八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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お待たせしました。
黒乃の真意を解き明かして参りましょう。


第103話 藤堂 黒乃Ⅱ

「黒乃ちゃん……キミは、死ぬつもりだったんじゃないかな……?」

「……プッ…………!アハッ、アハハハ!なにをいいだすかと思えば、そんなのあり得るわけ―――」

「……無理しなくていいよ、私にはもう全部みえたから。そのキャラだって似合いもしてないし……」

 

 そうやって問いかけはしたけど、一発で認めてくれるはずもないか。黒乃ちゃんは心底から私のことが愚かしくて仕方ないような笑い声を上げるが、もはやその姿は滑稽にしか映らない。逆に、必死に取り繕っているようにしか見えないんだ。

 

「じゃあなに、どうしてそんな結論になったか聞かせてよ!?」

「ん、そうだね……まず結論をもう少し形を変えなきゃ……。正確にいえば、キミは私に自分を殺させるつもりだった」

 

 ムキになったような金切り声が響く。これは逆上したフリで、内心ではものすごく焦っているんだろう。なぜって、やっぱり私の言葉が正解だからだ。朦朧とする意識の最中、ズビシと黒乃ちゃんへ人差し指を向け、いざ謎解きといこう。

 

「1つ。キミは復讐の為に私をいたぶるっていう名目で攻撃を仕掛けてたわけだ」

「そうだよ、貴方が憎くて仕方ないから―――」

「じゃあ聞こうか、どうして出現させたのは刃物のみなの?」

 

 私の罪は長きにわたり彼女の人生を勝手に過ごしたということだ。しかもその間に私とイッチーは結ばれ、初めての物事をいろいろとこなしてしまっている。肉体という入れ物は同じながら、これはいわゆる寝取りに近い行為だろう。私の罪状をそれだと仮定するのなら、黒乃ちゃんは随分と甘い、温い。

 

 勿論だが、私の右頬だっておおごとだよ?けど、こういうときは女の人の方が怖いってことを私は知っている。もし心底から私を痛めつけたいのだったら、本物の拷問器具なりなんなりを出現させてくるはずだ。この世界というか、この空間ではそれが可能なのだから。

 

 もしくは説明なしに一気に殺すか……かな。ぶっちゃけ、頭から説明するメリットが黒乃ちゃんにはなに1つ存在しない。だから私に自分を殺せばどうにかなるという推理に必要なパーツを渡す必要がどうしてもあったのだろう。つまり―――

 

「そ、れは……だから―――」

「2つ。自害の選択を迫る―――これもいい演出だったかもしれないね。けどさ、この状況で相手に刃物を渡すかな?」

 

 黒乃ちゃんは、自分の握っていた紅雨をわざわざ私に渡したのだ。あの時翠雨は私のふとももに突き刺さったままで、最初に出現させた日本刀はあんな遠くに放置したまま。再度いおう、黒乃ちゃんはそんな状況でわざわざ、私に所持していた紅雨を渡した。

 

 自決用だといわれて違和感に気が付けなかったがこれはおかしい。だって、紅雨を渡してしまったら丸腰に等しいんだよ?ましてや数秒前まで拷問してた相手に唯一の武器を渡すかね。もし私がそれで反撃に出たらどうするつもりだったのか。紅雨で黒乃ちゃんの左胸を突き刺してしまえばそれで終いだ。

 

 1つ目の理由とも連立的に仮説を立てることも可能だろう。よく考えれば、復讐したい相手に自決なんて迫らない。だってそれはある種の慈悲だろうから。殺したいっていってんだから自分の手で殺すでしょ。それも苦しみに苦しませて、どこまでも惨く、みじめに―――

 

「最初から反撃の手段なんて考える必要がなかったんだよね。私が逆上して反撃に出れば、キミの目的はそれで達成されたんだから」

「避けるつもりがなかったって、刺されるつもりだったっていいたいの!?さっきから……私の心を読んでるみたいな口ぶりして!だったらその根拠はなに、私が貴方に殺される気でいたって思う根拠は!?」

「……3つ。そうだなぁ……この理由だけは少し、論理的ではないかも。だから―――」

 

