八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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VS亡国機業直前ほど。
実際に戦闘にはならないので、説明回みたいなものです。


第110話 瞳に宿すは

「悪いみんな、待たせた」

「いや、気にするな一夏よ時間ピッタリだ」

 

 黒乃は完全に寝静まり、一夏は白式にて集合場所へと向かっていた。一夏と黒乃を除いたメンバーの尽力により、既に京都内でのISの使用も許可は下りている。ただし、とりあえずは隠密を強いられているためかなりの低空飛行を余儀なくされているが。

 

 建造物を縫うような移動を続けることしばらく、他のメンバーとの合流地点で一夏は白式を解除した。当然ながら全員一夏より早く集合しており、後は作戦実行の合図を待つばかりといったところか。しかし、懸念すべきものがあると考えるメンバーが大半なようだ。

 

「……一夏、黒乃は本当に感づいていないのだろうな」

「ああ、まず問題ない。今はのほほんさんと虚さんも見張ってるしな」

「それを入れても心配ではあるけどね……。でも、なんだか自信満々にみえるんだけど?」

「そりゃ、しっかり寝かしつけてきたから大丈夫だ」

 

 特に心配そうな表情をしているのは、どうしたって幼馴染組2人。やはり黒乃をよく知る2人だからこそ、そうやって警戒せざるを得ないのだろう。しかし、黒乃が起きないのは確実だとでも一夏はいいたげだ。そのあまりもの自信にシャルロットは首を傾げ、のちに続いた一夏の言葉で全てを察する。

 

「へ……?ああ、うん……そういうこと」

「そういうことってどういう―――あっ!?ア、ア、ア……アンタまさか……!」

「ご想像にお任せする」

「ば、馬っ鹿じゃない!?もし本当だとしてもそんな堂々とセッ、セセセセ―――してきたって宣言するとかどーいう神経してのよ!」

 

 一瞬だけ一夏の言葉を読み損ねた鈴音だったが、察したと同時に顔を真っ赤にしつつ余計なことを口走るなと声を張り上げた。爆弾発言をした方はいたって冷静で、むしろニヒルな表情をしているようにも見える。つまり、多少の反感があるのは予想がついていたのだろう。

 

「あれだ、場を和ませようと思ってな」

「一夏くん、これを見てもそれがいえるかしら?」

「あぅ……はぅぅ……」

「簪さん、傷は浅くてよ!」

 

 楯無に呼ばれて視線をやってみれば、そこには頭から煙が出るようなエフェクトが見える―――気がするくらいには脱力している簪の姿だった。一夏と黒乃のなにを想像したのかは知らないが、内向的な性格をしている簪からすると過激な内容には違いなさそうだ。

 

 適材適所というが、和ませる目的として此度の内容はミスチョイスだったようだ。楯無が優しく頬をペチペチと叩けばすぐ正気を取り戻したが、いろいろと妄想を膨らませたことそのものが恥ずかしいのかしばらく必死の弁明ばかり。簪を落ち着かせることに終始し、ようやく話は本題の方へ舵を取った。

 

「それで、例のシールドジェネレータは?」

「2日半くらいかけてなんとかね。途中から府警の人たちが手伝ってくれたから」

「住民の避難はどうだ?」

「各自治体ごとの集会所等に収容は完了している」

「やむおえない事情があって移動できない人たちは、頼りないかもだけど更識の者が護衛に着いてるわよ」

 

 2人がデート中にも着々と作戦は進行していたようで、今すぐ戦闘開始ができるような状態のようだ。シャルロットたちの報告を耳にした一夏は、そうかと呟きながらそびえ立つホテルを見上げる。いわばそこは亡霊たちの根城。一夏の瞳には、今日ここで決着をという執念のようなものが宿っていた。

 

「で、奴らをどういぶり出す。穿千で吹き飛ばすか?」

「広範囲吹き飛ばすなら、龍砲のが燃費いいから任せときなさいよ」

「待たないかそこの脳筋コンビ」

「建造物の破壊……故意はご法度……」

 

 シールドジェネレータを作動させるには、まず初めに一定の高度まで連中を誘き出す必要がある。ならばどうするかとなった時、箒の口から飛び出たのはとりあえず吹き飛ばそうという提案だった。それに対して鈴音も似たようなことを言い出し、すぐさま待ったがかかる。

 

