八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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黒乃ちゃん完全に出番ナシ!
次話も全くの出番ないのが確定していたり。
とりあえずは更識姉妹の活躍をお楽しみください。


第99話 本当の私を

「そこだ!」

『――――――――』

「なっ、エネルギーシールド!?」

 

 黒乃が鳥人型無人機と戦闘を開始するとほぼ同時刻、アリーナにて一夏たちもゴーレムⅢと交戦していた。相手に接近する技術を向上させた一夏は、白式の高機動を生かしてゴーレムⅢの懐へと潜り込む。雪片による鋭い太刀筋で斬りかかるが、すんでのところで展開したエネルギーシールドにそれを阻まれてしまう。

 

 零落白夜を発動させて押し切りたい気持ちはあったが、自分たちの置かれている状況からして無理は禁物。エネルギーシールドを足場にするように蹴りつけると、その反動を利用して急ぎ後方へと下がる。ゴーレムⅢは、ただその様子を無機質に見守った。

 

「絶対防御さえ正常に作動してれば……!」

「落ち着いて、アリーナのシールドを破壊する威力……」

「あ、そうだな、どのみち当たれば1発アウトだったか」

 

 厄介なことに、ゴーレムⅢは絶対防御を無効化するジャミング装置のようなものを所持している。絶対防御とは、ISにおいて肝心要ともとれる機能であり、これがあるからこそ剣で斬り合いができれば、銃で撃ち合うことができるのだ。

 

 そんな機能が正常に作動していないというだけで安心感からして違う。例えば2人のいう通りに超高密度圧縮熱線を喰らえばどちらにせよ即アウトだろうが、右腕の大型物理ブレードなら絶対防御発動中なら問題なかったろう。無傷での勝利を強いられるこの戦況を、ストレスとせずしてどうするか。

 

 簪は焦りから絶対防御に関して触れたと思ったようだが、今回の場合は天然だ。てっきり黒乃が襲撃されているからと、勝ちを急いているものだとばかり。薄情だとは思いはしないが、病的なまでに愛し合っているという認識からは想像もつかない。しかし、次の瞬間―――閃光が瞬き、轟音、地鳴りが響く。

 

「今のは……!?」

「千冬姉!」

『恐らくは、藤堂が交戦している無人機によるものだろう。……済まん、奴周辺の通信は全て疎外されている。正確なことは解らんが―――』

「いや、それだけ聞ければ十分だ。ありがとな」

 

 観客である女生徒の悲鳴の渦中で、一夏は何事かを確認するため千冬へ通信を繋げた。曰く、黒乃の相手によるものであろうとのこと。臨海学校の際と同じく、黒乃周辺の様子を確認することは不可能のようだ。しかし、またしても一夏が声を荒げることはない。

 

 ただ一応聞いてみただけだ。そういうかのように通信を切った一夏に、簪は流石に強い疑問を抱いた。外面には出ないながら、簪も黒乃を信仰する身としては心配は尽きない。だからこそ簪は問う、なぜそうやって平然としていられるのかを。すると一夏は、ニッと歯をみせながら答えた。

 

「黒乃がそう簡単に負けると思うか?」

「思わない!」

 

 一夏は逆にどうしてそんなことを聞いてくるのかと言いたげで、簪は確かにと思いつつ食い気味に返答をした。思いの他元気な声であったためか、やっぱり黒乃のことになると反応が違うと少しばかり苦笑い。そうしてゴーレムⅢを見据え、雪片を構えながら続けた。

 

「だろ?だから俺達がするべきなのは、早くアイツを倒して黒乃に心配をかけないことだ!」

(あ……?)

「よし、行くぞ簪!」

「……うん……!」

 

 次いで出た一夏の言葉にも元気に答えようと思っていた簪だが、あるものを見てしまって声は喉元で止まる。……雪片の切っ先が、カタカタと震えているのだ。瞬間的に、今の一夏は虚勢半分だと、自分にそうやって言い聞かせているのだと簪は察した。

 

 しかし、それでも一夏はゴーレムⅢへ意気揚々と突っ込む。指摘するのは簡単だったが、なにがきっかけで保てている精神のバランスが崩れてしまうか解らない。一夏にバレぬように悲痛な表情を浮かべた簪は、まるでなにもみなかったように振る舞い続いた。

 

「楯無さん!」

「なにかしら!」

「簪が心配では!?」

「心配よ、だからこうして頑張ってるんじゃない!」

 