 これが最たる理由というか、これが解ったから1つ目の理由と2つ目の理由がフッと浮かんだんだけど……。う~ん困ったな、確信は得たのに口だけで認めてくれる気がしない。仕方がないけど、理由も交えて実演するしかないだろう。だから私は、紅雨の刃を力強く握り―――ゆっくりと横へスライド出せた。

 

「う゛っ!?うぅっ、ぐうぅ~……!」

「なにを……いったいなんのつもりなの!」

「うん……やっぱり……」

 

 翠雨を引き抜いた時の反応はイマイチだったが、今ので本当の本当に確信を得たぞ。ポタポタと血が掌から滴り落ち、切れた部分は焼けるように熱い。あぁ……苦しいな、苦しくて苦しくて仕方ないよ。ただそれは、痛いから苦しいだけじゃない。今、私の胸の宿るこの苦しみの正体は―――

 

「痛いんだ……身体じゃなくて、心が……。キミが私を傷つける度、私が私を傷つける度に……心が痛くて、辛くて、悲しいんだよ……」

「そんなこと……そんなことない!いったでしょ、貴方に私のなにが―――」

「解かるよ。きっとキミがいった通りに―――私は、キミだから」

「…………っ!?」

 

 ずっと1つの身体に2つの魂が混在していた。そのせいか、私たちにはシンクロ現象が起きているんだと思う。相手のことが手に取るように―――とまでいわないけど、ある程度の気持ちくらいは伝わってくるんじゃないかって。だから、そう―――私の苦しみは、黒乃ちゃんの哀しみ。

 

 黒乃ちゃんは明るく快活で、人を思いやり、いたわることができ、他人の為に泣いてあげられるような……そんな女の子なんだと思う。だから、私を傷つけるのが嫌だった。私に酷いことをいうのが嫌だった。こんな酷いことをしてごめんなさいって、黒乃ちゃんはずっと泣いていたんだ。それなのに―――

 

「……ごめん、ごめんね……。キミは覚悟を決めたんだよね、私に殺されることで……完全に消えちゃう覚悟を。それなのに、私は……自分で死ぬ勇気も、キミを殺す勇気も……なくて……!」

「……止めてよ…………謝らないでよ……。せっかく、いろいろ覚悟ができたのに……そんなこといわれたら、私……私……!う……ううっ……うわああああああああああっ!」

 

 なんで黒乃ちゃんが私に殺されることを望んだか。それは、私に完全に身体を譲るつもりだったのだろう。なおかつ、黒乃ちゃんは自害を許されていないはず。私と一緒で、神の行動制限かなにかで―――だ。だからこうやって、やりたくないようなこともやってまで……。

 

 それなのに、それが解ったはずなのに、私は黒乃ちゃんの悲しみに共鳴してただ泣くことしかできない。ここで黒乃ちゃんを殺してあげることこそ、精神の奥へ追いやられる苦しみから解放してあげることのはずなのに。自分の情けなさに涙を流していると、同じく黒乃ちゃんもその場へ泣き崩れた。

 

「……きっかけは、ふとした拍子だったよね……」

「夏休みのあの日……」

「そう……。あれより前、私を取り巻く環境はただ闇だった……と思う。寝てる状態と同じかな」

 

 2人して泣き続けることしばらく、鼻声のままながら黒乃ちゃんがポツポツと語り出した。耳を傾ける限りでは、私に抑制されている間のことを話しているようだ。しかし、夏休みまでの間は本人からしてもほぼ無意識の状態に近かったということらしい。

 

「そのあと、私はずっとこの空間にいたの。たまーに外の様子……貴方の様子を覗いてみたりして過ごしてた」

「それで、学園祭の時も……」

「アレは本当に私の意志じゃなかったから驚いたよー」

 

 つまりあの入れ替わりを皮切りにして、黒乃ちゃんの自我が再生したとみていいのだろう。もしかすると、それまでは傷ついた魂が時間をかけて修復されていたのかも。けど、数か月にわたってこんな場所に閉じ込めちゃってたことには変わりないんだよね……。

 

「あの、やっぱり原因は―――」

「……貴方の魂が薄れてきてるから。脅すつもりじゃないけど、自分の姿をもっとよく見てみて……」

「……っ!?は、はは……気が付かなかったな、少しブレてるや……」

 

