八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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今回もフラグ建てです。
実際に披露するのはクロエ戦ということで。


第120話 想うが故 想われるが故

 近江重工地下施設に爆音が鳴り響いた。なにかが爆ぜたというのは容易に想像がつくが、あまりにも規模が大き過ぎる。それだけの威力を出せる存在があるとすれば黒乃だけであり、その予想に準ずるかのように原因は大当たりなのだが、今回の場合はなにも黒乃だけのせいとはいい難い。

 

 疑似アリーナを見れば、そこには大きく吹き飛ばされたであろう黒乃と一夏の姿が。中央に焦げたような黒ずみがあるということは、端まで軽く行ってしまうような威力だったらしい。2人とも無事ではあるようだが、すぐには立ち上がれないような状態のようだ。

 

「うっ、ぐっ……黒乃! 大丈夫か!?」

(な、なんとか……)

 

 心配して接近を試みる研究員たちの静止を振り切り、いち早く復帰した一夏は低空飛行で黒乃の元へ急いだ。そんな声を聞かされては反応せずにはいられず、黒乃は刹那の親指を立ててみせる。とはいえ一夏が辿り着くまでは立ち上がれなかったため、やせ我慢にみえるようだが。

 

「……最初から上手くいくなんて思ってはないけど、失敗のリスクがでかいな」

(そうだね……。最悪、機体が故障しちゃいそうだよ)

 

 一夏の発言からして、なにかの練習が失敗した結果が大爆発のようだ。となると、それがクロエに対する秘策である可能性が高い。だがそれは、練習するにしてもこのように危険を伴ってしまう。機体のほうは勿論だが、決戦前に怪我など負ってしまったら本末転倒だ。

 

 しかし、だからこそ完璧にしなければならないというのも間違いなさそうだ。秘策だというのに本番で上手くいかないならお話にならない。ただ、この有様からして日に1回までの練習が限度のようだ。とにかく今は、刹那と白式のケアを念頭に入れなくては。

 

「見解を聞かせてくれ」

「は、はぁ……。えっと、そうですね――――」

 

 撤収する黒乃たちをよそに、練習開始時から様子を見守っていた藤九郎がそう呟いた。なんだかいつもと異なり厳格な声色に聞こえたようで、研究員は一瞬だけたじろきながらもモニターに先ほどの映像を流し始める。その映像を元に研究員は―――

 

「技術的な問題というよりは、心理的な問題かも知れません」

「というと?」

「藤堂さんのエネルギー調整も、織斑くんの零落白夜の加減も改善点が見当たらないくらいなんです」

 

 2人が映るモニターには、赤黒い光と青白い光が共存していた。つまり、マドカ戦でみせた神翼招雷と零落白夜の合わせ技だろう。それこそ1回で成功させた2人が、同じことをして失敗することはないはず。だとすれば、より高度な技に挑戦しているに違いない。

 

 技術面で問題がないのを示すのは、モニターに表示されている数値。2人は言葉を交わすまでもなく、膨大なエネルギーが安定に達するよう互いの単一仕様能力を巧みに操る。しかし、一定時間が経過すると同時に数値は徐々に乱れてゆき、そして爆発。

 

「なるほどな、気ぃ遣い過ぎか」

「端的に言うならですけど」

 

 長時間にわたって神翼招雷のエネルギーを刹那の内部に留めておく、それが自爆に繋がるということは多くの人間に知れ渡った。それゆえ、一夏にはまだ不安があると推測される。数値の乱れはまず一夏が零落白夜の出力を上げたところから始まっているようだ。それに合わせるようにして、黒乃も調整ミスをしてしまう。

 

 一夏は黒乃を想い過ぎるがために零落白夜の出力を上げて、膨大なエネルギーを抑え込みにかかった。黒乃は一夏を想い過ぎるがために、相殺させぬよう気合が入り過ぎた。一夏の期待を裏切ってしまうとでも思ったのかも知れない。

 

 だが、失敗後のやりとりをみるに無自覚であると考えるのが自然。これには藤九郎も眉間に皺が寄るのを抑えられなかった。なにもガッカリしているということではなく、テコ入れをするにしても酷なことをしなければならないからだろう。

 

「悪モンになるのは構わねぇが、随分と荒療治になりそうだぜ」

「なにぶん時間が足りませんしね……。しかし、なにをなさるつもりで?」

「そのうち解かるさ。まぁ1つ言えんのは、嬢ちゃんらにとって地獄っつーことだな」

 

