八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

147 / 154
後始末回その1。
荒れる可能性もあるけど私は知らん。
もうそういうのは気にしないスタイルでいきます。


第132話 選んだ答え

「……終わっちゃったねぇ」

「終わっちゃいましたねぇ」

 

 燃え尽きながら降り注ぐ残骸を見上げながら、名残惜しそうに束が呟いた。それに応える鷹丸も、いつもの飄々とした様子は鳴りを潜めている。束にしてみれば8年に渡り待ち望んだ決戦が終わったのだ。勝敗に興味など微塵もないが、そういった気持ちになるのも無理はない。

 

 しかし、そんな感情が湧いてくることそのものが予想外。束が想像していたのは、満ち足りた感覚が過ることのみだった。確かに満ち足りてはいるが、一抹の物足りなさを覚えずにはいられない。かといって、もはや逃げる気もさらさらなかった。

 

「でもでも、人生で一番楽しいひと時だったよ! っていうか、ようやく生きてるんだって感じたかも!」

「それ、凄く解かります。時空間移動能力なんか覚えられたらそりゃもう火がつきますよねぇ」

 

 まるで寂しいと感じているのを誤魔化すかのように、束は必要以上に騒いでみせた。もっとも、口から出た言葉は本音そのものではあるが。鷹丸は複雑な感情が渦巻いているのは見通しつつ、束の最高に楽しい時間だったという部分に同調した。

 

 そして空間投影のディスプレイに、戦闘中にまとめた久遠転瞬に関するレポートのようなものを映し出す。それを横から覗き込んだ束は、あーだこーだ数式がどうだのと指摘し、鷹丸もその意見を参考にしつつ意味の解からない数式の羅列を述べ始めた。

 

「まぁ要するにソードBTと接続中一定速度を超えると、恐らく黒乃ちゃんと刹那は時空の壁を突き破ってですね――――」

「いやいや、単にそれだけだとくろちゃんがすぐ戻って来れないよ。多分だけど時空の巻き戻しやその逆も――――」

 

 計算が終わって、ようやく一般人でも理解が及びそうな議論に入り始めた。それでも放置すれば徐々にハイレベルな内容になっていくのだろう。それを互いに察知した2人は、突然言葉を切って顔を見合わせる。すると2人して、悪戯っぽい笑みを相手に向けた。

 

「やめやめー。全部綺麗にまるっとすっぱり終わらせるつもりだったのに、これじゃあ未練ができちゃう」

「そうですねぇ。彼女らは命を懸けたのに、僕らがのうのうとしてるのはフェアじゃない。それに――――」

「それに?」

「約束しましたから。例え向かう先が地獄だろうと、貴女について行かせてもらいます……ってね」

 

 強制的に空間投影ディスプレイをシャットダウンした束は、投影装置ごとポイッと投げ捨てた。鷹丸の私物だっただけに、所有者はアララと静かな唸りを上げる。だが、もはやそれも大したことではない。なぜなら、もうすぐ命を投げ捨てるつもりなのだから。

 

 束と鷹丸は間違っても善人ではない。そもそも善悪の観点なんか持ち合わせていないし、あったとしても他人とはかなりのズレが生じてしまうことだろう。だが、自分たちが死ななければならない。それだけはまず間違いないと考える。

 

 いわゆるケジメというやつだろうか。2人からすれば一石二鳥的な発想なのだ。地獄まで共にという誓いを守るのだと鷹丸が口にすると、束はほんの一瞬だけ女の表情をみせた。この顔を気づかれてはマズイと、慌てて寝かされているクロエに近づいた。

 

「これでさよならだね、くーちゃん。大丈夫、くーちゃんは私たちと一緒に居るよりも幸せになれるだろうからさ。いろいろ振り回しちゃってごめんね? それと、ありがとう。くーちゃんのおかげで、楽しい人生になったよ。胸を張ってね。なんたってくーちゃんは、くろちゃんよりも先に最終形態移行へ辿り着いた逸材なんだからさ!」

 

