八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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122話は少し構成がややこしくなっております。
決戦前日Ⅰでは楯無、簪、ラウラ、シャルロット。
決戦前日Ⅱでは鈴音、セシリア、箒が登場します。
ですが、黒乃が会いに行った順番とは異なるのです。

正しい時間軸に並び替えたものが決戦前日(裏)です。
特に問題があるわけではありませんが、混乱があってはならないので一応ご報告をば。


第122話 決戦前日Ⅰ(表)

「お前さんら、今日までよく頑張った」

 

 1月6日、いよいよ決戦の日まで残すところあと僅かとなった。専用機持ちたちに焦りが見える様子はなく、今日も課せられたメニューをしっかりとこなし、その纏めとして藤九郎がひと言を入れる。しかし、その口ぶりはなんだか今日が最後のような様子だ。

 

 猶予はまだ1日残っている。もっと正確に表現するなら10数時間ほどは。それを使わなくていいのかと、専用機持ちの誰かが問いかけた。まるでオウム返しのようにしてその意見は却下され、一同はとにかく藤九郎の言葉を待つことに。

 

「明日1日は自由に過ごしな。後悔のないよう過ごせ、むしろそれが最後の課題だ」

 

 これまで自分たちが選び、自分たちが望んでこの地下施設に長時間拘束された。しかし、人類の存亡を賭けたともいっていい決戦を前に、思う通りに過ごせないというのはあまりにも酷だ。後悔のないようという言葉に、専用機持ちは多くの想いを募らせる。

 

 もしかしたら無事では済まないかも、死んでしまうかも。そんな言葉が過るが、不安になってしまっては元も子もない。だからこそ自由に過ごすべきであるし、それこそ後悔はないようにしたい。そういう考えを、専用機持ちたちは胸に抱いた。

 

 そうして今日のところは解散し、後悔を拭う為の1月7日が始まる。各々、思うように過ごすと決めたはいいが、漠然とした休日になりそうな者が大半だった。そう、だったのだ。彼女らあるいは、彼の元に彼女が現れるまでは――――

 

 

 

 

 

 

(自由に、過ごせって、いわれても、ねぇ!)

 

 近江重工地下施設にある武道場にて、私は汗を流していた。道着に着替えていざ型の確認――――を始めたのはいいのだけれど、なんだかしっくりこない。らしくもなく最終決戦という名にプレッシャーでも感じているのかしら。

 

 それにしても、随分と大事になったものだわ。対暗部用暗部の頭という座に据えられておきながら、まさかこんな大舞台に立ってしまうことになるなんて。もちろん戦いが御免だとか、黒乃ちゃんに巻き込まれたなんて思ってはいない。……けれど、なんで私はここに居るのでしょうね。

 

 正義のために、人類のために戦う――――というのは違う気がするわね。一応それも参加した理由に含まれるけど、多分どうじゃないんだと思う。黒乃ちゃんへの罪滅ぼし――――も違うわ。責任は大いに感じているし償っていくつもりだけど、そう気負うと本人が嫌がるから積極的にはなれていない。

 

 簪ちゃんの付き添い――――も違う。心配だから着いて来たっていうのもあるけれど、う~ん……。ああ、なるほど、こうして理由が見えないからなんだかしっくりこないんだわ。とはいえ身体を動かしてないと余計なこと考えちゃうのはあるし……ねっ。そうやって私は後方に上段回し蹴りを――――

 

「はぁっ! って、く、黒乃ちゃん!?」

「…………」

 

 そこにはいつの間にか、藤堂 黒乃ちゃんその人が立っているじゃない。途中で存在には気が付いたけど、振り始めた脚は止まらない。その端正な顔を蹴り飛ばしてしまうところだったが、それは黒乃ちゃんの腕に止められてしまう。怪我がなくて幸いだけど、これはこれでショックね……。

 

「黒乃ちゃん、ごめんなさい。けれど、気配を消して近づくのは止めてね。今みたいに危ないわ」

「…………」

 

