八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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前話からして、どう盛り返すのかをご覧ください。
私が今回言えるのはそれくらいでしょうか。


第128話 降臨 紅き覇王

「馬鹿な――――そんなことがあってたまるか!」

「千冬、落ち着きな。今は怒ってる場合じゃない」

「私の妹が死んだのだ! こんな小物に構っている場合では――――」

「アタシにとってもあの子は妹だ! だけど耐えてんだ、解かるか!? っていうか解かれ! なにも巻き込まない。それが、アタシらがあの子にしてやれる唯一のことだろうが!」

 

 黒乃の死から蔓延する絶望は、海上都市の外で戦う一部の面子にも関係していた。特に千冬と昴。千冬はいわずもがな、家族ないし姉貴分として想い入れの強い2人だ。血相を変えた千冬は海上都市内の中へ向かおうとするが、どうせシールドがあるから無駄だと昴に阻まれる。

 

 冷静でない千冬はそれに反論せずにはいられなかったが、胸倉を掴まれて怒鳴られてしまう。昴も涙を耐えることができなかった。涙を流した昴の説教は効いた――――とはいいがたいが、とりあえずこの場に留まる気くらいは起こさせることに成功したようだ。

 

「…………お前の言う通りだ。あの子の守りたかったものを守らねば……」

「……下がっててもいいのよ」

「なに、気にするな。やるさ、やってやるとも……!」

 

 無力だった自分を育ててくれた血のつながらない両親の娘で、肉親が心から愛する女性で、大切な妹を喪った。そのショックは大きいが、だからこそやらねばならないことがある。いつもの覇気なんて微塵も感じさせないが、千冬は烏合の衆を駆逐するべく再び動き始めた。

 

「ん……? ……はっ!? 状況は、戦闘はどうなった!?」

 

 一方その頃、意外にも早くに箒が目を覚ました。本来ならば見るなとか、起きない方がいい等の声をかけられたかも知れない。しかし、専用機持ちにそんな気力の持主はいなかった。起き上がった箒は、周囲の雰囲気からなにかが起きたのだと周囲を見渡す。するとそこには――――

 

「あ、あぁ……そんな……そんな……! うわあああああああ!」

 

 ビルに突き刺さった叢雨と、その切っ先が黒乃の左胸を貫通しているのを目撃してしまう。立ち上がったばかりだというのに、箒は膝を折って泣き崩れてしまう。無理もない。箒にとっても黒乃は大きい存在であり、心の師のようなものだったのだから。

 

「いぃぃぃぃ~………………やったーっ! 勝った勝った勝った勝っちゃった! 8年越しの悲願たっせ~い! いぇ~い!」

「いぇ~い」

 

 絶望そのもののIS学園サイドと真反対、科学者2人はまさに狂喜乱舞の様相で勝利の喜びを分かち合っていた。黒乃の目的が戦いの中に死を見出すこと、そう思っているだけに救いようもない。束としては黒乃の死に関してもWin―Winだとしか考えていないのだから。

 

「篠ノ之博士――――姉さん! 貴女だけは……貴様だけは生かして――――」

「まぁ箒、そう怒るなって」

「一夏……? 貴様、なにを言っている!?」

 

 身内が親友を殺害したという部分も大きく、縁を切ったながらあえて束を姉と呼称する。まだ自分は甘かったのだと自分にいい聞かせ、実の姉を絶対に殺してやるという信念を抱いたその時だった。なんだか様子のおかしい一夏が、怒るなといいつつ寄ってくるのだから。

 

「だってほら、よくできてると思わないか?」

「だからなにを言っている!? お前はなんの話をしているんだ!」

「いや、コレさ、よくできた作りモンだと思わないかって話だって。ほら、なにからなにまで黒乃そっくりだ」

「お前っ……!」

 

 現実逃避の果てに壊れた一夏は、姫抱きで運んだ黒乃の遺体を作り物だと認識している。本気でこれをドッキリかなにかと信じて疑わないというか、現実を受け入れた際のことを考え、脳が自己防衛能力を発揮してそう認識させている――――というのが正しい。

 

「ちゃんと顔色も悪くなるようできるって、最近は凝ってるんだな」

「一夏さん……!」

 

 一夏はあまりにも普通だった。IS学園のそこら――――どこでもいいが、例えば廊下で日常会話でもするかのような普通の態度だった。だからこそ、黒乃が死んだと一応は認識できている専用機持ちたちは見ていられない。目を伏せ、言葉を失うしかなかったのだ。

 

