八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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一夏&箒&簪VSゴーレムⅢ後半戦!
そして、奴がついに……。


第100話 止まらぬ歯車

「よっしゃ、それなら反撃開始と行こうぜ!」

「ああ!」

「うん……!」

 

 拳を高らかに突き上げてそう意気込む一夏だったが、特に考えがあるわけではなかった。零落白夜という力押しはあるものの、それを当てるまでが問題なのである。かといって、楯無のように特殊な業ができるようなわけでもない。しかし、ゴーレムⅢはそんなことを考えさせてくれる暇もなく―――

 

『――――――――』

「むうっ……狙いは私か!?」

(恐らく……絢爛舞踏を潰しに……)

 

 ゴーレムⅢが右腕を向けた先は、清々しいほどに箒の方だ。こうも露骨に狙われては立ち止まるわけにはいかず、熱量による生身へのダメージも考慮してか大げさなほどの回避行動を取る。これを絢爛舞踏を無効化するためだと簪は読むが、その予想はドンピシャだ。

 

 その気になれば無限に戦い続けられるであろう能力を、専用機3機を前にして残しておくメリットなどなにもない。エネルギー増幅の前に接触しなければならないという特性を利用できないでもないが、そんなことをするくらいなら落とした方が楽だろう。

 

(このままじゃ箒が!)

「2人とも、私にかまうな!むしろ囮に使うくらいのつもりでいいぞ!」

「……解った、なにか考える!」

 

 集中攻撃をされてしまうのは苦しい。いずれ箒が落とされてしまうのも時間の問題かと一夏が援護に向かおうとすると、それを止めたのは本人だ。ゴーレムⅢを倒すには策を労する必要があるというのは、まず間違いなく全員の共通認識。向こうが自分を狙ってくるのならと、箒は自ら囮の役割を買って出た。

 

 それに了解した一夏だが、極めて苦手である作戦を立てるという行為に頭を悩ませる。もとより白式に作戦を立てる必要などなく、最悪近づいて零落白夜でどうにでもなるからだろう。ああでもない、こうでもないといろいろ考えてみるが、どれもがいい考えとは評価できそうもなく―――

 

「1つ考えがある……」

「ほ、本当か!?ならそれで行くしかなさそうだな……」

「うん……。ただ、完全に私の足が止まる……。だから貴方も……」

「囮、だな。任せろ、考えるよりはよっぽど得意だ!」

 

 タイミングのいいことに、考えがあると簪が口を開いた。こんな状況ではあるものの、一夏は少しばかり助かったと思ってしまう。まだ簪の策とやらについて詳しく聞いていないにも関わらず、それに乗る旨を伝えた。まだなにも説明してない……と思う簪だったが、どちらにせよ箒にも伝えねばならないためそこは纏めて秘匿通信で済ませる。

 

『……なるほどな、使用頻度が少ないせいか見落としていたぞ』

『けど簪の分析通りなら!』

『確実に……やれるはず……!』

 

 簪の策とはゴーレムⅢのある習性、もとい特性を利用してやろうというものだった。これに箒は感心を示し、一夏は今度こそ根拠ありきでやれると確信を得た。しかも自らの言葉に続きつつ、簪から確実という前向きな台詞が出たことに歓喜を覚える。

 

『スタートの合図はお前だ、簪!』

『ああ、私たちはそれに従おう』

『……了解。ふぅ~……それじゃあ……スタート……!』

 

 士気を上げるためか、それとも自分が興奮を抑えられないのかは不明だが、一夏は楽しそうな様子で作戦開始の合図を簪に任せた。作戦を立てたのは簪であるため、箒もそれに迷いもなく同意。そして合図を任された簪は、深い呼吸を見せたのち、スフィア・キーボード8枚をフルオープン。両手両足を露出させ、スタートの合図とともに入力を始めた。

 

「うおらぁ!」

「せぇぇぇぇい!」

『――――――――』

 

