八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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京都編、締めといきましょう。
一夏のことにも言及しますが、そのあたりはお気になさらず。
原作でも有耶無耶な部分ですからね……


第114話 ふたり

「さて、それではデブリーフィングを始めるぞ」

 

 黒乃たちは戦闘に参加できなかったメンバーと合流後、府警の一室にてデブリーフィングを開始していた。何名か寝ぼけまなこな者もいるが、千冬がキビキビとしているだけに隙を見せれば殺られる。そういう認識があってか、ここも気合を入れて臨むはめになっているようだ。

 

「まず総評だが、お世辞にも作戦成功とはいえんな。此度の目的は連中の掃討なのだから」

「で、ですが織斑先生―――」

「ああ、解かっているよ。予期せぬイレギュラーがいくつか起こったのも間違いではない。なにも私は責めているつもりはないさ」

 

 千冬はなにも生徒たちを責めるつもりもなく、己の不備も含めての作戦失敗という評価を下した。普段が厳しいだけに真耶の誤解を生んだようだが、あればかりはいくら千冬とて責める気にもならないだろう。なにせ、水と油と思われた2人が以前より共謀していたなどと。

 

「それに怪我の光明といっていいのかは知らんが、亡国の幹部クラス1名を確保できたのは大きい。イレギュラーのおかげとなると微妙な話だがな」

「先生、彼女の処遇はどうなるんですか?」

「そうだな、政府か更識に引き渡すのは打倒だろ。私としては後者の方が得策だという考えだが」

「あら、それだったらキチンと根回ししますよ? だって私、楯無ですから」

 

 鷹丸に気絶させられたオータムはしっかりと回収し、今は拘束して留置所にて監視中だ。そんなオータムが今後どうなるかを、シャルロットは素朴な疑問として問いかけた。かなりの情報を握ってはいるだろうが、なにも手荒いマネは政府も更識もしないはず。

 

 しかし、楯無が居ることで事情が通りやすい更識の方がいろいろとスムーズに進むというもの。本人も任されるであろうという予感でもあったのか、自信満々な様子で開かれた扇子には十七代目と書かれている。千冬のリアクションはそうかというそっけないものだったが。

 

「そして被害は最小限に留めた。これは褒められてしかるべきだろう、誇れ」

「…………」

(イッチー……)

 

 以前に千冬が話していた通り、京都というのは重要文化財の宝庫だ。傷つけぬようシールドを張ったとはいえ、その上空でIS同士が戦闘を繰り広げたのには違いない。それでいて、破壊されたといえばホテルの窓とその付近のアスファルトくらいのもの。

 

 神翼招雷に頼って街を破壊しつつ、マドカを打倒することを視野に入れるしかない状況だった。が、その最中に一夏が閃き、発現させた2人の新たな可能性があったらばこそだろう。その再確認できた事実がよほど嬉しいのか、一夏は隣に座る黒乃の手を黙って握った。黒乃もそれに倣って握り返す。

 

「なにより、若干1名除いて大した怪我なく済んだのは最も良点だ。無事であることに越したことはない」

(うーわー……千冬さんがそれいうとなんか気味が―――)

「凰、なにか言ったか?」

「い、いえいえ滅相もないです!」

 

 若干1名というのは箒のことで、デブリーフィングには参加できる程度の怪我だが、同じく戦闘を行った一夏と黒乃に比べるとということだ。そんなことを千冬が穏やかな口調でいうものだから、旧知の仲である鈴音は内心で拒否反応を見せた。……のだが、第六感が異様に優れた千冬を前にしては無駄だったらしい。

 

「……篠ノ之。今聞くべきではないと重々承知はしているが、お前は―――」

「構いません、これでようやくあの人を完全に敵として認識できるというもの」

「……そうか。織斑、お前はどうだ」

「正直よく解からない。けど、とりあえず―――俺には黒乃が居るから」

 

 今回の件で、箒にとっては実の姉である束が完全に敵となったことが判明した。心のどこかで彼女を否定しきれなかった箒だが、もはやその目に迷いなどない。それを喜んでいいのかどうかは解からないが、本人がそういうのなら千冬はその意思を尊重するスタンスをとった。

 

 同じく、マドカが何者かほぼ明らかになったことにより、自身の存在についても不確かな事実が浮かんだ一夏にも問いを投げる。全く思うところがないというほど一夏も能天気ではない。かといって悲観にくれるわけでもなく、本人のいった解からないが正しいのだろう。

