八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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本当の本当に、インフィニット・ストラトスとの決着がつきます。
むしろこれ以上は私すら落としどころがみえなくなってしまいますよ……。


第131話 あたりまえの明日へ

 Ⅰ・Sは己が身を切り裂かれる中、ひたすら考えを巡らせていた。黒乃の攻撃を防ぐことはできない。時空間移動能力を得た存在に手も足も出ないのは当然のことだ。ならばもっと別の方法を導き出さなくてはならない。そのくらいまで考えていると、そこでようやく自分が震天雷掌波を喰らっていることに気が付いた。

 

 やはり手遅れ。自らを構成する手や足が一瞬にして消滅していく。I・Sは考える。ひたすらこの状況から生き抜くことを考えた結果、選択させたのは疑似的な零落白夜、つまりエネルギー無効化のバリアを張ることくらいのものだった。

 

 コア、胴体部、頭部をのみ残ったがなんとか機能は死んでいない。そのままエネルギーの奔流に呑まれたI・Sは、震天雷掌波に押されるようなかたちでドンドンと遠くへ運ばれていく。やがて空を突き抜け、雲を突き抜け、機能停止寸前の機体は宇宙まで運ばれていった。

 

 I・Sは考える。この状態からの復帰――――は、無意味。今の黒乃にはなにをしても無意味と結論を出した。I・Sは考える。ならば時間を戻しても無意味な攻撃を仕掛けるべきだと。I・Sは考える。己が存在意義と、その使命を。

 

『――――――――』

 

 弱々しいながら、I・Sから赤青の波動が放たれる。磁力操作だ。それにより引き付けられていくのは、宇宙を漂うゴミ、いわゆるスペースデブリという物体。1つ1つは小さな機械部品だが、I・Sに引き寄せられ固まっていき、いつの間にやらかなりの大きさの球体となった。

 

 続けてI・Sは重力操作を発動。しっかりと黒乃をロックオンして、再び舞い戻るために急下降していく。同時に2つ以上の単一仕様能力を発動できないという制限でスペースデブリが一部剥がれてしまうが、I・Sにはこれを接続する方法を思いついていた。

 

 それは大気圏における熱圏という高温地帯を通るという単純なもの。熱圏の温度は二千度まで達することもあり、融点が千五百度の鉄を溶接するには十分すぎる温度が出る。そうしてI・Sは落ちていく。もはや黒乃1人どうこう、なんて規模では表現できない。そう、いうなれば、今のI・Sはただひとことで表現できる。

 

 こういうのを――――絶望、と喩えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、だいたいそんな筋書きかな~。あの質量であの速度ってなると、どうなるかくらい言わなくても解るよね?」

「ちっ……! クラリッサ、聞こえてるな! 大体でいい、アレの衝突地点を予測しろ!」

『たった今割り出したところです。恐らくですが、藤堂氏を目がけて落下してきているようです』

 

 アレがなんなのか、自分たちがなにかしたのか。どうせ聞かれるだろうということで、束は簡潔にI・Sがなにをしようとしているのかを開設した。聞けば聞くほど絶望感が増すばかりである。だが選択の余地はない。束の言葉どおり、アレが衝突でもすれば地球のピンチだ。

 

 ラウラは急ぎクラリッサに通信を繋げるも、向こうも聞かれるのを見越して試算を始めていたようである。ラウラが聞いたと同時に終わったらしく、あくまで冷静に現実を淡々と告げた。確かに騒いでも喚いてもどうしようもない。焦る気持ちを抑え、ラウラは続けて質問を投げかける。

 

「……もし、だが。アレが地表に衝突した際の被害は?」

『まず間違いなく地球が滅びます』

 

 隕石のサイズが1000mほどあれば、地球が滅亡するという研究結果がある。たった200mでも大西洋に落ちれば億単位の人が死亡するという研究結果も。だが鉄のメテオとなったI・Sの大きさはどうだ。確実にkm級の大きさだろう。

 

 そんなことは聞かなくても解かっていたラウラだが、苦い顔を隠せないまま悔し気にそうかと返事を絞り出す。これ以上の通信でなにが変わるわけでもなし、そのまま回線は切断。そうしてラウラは、らしくもなく茫然自失で迫るI・Sを見上げた。

 