 すると先ほどのまでの回避重視が嘘のように、一夏と箒はガムシャラにゴーレムⅢへ斬りかかる。これには違和感をぬぐい切れないが、特に気にした様子は見せず。左腕の物理ブレードで受けるか、持ち前の装甲で受けるかを繰り返すゴーレムⅢが気になるのは、むしろ簪の方だった。

 

「…………!」

 

 こちらはその気になれば一撃で仕留められる。それなのに簪はといえば、鬼気迫る様子でスフィア・キーボードをタイピングするばかり。一撃で死ぬかもしれない状況で足を止めてまでだ。恐らくはそれだけ複雑な物理演算をしているのだろうが、それほどの価値が本当に……?

 

 ミサイル8発の直撃を受けたが、残存している40発を全て同時直撃させられることはまずない。落とせると思っていると考えるのがベターだが、ゴーレムⅢの様子からするにそれは不可能だと理解しているはず。そしてゴーレムⅢが下した判断は、やはり簪が怪しいというものであったが―――

 

「まだまだぁ!」

「一気呵成に攻める!」

『――――――――』

 

 鬱陶しいほどに一夏と箒が前に出てくる。それこそが、なによりゴーレムⅢに簪が怪しいと判断させる要因だった。気をそらす目的ではなく、初めから見抜かれるという前提での行動だろう。もし簪から気をそらそうというのなら、この2人の攻め方はあまりにも不自然なうえにお粗末だ。

 

 だからこそ、簪にターゲットを変えようとするゴーレムⅢだが、これがなかなか上手くいかない。それほどまでに一夏と箒が張り付いて離れないのだ。かといって、エネルギーシールドを使うわけでもない。さて、ならばどうするかとAIが最適な答えを導きだそうと画策していると―――

 

「完了……!2人とも……離れて……!」

「「了解!」」

「シュート……!」

 

 簪が演算を終えるほうが早く、2人に下がるよう指示を出した。急に興味を失ったかのように2人が近接の間合いから外れると、残った40発のミサイルが全て発射される。やはりその動きは複雑だが、ある程度は統率が取れているだけにコースは読みやすい。

 

 40発のミサイルは10発ずつ、4つの編隊に分かれてゴーレムⅢへ迫る。直撃前に全てを撃墜されてしまわないようにする目的だろうが、だとしたら少し甘い。ゴーレムⅢは右腕を前方に掲げると、超高密度圧縮熱戦を薙ぎ払うように発射した。

 

 それに触れたミサイルは当然のように爆発を起こし、今の一撃で大半のミサイルが落とされてしまった。だが、そこは照射型の兵器なだけあって隙は大きい。チャージした熱戦を吐き切ったゴーレムⅢは、残った約20発のミサイルはエネルギーシールドを展開することで防ぐことを選んだ。しかし―――

 

「やっぱお前ってすげぇよ……簪!」

『――――――!?』

 

 爆発音を響かせながらエネルギーシールドへミサイルが直撃する最中、その背後には一夏が雪片を大きく構えながら控えていた。ミサイルの撃墜、防御に気を取られていたというのもあるが、これぞ簪が立てた策を実行した結果であるといえよう。

 

 これまでの傾向をみるに、ゴーレムⅢはエネルギーシールド展開中は極端に移動しなくなる。それはもはや棒立ちともとっていいほどだ。更に、防御しながら攻撃に出ることはまったくなかった。つまり、エネルギーシールドを展開させて足止めをしてしまえば、ゴーレムⅢは限りなく隙だらけということ。

 

 実際に作戦を実行した結果がこれだ、だいたいは簪の読み通りだったということだろう。エネルギーシールドは未だ展開中で、ミサイルも全弾受けきってはいない。しかし、そちらに集中するなら零落白夜で斬り伏せられて終る。だとすると、ゴーレムⅢが選んだのは―――

 

『―――――――!』

「なにっ……!?」

(その手があったにはあった……けど……!)