 

 ただ1つ、黒乃さえ自身の隣にあればそれでいい。一夏が心の底からそう思っているのは事実で、この想いだけは天地がひっくり返ろうと揺るがない。そう一夏の目が物語っていた。千冬はこちらの返答にもそうかと答えると、言葉を続ける。

 

「みな本当にご苦労だった。ただ急ぎ足で悪いが、昼頃の新幹線で戻ってもらうぞ」

「ちなみにですが、事後処理のために私たちはもう数日こちらに滞在することになるかと~」

「そういうことだ。戻ってゆっくり休み、集合時間に遅れないよう留意しろ。それでは、解散!」

「あ、戦闘に参加した3人は必ずメディカルチェックを受診してくださいね。非参加の方もなにかあれば自己申告をお願いします」

 

 そう千冬が締めると、専用機持ちたちは肩の荷が下りたかのように身体を脱力させた。深夜という時分もあってか騒ぐ者はいないが、お互いのことを讃えあったり労い合ったりと仲睦まじい様が繰り広げられた。そんな小さなザワつきの中、真耶の指示に従うかのようにして3人は立ち上がる。

 

「黒乃」

(うん?)

「……また後でな」

(うん……)

 

 男女という性別の差で受診用の簡易的な診療所は別々に設けられている。黒乃が箒と共に女性用の方へ歩を進めようとすると、ふいに一夏へ呼び止められた。一夏のまた後でという言葉の裏には、後でキチンと話をしようという意図が込められている。それを感じ取った黒乃は、ただ静かに頷く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「まぁひとまずは……いろいろ黙ってて悪かった。それにさっきも無理矢理―――」

(まぁまぁ落ち着いて。謝るにしても詳しく聞かないとなんとも言えないよ?)

 

 一通りのメディカルチェックを終えた私たちは、宿泊していた旅館に戻ってきた。当然ながらまず1番に始めたのは片付け(意味深)であり、イッチーは終始苦笑い。私の方も内心では気まずかったのだが、こういう時ばかりは顔に出ないのは良かった……のかなぁ?

 

 まぁ、片付けが済んだからこっからが本番というものだ。お互いにいろいろと話すべきことがあり、流石にスルーしておくわけにはいかないだろう。で、お互い正座して向き合っているんだけど……ねぇ。イッチーは申し訳ない気持でも先行してしまうのか、悪いと思ってくれるのは嬉しいけど容量を得ていない。

 

 だからこそ、イッチーを諭すようにして手を包み込むように握ってみる。大丈夫だよ、私は怒ってるわけじゃないんだから。なんていうか、イッチーが私に黙っていたのも大事にしてくれようとしたのは解かっているつもりだもの。だから落ち着いてわけを話して頂戴な。私はそうやって気持ちを伝えたつもりだ。

 

「黒乃……。……あのな―――」

 

 私の気持ちが伝わりでもしたのか、イッチーは順を追って説明を始めた。うむ、やっぱり伝わるって素敵。それでどうして私に作戦が伝わらなかったかというと、どうやら自爆の件が起因しているらしい。あれのせいで私はなるべく戦わせないという方針で皆が動いていたようだ。

 

 いやー……どうにも倒せないから自爆を選んだというか、ある意味では捨てゲーみたいなもんだったというか。自分の命を軽く見ていたつもりはないが、半ば諦めていたゆえの選択肢だった。だからみんながそんなに気にするようなことじゃないのにな―――

 

 ……いや、流石にそれは無責任も過ぎるか。みんなは私の友達で、みんなもそう思ってくれている。イッチーに至っては私の恋人なわけで、とすると自爆なんかして1カ月も昏睡されたらそりゃ心配するのも当たり前だよね。なんだか今になって申し訳なさが増してきた。

 

 で、そんな経緯があって私は最終兵器的な扱いになっていたそうな。……ん? なんで私がソレよ。確かに神翼招雷ぶっぱは頼りにされるかも知れないが、こんな土地じゃあ使うのは躊躇われますぜ。……まぁ、そこに関して深く考えるのは止めておこう。

 

 とにかく、みんなは私がなるべく戦わずに済むよう尽力してくれたらしい。出撃する前に置いて行かれるより戦う方がましだとはいったけど、みんなの気持ち自体を無下にするつもりはない。そこだけ取ればもはや感謝しかないくらいで、なんかもうむしろ泣けてきた……。