 一方の箒&楯無も、同じアリーナにてもう1機のゴーレムⅢと鎬を削る。箒が楯無の指示通りに動き、堅実な攻めを繰り広げていた。しかし、ふいに箒がそう漏らす。この間、姉に関する問題で簪にシンパシーを感じただけに、楯無に思うところでもあるのだろう。

 

 だが楯無は、一夏と似たような言葉で心配だから目の前の敵と戦うのだと断言した。それもそうかと思う部分もあるが、やはりなんとなく納得できない部分もある。箒は思う、自分の姉とこの人は根本的に同じなのだろうと。主に、妹に対する複雑な心境に関してだが―――

 

「箒ちゃん、中距離お願い!」

「っ……了解しました!」

 

 楯無の指示にビクリと反応してから、箒はゴーレムⅢとの距離を僅かに開けた。そのレンジは正しく中距離といったところで、空裂、雨月の斬撃と牙突により生じる攻撃性エネルギーを放つ。それは次々と命中していくが、無人機は全く意に介さない。

 

 何故なら箒の役割が牽制で、本命は楯無の方だと理解しているから。読まれているのは承知の上だったが、楯無は鋭く蒼流旋を突き入れた。しかし、これに対してもエネルギーシールドを展開する様子もみえない。恐らくは、その程度の攻撃では特に意味がないと判断したのだろう。

 

「な……どれだけ固い装甲を使っているのよ!」

「楯無さん!このっ、こっちを向かないか!」

『――――――――』

 

 アクア・クリスタルで形成された槍は、微振動による掘削能力でかなりの貫通力を誇るはず。だがその自慢の貫通力もこの通り、ゴーレムⅢにとっては微動だにしない程度。接触部そのものは甲高い音を上げ、火花を散らしているのだが、ただそれだけであった。

 

 負けじと蒼流旋を突き入れる楯無だが、ギロリと無感情のバイザーがその姿を睨んだ。そう感じ取った箒は、手を緩めずにエネルギーを放ち続ける。が、ただでさえ強固な装甲なのだとすればなおさら意味のない行為にしかならなかった。そうして、ついにゴーレムⅢの右腕から眩い光が放たれてしまう。

 

「流石にタイムアップかしら!」

「な、なんと、あの状態からノータイムで逃げるのか……。……待て―――楯無さん!初めから狙いは貴女では―――」

「っ!?この、味なマネをしてくれるじゃない……!」

『――――――――』

 

 急いで蒼流旋を仕舞った楯無は、ラスティネイルに武装を切り替えた。そして伸ばした刀身をゴーレムⅢの首へ巻きつけ、支点にするようにして引っ張る。その反動を利用してゴーレムⅢの頭上へ躍り出た楯無は、危険域を脱したとみていい。そう、楯無は―――

 

 先に気づいたのは箒だった。ゴーレムⅢは楯無に狙いを定めているのではなく、同じアリーナ内とはいえ遠方で戦う一夏と簪だ。箒の焦りを隠せない叫び声を耳にした楯無は、血相を変えながら右腕へラスティネイルを巻き付ける。そして全力をもってして横へ引っ張り、なんとか射線をずらそうと試みた。

 

『一夏、簪、避けろ!』

「なに、射程圏外から!?くっ……!」

「っ…………!?」

 

 いくら楯無が必至だろうと、完全に有効範囲外から抜くのは不可能に等しい。箒が秘匿通信で攻撃の飛来を伝えれば、驚いている暇もない程に超高密度圧縮熱線が迫る。もし箒と楯無の尽力がなければ直撃していたであろうところを、間一髪のところで回避に成功。しかし、絶対防御の機能不全により僅かな熱量はダメージとして通ったようだ。

 

「う、うぅ……!」

「だいっ、丈夫か……簪……!」

「問題……ない……!」

(このままではまずいぞ、いたちごっこはまだ続く!)

