八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第13話 初模擬戦での波乱

「う~し、今日のところはこれまで!気を付けて帰りなよ~。」

 

 今日も今日とて、俺はISのお勉強に勤しむ。昴姐さんが終わりの合図を告げると、アザース!みたいな声を心の中で出しつつ会釈をした。ふぅ……それにしても、何が大変ってこの施設に来るまでが大変なんだよな~。明日も半日は勉強だし、もう少し近ければ良かったとつくづく思う。

 

「あっ、ヤベッ……。ちょっと待って黒乃、言い忘れてた事があるんだけど。」

 

 俺よりも先に教室内から出ようとしていた昴姐さんだったが、ピタリと止まってバックで戻って来た。昴姐さんは緩いからね~……大事な件の伝え忘れはよくある話だ。でも忘れたままスルーのパターンが多いのに、思い出すって事はよほど重要な話しなのだろう。

 

「明日はさ、駅で待っててくれたら良いから。アタシが迎えに行ったげる。んで、集合時間は朝8時ね。後は……まぁなるようになるでしょ。そんじゃ、そういう事で。」

 

 いや……どういう事だってばよ?頭にハテナマークを浮かべている間に、昴姐さんはとっとと行ってしまった。なんか、集合時間だけ伝えられたな……。何処かに出かける事は明白だが、肝心の場所の方を教えて貰えない。昴姐さんの様子を見るに、流石に伝え忘れって感じじゃなかったしな……。

 

 う~ん、解らん。もしかして、俺に話が通ってる前提で話してたのかな。それは大いにあり得るけど、ひとたび逃げられれば俺にはもう確認の手段は無い。昴姐さんの言う通り、なるようになるか。うんうん、そうしようそうしよう。俺は片づけを再開して、養成所を後にした。

 

 そして翌日。俺は指定された時間よりも少し早めに、最寄駅にて昴姐さんを待った。ぶっちゃけ、時間通りに来るのは期待してないけども……。だけど、日本人なら5分前行動だよね。別に昴姐さんを責めるつもりはないけどさ。そんな事を考えていると、駅前駐車場に入る1台の車が目についた。

 

 ほぇ~……車には詳しくないけど、アレはスポーツタイプの高級外車じゃなかったかな。何処か高級感を臭わすその外装は、どうにもこの場とは不釣り合いだ。ボーッと高級外車を眺めていると、こちらにだんだんと近づいて来るではないか。……もしかして、もしかしてだけど……。

 

「おはよう、黒乃。流石に時間通りね、偉い偉い。」

 

 やっぱりぃ……?外車の窓から顔を出したのは、パンツタイプのレディーススーツに身を包んだ昴姐さんだった。迎えに来るとか言ってたし、もしかしてとは思ったんだけど……。悪目立ちするし早く乗ってしまおう。左ハンドルだから、右側に回り込んで乗車する。俺がシートベルトを締めたのを確認すると、昴姐さんは車を動かし始めた。

 

 スポーツタイプの車って時点で嫌な予感はしてたけど、昴姐さんはもうガンガン速度を上げていく。何処へ向かうかは知らないけど、この調子だと着いた頃には俺はヘロヘロになってそうだよ……。よし、ここは昴姐さんでも見つめて気を紛らわそう。

 

「ん~、どした?真面目な格好してるアタシがそんなに珍しいかしら。」

「…………。」

「ま、アタシだってほんとは来たかないんだけどね。先方に失礼な事すると千冬にどやされそうだし……。」

 

 横目で昴姐さんを見ていただけなのに、速攻でばれてしまった。女性同士だから咎められる事は無いけど、なんだか少しビビッてしまうな。ってか、先方……?単に何処かへ行くだけでは無くて、誰かと会う約束なのだろうか。俺は……中学の制服だし、学生の内はこれで大丈夫なはずだ。

 

