八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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振り返ってみたらタッグトーナメント編の始動は2月中でしたよ……。
凄まじい月日と話数を浪費しましたが、ようやく章末となります。
では、千冬の近辺からお送りしていきましょう。


第106話 玉座に侍る者

「…………」

 

 とある満月の夜、ISスーツを纏う千冬が1人砂地にてたたずんでいた。ここは青森県東通村、猿ヶ森砂丘。太平洋沿岸に位置する海岸砂丘で、幅は約1~2km、総延長は約17kmに及ぶ。総面積は約15000haで、これは鳥取砂丘の30倍ほどに相当する。

 

 ほぼ全域が防衛装備庁の弾道試験場であり、一般人の立ち入りは許可されていない。しかし、千冬はありとあらゆる理由で一般人とはいえないだろう。自身の人脈を駆使して侵入の許可は得たし、大事をとって周辺の被害が出ないよう根回しもキチンとしてある。

 

 ここまでいえばもうお察しだろう。つまり、果し合いの場として鷹丸がここを指定した。いくらISの戦闘だろうと、相手が黒乃と刹那でもなければこのあたりのフィールドが妥当だと判断した結果だ。千冬としても、周囲への影響をさほど考えなくてよいのは大助かりである。

 

(この空気、試合の前とは流石に違うな……)

 

 冬場の海沿いということもあってか、ビュービューと吹きすさぶ冷風が千冬の肌を刺す。とはいえ千冬のいっている空気というのは、なにも屋内と屋外を喩えたものではない。今から命を懸けて復讐を果たそうとしている千冬にとって、張り詰めた空気感は冷風よりも痛く感じられた。

 

 まだ相手は姿を現してはいないが、どうにもまとわりつく殺気のようなものを察知せずにはいられなかった。それは自身の緊張感や不安がそうさせているのか、はたまた本当に強大ななにかがやってくるというのかは知るところではない。ただ、なにが来ようと叩き潰すのみ。そう千冬が決意を新たにしていると―――

 

「おーまたせしましたー!」

「なに、私の気合が入りすぎているだけのこと。それはそうと貴様―――」

「…………」

「ソレはいったいなんのつもりだ?」

 

 上空にスラスターの光がチカチカと輝くのがみえ、それはどんどん千冬のもとへ近づいていく。そして砂を舞い上げながら降下していく途中に、鷹丸の声が響き渡った。IS操縦者の背に乗せられやってきたようだが、千冬にはどうみても解せない点がある。

 

 それはISを纏っている女性が、女性と表現するにはまだ早いから。つまり、どこからどう見たって子供だということ。バイザーで顔は隠れているが、銀の長髪はラウラを思い起こさせる。しかし、ラウラとは違って見た目が幼い16歳ということでもなく、多めに見積もっても11、12歳ほどだろうか。

 

「この子は僕の娘ですよ、当然ながら義理ですけど。ほら、挨拶しようね」

「はい、パパ。クロエ・クロニクルと申します、以後お見知りおきを、織斑 千冬様」

「私の動揺でも誘うつもりか?残念だが、相手が誰だろうと手加減してやるつもりは毛頭ないぞ」

 

 鷹丸は少女を自身の娘だと紹介した。そして父親そのもののように振る舞い、少女へ千冬に自己紹介をするよう促す。素直にそれに従った少女は、クロエ・クロニクルと名乗ってみせた。それも丁寧なお辞儀付きだ。口調も相まってか、釣られて千冬も頭を垂れそうになってしまう。

 

 だが我を取り戻した千冬は、鷹丸に視線を戻して憎々しい表情をみせた。恐らくは、こんな子供を自分と戦わせるつもりなのかといいたいのだろう。しかし、そんな考えは見当違いも甚だしい。鷹丸にとっても、クロエにとっても……だ。反論したのは本人だった。

 

「お言葉ですが千冬様、貴女の発言は矛盾しています」

「……ほぅ?」

「手加減してやるつもりはない。と仰るのは、こちらが私が幼いという理由から手加減を期待している。そう貴女が想定したからだと考えます。つまり、貴女は多少なりと私を子供だと侮った」