 けっして起こさぬよう、安らかに眠っている間に自分たちが死ねるよう、静かな声色でクロエに向かって語り掛けた。最後に額へキスを落とすと、束はトテトテと鷹丸の横へと戻った。そして、どこか照れくさそうにニタニタした笑みを浮かべる。

 

「パパはなんかないのかなー?」

「言いたいことはママが言ってくれたので」

「またそうやってキミは……。最期の最期までそのスタンス?」

 

 あえてたっくんと呼ばずにパパと呼称した束だったが、返ってきたカウンターに対して呆れたような眼差しを向ける。別段束に照れさせようとする意図はなかったのだが、そうやって捻くれた返し方をこの期に及んでするのかといいたいのだろう。そんな束に鷹丸は――――

 

「……僕が貴女に敬語を使うのは、尊敬とか畏怖の現れなんですよね。僕は、いつまでも貴女と対等であってはならないと思ってるんです」

「尊敬はともかく畏怖ってことはないじゃーん。そりゃ確かに、初対面の時はいろいろアレだったかもだけど――――」

「まぁ、一方的に認めるのは負けた気がするからってのが大きいんですけどね。だからこそ、束さん――――いいや、束」

「…………。ほえ……?」

「僕の負けでいい。だからどうか、キミの言葉で、キミの気持ちを聞いておきたいんだ」

 

 近江 鷹丸は負けず嫌いである。例え敗北したとして、なにかしら嫌がらせじみた行為をしてからというのを忘れない。つまり転んでもタダで起きるような性質ではないのだ。そんな輩が自ら負けを宣言して見せた。プライドを投げ捨て、負けないことよりも重要だといわんばかりに。

 

「ハ……ハハハ、騙されないもんね! それって結局、私が言わなきゃ言わないってことじゃん!」

「ん? あ、ホントだ。いつもの癖かな……? まぁいいや。束、僕はキミのことを愛してる」

「…………」

 

 鷹丸の捻くれに捻くれきった根性からして、さっきの言葉は負けを認めたフリをして油断させてやろうという思惑があるものと解釈した。盛大に動揺しながらもそう騙されないぞと虚勢を張ると、あまりにもアッサリ愛を囁かれてしまう。

 

 10代後半ほどからの付き合いがあるわけだが、こうも素直な鷹丸は初めてなだけに困惑するしかない。なおかつ、この土壇場でわざわざそんな嘘を吐くはずもない。つまるところ偽りのない言葉ということになる。脳内でそう結論付けると、束は顔を真っ赤に染めて――――

 

「好きです」

「うん、ありがとう。嬉しいよ」

 

 いまいち状況を理解できていないような表情を浮かべつつ、なぜか敬語で己の気持ちを吐露した。仮にも束が箸にも棒にも掛からぬ男をパパと公言しないだろうし、互いにここまで言葉にせずにきたというだけのことでもあるのだが。鷹丸は見たこともないような束の様子を茶化すように微笑み、受け入れてくれたことに感謝を述べた。

 

「……さて、そろそろ出発の時間かな。束、他にしておくべきことは?」

「ちゅーしたい! ちなみにファースト!」

「節操もなにもあったもんじゃないねぇ。まぁ役得なんだけどさ。……おいで」

 

 自分のすべきことはもう何もない。それこそ、負けを認めてでも伝えたかった想いを言葉にしたのだから。だが束のほうはそうでもないかも知れない。鷹丸が軽い調子で問かけてみると、これまた軽い調子でキスがしたいと返された。

 

 束を相手にしてムードもへったくれもないだろうと予想はしていたが、まさにその通りの展開になって辟易としてしまう。だが、鷹丸は束のそういうところを含めて惚れた。だからそっと手を指し伸ばし、束を多少強引に引き寄せた。

 

 勢いそのまま唇を奪うと、きつく抱き合うような体勢に。まるでその様は、残された僅かなひとときを噛みしめているかのようだった。そして、抱き合ったままの2人の身体が、グラリと塔の外側へ向けて大きく傾いていく。当然ながら柵なんてものはない。よって、束と鷹丸は宙へと投げ出される。

 