「でさ、束さん! いい加減に本物の黒乃を出してくれないかーっ!」

「止めろ、見苦しいぞ。黒乃は死んだんだ」

「なに言ってんだよ箒、黒乃が俺を置いて死んじゃうわけないだろ? だってさ、ずっと一緒だって約束してくれ――――」

「止めろと言っている! 黒乃はっ! 死んだんだ!」

 

 一夏は束をドッキリの仕掛け人と脳内で設定づけたようで、大声で呼びかける始末だ。流石にこればかりはどう対応していいものかと束が躊躇ったその時、箒が一夏の肩を掴んでそういい聞かせた。無論、今の一夏には冗談としか受け取られない。

 

 だがなおも箒は食い下がり、ギュッと拳を握りしめて一夏を殴り飛ばした。最愛の人物を喪った者に対しては、あまりにも酷な行為である。動けるメンバーの中でも特に温和な人物であるシャルロットは、箒を非難するかのような声を上げた。

 

「箒っ!」

「黙っていろ。このまま現実逃避をさせ続けるのが優しさか!? アイツの、黒乃の愛した男はこんなものではない! ここで一夏を腑抜けさせて、黒乃に胸を張れるものか!」

 

 自分もかつて一夏に想いを寄せていただけに、黒乃が一夏を好く理由は痛いほど解かっているつもりだ。箒も自分の行いが無責任で自己満足だということは解かっている。それでもだ、黒乃が今の一夏を見たとき心配をかけるというのは確かなことだ。

 

 いつもの黒乃的テンションでいわせれば――――あ、自分死んじゃったんで! とりあえずイッチーに幸せになってもらえないと成仏できないっす! という具合におどけてみせるのだろう。おどけるのは皆からすれば予想できないのだろうが、悲しまないでと思うのは共通認識だった。

 

「一夏、もう一度言うぞ。黒乃は死んだ」

「違う……違うんだ、黒乃は死んでなんかない……! これは黒乃じゃなくて、黒乃そっくりの人形で――――」

「違わない、死んだんだ。受け入れろ一夏。受け入れたうえで思い出せ。きっと黒乃は、お前に最期の言葉を遺したはずだぞ……」

「最期……」

 

 箒は倒れて立ち上がろうとしない一夏に詰め寄ると、いい聞かせるような口調で語り掛ける。徐々に自己催眠とでもいうべく現実逃避でも薄れてきたのか、一夏はあまりにも情けない声色と態度でまだ黒乃の死を否定した。だが思い出すのは、黒乃の死のみじゃないと箒は続ける。

 

 きっと黒乃は遺言を伝えたであろうと推測し、死を受け入れると同時にそちらも強く想えという。黒乃を想えばこそ、するべきは現実逃避なんかではない。箒がそう伝えきると、一夏は幾分か落ち着いた様子にみえる。ここからは一夏次第だ。自分にはやるべきことがあるのだから。

 

「……ラウラを叩き起こせ。そして、戦う意思のある者は紅椿に触れるといい」

「……ラウラもきっと取り乱すと思うよ」

「そうか、そうだな……。ならばいい。私だけで行く」

 

 箒は宣言通りに姉を殺す気でいる。だからこそ、その障害になるI・Sは打倒しなければならない。ラウラに至っては起こさなければ意志を確認できないからだろうが、無理強いをするような口ぶりではなかった。そのうえでの反論となると、いくらかは自分が傍若無人になっていることに反省するかのような態度を示す。

 

「アタシは行くわよ、絶っっっっ対にミンチにしてやる……!」

「お姉さんもお願い! だからとりあえずこれ外してくれないかしら!」

「右に同じく……! 黒乃様の仇討ち……絶対に……!」

「ノブレス・オブリージュ、ですわ!」

 

 鈴音は紅椿の装甲がへこむのではないかというほどの力で手を添え、その大きな音を皮切りに次々と参戦を申し立てる。更識姉妹の嘆願通りに絡みついた鉄を外すと、これで参加人数は4人。シャルロットは一夏とラウラを心配そうに見守るばかりで、その意思がないことがハッキリ伝わった。

 

 なにもそれが悪いわけではない。それを責めていいはずもない。だから箒は無言で絢爛舞踏を発動させた。エネルギー増幅効果によって専用機が準備万端の状態になったところで、4機のISは勇ましく大空へ舞って行った。だが――――

 

