八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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旧版をご覧になったことのある方はデジャヴを感じる可能性があります。
そこは素直にぶっちゃけますが、とある回の焼きまわしとなっておりまして。
まぁ多分ですけどシンプルに甘い構成になってはいると思うのでお許しを。


第118話 特別な聖夜

 近江重工地下施設での生活4日目。今日の修業は全面中止である。というのも、今日が12月24日―――クリスマスイヴということが関係しているのだろう。オジサン曰く近江重工は超ホワイトな企業なため、こういう大事な人と過ごすようなイベントがある日は働きたい奴だけ働けというスタンスなんだとか。

 

 その働きたいって人たちは主に研究員さんたちみたいで、むしろ人の目がないからハッスルしちゃうような部署もあるとかいってた。それすなわちフリーダムの極み。今まさに、私たちもそんな近江重工のフリーダムさにあっけにとられているところだ。

 

「ブルジョワってこういうことをいうのかな」

「フランス出身なだけにか? というより、シャルロットも社長令嬢だろうに」

「箒……比較対象があまりにも……あまりにも……」

「うむ、まさかテーマパークを貸し切りというのをこの身で体験することになるとは」

 

 ブルジョワジーというのは確かにフランスが起源の言葉だけど、シャルの性格からして思わず口に出たというのが正しそう。でも確かに、これをブルジョワと表現せずになんとするって感じだよねぇ。なんせテーマパーク貸し切っちゃうんだもん。

 

 だがなにも私たち9名でこの広い空間を独占ということではなく、近江重工の社員一同、並びにその親族も沢山だ。私たちが姿をくらませているのに考慮してか、完全に身内のみということにしたのだろう。雰囲気としては普段と変わらない気もするが、味方であると思えるのは確かに楽かも。

 

「なにやってんのよ、楽しまなきゃ損ってもんよ損!」

「そうだぞシャルロット、私には目に映る全てが珍しい!さぁ、案内してくれ!」

「ラ、ラウラ? ちょっ、ちょっと待ってってば、別に僕もこういうとこ詳しいわけじゃ―――」

 

 どうやら専用機持ち勢は恐縮してる組と楽しんでる組が居るみたいだな。ここに固まっていた私含めた4名、モッピー、シャル、かんちゃんが前者。そしてそれ以外が後者と……。私たちが突っ立って駄弁っているのを目撃していたのか、鈴ちゃんとラウラたんにシャルが連行されてしまった。

 

「鈴のいうことももっともか」

「ただ……セシリアの誕生日も込み込み……」

「姿は見えんが祝われているのかもな。黒乃、お前と一夏のぶんも伝えておこう」

「楽しんでね……」

 

 乗り気ではないとまではいかなそうだが、さてはモッピーもテーマパークをどう楽しんでいいか解からないクチだな? かんちゃんはそれを察したのか、まずセシリアを探してみてはどうかと提案を挙げる。そうなんだよね、わざわざ貸し切ったのにはそのあたりも関係してるっぽいんだよ。

 

 知っていたのか後から調べでもしたのか、オジサンは誕生日プレゼントだとでも思ってくれとかいってた。つまり、私たちはセシリーの恩恵を受けてこの場に立っているといってもよさそう。う~む、だったら直接会っておめでとうとか伝えてあげたい気もするけどなぁ。

 

 モッピーとかんちゃんの反応からして、私はイッチーと楽しんできなさいとでもいいたげだった。とすれば、お言葉に甘えたい気もするなぁ……。……とか考えてたら、もう2人とも歩き去ってしまったじゃないか。やっぱり仲いいね、あの2人。

 

「隙あり」

(ふぉおおおおぅ!? な、なんだイッチーか……。脅かさないでよもーっ!)