 建造物ごと攻撃を仕掛けてしまえば、それではもうなんのためのシールドジェネレータか解ったものではない。止めておかなければ本気で攻撃しかねないと感じたラウラが止めに入り、簪もお願いだから勘弁してくれというような声色で落ち着くよう促す。

 

「真面目な話、楯無さんとラウラに先行してもらうのが無難だよな」

「アタシらが真面目にやってないみたいな言い方は止めてくんない?」

「あらあら、ご指名とあらば仕方ないわね。行きましょうか、ラウラちゃん」

「ええ、お供します」

 

 やはり潜入だの隠密だのというような事柄は、本職の人間に任せた方がいいだろう。そこで一夏が候補として挙げたのが楯無とラウラの両名である。一夏の発言自体に文句は有れど、鈴音を含めてこの場に居る全員がその意見に賛成のようだ。暗部の頭と現職の軍人ともなれば安心感からして違う。

 

 2人も自分たちが殿を務めることになるという自覚でもあったのか、かなりアッサリとした様子で任務を請け負う。楯無がラウラを引き連れていざ行動開始―――しようとしたその時だった。人の気配でも感じ取ったのか、楯無は数メートル先の暗闇へ向けて険しい視線を向ける。

 

「そこに居るのは誰?」

「ハハ、流石は楯無さん。一応は隠れたつもりなんだけどねぇ。やぁみんな、久しぶり」

「き……さま……貴様は―――」

「近江 鷹丸ぅああああっ!」

 

 非常に歩きづらい様子で自分たちに接近してくるシルエットは、この場にいる全員が忘れたくても忘れられない人物のものだった。誰もがまさか、そんなはずはと目を疑ったが、人の神経を逆撫でする口調や発言も相まって間違いない。間違いなくその人物は、近江 鷹丸その人だった。

 

 箒が恨みの募った視線をぶつけてその名を叫ぼうとする前に、一夏は瞬時に白式を展開し鷹丸へ斬りかかった。勢いのいい袈裟斬りを見舞うが、それはハニカム構造をした宙を浮く強固なプレート数枚に防がれてしまう。鷹丸が操っているのか、一夏が引くと同時にプレートは背後に待機した。

 

「くっ!」

「いやぁいいねぇ、容赦のないその感じ。いい目をするようになったじゃないか」

「ああ、誰かさんのおかげでな!」

「貴方っ、よくもわたくしたちの前に顔を出せたものですわね!」

 

 杖を1度地面に強くタン!と突いてから、鷹丸は心底から楽しそうな様子でいい目をすると一夏を讃える。酷く憎しみの籠ったような一夏の目をだ。一夏だけではなく、その存在そのものがそうさせるのか、気づけば全員がISを展開していた。

 

「ん~?千冬さんにはいったけど悪いと思ってないからねぇ。キミらが僕のことをどう思おうと、それはキミらが勝手にすればいい話だし」

「っ……騙された僕らが悪いって言いたいんですか!?」

「今聞くべきは……そこじゃない……!」

「簪の言う通りよ。アンタ、今このタイミングで出てくるって―――向こうにつきましたって思っていいの?」

 

 束とは見方や意味は異なるが、鷹丸もある種で他人に興味はない。厳密にいえば人間そのものには興味深々なのだが、向こうが自分に対してどういう評価を抱こうが関心はないということなのだろう。そんなことは伝わるはずもなく、純真な心の持ち主であるシャルロットとしては引っかかる発言だ。

 

 ただ、簪のいう通り今気にするべきはそこじゃない。今から亡国機業との決戦だという時に、この男が姿を現すことそのものが違和感だらけ。しかし、タイミングを考慮するなら考えるまでもない。全員が抱かざるを得ない疑惑―――亡国機業と鷹丸が手を組んだと……?