 とりあえず最初に謝罪はしておくとして、注意と指摘はしておかないと。考え事をしていたから気が付かなかった、とかはないわよ。一応はこれでも楯無だもの、黒乃ちゃんのような大物の気配は気づくわ。となると、彼女が率先して気配を消した良い証拠でしょ。

 

「ところで、私になにか用事かしら?」

「…………」

 

 脚を下ろして問いかけてみるけれど、黒乃ちゃんは黙ってこっちをみるばかり。こ、困ったわね……。こういう時にキチンと察してあげることができたらいいのだけれど。でも私を探してここまで来たのだろうし、意味もなくってことはないはずだけどどうなのかしら。

 

「理由なんてない」

「っ……!?」

 

 このまま空しく時間だけが過ぎてしまうかと思いきや、黒乃ちゃんは唐突にそう呟いた。黒乃ちゃんは特に理由もなく、なんの意味もなく私に会いに来てくれたのだとのこと。先ほどモヤモヤしていたこととシンクロするのは偶然か必然か。けれど私は、なんて小さいことで悩んでいたのかと思い知らされてしまう。

 

 そう……よね、大好きな友達を手助けするのに理由なんかいるはずがないじゃない。他にいろいろ考えたけど、私はそうしたいからここに居る。それにも理由なんて必要じゃなくて、そうであったからここに居るという結果論。全部私が私らしく貫き通して来たから、今の私はここに居るんだわ。

 

 ……篠ノ之博士一派に狙いを定められている黒乃ちゃんが、最もいろいろと考えてしまうはずなのに。あぁ……本当に、彼女を警戒していた頃の私を懲らしめてやりたい。だってこの子は、本当に天使とか女神とか称するのにふさわしい子なんだもの。

 

「黒乃ちゃん」

「…………?」

「ありがとう、大好きよ」

 

 自分がさっきまで汗をかいていたのも忘れ、私は思わず黒乃ちゃんに抱き着きながらそう告げた。勿論だけど意味合いは恋愛のそれではなく、友人としての大好きという意味よ。黒乃ちゃんにとってはいきなりで意味が解からないだろうけど、頑張って戦おうって気になれたのだからこれくらい伝えないと損よね。

 

 というより、これも後悔しなように……の一環だとも思う。ならば後で簪ちゃんにも伝えておくとして、これ以上はこの場に残る意味もなくなったわね。もしかすると黒乃ちゃんも稽古の相手を――――探しているのなら着替えてるわよね、うん。

 

「せっかく会いに来てくれて嬉しいけど、お姉さんもう行くわね。それじゃ!」

「…………」

 

 スルリと腕を抜いて黒乃ちゃんから離れると、すれ違いざまにしっかり別れの挨拶を交わしておく。きっと、明日も明後日も、まだまだ繰り返す挨拶のはずだから。さ・て・と、それじゃまずはシャワーからね。私の足取りは軽く、備え付けのシャワールームを目指した。

 

 

 

 

 

 

『長期休暇は黒乃様が拝めない』

『新年はどこかに出没するかと思ったんだが』

『おまいらが変に騒ぐからでは?』

「…………」

 

 私は自室にて、小烏党神格派の雑談用掲示板を眺めていた。なんだか黒乃様の情報を伝えられなくて神格派の皆さんには申し訳なく感じるような気がするけど、今回ばかりは無暗に情報を発信することはできないだろう。漏洩は承知で頭領には事情を伝えておいたし多分……大丈夫。

 

『後悔しないよう過ごせ』

「…………」

 

 その瞬間、藤九郎おじ様の言葉が脳内に過った。……これが本当に、私の後悔しないことなんだろうか。……流石の私でもそれは絶対にありえない。けど後悔のないようといわれても、私にとってなにがそういう行動なのか見い出せない。

 

 いや、正確にいうなら1つだけ心残りになるだろうものはある。けれど、私が意図してみてみぬふりをしているという部分が大きい。あらゆることから目を背けず、向き合って前に進むんだと決めた。でもこれだけは、どうしても勇気が振り絞れないでいる。

 

 ……だからって、やっぱり私はダメな人間だとか、そちら方向へ思考を持っていくまではしない。今までの私ならばそうだったろうけど、今の私には心から頼りにできる沢山の仲間がいるから。だから、そう、みんなから借りたモノサシで――――

 

ピーンポーン!

