八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

106 / 154
今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏が鷹丸の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


第95話 モノサシ(裏)

「バックヤードの整理を手伝ってくれないかなぁ?」

「いきなりなに……」

 

 放課後の整備室にて、僕はそうやって簪さんに声をかけた。前まではスルーの応酬だったけど、こうして返事をしてくれるだけでだいぶ進歩したもんだよねぇ。いい感じに織斑くんに絆され始めてるみたいだし、これでようやく僕が動ける。残念だけど僕と会話が成立した時点で終わりだよ。

 

「いやね、最近人の出入りが増えたもんだから時間が取れなくて。ここの管理も僕の仕事だからねぇ」

「なら、自分の仕事を全うして……」

 

 そういうと簪さんは、興味もなさそうに打鉄弐式の整備を再開させる。まぁもっともな発言に違いない。ぶっちゃけ僕1人でどうこうなる問題だけど、とある策を開始するにはとりあえず簪さんにはバックヤードへ籠ってもらうのが最適と判断した。

 

 それゆえ、手伝ってもらわねば困るんだよ。さて、だとしたら常套手段かなぁ。仕事の流れとはいえ簪さんに恩は売れてるわけだし。その点、織斑くんには感謝しかないよ。簪さんを焦らせ、僕に介入させる隙を見事に作ってくれたのだから。僕はわざとらしく、声のボリュームを上げて告げた。

 

「あ~あ、打鉄弐式の復旧作業は大変だったなぁ」

「…………っ!?」

「待機形態から元に戻さないと、今頃は作業にもっと遅れがでてたろうなぁ」

「貴方って人は……!」

 

 ほーら釣れた。このあたりは似てる姉妹だよねぇ、こうやって意外と感情的になり易い。今までやってきた無視が大正解だっていうのに、簪さんは僕に憎しみの籠ったような視線を向ける。誰がやったって怖いと感じることはないだろうけど、大人しいこの子がそんな表情したってなにも感想が浮かばないや。

 

「別に……私が頼んだわけじゃ……!」

「へぇ、あ、そう。じゃあ元の状態に戻そっか、キミがそういうんじゃ仕方ないよねぇ」

「それは……」

 

 はいはい、キミにはもう諦めるって選択肢しか選ばせるつもりはないんだからさっさと折れようね。ま、頑固だから1人で弐式を完成させるなんていう非効率なことに固執してるんだろうけど。でもこういっちゃえば簪さんは断れない。だってここの子たちって結局は優しいんだもの。

 

「……解った……手伝う……」

「それはどうも。そんなに時間はかからないし、力仕事をさせる気はないからそこは安心してよ」

 

 簪さんはガクンと項垂れると、それはもう死ぬほどの勢いで渋々と了承した。そうしていざバックヤードへ。整備室の奥を開けば、そこはISに使われる部品やISの整備に用いる道具の宝庫だ。前者に至っては大半がウチの製品なだけに馴染み深いというか、なんだか社に戻った気分になるなぁ。

 

 さて、ここに導いたのはいいけどなにをしてもらおうか……。本気で手伝いとかどうでもいいから二の次に考えちゃってたか。アドリブなんて得意というか、人生の大半をそれで過ごした僕ならなんとかなる―――いや、なんとかしてみようじゃない。僕はいかにも初めから決めていたかのように、簪さんへ仕事を任せた。

 

「はいこれ」

「タブレット端末……?」

「うん、在庫のチェックみたいなものさ。そのタブレットに各部品のあるべき数が記録されてるはずだから、数が合わなかったら指定されてる量の入荷の手続きをお願いするよ」

「解った……」

 

 作業用のテーブルに置いてあるタブレットを手渡すと、簪さんは不思議そうにそれをみつめた。なにかと優秀だし、これだけ伝えれば問題なくこなしてくれるだろう。静かな女性なだけに黙々と作業してくれるはず。じゃ、僕は彼が来るまで適当に整頓でもしていようか。

 

 別に怒ってるとか不満というわけじゃないけど、皆バックヤード扱いはかなり雑だ。移動させた後に元の場所へ戻っていないなんてのはザラだし。僕も特別気にする方ではないけど、束さんを反面教師にしているというか……。まぁ、どのみち仕事ではあるんだからキチンとこなすけどね。

 

 僕は白衣の袖をまくると、位置の変わっている段ボール等の移動を始めた。中身は重いものや軽いものと様々だけど、精密なものが多いから大切に扱わないとねぇ。……それこそ僕が知らないところで雑に扱われちゃったらどうしようもないんだけど。

 