 

 よくもこんな卑怯なとゴーレムⅢを睨む箒の目には、隠し切れない焦りが滲み出ていた。卑怯な戦術と感じられるということは、至極有効な手立てだと換算してよいだろう。持ち前の防御力で敵を足止めし、射程圏外より高火力の攻撃をもう一方の敵に仕掛ける。分析するに、やはり有効な手段であろう。

 

 紅椿には機動力と万能性はあれど、火力がイマイチ伸びない。こんな強固なISを一撃で仕留められるはずもなく、苦戦を強いられるのは元より必然なのだ。かといって、一夏と簪がゴーレムⅢを倒して援護できる状態になるまで持ちこたえられるか保証はない。

 

 エネルギー問題に関しては絢爛舞踏があるのでどうとでもなるが、やはり一撃貰えばアウトという状況がそうはさせてくれない。つまり、援護は期待しない方がいいということ。冷静に状況を整理すればするほど、楯無の脳内は1つの選択肢を実行せよと警鐘を鳴らす。

 

「……出し惜しみしてる暇はなさそうね」

「た、楯無さん……?」

「箒ちゃん、貴女と紅椿の力が必要なの。力を貸してちょうだい」

「……了……解……!」

 

 楯無は大きな溜息を吐くと、なにか覚悟を決めた表情を浮かべて箒を見つめた。普段の言動からは想像の着かないソレは、どこか死の覚悟すら漂わせている。本来ならばなにをするつもりか聞くべきだろう。しかし、箒は楯無の立場と役割を今一度思い出した。

 

 IS学園生徒会執行部生徒会長、それすなわち学園最強。その称号を背負いし者の義務、勤め、責任……。楯無には、生徒を守らねばならないという使命に準ずる覚悟をもってして生徒会長の座に着いているのだ。そんな心境を一瞬にして悟らせてしまうような楯無の様子に、箒は悔し気な表情を浮かべつつ従った。

 

「私はなにをすれば!」

「まずは機動力で攪乱!黒乃ちゃんに負けないくらいので頼むわよ!」

 

 支持を受けた瞬間、箒は背部展開装甲を開放。エネルギーウィングが現れ紅椿を加速させた。流石に黒乃と刹那までとはいかないが、2本の刀で一撃離脱を繰り返し、足止めとしての役割は十分に果たしているだろう。これには楯無も満足気に槍を構えそして―――

 

「突っ込むわ、そこどいて!」

「くっ……!」

 

 箒が避け切っていない状態から突進を始めたが、紅椿を宙返りさせるようにして操作。するとドンピシャで入れ替わるように楯無がゴーレムⅢ目がけて突っ込んでいく。コンビプレーとしては合格点をつけられる動きだ。しかし、やはりこれが決定打になるとは思えない。

 

「箒ちゃん、私を思い切り押すのよ!」

「は!?し、しかし―――」

「いいから早く!」

「ぐっ、ぬ……おおおおおおっ!」

 

 なんのつもりなのか、楯無は全力で我が身を押せという。その先に待つであろう反撃を想定してか、箒はそれを躊躇ってしまう。だが、全貌が見えずともチャンスを逃すことになるのは確かだ。箒は意を決すると、最大出力でエネルギーウィングを展開。楯無の背に抱き着くようにして、楯無の突きに勢いをつけた。

 

 グンッと身体が急加速する感覚に、絶対防御のない最中では苦悶の表情を浮かばせざるを得ない。だがそこは楯無の名を継ぐ者、なんのこれしきと蒼流旋を突き入れる。その槍の様子はいつもと違い、水が高速回転することによりドリルのようになっているようだ。

 

 だがまだ足りない。ゴーレムⅢの装甲を貫通するには至らない。勢いそのまま、ゴーレムⅢをアリーナの壁に叩きつけ、ドリスランスによる攻撃を継続させるが―――どうやらそれでも足りないようだ。まずいという考えが増幅する箒に対し、楯無は不敵な表情をチラつかせた。

 

「さてさて皆様お立ち台、更識 楯無の奥の手をとくとご照覧あれ!」

『――――――――』

(これは……!?)

 

 妙に芝居がかった台詞と共に、楯無は頭上に右腕を掲げた。すると、次々と水が集約されていくのが解る。これぞ楯無の奥の手―――通常時は防御用として纏っているアクア・クリスタルを一点集中。攻撃性能を持つよう運用転換する黒乃の神翼招雷系統の技とはまた違った意味の一撃必殺―――

 

「ミストルテインの槍っ!」

 

 一点集中なだけあって、通常時の非ではない超振動を引き起こす。言うなればそれは、まさに触れれば全てを破壊しつくす小さな塊。それまでなんの手ごたえも見せなかったゴーレムⅢの装甲を、抉るように削り取っていくではないか。しかも、ミストルテインの槍にはもう1つの脅威が存在する。

 

