八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

152 / 154
黒乃たちのその後についてです。
まぁ、今話で登場するのは一部ですけれど。


第137話 とある次元の話

「へへっ、ちょろいモンだぜ!」

「上手くいきましたね、兄貴!」

 

 某日某所、いわゆる銀行強盗が発生した。車の後部座席に積まれた大量の札束を見やり、銀行強盗の犯人である1人はほくそ笑む。車を運転する舎弟らしき男も、気弱そうな顔つきに精一杯のしてやったり顔をありありと浮かべていた。

 

「それにしてもなんだったんスかね。なんかハイテクっぽい機械を無償で提供してくれちゃったりして」

「細けぇことはいいんだよ。黙って前見て運転しやがれ!」

 

 そう呟く舎弟の傍らには、いかにも最新鋭の機械類や武器が折り重なっている。恐らくEMP装置など、強盗行為を容易にするための武装だろう。舎弟の呟きからして、どうやらそれは自前で用意したのではないらしい。となれば、裏で糸を引く黒幕が存在すると考えていいだろう。

 

 が、強盗に成功して気分のいい兄貴にとってはどうでもいいことだった。今は手に入れた金をどう使うかで頭がいっぱい。それなのに舎弟に事故でも起こされたらこの高揚感も台無しだ。そんな注意を兄貴が入れた瞬間のことである。耳をつんざく破裂音が響き、驚愕と混乱が同時に襲い掛かってきた。

 

「な、なにが起きた!?」

「兄貴ぃ! タイヤが4つともパンクしてるっス!」

 

 舎弟の言葉を受けてそんな馬鹿なと思った兄貴だったが、目視してみるとどうやらそれは事実らしい。車はそれなりの速度で走っていたし、日本の警察がそう簡単に発砲許可を下すはずはないはず。だが周囲を見渡してもなにも見当たらない。となると、考えられるのはライフルかなにかの狙撃。

 

 しかしだ、4つ同時というのがなんとも解せない。しかも本当にいつの間にとしか言いようのない現象。兄貴は気のせいで片付けることができなくなってしまった。舎弟が必死に制御する車の窓から顔を出し、更に周囲を見渡していると――――

 

「…………!? テ、テメェ! いつの間に車へ乗りやが――――」

 

 いつの間にか。念を押すが、本当にいつの間にかのことだった。黒い翼のISを纏った女性が、車の屋根にその両足をつけていたのだ。仰天した拍子に握っていた銃の砲口を向けると、またしてもいつの間にか目の前から消えてしまっていた。いよいよ兄貴は自分の頭がおかしくなってしまったのではと疑い始めてしまう。

 

「あ、あれはいったい……」

「あ、兄貴! なんかあったんっス――――ってのわああああ!? か、刀ぁ!?」

 

 兄貴が顔を青くしながら席に座り直すと、今度は運転席と助手席の合間を鋭い刃が通り抜けていった。当然ながら車は左右に割かれ、そのままバランスを失って地表を跳ねた。兄貴と舎弟が自分の死を悟って走馬灯へと思いを馳せていると、いつの間にか割かれた車は左右とも静止していた。

 

「おかしいな、確かに大事故が……。ゆ、夢でも見てるんっスかね……?」

「馬鹿野郎! んなこと言ってる暇があったら逃げ――――」

 

 アスファルトの破損状態からして、車が跳ねたことは間違いではない。この時点で舎弟の呟きは否定されるが、そんなことを考えている暇はない。何者かが自分たちを追っているのは明白。意外にも冷静な兄貴の判断は大正解だが、時すでに遅し。いいや、彼女の前には時なんて存在しないも同然なのだから。

 

(はいは~い、詰みだから観念してね~)

「うわぁ! な、なんだこの女いつの間に――――」

「止めろ、終わりだ。ハハハ……まさかこんな小者相手に出てくるとは思わなかったんだがなぁ。八咫烏の黒乃……!」

 

 道路の左右に分かれた半々の車の間に、黒髪の女性がいつの間にか現れた。ISを纏っているということで反射的に銃を向ける舎弟だが、それを止めたのは兄貴だった。そして、己らを無傷で確保してみせた女性――――黒乃を恨めしい目で睨む。既に兄貴には、そのくらいしかできないと理解していたから。

 

 

 

 

 

 

(あい、これ押収した武装類ね)

「今回も迅速かつ的確な処置だ。素晴らしい働きだった――――と、言いたいところだが。そもそも無断出撃だ馬鹿者! 貴様、今はいろいろと大事な時期だろうが!」

(あ、痛い痛い痛い! でもやっぱりありがとうございます!)