『あれ、今日もいないのか?』

「…………」

「えっと、僕が対処してくるよ。それでいい?」

「……適当にお願い……」

 

 僕らが着々と作業を進めていると、ふいに織斑くんの声が響いた。やぁやぁ、待っていたよ織斑くん。声が聞こえた時点で微妙な反応を示した簪さんに対し、招かざる客だけどどうしようかと問いかける。すると適当にあしらってというふうな返答が。それは順守するけど、ある言葉は引き出さないとね……。

 

「やぁ織斑くん……に藤堂さん。いらっしゃい、今日はどうしたのかな」

「近江先生、こんにちは。あの、更識さんみかけませんでした?」

「いや、今日はまだみてないね」

「そうですか……。じゃあ、部屋とかにいるのかもな」

 

 今日も来てくれるとは思っていたけど、黒乃ちゃんまでおまけに現れるとはラッキーだ。なんといったって、僕の策にはキミが必要不可欠なんだよ―――織斑くん。キミの耳を疑いたくなるような正直な言葉が必要なんだ。今のところ流れはいい。

 

 簪さんのご注文通り、とりあえず所在は誤魔化しておく。さぁ、これで約束は守ったのだから後はなにをしたって構わないよね。なんとか会話の流れを僕の想像通りに―――ってその前に、1つ気になる部分があるから問いかけておこう。確認作業は大事だからね。

 

「ところでだけどキミ達、近くない?」

「あ、はい……その、いろいろありまして」

「…………」

「へぇ、そうかい。フフ……微笑ましいというか、やっぱり少し羨ましくなるね」

 

 なんというか、控えめな性格な黒乃ちゃんがずっと織斑くんの腕に抱き着いてるんだよねぇ。絶対に人目に付くところでは露骨なことはしないと思っていただけに、意外というかなんというか。だが、決して興味本位ということじゃない。この2人の関係性は僕らの計画に影響するんだから。

 

 なにかあったという部分は適当に想像させていただくとして、こいつは本当にいい流れがきているぞ。束さんもきっと喜ぶに違いない。……そろそろ仕掛けてもいいのかもしれないなぁ。だとするとこの学園ともお別れか、それはそれで少し寂しいかもねぇ。

 

「……あの、プライベートな話なんですけどいいですか?」

「ん?まぁ答えられる範囲なら努力するけど」

「じゃあ、遠慮なく。近江先生って許嫁とかって……」

「ああ、僕の女性周りだね。いつも意地悪してるお詫びに、興味があるなら少し話すよ」

 

 僕のプライベートは研究と実験に塗れているが、なにもいつだってそうというわけでもない。これでも御曹司なわけでありまして、やっぱり見合いとかは学生の頃から経験があるんだよねぇ。父さんは別に世襲にこだわるなんてこともなく、一応会うだけ会って本気で気に入ったら好きにしろーとかいってたな。

 

 中には普通に素敵な女性もいたけれど、うーん……申し訳ないけど全て断らせていただいた。こんな機械馬鹿と引っ付くよりは、きっといい人は沢山いるはずだからねぇ。というか、むしろ可能性があるとすれば束さんくらいかな。そこの部分は濁して説明しないとだけど……。

 

「はぁ……やっぱ御曹司ともなると違うんですね。そうか、学生の頃から……」

「まぁ、個人的に出会ってそれっぽい人がいないこともないんだけどね」

「マジですか!?先生って女性に興味あったんですね……」

「うん、マジだね」

 

 主観的発想というか、やっぱり僕の目からすれば彼女はかなり素敵な女性だと感じるんだよねぇ。向こうがまんざらでないなら僕は大歓迎なのだけれど、まぁないよね、ないない。っていうか織斑くん、驚くところはそこかい?世間の僕に対するイメージなんてそんなものか。

 

「具体的に」

「おやぁ、藤堂さんまでグイグイくるねぇ。そうだなぁ、似た趣味なのが第一かな。それで彼女、夢中になったらそれはもう子供みたいでね。はしゃぐ彼女を手助けして、見守っていたいというか」

「おお、結構まともな答えだぞ!」

「アハハ、織斑くん、僕も傷つく時は傷つくんだからね」

 

 ヒントをあげる行為のようなものだが、臨海学校の際に水と油みたいなイメージを与えたし大丈夫だろう。藤堂さんはともかく、織斑くんが気づくはずないし。証拠にグッとガッツポーズを握り、何故か僕が割と普通に好意を抱いていることに感動しているようだ。

 