 それは水として浸透したアクア・クリスタルが起爆する性質を持つということだ。つまり、敵ISの内部で盛大に爆ぜるという、防御不能に近い特性を持つ攻撃である。欠点があるとすれば、エネルギーがオーバーフローするまでに時間がかかるというところだろうか。それすなわち―――

 

『――――――――』

「くっ、ああっ!?」

「楯無さん!」

 

 ゴーレムⅢないし、敵勢に反撃を許すということ。エネルギーの一点集中からして爆発を起こすと分析したゴーレムⅢは、やたらめったらに左腕の物理ブレードを振るう。命中率は高くないが、楯無の生身に傷を走らせることは容易い。各所から鮮血が舞い、箒の悲痛な叫び声が響く。

 

「箒ちゃん、よくやってくれたわ。貴女は展開装甲を防御に回しなさい」

「やはり貴女は……。くっ、死ぬのは許しません!貴女にはいろいろと借りがある!」

「あらあら、死ぬなんてとんでもない。お姉さんは不死身なんだから」

 

 絶対防御がない状態では自爆でしかない行動だ。それに下級生を巻き込むなど、楯無のポリシーに反する。最後に楯無は箒に身の安全を確保するよう指示すると、歯を食いしばりながらそれに従った。もとより箒は楯無にそういう覚悟を観た。ここで渋るのは、それを冒涜するに等しいという考えからだろう。

 

 手は貸したが死ぬことは許可していないと、箒は展開装甲を防御へ運用。これにより身の安全は確保されたため、楯無は安堵の表情を浮かべながらおどけてみせた。そして少し箒の方へ向けていた顔をゴーレムⅢに向き直らせ、爆発の寸前に呟くように告げる。

 

「簪ちゃんのこと、頼むわね」

「っ……!」

 

 あくまで生徒会長としてこの場で戦っている楯無だったが、やはり妹が可愛いのは外せなかったようだ。まるで遺言のような口ぶりに怒りを覚えた箒が叫ぼうとした瞬間、視界が一気に光へ包まれた。そしてミストルテインの槍発動成功を知らせるかのように、ミステリアス・レイディは大爆発を起こす。

 

「「!?」」

「箒……?楯無さん!?無事なのかよ、おい!」

「そ……んな……」

 

 突如の爆発に思わず振り向いた一夏と簪だが、紅椿とミステリアス・レイディの反応が感知できないため更に焦りが増大した。急ぎ無事を確認するために一夏が叫ぶが、向こうからの応答はない。なにより楯無が自爆したことに絶望の色を隠せないのは、実妹である簪。

 

 それが簪自身も不思議でならなかった。コンプレックスを抱いていた相手であり、死んでほしいとまでは言わないが、煩わしいと思ったことはある。だがどうだ、こうして安否が確認できないとなると戦う気力すら失せてしまうような脱力感が襲ってくるではないか。

 

 相反する2つの感情が支離滅裂に蠢き、簪はパニックを起こしてしまう。打鉄弐式の操作などままならず、ただ棒立ちのまま四散する1機のゴーレムⅢを眺めるばかり。人間と同じくして反応をしたもう1機のゴーレムⅢだが、やはりこちらのほうが早く、簪を狙って超高密度圧縮熱戦を放つ。

 

「簪ぃぃぃぃ!」

「あっ……!」

 

 あわや直撃というところで、簪を救ったのは一夏だ。白式のスラスターをフル稼働させ、タックルの要領で打鉄弐式を弾き飛ばす。自身も加速の勢いを利用して離脱し、相変わらず熱量は受けるも事なきを得た。そしてどうにもボーっとした様子の簪に声をかけようとしたとき、赤黒い光と共に巨大な柱とも例えられるなにかが点を貫く。

 

 あれは黒乃のと思うよりも先に、光の柱が前方へ向けて傾斜していく。しかし、その光はある1点にぶつかると同時に周囲へ拡散していく。次々と飛び散り飛来するエネルギーの塊は、まるで地震のように大地をゆさぶった。これには思わず、ゴーレムⅢも気を取られたように一夏たちから視線を外す。

 

(黒乃のあれが効いてないないのか!?けど、そんなことより今は……)

『――――――――』

「簪、しっかりしろ!今のままじゃ本当にみんな死んじまうぞ!」

「…………!」

 

 ゴーレムⅢは気を取られてはいるが、攻撃すれば逆に向こうもこちらへの攻撃を再開するだろう。だとするなら、優先すべきは簪をなんとか立ちなおさせることだ。声を大にして死にたいのかと叫ぶと、簪は瞳を揺るがしつつ顔を俯かせ。声を震わせながら告げた。