 

 はいはい皆さんごきげんよう。相変わらず私自身誰に言ってるかは解からないが、今日も元気にお仕置きという名のご褒美を貰っている黒乃ちゃんですよ。ちー姉は私のこめかみを掴んだかと思えば、その手に殺す気かってレベルの力を込めてアイアンクローをお見舞いしてきたのだ。

 

「千冬姉、例の武器の横流しに関してなんだが――――って黒乃!? お前なんで出勤してんだってか、この状況はなんだ! ツッコミが追いつかねぇ!」

 

 ドアを潜って姿を現したのは、我が愛しのイッチー。私の姿を見るや否や鋭いツッコミを入れたかと思えば、私がアイアンクローされてるのもツッコミどころなわけでして。イッチーは私を救出を最優先としたのか、とりあえずちー姉を落ち着かせる方向へ打って出る。

 

「千冬姉、5年も似たようなことやり続けるのはどうかと思うぞ」

「貴様らがいつまでたってもそんなだからだろう。それと、織斑司令だ馬鹿者が」

「うぐっ! このやりとりもその内の1つなんだけどな……」

 

 私の頭は解放されたが、千冬姉と呼んだ仕置きがイッチーへ飛んで行った。容赦ない威力の拳骨で涙目になりながら、これも指摘した昔からのやり取りなのではとぶつくさ言っている。しかし、そうか、そうか……もうあれから5年も経つんだな~。今年の9月で黒乃ちゃん21歳ですよ。

 

「で、黒乃はなんで出勤だ? しばらく公欠扱いだから大丈夫って話したろ」

【私にピッタリな事案かと】

 

 それはさておきというように、イッチーは私にそう問いかけてきた。それに対して私は、空間投影したキーボードをタイピングして文字を表示させる。ねぇ聞いて、あれからかなり呪いのほうも症状が緩和されていったんだよ。多分だけど、私に玩具としての価値を失って効果が薄れたんだろうね。

 

 今ではこうして筆談やそれに近いことはできるし、なにより普通に表情が浮かぶようになった。私にとっては一番これが大きかったよ。イッチーに普通に笑顔を向けられることがどれだけ幸せか、呪いが解けたことに気が付いた時には文字通り跳ねて喜んだものだ。

 

「間違いではないが、無断出撃は処罰対象だからな。せめて私を通せ、私を」

「最高司令が身内だからな、それなりに容赦してくれるって意味だろ」

 

 さっきから出勤だとかどうの言ってるが、私たちも21歳となれば社会人だ。社会人ともなれば仕事をしているわけでして、私たち勤め先はここ――――レイヴンズ・ネスト。主に治安維持や人命救助を旨とする組織であり、男性の地位回復のための支援も行っている。

 

 学園に在学中にいろいろありまして、ちー姉含めた専用機持ちメンバーと共に私たちが立ち上げを提案した組織である。ちー姉の居る日本を本部として、各専用機持ちたちの祖国に支部が点在しているのだ。近江重工や更識、そしてデュノア社等の支援のおかげで割と勢力も拡大中だったり。

 

 しかも、私たちは国家代表として大会やリーグへの参加が認められている。私なんて今やなんだと思う? フフン、ブリュンヒルデですよブリュンヒルデ。それがなにを意味するか……そう! 世界獲らせていただきました! 久遠転瞬は流石に制限がかけられたけど、私もまぁ成長したもんですなぁ。

 

「司令、数日前阻止した取引に関しての報告書ですが――――黒乃!?」

「織斑司令……。頼まれていた整備が完了……黒乃……!?」

「だよなぁ、そうだよなぁ……リアクションが普通で安心するぞ俺は……」

 