「趣味が合うって、やっぱり機械方面ですか」

「そうだね、かなりマニアックな話もつきあってくれるんだ」

「そうですか、機械……ですか」

 

 マニアックというか、実際のところは開発者だから話し放題なんだけれど。いやぁ……本当に束さんは素晴らしい物を産みだしてくれて―――おや?織斑くんは打鉄弐式に近づいてどうしたんだろう。おっとこれは、もしかして機械の話から繋がって、僕の望んでいた展開に―――

 

「近江先生、更識のやろうとしてることって現実的なんですかね」

「人によるかな、篠ノ之博士や僕なら全然なんとかなるよ。逆をいうなら僕らだからなんとかなるというか」

 

 1人でISを完成させるというのは―――まぁやろうとすれば簡単だろう。僕は絶対にやらないけどね。束さんはこのあたりで理解に苦しむというが、1人で造ってしまっては刺激が足りないのだ。人には十人十色というように様々な色がある。そこから綺麗な色を拝借すればよりよい物が出来上がるに決まってる。

 

 ……昔そうやって束さんにいったら―――綺麗な色でも混ざっちゃったらカオスだけどね、まさに混沌だよねって反論されたけど。それでも僕は何色に染まる気はないけどねぇ。その結果完成したのが刹那だと信じてるから。乗れる人を探すまでに苦労したけどねー……ハハハッ。

 

「じゃあ、やっぱあいつってすごいですよね」

「うん?」

「完成状態は7割くらいだったんなら、1人だって浮ける状態まで持っていけるのがまず凄いですよ。俺なんて散々だったんだし……」

 

 きた……きたきたきた!ハハッ、今日はどうしたの……神がかってるじゃないか。そうだよ織斑くん、キミのその言葉が欲しかったんだ。誘導しなくても偶然その言葉を出してくれるなんてとてつもない幸運だよ。キミが切り出したか否かで後のやりようが全く変わってくるからねぇ。

 

「……思うにアイツ、比べる部分を間違ってるんじゃないかって―――」

「楯無さんとの比較かい?」

「はい。そんなすげぇ奴なのに、自分のモノサシで楯無さん計って、長さが足りねぇって嘆いてばっかなのとか……勿体ない気がするんですよ」

 

 勿体ないとかそういうレベルの話でもない気もするけどねぇ。そもそも他人と比較するなんてことはまず無意味だ。人間というのはできることできないことがあるのは仕方がない。かといって、それを努力しないいいわけにはしちゃいけないけどね。

 

 簪さんはもう十分努力したよ。というか彼女、僕が出すテストを95点以下とか採った事ないし。そも整備に関することなら楯無さんに勝ってるはず。彼女が1人でISを組んだと思ってるみたいだけど、僕は多分なにかの勘違いと思うんだけどねぇ。いや、楯無さんが超人なのは承知の発言だとも。

 

「自分のモノサシで書ける線を書いてきゃいいのになー……」

「どんどん足してく」

「そう!長さが足りなくなったらさ、俺達や皆がいくらでもモノサシを足していく。そしたらきっとさ、どこまでも続いてく長ーい線を書けるようになるぞ!」

「そしていずれ楯無さんを追い抜く……か」

 

 ポジティブの極みだよねぇ。織斑くんの言葉には、他人の力を借りてなにが悪いのかという想いが込められていた。1つよりも沢山のモノサシが長い線を書ける……か。そこは僕の考え方と似ているのかも。まぁ束さんだったら、それぞれの個性でガッタガタの線しか書けなくなる―――って一蹴するんだろうなぁ。

 

「……ってすみません、なんか熱くなっちゃいました」

「いいんじゃない、キミらしくってさ」

「そ、そうですかね?あ!それより、なんか仕事中だったんじゃないですか」

「手伝う」

「いや、大丈夫だよ。僕1人でも問題はないさ」

 

 本当に……キミらしくて最高だよ。いやぁ、物事が思った通りに進むと気が楽でいいものだ。目的は達成したし、後は速やかに彼らを退散させた。さてさて、肝心の簪さんの様子はどうかなーっと。……フフ、思った通りに効いてる効いてる。

 

 簪さんはその場に蹲り、嗚咽を漏らしながら泣いている様子だった。いうまでもないけど嬉しいほうのね。何故かって、簪さんの置かれている状況を鑑みるに織斑くんの善意100%本心100%ポジティブ発言が効かないわけがない。僕は簪さんの近くにしゃがむと、わざとらしく声をかけた。

 

「ごめんね、世間話になっちゃって追い返すのに時間がかかっちゃったよ」

「う……ヒック……!う、うぅ……」

「……落ち着くまで待つよ、どうかゆっくり」

 

