八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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引き続きKYOUTOでお送りします。


第109話 歪みの末に

「なんか実際にみるとすげぇな。あまりにも唐突に江戸時代っていうかさ」

(お~……入り口からして次元の扉めいたアトモスフィアを感じますなぁ)

 

 当旅行は3泊4日を計画しておりまして、今日は3日目。つまるところ実質的な最終日なわけだけど、嵐山周辺いろいろ見て回った後にやってきたのが太秦映画村だ。お寺とか以外で有名なスポットってどこだっていう話になって、私とイッチーの意見が一致してやってきたわけ。……ダジャレじゃないよ。

 

 見て回るだとか参拝するのに関しては、2日目にだいたい済ませましたとも。伏見稲荷大社あたりも見事だったし、鴨川周辺の景色だって今も目に焼き付いている。でも流石に飽きた―――ってことは絶対ありませんけど、なにか体験というかアトラクション系も堪能した方がいいだろう。

 

 だからといって遊園地や動物園や水族館―――このあたりも京都にひと通りあるみたいだけど、それは別に東京だって行ける。だったら、こうやって江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚が味わえるここにくるしかないじゃない。口で説明しなくても、イッチーも同じことを考えてここを選んだのではないだろうか。

 

 で、我々は門前で感嘆ですよ。だって、本当に門を境にして過去と現世みたくなってるんだもの。それこそ有名だからどんなものかは知っていたが、百聞は一見に如かずという言葉の重みを思い知らされる。それだけ見るだけじゃわからない楽しみに対して期待が膨らむというもの。

 

「じゃ、行くか。まずはアレが通るか聞いてみないと」

(あ、はーい。行きましょ行きましょ)

 

 イッチーに促され、入場料を払いつついざ出陣。まず私たちが1番最初に目指したのは、映画村内を散策するのに衣装を貸出している場所だ。1時間くらいは無料とか聞いてたけど、せっかくだからということでイッチーが提案して持ってきておいたものがある。無理といわれてしまえばそれまでなんだけど……。

 

「ごめんくださーい」

「はい、ようこそいらっしゃいました。こちらでは衣装の貸出等を―――」

「それなんですけど、無理を承知でお願いするといいますか……」

 

 入るなり私たちを出迎えたのは、江戸の町民らしき格好に身を包んだ男性だった。なんだかいちいち面食らってしまいそうになる中、スタッフさんの言葉を遮りながらイッチーはある物を取り出す。無駄にかさばりながらも頑張ってここまで持ってきた―――モッピーの誕生日プレゼントである。

 

 モッピーのプレゼントといえば着物だったのだが、流思った以上に着る暇がなかったんだよ……。普段着みたくして着る勇気があるわけでもなく、どうしたものかと悩んでいたところにこの京都旅行が飛び込んできたという感じ。まぁ、提案したのはイッチーなんだけど。

 

 イッチーも貰ったはいいがなかなか着られないことに悶々としていたのか、京都の映画村で試してみてはということになったってこと。要するに、学園に居た段階で映画村に遊びに来るのは確定していたということだ。はてさて、スタッフさんの反応というと……。

 

「そういうことでしたら構いませんよ」

 

 おや、意外と好感触……。こういった客商売のスポットでお金を落とさない人なんて優しくされないと思っていたけど、ここでダメですって突っぱねるのもなかなか勇気がいるのかなぁ。でも横柄な態度だと断られていたかも、やっぱり人間謙虚にいかないとダメですわ。

 

 というわけで、2人して大変恐縮しながら着替えに入る。むふふ、わたくしとしてもイッチーからプレゼントされたかんざしの出番が早くて嬉しいわけですよ。しかし、イッチーは私の髪を弄るのは自分の役目だといっていたけど……う~ん、今回は自分でやっておくか。

 

 いつもはダダ被りするからやらない禁じ手なのだが、オーソドックスなポニーテールに近い形で結ってかんざしを突き刺す。とはいえモッピーのも普通なようで普通じゃないんだけどさ、アイデンティティを潰しにかかるのはなんだか気が引けるので、皆と同じ髪型にするのは控えているのだ。

 

 後は荷物を預けて集合場所へ出ると、イッチーのが早く待たせてしまったようだ。ボーっとしていたようだが、私を視界に入れるなり穏やかな表情を浮かべて近づいてくる。そして私の姿をしばらく上から下まで眺め、しっかりと感想を述べてくれた。

 

「やっぱいいよなぁ、黒乃の和服は。凛とした感じが様になるっていうか、綺麗さに磨きがかかるんだよ」

「あなたも」

「ん、俺もか?ハハ、それは嬉しいな。サンキュー」

 