 言葉で指摘するのは簡単である。できるアドバイスはする藤九郎だが、両者の愛が要因ともなれば口出しもし辛いというもの。それゆえの荒療治ということらしいが、本人でもよくこんな酷なことが思いつくものだと辟易とするレベルのようだ。

 

 そして藤九郎は研究員に指示を出し、今日のところは本社にて己の仕事をしに向かった。そしてあくる日、藤九郎は2人を居住区角の外れあたりに呼び出す。2人はスペシャルメニューとしか聞かされていないため、今からなにが起こるかという不安がみてとれる。

 

「よう、来たな」

「呼ばれたら来ますけど、こんなとこでなにをするつもりなんです?」

(ってか、後ろのはなにさ? 飼育スペースとか牢屋にみえるんだけど……)

 

 呼び出された2人に待ち受けていたのは、藤九郎の背後にそびえる2つの居住空間。家具家電はひと通り揃っているようだし、しっかりと個人用の風呂やトイレもあるようだ。1つ気になることがあるとすれば、黒乃が述べたように外部から丸見えという部分だ。

 

 それはまさにSF作品でお目にかかるような牢屋のそれ。外から様子が確認できるという点ではほぼ間違っていなさそうだ。つまりここへ入れということなのだろうが、それのどのあたりが修行になるというのか。2人は半信半疑ながら、それぞれ部屋に入ろうとすると――――

 

「おっと、忘れてた。悪いがISは預からせてもらうぞ」

「はぁ……。了解です」

 

 その前に、ISを回収しておきたいという。警戒心がないわけではないが、同意しないことにはなにも始まらない雰囲気を悟った。一夏は腕輪になっている白式を、黒乃はチョーカーになっている刹那を外して藤九郎に手渡すと、今度こそ例の部屋に足を踏み入れる。

 

「よーし、はいスタート」

 

 2人が室内の思うところで立ち止まったと同時に、藤九郎がなにか開始の合図を出した。すると出入り口である自動ドアからガチャリとロック音が聞こえてくるではないか。もしやと思って近づいてみる2人だが、案の定ドアが開かれる気配はない。思わず一夏は、ガラスの向こうの藤九郎に叫び散らした。

 

「おい、いったいなんのつもりだ!」

「坊主、お嬢ちゃん、よく聞きな。お前さんらが互いが大事なのはよく解かる。だがな、おかげで大事なもんを見失ってるんだよ」

(はぁ!? イッチー以上に大事なモンなんてないんですけど!)

 

 藤九郎からみても、これだけ互いを愛していられるのは美点でしかない。しかし、思うに少しばかり意識を変える必要がある部分はみてとれた。それを指摘するのではなく、本人たちが考え導き出すのにはこの方法が最も手っ取り早いという見解なのだろう。

 

「それがみえなきゃ、永遠にアレは完成せんだろう。だからちっと荒療治だ。お互いの姿は確認できるるようにしてやっから、2人でよく考えな。それがお前さんらの課題だ」

 

 藤九郎は、見失ったものをみつけることこそが課題だという。この口ぶりでは、それさえ解かれば例の練習は完璧になるとでもいいたげだ。保証も根拠も感じられないためか、一夏と黒乃の反発は強い。それはそうだろう、つまりはクリアするまでは愛する者に触れることができないのだから。

 

 2人を遮断する必要はまずあるのだろうが、このままではあまりにも酷である。藤九郎もそのあたりは容赦するつもりなのか、合図と同時に今度は壁がせりあがった。一夏からみて左の壁、黒乃からみて右の隔壁の中央は、半透明の板らしきもので遮られている。

 

「黒乃! クソッ、こんな壁――――」

「止めとけ止めとけ。ポリカーボネート製の壁だ、人間の力じゃまず壊せねぇよ」

 

 どうやら特殊部隊などが盾として使うライオットシールドと同じ素材でできているらしい。そのため、すぐさま殴りかかろうとした一夏を藤九郎は止めた。しかし、そんな静止が効くはずもない。一夏は迷わずポリカーボネートの壁に拳を叩き込むが――――

 

「づっ……っ……!」

「おい、怪我すっぞ。ガキんちょとの決戦が待ってんじゃねぇのか」

「そんなこと知るかよ! 黒乃に触れられないなんて、そんなの俺には――――」

 

 銃弾なんかも完璧とはいえないが防ぐことができる素材を前に、人間のパンチくらいでどうにかできるものではなかった。しかし、言葉通りに知ったことかというように、一夏は負けじと壁を殴り続ける。藤九郎は、その様子を随分と冷めた目で眺め続けた。

 

(もう止めて! ダメだよイッチー……あなたの痛がるところ、もうこれ以上はみたくない!)

