、俺がずっと誘ってるのにそれはなしだろ!?というか、それなら俺が普通に黒乃と組むわ!」

「近接機同士の組み合わせはよくない……。支援も出来る弐式の方が無難に決まってる……」

(ん~……まぁ真面目な話だとかんちゃんに一理あるよねー。けどやっぱ原作遵守で行動してほしいっていうか)

 

 簪の提案は一夏の誘いを蹴るどころか台無しにしているのも同然である。様々な事情で自らに非があるのは承知しつつ、それは流石にどうなのだと一夏は声を荒げた。何度もいうが、本来なら一夏だって黒乃と組みたいのだからそれも仕方なくはある。

 

 だが残念なことに、ゲーマーゆえの効率重視な部分がある黒乃は、白式と刹那の相性の悪さをバッサリ切った。それでいて、原作よりも親交が深まらないような2人をどう組ますかという方向へ思考を切り替える。性格上、あまり突っぱねることができないが果たして―――

 

「彼と組んで」

「「え!?」」

「意味のあること」

 

 シンプルに一夏と組んでほしいと伝えれば、珍しく似た反応を2人は示した。それはもう、2人からすれば意味の解らない言葉だろう。それ以降はもうこれ以上はなにも語りませんよと食事に手をつけた。その行動はよりミステリアスさを醸し出す。

 

「あ、貴女の言葉でもそれは……。う、う~……なら……保留……」

「一応でも保留はしてくれるんだな……。けど黒乃―――」

(はいよ、どうかした?)

「……いや、なんでもない。よし、飯にするか!」

(……変なイッチー)

 

 自分と黒乃の扱いの差に呆れながらも、完全拒否から僅かながらも進歩したのでよしとした。が、黒乃に対してなにかいいたそうにて、途中でなんでもないと取り繕う。まるで取り繕うかのような仕草に違和感を覚えたが、本人がなんでもないというなら黒乃は追及しない。

 

 一夏の胸中は少し暗い。本当は嘘でもいってほしかったのだろう、私は一夏と組むから―――と。トーナメントが告示されてからというもの、黒乃から一切の誘いもないのだって寂しく感じている。しかし、先ほどの蹴りの負い目がそれ以上だということを一夏は知らない―――

 

 

 

 

 

 

(ちゃんと謝んないとな……。本当は更識が過激な思想の持主じゃないって解った時点で話すべきだったんだ)

 

 黒乃と自室への帰路につく最中、一夏の頭の中はそれでいっぱいだった。黒乃を愛しているという気持ちが一瞬たりとも離れたことはないが、簪とのややこしいもつれを修正しようと必死過ぎた部分もある。小烏党関連で避けてはいたが、それも言い訳にならないと一夏はギリリと奥歯へ力を込めた。

 

 仲睦まじく歩く姿からは想像もつかないだろうが、現在の一夏は嫌悪に包まれている。こと黒乃が絡めばデリケートな壊れ物になってしまうのは一夏の悪癖だ。やがてみえた自室の扉を潜るなり、一夏は黒乃へ向き直り誠心誠意の謝罪を送る。もっとも、それは未遂に終わるが。

 

「すまん黒乃!なんともないとはいえ、ずっと更識に会ってたの黙って―――」

(ごめんねーっ!)

「へ、あ、え……?く、黒乃!?あ、危な―――」

(ごめんね、ごめんね、痛かったよね?!蹴ったりして本当にごめんねー!)

 

 一夏が深く頭を下げようとする前に、黒乃は突進するかのように飛びついた。常人を遥かに凌駕する力を受けた一夏は、ヨタヨタと後方に大きく下がって倒れ込んでしまう。幸い倒れた先はベッド―――というより黒乃が計算した結果だ。すると黒乃は、一夏に跨ったような状態でスリスリと頬の柔肌を一夏の頬へ擦りつけ始める。

 

(いや、待て―――全然意味が解らん!い、いったいどうしてこんな……)

(どうしよっか、なにしよっか!?あっ、ちゅっちゅしてあげる!ん~……———)

(待て待て待て待て!黒乃さぁぁぁぁん!?)

 

 謝るべきは自分であると思っているので、一夏は黒乃の行動が理解不能だ。黒乃からすれば思い切り蹴ったのを悔やんでいるため、若干暴走しながら謝罪の意を込めて文字通りなんでもするつもりなのである。本当なら簪がどうなろうと知ったこっちゃない―――くらいの思考が頭を過ったのだから。

 

 本当なら一夏が墜落したその場でこうしたいほどだったのだから。流石にそれは自重すべきと我慢した結果がこれ。黒乃は一夏の顔を両手で包んで動かないよう固定すると、唇に唇を重ねてしばらく吸い付く。そしてちゅっと音が鳴るようにして離れれば、後は何度もそれを繰り返した。

 

(ちゅっちゅどう、癒される?なにかしてほしいことがあったらいってね、あなたが望むのなら今この場で命だって断ってみせるから!だからどうか―――)

「あの、黒乃―――」

「嫌いにならないで」

「!?」

 

 しばらく落とすようなキスをしつこいほど続けていたが、両手はそのままジーッと一夏の瞳を見つめる。そんなことをいわれたって、一夏にはそもそもこの状況が理解できないのだからリクエストなんて出てこないだろう。だからこそ一夏がどうしてこんなことをするのかと恐る恐る聞こうとすれば、核心的な部分のみ言葉となって飛び出た。

 

(嫌いにならないで……って、そんなの、俺の台詞―――いや、これはもしかして……嫉妬してくれてる……のか……?)