 褒めてもらった羞恥から体温が一気に上昇したかのような錯覚を感じる。それに耐えるという意味を込めてだが、私もイッチーに似合っていると声をかけておく。実際、イッチーも和服が似合うんだよなぁ。今は緩い雰囲気だけど、キリッとしたら特に。個人的には腰に刀を携えていたら完璧です。

 

「……町娘―――いや、お忍びで市政を見に来たお姫様ってところか」

(時代劇の登場人物として例えてみてってこと?ま、前もいったけど……それは流石に美化し過ぎだよっ)

 

 イッチーはしばらく考え込むような仕草を見せると、素というか真面目な顔してというか……シチュエーションに合わせるのならお姫様だと評する。評価自体は跳ねて喜ぶくらいは嬉しいんだけど、ホントに言い過ぎだと思うんだけど……。そんなに高貴なオーラ出てます?

 

「俺は、そうだな……その護衛って感じでどうだ?そんでもって、お姫様と禁断の恋するパターンの奴」

(ちょっ、いや、ホント……勘弁してください。私が京都でいったい何度あなたにキュン死にさせられそうになってるか解かります!?)

 

 高貴なオーラの片鱗を探してあちこち見まわしていると、イッチーは表情を悪戯っぽい笑みを浮かべながら爆弾をぶち込んできやがる。いやね、ホントね……その言葉だって嬉しいんですよ?けどね、キミね、京都に入ってからロマンティストにも程がありませんかね!?た、確かに時代劇だとそういうシチュはありがちだけどさ~……。

 

 でも、まぁ、いいか……あくまでシチュで、イッチーとは禁断でもなんでもない恋で結ばれちゃってるわけなんだし。……あれ?私の元の性別を鑑みるに、これもある意味では禁断―――ってウェェェェイ!違う違う!もうイッチー色に染められちゃってるから私は女の子、乙女、誰がなんといおうとピチピチの女子高生なんです!

 

「まぁとにかく、命に代えても―――そうさ、命に代えても守って見せる」

(…………ふぁい)

「それじゃ行くか、お姫様」

 

 それまでの朗らかな様子は消え失せ、なんだか心からの言葉のように、イッチーは堂々としながら私を守ると宣言した。……かっこいいとかそんなのじゃ片付けられないせいか、数秒脳が活動を停止してしまう。惚けてる間にイッチーは私の手を引いていく、別にそれはいいんだけど……。

 

 今の表情、演技……だよね?ああ、いや……守る宣言じゃなくてさ、一瞬だけ様子がおかしかったのが気になるな。命に代えてもって一端言葉を切った際に、懺悔にも似た表情を浮かべていた―――ような気がする。……気のせい、ということにしておこう。この旅行中に、あまりそういうことを考えたくはないから。

 

「とりあえず、記念撮影でもしとくか?」

(そうだね、ここでの写真は特に思い出になりそうだよ)

 

 京都にて数え切れないくらいの写真を撮ったが、実際の映画の撮影にも使われるこの場だと、また違った角度の撮影が出来そうだ。なんというか、ついこの間の取材の時を思い出すな。……って違う、私は眠ってたからついこの間に感じるだけだ。ええい、1カ月ちょっとのラグが未だに解消されないぞ。

 

 まぁそれは置いておいてだ、映画村各所―――画になりそうな場所を探し歩き、みかけたスタッフや道行く親切な人にスマホでの撮影を要求する。道行く人たちに限っては私たちが誰なのか気づいた人が多いらしく、あっ……(察し)みたいな顔をされるのがなんとももどかしい。有名人の皆さんってこんな気分なのかね……。

 

 イッチーはともかく私は以前から代表候補生だったんだから、そういうのに関して自覚が薄いのはかなりまずいのだろうけど。でもなぁ、それこそ戦う以外の仕事をしたことがなかったからなぁ。近江の奴が模擬戦ばっかり組むもんでして……。私も私で、よくも逃げ出さずに戦い続けたことだ。

 

「あの橋なんかも雰囲気あるな」

(あ、うん。なら1枚撮っていこう!)

 

 いかんいかん、今日はどうにも思考がそっち方面にもっていかれがちだな。それがイッチーにバレることがないにしても、自分の気分も誤魔化す目的で少し小走りするようにしてイッチーの前に出た。橋のちょうど真ん中あたりで構図を考えていると、それはあまりにも突然に―――

 

「おうおうおう、動くんじゃねぇ!」

「へへっ、まさかこんな上玉が見つかるたぁ俺たちもついてるってもんよ!」

「お頭の喜ぶ顔が目に浮かぶぜぇ!」

(…………なにこれ?)