 身なりを確認しながら、昴姐さんの暴走運転車に乗ることしばらく。車の速度が落ちたのを見るに、どうやら目的地に着いたようだ。目の前には大きな建物があるけど、この感じ……どっかで見た事ある気がするな。……あ~!そうだ、昴姐さん管轄の養成所に似てるんだ。つまりここは、また別の養成所なのね。

 

「ほら黒乃、さっさと行くよ。」

 

 昴姐さんから急かされるとは、よほど今回は重要な何かが待っているのだろう。カツカツと靴を鳴らして歩く昴姐さんに急いで着いて行く。受付らしき場所までいくと、昴姐さんはアポがどうのこうのと話してる。敬語の姐さんとか、レアすぎて別人に見えて来るよ。そして施設に館内放送が流れると、しばらくして女の人が現れた。

 

「お待たせいたしました!私、ここの養成所の管轄をしてる者です……って、対馬 昴さんじゃないですか!?」

「ああ、どうも。一応はアタ……じゃなくて、私も現在は教職をしてる身です。」

「へぇ~……そうだったんですね。じゃ、そちらの子が……。」

「事情はお伝えした通りですが、その子に決して悪気は有りませんので。黒乃、あいさつ。」

 

 年は……昴姐さんより1つ上か下かって感じだな。そのポワンとした雰囲気は、どちらかと言えば保育士とかが向いてそうだ。昴姐さんも元IS選手らしいけど、この人もそうなのかな。とにかく、昴姐さんに促され深々と頭を下げた。無言で無表情だが、彼女は柔らかい雰囲気を崩さない。

 

「よろしくね、藤堂さん。それじゃ……早速始めましょうか!模擬戦、初めてだったわよね。でも大丈夫、慣れればきっと楽しいから。」

「相手は同じ学校の子とかでしょ?でも遠慮とかしなくて良いからね。」

 

 はい……?俺の耳は、どうかしてしまったんだろうか。今絶対に、模擬戦とか言ったよね?モギセン……?模擬戦……もぎせんんんんんんんん!?何、俺って模擬戦する為にここへ連れて来られたの!?おかしい……おかしくない?俺ってば、武器の扱い程度しか教えてもらってないよ?

 

 普通はそう言うのって、徐々に慣らしていくもんじゃん。きっと楽しいから……じゃないよ!楽しい事があるか!あわばばばば……聞いてない、こんなの聞いてない……!ハッ!?これはもしやアレか、ちー姉のズボラが発動したパターンか……。昴姐さんは、俺がちー姉から話を聞いてる前提だったんだな。

 

 当然逃げるなんて選択肢は選ばせてもらえずに、俺はあれよあれよという間に更衣室へ連れられる。ご丁寧にISスーツまで用意してくれちゃって、うふふふふ……。いや、何事にも初めてがあるってのは解るよ。けれど、こんないきなりな事無いじゃない……!俺はISスーツに着替えながら、心の中でメソメソと泣くしかない。

 

「ふ~ん……本当にISに乗ってるんだ。織斑くんが居ないと何もできないくせに、生意気な事よね。」

 

 ほえ?むっ、大迫さんじゃん……久しぶり。更衣室に姿を現したのは、小学時代に嫌な思い出しかない大迫さんであった。あ、そっか……同じ学校の子って、こういう事か。小学校が同じって事は、よほどの事が無い限りは中学も同じだよね。しばらく同じクラスじゃなかったし、中学でも違うから懐かしい気さえする。

 

 しかし、大迫さんもISに乗ってるとは驚きだな。でも……俺にとっては不都合だよなぁ。大迫さんもイッチーの件で俺に不満が溜まっているようだし、ボコボコにされる未来しか見えませんわ。それも経験だよね、早いうちからボコボコにされるのに慣れておいた方が良いや。そんで大迫さんには、今日はよろしくという意味を込めて頭を下げておこう。

 

「っ!?アンタのそういうところがムカつくのよ!スカした態度をとってんじゃないわよ!」

 