 

 幼い見た目からは想像もつかないような話し方は、分別がついたとか早熟だとかでは説明がつかない。挙句の果てには、千冬の発言の矛盾点すら突いてくる。鷹丸が娘だというくらいなのだからただ者ではないと思っていながら、あまりにも完成された少女に関心を通り越して違和感すら覚えてしまう。

 

 ただ、その違和感を覚える発言もまた事実。千冬に驕りはないが、確かに侮った節はある。恐らく、それは仕方がないというレベルで済まされるものだ。きっと、誰だって敵としてクロエが現れたのなら大なり小なりの油断はするだろう。逆に油断される側も仕方ないと思うほどだ。

 

「そうだな、敵とはいえまずは非礼を詫びよう。クロエ・クロニクル、全力をもって貴様を叩き潰す」

「……おや、その機体は―――」

「機体データの照合、確認。……一部データが暮桜と一致。贋作と推測します」

 

 千冬は全力でクロエと対峙する宣言と共にISを展開した。その立ち姿に思い当たる節でもあるのか、珍しくも鷹丸が純粋に驚いたような反応をみせる。そう、その節というのは織斑 千冬の専用機である暮桜―――ではなく、暮桜に酷似した機体であるらしい。

 

「コアはわけあって使用不可なのでな。だが、それでも私の現役時代を思い出させるくらいなら簡単だぞ」

「そうですか。ですが現役当時より良き動きをしてもらわねば。何故なら―――」

(っ……来るか!?)

「勢い余って殺害しかねませんので」

 

 千冬の言葉をクロエはあまり興味もなさそうに返した。そして、言葉の途中で武装を展開。両手に片手サイズのライフルのような物を装備すると、うち右手の方を千冬に向ける。エネルギーの集約する予備動作のようなものが確認できると、クロエはなんの迷いもなくトリガーを引いた。

 

 すると、黄色い閃光と共に轟音が鳴り響く。ライフルの銃口からは、一直線上に伸びるレーザーが飛び出た。どうやら照射するタイプとは違うらしく、威力が高ければ弾速もかなりのものだ。しかし、そこは世界最強の女性。鋭い操作と共に暮桜で横移動。レーザーは千冬の真横を通り抜け砂地に着弾した。

 

「ぐっ……!この威力にそのISの翼……まさかとは思うが―――」

「おっ、ビンゴですよ。そうです、メタトロニオスはType Fをベースに人間用の改修を行った機体でして―――」

「パパ、解説をする暇がおありでしたら退避を。邪魔です」

「わぁ、僕の娘は辛辣だなぁ。はいはい、今すぐ退きますよーっと」

 

 メタトロニオスと呼称されたISの外見的特徴として、スラスターとは別に翼を有しているというものがあった。ここまでは単なる被りだと思っていた千冬だが、今のレーザーライフルを見て確信を得る。あれはゴーレム Type Fと似たような性能を持った機体だと。

 

 なんとか復元できた記録映像からして、Type Fが使用していたロングバレルレーザーカノンとよく似ている。翼なんかは鳥というより天使のようなデザインに変わっているが、恐らくあれならレーザー反射コーティングは施されているだろう。

 

(あの威力のレーザーカノンをあそこまで小型化するのか……!?しかもライフルに改修されているぶん、弾速と射程が桁違いだ!それにPICの制御は……。チッ、考えていればキリがない!)