 だとすると2人を待ち受ける結末はひとつ。このまま地面に叩きつけられ、肉塊に変わり果てるのみ。だが、それこそが2人の望みそのもの。全力をもって挑み勝ったならば、黒乃のいない世界に価値はない。負けたのならば、クロエやメタトロニオス、そしてI・S以上のISを生み出すことはできない。

 

 もはやこの2人にとって、世界は空っぽのおもちゃ箱とでも例えられる。だから、これでいい。束にも鷹丸にも、微塵の後悔や未練はない。ただひたすら、重力に従い決められた終着点に辿り着くのみ。その瞬間を待ち受けていると――――

 

(お2人さん、熱いところで申し訳ないけどね。上へ参りまーす!)

「あたーっ!? は、歯茎……。ガックンってなったとき歯茎にたっくんの歯が……!」

「あー……時空間移動……。そうか、そりゃ逃してはくれないか……」

 

 なにかに受け止められた衝撃で大きく揺れ、その拍子で鷹丸の歯が束の歯茎にダメージを与えた。そもそもなにが起きたのかと目を見開いてみると、なんと黒乃が自分たちを受け止めて上昇していくではないか。鷹丸は、久遠転瞬の厄介さに苦い顔を浮かべるしかない。

 

 そう、例えば実際に2人が死んだ後だろうと、死ぬ前にタイムスリップされてしまえば意味がない。どちらにせよ、時間を支配している黒乃を前に捕まる以外の結末はなかった。そして2人は、見事に自分たちが落下を始めた地点に戻されてしまう。

 

「あのさーくろちゃん、流石にどういう意図か読めないんだけど説明お願い」

「ま、おおかた自らの手で始末しようってことだろうけどね。大丈夫、キミがそういうつもりなら、僕らはそれを受け入れるつもりだよ」

(いや、まぁ、それも考えたんだけどさ。別に許したつもりも許すつもりもないし……。……とりあえず、なにが起きても対処できるように鳴神は抜刀しとくかな)

 

 黒乃はこの2人に累計3回殺されているに等しい。いくら黒乃が事を波風立てずに収めようとする性質とて、許容できる部分なんて微塵もない。ではなぜ助けたか、それはとても単純明快な理由だ。ただ、鷹丸の予想のように、自ら手にかけるつもりも毛頭ない。

 

 それこそ黒乃の性質からして、相手がどんな悪人だろうと、手に感触が残る斬殺はまず選ばない。しかし、予想を述べるのと同時に抜刀されてしまうと、自分の考えはやはり正しいのだと思ってしまうだろう。一応の自衛の手段とは考えもしないはず。

 

「まっ……て、ください……。それだけはどうか……!」

「あ~りゃりゃ、起きちゃった。解かってるとは思うけど、くーちゃんは勘弁してあげてね。その子に罪はないよ。私たちの言うこと聞いてくれてただけだから」

 

 白刃を煌かせる黒乃の後方にて、息も絶え絶えのような声が響いた。声の主はクロエ・クロニクル。その幼い体に鞭打って、這いずるように黒乃の元へ近づいていく。話は聞いていなかったろうが、やはり鳴神を抜刀していれば斬るものだと認識したようだ。

 

「っ……! 拒否することも出来ました! お2人の従うことを選んだのは私です! ならば私も同罪、死するべきではありませんか!」

「くーちゃん、わがまま言う子は嫌いだよ」

「……私は忘れてはいませんよ。ママ、貴女は私にもっとわがままを言えと仰いました!」

 

 とりあえずクロエだけは生き残らせようとする姿勢に対し、慈悲を向けられる本人が拒否の意思を示した。まるで何かに焦ったかのように死を願う。束は、なんとなくだがその理由に気づいていた。だからこそ突き放したような態度で接するが、それでもなお愛娘は食い下がる。

 

「じゃあクロエ、僕らの生きてくれって命令は聞けないかい?」

「聞けません、それだけは拒否させていただきます。黒乃様、このような年端もいかない身の私を殺めるのは気が咎めるかも知れません。ですがどうか、一思いにお願いします」

「……くーちゃん」

 