 

 突然数人の男に囲まれたかと思ったら、そのうちの1人が私の首元にドスをチラつかせた。普段から刀を扱っている私からいわせれば、よくできたレプリカだなぁくらいの感想しか浮かばない。それよりも、この状況はいったいなんなんだろうと冷静に分析してみる。

 

 ……あ~……もしやこれは、遊園地でいうところの特撮ヒーローショーみたいなものか。ほらさ、みたことない?怪人が子供を人質に取ってやろう!とかいって、無作為に観客の子をさらっていくやつ。特撮も時代劇も勧善懲悪の概念は似たようなものだし、どこかにヒーロー役で潜んでるのだろう。

 

 時代劇って、ちゃんと見ると意外と面白いよね。毎週似たようなパターンの繰り返しだけど、なんだかんだで大立ち回りする殺陣とかも見ごたえあるし。だとしても、私を選んだのはミスチョイスですぞ。ホントならワーキャーと無駄に騒ぐんだけど、それができない人生を10年ほど過ごしているわけで―――

 

「おい」

「あん?ケケケ……残念だったな俺らマムシ組に目を着けられたのが運の―――」

「御託はいい。1度しかいわないぞ―――その子から離れろ」

 

 いや、イッチー?私に関したことで冗談通じないのは嬉しいんだけどさ、これお芝居だから。そんな凄い殺気飛ばしながらそんな台詞をいうもんだから、俳優の皆さん困っちゃってるよ。イッチーの近場にいる―――仮に悪党Eとしよう。悪党Eの人なんか、お客さん落ち着いてなんて小声で囁いちゃってるからね。

 

「こ、このガキ!小娘がどうなっても―――」

(っ……!?イッチー以外の男が……私に気安く触れんじゃねぇええええっ!)

「のわああああ!?」

 

 あ……や、やっちまった……。悪党Aさんが仕方ないから続行しようと思ったのか、私の頬掴むもんでつい。ええと、要するに反射的に投げちゃいまして……。気絶はしてないようだが、私に1本背負いで投げられたことでダウンを決め込んでるようだ。こ、こうなったら……私たちでお芝居を完遂するしかない!

 

「あなた」

「応!」

「な、なんだこのガキども!」

「あ、兄貴の敵だ!や、やっちまえ!」

 

 リーダー格だったらしい悪党Aさんの腰にぶら下がってた日本刀を拝借すると、それをイッチーに向かって投げ渡した。イッチーは手早く抜刀して鞘を投げ捨てれば、私と背中合わせになるようにして刀を構える。向こうも続行するしかないのか、アドリブ全開なのが見て取れるくらい台詞がどもっちゃてて……なんか本気で申し訳ない。

 

 全部で5人で1人倒したことになってるみたいだから残り4人か。単純計算で私とイッチーで2人ずつ―――っておお、向こうもそうさせるつもりなのか私たちの前方に2人ずつポジショニングしたぞ。おあつらえ向きっすなぁ。まぁお芝居なんだから当たり前なんだけど。

 

 私は悪党Aさんの持ってたドスを拾い、悪党BさんCさんと交戦。……を始めたのはいいんですけど、私の後ろでDさんEさんが本気の叫び声をあげてるのは気のせいですよね?イッチー~……頼むから手加減してあげてちょうだい。イッチーの近くに立ってたのが運の尽きかぁ。

 

 なんて考えながら、当たり障りのない感じでBさんCさんとの殺陣を繰り広げていたその時だった。どうやらDさんEさんを蹴散らしたらしいイッチーが、私の代わりに2人と応戦し始めてしまう。あ~……これならとっとと倒したフリをしておいた方がよかったなぁ。

 

「お、覚えてやがれ!」

 

 結局のとこBさんCさんもイッチーの洗礼を受けたというか、キッチリ痛い目にあわされてしまうことに。お約束のような捨て台詞とともにヨロヨロと逃げていく。う~む、プロですわ……レプリカとはいえ、割と本気でイッチーに攻撃されたっていうのに。

 

 で、そのあとが大変だった。私たちがゲリラ的なお芝居の一員だとでも思ったのか、いつの間にかできていた人だかりの喝采に包まれる。そこでようやく冷静さを取り戻したっぽいイッチーは、私の手を引いてとにかく人気のない場所へと走っていった。

 