 

 それだけではなく、レーザーカノンをライフルへ変更することで2丁へ。これにより、汎用性もかなり向上している。威力の調整によっては、ある程度の連射も効くだろう。そんな大幅改修をこなしてしまう鷹丸の変態ぶりを、千冬は改めて―――しかもその身で感じた気がした。

 

(……しかし、あのガキの発射タイミングさえ見誤らなければ―――)

「千冬様、今……避けられなくはない。そう思いませんでしたか?」

「……だとしたらどうした」

 

 当たれば大ダメージ必至なレーザーライフルに対し、千冬はジリジリと間合いを図りつつ観察を怠らない。その結果、回避は必ずしも不可能ではないという判断を下そうとしたそのときだった。まるで心でも読んだかのように、クロエが千冬の考えを的中させたのだ。

 

「勘違いしないでいただきたい。初撃は貴女が避けられなくもないように加減したまでです」

「負け惜しみにしか聞こえんな」

「いいえ、貴女は私に勝てません。何故なら、未来は既に視えていますので」

「ほざくな、ガキが!」

 

 あの千冬を前にして、まさかの加減をしたという発言が飛び出た。そういわれた本人にとってはまさに初めての経験だ。基本的に対戦相手のほとんどが自分に挑戦する立場で、その口ぶりではもはや戦う前から勝敗が決しているかのような―――いや、思えばクロエはそうとれる発言を繰り返してきた。

 

 よほど自信でもあるのか―――まるで本当に未来でも視ているかのように思えてくる。そのようなクロエの態度が、ついに千冬の逆鱗に触れた。ビキビキと額に青筋を浮かべつつ、雪片―――によく似たブレードを展開。その勢いのまま、千冬はクロエに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿……な……まさ……か……」

「ターゲットの沈黙を確認。これをもって戦闘終了を宣言します」

「一撃も……与えることができんなどと……!」

 

 風が止む様子をみせない砂丘にて、千冬がボロボロの状態で横たわっていた。対してクロエとその専用機であるメタトロニオスは全くの無傷、まるでついさっきワックスでもかけたようにピカピカだ。そう、千冬をもってしても掠り傷を与えることすら許されなかった。

 

 100%勝てる勝負なんてないと思いながらも、流石にここまでの惨敗など想定していない。千冬が衝撃の事実に現実を受け入れられない中、パチパチとわざとらしい拍手をしながら鷹丸が出てきた。この様子からして千冬を煽っているのか、果たして―――

 

「いやぁ、想定の遥か上をいっていたよ。やるね、僕の娘なだけはある」

「……ありがとうございます、心から誇りに思います。ですが、想定していたより苦戦してしまいました」

「なっ……!?」

 

 一撃も与えることすらできなかったというのに、それでもまだ苦戦したなどとクロエはのたまう。それは鷹丸とは違って意図的な煽りではなく、それよりもまだ性質の悪いものだった。5分以内には決着がつくと思っていたのですが、なんて付け足すものだから更に性質が悪い。

 

 黒乃の敵討ちだと息を巻いて来たと言うのに、なんだこの様は。己の情けなさで思考が満たされていく中、鷹丸とクロエが撤退しようとしているのを目にしてしまう。止めずにはいられなかった。こんな状態で戦えはしないと自覚しながら、千冬は吠えるように告げる。

 

「待てぇぇぇぇっ!私はまだ死んではいないぞ!」

「……死なない程度に倒せというのがパパのつけた条件でした。それを忠実に再現したまでですので、現在は私が貴女を傷つける価値はありません」

「生かしておいていいのか?私はっ、何度だろうと貴様らの喉元に喰らいついてみせるぞ!」

「ええ、お好きにどうぞ、いつでもお待ちしております。パパ、帰りましょう」

「うん、そうだね。千冬さん、またの挑戦をお待ちしてまーす」

 

 クロエにとって、鷹丸の命令は絶対遵守のものとなっているだろう。それは純粋に、父親という存在に褒めてもらいたいから。それ以外のことは無価値で無意味。今ここで鷹丸が千冬を殺せと言わない限り、クロエが手を加えることはないだろう。

 

 最大限に、気の弱い物が目撃すれば失神してしまいそうな形相で殺していけというのに、やはり返ってくるのは興味のなさそうな言葉のみ。クロエは適当にお茶を濁すと、鷹丸の白衣をグイッと引っ張り帰宅を促した。それに応えながら背中によじ登ると、最後に手をヒラヒラ振って次を楽しみに待っていると告げる。

 

「く、そ……くそっ!くそぉおおおおおおっ!」

 