「黒乃……。くっ……!」

 

 黒乃は壁を両手でバンバン叩くと一夏の視線を引いた。そして、黙って何度も何度も首を左右に振ってみせる。黒乃にとって精いっぱいの一夏が心配だから止めてくれという意思だったが、どうやらそれはキチンと伝わったようだ。一夏は非常に悔しそうで、己の無力でも呪うかのように力なく拳をほどいた。

 

「んじゃまぁ頑張りな、そこでそうしてりゃきっとみえてくるはずだ。それと、自由以外で欲しいモンがあれば言えよ、オジサン定期的に様子みにくっから」

 

 それだけ告げると、藤九郎は背を見せながら手を振りつつ去っていく。その背が完全に見えなくなると、2人はただ見つめあう。ただそれは、いつもの熱が込められているようなものではなかった。漂う雰囲気は悲壮感のそれ。まるで悲劇の一部分を切り取ったかのような光景だった。

 

「こんな近くに居るのに、触れることができないなんてな……」

(あなた……)

「あぁ……そんな、嘘だ……! これからどれだけ触れられないんだ? 嘘だ、嫌だ、頭がどうにかなっちまう!」

(……っ! こんなイッチー……抱きしめてあげなたいのに、こんな……!)

 

 壁越しに黒乃の掌に合わせるかのようにして、一夏もペタリと掌を着けてみる。しかし、伝わってくるのは無機質な素材の冷たさのみ。それを実感すると同時に、一夏の頭をズドンと絶望が襲う。叶うなら1秒も離れたくないと思えるほど愛する女性と、課題をクリアしなければ触れることすらできない。

 

 それを真に理解すると、一夏の瞳は焦点が合わなくなり、目に見えて息も荒くなり始めた。もはや立つ気力も失せてしまったらしく、ズルズルとその場に崩れ落ちてしまう。一夏がこんな状態ならば自分の出番なのに、いつもはギュッと抱き着いて安心させることができるのに。今はそれも不可能――――

 

 黒乃も同じく無気力な感覚が押し寄せてきてしまい、ペタリとその場に腰を落とした。開始1分ていどだというのに、もはや発狂寸前の2人。答えを導き出さなくては、なんていう考えすら頭に思い浮かばない状況だった。そうして、その後の2人は――――

 

 

 

 

 

 

(……壮絶だねぇ)

 

 目の前で繰り広げられる光景に、藤九郎は流石にここまでは予想外だと顔をしかめた。あれからどれだけの時間が経過したかというと、1日と6時間といったところだろう。だというのに2人は、極力近くを離れようとしない。今も衰弱した様子で、互いに背を合わせるように透明な壁へもたれかかっている。

 

 2人が席を立つといえばトイレくらいのもので、それも必要最低限――――失禁するか否かギリギリのところまで耐えてからだ。後のことはなにもないし、なにもしようとはしない。死なれては困るために食事や水は室内で摂れるようになっているのだが、2人にそういう気力は出てこないのだろう。

 

 しかし、これなのだ。この極限状態こそが2人へ答えを導くために必要となる。予想外ではあるが、ここは信じて待つしかない。自分が止めに入るのは、死ぬか生きるかの瀬戸際を垣間見てからだ。藤九郎は、心苦しさを抑え込むようにして2人が答えを出すのを待つ。

 

(いったいなにが……なにがダメだってんだ……)

(全然……解からない……)

 

 この極限状態ながら、2人とも考えることは放棄していなかった。動機といえばお互いに触れあいたいから答えを出さねばというものだが、この際それはなんでもいい。このまま籠城を続け、対クロエまでの日数を無駄に消費することに比べれば安いものだ。

 

 ただ、状況はあまり芳しくはない。空腹や疲労で思考能力が低下しているのもあるし、やはりなによりも姿は見えるが触れられないというのが大きかった。ゆえに、ピンとくるような、藤九郎が納得するような答えはまるで浮かばず空しくも時間だけが過ぎていく。

 

(ねぇ黒乃ちゃん……。私たちのなにが間違ってるのかな……?)