 

 どことなーく2人の友人関係を微笑ましく思いながら1人頷いていると、突如として後ろから抱きしめられてビックリ仰天。私にこういった行為を許されている人間はイッチーのみなわけだが、考え事をしていたせいで必要以上に驚いてしまった。

 

 というか、もし仮にこれがイッチー以外、更に男性とするなら私はその人を殺してしまっていた可能性すらある。だってこの身全てはイッチーのためにあるんだから、私に触れていいのはイッチーだけに決まっているじゃない。

 

「1人にして悪かった。少し親父さんと話してたんだ」

(ほうほう、男同士のお話かね。というか、オジサンもここ来てるんだ)

 

 イッチーのいう親父さん、というのは間違いなく藤九郎オジサンのことだろう。なんというか、男同士でないと話せない内容だったのかも。深刻なのかも知れないし、もしかすると単に下世話な内容である可能性も考えられる。

 

「それは置いといて楽しもう。2人で居ると、体感時間が短くて仕方ないんだからさ」

(おうさ、そうと決まればレッツゴー!)

 

 この様子を見るに、特に私が気にすることでもなさそうだ。となれば、イッチーのいう通りあとは楽しんじゃおう! 2人きりでないのは心残りだけど、私たちの置かれている状況からして難しいから仕方ないよね。……と、少し強引に納得しておくことにしよう。

 

 脳内でそういう処理を終えると、イッチーはスッと私に腕を差し出す。最初の頃は解かりやすく照れていたけど、イッチーも慣れたもんですなぁ。それは私も同じことで、心臓をバクバクさせながらイッチーの腕に抱き着いていた時期が懐かしい。

 

 まぁだからといって幸福感が失せたとかそういうことでもないんですけどね。というわけで、イッチーになるべく密着するようにしながら腕へと抱き着く。私たちは歩くペースをバッチリと合わせ、周囲のみんなと同じく喧騒に身を投じたのだった。

 

 

 

 

 

 

「黒乃、いい加減に機嫌治せって」

(知らないもーん!)

 

 あれからいろいろ見て回ったが、私はご覧の通りご機嫌斜めですよ。……本気で怒ってるわけでもないんだけどさー。なにがあったかと聞かれますと、私の苦手分野の1つであるホラーハウスだよ。なんかイッチーが怖がる黒乃が可愛かったから、もう1回ちゃんとみておきたいとかいい出して……。

 

 夏休みにお化け屋敷へ入った時のことをいっているのだろうけど、本当に気絶しちゃうくらい苦手なんだってば。けどさー! けどさー! 可愛かったからみたいとかいわれたら入るしかなくない? 勝手に1人で可愛いとか思ってくれてたんだ! とか舞い上がっちゃったのはあるけれど。

 

 いざ入ったらやっぱり怖いし、イッチーもよほど怖がるわたしを見たかったのか少し意地悪だったし。……まぁそれはそれで興奮するんだけど、今してるのはそういう話じゃなくてだね。つまり、まぁ……頑張ったんだからご褒美くらいあってもいいじゃんというか。……あ、この場合のご褒美は別に痛いことじゃななくていいけど。

 

 ってか、凄いねイッチーってば、私が少し機嫌が悪いの解かるんだ。……やっぱ好きだわイッチー、大好きだわ。え、あ、ヤバい、ホントに好き過ぎる。だって完全無表情の私が態度を表に出さないようにしてたのにバレちゃうんだよ? イッチーってばどんだけ私のこと見てくれてるのってなるじゃん。

 

「じゃあ次はあれ乗ろうぜ。休憩にもなるしちょうどいいだろ」

(は、はい!? ご、ごめん……ちゃんと聞いてなかっ―――て、あれは……観覧車?)

 

 イッチー大好きっていうワードばかりが脳内で渦巻いていたせいか、私に提案を出した内容がよく聞き取れなかった。慌ててイッチーの指差す方向へ目を向けてみると、そこにはイルミネーションが煌く観覧車がみえる。さ、下げて上げる作戦で来ましたか……?