 小気味よく司令室へと入って来たのは、箒ちゃんとかんちゃんだった。あ、モッピーって呼んだら怒られたから止めたの。2人とも私たちに着いて来てくれたというか、2人とも本部在中だ。私の姿を見つけるなり、心底驚いたリアクションを取られてしまう。

 

「一夏、いい加減お前も休め。休んでこの馬鹿を拘束してでも大人しくさせろ」

「ああ、うん、本格的にその考えも頭を過ってたところだ」

「結婚式を控えてるんだよ……? 無茶はダメ……」

 

 なんでさっきからみんなが私の存在に驚くのかと言うと、かんちゃんのいう通り数日後に結婚式があるからだ。まぁ籍そのものは卒業後にすぐ入れて、私はもう戸籍上では織斑 黒乃なんだけども。どちらかと言えば、披露宴をやってからが結婚した! って感じだと思う……思わない……?

 

 イッチーを始めとするみんなの心遣いも嬉しいし、大人しくしておくべきなのは痛感しておりますとも。けど、こう……臨時ニュースで凶悪犯罪がーってのを見るとジッとしていられないっていうか。私ならノータイムで現場に駆け付けられるし、それで市民が守れるならそうしたい。

 

 あ、言っときますけど対人における事案だけですからね。そもそも銀行強盗にIS持ち出すとかオーバーキル以外のなにものでもないんだから。ISによるテロが起きましたーってんなら合流してからにするよそりゃ。足並み揃える必要の良し悪しを取捨選択しているというか……。

 

 ん~……でもねぇ、近頃マジな話でそうも言ってられない気もするし。強盗の所持していた装備をみるに、どうも個人が用意できる品じゃなかった。多分だけど、亡国機業が絡んでると思う。在学中にも京都以降で一回ドンパチやりあったんだが、完全壊滅までは至らなかった。

 

 イッチーと箒ちゃんがちー姉に用事があったのもそれ関連みたいだし、どうにも近いうちにデカいことを仕出かしそうでやれない。だからこそ、それっぽいのは全部大事になる前に潰しておきたいんだけどな。でも、次無断出撃すると本当に許してもらえなさそうな気がするよ……。

 

「というか黒乃、式場の下見は大丈夫なんだろうな」

【一緒に行った】

「いや、頼むから1人でも復習しておいてくれ。当日は一緒に行ってやれないんだぞ?」

「黒乃は肝心な時にこそポカをやらかすからな」

 

 イッチーは思い出したようにそう言う。式の会場だが、お父さんとお母さんが挙式をした教会ということで即断即決だった。けど都心から離れた場所にあるわけで、飛行機やら電車やら乗り継いで向かわねばならない。暗にイッチーはというか、この分ならみんなは私の迷子を心配しているようだ。

 

 当日なんだけど、どうしてもイッチーは外せないことがあるとかで時間をずらして出発せねばならない。数学の問題文かな? ってか、20にもなって誰か付き添わないと心配ってどうなのよ。まぁ、そう脅されたからには不安になってきたし提案に乗るけどさ。

 

「なんなら……前日に泊まるとか……」

【大丈夫大丈夫】

「……その自信が逆に不安を煽るんだが?」

「電車で寝過ごして起きたら知らない駅――――みたいなベタなことになるんじゃないだろうな」

「おい、黒乃除くお前らは勤務中だろうが。報告があるならとっととしろ、順番に聞く。で、お前は早く帰らんか。断っておくが、久遠転瞬でワープして帰るなよ」

 

 なにがみんなをそれほど不安にさせるのか、かんちゃんなんか真剣な表情で前日から現地に宿泊しておいたほうがと案を出した。私は気楽に大丈夫と返したが、ぶっちゃけ半分意地だよ。私だってやればできるってことを見せたるわい。……あれ、やっぱり20歳に似つかわしくない扱いのような。

 

 そんなやり取りを繰り広げていると、学園在籍中を思い出すようなドスの効いた声が響く。見れば、ちー姉が鬼のような形相を浮かべているではないか。すると3人は瞬時に縦へと並び、私は一目散に司令室を後に。やっぱり5年前となにも変わってないじゃないか。