いでででで!な、なんで髪つかまれて怒られなきゃならないの!?女の子のこういうドロドロしたの……怖いよぉ。俺の顔色が変わらないのが気に入らないのか、大迫さんは乱暴に俺の髪を離した。そしてわざとらしく鼻をフンッと鳴らすと、俺を見すえながら表情を憎々しい物に変える。

 

「そうしてられるのも今のうちよ。2度と人前に出られないくらいに情けない姿にしてあげる。」

 

そう言い放つと、クスクスと笑いながら更衣室を出ていった。まったく、なんだってんだ。そんなにイッチーが好きなら、俺に意地悪するのを止めないとお話になりませんぞ。まぁ良いや、人の心配より自分の心配をしなきゃ。覚悟を決めて……いざ行かん、模擬戦!

 

意気込んでピットへ向かうと、そこには昴姐さんが待ち構えていた。打鉄かラファールか選べなんて聞かれるけど、俺にとっては1択も同然だ。俺は打鉄の方を指差した。シューティングゲームとかもするけど、どうにも射撃は苦手だ。ってか、ラファールは動かした事ないし……。

 

「黒乃……。本当に頼むから、やり過ぎだけには注意して。」

 

 打鉄へと乗り込む俺に、昴姐さんは神妙な顔つきでそんな事を言う。やり過ぎ……ってのは、一体何が言いたいんだ?どちらかと言えば、やられ過ぎの方が正しい表現だと思うけど。う~んとりあえず、心配させてるようだから肯定だけはしておこう。俺は首を縦に振ると、昴姐さんはサムズアップで応えた。

 

『準備ができ次第、出撃をお願いします!」

 

 この声は、さっきのお姉さんだな。打鉄の調子は……うん、問題なさそうだ。俺はその場で打鉄を浮かせると、カタパルトの上まで移動した。するとゲートが解放され、出撃用のナビゲーターが現れる。よし、そんじゃ……行きましょうかねぇ、行きたかないけど。

 

 勢いよく競技場まで飛び出ると、向こう側のゲートからは大迫さんが現れる。機体はラファールの方か……。嫌だなぁ……弾丸を掻い潜んなきゃなんないとか、1撃も当てられないで負けちゃいそうだ。気が重いながらも、ハイパーセンサーに表示された開始位置まで移動する。

 

『それでは、試合開始!』

「喰らいなさい!」

 

 どひゃああああ!?ジャ、ジャッジー!今のフライングじゃ無かった!?開始早々に大迫さんはアサルトライフルを乱射しまくってきた。少し大げさに回避行動をとったおかげか、1つも当たりはしなかったけど……。こ、怖い……今俺って、銃で撃たれたんだよね。お、落ち着け……まずは交戦するところからだ。

 

「は?この距離で葵を出してくるとか……余裕のつもり!?」

 

 あ~……もう、落ち着きなって大迫さん。そんなんじゃなくて、俺は単に射撃が苦手なだけだよ。さて、ここから近づいて打鉄の近接ブレード、葵にて大迫さんを斬り付けなきゃなんないわけだが……この距離が果てしなく思えるな。まぁとにかく、やるっきゃないか!

 

「なっ、速い……!」

 

 打鉄は防御型の機体だ。思って見れば、多少は当たったって問題ないはず。もちろんの事だけど、回避行動くらいはとりますけども。俺が接近するに伴って、大迫さんはアサルトライフルを用いて小規模ながらも弾幕を張ってきた。避けれそうなのはキチンと避けて、無理っぽいのは当たってもいーやー……。

 

「強行突破……?そう易々とやらせるわけないでしょ!」

 

 そう言いながら大迫さんは、後退しながら射撃を続ける。まぁ、そうなるな。だけど甘いぞ、大迫さん!俺だって、操作自体にはけっこう自信がある。俺は一気に高度を上げて、大迫さんよりも高い位置に躍り出た。そこから斜め下に飛び込むように、加速しながら大迫さんを目指す。

 

「キャア!?」

 