 

 だ、だって……恋人と一緒に観覧車って、多分だけどそういうこと……じゃん? 別に気乗りがしないってわけじゃないけど、変に緊張しちゃうなーっていうか。それこそ数秒前まで少し機嫌が悪かったから、その落差でなんか胸の奥がムズムズするっていうか……。

 

 要するに断る気は初めからないということで、イッチーに手を引かれながら観覧車の方へ向かっていく。いざ係員さんに状況を伺えば、普通にそのまま乗り込むことができそうだ。観覧車のボックスの1つが完全に下へ降りてきたところで、いってらっしゃいませという言葉を受け取りながら中へ入った。

 

「冬の夜って、人の声が聞こえてもなんか寂しく感じるよな」

(そうだね、冷たい空気がそう感じさせるのかも)

「ま、俺たちには関係ない話だけど」

 

 イッチーは暗にお互いがいるから寂しくないと発言しつつ、私の隣へ静かに座った。うん、寂しくないよ。あなたが隣に居てくれるのなら、他のことはどうだっていいもの。好き。大好きだよ。……という気持ちを引き続き抑えられない私は、イッチーの身体に体重を預けるようにして寄り添った。

 

 するとイッチーは、私の頭を手で押さえるようにして更に密着度を高いものへ変えた。やはり狭く2人きりの空間というものはいいな。ボックス内の狭い空間が私たちの世界。私とイッチーだけの世界……。そう考えていると、いつまでもここへ居座りたいような気さえする。

 

「……見ろよ黒乃」

(夜景かぁ。キラキラして素敵……だね)

 

 2人で戯れていると、いつしか私たちの乗っている観覧車は最頂点にさしかかっていた。イッチーが私を呼ぶので背後の窓に目を向けてみると、そこにはウットリしてしまうような景色が広がる。時分としては冬なためか日の沈みも早い。今は太陽が隠れるギリギリくらいで―――

 

 なんていうのかな。夕日が発する自然の光と、イルミネーションがもたらす人工の光。それらが見事な配分でマッチし、とてつもなく幻想的だ。テーマパークより外の建造物からも沢山の明かりが見え始め、人の営みが今日もこうしてひと段落するんだな……とか考えてしまう。

 

「守ろう。この景色を必ず」

(……うん、そうだ―――)

「―――とかいって、正直どうでもいいんだけどな」

(え……?)

 

 私たちの待ち受ける戦いの果てに、こういう綺麗なものを守り抜こう。イッチーならそういうだろうと思っていたから同意しようとしたのだけれど、私がそうだねといい切る前に自らそれを否定した。どういう意味だと見つめていると、イッチーは私の頬に手を添え―――

 

「俺が本当に守りたいのは、いつだって黒乃1人だけだ」

(あなた……)

「だから正直どうでもいい。黒乃と生きていくために必要ってだけで、世界なんて……」

 

 イッチーの掌は滑るようにして首筋へ移動すると、ほんの少しだけ力を込めて私を引き寄せる。そして、壊れものでも抱くかのように、優しく優しく私を包み込んだ。私だってそうだよ、世界なんてどうだっていい。私が欲しいのは、あなたと生きていける世界だから。

 

「……今度の戦いも、俺が守るのはあくまで黒乃だからな」

「私も」

「そうか? なら結果論だな。結果的に世界が守られたって感じで」

 

 このやりとり、皆が聞いてたらどうだったろう。みんなは私たちが世界を守りたいという動機で戦うつもりと思っているのだろうか。前に置いて行かれて嫌な気持ちになったからみんなに声をかけたけど、今思えば身勝手にもほどがあったかも知れない。

 

「前にもいったけど、俺たちが揃っている時はできないことなんてなにもない。ほら、何気にやっぱり継続中だぞ、俺たち夫婦の勝率100%」

(ふ、夫婦って……! でもいわれてみれば確かに……)

「だから必ず勝てるって確信してるんだ。ただし、前にも出なければ後ろにも下がらない……ってのを守らないと」

 

 ゴーレムⅠ、VTシステム暴走、シルバリオ・ゴスペル、オータムさん、マドカちゃん……。これらの強敵に、私たち2人が同時に戦場に立った時は必ず勝ちを収めている。偶然か、はたまた私たちがそうさせるのか。真相はどうかは解からないけど、信じれる自分でありたいと思う。

 

 そう、イッチーのように私が隣に居たから勝てたんだと。だから私も思うんだ、イッチーが隣に居たから勝てたんだって。だから今回のクロエちゃん&メタトロニオス戦もやることは変わらない。イッチーが隣に居るんだから、勝てない道理は端からないんだ。

 

「一緒に」

「ああ、一緒に。一緒に、生きてくれ」

 