 

 なんとゴーレムⅢは、エネルギーシールドを消失させミサイルを自らの装甲で受けていく。いくら強固とはいえ、未だ10数発残るミサイルを全て受けるのは手痛いだろう。だが零落白夜を喰らえば確実に斬り裂かれる。よって、多少のリスクを背負おうとも一夏を殺りにきたのだ。

 

 右腕の超高密度圧縮熱線のチャージを開始し、今にも照準で一夏を捉えそうだ。一応白式には雪羅の盾があるが、やはりそれは絶対防御があるから機能するもの。熱線の熱量までは防ぎ切れないし、受けたとすれば火傷が要因で命を落とす可能性も考えられる。そんな一夏の生と死の境を目の当たりにする中、安全圏に身を置いた箒は相当悔しそうだ。

 

(くっ、私はなにもできないのか!?)

 

 紅椿にはゴーレムⅢを仕留められるような武装はない。だからこそ囮と足止めの役割を果たした箒は、こうして下がるように簪から指令が下ったのだ。なにをと反論しそうになるが、決して間違ったことはいっていない。故に箒は大人しく引き下がったのだが、こうして無力を味わうに至る。

 

(親友の愛した男の手助けくらい私にさせずになんとする……。そうではないのか、紅椿!)

 

 一夏に対する未練はもうないが、それを抜いても良い友人であり、親友の愛する男なのだ。黒乃の一番の友を自称する箒にとっては、ここで一夏を無事に返さねば申し訳が立たない。そんな箒の想いに呼応するかのように、紅椿の音声システムがなにかを告げているではないか。

 

(出力可変ブラスター?穿千?……ええい、まどろっこしい!とにかく今は―――考えている暇ではない!)

 

 紅椿は箒の経験値が一定を越えたことにより、新たな可変機甲をアンロックしたといっている。装備の詳細はウィンドウに表示されているが、読んでいる暇はないとそれをかき消した。だいだいそんなもの聞く必要も読む必要もない。何故なら、初めから穿千がどういうものか理解できるから。

 

 大出力射撃武装のため、PICを機体安定のために調整しなければまるで当たらないこと。展開装甲が変形し、両肩2門の兵器であること―――全てが手に取るように。理解しがたい事だが、それこそ考えている暇はない。箒は狙撃用のスコープを呼び出すと、ターゲットを中央に固定。そして―――

 

「文字通り穿て―――紅椿いいいいいいっ!」

『――――!?!?』

「箒か!?それは―――」

 

 咆哮と共に箒がトリガーを引くと、展開装甲に用いられているのと同様に真紅のエネルギーが放たれる。その威力を示すかのように、大地を焼き払いながら一直線に無人機目がけて伸びていく。箒が狙ったのはゴーレムⅢの左腕。威力はあるのに完璧な射撃、見事にゴーレムⅢの左腕のみを吹き飛ばした。

 

「いつも通りだ、美味しいところは持っていけ!」

「お願い……終わりにして……!」

「ああ、問題ねぇよ。だって俺は、最初から俺は、コイツを倒して黒乃を迎えに行くことしか―――」

『――――!!!!』

「考えちゃいねぇんだよぉぉぉぉおおおおっ!」

 

 左腕を喪った無人機はバランスを崩し、一夏に熱線を喰らわすどころではなくなってしまう。こうなれば後は王手をかけるのみ。そう確信した箒は皮肉るように、簪は祈るように最後の一撃を託した。期待に応えるように一夏は零落白夜を発動。頭上に掲げた雪片弐型が凄まじい勢いで青白い刃を形成する。

 

 そうして黒乃への思いの丈を述べながら最大出力の雪片を振るう。まるでこれまでの頑丈っぷりが嘘かのように、ゴーレムⅢの装甲は頭の先から股まで真っ二つ。そして重力に従い地表へ落下するまでに、しばらくバチバチと電撃を発してから大爆発。この光景は誰が見ようと―――