「あ……。はい……」

 

 胸に過る熱いなにかを確かめていると、不意にインターホンが鳴り響いた。各々が好きに過ごしているだろうし、そんな時に私へなんの用事だろう。あまりの突然の訪問者に驚いた私だったが、部屋の扉を開けてみて更に驚くことになるなんて――――

 

「…………」

「く、黒乃さま……じゃなて、黒乃……」

 

 扉の前に立っていたのは、まさかのまさか、そのまさか――――私が信仰してやまない黒乃様ではないか。本当は呼び捨てなんておこがましいのだけど、彼女は党の存在を知らないらしいから気づかれないことに越したことはない。そ、そんなことより、わざわざ会いに来てくれたのだからちゃんとしないと………。

 

「あ、あの……とりあえず入って……。それで……その……適当な場所に……」

「…………」

 

 緊張からくるオドオドとした私の対応に、黒乃様はコクリと大きく首を頷かせてから部屋へと入った。適当にくつろいでほしいという旨を伝えると、あろうことか黒乃様は私がさきほどまで寝転んでいたベッドに腰掛けるではないか。な、なんという……黒乃様の匂いが私のベッドに染みつい――――いや、そんなことより……。

 

「えっと……お茶とかお菓子とかは……?」

「なにもいらない」

(ハ、ハードルがぁぁぁぁ……!)

 

 最高のおもてなしをと思ってあたふたしながらもなにか用意しようと思ったのだけど、黒乃様はそれを否定して自分の隣をポンポンと叩いた。それはつまり、なにもいらないから私の隣に座れということらしい。その瞬間、アニメのように鼻血でも噴出してしまうのではないかと本気で思った。

 

 というより、誇張表現のように噴射はしなくとも今にも血が垂れてきそう。いろいろといっぱいいっぱいながら、鼻の付け根あたりをグッと抑えてヨタヨタと歩く。なんとか黒乃様の隣に座ることは成功――――したのはいいのだけれど、この至近距離のせいで息が止まりそうだ。し、心臓……鼓動が……速い……。

 

「…………」

「あ……。そ、そういえば……なんの用事で……」

「勇気を出して」

「!?」

 

 1人俯いていると、黒乃様が視線を送っていることに気が付く。そ、そうだった……黒乃様がわざわざ訪ねてきているというのに、肝心のそれを忘れているなんて。だからこそ私はそう問いかけたのだけれど、帰ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「あ……あ、あの……!」

「…………」

「っ~~~~!?」

 

 それだけでもパニックなのに、私にとっては特別な黒乃様のサムズアップまで送られる始末。今にでも泣いてしまいそうになっていると、黒乃様はスッと立ち上がり静かに部屋を出て行った。もしかして、そのためだけに……そのためだけに私を訪ねてくれて……。

 

「どうして……解かるのかな……」

 

 私の心残りというのは、両親に私の想いをちゃんと伝えておくことだ。こういう表現はなんだけれど、あの人たちも私へ変な期待を抱いていた。だからもう、そういうのは止めて欲しい、私は私で観て欲しいという旨を伝えるつもりだった。けど、怖くて仕方がなかった。

 

 ちゃんと話したら聞いてくれる人たちだとは思う。それこそ、私がキチンと意志を伝えたのならば心底から驚く事だろう。しかし、それを喜んでくれる保証はない。もしかすると、更識に対する離反なんかに捉えられてしまうのではないかと思ってしまって……。

 

 けど、そんなもの今の一瞬で吹き飛んでしまった。私の最も尊敬する人物がわざわざ私に会いに来てくれて、勇気を持てと応援してくれたのだから。あのサムズアップも、本当に勇気が湧いてくる。だから、もうなにも怖くはない。

 

(みんな……モノサシ……借りるから……)