 そのまま大迫さんとすれ違うかのように、胴体に葵の一太刀を横一線に浴びせた。やった、クリーンヒットだ!絶対防御は当然発動しただろうから、今のだけでかなりのエネルギーを削れたはずだ。だけど、また上手く距離を詰めれるとは限らない。そう思った俺は、追撃の為に旋回して大迫さんへ突っ込む。

 

「くっ、鬱陶しいわね……!」

 

 そのまま格ゲーのガチャプレイかの如く、葵を振り回す。もちろん剣道のイロハは忘れていないが、そんなの今は後回しだ!今はラファールを少しでも削るのが重要だもんね。しかし、完全に懐に潜り込んでいるのに……大迫さんはよく避けるなぁ。最初の1撃以降は、生身の部分へは掠らせてすらもらえない。

 

「調子に乗らない方が良いんじゃない……のっ!」

 

 大迫さんは不敵な笑みを見せると、持っていた武装をショットガンに切り替える。その隙に俺は斬りかかったのだが、これが完全に悪手だった。大迫さんとしては、玉砕覚悟だったらしい。俺の攻撃と同時に、俺の腹部へとショットガンを何発か撃ったのだ。

 

 う、う……撃たれたああああ!バリア貫通したっぽい……ちょっと痛いもん!大丈夫か、俺は生きているよねぇ!?と言った具合に取り乱した俺は、思い切り後ろへと後退した。い、生きてる……。やっぱ頭おかしいよ、こんなの楽しいって言える人の神経を疑うよ!

 

「アハハ、無様ね!アンタなんかが、ISになんて乗るからそうなるのよ!」

 

 今度はスナイパーライフルか……。さては大迫さんめ、遠くからチクチクやるつもりだな。うん、遠く?あ、しまった……自分から距離を開けちゃってるじゃん。狙撃銃に狙われながら接近なんて俺嫌だよぉ……。チクショウ、こうなれば……もう知らん、ヤケクソでいく!

 

「ヒッ……!な、なんでさっきから怖がらないのよ……!」

 

 大迫さんがなんか言ってるが、知らん知らん……俺はもうな~んも知らんぞ!男たるもの、特攻あるのみだ。スナイパーライフル?まぁなんか、適当に葵でも振っておけば弾けるんじゃないの。とにかく俺は何も考えずに、打鉄の出せるトップスピードで接近を試みる。

 

「くっ……それなら、望みどおりに落としてやるわよ!」

「…………。」

「う……そ……!?」

 

 スナイパーライフルの大きな発砲音の後に、適当なタイミングで適当に葵を振ってみる。すると葵に衝撃が走ると共に、チュイン!と跳弾するかのような音が鳴り響く。あれ、もしかして成功か?案外何とかなるもんだな……。って大迫さん、驚いた顔しなくても……別に狙ってやってる訳じゃないですよ。

 

「あり得ない……そんなのっ!」

 

 うん、そうだよね……俺もそう思う。だって、俺が1番驚いてるもん。調子に乗った発言をさせてもらえば、神に愛されてる……みたいな?だって、大迫さんが何発撃とうとも……適当に葵を振ってたら弾いちゃうんだもん。ヤケクソのつもりだったんだけどなー、まさかこうも上手くいくとは。

 

 それよりも、大迫さんは焦ってるみたいだね。そりゃ、目の前で奇跡が起きれば焦る気持ちも解るけどさ。さっきみたいにアサルトライフルを連射すればいいのに、大迫さんは武装を変えようとはしない。ムキにでもなってんのかな?ともあれ大迫さん、もはや俺の射程だぞ!