『…………ごめん、私にはなんとも』

(……だよね。こっちこそ、変なこと聞いてごめん……)

 

 焦りや不安から、黒乃は相談できる相手が己の肉体に潜んでいることすら忘れていた。まるで独り言のように呟いて問いかけてみても、真なる黒乃は難しそうな声を上げるばかり。元より知っていても本人のためにならないだろうという考えから黙っているつもりだったが、本気で答えは見えていないようだ。

 

 本人は謝ってから無言に戻った黒乃を心底から不憫に思った。答えを教える気はなくとも相談くらいは乗るというのに、全く議論する姿勢すらみえないのだから。かといって、声をかける勇気も浮かばない。本人も黙って見守ることしかできないでいた。

 

(……黒乃は大丈夫なのか……?)

(イッチー……大丈夫かな……?)

 

 その瞬間、両者に全く同じふとした考えが過った。それは、自分の背で酷く疲れた様子を解かない愛する者の安否。少し顔の角度を変えてチラリと覗き込むところまで一致したが、互いがそれに気づくことはなかった。2人の目に映った姿は相変わらずで、安堵していいのやら心配したらいいのやら。

 

(そうだ、気づけ、まず心配すべきはそっちじゃねぇ)

 

 2人の互いを気遣うような仕草を藤九郎は見逃さず、それを待っていたといわんばかりに表情を変えた。まさに待望と表現するしかないほどということは、互いよりもまず先に心配すべきものがあるということに違いない。さすれば、そこさえ解かれば、2人も互いに触れ合うことができるのだ。

 

(……人のことはいえないか――――)

(……こんな状態なのに――――)

(大丈夫かって聞くのは――――)

(説得力ないよね――――)

 

 黒乃と一夏、両者の思考はシンクロし続ける。互いを心配するのはいいが、まず自分が心配される状態であることを自嘲するかのようにした。本当に説得力なんてまるでなく、他のメンバーが聞いたならばお前がいうなという評価の嵐だったろう。

 

 ふと2人は、1人1人が今の自分たちをみたら具体的になんといってくるかという想像にふける。するとどうだろうか。想像ではあるのだが、みんながみんなして必ずとあるワードを投げかけてくるではないか。これはもしやと思わざるを得なく、2人の思考に一筋の光明が走る。

 

(もしかしてだけど――――)

(そんな簡単な……?)

「……黒乃っ!」

(あなた!)

 

 アレもダメ、これもダメという状況が続いていたが、確かな閃きを感じた2人は同時に振り返った。眼前に映るのは酷い顔をした愛しい者。だが、その目に宿るのが絶望なんかではないことを察する。もはや言葉を交わす必要なんかなく、全てを悟ったかのように頷いてみせた。

 

 そして、2人は立ち上がる。足に力なんて入らないせいか、ガクガクと膝を笑わせながらも歩みは止めない。2人が向かった先はどうやら水道のようで、置いてあるコップに1杯の水を灌ぐ。そしてまたフラフラの足取りで歩き始めると、今度は藤九郎の前で止まった。

 

「アンタが求めてるものかどうかは解からない。けど、これが俺たちの答えだ」

(というわけで、いただきます!)

 

 すると2人は、コップに入った水を勢いよく飲み干した。食事はともかく、水とは人が生きていくうえで最も接種しなければならないものだ。1日と半もそれを摂らなかったとなると、その反動も凄まじい。まさに砂地に水を撒くかのように、身体中へ行き渡るかのような感覚さえ。

 

「まず優先すべきは自分だ。もちろんだけど、黒乃が自分より大切だってのは変わらない。でもこういう状況になったとき、自分がしゃんとしてなきゃ心配ばっかして動けなくなっちゃ意味がない」

 

 コップを足元へ置くと、藤九郎へ向けてさきの飲水にどういった意味が込められているかを解いた。黒乃は言葉を発することは困難だが、導いた答えは全く同じだと一夏に任せるようにして立ちはだかる。そんな様子を藤九郎は真剣な表情で見守り続けた。

 