「え~……。くろちゃん死んじゃったし、もうこの世に未練とかないんだけどな~。どうしてもまだやる?」

「黒乃殺しといて勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

「わたくしたちの手で引導を渡して差し上げます!」

「むしろ、楽に死ねるなんて思わないでって感じ?」

「壱ノ太刀・神立の名に懸けて……黒乃様の無念を……!」

「姉さん、今日で貴女と私は永久にお別れだ!」

「そっかそっか、じゃあもう少しだけ遊んであげようね」

 

 束と鷹丸にとって、勝っても負けてもその先に待ち受けるのは死である。いっそ盛大に核で海上都市ごと吹き飛んでやろうと思っていた矢先、立ちはだかるは箒を中心とした黒乃の仇討ちを目指す者たち。Ⅰ・Sが核爆発を発動させるにしても準備はいるだろうし、片付けてからでも遅くはないと判断したようだ。

 

 そうしてI・Sとの第二ラウンドが始まる最中、一夏は延々と箒に投げかけられた言葉について考えていた。正確にいえば、黒乃の最期の言葉――――遺言についてだ。深く考え過ぎるとまた壊れてしまいそうな心を必死に制御し、なんとかその言葉を受け入れようとするが……。

 

(俺にとってはお前の言葉が全てだ。けど黒乃、それは呪いと変わらないじゃないか……!)

 

 生きてと、黒乃は最期にそう遺した。黒乃の言葉ならどんなことでも実行しようという気はある一夏だが、今回の場合は少しばかり特殊といえる。一夏にとって、黒乃のいない世界など無価値に等しい。今すぐ自害してしまいたい衝動に駆られるほどに。

 

 しかし、それをさせないのが黒乃の遺言があるから。だからこそ一夏は、生きてくれという願いは呪いだと称したのだ。死にたくても死ねない呪い。それが死なずとも一夏を壊す方へ追い込んだといえる。どちらが悲惨かなんて比べようもないのだが。

 

「黒乃……! 頼む……どうか、俺にこんなものを背負わさせないでくれ……。 黒乃が生きてないと、俺は死んでるのと同じなんだよ! 黒乃ぉおおおお……!」

 

 

 

 

 

 

『黒乃……! 頼む……どうか、俺にこんなものを背負わさせないでくれ……。 黒乃が生きてないと、俺は死んでるのと同じなんだよ! 黒乃ぉおおおお……!』

「一夏くん……! 落ち着け、落ち着いて! 私が消えてないってことは、多分お姉さんの魂まではまだ消えてないはず!」

 

 なにもない、どこまでも真っ白な黒乃の精神世界。その中に閉じ込められているも同然なオリジナルは、焦った様子で現状の整理を始めた。現在は精神世界がだんだんと暗くなってきている。が、一瞬で自身の存在が消えていないのなら、まだ希望は残されているとオリジナルは踏んだ。

 

 残されているとはいえ、この暗転ぶりをみるに時間はいくばくもないはず。肉体的な死亡を迎えたということに変わりはないため、問題はどうやって蘇生するかだ。夏休みに目覚めて以降、自身の記憶を超速で思い出していった結果――――

 

「そう……二次移行! 確かあの時も、姉さんは死んじゃったも同然だったって言ってた!」

 

 黒乃は臨海学校の際、腹を刺されて海へ突き落されたという経験を持つ。そこから二次移行へ辿り着いて傷がなかったことになっていたのだが、無事だったとするにはいくらか不自然だろう。よって、ISからなんらかの干渉を受けたと推測ができる。

 

「刹那……えっと、刹那さん!? お願い、聞こえてたら返事して! このままだと、お姉さんが本当に死んじゃう!」

 

 意味のある行動かは解からないが、なにもしないで終わるよりはよほどいい。オリジナルはそんな諦めの悪い性格なためか、真っ白な空間の上へと向けてとにかく刹那と呼びかけた。しかし、まるで反応は返ってこない。それでも、まだまだオリジナルは諦めない。

 

「もしかして、私が助かりたいがためとか思ってない?! 確かにそう思われても仕方ないかも知れないけど、そうじゃないの! お姉さんは私が消えれば助かるのに、それをしないでいてくれた! 自分が消えちゃうかもなのにだよ!? だから私もそうしたいの! お姉さんが助かる方法があるんだったらそうしたい! それにはアナタの力が必要だから! だからお願い、信じて……!」

 

 そもそも刹那に声が届いているかどうかなど解からない。それでもオリジナルは己の想いを心から伝えるつもりで、どこでもないどこかへ向けて叫び続けた。最後の方は両手をギュッ握りしめ、文字通り祈るようにして懇願してみせる。すると――――