 

「勝っ……た……?私たちが……勝った……?」

「うむ、簪の作戦のおかげで完全勝利だ!とはいえ、楯無さんを探さねばな……」

「おーい、楯無さーん!生きてるか?!」

 

 自分たちの勝利が信じられないようにそう呟く簪だが、お前が居てくれたから勝てたのだという箒の言葉に少し頬を綻ばせた。しかし、それよりも肝心なのは楯無の安否である。あちこちで土煙が未だ舞い上がっているような状態のため、ハイパーセンサーありきでも視認は困難。

 

 そこで一夏は楯無へ向けて呼びかけてみるが、特に返事らしい返事はない。むしろ静寂が過ってしまう。これには3人の表情にも陰りがみえ、楯無の死亡を疑い始めたその時だ。耳をすませば、かすかかながらになにかが聞こえる。もしやと顔を見合わせ、そこへ移動してみると―――

 

『ちょっと、誰か聞こえてるー?』

「楯無さん、無事だったか!」

『あら、箒ちゃんこそ。っていうかー、ぶっちゃけ私は無事でもないって感じ?』

 

 そこにはひと1人分くらいの様子でアリーナの壁が積み重なっており、楯無はその下の隙間にて存命しているようだ。壁の残骸がパズルのように積み重なることで、奇跡的に押しつぶされずに済んだのだろう。運も実力のうちというが、やはり楯無はなにか持っている気がしてならない。

 

「しかしこれは、どうやって助け出せばいいんだ……?」

『それなら簡単、ラウラちゃん呼んで来て。瓦礫の天辺を吹き飛ばした瞬間に―――』

「瓦礫だけにAICか!了解、すぐに援護を―――」

『待ちなさいってば、あの子たちは高確率で私たちより先に仕留めてるわよ』

 

 いつでも2対2の試合を始められるように準備していたとすると、向こうのアリーナには代表候補生4名が居たことになる。となれば、楯無が国家代表だったとしても総合的な戦力は彼女らの方が上回っているはず。逆に向こうが援護に訪れないのは、なにか別の理由があるのだろう。

 

『だから一夏くん、貴方は黒乃ちゃんのところに行ってあげて。いいたくないけど、なんか胸騒ぎがするの……』

「私も同意見だ。一夏、お前は黒乃に必要な男なのだからな」

「私からもお願い……。黒乃様を助けてあげて……」

「皆……。……ああ、解った!必ず黒乃と戻ってくる。箒、絢爛舞踏の用意を頼む」

 

 一夏たちは勝った、海外代表候補生組も勝った。あと勝ちが確認できていないとするなら黒乃のみ。ゴーレムⅢ撃破時に黒乃を助けることしか考えていないと叫んだ一夏だが、なにもその心情を違えるつもりはない。ただ、こういう状況で皆を無視するような行為は黒乃に怒られてしまうであろうという考えからだった。

 

 しかし、本人たちの了承が得られたのなら話が早い。一夏は急ぎ飛び立ちながら箒に絢爛舞踏の用意を頼む。手っ取り早くアリーナのシールドを零落白夜で斬り裂くためだろう。一夏の意図を理解した箒は、少し後をついていくような形で飛び立つ。そして、残されたのは更識姉妹であった。

 

『……その~……簪ちゃん』

「なに……」

『ラウラちゃん待ってる間、話せない……かしら。ここ、窮屈で心細くって』

「うん、解った……。今は姿も見えないし話しやすい……」

『そ、そう……ありがと。それじゃ―――』

 

 一瞬だけ気まずい空気が流れるが、意を決したように楯無の方から話しかけた。いつも通り抑揚のない簪の口調は感情が読みずらいため、どうか拒否されませんようにと言葉を紡いでいく。だが半分は無視されるくらいのつもりで声をかけたというのはある。その方が、自分に返るダメージも少ないだろうと。

 