「そうじゃないと、もしもの時に自分より大切な人を守れるもんか。今の俺たちがいい証拠だ。こんな疲れ切ってちゃ、な……」

(いやホントに、精神的にも肉体的にもキツかった……)

 

 2人は互いに触れ合えないということに絶望し、最低限の生きる行動すら放棄したといっていい。愛する者を庇い死すのならそれも本望だが、この特殊な状況でそれは当てはまらないだろう。そう、一夏のいう通り守れるはずもなく、その言葉に愚かささえ感じてじまう自分たちがいた。

 

「とりあえず俺たちに必要なのは、もっと自分を大事にすることだ。大事にして、いたわって、生きて……無事に大切な人の隣で歩く。それが、俺たちの答えだ」

 

 自分たちをみたメンバーの姿を想像してみて、全員が口をそろえてもっと自分を大事にしろ、一夏ないし黒乃の心配をしている場合かという言葉を投げかけてきた。実際にみながさっきまでの2人をみたとして、確実にそれに近い台詞を聞かされたことになったろう。

 

 だから答えを導き出せた。大切な者を守るために、自らも大事にするという答えを。その言葉を聞いた藤九郎は、最大限に口元の口角を上げた。これがなにを意味するのか、待ってみなければ最後まで解からない。2人が緊張で心の鼓動を速めていると――――

 

「合格。まさにオジサンが聞きたかった言葉そのものだ」

「よっし……! 黒乃ーっ!」

(あなたーっ!)

 

 藤九郎は懐から部屋のスイッチを取り出し、合格という旨を伝えながら開錠のボタンを押した。2人にとって歓喜の瞬間が訪れる。一目散に部屋から飛び出たかと思えば、藤九郎の前でも気にした様子もみせずに思い切り抱き合った。水を差すのはやぶさかとは思いつつ、藤九郎にはせねばならないことがある。

 

 2人の耳に届いたのは、済まなかったという謝罪の言葉だ。秘策の完成を狙ったものとはいえ、流石に酷なことをしたという意味なのだろう。当初こそ出られたら殴ってやろうくらいは思っていた2人だが、こうして触れ合える歓喜でそんなもの吹き飛んでしまった。

 

 お門違いな謝罪とは思えないし許すとは少し違うのだが、今回は勘弁しておいてやろうという流れと考えればよさそうだ。寛大な措置に今度は感謝を送りつつ、2人にすぐ休養をするよう提案するが、それは2人によって却下されてしまった。2人曰く――――

 

「今の感覚を忘れないうちに挑戦したいんだ」

(どのみち成功率は100%にしないとだからね!)

「そうか。お前さんらがそう言うんなら、オジサンに止める権利はねぇな。よし、すぐに準備をさせよう」

 

 倒れる寸前ではあるが、なぜだか今は成功する気しか起きない。だからこそ、今のうちに成功の感覚を掴んでおきたいのだ。止めることもできたろうが、もはや藤九郎に2人の頼みを断ることはできないだろう。すぐに手の空いている研究員へ連絡を入れ、秘策の練習を始められるよう手配した。

 

 預かっていた白式と刹那を返却すると、2人はその場で即時展開。あくまで浮く程度なので歩くのと速度はあまり変わらないが、地に足を着けるよりはよほど楽だろう。ISらしからぬ速度で進むことしばらく、2人とってなんとなく懐かしい場所へと辿り着いた。

 

 2人が疑似アリーナに到着する頃には、既に試験可能な状態が整っているではないか。近江重工の手際の良さに感服しつつ、黒乃は一夏の目をじっと見つめた。一夏もその視線に気づき、コクリと首を頷かせ黒乃もそれに応える。そして、神翼招雷を発動――――

 

 

 

 

 

 

 

 1日半前も盛大になにかが爆ぜる音はきいたわけだが、今日のは更に大きい。既に今日のメニューを終わらせてプライベートな時間を過ごしていた専用機持ちたちは、その音が聞こえたと同時に揺れる地下施設に戦慄を覚えた。

 

 専用機持ちたちは秘策の内容を知っているため、失敗した場合のリスクが高いのも承知している。前以上の音と振動、これがもし失敗した結果ならば。全員にそんな思考が過り、それぞれ好きな場所で過ごしていたが、一斉に疑似アリーナを目指した。すると――――

 

「は、はぁ!? う、嘘でしょ……!?」

「疑似アリーナが半分消し飛んでるじゃない……!」

 