 鷹丸はいつものニヤけた面だが、クロエの反応にはかなり困っているようだ。自らの殺害を懇願するクロエは、とうとう刹那の足元にまで辿り着いてしまう。すると束は、流石に苛立ちを覚え始めたのか、興味を持つ対象を相手をするには珍しい声色でクロエの名を呼ぶ。

 

「……私の命を差し出そうと、対価にならないことは理解しています……。かつ、黒乃様にはお2人を殺める資格も理由もお持ちです……。いえ、むしろそうして当然……。ですから! 殺していただくしかないじゃないですか!」

「だからね、僕らはキミがそれに付き合う必要はないって――――」

「お2人が死んでしまって、取り残されろと……? 私はそれが耐えられない……! だって……そうじゃなければ……私はまたひとりぼっちじゃないですか!」

 

 例えばクロエが生き残ったとして、年齢を鑑みるに監視下に置かれつつ保護されることになるだろう。もしかすると同年代の子供たちと触れ合い、それなりに年相応の人生を歩むことになるかも知れない。だが、クロエにそんなものはまるで無意味なのだ。

 

 束や鷹丸がごっこ遊びとして、自分を娘役として配役したのならばそれでも結構。クロエからしたら、2人は唯一無二の両親だ。この2人のためならば死んでも構わない。そう思えたから最終形態移行まで辿り着けた。だから、2人の生きていない世界に価値はない。

 

「それならまだ死んだほうがまし――――いいえ、殺していただかなければ困ります! パパ、ママ……! どうかお願いです……私を……クロエを……置いて行かないで……」

 

 ずっと泣きそうな表情で懇願を続けていたが、クロエはとうとう酷い嗚咽と共に涙を流し始めた。無価値な世界を生きていたくない。その願いは12歳の少女のそれではないが、涙を流して置いて行かないでと願う姿は、不思議と年相応に見えてしまう。

 

(いやあのね、だから最初からそのつもりは……。……まぁいいや、なんか警戒されるっぽいから鳴神しまっとこ。んで、ちょいと失礼)

「へ……?」

 

 先ほどから右に左にクロエとその両親のやりとりを眺めていたが、黒乃はなんだか観念したような気分になってしまう。ようやく鳴神が警戒を呼ぶことも察し、大人しく鞘へと戻した。しばらくその様子を信じられないといった様子で眺めていたクロエだったが、小脇に抱えられて更に困惑するしかない。

 

(ほれ、アンタらの子だよ。言っときますけど、2人とも気分的には殺したいってのが本音だかんね)

「え……? え~……? いやいやいや、くろちゃんまさかだけど……」

「その子のため」

「黒乃……様……!」

 

 小脇に抱えたクロエを束に差し出すと、後はせっせと飛び立つ準備を始めた。いくら黒乃とて、そこまで甘くはないだろうと束は最大限に困惑してみせる。黒乃はそれに対してあくまでクロエのためだと答えると、本当になにも手出しせずに飛行を始めた。

 

 黒乃が最初から束と鷹丸を殺さないことを選んだのは、言葉通りにクロエのため。戦闘中に垣間見たクロエの両親に対する執着。そうして、一夏と語ったいずれ産まれるであろう自らの子。それらを考えた時、親子とはなんだろうかという部分に至った。

 

 いつか一夏から聞いた亡くなった己の父親――――藤堂 和人の言葉が真理だと思っている。血の繋がりでなく、家族と思った者が家族なのだ。束たちに血に繋がりはない。だが和人の言葉のように、やりとりを繰り広げるその姿はまさに親子だった。

 

 というより、下手に血の繋がりがあるよりも、よほど絆で結ばれているような印象さえ受けた。ならば、クロエから束と鷹丸を奪った時、それはいったいどんな事態になるだろう。黒乃は自分に当てはめてみた。ならば、一夏を奪われることに等しいことだと考える。

 

 黒乃からすると、そんな想像をするだけで発狂してしまいそうな気さえする。そして間違いなく、奪った相手は慈悲の欠片もなく――――いや、惨たらしく殺さなければ気は済まないだろう。恐らくではあるが、クロエも似たようなものだろうと踏んだ。