 

「ハハ、まさかぁ。ビジネスパートナーにはなっても本気で肩入れしないって」

「どちらにせよ貴方にはご同行願いますけど?」

「だよねぇ。けどさ、逆に―――僕がなんの対策もナシにキミらの前に姿を現すと思うかい?」

 

 芝居がかった様子でやだなーもーというジェスチャーがおまけで、あくまで亡国機業はビジネスパートナーでしかないと断言する。例えこれが嘘でも真でもあろうと、楯無としては拘束一択だ。蒼流旋をブンブン振り回してから構えるが、次いで出た鷹丸の言葉に迂闊な行動をとれなくなってしまった。

 

「キミら、被害を最小限にするためにシールドジェネレータを仕込んだみたいだね」

「それがどうしたというのだ!」

「僕の意思でそれを暴走させて、爆破することができるって言ったら―――信じるかな?」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 実のところ、シールドジェネレータの仕込みそのものは亡国機業にも悟られていない。鷹丸は察知しつつも、報告はしなかったのだ。鷹丸の知りたいことを実行するには、伸び伸びと戦闘が行えるフィールドがあったに越したことはないからだ。

 

 しかし、交渉材料として使えるのなら利用することは辞さない。しかもこの場で信じるかとIS学園サイドに選択の余地を迫ることにより、付け入る隙も多分に与えてくれることだろう。この男なら十分にそれは可能だ。いや、ハッタリの可能性も捨てきれない―――という疑心暗鬼へ陥れることによって。

 

「皮肉な話だよねぇ。沢山の人たちを守ろうとして設置したものが、一転して悪魔の兵器に早変わりなんて。僕がその気になれば、京都はあっという間に火の海だ!」

「……貴方はどうして、人の弱みにつけ込むようなやり方しかできないのです!」

「それが合理的かつ効率的だからだよ。ねぇ楯無さん、僕と取引しない?」

 

 鷹丸は、まるでこの場がミュージカルの舞台のように、右足が不自由なことも演出として使うかのように芝居がかった動きをみせた。高貴な行いを準ずるセシリアとしては、一般市民を使って脅しにかかるなど言語道断。声を荒げて非難したが、鷹丸には全く届かない。

 

 短い回答を送ると話すだけ無駄と思ったのか、会話の対象は楯無に移った。たった1年の差ながらもこの場では年長者ということもあるし、千冬とでは話すほど平行線を辿るばかりと判断を下したのだろう。楯無は眉間に皺を寄せつつ、鷹丸に返事を返した。

 

「……要件は?」

「一夏くんと篠ノ之さん以外が戦闘に参加しないこと、それと僕に手出ししないことかな」

「はぁ……?なによそれ!アタシらは―――」

「鈴ちゃん、少し黙ってて」

 

 戦闘の参加メンバーを強制させるということになんのメリットがあるかは不明だが、指名された2人はなんだか不思議そうな表情を浮かべた。とはいえ代表候補性ではない2人だ、未熟な者を指定したとでも思ったのか、鈴音は今にでも鷹丸へ攻撃を仕掛けそうな勢いにもみえる。しかし、それを楯無は黙らせる。

 

「……本当にそれで満足なのね?」

「交渉では嘘はつかない主義だからねぇ。それこそ信じる信じないは勝手だけどさ」

「お姉ちゃん……!?」

 

 満足かどうかを確認するように問うということは、合意する姿勢だと宣言しているようなものだった。端的に正気かと伝えるように簪がお姉ちゃんと口にするが、楯無がそれに反応することはない。それは本人も善い手ではないということを理解しているからだろう。

 

 しかし、手立てがないということもまた事実。自分たちの身になにかが起こるというのなら妥協もできるのだが、縁もゆかりもない人物が巻き込まれるのは防ぎたいところだ。つまり鷹丸の言葉を信じない場合のリスクを、楯無たちではなく一般市民が被らなければならないというのが問題となる。

 

「一夏くん、箒ちゃん。そういうことだから、任せてもいい?」

「どういう思惑があるかは知らないが、俺は願ったりだ!」

「私も同じく!」

「そう……ありがとう。2人を除いて全員、速やかにISを解除しなさい」

 

 指名された2人へ是非を問うと、どちらともやる気があり過ぎるくらいの様子を見せた。本人達の同意が得られたことで、楯無はISの解除命令を下す。鷹丸の提示した条件を鑑みるに、それには従わざるを得ないだろう。代表候補生一同は、非常に渋々といった表情で指示に従った。

 

「ん、今のところは交渉成立だね。それじゃ、早速始めるとしようか」

 

 今のところはという言葉がきな臭くはあるが、条件を呑んでくれた時点で鷹丸が京都を焼き尽くす理由もほぼなくなった。そして話がまとまった途端、ガラスを突き破るような大きな音が響く。どうやらホテルの窓からISが飛び出たようだ。暗がりということもあり、捉えられたのはシルエットくらいのものだが。

 