 しかし、予想に反して簪はそれを受け入れてくれた。前述したとおりに感情は読み取りづらい。だから快くか渋々かなんて解りはしない―――のだが、楯無は脳内で花畑を描くくらいに歓喜していた。それは全く表に出さないあたりは流石といったところだろう。

 

 なんてことはない、なにも恐れることはない。何故なら、2人の向いている方向は同じなのだから。それは物理的にともいえるし、心理的にともいえる。やがてはどちらもが姉妹のありかたというのを思い出すことだろう。それはきっと、目と鼻の先くらいの話にちがいない―――

 

 

 

 

 

 

『終わった~!あ゛~……しんどっ』

『ほぼ2対4の状況とはいえ、シャルロットが居て助かったな』

『そんな、僕なんてグレースケールで止めを刺しただけだよ』

『……2機とも頭部がぺしゃんこなのが恐ろしいのでしてよ、シャルロットさん?』

「第2アリーナ、無人機の反応のロストを確認!やりました!」

 

 時間としては一夏たちがゴーレムⅢを撃墜する少し前といったところだろうか。教師陣が閉じ込められている指令室のモニターにて、鈴音たちが無事に敵機を退けた報告が真耶の口から放たれた。それを耳にした他の教師たちも、小さく良しと呟き控えめに拳を握った。

 

 しかし、千冬の険しい表情は変わらなかった。既に楯無が被害を受けているからというのもあるだろうが、やはりイベントごとにこうしてトラブルが発生することが解せないのであろう。そんな訝しむような視線の先にあるのは、当然ながら鷹丸の姿である。

 

「おい、ロックの解除はまだ終わらんのか」

「この数式配列のパターンは―――いや、だとしたら―――」

「織斑先生、ここは近江先生を信じて待ちましょう」

 

 解せないからこそ質問を投げかけたが、鷹丸はブツブツと呟きながらコンソールを操作するばかり。よほど集中しているのか、顔中に流した汗も気にする様子はみせない。普通ならば、真耶のような反応を見せるがまず正解だろう。だが千冬には、ある意味これも解せないでいる。

 

 毎度のことながら、鷹丸は必死に発生したトラブルを解決させようと尽力しているようにみえる。どうにも演技のようには感じられないし、そういう小手先を使うくらいなら別の方法をとるはず。つまり真剣に取り組んでいる裏付けになるのだが、やはり真意などみえるはずもなく時間だけが過ぎていく。

 

「っはぁ~……飛び切り難解なのを用意してくれちゃって。ま、今回の場合は有り難かったのかな―――」

「近江先生、作業が完了したんですね!」

「ああ、山田先生。ええ、全部終わりました。ぜ~んぶ、ね」

 

 すると、鷹丸がコンソールから数歩離れた。そして指をポキポキと鳴らし、グーッと大きく背伸び。その様はまさにひと仕事を終えたという風体で、それを察した真耶は尊敬と労いの入り混じったような声色で鷹丸の名を呼ぶ。すると振り返った鷹丸がみせたのは、なにかいつもと毛色の違うニヤけた顔で―――

 

『システムエラー発生!システムエラー発生!』

「え……?が、学園のあらゆる機能―—―こちらの干渉を受け付けません!」

 

 突如として警報が鳴り響き、真耶たちが見ていたモニターもブラックアウト。それどころか、あらゆる設備がロックのかかったまま作動を停止してしまった。つまり、アリーナもなにもかも、ここは学園という名の牢獄に変わってしまったということ。

 

「なんだと!?近江、やはり貴様!」

「ははっ、やだなぁ。だからいったじゃないですか、全部終わりましたって」

 

 先ほどから疑いの目を向けていただけに、誰のせいかなんてのは想像がつく。千冬は怒気を孕んだ眼差しで鷹丸を見据えるが、全く堪えた様子は見せない。それどころかいつも通りにあっけらかんとした調子で、だから全部終わったといったのだと告げる。

 