 私が恐る恐る黒乃ちゃんに問いかけると、彼女は重く静かに首を頷かせた。やはりそこが肯定されてしまうのは残念だな。いや、それで済んでいるならまだよかった。黒乃ちゃんに促されて掌を凝視すると、確かに定期的にノイズのようなものが走って自分の姿がブレてるじゃないか。

 

「この現象はね、1つの身体に2つの魂が存在しているからなんだって。それで、貴方は元を正せば別の魂だから―――」

「先に消えるのは私の方からってことな」

 

 例えばだが、水を淹れる器があったとしよう。その器が黒乃ちゃんの肉体とするなら、私たちの魂が水だ。元から黒乃ちゃんの肉体には、黒乃ちゃんの魂しか入りきらない。そこへもってつけて私の魂も淹れようとしたらどうなるか、そんなもの簡単に解かるだろう。器から水が溢れ出てしまうのがオチである。

 

 そして凄まじく都合のいいことに、溢れ出るのは私の魂のみ。黒乃ちゃんの魂と肉体は一致した存在、最初からセットなんだから微動だにしない。そう考えれば、私の状況にも簡単に説明がつく。それはそうだ、私は余剰分でしかないのだから。

 

「けど、貴方が消えないで済む方法が1つだけあったの」

「……キミの魂が死ぬこと?」

「…………うん。貴方の魂は長期にわたって私の身体に定着したから、仮に私が消えれば問題なく私の身体に留まることができるって」

 

 こちらはネジに例えるのがいいかも。さっきもいったが、黒乃ちゃんの身体と魂はセットだ。なにもしなくたって、雄ネジと雌ネジがカッチリとハマる。一方の私だが、そもそも他人なのだからハマっていいはずもない。……のだが、無理矢理にでもはめようとしたら―――歪ながらも結合しちゃったってところだろ。

 

「だから私は、貴方に身体を渡すって決めたの。……全部あの人たちの思い通りにさせたくなかったから」

「あの人たちって、まさか……!?」

「貴方が神様っていってた人たちだよ。私たちの人生を弄んだ元凶ってやつ」

 

 やけに詳しいというか、詳し過ぎるくらいと思ったらそういうことだったのか。恐らく黒乃ちゃんは、この空間に閉じ込められると同時にこう唆されたのだろう。自分の身体を取り戻したくはないか、と。あ、あのファッキンゴッドどもめ、こんな純真な少女すらショーの一環として利用しようとするなんて!

 

「あの人たち、私たちを殺し合わせたかったんだろうね」

「……あながちそれに近いものにはなってたけども」

「そ、それは言わないお約束―――って、お兄さん、傷が治ってない?」

「ああ、うん、認知と概念をちょっくら操ってみたのさ」

 

 ブスッとしながら趣味が悪いとでもいいたげな黒乃ちゃんに対し、思わず愚痴をこぼすようにそんな言葉が漏れてしまった。向こうは少し顔を紅くして反論しようとしたみたいだけど、私の顔を見た途端に聞きたいことが変わったらしい。

 

 時間が経てば自然治癒で傷はなくなるわけだ、これが認知。でもって、この空間の時間という概念を弄って時を進めてみた。おかげで私の傷は完全とはいえないながら、とりあえず血が流れ出るということはない。端的にそう回答すると、黒乃ちゃんは感心したような様子を見せる。

 

「なるほど~。お兄さんは賢いんだね」

「いやぁ、照れるなぁ―――じゃなくて、話の続きいいかな?」

「あ、ごめんなさい……。えっと、それで私はどうにかしてお兄さんをここに呼び寄せないとって。だからちょっと、不安を煽るような真似をさせてもらったの」

「不安……?あっ、もしかしてあの頭痛の正体って!」

 

 自分を殺させるためには、まず私がここへたどり着かなくては話にならない。そこで黒乃ちゃんが思いついた方法の第一ステップとして、不安を煽る必要があったのだという。それを聞いて合点がいった。私を襲っていたあの頭痛は、黒乃ちゃんが無理にでも入れ替わろうとして起こっていたものだったらしい。

 