 

(それはそれとしてだね、イッチー)

「えーと、それから……」

「さっきの」

「へ? ……あ、あぁ……さっきの、か。そのー……あれは、だな」

 

 いや、まぁ、ほらさ、こっちに関しても嬉しかったには嬉しかったよ。イッチーもいつにも増して素敵だったっていうか……。と、というか、これだけイッチーのこと愛してるんだから、今すぐ孕んでっていわれて嬉しくないわけないんですー。けど、本当にタイミングがあまりにもというか……。

 

 これについて本人の口から語らせるのは些か野暮なのだろうが、不可解過ぎて聞かずにはいられない。するとイッチー曰く、私が妊娠すれば2度と戦いの場に出ることはないだろうからとのこと。それを聞いた私は、支離滅裂な言葉が脳内を駆け回っていく。

 

(嬉しいけど嬉しくない……。その2度とってのが気に入らないな。私の居場所はキミの前でも後ろでもなく、ずっと隣しかないのに)

 

 私を戦いの場から遠ざけてくれようとしたのは嬉しいけど、でもそれは私が隣で戦えないということも同義だ。戦いは嫌いだからなるべく必要がなければ最高なんだけど、でもそれだと私の隣を歩いていくっていうスタンスも果たせないわけで―――

 

(わーっからん! 解からんからアレだよ、お茶濁す!)

「黒乃……」

 

 なんかいろいろ頭がごっちゃになってしまったのを誤魔化そうと、ガバっと両手を開いてイッチーに抱き着いた。ありがとうという意味と、キミの隣を離れないという意味を込めて。こればかりはどう伝わったのか解からないけど、なにも考えずに抱き返しているということはない……と思う。

 

「婚前旅行っていうのは―――」

(うん?)

「俺が本当にそのつもりだったのは嘘じゃないんだ。頼む、信じてくれ……!」

(……大丈夫だよ、解かってる。この3日間、ずっと私たちの絆は深まったもん)

 

 罪悪感がピークにでも達したのか、イッチーは声を震わせながら私をより強く抱き寄せた。確かに本来の目的は違ったかも知れないが、私が楽しんだことによって本当になったということでいいじゃないか。どうにかイッチーに安心してもらうため、大丈夫だよと私も固く抱き着く。

 

 イッチーは息を乱していたようだったが、だんだんと落ち着きを取り戻していくのが呼吸音や鼓動で解かる。最終的には、イッチーの方が私を離すような形で抱擁は終わった。イッチーは私の肩を強く掴むと、ズイッと顔を近づけて―――

 

「もしデキてたら、ちゃんと責任取るからな」

(責任って……)

「金とかが必要になるんならモルモットでもなんでもやってやる。黒乃には負担をかけさせるかも知らないけど、中絶とかは絶対に考えないでほしいんだ」

 

 そういうイッチーの表情は、男の顔をしていた。軽いノリとか根拠のない責任という言葉ではなく、心からのものだと痛いくらいに伝わってくる。確かにイッチーのいう通り大変な事の方が多いだろうけど、あぁ……嬉しいな。産んでほしいって思ってくれていることが、本当に嬉しい。

 

「そうだ、黒乃が望むんだったら学園だって辞めてお前の隣に―――むっ!?」

「野暮」

「……そうか、野暮か。ありがとう黒乃、愛してる」

 

 嬉しいんだけどね、キミがそういうなら遠慮なく産まさせていただきますから。私にとってそれ以上の喜びなんてないし、むしろ責任とか感じなくていいよ。懺悔の入り混じったような提案を続けるイッチーに対して、人差し指をギュッと押し当てることで遮った。

 

 するとイッチーはこりゃあ1本取られたぜみたいな表情を浮かべると、またしても強く私を抱き留めた。でもいいさ、イッチーの温もりは何度与えられたって足りないくらいなんだから。永久に永遠に、この温もりを感じていられたらなぁ。

 

「後は、そうだな……。黒乃、どうか俺の話を聞いて欲しい。―――俺自身の話をだ」

(イッチー……)

「突拍子もない話だからどう切り出していいかとか解からないけど、なんていうか俺は普通の人間じゃないかもしれない」

 