 だだっ広い砂丘に、千冬の叫びがこだまする。それは大半がメタトロニオスが飛び立つ音にかき消されてしまうが、声が届かずとも叫ぶ様子だけで悲痛さが伝わってくるかのようだ。そうしてひとしきり悔しさが過ぎ去った後、精神的には立ち直れないながらも千冬は救援を要請したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――というのが、だいたいの顛末だ」

(そう……。私が寝てる間に、そんなことが……)

 

 時間は戻り、現在のIS学園の病室で千冬が黒乃にそう聞かせた。目を覚ました後に医師の主導で精密検査を行い、異常なしのお墨付きを貰ってあくる日ほどだろうか。黒乃の目覚めを一夏が初めに伝えたのは、当然ながら家族である千冬だった。

 

 黒乃が寝ている間の話さねばならないことに関して、鷹丸の裏切りと合わせて謎のISを駆る少女のことを伝えておくべきと思ったのだろう。そんな千冬もクロエとの戦闘の傷が癒えきっておらず、左腕なんかは骨折しているのか首から吊って固めている状態だ。

 

「けど、何回聞いても信じられないな、千冬姉が掠り傷1つ負わせられなかったなんて……」

「事実だ。それに加え、あの小娘は手加減する余裕まであった。わざわざ利き腕と逆を折ったのが証拠だろ」

(……原作とかなりズレてる。近江がクロエちゃんのパパって……。それに、メタトロニオスなんて機体も聞いた事がない……)

 

 一夏はいかにも重症患者である千冬の姿を頭のてっぺんから爪の先まで見渡すと、難しい顔をしながら事実を受け入れられない様子。しかし、その怪我こそが紛れもない証拠である。千冬の方も難しい顔をしつつ、情けない自分を笑えとでもいいたそうだ。

 

 そんな中、黒乃の脳内ではそんな考えが渦巻いていた。話を聞くに、眠っている間にワールド・パージ編は発生していない。この調子ならば、体育祭も自粛される可能性が高いと予測される。だとすると、おぼろげではあった原作知識も完全に機能しなくなったとみていいだろう。

 

 なにより、黒乃としてはメタトロニオスなるISのことが気がかりで仕方ない。やはり千冬ですら敵わないような相手であったという部分が大きく、もし対峙してしまった場合の勝算が見いだせずにいる。それもこれも全ては、己というイレギュラーがこの世に存在しているからと自分を責めてしまう。

 

「ごめんなさい」

「頼むから謝るな、私が勝手に復讐だのと息巻いただけのこと。というかお前は、相変わらず人のことばかり……」

「千冬姉のいう通りだ。黒乃の方が大変な目にあってんだからな」

(え、いや……そういう意味じゃ―――って、皆にいっても仕方ないか……)

 

 脳内で謝罪を繰り返していると、ふいにそれが口から出てしまった。怪我のことに関しての謝罪と思ったのか、千冬は厳しい目つきで黒乃を見やる。そして、どんな時でもやはり他人の心配ばかりしていると、少しばかり頭の痛そうな仕草もオマケだ。

 

 一夏も間髪入れずに千冬の意見に同調し、端的にもっと自分を大事にしろと告げた。それについては認めるが、今の謝罪はそういうことでは―――と、弁明するような言葉を途中で取り下げる。原作うんぬんといおうと、この世界に確かに生きている一夏たちにいって通じる話ではないのだから。

 

「……とはいえ、なにも私とてただ負けたわけではない。憶測の域は出んが、あの小娘とメタトロニオスなるISに関して勘付いた事がある」

「それは千冬姉が手も足も出なかった理由……なのか?」

「まぁな。後から専用機持ちの連中には伝えるつもりだが、あの小娘とISは―――」

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 クロエに関しての気づいた点を伝え終えた千冬は、安静にしていろと言い残し帰ってしまった。病室に取り残された2人は、なんとも神妙な面持ちで黙りこくるばかり。それほどまでに千冬の憶測が衝撃的だったのか、はたまた別の理由でもあるのか……。