 

「冷たっ……!? わっ、大雨……。っていうかお寺……?」

 

 全身に浴びる様な冷たさを覚えたかと思えば、空には曇天が広がり大雨がオリジナルの身体を濡らした。不思議そうにあたりを見回してみると、そこにはいつの間にやら今にも倒壊しそうな廃寺が佇んでいる。だがオリジナルに考えている暇はなく、自然とその足は寺の中へと導かれていった。

 

「お邪魔します!」

 

 時間がないだけに乱暴な入室になってしまったというか、あまりのボロさに襖をそのまま破壊してしまいそうな勢いだった。ぐらつく襖を尻目に奥へ進んでみれば、尼の恰好をして座禅を組んだ女性の姿がみえる。その後ろ姿は、どこか自分に似ている印象を受けた。

 

「……お姉さん?」

「……ぬしら、よもやそのように厄介なことになっておったとは。やれ、流石の儂もそこまでは読み切れんかったわ」

「あ、あの……貴女は?」

「なにを不躾な。おぬしが呼ぶから導いてやったというのに」

 

 初手として黒乃かどうか確認しながら声をかけてみると、件の女性は座禅を崩してのそっと立ち上がった。そして振り向きこちらへみせた顔は、藤堂 黒乃のそれとは違う。似た者を探すとすれば、どちらかといえば千冬あたりの方が近い。

 

 黒乃でないとなると誰なのか。改めてオリジナルがそう尋ねると、なんだか回りくどい返しをされて少し顔をしかめてしまう。しかし、自分が呼んだのだとこの尼はいった。となると、残された可能性はただ1つしか残らない。

 

「じゃ、じゃあ本当に刹那……さん!?」

「呼び捨てで構わぬ。所詮儂は機械なのだからな。して、おぬしは儂に何用だ」

「じゃあ刹那、自己再生とか蘇生とかできたりしない?! 聞いてたなら解かると思うけど、お姉さんが……!」

 

 ISの自我かあるていどの形を成すというのは知識として吹き込まれていたわけだが、まさかこんなにクッキリハッキリとした存在だとは夢にも思うはずもない。だが何度もいうが驚いているような暇もないため、黒乃はすぐさま本題に入った。

 

「ふむ。儂が次なる段階となれば、可能性は無ではなかろ」

「それじゃあ!」

「まぁ、断固としてお断りだが」

「え……? な、なんで!? 聞いてたでしょ、お姉さんが死んじゃうかもなんだよ!?」

 

 刹那は少しばかり考える様子をみせると、無きにしも非ずくらいの表現で黒乃の蘇生は可能だという。その言葉を耳にし、一筋の希望が感じられてきたそのときだった。なんと、刹那が黒乃を蘇生するのはお断りとシャットアウトされてしまうではないか。

 

「おぬし阿呆か。心の臓が止まればそれはもう立派な死よ。摂理に反する行為をおいそれと実行するわけにもいくまい」

「で、でも! 貴女は前にお姉さんを――――」

「我が主がそう望んだから手を貸してやっただけのこと。今回は真逆――――主が望まぬ故、儂は手を貸さんのだ」

 

 まさかIS相手に正論を説かれるとは思ってもなく、オリジナルは言い訳がましいような発言をしてしまった。刹那の方もあくまでドライな対応を繰り返し、黒乃が望んだからこそだとまたしても受け付けてくれない。というより、刹那の口ぶりはまるで黒乃が蘇生を拒否しているかのようだった。

 

「望まないって、それどういうこと……?」

「言葉通りだ。気になるなら本人に聞くがよい。ただし、今の主はいつにも増して厄介だぞ」

 

 刹那が錫杖でツツイと示した方向は、室内の隅だった。ただ薄暗いだけかと思ってみれば、そこ周辺は黒い靄のようなものが立ち込めている。更に目を凝らしてみると、膝を抱えて座る人影がなにかをブツブツと呟いていた。その後ろ姿をよりによってオリジナルが見間違えるはずもない。

 

「確かにお姉さんみたいだけど、本当にお姉さんなの……?」

「正確に言うなれば、主が負にあたる部分に染められた魂といったところか」

「どうしてそんな……」

「さてな、儂には解からん。ただ、おぬし次第で説得できるやも知れぬ」

 

 後ろ暗かったりする部分はあれど、オリジナルの印象からして今の黒乃はほど遠い。まるでみているだけでこちらの気分が沈んでしまいそうだ。聞けば、今の黒乃はプラスな部分を持ち合わせてはいないとのこと。どうしてそうなったか含めて、本人に問い詰めてみなければ。