「そうなの。危険な賭けだけど、そうでもしないとお兄さんは消えるのを待つのみだったろうから……。だから、あのタイミングに頭痛を引き起こさせてもらったよ」

「神翼招雷のタイミング……。あの、ここって死にかけないと来られないの?」

「瞑想とかで極限まで集中すれば来られるみたい。けど、実際に会って話さないと説明のしようがなかったから……。本当にごめんなさい」

 

 危険な賭け、か。どうやら私は生きているらしいが、黒乃ちゃんの話から推測するに意識不明とかがいいところだろう。そのまま死んでしまっていたらもはや論外ってことだったのだろうから。ふむ、瞑想ねぇ。自由に行き来ができるくらいになれるように練習してみなければ。

 

「……キミはどうしてそこまで?じっとしてれば、私はいずれ消えてなくなるのに……」

「初めは混乱したし、すっごく泣いたりしたよ?どうしてこんなことになったんだろって。……貴方に言ったこと、表現はそこまでキツくないけど、ほとんど私の本音だったんだと思う」

 

 待っていればいずれ私は消え去り、黒乃ちゃんは元の身体に戻れることが保証されている。それなのに、わざわざ私なんかのために自分が消える覚悟までしちゃって……。優しいとかそういうレベルの話じゃない。というより、こういう場合ではそれを優しいと表現してよいのかすら疑問だ。

 

 しかし、黒乃ちゃんの言葉を聞くに善意に近いソレが行動原理ではないような気がしてきた。照れるような表情で私への発言はほぼ本当だということなのだから、できることなら元に戻りたいと解釈して良いはず。すると黒乃ちゃんは、いったいどんな理由で―――

 

「けどね、思ったの。……このまま戻れても意味ないなーって。私も貴方と同じだよ、一夏くんに愛されない世界なんて生きてる価値ないから」

「へ……?いや、でも、私は―――」

「ほら、自信ないのにかこつけてまた一夏くんを信じれてない。例え私が戻っても、一夏くんは私と貴方が違う人だって見抜いちゃうと思うな」

 

 戻っても愛されないと黒乃ちゃんは語る。だけど、誰1人として私と黒乃ちゃんが別々に存在しているなんて知らない。だとするなら、黒乃ちゃんが戻っても間違いなく黒乃ちゃんと認識されるはずじゃ……。しかし、黒乃ちゃんは短い言葉でイッチーにそれは通じないという。

 

「あのね、私は貴方で貴方は私―――そういったの覚えてる?確かにそれも間違ってはないんだけど、私は私で貴方は貴方。一夏くんが好きなのは、私じゃなくて貴方なんだよ」

「い、意味が解らなくはないけど……。でも、私は―――」

 

 私たちは2人で1人のような状態でありながら、男女の差でもあるのかそれぞれ独立した存在だ。だから外面は同じだろうと、イッチーが好きなのは私の方だと黒乃ちゃんはいう。だが、藤堂 黒乃として愛され愛し合ってきた身としては、いまいち納得のできる話ではなかった。

 

 だってもしそうなのだとするなら、例えば私と黒乃ちゃんが完全に別個体の人間だろうと、イッチーは私を選んでくれるといっているようなものじゃないか。ほら、そういう認識だと一気に理論が成り立たなくなるような気がしてこない?

 

「聞いて、お兄―――ううん、お姉さん。貴女には、どうか幸せになってほしいの」

「黒乃ちゃん……」

「それに、貴女なら一夏くんを幸せにしてあげられる。だって、貴女が一夏くんに愛されているんだから」

 

 黒乃ちゃんは私の両手を包み込むように握ると、私に幸せになってほしいのだという。ご本人から許可というか、認定が得られたのは確かに栄えあることに違いない。しかし、重ねて愛されていない自分は無意味という表現をする黒乃ちゃんになんだかえもしれぬ感情が過る。

 

 お前がいうなといわれてしまえばそれだけだが、本当にそれでいいのかと思ってしまう。だが、やっぱり黒乃ちゃんを殺さないのは苦しめることなのだろうか。楽にしてあげたいという気持ちもあるけれど、それだってファッキンゴッドの思う通りでもあるじゃないか……!