 

「リハビリ、頑張らないとな。俺もやれることはやる。ああ、それだけじゃなくて風呂とか勉強とかもか」

(うげ……1カ月ちょっとため込んだ勉強とか考えたくもないなー)

 

 とりあえず、一夏は別の話題に切り替えることを選んだ。自分も酷い顔つきが治っていない癖して、一夏は妙に甘ったるい声色で黒乃の頭や頬を撫でながらそういう。勉強に関しての部分は妙にイタズラっぽかったせいか、黒乃は内心で不満そうに口を尖らせた。

 

「「…………」」

 

 例え取り繕ったとして、妙な沈黙が2人を包んでしまう。黒乃に至っては無言なんて当たり前なのだが、一夏がなにも口にしないのは言葉が紡ぎ辛いのだろう。なにせ、一夏にとっては1カ月ぶりともなる黒乃との2人きりの時間なのだから。だからとりあえず一夏は―――

 

「……黒乃は―――」

(うん?)

「やっぱ綺麗だなって」

(あっ……。あ、ああ……ありがとう……。で、でも今はそんなことないよ!スキンケアとか髪の手入れとかできてないし、今は……全然……)

 

 改めてというような感覚で、一夏ははにかみながら黒乃を綺麗だと褒めた。本人からすればいきなり過ぎて動揺してしまうばかり。ボンッ!っと、まるで顔面が爆発したように熱くて堪らない。感謝そのものは受け取るが、現在は最大限を発揮できていないとワタワタしてしまうが、ふと……左手にある指輪に目が留まった。

 

(イッチーが私にくれた未来の証……。私がイッチーの奥さんになる誓いの証……)

 

 あの日、一夏は黒乃を己の片翼だと喩えた。翼が一方しかない鳥の運命など解り切ったもので、飛ぶことは許されず地を這うばかり。しばらく前までの一夏の状態は、まさに片翼を喪った鳥そのものといっていい。壊れかけだった一夏を黒乃が知る由もないが、ある言葉を思い出していた。

 

 それは精神世界で遭遇した藤堂 黒乃の言葉だ。彼女は、もっと自分に自信を持てといっていた。自分への自信のなさは、一夏への信頼に直結するとも。瞬間、ズキリと心へ傷が走ったかのような感覚が過る。それは罪悪感なんてものではなく―――

 

(考えたこともなかったな……。イッチーがもし、私以外の子にそういうこと言ったりとか、想像するだけですごくヤダ)

 

 自分に自信がないものだから、一夏が他の女性に対して賞賛を述べるのも大したことではないと思っていた。しかしだ、想像するだけで心が痛くて仕方がない。それが自分に自信がないせいだとするのなら、なんということだろうか―――本当に彼女の言葉通りだ。

 

「……もっと……」

「ん?」

「足りない……」

「……ああ、もっと褒めろってことか。別に話すのは構わないけど、日が暮れても知らないぜ?」

 

 とにかく今は一夏の言葉が欲しかった。愛する男の嘘偽りのない言葉が。そんなもの一夏にとってはお安い御用で、宣言通りその気になれば無限に褒め続けることも可能だろう。そこらにあった椅子へ腰かけ、真っ直ぐな瞳で黒乃を見つめつつ、要求通りに歯の浮くようなセリフを紡ぎ出す。

 

 きっかけとなったのはたまたま外面を褒めた一夏だが、次いで出てくるのはほとんどが内面に関わることだ。気立てが良いだとか、慈しむ心だとか、他人の為に頑張れる姿勢だとか。それは間違いなく藤堂 黒乃ではなく、悲運の死を遂げた名もなき魂へ向けられた言葉だった。

 

「やっぱ料理自慢なとこも外せないかな、心だけじゃなくて胃袋も鷲掴みにされてるなぁ。それから―――」

(……キミの言葉で心が安らぐ。渦巻く不安が消えていく……。不安が自信に変わっていく……)

 