 

 ……それにしてもイッチーめ、電車で寝過ごして知らない駅? そんなの迷子におけるテンプレ中のテンプレでしょ。流石の私もそこまでベタなことはやらかしませんって、ハッハッハ。さーて、そんじゃ帰りのついでにお夕飯のお買い物でもしましょーかーっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………やらかしたわ)

 

 やらかしたわああああああああああああっっっっ! 嘘でしょ、マジかよ、ホントかよ。結婚式当日――――ウトウトしちゃって少しだけ居眠り決め込んでたら、いつの間にか知らん終点まで辿り着いてしまった。えっ、ちょっと、どこココ? なにここ? ……ハッ!? こ、こういう時こそ人類の叡智である携帯電話――――

 

(けんっ! がいっ!)

 

 おいぃ、この時代に高性能な携帯で圏外ってここどこの秘境よ。どうにも無人駅っぽいし周りに民家っぽいのも見当たらないし……。なにより混乱していたせいで運転手さんとかに声かけそこねたし、私降ろしたらとっとと発車しちゃったし……。八方塞がりってのはこのことを言うのだろうか。

 

 笑えない、なんも笑えません。刹那————は、職場に保管して来たんだっけ。はぁ……久遠転瞬なら時を超越して目的地なんだけどなぁ。あれの便利さってかチートっぷりに慣れてしまったせいか、時間に追われるっていう感覚はかなり焦りを生む。

 

(……走ろう!)

 

 こうなったら形振り構っている暇はない。闇雲に行動するのは危険かもしれないが、道を進んで行けばいつしか人も見つかるはずだ。そしたら電話を借りるなりしてとりあえずの連絡はつく。私が覚悟を決めて靴を脱ごうとした――――その時、私の背後で赤黒い稲妻が轟いた。

 

(どひゃああああ!? なに、なになに!? 別に刹那に乗ってはいませんけど!?)

 

 赤黒い稲妻となれば嫌でも心あたりはあるものでして、今のは間違いなく刹那でQIBなり久遠転瞬を行った際に発生するそれだ。だが刹那に乗れるのは私だけであり、御存じ私は現在刹那を纏っていやしない。ならばいったいどうしてだと周囲を見渡してみると――――

 

 ……なんか、茂みから足だけ生えてきている。勢い余ってそこへ突っ込んだというなら解かるが、じゃあなんでこの人が刹那を操作したのってなるよね。……とりあえず話しかけるところから始めてみよう。そうやってジリジリ接近していくと、急に謎の人物が立ち上がった。そしてその姿を見て、私は絶句するしかなかった。

 

「うー……いたたたた……。失敗失敗……。けどまだ茂みでよかったかな……」

(くろの……ちゃん……?)

「ん、もしかして失敗だけど成功? この感じは多分私が探してる……。……ねえお姉さん、合言葉は?」

(っ…………!?)

 

 茂みから顔を出したのは、まだあどけなさを残した顔付をしている私。恐らく16歳そこらだった時の私だった。普通なら自分が目の前に居ることに混乱するのだろう。けど、私は違った。それは感覚に頼ったものであり、とても論理的ではない。

 

 でもなんとなく、本当になんとなくなんだけど、私の知っている……私にとって大事な私な気がしたんだ。消えたはずのあの子かも知れないという事実に、私の心臓はいろいろな意味で大きく跳ね続けた。そして彼女から問いかけられた合言葉により、それらは一瞬で確信へと変わる。

 

【キルゼムオール・ファッキンゴッド!】

「やっぱり……やっぱりお姉さんだ! 会いたかったよ! 会いに来たよ、お姉さん!」

 

 彼女は私の為に消滅を選んだ少女。私と苦楽を共にした藤堂 黒乃その人だった。

 

 

 

 

 

 

「……ろの……」

「……ろの……。起き……さ……」

「んっ……?」

 

 浅い眠りについていた少女は、自身を呼ぶ声に反応して目を覚ます。とはいえ、その身はまだ2桁もいかない年齢であり、可愛らしく目元をこする姿が印象的だった。目を覚ました少女————黒乃は、声をかけてきた両親に何度も視線を向ける。