 

「戦え……ない……」

「簪…………」

「変なの……。あの人が……お姉ちゃんが落とされて……震えが……止まらなくて……」

 

 打鉄弐式の近接戦闘用の武装、薙刀型をした夢現を握る簪の腕は、本人の言葉通りに大きく震えていた。純粋に怖いのだろう。姉が自爆までして倒そうとした相手と、本当に自分なんかが戦えるのか。もしかしたら姉は本当に死んでしまったのかもと思うと、怖くて怖くてたまらない。

 

「そうか、なら仕方ないな。危ないかもしれないけど、どっか遠くに離れててくれ。あっ、一応だけどISは展開しておけよ」

「っ……!?責めないの……?」

「責めるかよ、家族が自爆して平気なやつなんているもんか。それによ、それって簪が楯無さんのことを大事って思ってる証拠だろ」

「…………」

「じゃ、行ってくるな!」

 

 情けないことをいっているはずなのに、アッサリ戦えない意思が通って簪はそう聞き返してしまった。そして一夏の口ぶりは、相変わらず前向きそのもの。その恐怖は楯無に対する信頼の裏返しだと伝えると、後はゴーレムⅢへ向かっていく。

 

 呆然としている間に、やがて赤黒い光が収まっていく。戦闘再開の合図としてはおあつらえ向きだと、なんだか気合の入り方も異なる。果敢にも挑む一夏の姿は、簪からは遠い遠い存在に感じられた。力を借りると決めてから、沢山の人を身近に感じていたはずなのに―――

 

(どうして……私は……!)

 

 条件は一夏だって同じようなものなのだ。先ほどの神翼招雷でとりあえずの生存は確認できたが、完全に安否が確認できないのは一夏も同じ。もしかしたら決死の一撃かも知れない。一発逆転を狙い、エネルギーの尽きかけた状態の一撃かも知れない。だとすると、黒乃は……?

 

 そんな考えが渦巻いているのは一夏だって同じということは、簪だって解っていた。それだけに、同じ条件なのに戦えない自分がなおさら情けなくて仕方ない。どうして自分は、いつも誰かの背中を眺めていることしかできないのだろう。そうやって簪は、どうしようもなく自分を追い詰めていくばかり―――

 

「うおおおおおおっ!」

「箒ぃ!無事だったか!」

「ああ、機体の再構成に手間取った。これよりは、私も共に戦うぞ!」

 

 その時、いまだ晴れぬ煙の中から真紅の機体が姿を現した。箒と紅椿である。一夏との近接戦闘を繰り広げていたゴーレムⅢへ瞬時に接近し、勢いそのまま蹴り飛ばした。生きているとは思っていても安堵がこぼれたのか、一夏は箒の姿になんともいえない歓喜を巻き起こしながらその名を呼ぶ。

 

 紅白のカラーリングであるせいか、どうにもこの2機が並ぶと絵になるというもの。だが並び立てる時間は束の間、機体の体勢を整えたゴーレムⅢは2人へ斬りかかる。刃と刃がかち合い、激闘を表現するかのように火花を散らす。そんな中、ちらりと簪を見た箒は腹の底から叫んだ。

 

「聞け、簪!」

「っ…………!?」

「あの人はいった、お前のことを頼むと!お前のことを大事に想っている証拠だろう!」

「そんなの……そんなの……!いわれなくたって……!」

 

 箒は、爆発寸前に楯無が呟いた言葉をそのまま伝えた。しかし、そんなことはいわれなくても解っていると返されてしまう。そう、言われなくても解っているのだ。楯無が、姉が、自身のことを大切に想っていることなんて。そうでなくては、まわりまわって打鉄弐式が完成することはなかっただろうから。

 

「私はな―――既にそれができんかも知れんのだ。姉が目の前で安否が解らなくなったとして、お前のようになれんかも知れんのだ!」

「箒……」

 

 黒乃も感じ取っていたように、原作以上に箒の抱く束に対する嫌悪感は深い。他ならぬ、黒乃という親友が増えた分の溝なのかも。だがそう叫ぶ箒の表情は、自分はなんという情の薄いことだという―――束に対する家族愛を匂わせる。だからこそ叫ぶ、自分のようにはなってくれるなと。

 

「簪、決して私と同じになるな!本当の気持ちを曝け出せ!本当のお前は、楯無さんを―――」

「箒、危ねぇ!」

「くっ、このっ……!なんのこれしき!」

 