 まるで示し合わせでもしたかのように、観覧車が最頂点に上ると同時に私たちの唇は重なった。もしかしたら窓から見られているかも知れない、なんて些細な発想は微塵も浮かばない。それほどまでに私たちは燃え上がり、お互いを求め合う。

 

 イッチーは狭い空間で更に逃げ場をなくすように、私を抑え込むようにして口内を掻きまわしていく。私はひたすらそれを受け入れ続けた。気づけば観覧車もだいぶ下りはじめ、これでは本当に見られてしまうだろうという場所まで降りれば私たちのキスは自然と止まる。しかし―――どちらとも降りようとする仕草すらとらなかった。

 

「黒乃、もう一周……」

(うん……)

 

 ただひとこと、イッチーの言葉に頷くのみ。そして後は、上っては下りてを繰り替えすばかり―――

 

 

 

 

 

 

「黒乃、他にどこか見ておきたい場所はあるか?」

(ううん、特には。けど、どうしたの?)

「着いて来てくれたら解かるって」

 

 観覧車をようやく降りたわけだが、イッチーの口ぶりではまるで今のが最後とでもいいたげだ。夜のテーマパークといえばパレードとか花火も定番だし、まだまだこれからだと思うんだけど。不思議に感じていることを伝えるべく首を傾げてみると、イッチーは私の言葉をはぐらかしつつ手を引いていく。

 

 向かっている方向からするに明らかに入口の方だよね。まさかもう帰るっていうことはないだろう。意味も解からぬまま結局ゲートをくぐり2人して外へ。近場の道端で立ち止まると同時に、車のエンジン音が響くではないか。そちらへ目を凝らすと見えて来たのは―――リムジンってやつ?

 

「よぅ坊主、待たせたか?」

「いや、俺たちも今来たところです」

「そうかい、そいつは良かった―――って、なにが悲しくて男とんなやりとりしなきゃなんねぇんだ……」

 

 謎のリムジンが私たちの目の前に路肩駐車したかと思えば、助手席の窓から顔を出したのはオジサンだった。その様相はまさに会社社長と呼ぶにふさわしく、いつもより高級そうなスーツに身を包んでいる。どうやらこうして迎えに来る予定ではあったみたいだが、イッチーが話していたというのはこれのことね……。

 

 オジサンは親切心で問いかけたのだろうけど、イッチーの返しはまるで初デートの男女が交わしそうな言葉そのもの。本当のことだから仕方ないと思いつつ、オジサンは微妙な顔つきをしながら早く乗りなと促す。まだよく状況はつかめてないながら、イッチーのエスコートを受けつつリムジンへ乗車した。

 

「……あの、頼んどいてなんなんですけど―――」

「なにもここまでってか? 気にしなさんな、使えるコネは使っちまえ。オジサンらにお2人さんの頼みを断る権利もねぇしな」

 

 縦に広がった座席が落ち着かないのか、イッチーは乗り込むなり恐縮したような様子でオジサンに進言して見せる。それは心配も混じっているようだが、テーマパークを貸し切れる財力の持主なのだから問題はなさそうだ。実際のとこ、オジサンもいつもの飄々とした態度だし。

 

(でさ、どこに行こうというのかね)

「ん? あぁ……えーっと、ほら、モデルした時の報酬でディナー券を貰ったろ。けどほら、な? ……期限切れっつーか……」

(あ~……)

 

 いい加減に真相を話してと見つめてみると、イッチーは思い出したかのように経緯を話し始めた。で、出てきた話題はモデルをやった時までさかのぼるらしい。原作よろしく報酬にディナー券を渡されたわけですが、イッチーは非常にいい辛そうに期限切れだと―――

 

 ……またしても私が自爆したことが影響しているらしい。そうだよね、高級ディナー券なんてそう長い有効期限じゃないよね……。その間に何組の予約が入ってんのって話になるもの。いや、ホントあ~……だよ、あ~……としかいいようがないでござんす。

 

「したら坊主がオジサンに相談してきたわけよ。どっかいい場所知らないかってな」

「まさか全部世話してくれるとは思ってなかったんですけどね……」

「ガキは気にせず奢られとけ! ただ、いつかお前さんも自分の力で連れてってやれるようになんねぇとな」

 