「なん……だってんだ……。どうかしてる! アンタら、本当にどうかしてるよ!」

「いっくん、価値観の押しつけはダメだよ。私たちにとってはそれだけのことって話さ」

「別に僕らの先にあるのは死だからね。というか言ったろ一夏くん、そういうのは僕らにとっては誉め言葉だ」

 

 隕石となって落ちること自体を選択したのはI・Sだが、一夏は根本として作成した束と鷹丸を責めた。焦りからくるものだろうが、そんなもの通じないのは解かっているはずなのに。結果は案の定、ひたすら一蹴されるだけでことが済んだ。

 

 ちなみにだが、各国の軍事施設はすでにあらゆる手段でシャットアウトさせたとのこと。確かに、今頃は各国で大騒ぎになっていることだろう。抗うならあくまで自分たちの力のみで。そうでなければ、最終決戦をしかけた意味も薄れてしまう。

 

「私たちにどうしろと言うのだ……?」

「逃げ場――――なんてないわよね。アタシらだけでどうこうするのも……無理か。諦めてるつもりではないんだけど」

「と、とにかく……避難を促す……?」

「……そうね。気休めかも知れないけど、被害を減らす努力はしないと」

 

 呆然としていたラウラがようやく口を開いたが、出てきたのはなんとも弱気な言葉だった。普段なら発破をかけそうな鈴音ですら、あまりに絶望的な状況ゆえか刺々しい発言はない。だが意見が固まりつつあるのは、アレをどうにかするのは不可能という点である。そんな中で黒乃は――――

 

(時間が経ちすぎた……! くそ、私のバカ! ちゃんと仕留めたか確認しなかったせいで…)

『今を嘆く暇はないよ。逃げる以外に絶対なにかあるはずなんだから!』

 

 難なく久遠転瞬を使いこなせてはいたが、あれはタイムスリップの範囲が数秒ていどに限定されていたからだ。つまり、今の黒乃は長時間の時空間移動はできないということ。とどめの瞬間ギリギリのところまで戻れば御の字なのだが、後悔をしたところで遅い。

 

 そうやって脳内会議を続けていると、黒乃とオリジナルはある結論に至る。今までだってそうしてきた。ならば今回だって大差はない。何度か死んだ命と、なんとか存在していられる魂。ならば自分たちに なにを遠慮する必要があるのだろう。黒乃はそんな決心とともに箒へ右手を差し出した。

 

「黒乃? ああそうか、そうだな……逃げるにしてもエネルギーが――――」

「待て箒。……黒乃、なんのために絢爛舞踏を求めているか聞かせてくれ」

「斬る」

 

 黒乃は先ほど震天雷掌波を撃ったばかり。なにをするにも絢爛舞踏は必須だろう。箒はなんの気なしに差し出された手を握ろうとしたが、横から伸びてきた一夏の手に阻まれた。黒乃がこの状況下で行動を起こさないはずはないだろう。そんなある種の信頼が一夏にそうさせた。

 

 尋ねてみれば案の定。本人も隠すだけ無駄と思ったのか、絶天雷皇剣で攻撃を仕掛けるという意志を伝えた。後は箒が絢爛舞踏を発動させるまでは動きません、という声が今にも聞こえてきそうなほどに箒の目に視線を送る。終いにはズイっと手を前に前に出してきた。

 

「……無駄と思ったらすぐに帰投するんだぞ」

『なんか扱いが子供じみてるような気が……』

(そこ、うるさいよ! とにかく、ありがとうモッピー!)

 

 まるでいつもの日常かのような、そんな軽い調子で箒は黒乃の望みに応えた。刹那と紅椿が触れ合ったと同時に金色の光が広がり、問題なく絢爛舞踏が発動されていることを示す。しばしその様子を見守っていた外野だが、刺々しい口調で箒に語り掛けた。

 

「みすみす黒乃を死地に送り込むわけ?」

「……確かにそうなのかも知れん。だが、それでも、私は黒乃がやると言ったのならば力になりたい。なぜなら黒乃は、いつだって私たちのために全力でいてくれるのだから」

 

 この一大事、どこへ逃げようがそこは死地である。鈴音も承知していたことだが、特に黒乃を想いやる性質が出たのか、つい口に出てしまったのだろう。言われた方もそう思われて当然だと思っているようだが、箒にも箒なりの理由というものがある。