 僕の声は届いているみたいだけど、今は泣いて気持ちに整理をつけることで精一杯みたいだ。既にチェックはかかっている、別に焦ることはないだろう。とりあえず話だけは聞いておきたいから、簪さんが話せるようになるまでただ待ち続けた。すると、涙声のまま少しずつ語り始める。

 

「辛いから……逃げた……。小烏党に……黒乃様へ縋っていれば……楽だったから……。根本的には……彼がいってたこととなにも変わらないのに……」

「モノサシを足していく……かい?」

 

 小烏党員として活動することは、簪さんにとってモノサシを借りる行為だったのだろう。何故それが目の前で手を差し伸べる人達へ向けてできなかったのか。そうやって彼女は悔いているのかも知れない。簪さんはとっくの昔にやればできていたのだ。つまり―――

 

「比べられるのが嫌だったのに……比べていたのは……私の方……!比べてたから……始める前に諦めてた……!だから自分が信じれなくて……他人も信じれなくて……!だから……こんな……」

「簡単な事にも気づけなかったんだよねぇ」

 

 そうなんだよねぇ、そこなんだよねぇ。比べられたくないはずなのに、その比較対象にされているお姉さんと同じことをしようとしたって全く無意味だ。もっと視点を変えなきゃ、いつまでたっても周囲の目なんて変わらないに決まってるよ。

 

 ま、そこは本人がいってる通りかな……。無意識に半分諦めてしまっていた、これが正解。だから既に正解を導き出せていたことにも気が付けない。別に1人にこだわる必要なんてないんだよ。1人でやって勝てないなら10人でも100人でも挑めばいいんだ。で、それで勝てたら勝ちは勝ちだって開き直ってやればいい。

 

「……仕事……また今度に……」

「それは構わないけど、これからどうするんだい?」

「……モノサシ……借りてくる……」

「フフッ、そっか。うん、いってらっしゃい」

 

 その場から立ち上がった簪さんは、随分とウィットに富んだ発言を僕へ送る。こんな冗談が簪さんの口から飛び出るとは思っていなかったから少し面食らったが、十二分に笑える出来だ。発言の内容からするに、他人に頼ることにしたと取っていいはず。だからこそ僕は、安心して簪さんを送り出した。

 

 ふ~……作戦大成功。ようやく僕が本格始動しようかって時に、余計な姉妹の拗れなんか持ち込んでもらっちゃ困るんだよねぇ。さ~て、それなら報告も兼ねて束さんに電話しておかないとなぁ。僕は簪さんが去ったのをキチンと確認すると、携帯を取り出して通話を繋げた。

 

「もしもし、束さん」

『いえ、私です』

「おや、キミかい。調子はどうかな」

『健康状態でしたら極めて良好です』

 

 携帯越しから聞こえてくる声は、テンションが高く甘ったるい質ではなく、透き通るような少女の声だった。挨拶程度に調子はどうかと聞いてみると、問題なく健康だという。う~ん……調子っていうのは健康だけのことじゃないんだけど、まだ彼女には理解が難しいかな。また今度いろいろ教えてあげるとしよう。

 

「そうかい、そいつはよかった。え~と、束さんは今忙しいのかな」

『はぁ……ある意味で多忙のようにみえます。だからこそ私が代理で出させていただきました』

「ある意味……そいつは随分と遠回しな表現だねぇ」

『さきほどの鷹丸様の発言のせいかと』

 

 ん~……?さっきの僕の発言のせいで束さんが忙しい……か。ということは、問題解消のための流れはみていたのだろう。で、束さんに関わる発言といったら……ああ、あれね、僕がそれとなく束さんに気があるみたいなのを誤魔化しつついったやつ。へぇ……だったら案外脈ありってことでいいのかな。

 

『録音していたので、何度もリピートして聞いていらっしゃるようです』

「へぇ、そう。頼まれれば何度だっていうのにね」

『……だそうですよ、束様』

『はぇ……?ちょっ、くーちゃんまさかたっくんに余計な事とかいってないよね!?』

 

 さっき見てたんなら今もモニターに僕が映っているはずだ。だからこそあの子は説明を省いてそう束さんに振ったのだろう。すると電話越しにでも聞こえるような声が響き、バタバタと音も響く。しばらく待っていると、電話を取り返したのか、いつも以上にテンションの高い声で挨拶をかましてきた。

 