 自信なんて好きなだけもつといい。何故なら、やはり黒乃のいっていた通りだから。一夏が心底惚れているのは、どう足掻いたところでこちらの黒乃なのだ。もっというなれば、黒乃以外にそういった感情を持つことそのものがありえない。

 

 一夏に対して他の女の子にそういった台詞は―――などというのは、本人にとって最大の侮辱だろう。黒乃はここに来て、ようやくあの言葉の意味を根本から理解した。それと同時に、自分がどれだけ愚かしいことをしていたのかも。自分はずっと、一夏を侮辱していたに等しいのだと―――

 

(そうだよ、もっと自信もってこう。イッチーがみてくれてるのは私。私だけ……なんだから……。だから―――)

「あ、そうそう―――って、おっと……。もういいのか?1割も終わってないぞ」

(うん、もう十分だよ……。頭じゃなくて、心で、あなたの全てが私のものだって解ったの……)

「……黒乃、先に謝っとくな……悪い。痛いくらいに抱きしめたくて堪らないんだ」

 

 黒乃がスルリと腕を滑らせた先は、一夏の首だ。そのまま腕に力を籠め、肩に顔を埋めるようにして抱き着く。話の途中ではあったが、こうなってしまってはそんなことをしている場合ではないだろう。どうしてか、それは黒乃が己の言葉で喜んでくれている証拠だから。

 

 抱きしめられたから抱き返さなければではなく、もはや一夏自身も黒乃を抱きしめたくて仕方がない。それも優しく包み込むのではなく、壊してしまうほどに。愛情表現の一環とはいえ、物理的に黒乃を苦しめてしまうことには変わらない。欲望が脳内を支配していく中、少し残った理性を振り絞り、一応の謝罪を先にしてから一夏は黒乃をきつく抱きしめる。

 

「ごめん、病み上がりなのに、俺のせいなのに、俺のエゴで……」

(ううん、あなたのせいなんかじゃない。だからあなたの思う通りでいいの……)

「……もう誰にも黒乃を傷つけさせない。そういう奴がいるのなら、今度はちゃんと―――」

 

 一夏の胸中から、黒乃が重体になったという懺悔は消えることはないだろう。きつく抱きしめるのは深い後悔と絶望の現れ。声を震わせ、目元に涙を溜めながら、一夏は何度も何度も黒乃への謝罪を繰り広げた。そうしてその最中に湧き出た新たな決意を語ろうとする前に、すんでのところでそれを飲み込む。

 

 今度はちゃんと殺すから。一夏は黒乃にそう宣言しそうだった。こちらも後悔の一端で、鷹丸を殺しきれなかった故だろう。黒乃を傷つける者、及びそういった行為を画策する者―――それら総ては誰であろうと死あるのみ。そうやって考えていながら口に出せなかったのは―――

 

(……ちゃんと?)

「……ちゃんと、守ってみせるから」

(うん、ありがとう。嬉しいよ、凄く嬉しい……)

(こんなの聞かせたら、黒乃が悲しむ……。それは解ってるけど、けど……俺は……!)

 

 自分を大切に想うがために他者を殺害してみせようという宣言など、黒乃にとって本意になりえない。それは一夏も当然ながら理解しているだけに、ある意味で本当とも嘘ともとれる言葉に切り替えた。少しの間が気になったようではあるが、それ以上に一夏の言葉が嬉しく興味が逸れたらしい。

 

 黒乃が悲しむと解っていながらそういった考えを消せないのは、殺らねば殺られてしまうということを痛いほど思い知らされたせいだろう。時として危うさを感じさせる一夏の実直な姿勢は、黒乃へ抱く愛情が増すほどに更に危うさを重ねていく。いや、もうすでに織斑 一夏は―――壊れてしまったのかも知れない……。

 

 

 




千冬VSクロエ戦、無慈悲なカット。
申し訳ないですが、クロエ&メタトロニオスの秘密は最終決戦まで明かさないでおきます。

原作との剥離が顕著になってきましたので、今日中に今後の展開についてお話せねば……。
さて、次週から新章突入です。とりあえず導入部分ほどにはなるでしょうが。

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