 

「……儂とて死んでほしいと思っているわけではないのでな。ただ儂は――――」

「大丈夫だよ、解かってる。なんとかしてみせるから」

「……あまり時間はないぞ」

 

 黒乃に歩み寄ろうとしたオリジナルに対し、刹那は編み笠を深くかぶり顔をかくしながらそう告げた。要は全てを黒乃の望むままに、黒乃の命令に従うという信条だということなのだろう。刹那にとって、黒乃は唯一自身を扱うことができる存在だ。

 

 だからこそ主と認めているし、そんな主の命令は絶対という譲れないものがある。例えそれが、主の生き死にに関わったとしても――――だ。そんな複雑な心境があることをオリジナルもキチンと理解し、再度黒乃へと歩み寄っていく。小さな背中のすぐ後ろにしゃがんだ黒乃は、ポンポンと軽く叩きながら呼びかける。

 

「お姉さん。そろそろ起きないと、みんな心配してるよ」

「…………」

 

 まるで子供を諭すかのような声色で語り掛けてみるも、黒乃はなんの反応も示さない。ブツブツ呟くのを止めたということは、一応だがオリジナルの存在そのものには気づいているようだ。しばしの沈黙が周囲を支配し、ただ大雨が廃寺を打つ音が響き渡る。

 

「……お姉――――」

「……もういいじゃん。私、頑張ったし。ずっと頑張ってきたし。ずっと、ずっと、ずっと、頑張り続けた」

 

 もう一度声をかけようとしてみると、黒乃はか細い声でもう自分はやることはやったのだと主張した。今回の決戦へ向けての頑張りのみでなく、己の自我が芽生えてから今に至るまでをいっているようだ。そう、黒乃はなるべくみんなの力になるべく頑張り続けてきた。

 

「その結果がこれだよ。束さんに目をつけられてさ、怖い思いしてばかり」

(この調子なら一夏くんの名前を出すのは逆にバットっぽい……。……もう少しお姉さんの主張に耳を傾けてみないと)

「怖かったなぁ……。あの時も、その時も全部……怖かったのに……!」

 

 黒乃の根幹にあるのは、いつだってあらゆることに対する恐怖。普段はおちゃらけながら戦くことでなんとか緩和しているが、本音でいわせるなら今の発言が全てなのだろう。望んでいわゆる原作に関わることを選んだわけだが、物語のキーマンに命を狙われるなんて想定外に違いない。

 

「どうして人のことなんか心配になっちゃうんだろ……。みんなが次々に落とされていくとこが一番怖かったかも」

「…………」

「一目散に逃げちゃえばいいのにね。私っていつもそうだよ。善人ぶっちゃってさ……」

 

 これまで自分のなにが敵に立ち向かわせたのか、黒乃にいわせればそれは偽善にも似たなにか。我が身可愛さを認めたうえでの二次移行だったというのに、それでもなお己に潜むその考えを否定できない。そんな黒乃を遠くから眺め、刹那は物憂げに息を吐いた。

 

「だからもういいよ。ここでこうしてれば、嫌なこと全部から逃げられる。怖くもないし、悩まなくったっていい。ああ、でも道連れっぽくなっちゃうのはごめんね」

「……そう。そっか。ん、じゃあ……このまま一緒に消えちゃおっか」

 

 黒乃はもうなにもかもをかなぐり捨て、楽になりたいのだと主張した。そんな負の感情の塊である現在の黒乃に対し、オリジナルは穏やかな雰囲気のまま消滅を受け入れてみせるではないか。黒乃の隣にちょこんと体育座りで腰掛けると、後はなにをいうでもなくそこへ佇み続ける。

 

 待ち受ける消滅に怯えるどころか、むしろ上機嫌なくらい。流石に違和感でも覚えたのか、黒乃は少しだけ反応を示したようにみえる。しかし、相変わらずネガティブな方向へもっていく思考回路だ。普段の黒乃ならば思いつきもしないような、そんな心無い言葉が飛び出る。

 

「同情させようって無駄だよ」

「ううん、そんな気はないよ。お姉さんの話を聞いてたらね、思ったの。私にとやかく言う権利はないなーって」

 

 黒乃の中に居ると、様々な感情が伝わってくる。楽しいだとか、嬉しいだとか、愛しいだとか。悲しいだとか、辛いだとか、怖いだとか。それを共有することで、自分もみんなの仲間だという自負を抱いていた。しかし、実際はそうではなかった。