 

 私は祈るようにしてグッと両手を握ると、姿は見えなくても心で繋がっている人たちを頭に思い浮かべた。その人たちが持つモノサシ、そして黒乃様から授かった特大のモノサシを胸に、私は勢いよく携帯を握りしめると、目的の人物へ通話を繋げた。

 

「も、もしもし……」

 

 

 

 

 

 

(後悔……か)

 

 一口に後悔といわれても、軍人であるせいかその感覚は薄い気がする。いや、実際に思い浮かばないから気のせいではないのだろう。他のみなは家族や友人に電話くらいするのかも知れないが、生憎デザインして生み出された私に親と呼べる者はいないに等しい。

 

 友人に関しても、専用機持ち同士のコミュニティが濃すぎてクラスメイトたちはどうもな……。では我がシュヴァルツェ・ハーゼ隊の連中がどうかと聞かれれば、それこそお笑いものだろ。私も奴らも、常に悔いのないように生きているのだから。ふむ、だとしたら困った。

 

 特にしたいことがあるでもなし、かといって他の者を退屈しのぎに模擬戦へ誘うのは違う。だいいち、専用機に関しては最終調整ということで回収されてしまったからどうしようもない。……散歩がてらそこらを歩き回るのも飽きた。なによりこれ以上は無駄な体力の消耗も避けた方がいい。ならば――――

 

(惰眠でも貪るとしよう……)

 

 特別居眠りが好きというわけでもないが、明日の決戦に備えて休養をとるのも1つの手だろう。得はあっても損はないし、そういう呑気な発想が浮かぶのなら特に思い詰めていることもないのだ。さて、それならばさっさと自室へ――――

 

(っ……殺気!?)

 

 自室に戻る決心がついたと同時に、背筋どころか身体全てを走るかのような殺気を感じた。毛穴中からにじむように汗が噴き出て、本能的になにか危機が襲ってくるようなイメージも鮮明にわく。そして次の瞬間、殺気を放っている張本人であろう者の手が私の肩へと置かれた。

 

 私はそれが何者であるかを確認するよりも前に、とにかく必死で手から腕を掴むと、勢いを利用するかのようにして前方へ投げ飛ばした。いや、正確には投げ飛ばそうとした――――だ。既に私の頭の上は越えている状態だというのに、何者かは逆に私を掴み返して更なるカウンターを仕掛ける体勢へと入っているではないか。

 

 何者かの足が大きな音を上げて地に着いたと同時に、私は投げ飛ばされることを覚悟した。が、歯を食いしばってみてもなにも起きはしない。そのことに安心しながらも、私の目の前に着地した人物には本当に驚かされたものだ。ま、そんな芸当ができるのは、初めからこの人くらいだが――――

 

「姉様……。申し訳ない、反射的に投げてしまった」

「…………」

 

 女にしては高めの背丈、服の上からでも解かる抜群のプロポーション、そして長い黒髪を有する藤堂 黒乃その人だった。とりあえず自分の非を謝罪すると、姉様は黙って何度か首を左右へ振る。気にするな、ということでいいのだろう。

 

「だが、今の殺気はなんなのだ? いくら姉様とて、事情を問いたいものだが」

 

 己の非を認めて謝りはしたが、それはそれというやつだ。姉様が声をかけられないから呼び止めることは不可能として、なにも殺気を飛ばすこともないだろうに。それさえなければ私が姉様を投げることはなかったと断言する。姉様にとって酷なことをいっているのは解かるが、ここは1つなにかいってもらわねば――――

 

「油断大敵」

「なっ……!?」

 

 姉様の真っ直ぐな瞳に射抜かれながらそういわれてしまえば、まるで電撃にでもうたれたかのような衝撃が過った。た、確かに……先ほどまでの私は、姉様の指摘したそれに当てはまるかも知れない。というより、姉様が攻撃を仕掛けてまで伝えたいほどだったのではないか。

 