 ふむ、つまりはオジサンの奢りで高級ディナーってことかな。流れがいきなり過ぎで戸惑ったが、そういうことなら話は早い。イッチーもクリスマスってことでいろいろと考えておいてくれたんだなぁ。……だとすると私のプレゼントしょぼくねぇ? ベタに手編みのマフラーなんだが。

 

 ……もういっそ身体にリボン巻いて―――プレゼントはぁ~……ワ・タ・シ(はぁと)……とかやってみる? いや、一線を越えた関係にあるんだから有難味がないか。つか、無表情なんだから可愛くできねぇっての。そんな感じで悶々と考えに耽っていると、どうやら目的地に着いたらしい。車から降りてみるとそこには―――

 

「親父さんの会社と同じくらい……?」

「まぁそんなモンだろ、ホテルなんだし」

(つ、つまりホテルの最上階にあるタイプのレストラン!?)

 

 オジサンは見栄を張る性質に見えるが、この落ち着きようなら予算は潤沢ってことね……。そういや近江重工全体の年収ってどのくらいなんだろ? もはや目眩がするほど0が着くイメージしか湧いてこないが、1度でいいから通帳に目を通してみたい気分になる。

 

「そいじゃ行くか。ドレスコードが絶対なんで先に着替えな。坊主はオジサンに着いてこい。お嬢ちゃん、悪いが鶫は不在なんでスタッフには話しつけてある。優秀なのは保証するんで安心しな」

 

 ドレスコード……そりゃそうだよね。まずここら付近の男女はみんなスーツやドレスに身を包んでいるもの。もはや私服で近づくことすらおこがましく感じる。だからここの貸し出しの衣装でってことなんだろうけど、鶫さんが不在か……。まぁお子さん居るんだし、流石にクリスマスは家族の元だろう。

 

 そういうことで、オジサンが話を通してあるらしいスタッフさんの後ろを着いて行く。やはり接客業ということもあってか、所作でいうなら鶫さんにも引けを取らない。そして終始丁寧な対応をされつつ連れて来られたのは、沢山のドレスが並ぶ衣装室のようだ。

 

「どうなさいますか? よろしければこちらがチョイス致しますが……」

(あ~……え~……着るのだけ手伝って貰えれば大丈夫です)

 

 せっかくイッチーとディナーだっていうのに人が選んだものを着るのもなという感じだったので、身振り手振りでなんとか着るのだけを手伝ってほしいというのを伝える。するとスタッフのお姉さんは、畏まりましたと会釈しながら距離を置いた。

 

 ふむ……それならこの数あるドレスの中からどれを選ぼうか。まず決めるべきは色なんだろうけど、これは簡単な問題である。ズバリ白、それ以外ありえないというほどにだ。なんていうか、うん……イッチーのパーソナルカラーが白だから、なるべく彼の色に染まるようにしていたくて……。

 

 な、なに恥ずかしいこといってんだろ! ハイ次、次! え~っと、ドレスのタイプかな……。我ながらスタイルいいんだし、やっぱ肩とか背中とか出したいよね。ならこのAラインドレスあたりが妥当かな。まぁ同じタイプのドレスでもデザインが細分化されてて難しいんだけどね……。

 

(あの~……さっき着るだけっていいましたけど、少しアドバイスを……)

「はい、喜んでお手伝いさせていただきます」

 

 何着か気になったものを両手に取って掲げてみると、迷っているのだとしっかり伝わった。スタッフさんの手を借りて熟考することしばらく、腰から下くらいがバラの花びらをモチーフにしたらしいドレスで決まった。サイズも問題なく、着るのには手間取ったがきついなんてことはなさそう。

 

 ドレスに合わせた高めのヒールに履き替えれば、後はメークといったところか。ちー姉にプレゼントされた奴、いつも持ち歩くようにしておいてよかったな。フフフ……私もしっかり勉強して、それなりに上手なお化粧ができるようになりましたとも!