 イッチーはまるで最後に付け加えるように、おまけのような扱いで自分の話を聞いて欲しいという。……そう、解かった。あなたがそういう扱いをするのなら、納得はしないけどそういうことにしておこう。決定的な言葉を聞いたにも関わらず、相変わらずだねイッチーは……。

 

 あの戦闘でマドカちゃんが放った言葉は、イッチーになにかを勘付かせたようだ。……というより、イッチーは自分自身の存在に思うところがあったんじゃないか。どうして話してくれなかったのだろうかと思うが、もはや後の祭りでしかない。その辺りも納得いきませんけどねー。

 

「多分だけど俺は、マドカか千冬姉のクローンかなにかだと思うんだ」

「…………っ」

「俺の考えだとあの2人が本来の姉妹で、俺はマドカの複製品かなにかなんじゃないかな。だから男なのにISを扱える」

 

 ……原作でも取りざたされる大きな謎の1つだが、物語が進むにつれだんだんと解明が進んできた。おぼろげな記憶ながら、かつての私もそのような結論にたどり着いた気がする。それは物語の登場人物のこと、つまり他人事でしかなかったがもはやそうじゃない。

 

 今ここに、今私の目の前でイッチーは生きている。そして彼は、私にとってかけがえのない大切な人。そんな人が必死に取り繕って、誤魔化して、いつもの様子であろうとしている姿なんて見てはいられない。他人事じゃなく、イッチーのことは私のこと。だから、だから……複製品だなんて悲しいことはいわないでよ……!

 

「あ、でもだからって俺と千冬姉が姉弟じゃないって話じゃないんだぞ? 血の繋がりだけが家族じゃないってのは、父さんと母さんに教えられたからな」

(それは……。その言葉には同意だけど……)

「なんていうか、なんなんだろうな……。逆だったかもって思うと怖いんだ。俺の考えが正しいとして、どうしてマドカが亡国機業側なのかは全く想像もつかないけど―――」

 

 そう、それだ。私のかつての予想とイッチーの予想が大正解として、どうしてマドカちゃんが亡国機業に残ったのかが不思議でならない。実際のところはこれも少しは考えがついてるけど、今重要なのはそちらではない。イッチーの逆だったかもという言葉には、心して耳を傾けなければならない。

 

「もし俺がマドカの立場だったって思うと、お前を……黒乃を憎まなきゃならなかったかもって思うと、考えているだけで頭が変になりそうだ……」

(…………)

「黒乃が居ないってだけでも考えられないのに、そのうえ憎むなんて……。でもそれだけならまだいいんだ。俺はマドカが辛い思いをして生きてきたっていうのが解かっておいて―――よかったって思ってしまってる」

 

 あくまでも可能性の話だが、それだって十分に考えられたかも知れない。ただどちらかが日常を得たというだけで、どちらかが不幸を強いられた。もしかするとイッチーが復讐者になっていたかも知れない。もしかするとマドカちゃんが年相応の少女らしく振る舞っていたかも知れない。

 

 そう考えると、イッチーは今の立場で良かったと―――そう思ってしまっている自分を心底から浅ましいと思っているようだ。……とてもイッチーらしい言葉。彼のそういうところが多くの人を惹きつけ、信頼される人物たるのだろう。私だってそうさ。イッチーのそういうところに私は惹かれた。

 

 なのに、なんて皮肉な話だろう。そんならしさが、らしさを持っている本人を苦しめているなんて。あぁ、なんて事だろう。私にはどうしてもあげられないのだろうか。もし喋ることができたからといって、どう声をかけていいのかすら想像もつかない。

 

「……本当に良かった。いつも俺の隣に黒乃が居てくれて……よかった……」

(私……?)

「いつだって黒乃が俺を俺にしてくれる。俺を……織斑 一夏であらせてくれるんだ。事実が解かっても平気で居られるのも、よかったって思えるのも全部……黒乃がっ、居てくれるから、で……!」

 

 私が槍玉にあげられることは予想もしていなかったので、少しばかり反応が遅れてしまう。しかし気がつけば、イッチーは死ぬほど嬉しい言葉とともに私の頬を撫で始めた。そんなイッチーの頬には、大量の涙が伝っているではないか……。いつしか言葉は嗚咽交じりになり、まともに喋ってはいられないようだ。

 

「泣いて」

「黒乃……?」

(辛い時には泣けって言ってたのはイッチーだよ? お願い、泣きたいときには泣いて。お願いだから……!)