 くっ……私としたことが落ち着きと油断をはき違えるなどと、ラウラ・ボーデヴィッヒ一生の不覚。殺気を放ってもらわねばその存在に気が付けないほど気を抜いていた。姉様はそんな私の心の隙を見透かし、こうやって行動に移したということか。なんと、なんと――――

 

「なんということだ……」

「…………?」

「なんということだ! 姉様の妹を名乗らせてもらっているというのに、どうやら精進が足りなかったようです!それに比べて姉様はまさに常在戦場の極み。感服いたしました!」

 

 やはり姉様は凄いお方だ。あまりにも遠く、遥かな高みへ身を置く人物なのだ。もはや次代のブリュンヒルデ筆頭と噂される肩書に対し、少しでも嫉妬の念を覚えた自分が恥ずかしい。しかし、それと同時に誇らしさも胸へわいてくる。

 

 私が姉と慕う人物が、考えていた何倍も凄いお方だと実感したからかも知れない。あぁ、なんと……こんな方の妹を名乗らせてもらっているなど、なんて私は幸せ者なのだろうか。ええい、こうしてはおられん。姉様が油断大敵と仰ったのだ。例え1人でも訓練に励むのみ。

 

「姉様のおかげで目が覚めました! 私はこれで失礼します!」

 

 姉様にシュヴァルツェ・ハーゼ隊式の敬礼を送ってから、私は全速力で疑似アリーナのある方向を目指した。確かあのあたりにシミュレータかなにかがあったはずだ。IS実機を動かす訓練ができずとも、あれなら少しは姉様の姿勢を実行できるはず。そう、これからは―――—

 

「常在戦場!」

 

 

 

 

 

 

「う~ん……」

 

 明日で全てに決着がつくということで余暇をもらったのだけれど、僕はひたすら携帯電話とにらめっこを続けていた。後腐れといわれれば、正直なところ十分にある。けどそれをこなすには必ず地上に出ないといけないし、もしみんなに迷惑がかかる事態でも起きたらどうしようかと踏ん切りがつかないんだよね。

 

 おじさんは地上に出るなとは言わなかったというか、むしろ外に用事があるなら行ってきなさいくらいの心構えなんだろうけど……。う~ん……困ったなぁ。今日は向こうからなんの連絡もないのがまた問題なのかも。けどあまりガツガツするのはちょっと……ね。

 

ピンポーン!

「わっ、はーい、今出まーす! よいしょ……っと――――ああ黒乃、いらっしゃい」

「…………」

 

 突然のインターホンに反応し慌てて玄関を開けてみれば、そこには黒乃が立っていた。てっきり1日ずっと一夏と過ごすのかと思っていたけれど、今日という日に限って僕になんの用事なんだろう。とはいいつつ、別に拒む理由もないから問題はないんだけど。

 

 黒乃のことだから、きっとみんなのところに顔を出しているんだろう。だって黒乃はそういう人だから。ホントは黒乃がいろいろ考えちゃうはずなのに、決戦前の僕らの様子を確かめにきてくれたんだと思う。キミって人は……なんて、僕も嬉しいんだけどね。うん……凄く嬉しい。

 

 僕にとって黒乃は居場所を取り戻してくれた人の1人で、助けてもらってからはなんだか彼女の器の大きさに心から絆されているんだと思う。なんというか、母性や包容力とかかな。同い年のはずなんだけど、黒乃には自然と甘えてしまうんだよね。

 

 とりあえず黒乃には部屋に入ってもらって、後は他愛もない談笑に華を咲かせた。近頃というか、黒乃が一夏と交際を始めてからはファッションなんかに関する話題も多い。黒乃は素材がいいのに無頓着な部分があったから、ようやく自分の魅力に気づいてくれたかって感じではあるんだけど。

 

「――――そうそう、冬休み前くらいから美味しいハーブティを見つけたんだよ。今までタイミングがなかったから、ぜひ飲んでいってよ」

「…………」

 

 2人してベッドに座って会話をしていたけれど、僕は唐突ながら1つ思い出したことがあった。前々からぜひみんなにもって思っていたけど、テストだったり修行だったりでタイミングがみつからなかった。黒乃はお構いなくなんて遠慮するだろうから、そうさせないためにも急いで台所に立った。