 

「ごめん黒乃ちゃん、そのお願いだけは聞けない」

「なん……で……どうして……?消えちゃうんだよ、このままいくと貴女は―――」

「同じだよ、そこも同じなんだよ黒乃ちゃん。キミだって、私の為に消えようとしてくれた」

 

 お互いがお互いの足を引っ張り合っているのかも知れないが、ここで黒乃ちゃんに引導を渡すのは絶対に違う。黒乃ちゃんが私の為に消えようとしたのなら、私も同じくとして黒乃ちゃんのために消える覚悟を決めるべきだ。って、それだとふりだしに戻ったのと同じだけどね……。

 

「だからそれは、私がもう一夏くんに―――」

「まだ時間はある!足掻こう、私1人でもなく黒乃ちゃん1人でもなく、私たち1人で!合言葉はキルゼムオール・ファッキンゴッドでどうよ!」

「はぁ…………?」

 

 なんでもかんでも後ろ向きに考え過ぎだよなぁ、私も黒乃ちゃんも。どっちかが消えるのはまず確定だ、けど上等じゃねぇかこの野郎!時間いっぱいギリギリまで足掻いて、最期は華々しく2人で消えるとかだね、あのファッキンどもが面白く思わない消え方でもしてやろうじゃねぇかよおおおおっ!

 

 ……なんて私の力説に対し、黒乃ちゃんはものすごーく残念ななにかをみたかのような顔つきになる。なにかってなにかと聞かれたら私なわけでして、まぁ確かに残念ですわ。のっけから合言葉を決めてしまうくらいに段階をすっ飛ばしているせいか、困った様子の返事が返ってくる。

 

「あ、あの……それってなんの解決にもなってないよね?」

「まったくもってその通りでございます!」

「全力で全肯定!?もう、なんなのこの人!」

 

 そりゃ解決になんてなっていませんとも、だってこれは解決策ですらないんだもの。仁王立ちしながら得意気に返してみれば、黒乃ちゃんはもはや私の扱い方を理解できないとでもいいたげだ。宣言しておこう、私は常識じゃ計れない。

 

「奴らの思い通りにさせないなんて、方法は他にもいくらだってあるさ」

「それはそうかも知れないけど……」

「さっきもいったけど、なにもそれをキミ1人で実行する必要はないんじゃないかな。吠え面かかしてやりたいのは私だって同じだよ。というわけで、キルゼムオール・ファッキンゴッド!はい、続けて!」

 

 これ以上、悲しいことを黒乃ちゃん1人に背負わせてなるものか。私と彼女はまさに一心同体。私だって思い出せはしないけど、そもそも奴らに殺されなければこうなることはなかったんだ。だとしたらもうやることなんてリベンジくらいしか私の頭じゃ思いつかないもんね!

 

 私は高らかに頭上へこぶしを突き上げつつ、合言葉として取り決めたキルゼムオール・ファッキンゴッドと叫んだ。そのまま腕を振り下ろし、ズビシ!と黒乃ちゃんを指差しながら復唱を求めた。しかし、無反応どころか顔を俯かせているじゃないか。

 

「フフッ、フフフフ……。そっか、一夏くんが好きになるのも解かるなぁ」

「黒乃ちゃん?」

「すぅ~……キルゼムオール・ファッキンゴッド!」

「よ~し、その調子だ!キルゼムオール・ファッキンゴッド!」

 

 身体が小刻みに震えているから、笑っているというのはうかがい知れる。その後に続いた言葉は声が小さくて聞き取れなかったが、黒乃ちゃんがノッてくれたからそんなのは気にならなかった。というか、ノッてくれたのはいいもののなんだか恥ずかしそう。外面は同一だけど、うん、恥じらう姿がなんとも可愛い。

 

 そんな姿をもう1度みたかったというわけじゃないが、私はまたしても拳を突き上げ高らかにキルゼムオール・ファッキンゴッド!すると、今度は黒乃ちゃんもすぐ続けてくれた。その後しばらく、決起集会のごとく何度も何度もそれを繰り返す。

 

 声が枯れるまで、疲れてしまうまで私たちは叫び続けた。体力を消耗し、ぜぇぜぇと肩で息をした後に顔を見合わせ、どちらともなく苦笑を浮かべる。なんだか2人で1人といっておきながら、初めて心が通じ合った気がした。すると黒乃ちゃんは、大きく深呼吸をしてから―――