「はぁ……はぁ……。こ、ここまで来れば大丈夫か……?」

(そ、そだね……)

「くそっ、悪い黒乃。黒乃のことになると、途端に冷静じゃいられなくて……」

 

 長屋の入り組んだ裏路地のような場所で息を整えていると、イッチーは心底から申し訳なさそうな表情を浮かべた。イッチーだってきっと、頭の片隅ではこれはお芝居だって解かっていたのだろう。もし本気の本気だったら、あの人たちは今頃お陀仏かも知れないし。けど、どちらにしたって―――

 

「嬉しい」

「え……?それは、俺が怒ったから……か?」

 

 本当は叱ってあげるべきなのかも知れないけど、私はイッチーが私のことで怒ってくれた事実が嬉しくてたまらない。イッチーがあそこまで怒るのって、私が関わらなかったことはないもの。なんというか、愛されているなと思う瞬間というか。

 

 しかもまた嬉しいのは、イッチーは私が嬉しいってことを嬉しいと思ってくれている。つまり私はまたそれが嬉しいわけで、この幸せの無限ループを止められるもんなら止めてみなって話ですよ。私は未だ半信半疑な様子のイッチーに、安心させるよう右手を左手へ絡ませるように握る。

 

「黒乃……」

 

 すると、イッチーは残った右手で同じように私の左手を取る。しばらくそのまま見つめ合っていたが、イッチーが私の名を呟くように呼んだことにより次の行動は示された。私は静かに目を閉じると、待っていたのはイッチーの唇が重なる感触。

 

 私とイッチーは人気がなく隠れた状態とはいえ、不特定多数の観光客がいるにも関わらず激しいキスに没頭した。誰かに見られてしまうかもという考えが逆に私たちを大胆にさせるのか、キスはいつもより長く深い。そして終わったかと思えば、イッチーは私を固く抱き留めた。

 

「謝りにいかないとダメだよな……」

(ダメでしょうね~……)

 

 抱き合うことしばらく、私を離したイッチーはそんなことを呟いた。あれはあれで大盛況だったが、ショー1つ潰したのは間違いないし、なにより悪党役5人の皆さんには怪我もさせたことだろう。というわけで、スタッフしか入れないような場所を捜索しつつ、例の人たちを探した。

 

 ようやく見つけて謝ってみると、なんだか向こうは私たちをスカウトしたいだの言いだすではないか。それは丁重にお断りしておくが、一周回って評価されるとは思わなんだ。やっぱりISで日常的に戦闘訓練を行っているからだろうか?……まぁなんにせよ、怒られなくてよかったよかった。

 

 

 

 

 

 

「ふ~……3日間、あっという間だったな」

(そうだね、楽しい時間ほど早く感じるのはなんでだろ?)

 

 その日の散策を終えた2人は、食事や風呂を済ませてあとは寝るのみ。しかし、目が覚めてしまうと京都旅行も終わりを告げる。そう思うと寂しさを感じずにはいられず、一夏は思わずそう呟かずにはいられなかった。いや、そちらが最たる理由ではないかもしれない。

 

 一夏にとっては、もうすぐ作戦決行の時間なのだ。黒乃の就寝によって多少の誤差はあれど、眠りにつけば自分は亡国機業との戦いが待ち受けている。なにもそれを恐れているわけではない。京都に来る前に本人が宣言したとおりに、黒乃が参戦するかどうかがかかっているのならむしろやる気が出るというもの。

 

 一夏が恐れているのは、それこそ黒乃が戦いへ参加すること。黒乃は勘がいい、もしかすると既に気づいて後から合流するつもかも。もしくは自分たち全員が勝てないような強大ななにかが敵として出てきて、黒乃を投入せざるを得ない状況になってしまうかも。

 

 可能性を上げようと思ったら切りがない。そう、まるで黒乃は戦いという運命から逃れられないかのように。だが一部の者はこういうだろう、彼女の生きる場は戦場であると。かつてなら黒乃がそれを望むならと妥協していた一夏だが、もはや望む望まないは関係ないのだ。

 

(そうさ、黒乃に戦いなんて……)

 

 黒乃が強かったからこそ切り抜けてきた場面なんて数えきれない。その数あるうちの1つが、ゴーレムType Fとの戦闘だろう。自らの命をかけ、多くを守るために黒乃は奴を倒し切った。もはや死ななかったからよかった、なんていえないだろう。

 

 一夏は思う、このままいくといつかは本当に黒乃が死んでしまう。奇跡はそうそう続かない。次に出ればそれが黒乃の最期かもと思うと、一夏はこの世界のなにもかもが忌々しく思えてしまうような気さえした。ISが生まれ、世界そのものが黒乃へ戦うことを強いている。さらに拍車をかけるのが―――

 

(あぁ……本当に、本当に忌々しくて仕方がない……!)