 

 葵の刃は十分に届く……!俺は、葵を振りかぶり大迫さんの身体を斜めに斬り裂いた。だけどまだ………これじゃ終わらない!俺は斜めに斬った勢いを利用して、そのまま体をかがめて1回転。足を伸ばすと、大迫さんの頭に踵落しを見舞った。威力のついた踵落しは、大迫さんを地面へ向けて吹き飛ばす。

 

「キャアアアアっ!……あうっ!」

 

 真っ逆さまに地面へと落ちて行った大迫さんは、ラファールの制御が効かなかったのかそのまま地面に激突した。本当に申し訳ないけど、俺は既に大迫さんを追撃している。こうなってみると、地面ギリギリの急降下もあながち無駄な技術じゃなかったらしい。地面に叩きつけられバウンドし、浮き上がった瞬間をとらえて俺は蹴りを放つ。

 

「ガハッ!?」

 

 う、うわっ!?そんなつもりじゃ無かったのに、思い切り腹に打鉄の足が!い、いや……申し訳ないけど、容赦は必要ない。俺だって、なるべく怖いのは勘弁なんだ。俺なんて所詮こんな人間だよ。俺が怖く無いようにするんなら、他人を怖い目に合せるしかない。俺は急ぎ、地面を転がる大迫さんを追撃した。

 

「い、嫌……まだ続いて――――」

 

 ええ、そうです……まだ続けますとも!今度は大迫さんを、競技場の壁に押し付けるかのように前蹴りを放った。その際に大迫さんが苦しそうな声を漏らして、俺はやっぱり罪悪感に駆られる。それでもまだだ……まだ競技終了の合図もブザーも鳴ってない!俺は葵でもう一太刀浴びせてから大迫さんのISスーツを引っ掴むと、振り返りつつ地面へと放り投げた。

 

「キャッ……!ぐうっ!?え……?ちょっ、ちょっと待ってよ……嘘……嘘でしょ……もう、私……。」

 

 いやぁ……こればっかりは、本当に怖がらせてると思うよ。何してるかって、大迫さんを踏みつけて固定し葵を振りかざしているところだ。うんうん、怖いよね……本当にゴメンね。でもここで一太刀を浴びせたら、流石にエネルギー切れで俺の勝ちだろうから……それでもう終わりにするって約束するよ。

 

「嫌ああああっ!!!!」

『止まれぇ黒乃ぉ!もう試合はとっくの昔に終わってる!』

 

 うええええっ!?俺が葵で大迫さんを斬りつけようとした寸前に、オープンチャンネルで昴姐さんの怒号が鳴り響く。そう言われて確認してみると、確かに大迫さんのラファールのシールドエネルギーは切れるギリギリだ。マ、マジで……?俺も焦っていたのか、確認を怠ってしまった……!い、今すぐに足をどけなくちゃ!

 

「こ……殺され……殺される……!」

 

 い、いや……殺さない殺さない!うわぁ……ど、どうしよう……大迫さんは、身を縮めてガタガタ震えながら恐怖に引きつった顔で涙を流している。これは完全に俺が悪い。ダーティ気味な怒涛の連続攻撃さえなければ、こうはならなかったかも知れないのに……。危うく人を殺しかけたというこの事実に、俺は動揺が収まらない。と、とにかく……大迫さんを助け起こそう。

 

「ヒ……ヒッ!ご、ごめんなさい!今までの事は謝るから、お願いだから許して!」

 

 差し伸べた手は弾かれて、命乞いをしながら大迫さんは地面を這いつくばる。あ~……コレは、ダメみたいですね。大迫さんが落ち着かない限りは、俺が何をやったって受け入れてはもらえない。そう思った俺は、大迫さんから背いて浮き上がる。そのまま静かに、出てきたゲートを目指した。

 

 ピットに戻ってみると、向こう側の教師やスタッフらしき人達が凄い目で俺を見てくる。だ、だから……俺にそんなつもりは無かったんだけど……。弁明が出来れば苦労はしないよね……この身体。打鉄返して、さっさとこの場から帰ろう……。打鉄を解除して降りると、昴姐さんに乱暴に頭を撫でられた。

 

「上出来、良くやった。アンタやっぱセンスあるわよ。」

 

 うぇ……?うん……?あのね、昴姐さん……それ本当に心から褒めてる。なんか凄い顔怖いんすけど……。ってか、この状況下で俺を褒めるのはまずいような……。沈黙を守っていた向こうサイドの人達がザワザワし始めたよ。すると姐さんは、俺の乱れた髪を整えてからこう言う。