 

 それは単純明快、最終決戦に参加した理由もまた同じ、単に黒乃の力になりたいというそれだけのことだ。そんな当たり前のことのようにいいはするが、箒は時折思ってしまうことがある。黒乃はどうして他人の為にそこまで頑張れるのだろうかと。

 

 箒の至った結論としては、明確な答えは黒乃だって持ち合わせてはいない。きっと黒乃にとっては息をするにも等しい行いなのだろう。だからそれを止めることはできないし、そんな権利もない。ならばせめてと思ったら、箒は自分自身を止められなかったのだ。

 

 根本としては箒と同じ理由でここに立っている身からして、専用機持ちたちは箒の判断に大して意見はできなくなってしまう。黒乃としても目の前で喧嘩をされては飛び立ちにくかったのか、皆を見渡した後に力強く頷いてもう行くという意志を示した。

 

「黒乃」

(イッチー?)

「ちょっと待っててくれ、すぐに追いつく」

(うん!)

 

 周囲からすると少しばかり不可解なやりとりだったが、一夏はこれから黒乃がやろうとしていることを察していた。だから安心していってこい。穏やかな様子でそう伝えると、黒乃は再度力強く頷いてから高度をあげていく。そして一定の速度に達したと同時に久遠転瞬を発動させた。

 

(……っと、このあたりが限界かな?)

『ハイパーセンサーを見る限りはそうみたい。けど、だいぶ落ちてきちゃってるね……』

 

 黒乃が飛んだのは、約1秒後のメテオ付近。近くと言っても一応は地球圏ではある。しかし、それでもここまで接近すればメテオは更に大きく感じられた。しかもそうこうしているうちに、ドンドンと地表へ向けて進んでいる事が伺えた。

 

 だがここで焦ろうと何も変わらない。黒乃は大きく深呼吸をしてから、メテオを斬るための第一歩を踏み出す。まずはいつもどおりに神翼招雷を発動。大規模なエネルギーを一気に増幅させるやり方ではなく、また少しずつ倍々させていくパターンのようだ。

 

『お姉さん、そこ限界値! 機体安定の翼が出せなくなるよ』

(はいよ黒乃ちゃん! そいじゃ、今回も声を合わせて――――)

(『絶天雷皇剣!』)

 

 あまりの威力に自重をせざるを得ない最強必殺技だが、こんな非常事態に遠慮をしている場合ではない。つまり、これこそが絶天雷皇剣の最高威力となるわけだ。本当に刹那がエネルギー切れを起こす手前までの出力であるためか、未だ宇宙に居るといっても過言ではないメテオに対して裕に届いた。

 

 オリジナルと共に声高らかに技名を叫び、文字通り天を貫いたレーザーブレードを真っ直ぐ振り下ろす。やがて赤黒く輝く刃はメテオに触れ、バチバチと火花と閃光が散るのがみえた。しかし、刃が深く沈んでいく様子はまるでない。

 

(くっ、いくらなんでも質量あり過ぎでしょ!)

『仮にこのまま斬れても、真っ二つになってお終いになっちゃう……』

 

 最大最高の威力で放った絶天雷皇剣が通じないビジョンがみえなかったのか、2人の声にはどこか焦りが見え隠れしている。それにオリジナルの言葉にも一理あり、仮に切断できても真っ二つで留まるだろう。狙いは完全消滅であり、一刀両断できたところで被害はそう変わらないだろう。

 

 だからといって、絶天雷皇剣を止めるわけにもいかない。ここで止めてしまえば、それこそ全てが終わってしまう。みなが望んだ当たり前の明日も帰って来ない。黒乃は取り戻した日常に思いを馳せ、なんのこれしきと気合を入れ直すが――――

 

『まずい、まずいよ……翼の出力が!』

(も、もう……? 思ったより早かったな……)

 

 基本的に機体安定のために放出する翼は、放つ必殺技の威力と等倍でなくてはならない。だが今回に限ってそんなことはいっていられず、多くのエネルギーを絶天雷皇剣のほうに割いた。普段ならば同時にガス欠を起こすところを、翼のほうが先行して消失を始めてしまう。

 