 

「もうすぐ家に着くよ」

「そろそろ起きてないと、夜寝られなくなっても知らないわよ~?」

 

 その視線を愛娘がなぜ起こしたのか問いかけているのだと判断した父親――――和人は、手短に説明を施した。それに乗るかのようにして、母親――――白雪は、悪戯っぽい笑みと共にうりうりと黒乃の鼻先を突く。しかし黒乃の反応は薄いもので、表情は一気に心配そうなものへと色を変えた。

 

「どうしたの? ずっと車で具合悪くなっちゃったかしら?」

「ちがうの。うそついておでかけしたのに、いちかくんにプレゼントかえなかったから……」

「そう心配しなくても大丈夫だよ。キチンと事情を説明すれば、一夏くんも解かってくれるさ」

「それにしても、なんだったのかしらねぇ。原因不明の爆発事故――――か、う~ん……?」

 

 本来は藤堂夫妻の命日になるはずだった運命の日。あの日の藤堂一家は、好きで織斑姉弟を置いて出かけたわけではないようだ。家族旅行だというのに連れて行ってもらえなかったというのは、一夏の中でも長年の疑問でもあった。この事実を向こうの一夏が知ることはないが、ちゃんと理由というものが存在していたようだ。

 

 かつ、黒乃の言葉からして、置いてきてまで果たそうとした目的は果たせなかった。というのも、突如として上空でトラックが爆発するという謎の事件が発生したためである。これにより高速道路は一時閉鎖。おかげで長時間拘束され、藤堂一家は帰るだけで精一杯となってしまった。

 

「まぁお母さん、それは考えても仕方がないよ」

「それもそうよね。じゃあ黒乃、一夏くんにちゃんと説明できるかしら?」

「わたしがしないとダメだもん。いちかくんにね、ちゃんとごめんなさいってできるよ!」

 

 突然目の前からトラックが消えて、更にはそれが上空で大爆発ときた。和人の言う通りに結論になどたどり着けるはずもないので、白雪も話を本筋のほうへ戻す。母親らしく優しく問いかけてみると、とても愛らしくも素直で芯の通った言葉が返ってくるではないか。

 

 褒めるべきところは褒め、間違っている部分は正す。そんな当たり前な教育方針しか執っていないというのにこんな言葉が出てくるなど、和人も白雪も黒乃を心から誇らしく感じた。白雪は助手席から手を伸ばすと、穏やかな手つきで黒乃の頭を撫でた。

 

 黒乃がくすぐったそうにしている間に、車は藤堂家の駐車場の上で止まる。時分も遅いというのにまだ明かりが灯されていた。恐らくは心配して千冬が起きているのだろうが、それなら向こうも車の音で両親の帰宅を察知しただろう。すると、玄関の扉越しにドタバタと騒がしい音が響き始めた。

 

「父さん、母さん、それに黒乃!」

「うん、ただいま。連絡は入れたとはいえ心配だったよね」

「本当、ごめんなさいね。なかなか状況説明が難しかったのよ」

「いえ、私も心配が過ぎたのはありますが……。とにかく、無事でよかったです」

「おねえちゃん、ただいま!」

「フッ……。ああ、おかえり、黒乃」

 

 凄まじい勢いで扉が開くと、血相を変えた千冬が3人を出迎えた。それに反して藤堂夫妻および黒乃はピンピンしているもので、千冬はそこでようやく安心することができたらしい。謎の爆発事故についてのニュースを見てからというもの、ずっと気を張り詰めていたのであろう。

 

 しかし、それも明るく元気な妹分のおかげで全て吹き飛んだ。黒乃は花丸満点の笑顔で千冬を見上げ、出迎えた者へいうべき言葉を贈る。これには千冬も頬を緩め、膝を折って目線を合わせてからおかえりと返す。そんな千冬の反応を満足げに受け取ると、黒乃はパタパタと靴を鳴らしながら自宅へと上がっていった。

 

「いちかくん!」

「くろの……? くろの!」

 