 

「ちょっち声デカかったっしょ?ビックリさせてゴメンな。あぁそれと、あんま気にすんな、アンタは何にも悪かないから。」

 

 いや、俺が悪くないのは解ってるけど……悪かったのも確かなような気が。……なんだか日本語が不自由になってきた。でもなんというか、そう言ってくれると救われた気分になる……。俺は謝罪と感謝の意味を込めて頭を下げると、昴姐さんに軽く小突かれてしまう。

 

「アンタ、先に車に戻ってな。アタシは少~し話があるからさ。」

 

 お、おおふ……それは俺の代わりに怒られる的なやつなんじゃないんですかい?昴姐さんマジ申し訳……。姐さんがニカッと爽やかに笑う分、何だか罪悪感も増してしまう。まぁ……じゃあ……とにかく、このアウェー感ハンパない中を通り過ぎて着替えに行きましょうかね……。

 

 

 

 

 

 

「バ、バケモノ……。」

「こ、こらっ……そんな事言っちゃ……!」

 

 おーおー、すげぇなマジで……流石のアタシもここまで来ると感心するしかないわ。スナイパーライフルの弾丸を弾くとか、ぜひともあの子の視点で観てみたい。ハハッ、良いね……1つのラインを超えちゃったらバケモノがどうとかどうでも良くなってきちゃったね。

 

 でも、どうかしらねぇ……。アタシとかは近くで千冬っつーバケモノを割と近場で見て来たせいか、感覚がマヒしてしまっている……というのも間違ってないだろうし。世間一般で言うところの普通の奴らがこれ見て、バケモノって言いたくなるのも解らねぇでもねぇというか……。

 

 そこから先は、とんでもない戦法で黒乃は攻めに転じた。主兵装の葵ではなく、蹴るという至極単純な行為で大迫を追い込んでいく。しかし単純なようで、的確に人間の弱所を確実に捉えての蹴りだ。大迫が苦悶の声を出すせいか、戦いから視線を外す者まで現れる。

 

 蹴りとか殴りとかは、アタシも昔は良く使った戦法だ。ヤンチャやってた頃の癖か、得物使うよりはステゴロのが落ち着くんだよねぇ。昔を懐かしんでいる間に、大迫のラファールのエネルギーはほぼ0……。ん、勝ったな。見栄えがどうだろうとそれに間違いはない。

 

 もはやいくら頑張ったところで、逆転は不可能に近い。しかし、いつまで待っても担当はブザーを鳴らさない。あ゛ぁ……?何やってんだブザー係……。バカタレか、試合終了の合図は選手じゃなくてレフェリーの義務だろうに。ホレ見ろ、黒乃はまだ続けようとしってんじゃん。

 

 あ~……でも黒乃、それは多分アタシでも怖いわ……うん。黒乃は片足で大迫の腹部を押さえつけ、ゆらりと葵を振り上げる。そのまま振り下ろそうって事なんだろうけど……マジでいい加減にブザー鳴らせやバカタレが!ちっ……それならしゃぇねぇか……!

 

「さっきから何やってんだ馬鹿が!そこ退け!」

「あっ……!?」

『止まれぇ黒乃ぉ!もう試合はとっくの昔に終わってる!』

 

 通信機器の前に居た女性を突き飛ばして、アタシは強引にその座を奪う。マイク越しに叫んでやると、黒乃はピタリと止まった。……けど、ふぃ~……ギ、ギリギリか……。アタシももう少しだけ早く動いときゃ良かったわね。まぁとにかく、死んでないなら何でも良い。

 

 

 アタシはゲートのすぐ近くで、黒乃を待ち構えた。やがて黒乃は姿を表して、所定の位置に打鉄を戻して装着を解除する。まぁ……多少の罪悪感は抱いちゃうわよね、別に黒乃は何にも悪くないけど。安心させんのが大人……だよな?アタシはあえてガサツに黒乃の頭を撫でた。