(イッチー……?)

 

 一夏はふと、黒乃の首元を撫でた。今は就寝前ということで外されているが、普段は黒乃が戦えてしまう理由を作っているチョーカー―――首輪―――刹那が巻かれている。それを造ったのが鷹丸だと思うと、一夏は奥歯を今にも砕いてしまいそうなほどに嚙み締めずにはいられない。

 

 解かっているのだ、黒乃が愛する者のためにその力を振るおうとしているのは。だが戦いの権化を今となっては憎き相手が造り、送ったとなると複雑な心境を拭い切れない。そう考えていると、どうにかして黒乃を戦いの場から退けられないだろうかということばかりで頭がいっぱいだ。

 

 己が黒乃ほど強ければ。―――笑わせる、高望みにもほどがあるだろうに。黒乃が四肢の1つでも欠損すれば。―――ふざけるな、論外だ。それにそんなことで諦める女性でないのは一夏がよく知っている。きっと血反吐まみれになろうが、黒乃は戦場に復帰しようとするだろう。

 

(どうすれ……ば?)

『ああ、黒乃のIS操縦者としての道を断ちたくはないからな』

 

 ふと、一夏の脳内にはかつて自らが放った言葉がフィードバックした。普段ならばなにをそんなと思うだろうが、こうしてマイナス方面へ思考を持っていってしまっている現状では―――簡単なことじゃないか、その手があったかと思ってしまう一夏が。

 

「黒乃」

(へ……?むぐっ!?)

 

 一夏の様子がおかしいのは感じ取っていたようだが、心配そうな眼差しを送っていると急に押し倒されていた。気が付いた時にはのしかかるようにされながら唇を奪われ、口内を思う存分余すとこなく蹂躙される。脳みそが蕩けるような感覚になりながらも、惚けた頭で黒乃はなにごとかと一夏へ視線を向けた。

 

「ホントは明日も早いし、とっとと寝ようかと思ってたんだけどな」

(そ、そうだね……。帰りの新幹線の時間とかあるし、遅れたら大変―――)

「だけどさ、予定変更。ちょっといいこと思いついた」

 

 突然すぎたゆえに、無表情の視線でもどういう意図だったのかは伝わったのだろう。一夏は本当にいいことを思いついたとでもいいたげな顔つきで、一旦そこで言葉を切ってからまたキスを始めた。ただしそれは唇ではなく、黒乃の額や頬、首筋などへ降り注ぐようなキスだった。そしてそれが終わると―――

 

「黒乃、初日に子宝祈願の話したろ?いつでもいいとも言った」

(う、うん……。いつでもいいから、自分の子を……って)

「あれやっぱなしだ、取り消す。孕んでくれ、今日―――ここで」

(へ?え……ちょっ、なにいって―――ってキャア!?)

 

 一夏の思いついたいいことというのは、今すぐ黒乃を妊娠させようという魂胆だった。1発必中する可能性がどれくらいあるか解からないが、一夏は自分が産んでくれといって黒乃が断らないのをよく知っている。要するに、孕むまで幾度もするつもりなのだろう。

 

 仮に黒乃が妊娠したとして、腹に新たな命が宿っている状態で戦いに赴く可能性は低い。しかもいつしか一夏が千冬と会話した通り、妊娠したという事実は瞬く間に世間へ広がるだろう。そうすれば代表候補性の座からも陥落し、刹那は国に没収されることになるはず。

 

 ことによってはIS学園も退学になる可能性だって。一夏にとってそれは最高の結末だ。卒業するまでは離れる時間が多くなるだろうが、黒乃は子育てと家事に専念すればいいのだから。一夏にとって―――考えるほど最高の未来しか待っていなかった。

 

 最も肝心な、それを黒乃が本当に望んでいるかということを欠片も考えはせずに。いつでも子を宿す気もある黒乃だが、タイミングは今ではない。明日なにが起こるともわからない現状で、妊娠なんてしてはいられないのだ。しかし……黒乃は一夏にこう来られてしまえば抵抗なんてできず―――2人の熱い夜が始まりを告げた。

 

 

 




黒乃→演技……だよなぁ?う~む……。
一夏→黒乃を傷つける全ては敵だ!

予定は未定ですが最後あたりの続きはいずれもう1つの方で。
次週、作戦決行です。

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