 

 基本的にメイクそのものはナチュラルだが、けっこう加減が大事で難しいんだよね……っと。リップもチークも薄いピンク色のものを用いて、ほとんどしていないくらいが黒乃ちゃんフェイスには適量だという研究結果が出ている。だが、今日はドレス負けしないように気持ち厚めでもいいのかも。

 

「よろしければ、メーク中に髪のセットを致しますが」

(あっ、それはお願いします!)

 

 私がメーク中はスタッフさんも暇だろうし、一石二鳥ってやつだ。私はスタッフさんの申し出に頷くと、その間メークの方に集中。やがて私の手が止まると同時に、向こうの方も仕上げに取り掛かり始めたようだ。ほほう、これは……某実は女でしたパターンで性転換した青い騎士王と同じ結い方ですな?

 

「お待たせいたしました」

(はい、ありがとうございました! よ~し、イッチーも待ってるだろうし少し急がないと)

 

 私の支度は黒乃ちゃんのスペックが高いおかげで比較的短く済むが、それでも諸男性の皆様に比べたら随分と長丁場なもんだ。ヒールで歩きにくいことを考慮し、転倒しない程度に急ぎながら歩を進める。そしてロビーまでたどり着くと、そこで待ち受けていたのはフォーマルスーツに身を包んだイッチーだった。

 

「……………………」

(……あの、できれば感想とかを言ってくれないと不安になるんだけど……)

「っ……!? わ、悪い、あんまり綺麗なもんだから本気で見とれてた……。綺麗だぞ黒乃。いや、ホントに綺麗だな……。ごめん、悪いがそれしか感想が浮かばない。……そのくらい綺麗だ」

(あ、ありがとう! その、イッチーもかっこいいよ)

 

 じ、自分で言うのはなんなんだけど、イッチーは私の姿があまりにも綺麗でしばらくフリーズしていたみたいだ。正気を取り戻した途端に、まるで感心しているみたいに様々な角度から私を眺める。出てくる感想は全て綺麗で統一され、思わず小躍りしてしまいそうだ。

 

(……あれ、オジサンは?)

「ああ、親父さんならトンボ帰りでテーマパークだってよ。後は若いモンでともいってたな」

 

 イッチー1人しか居ないのでキョロキョロしていると、どうやら私がいいたいことは伝わったらしい。そっか、トンボ帰りか、なんだか手間を取らせてしまったな。でも、貸し切りまでして頭が不在なのは確かに体裁を欠くだろう。単に私たちに気を遣ったっていうのもありそうだけど。

 

「俺たちはとにかくお言葉に甘えよう。しっかり勉強もさせてもらえたしな。……ほら」

(フフッ、それじゃあエスコートお願いします)

 

 イッチーは私にただ腕を差し出すのではなく、肘を曲げて角度をつけるような感じを意識しているようだ。えっと、だから私も腕に抱き着くんじゃなくて、添えるように……だよね。気持ち優雅な姿勢を意識しイッチーのエスコトーへ身を委ねると、私のペースに合わせるかのようにして歩き始めた。

 

 そして導かれるままエレベーターへ。高層ビルだというのにエレベーターはグングンと昇り、あっという間に最上階だ。少し進むと展望レストランの入り口らしきものが構えており、傍らには壮年の男性が待っていた。聞けばマネージャーさんらしく、御贔屓にしてくれるオジサンの依頼で世話を任されたそうな。

 

 いや、レストランでいうマネージャーって確かホールの責任者とかだったよね? こんな小童と小娘の相手にそんな……。とは思うけど、それが仕事なんだしご厚意に甘えるとしよう。どうやら通してくれるのは個室らしく、マネージャーさんの誘導に従いレストランへ足を踏み入れた。

 

 通された個室とやらは想像とは違い、あまりにも広々としていた。壁の一部が全面ガラス張りになっており、円卓は夜景を眺めながら食事ができるポジショニングになっているらしい。先ほども夜景を眺めてきたばかりだが、こちらはより都市に近いためか眩しさは勝っているだろう。

 

「えっと、テーブルマナーとかって―――」

「その辺りはお気になさらず、そのための個室です。細かいことは忘れて、当店のお料理に舌鼓を打っていただければと」

 