 

(え~っと、どこにしまったかな――――)

 

 僕がお茶を注ごうと準備を進めていると、僕の携帯が無料通話アプリ独特の着信音を鳴らした。確か携帯はベッドに置きっぱなしにしていたわけだけど、これ……まずくないかな。いや、別に隠していたつもりじゃないんだけど、これもいうタイミングがなかったからで……。

 

 と、というより、携帯を覗き見でもされない限りはバレる話でもないじゃない。そうだよ、黒乃に限ってそんな――――なんて考えながらチラっと視線を向けてみると、これでもかというくらいの勢いで黒乃が僕の携帯を凝視してるじゃないか。

 

「わ……わーっ!」

「…………」

「み、見た……?」

「見た」

 

 別に隠していたわけではないといっておきながら、反射的に漏洩を防ごうとしまう。僕はベッドに飛び込むようにして携帯を奪取したけど時すでに遅し。黒乃は確と頷きながら、しかも見たとしっかり発音しながら正直に答えた。そして――――

 

「…………彼氏?」

「え、えーと、まだそうではない……かな」

 

 僕が迷っていたのはこのこと。地上に出て行って、彼と会っておくかどうか。黒乃はド直球ストレートな質問を投げてきたけれど、残念ながらまだそうではない。けど、僕は彼のことを好いている。黒乃が昏睡状態になって意気消沈してるときに出会って、いつの間にか自然に会うようになっていった。

 

 それで、ある時にふと気が付いたんだよね、あぁ僕ってこの人のことが好きなんだなーって。一夏に対して失恋してから間もなかったし、気が多いっていわれてしまえばそれまでなんだけど。……明日の戦いで無事に帰られる保証もないし、告白もしないでそうなるのは心残りだと思う。

 

「…………」

「え? ちょっと、なんで黒乃が落ち込んでるの?」

 

 意識を黒乃に戻してみると、なぜだか黒乃が非常に項垂れてしまっている。わっ……黒乃の長い髪が前に垂れるとかなりホラー感が――――じゃなくて、黒乃が落ち込んでる理由を考えないと……。……ううん、黒乃のことだもん、きっとそれらしい人が居るのに巻き込んでしまったと思っているに違いない。

 

「違うよ黒乃」

「…………?」

「僕が好きでそうしたんだ。この選択に後悔はないよ」

 

 この話を持ち掛けられたとき、確かに彼の顔が過ったのは確かだよ。けれど、僕は黒乃の力になりたかった。僕が勝手に巻き込まれたんだから、黒乃が落ち込む必要なんてなにもない。それに、彼なら自分よりも仲間を優先してといってくれたはず。

 

「…………幸せに」

「……うん! キミらに負けないくらい幸せになってみせるから!」

 

 黒乃はガバッ顔を上げると、僕の肩を掴んでそういってくれた。なんだか目頭が熱くなってしまい、それを誤魔化すように大げさな笑みを浮かべて返す。……よし、黒乃のおかげで迷いは吹っ切れた。さっきの連絡も冬休みも終わるし少しだけ会えないかという内容みたいだから、それなら――――

 

「ごめん黒乃、僕出かけてくるね! あまり遅くならないようにはするから!」

 

 一応はいつでも出られる格好だったために、僕は黒乃の返事も確認せずに部屋を飛び出した。でも大丈夫だよね、黒乃ならきっと背中を押してくれるはずだもの。……やっぱり黒乃は凄い人だなぁ。喋ることにハンデを抱えているのに、僕をこうして奮い立たせてくれる。

 

 だから僕が恩を返すことができるとするならば、全ての後悔を無に帰すことに尽きる。僕は地上へ繋がる階段を目指して走りつつ、僕も会いたいなという返事を送っっておいた。後は彼の元に向かうだけ。さぁ走るんだ僕。僕のためにも、黒乃のためにも。

 

 

 




勘違いの内容については(裏)のあとがきで一気に書きます。

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