「解るように説明しろ!」

「僕がこの学園ですべきことは今ので最後ってことですね。彼女とType Fの戦闘はこの目で見届けないと」

「タイプエフ……?藤堂と交戦している無人機のことか!?」

「そうですね、名付けてゴーレムType F!Fはファルコンの意でして、個人的に鷹に関連する名前は親近感が湧きますからねぇ」

 

 今ので最後ということは、この学園にあらゆる人物を拘束し、タイプエフとやらと黒乃の戦闘を見届けられる状態にするという解釈でいいのだろう。あまりにあっさりとした白状の仕方に、この場の面子ほとんどはどうしてよいのか解らないといった風に顔を見合わせる。

 

「そ、そんな……!?近江先生、どうしてこんな―――」

「おっと、そこから先は言いっこなしですよ。それほどナンセンスな質問はない。僕の思惑なんて、世でいう普通ってところにカテゴライズされることで安心感を得ている人達には理解できませんよ」

 

 もとより純粋な女性であり、心から鷹丸を信頼しきっていた真耶にはショックの大きいできごとのようだ。声を震わせ、目元を潤ませ、どうしてこんなことをするのだと問う。正確には途中で遮られてしまったが、早い話が言うだけ無駄という回答で真耶を寄せ付けない。

 

「ならばこちらは答えてもらおう。これまでの事件への関与は!」

「あ~……説明が難しいですねぇ。まぁ、少なからず関与していると思っていただければ」

「……事件に真摯に取り組んでいたのは演技だったと?」

「いえいえ、あれは本気ですよ。だってなんか負けた気分になるじゃないですか」

 

 鷹丸と束の協力関係はかなり古くからのものだ。ゴーレムの制作には手を貸しているし、黒乃の交戦した忍者型ISに至っては全て鷹丸が手掛けている。学園祭やキャノンボール・ファストのように亡国機業が関わるものは完全にシロとして、自ら主導はしていないというのが正確な答えだろうか。

 

 そして今までクラッキング等で本気の様子を見せていたのは、単純に束に負けた気になるからというもの。最初のゴーレムの際こそ挑戦的ではなかったものの、あの後で感想を求められたことが鷹丸へ火を着けた。以後、対抗意識ゆえに自然と本気の様子が露呈していただけのことらしい。

 

 いつもは束がシステムを妨害する行為をしていたが、今回はその逆パターンだったのだろう。つまり、先ほどまでの鷹丸は束の防御プログラムを破壊しにかかっていたのだ。束が手加減をした可能性は捨てきれないが、鷹丸に軍配が上がった故に学園のシステムが掌握されたのだろう。

 

「……まぁいい、他の場所でもっとゆっくり話を聞こう。近江、大人しく捕まり罪を償え」

「…………ブッ!クッ……ハハハ……!アッハッハッハッハッハ!」

「貴様、なにがおかしい!」

「これが笑わずにいられますか!まさに模範解答―――罪?償う?面白いことをいいますねぇ!」

 

 ごく当たり前のことのようにシレッとした態度の語り口に、千冬はある程度の諦めのようなものを感じた。とはいえ教師陣がひしめくこの状況に変わりはないと、鷹丸に投降を促す。場の空気は真剣そのものだ。しかし、それに反するかのように鷹丸は大きな笑い声をあげた。

 

 千冬の言葉は冗談ではない。鷹丸もそれを理解している。だからこそ笑わずにはいられないのだ。腹を抱え、天を仰ぐようにしてしばらく笑い続けた鷹丸は、目元にたまった涙を拭いながら千冬に言葉を返し始める。なにをもってしての爆笑だったのかを―――

 

「この際だからはっきりいっておきましょうか、自らの正当性を押し付けることほど愚かしいことはないですよ。まるで貴女の言い分は自らが正義だといっているようなものだ」

「では貴様に正義があると?そちらの方がよほど愚かしい」

「まさか、僕が正義だなんてとんでもない。けど半分は正解ですかねぇ。織斑先生、この世に正義と悪なんて初めから存在しないんですよ」

 