 フォークやナイフを外側から使っていく、くらいは存じている。しかし、食事1つ1つに正しい食べ進め方というのがあるらしい。イッチーのいっているのはその辺りなのだろうが、マネージャーさんはにこやかに寛大な言葉をくれる。とはいえ、あまり下手なことはできないのは変わらなさそうだけど……。

 

 マネージャーさんはそれでは調理に取り掛かりますのでといい残してから個室を後にした。コースとか運ばれてくる料理とかも、オジサンが考えてくれているのだろう。至れり尽くせりの状況に居心地が悪いのは私たちで共通のなのか、イッチーは苦笑いをこちらに向けた。

 

「まぁ、なんとかなるだろ」

(だといいんだけどね……)

 

 イッチーの言葉がアテにならないとはいわないが、こういう時に限ってなにかやらかしがちな気がする。大半のことは笑って許してくれるというのは解かっていても、それを上回るようななにかをやっちまうのではないかと心配だ。

 

 ただ心配ばかりしていても始まらない。イッチーの方も緊張を解す意味を込めてなのか、積極的に話を振ってくれた。相変わらず肯定か否定かくらいしか出来ないけど、それでも気分が紛れることだけは確かだと思う。そうこうしている内に、前菜が運ばれてきたようだ。

 

 説明を聞くに、このレストランそのもののジャンルは創作料理に部類されるらしい。料理長は様々な国で修業を積み、各国の料理を日本人の口に合うように改良した独自のもの……だそうな。食材もほとんどが各国で最高峰のものを仕入れているんだってさ。

 

 流石はオジサンのようなセレブ御用達なだけあって、味に関してはいうまでもなく絶品。この後もスープ、魚料理と進んで行くが、いちいち2人してオーバーリアクションせずにはいられない程だ。まぁ、そこは抑え気味のオーバーリアクションだと解釈してほしい。

 

 まさに至福のひと時と表現するにふさわしい食事は終わりを告げ、最後に運ばれてきたコーヒーを口にしながら腹を休めるという名目で談笑にふけった。もちろんのこと話題のほとんどは料理に対してで、比較的に料理へ関心のある私たちは話題が尽きない。

 

「料理は上手な方だと思ってたけど、やっぱ職業にしてる人は別格だな」

(残念ながら、足元にも及ばないってやつだね~……)

「みた事も無い食材もいっぱいでさ。……亀ってどう捌くんだろうな……」

 

 スープとして出てきたのはウミガメのスープだったわけだが、イッチーはなにやら割と真剣に亀の捌き方について考察しているようだ。亀はペットっていう概念が強いから微妙な気持ちにはなるが、確かに包丁を持つ身としては気になるかも知れないな……。そもそも包丁は通るのだろうか?

 

「とにかく、いい思い出にはなったよな。けどやっぱ、どんな美味い料理を食べたって―――」

(イッチー……?)

「俺には黒乃の手料理が1番だけどな」

 

 イッチーが指を絡めるようにして私の手を取ったかと思えば、なんの恥ずかし気もなく嬉しさが爆発してしまいそうな言葉を放った。私がイッチーの1番……。固執なんかするまでもなく、イッチーがそう思っていてくれることは解かっている。解かってはいるけど、えへへへへ……内心で顔がニヤけるのを止められない。

 

『失礼してもよろしいでしょうか』

「はい、どうぞ」

「失礼します。お部屋のご用意が整いました。よろしければすぐにご案内しますが、いかがいたしますか?」

 

 個室の扉をノックする音が聞こえたかと思えば、入ってきたのはボーイさんらしき人物だった。はて、部屋の用意とはなんぞや? イッチーの方に視線をやってみると、心当たりでもあるのか歯をみせるような笑顔を返された。そして椅子から立ち上がり、私の方も立たせると―――

 

「すぐにお願いします」

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」

「黒乃、足元に気を付けてくれ」

(そ、それはいいけどいったいどこへ……?)