 時間差で絶天雷皇剣もいずれは消失するだろうが、技の発動中に機体の安定が取れなくなるのは最も回避せねばならない事柄だ。どこに傾くか解かったものではないのだから。先ほどまで戦いを繰り広げていた海上都市に切っ先が向くことだって十分に考えられる。

 

 そんな状況だというのに、黒乃が絶天雷皇剣を止める気配が微塵も見られない。もしかすると仲間を巻き込む可能性があるのにも関わらずだ。多少の違和感を覚えながらも、オリジナルは今度こそ心底から焦った様子を隠さず声を荒げた。

 

『お姉さん!? こうなった以上は止めないと!』

(大丈夫! さっきのイッチーとのやりとり、見てたでしょ。今回は最初っから独りでどうにかするつもりはないよ!)

 

 今にも翼が消えそうになったところで、オリジナルはようやく自分たちに接近を試みる複数の陰に気が付いた。更には黒乃の言葉で、直前にしていた一夏とのやりとりを思い出す。後で追いつくからまっててくれ。確かに一夏はそういった。それはつまり――――

 

「ったく、そういうつもりなら最初からそう言いなさいよね! まーた1人でしょい込むつもりかと思ったじゃない!」

「姉様に無茶を言うな馬鹿者。喋りたくても無理というのは鈴のほうが解かっているだろうに」

「黒乃はもう距離とかの概念が関係なくなっちゃったからね。追いつくのがより大変になっちゃったせいもあるっていうか……」

「本当に規格外ですこと……。勘違いなさらず、褒め言葉ですわ」

「慣れろ、私はもうとっくにいろいろ諦めたぞ。むっ……私も褒めているつもりだからな」

「褒め言葉が皮肉にしかならない……。逆に黒乃様はそれだけ凄い人……」

「それには同意だけど、少し妬いちゃうわよ簪ちゃん!」

 

 推力が消えかけていた刹那が、息を吹き返すかのように体勢が整う。一夏が黒乃を背中から抱きしめるようにして支え、そこから数珠つなぎになるよう支え合う。専用機に回せるエネルギーのほとんどをスラスターへとつぎ込み、刹那の安定のために尽力しているのだ。

 

 そして鈴音の心配からくる文句を筆頭に、それぞれが思い思いのことを述べる。その様はまさに取り戻したい明日の一端で、黒乃は内心で僅かな笑みをこぼした。と、同時に完全に雷の翼は消失してしまった。なんとか堪えられているが、このままでは焼け石に水だ。

 

「よーう、待たせたわねアンタら。頼れるお姉さんのお出ましだ!」

(昴姐さん! それにちー姉や他のみなさんも!)

 

 鷹丸の用意した鳥類型戦闘用ロボットも完全に殲滅たらしく、千冬を始めとした助っ人組も黒乃を支えに入った。油断のならない状況ではあるが、関わりあるなし問わず大人たちが協力してくれるのは心強い。助っ人組に内心で響いた嬉しそうな声を聞かせてやりたいくらいだ。

 

「ほれ、アンタもなんか言うことあんでしょ」

「黒乃……」

(げっ、なんかヤバい雰囲気!)

 

 昴はニヤリと頬を釣り上げると、千冬に話を振って見せた。断っておくが、黒乃は千冬の目の前で絶命している。そんなことがあったうえでいいたいことなんてなると、黒乃は説教を連想せずにはいられない。冷や汗を流しながらハイパーセンサーで千冬の様子を見守っていると――――

 

「このっ、馬鹿者が!」

(やっぱりぃ!?)

「お前というやつは、人に心配をさせるのが趣味か!? 完全アウトからの蘇生は様式美か!? 毎度のようにケロッと生き返りおって……。いつも私がどれだけ肝を冷やしていると思ってる!」

(ひ~ん! ご、ごめんってば!)

 

 少し俯き加減だった千冬だが、お決まりの馬鹿者という言葉を放ったときには、もうその表情には怒りしか見て取れない。そのままの勢いでまくし立てるような説教は続き、罵声の嵐が止む頃には千冬も疲労困憊の様子で呼吸を整えねばならなかったほどだ。

 

「本当に馬鹿者が……! 生きていてくれてよかったぞ、馬鹿者ぉ……!」

(ちー姉……。……うん、御心配をおかけしましたー!)