 

「ありがとう、私の身体を預けたのがお姉さんで本当によかった」

「うん……こっちこそありがとう。キミの慈悲で私はここで生きていられるんだから」

「慈悲なんて大げさだよ、物理的にお姉さんを怪我させたのは変わりないもん」

 

 目を細め、ふわりと穏やかな笑みを浮かべて私にありがとうという。けど感謝するのはこちらの方だ。身体を貸してくれていることもそうだし、なにからなにまで感謝してもしきれない。だが黒乃ちゃんは、わたわたと両手を振りながらむしろ私に謝罪をするじゃないか。私こそ、謝っても謝り切れないというのに。けど―――

 

「頼みがある、もう少しだけキミの身体を貸してほしいんだ。私にはまだ、やらなきゃならないことがあるから」

「うん、もちろんだよ。私は基本お姉さんの中に居るから、聞きたい事があったらどうにかしてここに来てね。あっ、ちなみにだけど、その、一夏くんといろいろしてる時は、ちゃんと奥に引っ込んでるから安心して!なにも見聞きしてないから!」

「お、おう……あ、ありがとう」

 

 やらなくちゃならないことってひと言でいっても、内容はかなり山積みだ。亡国機業のこととか、束姉のことだとか、その先になにが待つのだとか。いつまでこうしていられるかは解らない。が、その最中に奴らへの対抗手段を模索するつもりだ。

 

 きっと、いつか答えは見いだせる。今までのような希望的観点からではなく、前向きに、未来へ歩を進めていくためにもそう信じるのだ。だから、私はいつまでもここへはいられない。———のだが、ここで1つ問題が発生した。それはとてつもなく単純、ここから―――

 

「ところでさ、どうやってここから帰ればいいのかな?」

「…………あ~……え~と、う~ん……」

「……知らないのぉ!?もし本当に私がキミを殺してたら完全に詰みだったじゃん!」

「ほ、ほら、そこはイメージでどうにかなるよ、ISのイメージインターフェースとかと同じで!多分!きっと!メイビー!」

 

 なんだこの子は、なんだこの子は、なんとなく私に似てない事も無いぞ。私が神に選ばれた理由って、そういう部分もあるのかもね、アハハ~。…………なにもポンコツなとこが似て無くてもいいじゃない!いや、完全に私よりは軽度で済んでるんだろうけど、呼んだはいいけど帰す方法を知らないのはどうかと思うよ!?

 

 しかも最後の方はイメージでとか身も蓋もないこといいだしちゃってるし!自信のなさそうな多分、きっと、メイビーは完全に余計だし!いや、認知で概念の世界なら大概のことが想像通りになるのかも知れないけどさぁ……。なんだかなぁ、いやもう本当に、なんだかなぁ……。

 

「し、信じるよ?信じるからね!」

「イエスイエス、トラストミー!レッツギブイットアトライ!」

「私もキミがよく解かんなくなってきましたけど!?なにさそのカタコトの英語は!……え、ええい……も~ど~れ~!」

 

 私のことをなんなのこの人といっておきながら、なんだかんだで黒乃ちゃんも面白い性格してやがる。あぁ……やっぱそういうところも似てるのね。微妙な気持ちに拍車がかかる中、私はとにかく帰還する姿をイメージし続けた。もっと具体的には、海中から浮上するようなイメージ……だろうか。

 

 するとどうしたことだろう、フワリと浮かび上がるような感覚が身体を走ると同時に私の意識がだんだん遠のいていくのが解かる。マ、マジでなんとかなった……のかな……?そうだと、いいんだけど……。あぁ、どうか、どうか……このまま目が覚めませんでした……なんてことになりませんように……。

 

 

 




藤堂 黒乃の生きる意味、それは織斑 一夏に愛されることのみ。

そういうわけで、未遂で終わったものの黒乃は自ら死を選んだのです。
私を殺してとストレートに言わなかったのは、憑依者がそういう性格ではないから。
自らの命に危険が迫った際の生存本能に賭けようとしたわけです。

次回あたりから新章へ突入といったところでしょうか。
しばらくは黒乃が眠っていた間のお話が続きそうです。

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