 鷹丸に好きという感情はあれど、嫌いというものはなかなかない。強いて言うのなら退屈、だろうか。この男にとって最も忌避すべきものはそれで、退屈さえしなければなんでもよいのだ。しかし、千冬の罪を償えという発言はしっかりこれに該当する。だからこそ鷹丸は次々と言葉を紡ぐ。

 

「正当性なんてのは価値観の問題です。例えば貴女方から観れば醜い景色があったとしましょう、僕にとってはそれが綺麗な景色で、逆もまたしかり。だとして、皆さんに僕が綺麗と信じる景色を醜いと断じる権利が果たしてあるのでしょうか」

「…………」

「おや、答えられませんか?ならば代わりにお答えしましょう。そんな権利はあるはずないんですよ!己の信じる物事や確固たる信念を他人に捻じ曲げる権利なんてあっていいはずがない!」

 

 それは醜い絵だといわれ、それを肯定し他人に正当性をゆだねる人間。要するに自分がない者なんていうのは、鷹丸からすれば虫唾が走るほど退屈な人間だ。だが残念なことに、特に日本ではそういった人間がひしめいている。その点から言わせれば、鷹丸にとってIS学園はよい刺激の得られる場所だった。

 

 一夏や黒乃を始めとした専用機持ちたち―――自分たちの思うとおりに、間違ったことと思ったことには全力でノーといえる子供たち。一夏たちをみて鷹丸は見習わねばと思ったほどだ。だからこそ鷹丸も、己の道を貫き通すことを選んだ。だからこそ―――

 

「罪……罪ねぇ、ハハハ……!悪いと思っていてここまでできると思いますか?!それを理解してないから投降なんかを持ち掛けてくるんですよねぇ。ナンセンス、実にナンセンスですよ!アハハハハハ!問答無用で息の根止めにかかればいいものを……」

「っ!?動くな近江―――」

「さて皆さん、短い間ですけどお世話になりました。貴女方との日々も楽しくはありましたよ、一応はね」

 

 こみあげてくる可笑しさを抑えられないような、これは滑稽だとでも言わんばかりの笑い声だった。主にそれは千冬に向けられているのだろう。いわれている本人は言葉や態度に特に思うことはなく、こいつは元からこういう奴だくらいの認識らしい。しかし、それだけに注意深く観察するのを怠らなかった。

 

 向こうもそれはわかっているだろうに、白衣の胸のポケットからシャープペンシルらしきものを1本弄びながら取り出した。その時点で全力で止めにかかった千冬だが、鷹丸の方が早かったらしい。鷹丸がシャープペンシルのノック部分をカチリと押すと、閃光と大音量が炸裂した。

 

 恐らくはこうなることを予見し、以前から閃光弾のようななにかを仕込んでおいたのだろう。そしてシャープペンシルはそれを装った差動装置といったところか。キーンという耳鳴りと残光は徐々に収まっていくが、既にその場に鷹丸の姿はない。扉のロックはそのままだが、1度解除してまたかけたとみるのが自然だ。いや、鷹丸のことだからもっと頑丈になっているかも。

 

(クソッ、一夏!黒乃を守ってやってくれ……!)

 

 鷹丸の目的はあくまで黒乃ということが本人の口から聞かされた。あの口ぶりからして本気でやるつもりだというのも見て取れる。しかし、この状況を鑑みるに、弟へ全てを託すしかできない。悔しさからか千冬は手を握るが、爪が掌へと食い込み血が滲み床へ滴り落ちるばかり―――

 

 

 




ここで鷹丸は学園サイドから離脱です。
かといって出番が減るというほどでもありませんが。

さて、次週で黒乃VSゴーレム Type Fも決着です。
とはいえ、作者としてはついにこの瞬間が来てしまったかといった感じですけど。

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