 

 だが最後は泣き笑い、とにかく黒乃の無事を喜んだ。千冬としてもまだ気持ちの整理はつかないし、文句もまだまだ言い足りない。しかし、それでも、本分として黒乃の姉であることが千冬の心に喜びを芽生えさせた。家庭などどうでもいい。とにかく生きてくれてよかったと。

 

 黒乃にとっても千冬は偉大な姉だ。怒られることは当然だと思いながらも臆していたが、一時的に死体となった自分の姿をみせてしまったことを猛省した。これを切り抜ければ、まだまだ説教は待ち受けていることだろう。黒乃はその説教を聞き入れることも念頭に入れ、鳴神の柄をギュッと握りしめた。

 

「一夏、アンタもなに黙ってんの! 支えてるだけとか承知しないわよ!」

 

 本来ならば真っ先に声を上げるであろう一夏だが、しっかりと黒乃を抱き留めながらも口を開くことはなかった。特別トリを狙ってということでもないが、あまりにもタメが長すぎたせいか、ついには鈴音に半ギレされたような注意を受けてしまう。

 

 それを合図にするかのように、ついに一夏が言葉を発した。その声色は情に任せたような声量ではなく、しっとりと表現すべきようなもので、のっけから意味は解からない。

 

「4人……ってところか?」

(はい?)

「性別にこだわりはないけど、せっかくだし名前に春夏秋冬でもつければ良いんじゃないかって思うんだ」

(あ、あのー……イッチー? そういう話はまた後のが……)

 

 一夏が切り出した4人というワードに首を傾げることしかできなかったが、続きの性別とか名前という部分から、この先に待つ未来で産まれるであろう子供の話をしているのだと気づいた。黒乃は今はそんな場合じゃないというがそれは違う。今この瞬間だからこそ、一夏はそんな話をしているのだ。

 

「あっ、金がたまったらリフォームも考えとかないとな。家が隣同士なのに、塀とかそのまんまだといろいろ面倒だし」

(……それなら織斑邸と藤堂邸を繋ぐ通路も新設しないとだねー)

「そしたら庭にだいぶ余裕ができるな。せっかくだし犬とか飼ってみるか? 白いのと黒いの一匹ずつ」

(ならちっこい小型犬で!)

 

 当初こそ少々困惑したものの、例えそれが聞こえることがなかろうと、黒乃は一夏の語る未来に合いの手を入れるように言葉を付け足す。こんな状況だというのに、不思議と心温まっていくのを感じてしまう。そう、まるでもう全て片がついた後かのように。

 

「まぁなんていうか、よく聞くアレを目標にしよう。例え慎ましくても温かい家庭ってやつをさ」

(うん! あなたと、あなたとの間に産まれてきてくれた子さえ居てくれれば、私はそれだけで幸せだよ!)

「ようやく……そういう未来を語れるとこまで来たんだ」

(イッチー……)

 

 締めに自分たちの進むべき指針を示し終えた一夏だが、ここにきて流れに変化がみられる。先ほどまでは打って変わり、まるで噛みしめるかのように言葉を紡ぐ。だが雰囲気そのものにマイナスな思考が混じっている様子はない。むしろ、歓喜しているかのような空気さえ漂っている。

 

「黒乃、ようやくだ。俺たちの進もうとする道をなにかしらが邪魔してきたけど、これさえどうにかすれば目と鼻の先じゃないか!」

『逆転の発想……かぁ。ハハハ……一夏くんらしいと言えばらしいね』

(ホントだよ。でも、そっかぁって思っちゃう私もやっぱり単純だよねっ!)

 

 これさえどうにかすればと一夏はいうが、今まさに防ごうとしているのは地球が滅亡するか否かである。しかし、ポジティブにもほどがある逆転の発想にて、メテオの破壊に成功すれば幸せしか待っていないと口にする。あまりに絶望的状況だったせいか、黒乃はそういう発想すら浮かばなかったようだ。

 

 だが、そんな絶望的な状況だからこそ、一夏の単純明快な思考回路が重宝されるというもの。なぜなら黒乃は、一夏が単純であり続けたからこそ焦がれるようになったのだから。いつだって馬鹿正直で、無鉄砲で、泥臭くて――――そんな一夏に心から惹かれるようになった。

 

「さぁ、もうひと踏ん張りだ黒乃! アレを叩き斬って、黒乃を幸せにする権利を俺にくれ!」

(任せんさい! そんな権利、いらないってくらいあげますともおおおおっ!)