 

 自分は黒乃のことをなにも解かってはいなかったのだと、オリジナルは今この瞬間悟った。なぜならオリジナルの自我が復活したのは黒乃が二次移行してから。あるていどは吹っ切れて以降のことだ。それが仮初のものであったなど、想像すらしなかった。

 

「だからもう十分だよ。貴女と一緒に居られて、私はすごく幸せだった」

「――――てよ……」

「私とお姉さんは文字通り一心同体だからね。ここまできて道連れとか、そんな水臭いことは言わせないんだから」

「止めてよ!」

 

 これは説得のための演技なんかではなく、オリジナルは本気でそう思っている。悩み、苦しみ、己を殺させることで黒乃の未来を繋げようとした。しかし、それは紛れもなく消滅の危機に瀕している本人に拒否されたのだ。自分が居れば自らが危ういというのに、無暗に死のうとするなといってくれた。

 

 黒乃の中から覗く日常も、様々な体験も、オリジナルにとってはおまけだ。本当に、生きて欲しいといってくれたことが嬉しくて、黒乃の為に頑張って生き抜くことを誓った。だから恩人と共に消えるのならば、それもまた一興――――

 

「人の話聞いてた……? 悩まなくていいから引きこもってたのに、そんなこと言われたら――――」

「言われたら、どうしたの? やっぱり消えちゃうのを躊躇っちゃう?」

 

 本気でそう思っているのだが、今の黒乃にとっては新たな悩みの種にしかならなかった。声を荒げてオリジナルに拒否反応をみせるも、またも穏やかな口調で返されてしまう。そしてなにより、オリジナルの言葉にすぐさま反論できない黒乃がいた。

 

「やっぱりお姉さんは優しいね。優しいから悩んじゃう。それが例え、お姉さんが言ってる通りに偽善だったとしても……」

「それが解かってるならなんで……!」

「解かってるから、私はお姉さんのことが大好きなんだよ。正確に伝わってはないかも知れないけど、きっと皆も同じだと思うんだ」

 

 黒乃はなにも考えてやいないポンコツだが、それと悩むことに関しては必ずしも直結はしない。楽観的な性格だが、争いを好まない穏やかな性格の持ち主でもある。他人を人一倍思いやろうとする気概があるからこそ、黒乃はそんなにも悩むのだ――――とオリジナルは指摘した。

 

 それが解かっていながら、なぜ自分を悩ませるようなことをいうのか。黒乃が困惑の表情を隠し切れない中、まるで追い打つように、だからこそ多くの人が慕い集うのだと返す。こんなことをいわれてしまっては――――ああそうかい、それじゃあ一緒に消えてしまおう。なんて流れに黒乃はできない。

 

「解からない……。解からないよ……! もう全部どうでもいいって思ってるのに、なんで……どうして……!」

 

 もうなにもかも諦めたはずなのに、黒乃の頭の中には多くの声が響き始めた。それは、仲間たちが己を呼ぶ声。何気ない日常の一ページで、ふとみせてくれる優しい声色。これが本当にどうでもいいのか? 負の黒乃にひとつの疑問が産まれたその時――――

 

『黒乃ちゃん、いつもお仕事手伝ってくれてありがと! お姉さん、貴女がいて助かってるわ』

『日……アサ勢……!? く、黒乃が……? あ、あの……! 録画したの……一緒に……』

『姉様、日本のアニメとやらに興味が湧いてきたのだが……』

『黒乃はもう少しオシャレに関心を持とうね。あ、良ければ僕にプロデュースさせてよ!』

『黒乃さん、わたくしもついにゲーム機を購入致しましたわよ!』

『黒乃、おはよっ! 今日も元気? なくても元気出していくわよ!』

『ふむ、やはり黒乃の素振りは美しいものだ……。私も負けてはいられんな』

『アンタが二十歳になったら飲みに行こうな。 約束よ、黒乃!』

『姉らしいことをしてやれんで済まん。だが黒乃、私はいつでもお前を想っているぞ』

『黒乃、大好きだ。言葉じゃ表現できないくらいに、俺は黒乃を愛してる』

 

 声どころか、仲間たちと過ごした日々が鮮明に映し出されたかのようだった。みんなの声が聞こえる。みんなの穏やかな表情がみえる。いくら黒乃が偽ろうとも、今この瞬間に浮かんでくるかけがえなのない仲間たちが――――どうでもいいはずないのだ。

 

「みんなが居てくれたから頑張れた」

「うん?」

「例え私自身がどうでもよくたって、みんなだけはどうでもよくなんてない!」

 