 

 だからこそ、もはや許すとか許さないの話ではない。憎しみの連鎖を始めさせるわけにはいかない。クロエに今より険しい修羅の道を歩かせるのもダメだ。長い目でみて己の平穏のためという理由が含まれているのも嘘ではないが、黒乃が思うにこれが最も丸く収まる結末であった。

 

「……敵わないなぁ~。ハハッ、実際敵わなかったんだけどさ。アレかな、やっぱくろちゃんのああいう部分に勝てない感じ? ねぇ、くーちゃん」

「もう寝ちゃってるよ。安心して気が緩んだんだろうね」

 

 心底呆れた表情のまま、束は天を見上げた。だが、言葉そのものは真に敗北を知らしめられたかのような口ぶりだった。それこそが最終的敗因であるのかもとクロエに問いかけてみるも、当の本人は束の腕の中で安らかな眠りについていた。

 

 どんな理由であれ、見逃されたと認識したと同時に張り詰めていた緊張の糸が緩んだのだろう。今まで見てきた中でも一番の安心っぷりに、鷹丸は小さく笑みを零しながらクロエの頭を撫でた。少しばかりくすぐったそうなリアクションをしたような気がする。

 

「……束」

「やぁやぁちーちゃん。なんの冗談だか、生き残らせていただいておりますよ~」

「……とにかく小娘は預かるぞ。お前達に拒否権はないと知れ」

「解かってるよ。ただし、起こさないようにね」

 

 黒乃が久遠転瞬で移動したのを追いかけてきたのか、千冬たち助っ人陣が姿を現した。これをみるに、他の専用機持ちたちは回収されているのかも知れない。確かに、ここからは大人のみが動いた方が都合がいいはず。束の近くへ降り立った千冬は、振り絞るようにその名を呼ぶ。

 

 そして、まず第一にするべきはクロエの回収及び保護だ。子供だからと許されるはずもないことをしてきたのは確かだが、それでも手荒な真似をする気は毛頭ない。もっとも、それは束たちが抵抗すればの話。意外にもすんなりと明け渡してきた。

 

 眠ったクロエはクラリッサが受け取り、注文通り起こさないよう慎重に運んでいく。それ以降、特に千冬が指示するわけでもなく、昴を始めとしたメンバーは徐々にその場を後にした。端的に言えば空気を呼んだというやつで、千冬と束の間柄からくるものだろう。

 

「束、1つだけ聞きたいことがある。この戦い、世界を変えた価値はあったか?」

「それは勿論! 1時間に満たないこの瞬間を迎えるために、束さんは生きて来たんだもん!」

 

 腕を組んでそう質問する千冬に殺気はなく、むしろ不自然に穏やかな程だった。そんな質問に対し、束は相変わらず子供のように目を輝かせながら肯定してみせる。黒乃の物語は、2人が始めたともいっていい。自身もこの決戦へ辿り着くまでの要因であると、黄昏るかのように想いが吹き抜けた。

 

「……そうか。ならば友よ、歯を食いしばれ」

「はぇ……? あぼんっ!?」

(恐らく全力全開……。人間の吹き飛び方としては物理的にありえない――――)

「貴様もだ腐れ外道」

「ブフォッ!?」

 

 座った状態の束の襟首を掴み、片腕だけでリフトアップ。そのまま流れる様な所作で、束の顔面を殴り飛ばした。元より人間離れした怪力の持ち主であるが、今日初めて殺さない程度の全力で人を殴った。当然束は吹き飛ばされ、軽く数回は気絶できるような錯覚を感じながら意識を手放した。

 

 隣でパートナーが吹き飛ばされてしまった鷹丸だが、その威力があまりに現実味を帯びないために若干の現実逃避を始めてしまう。なぜなら、鷹丸に降り注ぐのはまったく同じ末路だからだ。千冬は、まったく同じ流れで鷹丸も殴り飛ばす。

 