 

 なんだか他人任せに聞こえる様な一夏の言葉だが、自分たちはあくまで機体安定を担っているだけという部分がそうさせるのかも知れない。だが最後の最後で頑張るのは自分だという自負は黒乃にもあり、もはやできる事は腕に力を籠めるくらい。それでも黒乃は気合を入れ直すための雄たけびを上げ――――たその時のことだ。

 

 あまりにもいきなりに、刹那の腕部装甲がパージした。あまりにいきなりなためにパニックを起こした黒乃の代わりに、オリジナルが詳細を調べる。どうやら最終形態移行に合わせて二重装甲になっていたらしい。だがなんのためか解からないでいると、今度はひとりでに8つのソードBTが左右4つずつ腕部へ連結した。

 

(えっと、つまり、黒乃ちゃんがなんかしたわけじゃないんだよね?)

『う、うん。操作した覚えはないんだけど……』

 

 真っ直ぐというより斜めに連結したソレは、巨大なノコギリ状に見えて刹那のディティールをより凶悪なものにする。どこか中二病的な部分のある黒乃としては心惹かれるのか、その禍々しさにご満悦。そうして刹那の腕を眺めていると、ソードBTに入っている赤いラインが発光を始めた。

 

「こ、これはなんの光ですの!?」

「刹那が刹那・赫焉に二次移行した際に、赤いラインが増えた。今回もそれと関係ありそうだぞ」

「確か、あの赤いラインがエネルギーの供給ラインだったか?」

「同時に、あの機構がエネルギーを倍加させてるとかだったよね」

「……ってことは、もしかして更に倍率が上がっちゃう感じ?」

「……嘘ぉ!? ま、まだ出力上がるってアンタどんだけ規格外よ!」

(いや、別にそれ私に言われても……)

「流石……黒乃様……」

 

 意図的にエネルギーの倍率をループさせない限り、倍率の限界は8倍だった。それこそが全てを斬り裂く雷の刃、絶天雷皇剣である。だが一連の流れから専用機持ちたちが推理したとおり、というかそれが大正解。そう、最終形態移行によって更に最大倍率が上昇した。

 

 刹那本体のみで8倍。そしてソードBT8本で16倍。占めて128倍。一気に10倍以上も最大倍率が伸びるという、本当に鈴音の言葉に全てが込められているとしか言いようがない。ちなみにこれらが勝手に動いたというのは恐らく、どこかの爺言葉で話す女性のちょっとした手助けというやつなのであろう。

 

「どぉーっ!? ちょっ、ちょちょちょ! これヤバい! マジでヤバい! それはヤバいって黒乃ぉ!」

「ええい、最年長が今更騒ぐな! 黒乃ぉ!」

(なにさ、ちー姉ぇ!)

「お前に頼むのはお門違いだろうが、私の因縁ごと断ち斬ってはくれんだろうか」

(……了解!)

 

 腕に連結したソードBTの放つ光が徐々に収束していくのと比例して、絶天雷皇剣の出力も増大していく。つまり支えている一夏たちが耐えられるかの勝負になって来る。一瞬だけバランスを崩しかけたその時、いの一番に叫んだのはまさかの昴だった。だが冷静に考えれば、黒乃の規格外っぷりについて早期に気づいた人物だ。危機察知の能力は高いのだろう。

 

 それを叱るようにしたのは千冬で、やはり2人の関係性は相変わらずよく解からない。そんな叱咤もほどほどに、千冬は黒乃に因縁ごと斬って欲しいと頼む。もともと始めたのは千冬と束であり、その全てが終わる瞬間はここだと悟ったのだ。あくまで千冬と束の因縁と解釈したろうが、黒乃は確と承った。そして――――

 

(ねぇイッチー……)

「ん、どうした黒乃」

 

 黒乃は首だけ動かして視線を一夏へと集中させた。凝視されればなにかい事があるのだというのも簡単に伝わり、自分になにごとだと反応を示した。一夏との意思が疎通できたのを確認すると、黒乃はまたメテオを見据える。そして息を思い切り吸い込むと――――

 

「大好きいいいいいいいいっ!」

「ハハ……! ああ、俺もだ黒乃! 俺もお前を愛してるぞ、黒乃おおおおおおおおっ!」

 