 俯き加減のままだが、黒乃はゆっくりと立ち上がった。それに合わせてオリジナルも腰を上げると、隣で佇む黒乃に変化がみられる。纏っていた重苦しい靄も徐々に晴れていき、ポジティブと取れる発言を堂々と口にしてみせた。

 

 本当にそういう意図はなかったオリジナルだが、少し慎重に黒乃の動向を見守ることに。声がうわずっているようだし、泣いているのはまず間違いない。その涙もきっと前向きな感情からくるものだと信じ、どうかお願いと内心で祈りをささげた。

 

「せっちゃん!」

「その呼び方は止めいと言うておろうに……。……して、何用じゃ」

「こんな私に失望したかも知れないけど、もう一度だけチャンスをちょうだい! 今度こそ、心から強くなりたい! 私の大切な人たちの力になりたいの!」

 

 涙を拭って振り返った黒乃は、勢いよく刹那に詰め寄っていく。その頃には靄も完全に消え失せており、むしろ爽やかな光を放っているような気さえした。そして勢いそのまま、黒乃は真に強さを求める。表現が少し気になった刹那だが、まさか二次移行はさほど望んでいなかったなど夢にも思うまい。

 

「儂は主の言葉ならば従う所存、端から知れたことよ。それよりも宿主に感謝せい」

「ああ、そうだった! ありがと黒乃ちゃん、私も大好きだよ! 百合百合な空気で辛気臭い廃寺を満たしちゃおうね!」

「あはは……。調子が戻ったみたいでなによりだよ、うん……」

 

 主人の願いを叶えるのは責務であり、頼まれるようなことでもない。本当は嬉しい癖して刹那は呆れたような表情を浮かべながら返した。むしろオリジナルに感謝せよとの言葉を受け取った黒乃は、オリジナルをきつく抱きしめてみせる。

 

 後半の口に出さなくていい残念発言を耳にして、なんだかオリジナルはゲンナリとしてしまう。ただ、黒乃の復活は嬉しくて抱き返しはするのだが。そんな2人のまるで姉妹のようなやり取りを前に、刹那はフッと短く鼻を鳴らしてみせた。

 

「むっ……。ハッ、暗雲は晴れたか……。良き飛び立ちとなりそうだ」

「ここもお姉さんの心象だったのかもね」

「えっ、私そんな暗くな――――って、ハッキリ否定できないのが悲しいなぁ……」

 

 刹那の瞳にチカッと光りが指したかと思えば、穴だらけの天井から青空が広がっているのを見上げた。オリジナルの住む白い世界も黒乃の虚無を現すが、オリジナルの呟きが正解である可能性は高い。つまり、心の奥底に眠る後ろ暗さを大雨が表現していたということだろう。

 

「さて主よ、儂が次なる段階へ進んだとて、必ず勝てるという保証はないぞ。それでも行くか?」

「行くよ。やらない偽善よりやる偽善! エゴでもなんでも、みんなのために戦いたいから!」

「うむ、さすれば期待に応えねばな。……時に主の宿主。……主のことを頼んだぞ」

「刹那……。うん、私も気持ちはお姉さんと同じだから!」

 

 最終確認というか、それこそ本当は聞くまでもなかったのだろう。だが刹那はあえて黒乃に問いかけた。もはや黒乃に躊躇いはなく、むしろ止めても行くと押し切るだろう。らしさを取り戻した黒乃に安心しつつ、最後に刹那はオリジナルに黒乃を託した。それに元気よく返すと、刹那は心底から安心した表情を浮かべる。

 

「ではぬしら、儂の手を取れ。儂と共に飛ぶ姿を思い浮かべるのだ」

「お姉さん」

「黒乃ちゃん」

 

 刹那が右手を差し出すと、黒乃とオリジナルはそれぞれ右手と左手を伸ばし、2人の手で刹那の手を包み込むように握った。そして目を閉じ互いを呼びあったと同時ほどに、まばゆい光が3人を飲み込んでいく。まるで日光のような温かみを感じつつ、黒乃とオリジナルの視界に白が広がっていった――――

 

 

 

 

 

 

「……遊ばれてる……」

「やはり気のせいではありませんでしたか……」

「箒ちゃんの絢爛舞踏、妨害すらする気ないみたいだしね」

「っ……の! どこまでなめれば気が済むのよ!」

「くそっ! このままではジリ貧だ……!」

 