 勢いそのままリビングへ駆け入ると、まず黒乃の目に映ったのは一夏の姿だった。きっと3人が帰るまで起きていると駄々でもこねたのだろう。しかし寝落ちしてしまったらしく、黒乃の呼び声で目を覚ましたらしい。一夏は黒乃の無事を確認するや否や、寝ていたソファから転がり落ちるようにして近づいていく。

 

「よかった、しんぱいしたんだぞ!」

「い、いちかくん……!? あぅ……」

 

 よほど心配だったのか、一夏は勢いよく黒乃へ抱き着いた。腕にはかなりの力が込められており、正直苦しいくらい。しかし、一夏へ恋慕を抱く黒乃からすれば嬉しさやら混乱やらが混ざってそれどころではない。一方、一夏と黒乃をひっつける野望を抱く白雪は、一転としてオバサン臭い笑みでその様を見守る。

 

「え、えっとね、あのね、いちかくん」

「あ、ごめんな、いたかったか?」

「その、そうだけどそうじゃなくて……。えっとね、うそついてごめんなさい!」

「うそ? うそってなんのことだ?」

 

 本当のところはずっと抱きしめていられたいところだったが、このままでは話が先へと進まない。とはいえ混乱の大きいままでは建設的にならず、一夏からすれば意味の解からない謝罪を受け取るところから始まってしまった。キョトンとした一夏に説明らしい説明ができないのか、黒乃はただまごつくばかり。すると和人が助け船を出した。

 

「一夏くん、僕からも謝らせてくれないかな。今日2人を置いて出かけたろ?」

「うん、あそびにいくって……」

「それが嘘だったんだ。ほら、これを見て」

「おれがほしかったオモチャだ!」

 

 藤堂一家の外出に同行を許されなかった一夏は、それはもうグズったものだ。家族なのに着いて行けないなど、子供に対しては酷なことだろう。だが、それにはちゃんとした理由というものがあった。それは和人が一夏に手渡した一枚のチラシが物語る。

 

 一夏は年齢的に読むことができないが、そのチラシには玩具が入荷した旨の内容が書かれていた。その玩具は一夏と同様の年齢層、特に男子の間で大流行している。ゆえに一夏も購入しようと各所玩具店を回ったが、どこも品切れである回答しか得られない。露骨に残念がる一夏は和人にも印象的だった。

 

 そんなある日、新聞の折り込みで例のチラシが入っていたのだ。しかし店舗の住所をよく見てみると、それは藤堂家宅からかなり離れた場所だった。それを見た和人は、サプライズを計画するに至る。要するに下げてから上げるというやつ。

 

「まぁ、ご覧の通りトラブルが起きて台無しになっちゃったよ。本当にごめん、一夏くんを悲しませるだけになってしまった」

「だからごめんなさい、いちかくん」

 

 謎の爆破事故のおかげで、結局は店にすら辿り着くことができなかった。これでは置いて行くとまで残酷な行いをした意味すらない。一夏は落胆して損しただけということになる。黒乃も計画に一枚噛んでいて、収穫なしなうえで嘘の外出をしたのが心苦しいらしい。和人のフォローを受けてもう一度謝罪をしながら頭を下げた。

 

「そんなのいらないよ! おれ、みんながぶじですっげぇうれしい!」

 

 父と幼馴染の謝罪を受けた一夏は、大きくかぶりを振ってからチラシをそこらへ投げ捨てた。一夏は子供心に思ったのだ。一時の流行りである玩具なんかより、黒乃たちが怪我なく帰って来てくれたことに価値があると。黒乃たちはかけがえがないのだから。

 

 事故のニュース速報が流れた時、それが藤堂一家を乗せた車の向かった先だと察した千冬の姿。一夏はあんな青ざめた顔の姉を始めてみた。そして姉は慌てて電話をかけながら自分にこう告げる。なにも心配するなと。それはどだい無理というものだ。

 

 家族になにかあったかもというのは、まだほんの小さな一夏にも解かった。そしてこんな考えが過ってしまう。もう3人が帰って来ないのかも。瞬間、一夏を支配したのはひたすら絶望のひとことのみ。実際は杞憂で済んだが、改めて家族の存在の大きさというものを知らしめられたのだ。