「2人は彼女のご指名ってやつだよ。さ、早く追いかけてあげるといい」

「いくぞ箒!」

「ああ!」

「一夏、箒、気を付けてね!」

 

 一夏と箒を指名した張本人とは、上空へと昇って行くIS操縦者らしい。自分が指名されたというのなら、誰だか予想が着く一夏だが―――誰だろうと関係ない、立ちふさがるなら斬るのみという意気込みと共に飛び立った。シャルロットを筆頭に、飛び立つ2人へそれぞれエールを送る。

 

 そうして2人の姿が豆粒のようになった頃、楯無はふと鷹丸の方に視線を向けた。鷹丸の方もそんな視線に気づいたらしく、わざとらしくニコニコと笑みを浮かべるばかり。そんな笑みにフンと鼻で一瞥くれてやると、楯無の視線は見張るようなものへと変わった……。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、黒乃が宿泊している旅館では虚と本音が待機していた。非戦闘員とはいえ作戦決行時も役目はあり、隔離体制を敷くのが仕事となる。黒乃の客室が見える位置にヒッソリと身を潜め、作戦終了までなんとかその場にとどまらせなければならない。

 

 もっとも、一夏の談では黒乃は熟睡している。その場合は、不測の事態に備えて黒乃を叩き起こすのも仕事に含まれる。要するに2人のするべきことはケースバイケースで臨機応変にこなさなければならない。その点でいえば、姉である虚は問題ないのだが―――

 

「ねむ~……」

「貴女ね、昼の内に寝ておきなさいっていったじゃない」

「だって~……みんな働いてたし~……1人だけ寝るのは…………すぴ~…………」

「まったくこの子は……」

 

 よほど眠たいのか、本音は目がシパシパしているようにみえる。だが本人に起きている気そのものはあるらしく、目を擦ったりしながら必死に睡魔と戦っているようだ。虚は困った様子で困った妹に説教を喰らわすが、眠い理由を聞けばあまり怒ることはできなくなってしまう。

 

 てっきり旅行気分で寝ている暇を作らなかったのかと思いきや、数日かかった京都安全対策を最後まで手伝っていたらしい。虚は黒乃の監視が優先度が高いと判断し日中睡眠をとった。自分が眠っている間に、あの本音がそんな気位でいたとは思いもしなかったらしい。

 

 ただし、本人の意志と身体は相反するようだが。本音はうつらうつらとしている間に、話の途中で寝落ちしてしまった。引き続き困った様子ながら、虚は妹を優しく起こす。そうして、自分1人でも平気だから部屋に戻って就寝することを提案した。が―――

 

「だいじょぶだいじょぶ~。関わりは薄いけど~くろっちのお助けはしたいしね~」

「……貴女、初めは嫌がってなかった?」

「いやいや~なにもくろっちが嫌ってことじゃないよ~。最初から疑ってかかるのが嫌なだけ~」

 

 なんの説得力も感じられないが、本音は寝ぼけ眼のまま可愛らしいガッツポーズを見せた。そんな妹の様子に、虚は違和感を覚える。そもそも本音が1組所属なのは、一夏と黒乃が所属しているという部分が強い。つまり、体よく監視の目をつけるためだ。

 

 特に当初の生徒会の方針として、黒乃への警戒度は高いものだった。それゆえに、主に黒乃に対するものだ。だが根拠のない本能や勘に秀でる本音としては、あまり気の乗らない命令でしかない。それに加えて本音は人を見る目もある。黒乃の監視は、早々に職務放棄されたともいえる。

 

「みんなくろっち怖いっていってたし~ぶっちゃけアッチのくろっちは私も少しね~」

「珍しいわね、貴女が恐怖を感じるなんて」

「いやホントに少しだってば~。たださ~落差がさ~激しいと思うんだよね~。普段のくろっちは怖いくらい良い人~」

「そうね……。初めて会ってからしばらくして、警戒したのが馬鹿らしくなってしまったわ」

 

 本音は他人の意見に振り回される女性ではない。数々の噂話が横行していた黒乃に対し、当初から特に感じるものはなにもなかった。しかし、実際に八咫烏の黒乃を目撃した時にはそうもいかなかったらしい。だが多少の恐怖は感じつつも、拒絶反応を起こすことはない。

 