 

 イッチーは目的地に着くまで皆までいわないつもりなのか、少し強引さが垣間見える。もはや大人しく従うしかないと感じたので、とにかくイッチーのエスコートに導かれてみる。するとボーイさんが通してくれたのは、どうやらホテルのスウィートルームかなにからしい。

 

「食事したら時間も遅くなるだろうし、一泊していけって親父さんが用意してくれたみたいなんだ」

(へぇ~……そりゃまた。じゃあ、後で私服を持って来てもらわないとね)

 

 部屋の内装はゴージャスっていうよりはシックな感じで落ち着くな。壁は大理石、ベッドは広いし、他の家具も高級感あふれる様相だ。滅多に見れるものではないだろうし、キョロキョロとあちらこちらを物色していると、私の脇を通るようにして腕が滑り込んできた。

 

「黒乃、焦らす必要はないよな?」

(えっ……? いや、あの―――)

「どうした? まさか想定してなかったとは言わせないぞ」

 

 イッチーは首元のネクタイを緩めながら、肩越しに悪戯っぽい表情を私に向ける。つまりはそういうことである、察しろ。ちなみに皆さん、世界的に見ても9月生まれは多いそうです。つまりはそういうことである、察しろ。正確にいえば9月15日あたりから下旬にかけてだそうな。

 

 別にもう私を孕ませてやろうという魂胆ではなさそうだが、けど、その、つまり……純粋にする気満々みたい。部屋に入った途端に見て見ぬフリをしていたのはあるし、期待していたのはある。けど心の準備よりも前に、もっと別のところが準備できてないわけで―――

 

「……歯磨き」

「いらない」

「……シャワー」

「それもいらない」

 

 女の子としてはせめてケアくらいさせてほしいと頼んでみるも、どちらもイッチーに即刻却下されてしまった。後者に至っては私の首筋に吸い付きながら積極的に匂いを嗅いでいるらしく、うるさく感じるくらいの鼻息が耳元に響いた。

 

 くっ、そういう恥ずかしいのをされて私が黙っていられると思ったかい? ……主に嬉しい方で! って、しっかりしなされ、求められたら従うのが私の心情だがこのままでは些か―――い、些か……我慢できるかーい! イッチー、ちゅーして? ちゅーしよ!

 

 背中から抱き着かれた状態を無理矢理にでも解除し、私はイッチーの腕の中に飛び込んだ。そしてひたすらイッチーの瞳を見つめ続け、私が欲しているものを伝えてみる。するとイッチーは私の顎に手を添え、少し上向きに角度がつくように上げさせた。

 

 そこで目を閉じれば後はお待ちかね、イッチーと私の唇が重なる。舌と舌が重なる。唾液と唾液が混じり合う。スウィートルームのシックな雰囲気はムーディーなものに色を変え、それにやられたのか情熱的なキスに腰砕けになってしまった。

 

 すると、イッチーはすかさず私を姫抱きで持ち上げる。もちろんだがキスは継続させつつで、私をベッドに運んでいるのだと否応なしに思い知らされてしまう。やがて私はスプリングの弾む感覚を背に受け、それを合図にするかのようにして結い上げていた髪をほどいた。

 

「黒乃と恋人になって迎える初めてのクリスマス、特別なものにしようってずっと思ってた」

(あなた……)

「忘れられない夜にしてやるからな」

(……はい)

 

 さっきもいったけど期待してなかったわけじゃないし、むしろ心のどこかでこうなることを望んでいた。常に私が求めるのは、イッチーが私を求めてくれることだけだ。特別という言葉の重み、口にしている本人はそう感じてないだろう。

 

 世界で私のみがイッチーの特別。ああ、なんて甘美な響きだろう。それさえあればなにもいらない。どんなものだろうと人だろうと、イッチーに勝る存在なんてなに1つ存在しない。そんな人が、私と特別な思い出を刻もうとしてくれている。

 

 あぁ、考えれば考えるほど狂ってしまいそうだ。幸福というプラスに働く感情で、頭がどうにかなってしまいそうだ。もはや恥じらいや躊躇いなど消え失せ、脳内の渦巻くのは早く私を奪ってという想いのみ。その瞬間を切望していると、イッチーの手は私の股まで伸びてきて―――

 

 

 




(勘違い要素とか特に)ないです。

ちなみに白い薔薇モチーフのドレスですが、白薔薇の花言葉に「私はあなたにふさわしい」という意味もあるらしいので採用しました。
だからなんだって聞かれたら、別になにがあるわけでもないんですけど。

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