「あぁっ……! くろっ、のっ……俺はっ、俺はぁ! うっ、ぐぅ……ああああああああっ!」

 

 先ほどは私が抱き着くような形だったが、今度は私が胸を貸す番だ。優しくイッチーを包み込めば、それでなにかが瓦解してしまったらしい。泣くという表現には収まらず、泣き喚くとした方が正しいようなほどだ。……こんなにも泣くイッチーは初めて見るかも知れない。

 

 その涙のわけはマドカちゃんに対する懺悔か、それともよかったと思ってしまっている自分に対してか。……でもやっぱり、こういう時でもあるべき選択肢は当てはまらないんだよね。イッチー……キミもたまには、自分の為に泣いたって良いのに。

 

 サラっと話が流れたが、自分自身の出自に関してが普通人なら最も気にするべきところだろう。己がクローンである可能性を考えなければならないなんて、そんなのあんまりにもほどがある。なのにイッチーが流している涙には、そういうのは一切含まれていないに違いない。

 

 さっきもいったけど、やっぱりイッチーはそういう人なのだろう。他人本意で、自分のことなんて後回しにしちゃってさ。けど、それでもだ、イッチーが弱いところを見せてくれていることには変わりない。だから私は、イッチーの恋人としてその全てを受け入れなければ。

 

 とにかく全てにおいて優しくを意識して振る舞う。優しく抱き留め、優しく頭を撫でてみる。流石にすぐすぐ効果があるわけではないだろうけど、私の気持ちそのものはきっと伝わっているはずだ。むしろダメなのなら、伝わるまでは永遠にこうしているさ。

 

 それからどのくらいの時間が経っただろうか。初めはグズグズだったイッチーの声色も、だんだんと収まりがついたような気がする。けれど、イッチーが自発的に離れるまではこのままでいよう。……というよりは、イッチーの方からもガッチリとホールドされて動けないってのもあるんですけれどね。

 

「……黒乃」

(はい、あなた)

「愛してる」

(……うん、私も愛してる)

 

 イッチーの私へ囁く愛の言葉は酷く籠って聞こえるが、震えとかは感じられない。顔が見えないからどういう心境かは伺えないが、きっとなにかを振り絞るような顔をしているのだろう。そうしてイッチーは、私からスルリと身体を離した。しばらくは俯いたまま顔を拭って表情を整え―――

 

「今日でいろいろ解かったんだ。というより、思い出したっていう方が正しいのかも知れないけど」

(思い出した……?)

「俺の産まれも、黒乃との出会いも、なにもかもが運命なんだ。大きい小さいはあっても、いろんな要素が重なって今この瞬間に繋がっているんだと思う」

 

 運命……か。イッチーのその発言もあながち間違ってはいない。初めから存在しない人物である黒乃ちゃんと私……。そんな私たちがイッチーの身近な存在であったことは、私たちの人生を弄んだ存在によって定められたものだ。けれど、決められた物だとイッチーが言い出すなんて少し意外だ。

 

「個人的にショックな部分は受け止めた。黒乃が抱きしめてくれたおかげで、運命は受け入れられた……」

(イッチー……)

「けど、それだけじゃない。これからは運命を超えていく。……黒乃と一緒に―――いや、一緒なら越えられるんだ」

 

 私にはそれくらいしかしてあげられなかったという感じなのだが、イッチーは目元を緩ませ心底から愛おしいかのように私の頬を撫でる。頬を撫でる手をギュッと握りしめると、なんだかイッチーが意味深なことをいい出すではないか。いや―――らしくなってきたって感じかな。

 

「黒乃を巻き込まないようにって頑張ってみたけど、ホント空回りばっかでさ。で、さっきの合わせ技で確信したんだ。黒乃が隣に居ればなんでもできるってさ」

(そう……だね。うん、きっとそうだよ)

「俺はこれから黒乃の前には出ないし、もちろん後ろにもさがらない。引っ張っては行かないし、導かれることもない。1歩1歩全部、外さないで黒乃と全く同じタイミングで進んで行きたい」

 

 イッチーの言葉には、私も反省すべき点も込められているような気がした。今までの私たちは、お互いを想う故に己の身を削ってきた。イッチーの宣言は、それを止めようと思うって意味なのだろう。もし傷つくならそれも同じタイミングで、なにもかも全てを2人で受け止めていく。

 

「そうすればきっと、運命だって超えて行けると思うんだ。マドカのことも、その先に待ち受けるどんな困難も」

 