 もちろん所属の関係上、もう一方の黒乃が産まれたと推測される事件のことを知っているというのも大きい。しかし、それを抜きにしても本音には黒乃が善き人であることは伝わったらしい。なにかを、誰かを守ろうとする黒乃の背を想うと―――本音はどうにも目頭が熱くなってしまいそうになる。

 

「だからね~くろっちが誰かのために頑張るのは今回お休みなんだよ~」

「本音……」

「くろっちが頑張らないためにみんな頑張ってるでしょ~。だから私もくろっちが頑張らないように頑張って見張る~」

「ええ、本音のいう通りだわ」

 

 いつの間にか黒乃は誰かの前に居る。その背に恋人や友人たちといった大事な者を傷つかないように隠し、己は前面から全ての痛みを受け止める。緩い性格の本音からいわせれば、そんなものただの頑張り過ぎである。ただ黒乃が頑張り過ぎないとどうにもならない事態もあるため、今回ばかりはと本音は願うのだ。

 

 それは最終的に戦闘機参加するメンバーの力量によっても左右されるが、自分でもなにかできることがあると今回の本音は張り切っているのだろう。今まで黒乃が自分たちにそうしてくれたように、できることを最大限にこなすという本音の言葉を、虚は姉として心から誇りに感じた。

 

「ところがどっこい、頑張ってもらわないと困るんだよねー」

「ふぇ?あうっ……!?」

「本音!?っ……貴女は―――」

 

 2人が己の役割を再確認していたその時だった。突如として背後から聞き覚えのない声が響いたかと思えば、バチンと電撃が弾けるような音がした。それと同時に肉体へと確かな衝撃を感じ、痛いと思う前に本音の意識は彼方へと飛んで行ってしまう。

 

 虚の方も似たようなものだった。妹が意識を失うという非常事態に動揺したという要因が大きく、続けざまに電撃を喰らってしまう。しかし、虚は薄れゆく意識の中で襲撃犯の一部を目撃して脳裏に焼き付けていた。どうにも注目してしまうその特徴的なウサミミのカチューシャは―――

 

(しののの……たばね……?)

 

 

 

 

 

 

(ん……?なんか騒がしかったような……)

 

 なんだか外の方で2度ほどドタドタとなにか聞こえたような気がする。おかげでグッスリ眠っていたのに目が覚めてしまった。まったく、不特定多数が宿泊するんだから静かに―――って人のことはいえませんかー……。あーあ、どうしよ……絶っ対にいろいろ聞かれたからね。

 

 というより、この場合は目が覚めてよかったのかも知れない。あの後は気絶するように寝ちゃって―――あれ?途中から記憶が曖昧なような……。と、とにかく……片付け(意味深)も済んでいなければ、身体がそこらじゅうベトベト(意味深)で気持ち悪い。最中は気にならないのになんでだろ?

 

 ……って、イッチー居ないけどなして?ふ~む、外の空気でも吸いに行っているのだろうか。よく見ると荷物を漁った形跡もあるし、着替えを取り出したのかもね。なら……イッチーが帰ってくるまでにお風呂入っとこうかな。そう思い布団を蹴散らした私は、ノソノソと立ち上がった。

 

 日もまたいだ深夜にお風呂なんか入れない?いやいや、この客室は個室露天風呂つきなんですよ。まぁ実際のところは普通に大浴場の方を使ったりで、あまり利用はしていないのだが。最後の記念にひとっ風呂ってことになるかもしれない。だが、真夜中の露天風呂っていうのもなかなかオツなもんじゃないですか。

 

 私は当然のように全裸なので、バスタオルだけ持ってゆっくりと湯船にはいっていく。流石にシャワーとかはないからこれで我慢するしかないが、なにもしないよりはマシだろう。しかし、イッチーはなにもせずに外へ……?―――というのは考えづらい。イッチーもお風呂に入ってから出かけたのかもね。

 

(それにしても……)

 

 振り返ってみて、本当の本当に婚前旅行みたいな3日間だったな。イッチーと過ごした京都の思い出は、どれもこれも幸せが満ち溢れている。フフ、この先の私たちにはどんな未来が待ち受けているのだろう。想像するだけで楽しくなってしまう。

 

 今は婚約だが、プロポーズしてくれるのはいつだろう。それとも、学園を出たら籍だけ先に入れておくのかな。そうすれば私は、晴れて織斑 黒乃になるわけだ。……う、う~む、なんだかむず痒い……。けど、大好きな人の名字を名乗ることができるのは幸せなことだろう。

 

 式はやっぱりベタな教会とか?あっ、モッピーのとこで白無垢とかも着てみたいなー。でもウェディングドレスも外せない。お恥ずかしい話、イッチーを好きになってからというもの憧れが強いのだ。ショーウィンドウなんかから物欲しそうに見つめてると、心配しなくてもそのうち着させてやるよ……とか言われちゃったりしてキャーッ!