 藤堂 黒乃は基本的には喋ることができない、なんてことはもはやいうべきことでもないだろう。今回も言葉を発するならば、呪いに打ち勝たねばならないであろうワードを叫ぶつもりだった。勝てる確信なんて微塵もなかったが、黒乃には最後にそう叫ばずにはいられなかったのだ。

 

 結果は黒乃の大勝利。もはや呪いなんか屁でもないかのような絶叫っぷりだ。一夏は黒乃の絶叫というレアな光景に目をパチクリとさせるが、次の瞬間には溢れるような喜びが胸中を駆け巡る。だからこそ己も黒乃に倣い、全力で叫んでみせた。

 

 するとどうだ、まるでびくともしなかったメテオが徐々にその姿を消していく。絶天雷皇剣の出力が勝った完璧な証拠だった。それを感じた黒乃は内心でニヤリと頬を緩ませ、そのまま一気に振り切るかの如く、再度鳴神へと力を込めた。

 

(いっけぇええええ! 覇王・絶天雷皇剣っ!)

 

 それまで徐々にしか進んで行かなかったエネルギーの刃が、思い切りよく振り抜かれた。当然ながら勢いは死なず、長射程超威力のまま文字通りに海をも割った。そして絶天雷光剣のエネルギーを吐き斬った後に空を見上げてみると、そこには無数の塵のようなものが大気圏で燃え尽きて行く姿しかなかった。

 

(はぁ……はぁ……えっ……と……?)

「クラリッサ!」

「コア反応完全消失を確認。あれらの塵も全て地表まで届くことはないでしょう。つまり、我々の勝利です」

 

 気分の高揚もあったせいか、黒乃を始めた大多数が状況を呑めない。それでも冷静なラウラが部下へ確認作業をとらせると、頼れる副官は薄い笑みと共に勝利宣言をしてみせる。だがその実感すらわかず、しばらくシンとした静寂が辺りを包み込んだ。そして沈黙から約数10秒――――

 

「よ……っしゃおらああああ! どうだみたか、俺の嫁がやってくれたああああああ!」

「んな時に嫁自慢してんじゃないわよバーカ、バーカ! ホントもぅ……馬鹿じゃないの黒乃おおおおっ!」

「姉様、姉様! うわああああ! 姉様ああああっ!」

「流石は私の親友だ! お前というやつは本当……!」

「僕、これほどキミを誇りに思った事はないよ! 黒乃、キミは正真正銘の英雄だよ!」

「黒乃様……万歳……! 八咫烏に栄光あれ……! 万歳……! 万歳……!」

「あ、あの~……皆様、少々落ち着かれませんこと?」

「シャルロットちゃんとラウラちゃんまで向こう側なのは珍しいわね~」

(カオスうううう! 助けて黒乃ちゃん処理しきれないよおおおお!)

『いや、別にそれ私に言われても……』

 

 絶対的絶望を乗り切ったという反動は大きく、言葉では表現しきれない感情がすさまじい勢いで一夏たちにこみ上げてきた。自分を離した一夏に正面から抱き着きなおされたかと思えば、セシリアと楯無を除く専用機持ちに囲まれて思い思いの言葉を投げかけられる。

 

 ただし、あまりの喜びようのせいで声量も大きければ早口だ。ぶっちゃけ、なにがなんだか解からないというのが黒乃の率直な感想だった。オリジナルに助けを求めるも、2人とも喋ることができないのだからなにをやっても無駄である。対処法があるとすれば、みんなが落ち着くまで待つことくらいだろう。

 

 だが、これぞみなが取り戻したかった明日なのだ。こんな光景、地下室での修行中ですら垣間見る娘tができなかったのだから。そんな騒がしくも年相応なやりとりを、大人組は穏やかな眼差しで、なおかつ静かに見守った。全て終わったのだという実感を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いいや、もう1つだけすべきことがある。囲まれ、騒がれ、わけがわからないながらも、しっかりそのすべきことは黒乃の頭に入っていた……。

 

 

 

 




インフィニット・ストラトス戦、完全決着でございます。
黒乃たちIS学園勢の大・大・代・大・大勝利!
ですが、まだやるべきことは残っています。
次話以降は、諸々の後片付け。そしてエピローグ……でしょうか。

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