 

「それにとうさん。おれ、くろのがいっしょにあそんでくれたらたのしい! たのしいからさ、オモチャはなくてもだいじょうぶだ!」

「いちかくん……!」

「だからさくろの、これからもずっとおれといっしょにあそぼうな。うそついたばつだ! ぜったいおれからはなれたりすんなよ!」

「言質ゲーット!」

「母さん、頼むから後にしてください」

 

 失う恐怖を味わったからこそ、一夏はハッキリと黒乃が居てくれればという感覚を心に宿した。白雪はこの発言を将来のための言質だと盛大にガッツポーズ。だが、残念ながら現時点では情熱的な意味は持ち合わせてはいない。

 

 いずれこの想いが恋慕へと昇華するかどうか、それは未来が変わったこの次元において100%といい切る事は不可能。しかし、少なくとも一夏の想いそのものは本物だ。今の一夏にとって、黒乃は自信の隣に置いておくべき大事な人物なのだから。

 

「くろの!? なぁ、なんでないてるんだ? もしかして、やっぱりどこかいたいのか!?」

「え……? あ、あれ? わたし……」

 

 一夏が黒乃の様子を伺っていると、ふいにその双眸から涙が零れ落ちるのを目撃した。自分がなにかしてしまったのではとアタフタし始める一夏だが、涙が出る原因は黒乃にも解からない。なんなら、指摘されなければ気が付きさえしなかったろう。

 

 確かに一夏の言葉が泣きたいくらいに嬉しいかったのは間違いない。けれど本人にもよく解からない。それはすなわち嬉しかったり、または悲しかったりで涙したということではなうようだ。不思議なことにその涙は、拭っても拭っても止まることはなかった。

 

「なんで、どうして……!? 止まらないよぉ……!」

 

 泣きたいような状態ではないというのに止まらない涙。黒乃は、次第にこの現象に対して恐怖を覚え始めた。するとその時、またしても一夏が黒乃を抱きしめた。ただし、先ほどとは異なり壊れ物を扱うように慎重な抱擁だった。そして一夏は、周囲に向かってこう促す。

 

「くろのがないてたらだきしめてやれって、かあさんいってたじゃんか! ほら、みんなも!」

「ふふっ、そうね。ちゃんと覚えてて偉いわ一夏くん。それじゃ……ぎゅ~っ!」

「母さん、ちゃんと加減はしてね。ほら千冬ちゃん、キミもおいで」

「いや、私はそういうのは向かな――――あぁ……解かった。一夏、解かったからそんな目で見るな」

 

 白雪が以前に仕込んだらしい知恵を覚えていたのか、一夏は家族の抱擁により黒乃を泣き止ますのだと主張する。そう言われては母親の顔が立たないと白雪。そして愛娘と愛息を大黒柱として包む和人と続き、それとなく辞退しようとしていた千冬も弟の必死な訴えに根負けする形で参加。

 

 団子のようにギュウギュウな状態になりながらも、黒乃は家族の絆という名の温もりに包まれる。それでも涙が落ち着くのはしばらく経ってからとなるが、家族たちはずっと抱き留めていてくれた。黒乃は涙しながら思う。時分はなんて幸せな家庭に産まれて来たのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 それから私は夢を見るようになった。なにかよく解からない真っ白な空間で、誰か人と話している夢を。最初の内はその姿もボヤけていたり、声もイマイチ聞き取ることができない。けど、その人と会っている夢を見ると、すごく安心するのだ。

 

 私が年を重ねるごとに誰かさんの姿も、声も、だんだんと鮮明になっていく。変なことを言うが、その正体は私ではない私。姿形は私そのものなんだけど、中身からして確実に私ではないということが理解できる。その私はなんというか、ひとことで例えるなら変な人。

 

 声が聞き取れたところでなに言ってるのかよく解からないし。なんか無駄にテンション高くてノリもよくて、おまけにいろいろはっちゃけている。でも、私はそんな彼女を姉だと思うようになっていった。彼女の言葉は、いつも私を勇気づけてくれたから。

 

 くじけそうなことがあったときとか、むしろ彼女と会う夢を見る。彼女は私を励まそうって想いが先行するのか、空回りすることのほうが大半で……。けど、そんな空回りを見ているうち、悩みなんてどうでもよくなっちゃうんだよね。そこが彼女の凄いところ……なのかな?