「本当は殺してやりたいところだが、私に黒乃の決めた物事を拒否する権利はない。だが、私の気持ちのみで図れるほどお前たちのしでかしたことは易くない。よって、お前たちには何度も死に目にあってもらうことにした。……お前達には大したことではだろうがな」

 

 黒乃が危険な目にあってきたのは、ISを世間に広めた責任の一端を担った己のせい。ならば千冬は自らに黒乃の決定に口出しする権利はないとし、納得はいかないながらも殺すまではしないことを選んだ。気絶している2人には聞こえていないだろうが、今後の処遇くらいは適当な時間でシミュレートしていた事だろう。

 

 千冬は再びISを展開すると、束と鷹丸を両肩に抱えて飛行を開始。拘束しながら搬送すべく、シュヴァルツェ・ハーゼ隊に手配を要請しておいた護送用のヘリへと向かって行った。心境こそ複雑だろうが、千冬はあくまでそれを表に出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 私の決定は恐らく甘い。本当はあの2人だけは殺しておくべきなんだろう。けどクロエちゃんが――――いや、クロエちゃんがどうとか、そんな便利な言葉を使うのは止めよう。私は結局、私の手を汚したくなかっただけなのだろうから。

 

 ハッ、相も変わらず根本的には個人主義な事で。偽善でもなんでもとはいったが、それらはあくまでみんなを助けるためならばという話だ。それを除いた場合、私のこういった部分には本当に反吐が出る。結果的には世界が滅びるか否かの瀬戸際だったってのに。

 

 そんな自己嫌悪に苛まれながら、シュヴァルツェ・ハーゼが手配した大型ヘリのほうへ歩を進めていた。あの後通信が入って、回収が始まってるから乗ってどうぞっていうのが知らされた。刹那も限界ギリの状態で稼働していたせいで、歩きで向かわんとなんだけども。

 

 私たちの戦闘の最中でも無事であったビルの屋上を見上げると、ヘリコプターの羽が回転しているのか砂埃が微かに見えた。……これを昇らんとあかんのですかそうですか。まぁしゃーない、絢爛舞踏してもらい忘れた私も悪い。そうやってトボトボ歩いていると、ビルの入り口付近に人影がみえた。

 

「黒乃!」

 

 向こうも私を見つけたのか、大きく手を振って私を迎えてくれる。その爽やかな微笑は間違いなく私の大好きな人、イッチー以外にありえない。そうか、私を待っていてくれたんだ。そう思うと先ほどまでの鬱い感じなどどこへやら、私は小走りでイッチーに近づいていった。

 

 そのまま飛び込むように抱き着くと、しっかりと私を受け止めてくれる。あぁ……私の日だまり、私の温もり。決戦そのものはさほど長時間ではなかったのに、久方に感じてしまうのはなぜなんだろう。私たちの勝ち取った当たり前は、こうも尊いものだったろうか。

 

「千冬姉から聞いたよ、本当に全部終わらせてきたんだな」

(うん。自分で選んどいて、自分で納得いってないんだけどね。タハハ……)

「…………黒乃、ちょっと良いか?」

 

 私が2人の始末をどうしたのか聞いたらしい。それは私が消えた後でなにをしていたかの確認に過ぎないだろうが、なんだか複雑な気分になってしまうな。例え私が本当に息の根を止めたとして、確実にイッチーだけはそれを肯定してくれたろうけど……。

 

 自分で正しい選択をしたと思えないせいで、なんだか反応も曖昧になってしまった。すると私の心境を察した? かも知れないイッチーは、白式を展開してみせる。すかさず私を姫抱きで持ち上げると、集合場所であるビルの屋上をも超えてかなりの高所へ位置どった。

 

「見ろよ。黒乃が、俺たちが守った景色だ」

(うん……)

 

 イッチーが指さしたのは、遥かなる水平線が広がる方向だった。一般人から見ればとても綺麗な光景なのだろうが、IS操縦者としては見ようと思えばすぐ見れる。特別性は感じないが、イッチーはこのなんでもなさを噛みしめようといいたいのだろう。

 

「この世界に絶対な正しさなんてないと思うんだ」

(イッチー……?)