『はいはーい、皆のアイドル束さんだよー!』

「ええ、どうも。忙しいところすみませんね」

『……ちょっと待とうか、違うよ、違うんだよ?別にそういうのじゃないから』

「ちょっとなにいってるか解んないですね。なにがそういうのじゃないんですか?」

 

 取り繕うのに必至みたいだから、とりあえずジャブ程度に意地悪をかましておく。すると僕からすれば更に揚げ足を取り放題な言葉が返ってきた。条件反射的に追加で意地悪をぶち込めば、今度はひたすら呪詛の言葉が聞こえてくる。ハゲろとか足の小指ぶつけろとかいってるみたいだねぇ。

 

 これでは流石に話が進まないだろう。僕が謝るという行為はほぼ無意味に等しいわけだが、とにかくひと言でも詫びは入れておく。後はなにか束さんに交換条件を出して機嫌を直してもらうことにしよう。適当に交渉は成立させ、僕は報告を始めた。

 

「で、束さん。障害は取り除いておきましたよ」

『おっ、そいつはお疲れー。困るよね、私たちレベル以下で小競り合いとか片腹痛いよ』

「ま、余計な障害ですよね。彼女には伸び伸び戦ってもらわないと」

 

 ようやく目的通りに黒乃ちゃんと織斑くんが交際を始めたというのに、他の部分で彼女の心へ引っかかりが出来ては困るのだ。100%全力全開を引き出さねばならないのなら、こういった些細なことでも潰していかなくちゃ。さ~て、後は―――

 

「束さん、今回は僕に譲ってもらえませんか?」

『え~……束さんってば張り切って新型いっぱい造っちゃったんだけど~!』

「Type Fを出そうと思うんです」

『…………そっか、そういうことなら構わないよ』

 

 僕の申し出に束さんは当然ながら渋った。だが僕がアレを出す気だと進言すれば、途端に出番を譲ってくれるという。僕がアレを出す気だということは、これで最後にするつもりというのが伝わったのだろう。事実、アレで勝てないと僕はもうお手上げだ。

 

『あっ、でもでも!まだ協力してもらわないとな案件が沢山あるからね!』

「ええ、できる限りは手伝いますよ。僕が殺されなければの話ですけど」

『その時は手を尽くして生き返らせてあげるよ!』

「わぁ、それなんてブラック企業です?」

 

 勝っても負けても殺されちゃう可能性が高いよねぇ。織斑姉弟とか、専用機持ちの面子―――その他黒乃ちゃんを慕っている人達にさ。だからこそ、生き延びられたら手伝うと表現した。すると束さんは、本気なのか冗談なのか死んでもこき使う宣言をしてくるじゃないか。

 

「まぁ……そういうことならお付き合いしますよ。例え地獄の果てだろうと……ね」

『じゃあ最期は一緒に死のっか。くろちゃんのいない世界なんて生きてる価値ないも~ん』

 

 そうか、束さんにとっても待ち受けるのは死一択なのだった。それはなんというか、僕とは違う意味で悟っちゃってるなぁ。しかし、それこそ恋人でもないのに心中ってどうなんだろう。まぁ束さんがそれを望むなら構わないんだけどさ。

 

「束さん」

『ん~?どったのたっくん』

「……いや、なんでもないです。僕からはこんなものですから」

『煮え切らないたっくんとか気持ち悪―――っていうか怖いねぇ。気になるけど藪から蛇が出そうな気がするしこのへんで、バイバ~イ!』

 

 バイバーイって束さん、僕のことモニターに映してるならその挨拶ってほとんど無意味なんじゃ?……まあいいか、なにも束さんだって僕を四六時中ずっと監視するわけが―――ないと信じたい。もしかすると、小さいモニターかなにかでずっと見てるとか。それは流石に自惚れか……ハハッ。

 

 なにはともあれ、ここでは死ねない理由ができちゃったなぁ。皆には僕を殺す権利も理由もあるから、好きなようにさせようと思ったのだけれど。特に織斑くんね。彼にバッサリ斬られるのが僕の人生のラストのはずが、まさか一緒に死んでほしいなんていわれるとは。

 

 約束しちゃったわけだし、これはなんとか生き延びないとダメだねぇ……。我ながら自害するためにこの場を生き延びる方法を考えるとか相当どうにかしているとは思いつつ、僕はああでもないこうでもないと思考を巡らす。結果、消灯時間ギリまで整備室に残ってしまったのはご愛嬌としておこう。

 

 

 




安定のクソ野郎オブクソ野郎。

ですが本人の発言通りにそうしていられる期間も短くなって参りました。
かなりのキーマンなだけに、今後の動向へご注目ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。