 最後の最後で集中が途切れたのか、箒は数瞬だけ動きを止めた。ゴーレムⅢはそれを待っていましたといわんばかりに、防御を主とした攻めから転じて攻勢にでる。それをすかさず一夏がフォロー。必死な様子で叫んだ声は確と箒に届き、物理ブレードを防ぐことに成功した。

 

(本当の……私……)

 

 心配できるのはよいことだという旨の言葉を受け、簪は今までのことを思い起こしていた。本当の私とはなんだろう、本当の私が姉に抱く感情はなんなのだろう。劣等感?疎外感?嫌悪感?……それらが大きく、確かに存在するのは間違ってはいない。けれど、本当にそれだけだっただろうか。

 

 かつてはもっと純粋に楯無をすごい人だ、自慢の姉だ、私の超えるべき目標だと―――そう思っていたはずだ。だがいつからだろう、純粋に姉の背中を終えなくなったのは。果たして近頃の自分が眺めている背中は、本当に姉の背中だったのだろうか。

 

(違う……違う違う違う……!背中なんて……あるはずない……!)

 

 そう、背中なんて見えるはずがない。何故なら、簪が自ら背を向けていたから。同じく楯無も、簪に嫌われるのを恐れて背を向けた。これでは通じ合えるはずがない―――が、楯無はやはりいつだって妹のことが心配でならなかった。自分が背を向けているから、簪もこちらを向けないのだと。

 

 そして簪は、姉の方へ振り向く努力を全くしなかっただろうか。それはノー、断じて否。闇雲だろうと、視線の先に姉の姿がなかろうと、対抗心を燃やして足掻いていたのは振り向く努力他ならない。きっと簪は、ただ一言―――たった一言だけ、楯無の口から聞きたい言葉があっただけなのだから。

 

『流石は私の妹ね!』

(っ……お姉……ちゃん……)

 

 始まりはたったそれだけで、根本的にそれは今も変わらない。ただ簪は、楯無にそうやって褒めてほしいだけだった。自分の姉はすごい人で、そんなすごい人に誇らしげに、これが私の妹なんだぞといってほしいだけだったのに。それなのにいつしか周りの期待に抑圧され、姉と自らを比べ、そんな純粋な気持ちも忘れてしまった。

 

(お姉ちゃん……私は……!)

 

 やはりどこまでいっても本気で嫌いになれないし、大好きな姉なのだ。泣きそうな表情の簪がそう認めた瞬間、不思議と身体が軽くなるような感覚が過った。それはまるで、荷を捨てたような感覚そのもの。今の自分ならいける、この軽い体なら―――かつてのように姉の背中を視界に入れられる。そして今から始めよう―――

 

(本当の―――私を!)

 

 キッとゴーレムⅢを見据えた簪の目に、もはや迷いはない。打鉄弐式の特殊仕様であるスフィア・キーボードと呼ばれる空間投影式のコンソールを呼び出すと、両手を露出させてなにやら入力を始めた。その速度たるや、鷹丸にも引けを取らないのではと思わせるほどだ。

 

「行って!」

 

 キー入力を完成させた簪が指さしながらそう告げると、それに答えるかのように打鉄弐式の周囲に浮遊する6基のユニットの1つから、8発のミサイルが発射された。まるでミサイルは自らが意思を持つかのように複雑な飛行を見せ、一夏と箒を避けてゴーレムⅢへ全弾命中。しかも直撃寸前に背面へミサイルが回り込んだように見えた。

 

 これぞ打鉄弐式のウリともいえる装備―――山嵐である。マルチロックの際に火器管制システムを簪自身が操作し、自由自在にミサイルを制御できるという優れものだ。しかもその数、6基のユニットに8発ずつ―――計48ものミサイルを搭載している。発射の仕方によっては、それはまさに嵐を思わせるだろう。

 

「「簪!」」

「ごめんなさい……もう大丈夫……。私も戦う……皆と一緒に……皆のために……!」

 

 直撃したミサイルを目にした一夏と箒の2名は、パッと明るい表情を見せて振り返った。そんな純粋な表情を見せられた簪は、心からの言葉で自然と士気を高める。そう、誰がための力ではなく誰かのための力なのだ。自分にとってもう1人の目標が、いつもそうしているように。

 

「よっしゃ、それなら反撃開始と行こうぜ!」

「ああ!」

「うん……!」

 

 

 


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