 

「上出来、良くやった。アンタやっぱセンスあるわよ。」

 

 そう言ってやると、黒乃は嬉しそうな……?いや、キョトンとした感じ……?ダメだね、アタシじゃこの子がどんな表情かまでは察してやれない。とにかく、どちらにせよ少しは安心させてやれたんじゃないだろうか。んじゃ後は、後始末といきますかねぇ。

 

「アンタ、先に車に戻ってな。アタシは少~し話があるからさ。」

 

 頭を下げてきた黒乃に軽い拳骨を見舞うと、車のキーを渡しながらチラリと背後を見た。背後にはアタシと黒乃を睨むような目がいっぱいだこと……。んな連中に睨まれようと怖かないけどね。まぁ鬱陶しくはあるわな。アタシは黒乃が行ったのを確認すると、さっきの管理人を名乗ってた女に向きなおる。

 

「貴女……あの子にどんな指導をしているんですか!?完全なる殺人未遂ですよ!」

「へぇ~……自分のとこの不手際棚に上げて、あの子を人殺し呼ばわりっすか。へぇ~……。」

「な、なんですかその態度は!?あの子が何をしたか解って―――」

「じゃあ聞きますけどね。あの子対人戦はマジで初ですよ?ハイパーセンサーに表示されるシールドエネルギーの確認ミスの可能性とかも捨てきれないですよね?つか、実際アタシは良くやりましたし……。そこらへんどうですか?確認ミスとか、した事は1回も無いんすかね……アンタら。」

 

 アタシがニコニコ笑いながらそう言ってやると、先方はその態度が気に入らないらしい。そりゃそうだ。けどよ、アタシが笑ってる間に撤回しとけば良かったね……って話ってわけよ。あ゛~ダメだ……せっかく禁煙してたんだけど、どうにもヤニ不足だ。アタシはいつも懐に1本だけタバコを忍ばせている。それを咥えてジッポライターで火をつけると。深く煙を吸って吐いてこう続ける。

 

「アンタらよぅ……ISでの戦闘を何だと思ってるよ?オラ、そこのお前。」

「わ、私……?何って、その……し、試合としか……。」

「はいダメ、0点。試合だぁ……?確かに認識としちゃそうだろうよ。けどよ、死なない保証なんて誰がしたよ?ん?篠ノ之博士が絶対死にませんっつったか?違げぇよな。」

「あ、安全性は確保されて―――」

「だから死なねぇとは言ってねぇだろうがよ。剣で相手斬るんだぜ?銃で相手撃つんだぜ?そんなもん、試合である以前に殺し合いな事には変わりねぇだろうが。違げぇかよ……あぁ!?」

 

 ISの試合なんざ、マジで殺し合いと変わらねぇ。少なくともあたしはそう思ってる。そこらへんの認識が薄いんだよ、最近の奴らはよ。半ば殺し合いだからこそ、こういった事故は起こり得る。止めりゃ黒乃が止まってくれたってこたぁ、試合終了のブザーがもうちょい早けりゃ……って事だろうよ。

 

 それ以降の反論はなし……となれば、もうこの場に用事はない。一応の礼を言うと、携帯灰皿にタバコを押し付けてから歩き出す。車に戻ってみると、黒乃は思い切り寝息を立てていた。この子は……大物になるね、間違いない。しかし、千冬になんて説明すっかなぁ……。

 

ちなみにその後の事だが、大迫はどうやら例の件がトラウマになってISへは乗れなくなってしまったらしい。後味悪いわ……。これは多分だけど、黒乃に関する変な噂が広まるに違いないでしょう。……せめてアタシは、この子の味方であげないと。何気にアタシも、この子の事を大事って思い始めてんのかしらね。

 

 

 

 

 

 




黒乃→故意じゃないとはいえ、少しやり過ぎだな……。
大迫→こ、殺される……!

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