 ……そっか、思い出すっていうのはそういうことか。確かにそうだろう。だって私たちは、お互いが大事すぎてそんな簡単なことも見失ってしまっていたのだから。絶対に始まりは、大好きな人の隣を歩んで行きたい。そういう想いだったはずなのに、どこでズレが生じてしまったのかな。

 

 私が無人機と1人で戦ったのも、イッチーが私を巻き込ませまいとしたのもそうだ。初めから私たちが揃ってさえ居たのなら、こんな簡単な話はなかったろうに。……ありがとうイッチー。あなたのおかげで、私もようやく大切なものを取り戻すことができたよ。

 

「だから黒乃、これからも―――」

(…………)

「あぁ、ありがとう……。愛してるよ黒乃。お前のことを、言葉では表現しきれないくらいに」

 

 きっとイッチーの言葉の続きは、これからも俺の隣に居て欲しい―――という旨だろう。だが、私の胸の内はキミを好きになった瞬間から決まっている。その答えを端的に示すため、私は黙って目を閉じ首を少し上へと傾けた。そしてイッチーが再び愛を囁いたその数瞬後、私たちの唇は1つに重なる。

 

 たった数時間前も激しく求め合ったが、キスは愛情表現として最も解かりやすいし手っ取り早い。私を隣に居させてくれるというイッチーに対しての誓いの意味も込められているし、なにがなくともイッチーが愛おしくて仕方がないんだ。あぁ……本当に愛おしい……。

 

 私もそうだ。好きで好きで、大好き過ぎて愛しているという言葉しか見つからないよ。あなたの全てが好き。私があなたを肯定できない部分なんてなに1つ存在しない。あなたの生きる場所が私の生きる場所。全てはあなた、織斑 一夏が私の全て―――

 

 そういう想いをせめて行動で伝えたく思ったため、私も積極的にイッチーの口内を蹂躙すべく舌を絡ませた。私とイッチーにしては珍しく、噛み合わないようなキスだったが、きっと今はこれでいいのだろう。きっと、互いの存在を確かめ合う意味が強いのだから。

 

 最後にイッチーは強引に奥の方まで舌を捻じ込んで、深く絡めとってから私の口内を思い切り吸い上げた。少し下品にも感じられる大きな水音が響いたのち、イッチーの舌がゆっくりと名残惜しそうに離れていく。完全にイッチーの唇が離れていくのを合図とし、薄く開いた私の目に飛び込んで来きたのは相変わらず真剣な顔つきのイッチー。

 

「……そういえば、隣に居るのが当たり前すぎて言ったことなかったっけ」

(好きとか愛してるとか以外に? でも、あなたは私にけっ、結婚を申し込んだんだから今更―――)

「これからも、末永くよろしくな」

(……フフッ。はい、あなた。ふつつかものですが、どうぞ末永く宜しくお願い致します)

 

 イッチーからして身近過ぎて見えなかったものはまだあるようで、それでいて雰囲気からはそう重要そうでもないように感じた。そしてイッチーは、恥ずかしいのか冗談めかしているのか、ニカッと微笑みながら付き合う相手に対して使う常套句なようなものを放つ。

 

 私はそれを都合よい脳内乙女フィルターで結婚する予定の女性に対してと変換し、それこそ私も冗談半分だが三つ指立ててこれまた常套句で返す。……といっても、私の場合は脳内だから伝わりは―――と思ったんだけど、どうやら仕草からしていいたい台詞を感じ取ったらしい。

 

 そんなイッチーの神業に驚嘆しつつも、今の可愛かったからもう1度頼むというリクエストまで賜る始末。まぁ私はイッチーが求めるのならなんでもするから、こんなので良かったら何度でもやりましょう。……というわけで、あなた。ふつつかものですが、どうぞ末永く宜しくお願い致します。

 

 

 




ぶっちゃけ触れないでおこうかもと思ったのですが、ダシとして使わさせていただきました。
私の二次創作において織斑家の扱いはこんなものかと……。
マドカの「私はお前だ」発言からして一夏になにかがあるのは確定でしょうが。
最大の謎なんでしょうから、考察するだけ無駄なものかも知れませんね。

次週は最終決戦編のプロローグとなります。
ついにこの作品も最終章へ突入ですか……。
最終話の目途が立ったらカウントダウンを始めようかと。

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