 

 一夏は黒乃と簪の対面した場を思い出す。その際に黒乃の自己嫌悪オーラをこの女は誰なんだというような類のものと解釈した。そして現在の状況となると、一夏が導き出したのは黒乃が簪に対して嫉妬を覚えているというようなものだ。

 

 そもそも黒乃がどうしてアリーナへ姿をみせていたかは疑問だったが、実はずっと前から気づいていたのではないかとつじつまを合わせていく。そして簪を助けに入った際の蹴りは、これ以上一夏が自分以外の女性に構ってほしくないという想いからつい飛び出してしまったのではないかと。

 

(黒乃が嫉妬……?なんだそれ、最高かよ……!)

 

 そしてこの喜びようである。一夏にとっても黒乃のすることなすこと全ては愛おしく映るらしい。特に嫉妬に関しては、長年の経験がそうさせるのだろう。いつも自分は黒乃が男へ優しくするのにヤキモキするのに、ハッキリと黒乃の行動を嫉妬だと認知できた覚えなどない。

 

 1度結論付けてしまえばもう他の考えなど思い浮かばない。一夏の思考は黒乃が嫉妬してくれたという概念に支配され、ドッドッと心臓の鼓動が速まり、歓喜からかニヤリと頬が吊り上がる。そうして黒乃の後頭部に腕を回して力強く引き込むと、とてつもなく深いキスを始めた。

 

 息継ぎもなしに貪るようなキスは、2人の思考を溶かしていく。唾液があらぬところへ垂れるのもおかましなし、呼吸困難に陥りそうになってもおかまいなし。どちらかが気絶するまで終わらないのではと思ってしまいそうなキスは、一夏が黒乃を引きはがしたことによりとりあえず区切りがついた。

 

「そんなので嫌いになるわけないだろ!」

(イッチー……)

「あ゛~黒乃は可愛いなぁ!もう本当……黒乃より可愛い生物なんていないって確信したぞ俺は!」

(ちょっ、嬉しいけどそれはいい過ぎ―――わ゛ー!?)

 

 一夏は黒乃の身体をガッチリとホールドすると、そのまま転がるようにして横にさせた。矢継ぎ早にまた引き込むと、まるで抱き枕のようにして本当に痛いくらい黒乃を抱きしめる。例によって黒乃にとってそれはご褒美なのだが、とにかく恋人が可愛くて仕方ない一夏は喜びを体で表現することに夢中だ。

 

「……心配にさせてごめんな」

(ううん、全面的に私が悪いんだからさ……)

「けど、次からそんなこと考えなくていいぞ。今更嫌いになれるかよ、黒乃ならどんなことでも許せる」

 

 それまでの興奮が嘘かのように、一夏は柔らかな態度で黒乃に接した。嫌いになるはずがない、なれるはずがない、それはまさしく至言だろう。お互い相手に不満など一切抱いては―――いや、最初から不満なんて抱くことができないのが正解。

 

 他人にとっては嫌な部分と捉えられる箇所も、2人にとってはなんら問題には感じられない。互いを全肯定し合う2人に隙は無いのだ。ただし、愛し過ぎるが故にこのような事態に陥ってしまう場合もある。かつては面倒なことに繋がるきっかけだったが、今になっては惚気の一種に早変わり。

 

「愛してる」

「うん、ありがとな。俺も黒乃を愛してる」

 

 抱き合う2人は、ただ愛を囁いた。きっとこれからも、何千、何万と同じ言葉を互いに送るのだろう。だが、言葉の重みが変わることはない。お互いがお互いの命を、自分の命よりも大切にしているから。2人の愛は、単なる恋人同士の戯れで済まないのだ。

 

 

 




黒乃→様っていうほどへりくだる……くらい怖がられてるのかな!?
簪→く、黒乃様とこんな距離で……き、緊張しちゃう……。

黒乃→蹴ったりしてごめんねーっ!お願い、嫌いにならないで!
一夏→黒乃が嫉妬してくれてるのか……!?

相も変わらずあちらが立てばこちらが立たず。
他のヒロインズを出演させる隙がががが……。
タッグトーナメント編ではまともな出番をあげられなさそうです。

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