 

「グダフタヌーン!」

(キャアアアアアアッ!?)

 

 1人妄想を膨らませて悶絶していると、いきなり元気な夜の挨拶かましながら不必要に力強くふすまを開く不届き者が。ノミのハートな私にそんなことされたら驚く以外はなく、ザパーッと大きく湯船を揺らしつつ、反対側の淵を背にするようにして振り向いた。ふぅ~……ビックリしたただの束さんじゃないか―――

 

(束さんんんんんんっ!?)

「やぁやぁくろちゃん、昨夜はお楽しみ―――うん?まだ今晩?でも時間的には日が変わってるから……まーどっちでもいっか!」

 

 待て、待て、とりあえずは落ち着け……なんでここに居るのだとかは考えなくていい。私に向けていつも通り人を弄るようなジョークを挟んでいるが、冷静に分析するにこの人は近江と共謀―――つまりは敵だ。私の警戒感でも伝わってくるのか、束さんはニヤニヤと表情を意地の悪いものへと変えた。

 

「そんなに警戒しなくても平気だって。私が直接なにかをすることはないよ。むしろくろちゃんに良い事を教えに来てあげたんだから」

 

 束さんは感謝してよねとでも言いたげに、私へ向けてバッチリとウィンクしてから空間投影モニターを表示させた。するとそこに映し出されたのは―――イッチー!?それにみんなも……。や、やはり京都編は私が知らない間に進行していた……?だとしたら、私はどうしてあちらに混ざっていないの……!?

 

「驚いた?みんなしてさ、くろちゃんが戦わないために必死だったみたいだよ」

(私が……?……もしかして―――)

 

 もしかしてだが、そんなことのために気を遣ったんじゃないだろうね。そりゃ戦いは基本的に嫌いだよ、平和であるのに越したことはないんだから。けど、けど……!置いて行かれるくらいなら、戦いの方がマシだっていうのが解からないかな!

 

 もはやこういう表現は失礼でしかないが、いわゆる原作にて主要人物であるみんなとこんなに仲良くなれるなんて思ってもなかったんだ。私は無表情だわ喋んないわ何を考えているんだか伝わらない―――はずなのに、みんなは私のことで逐一……必死になってくれて!

 

 だから私もみんなの為に必死になれる。辛くても怖くても痛くても、みんなの為なら戦えるというのに。確かに意識不明で心配はかけただろうけど、水臭いことをいいなさんなって話ですよ!のんびりお風呂入ってる場合じゃない、今すぐみんなの所へ駆けつけなければ。

 

「おっ、流石はくろちゃん話が早い―――」

「ありがとう」

「…………。いやいや、どういたしまして!―――…………やっぱりなんだかんだ言って、くろちゃんは戦いをもとめてるんだってば」

 

 恐らくは敵だが、教えてくれなければグースカ寝息を立ててしまっていただろう。一応の感謝だけしておいて、私は急いで湯船から上がった。ザプザプと波立音のせいでイマイチ聞き取れなかったが、なんだか束さんがボソボソ呟いていたような……?

 

 ……まぁ、束さんのことなんて常人である私に理解できるはずもない。昔からそうだったじゃないか、この人のことは気にしたら負けだ。……それにしても、万が一と思って持ってきておいて良かったなISスーツ。今は裸だから着替えるのにはちょうどいい。

 

 バスタオルで身体を拭いている最中に気が付いたのだが、いつの間にだか束さんの姿が消えている。……いろいろ不気味な気もするが、とっととみんなに追いつかなければ。枕元に置いておいたチョーカーを首に装着しつつ、ドタドタ走って旅館の外を目指す。さぁせっちゃん、飛ぼうか―――みんなの所へ!

 

 

 




黒乃→まぁ、とりあえずは感謝しておくよ。
束→ありがとうって、こういう場を用意してくれて……だよね、やっぱ。

VS亡国機業勢といいつつ、若干2名は出番がないのですけれども。
さて、次回より本格的に戦闘開始となります。

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