 

 とにかく、私は彼女と一緒に生きているも同然だとまで思うようになる。彼女のことをもっと知れたら、彼女が本当はなんなのか知れたのなら。年を重ねるごとにその考えは強くなっていく。そんな折のことだった。代表候補生徒として選出された私に、専用機が譲渡されたあの日――――

 

「この機体の名前は――――」

「……刹那?」

「うん? おやおや? あれれ? おかしいな。僕、先に名前とか言っちゃってたっけ?」

「えっ……? な、なんででしょう。なんか自然と刹那って名前が過って……」

 

 専用機の開発者である近江さん――――近江 鷹丸さんの声を遮るかのように、私は当たり前のように専用機の名を呟いていた。なんでだろう。この感じはあの日の涙と似ている気がする……。近江さんは不思議なこともあるものだねぇ、なんて大して気にしていない様子。

 

 けど、本当になんだろう……。この機体、刹那を見ていると、なんだか鼓動が早まっていく。久しぶりに大切な人と会う約束でもして、対面する前とかにも似た緊張感と期待感が止まらない。近江さんはいろいろと説明してくれていたみたいだけど、申し訳ないながらほとんど頭には入らなかった。

 

「じゃ、さっそく乗ってみてよ。遠慮なくどうぞ」

「はいっ!」

 

 期待感があったためか、近江さんのゴーサインに待ってましたと言わんばかりに刹那に乗り込む。操縦桿、フットポジション、イメージインターフェースの感度……。これは、なにもかもが懐かしい。やはり私は、この機体のことを知って――――

 

(っ……!?)

 

 刹那に懐かしさを感じたその瞬間、脳みそに電撃でも走ったかのような錯覚を感じた。だがその瞬間に流れ込んできたのは確かな記憶。あぁ……なんていうことだろう。これを奇跡と呼ばずして、他にどう例えればいいのか。お姉さん……! 私……私は、消えずに済んだみたいだよ……!

 

 夢に現れる私ではない私。その正体は紛れもなく私の大好きなお姉さんそのものだった。どうして私は、こんな大事なことを忘れてしまっていたんだろう。情けなさというのもあったけど、大切な人を思い出せたという喜びで胸がいっぱいになってしまう。それは涙という形であふれ、私の目から零れ落ちていく。

 

「黒乃ちゃん? もしかして、体調が悪いとかかな。もしそうなら遠慮なく頼むよ。もちろんだけど、パイロット優先で僕らは動くからね」

「いいえ、続けさせてください。今は一刻も早く、刹那で空を飛びたいです!」

 

 そりゃ、いきなり涙なんて流されたら心配もするだろう。思い出したから多分この人は敵だけど、近江さんは心配そうに声をかけてくる。しかし、後は私の言葉通り。一刻も早く刹那を動かして、一刻も早く最終形態移行まで進化させなければ。

 

 赫焉覇王・刹那には次元を超える可能性すら秘めている。そうすれば、お姉さんにだってもう一度会うことができるかも知れない。そう考えると、うれし涙だろうとこんなところで泣いている暇じゃない。私は刹那の腕部装甲で涙をぬぐえば、近江さんに続行を訴えかけた。

 

 あの日と違い、もう涙が止まらないなんてことはなかった。それはそうだろう。だって今の私は、大切な人に会いに行くっていう目的ができ、とてつもなく前向きな気持ちなのだから。だから待っててお姉さん、必ず私が――――

 

(会いに行ってみせるから!)

 

 そんな意気込みとともに、私は希望あふれる空へ、刹那とともに舞い上がった。

 

 

 




どこかでハッピーエンドをお約束しました。
オリジナルが消えてハッピーエンドになるはずないでしょうに!
じゃあ黒乃の傷心はなんだったのとかは言わないお約束で。
次話は再会した2人からお送りいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。