 一方では、専用機持ち5人がⅠ・S相手に苦戦を強いられていた。いや、実際は苦戦と表現するのもおこがましい。楯無の発言通り、絢爛舞踏の妨害をしようとしないのが最も顕著に表していた。つまり何回かエネルギーを回復させたのに、それでもダメージすら与えられていないということだ。

 

 もっというのなら、I・Sも絢爛舞踏を使うことができる。となれば、機体そのものにダメージを受けている5人の圧倒的不利は揺るがないということ。いずれ専用機も機能不全を起こすだろうが、もしかするとそれまで真剣に戦う気はないのかも知れない。

 

(黒乃……。そうか、そうだな……。お前の呪いを解く方法、1つだけあるよな)

「一夏……?」

「シャル、黒乃を頼んだ」

「……うん」

 

 地上に残るのは一夏と黒乃の遺体、そして気絶したラウラとそれを守るシャルロット。I・Sとの戦闘そっちのけで黒乃を見守っていた一夏だったが、なにやら1つの結論を導き出したらしい。一夏は雪片を杖のようにして立ち上がると、黒乃をシャルロットへ預けた。

 

(自分で死ぬのがダメだってんなら、全力で生き抜けばいいよな……。そうだろ、黒乃?)

 

 黒乃の遺言はとにかく死ぬのはいけないということなのだが、黒乃がいなければ生きていけない一夏からして、許されないのは自害くらいという認識だ。だから一夏は全力でI・Sと戦う気になったらしい。もちろん結果的に勝てばそれはそれだが、とにかく一夏は死ぬためにI・Sに対峙するつもりなのだ。

 

 生き残ると生き抜くてはまるで意味も違う。一夏が実行しようとしているのは後者で、今度こそ後悔もなにもなく、死ぬまで自分のやれることを貫いてやろう。そう決意した一夏が雪片を構えて飛び立とうとしたその時だった。背後で凄まじい光が放たれるではないか。

 

「っ……。 これは……まさか!?」

「シャルロット、何事だ!?」

「わ、解からない! いきなり黒乃が光り始めて……!」

 

 本当にいきなりのことだった。一夏のいいつけ通りにしっかり黒乃を保護していたところ、全身をまばゆい光が包んだ。しかもシャルロットは光にドンと押され、まるで壁のようになって触ることもできる。だが近づくのは得策ではないという言葉を受け、シャルロットもそれに同意してその場を離れた。

 

「浮いて……いってる……」

「オカルトとかあんま信じないんだけど、トリックじゃないわよね……」

「……たっくん」

「はい、なんでしょう」

「くろちゃんってば、ホント楽しませてくれるよね……!」

「はい、全面的に同意です」

 

 やがて光球は宙からどんどん浮いていき、やがてはI・Sと同じくらいの高度で止まった。みんな目の前で繰り広げられる光景が信じられないのか、目を丸くしたりこすったりしてリアクションをみせる。そんな中、束は非常に興奮した様子で光球をみやる。なぜなら、これからなにが起きるか予見できるから。

 

 実をいうと、一夏もそれは同じだった。むしろ一夏はこれから起こるソレを経験した身であり、もし本当にそうならと鼓動が速まるのを抑えられないのだ。慌てて大地を蹴り出すようにして一夏が飛び立つと同時に、その光は周囲に霧散し中から現れたのは――――

 

(疾風迅雷刹那の如く――――)

「くろ……の……様……!」

「黒乃ちゃん!」

(蒼天染めるは轟く赫焉――――)

「黒乃さん!」

「黒乃!」

(天際制すは覇王が翼――――)

「黒乃……!」

(我、新たなる翼携えここに降臨せし! その名も――――)

「黒乃っ!」

(赫焉覇王・刹那! 推っ参! ――――なんつって! 今のどうかな、黒乃ちゃん?!)

『……流石に今のはちょっとかっこよかったかも』

「くろのぉぉおおぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおっ!」

 

 誰にも伝わることのない前口上を威勢よくかましながら、姿の変わった刹那――――赫焉覇王・刹那を駆る黒乃であった。そう、無事に黒乃も辿り着いたのだ。現状導き出せる最後の進化――――最終形態移行を果たしたのである。先ほどのような悲痛なものではない。歓喜と共に黒乃の名を呼ぶ声が辺りへ響き渡った。

 

 

 

 




黒乃復活の際の前口上は、私もかなり気に入っていたりします。
新しい名称についてはかなり難産ではあったのですがね。
なんか覇王っていうワードを思いついてから一気に口上まで書きあがりました。
さて、それでは反撃と参りましょう。

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