 最初に辿り着いたのは鈴音と楯無の2名。急いで疑似アリーナに飛び込んでみれば、その半分のグラウンドがきれいさっぱり抉られていた。グラウンド内はまだ土煙が酷くて詳細なことは解からないが、とにかく確認したいのは一夏と黒乃の安否だった。

 

「お姉ちゃん! 黒乃様は……一夏は……!?」

「姉様と一夏は無事か!? どうなんだ!」

「2人とも、楯無さんに聞いてもしょうがないよ! ただ――――」

「誰かに聞けるような状態でもありません……わね」

 

 血相を変えてやってきたのはラウラと簪。それぞれ黒乃を姉、崇拝対象として慕っているからだろう。そして少し遅れてシャルロット、更に遅れてセシリア。とりあえずシャルロットは2人を落ち着かせ、セシリアは慌てている研究者たちに目を向け、最悪のケースを想定してしまう。

 

「みな、落ち着くんだ。とりあえずハイパーセンサーに白式と刹那の反応はある。2人が出てこないのは心配だが、それならこちらから向かえばいい」

 

 最後に到着した箒は、嫌に冷静な態度だった。ボードゲームの際に普段からもっと生かせと指摘されたのが効いたのか、勤めて冷静であろうとしているようにもみえるが。しかし、その言葉で全員が少し落ち着いたのは事実だった。そして次々とISを展開し、疑似アリーナ内へ侵入していく。そこには――――

 

「よぉお前さんら、ちょうどいいとこに。悪いが坊主とお嬢ちゃんを運んでやってくれねぇか」

「おじ様……! 2人は無事で……――――」

「おう、無事も無事だぜ。こりゃ単に眠ってるだけだ」

 

 砂煙の中に、一夏と黒乃を保護する藤九郎をみつけた。間髪入れずに簪が説明を求めると、2人は眠っているだけという言葉を得られた。確かに、藤九郎の居る場所はクレーターの反対側だ。つまり、クレーター側に対して消し飛ぶレベルの秘策とやらと放ったのだろう。

 

 状況の確認が取れ、専用機持ちは胸を撫で下ろした。そうして、速やかに2人を運び出すことに。立候補した者2人が1人ずつ起こさないように抱え上げ、心配な者数名は同伴するという流れになった。そうして残ったのはシャルロットと楯無の2名。

 

「おじ様、これは成功したってことでいいんですか?」

「文句なしの大成功だ。凄かったぜ、目の前で見てたらよ」

「これでようやく始まったって感じね」

 

 本当は着いて行きたかった2人だが、質問する者も必要だろうと残ったのだろう。だからこそすぐさま自分の役目のために問いかけてみると、藤九郎のお墨付きが。シャルロットはまたしても胸を撫でおろすが、楯無の言葉を耳にして思わず背筋を伸ばしてしまう。

 

「別に貴女が気を緩めてるって言いたかったんじゃないのよ?」

「す、すみません……つい……」

「シャルロットちゃんらしいねぇ」

 

 そんな姿が可笑しかったのか、楯無は少し噴出しながら気にしないでと告げる。藤九郎にもガッハッハと笑い飛ばされながら頭をポンポンと優しく叩かれたせいで、シャルロットの羞恥はピークに達した。強引にその手を振り払うと、逃げるように2人の様子をみてきますとアリーナを出て行った。

 

「さて、馬鹿息子……そのニヤケっ面、変わらねぇようせいぜい引き締めとくんだな」

(おじ様……)

 

 出て行くシャルロットを癒されるといいたそうな目で見送った楯無と藤九郎だったが、ふとそう呟く声が耳に届いた。その込められている感情までは読み取れなかったものの、放任主義であれ複雑な心境を抱いているものだと楯無は察知する。

 

 だからこそ、自分に出来る精一杯は聞こえなかったフリだ。そう考えた演技派な楯無は、おどけた様子で自分もシャルロットを追いかけると伝えてからアリーナを後にした。しかし、悲しいかな、演技を見抜けないほどでは伊達に鷹丸の父親を名乗ることなどできない。

 

「ありがとよ」

 

 その呟きは、今度こそ誰にも届くことはない。

 

 

 




(勘違い要素は)ないです。

早い話が合体必殺技の発展形だと思っていただければ。
とりあえずそれが対クロエになりうるのだという認識さえあれば大丈夫かと。

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