「みんなきっと、心のどこかで自分が一番正しいんだって思いながら生きてる。それが個性ってやつ。だから1人1人主義主張が違うし、時には反発しあったりしてさ……。まぁ、あの2人は少し自己主張が強すぎるけどな」

 

 イッチーはしばらく水平線を眺めてから、持論を交えてそう語りだした。途中束さんとアイツを引き合いにジョークっぽく肩をすくめるが、イッチーの眼差しはとても真剣で……。なおかつ、太陽のまばゆい光に照らされるその顔は、いつになく素敵だと心から思う。

 

「これ、今の日本の映像だって」

(…………これは)

「凄いだろ? みんな心から喜んでるんだって伝わるよな」

 

 イッチーが白式のコンソールに映した映像は、現在の日本の様子だった。それはあれだけの質量の隕石が落ちてくればニュースにもなるだろう。そして、それが打ち破られたということで多くの人々が全身で喜びを表現しているではないか。

 

 ……涙ながらに抱き合っている男女がいる。もしかしなくても恋人かな。いや、もう結婚してるのかも。小さな子を抱きしめる大人の姿も。これは文句なしで親子だろう。誰それ構わずハイタッチを交わしている若者も。ハハハ……きっと、ひょうきんな人なんだろうね。

 

「自分のやったことが正しいかどうかって悩んでたろ?」

(は、はい……そうでございます)

「ならそんなん考えるな。それは黒乃の中にだけにある正しさだ。それを否定するやつも居るかも知れない。けどな、黒乃の選択でこれだけの人たちの命が救われたことは間違いないぞ」

 

 流石はイッチー、雰囲気だけで私が悩んでる内容まで事細かに言い当ててきよった。だから好きになったというのもあるけれど、どうして見抜かれるんだろうなーとも思ってしまう。ただ、今回の場合は完璧に見抜いていただいて正解だったろう。

 

 だって、嬉しいから。まったく世界の人たちのために頑張ろうとか思わなかったけど、結果的に救われた人たちの姿を目の当たりにして、それで私も救われていくのが解かる。終わらせないで、諦めないでよかった。世界の人たちにも、当たり前を送り届けることができたんだ。

 

「だから黒乃は胸を張ってろ。黒乃の中にある正しさがブレたら本末転倒だ。それに俺は、黒乃のそういう誇り高い生き方を誇りに思う」

 

 ハハ……それはまた買い被りも過ぎるよ。けど、嬉しい。この戦いで起きた様々な出来事の中で、その言葉こそが一番のものだ。本当に、キミは私をどこまで好きにさせたら気が済むのかな。……考えるだけ無駄か。きっとこれから先のウン十年、際限なく好きになり続けるのだろうから。

 

「愛してる」

「ああ、俺もだ。黒乃、愛してる」

 

 きっと今の私では普通に喋ることができてもその言葉しか出なかったろう。しっかり目を見て言葉にすれば、イッチーはくすぐったそうな表情をしてから同じく愛を伝えてくれた。後はいつもと同じ流れで、私たちは熱い口づけを交わす。

 

 この世界に絶対的な正しさはない。だからこそ、己の持つ己だけの正しさを大切に……か。だからといって傍若無人になれってことではないだろうが、うん……少しだけど、あの人たちを生かしたのは間違いではなかったと思えてきた気がする。

 

 きっと回り回ってそれが実感できる日が来ると信じて、私は今を――――取り戻した明日を生きて行こう。イッチーはもちろん、これまで着いて来てくれた仲間たちと共に。ただ今は、もうちょっと愛し合っててもいいよね。私は頑張った自分へのご褒美とし、イッチーとのキスに没頭するのだった……。

 

 

 




黒乃→いや、別にそんなビビらすつもりはないんだけどな……。
クロエ→両親を殺めるつもりなら、どうか私も!

あの話の流れて刀抜かれたらそりゃ怖いわ。
ようやく数話ぶりに添えるだけでも勘違い要素をぶっこめました……。
次話から最終決戦からしばらく経って……みたいな話になります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。