八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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タイトル的に最終回っぽいですけど、もう少しだけ続くんじゃ。
今話はどうしてオリジナルが消滅せずに済んだか、あたりについてです。
まぁ、フワッとした理由なんですけれども……。


第138話 それじゃあまたね!

「――――っていうことがあってね」

 

 赫焉覇王・刹那まで進化を果たしてからというもの、黒乃ちゃんはずっと私を捜して次元移動を繰り返していたようだ。もはや気の遠くなる回数を重ねてようやくということみたいだけど、この話を聞くに黒乃ちゃんのほうが久遠転瞬を使いこなしているようだ。

 

 だって、私はあの日以降に次元移動をできた試しがない。その代りと言ってはなんだが、時空移動のほうは完璧なんだけど。私の身体は黒乃ちゃんの借り物なわけで、私が黒乃ちゃんのポテンシャルを100%発揮できてはいなかったということなのかな。

 

 迷子になったという事情を説明してから黒乃ちゃんに空輸してもらっている最中、腕の中でなんとなくそんなことを考えてしまう。考えてしまうと言えばひとつ気になることも。そもそも、どうしてこちらの次元で消えたはずの黒乃ちゃんが、こうして無事にしていられるのかという点についてだ。

 

「私もいろいろ考えたけど、確かなことはやっぱり解からないよ。だからあくまで仮設になるけど、多分あの日助けた私が、それこそ私だったんじゃなかったのかな」

【ちょっと待って、整理する】

 

 え~っと、あの日助けた黒乃ちゃんが黒乃ちゃんだったって話。……つまり、後に私となる私を助けたのと同じ原理だろうか。例えば今から時間を巻き戻せば、必ずあの日に辿り着くってこと。だから事故そのものから救出した黒乃ちゃんの次元でも同じことが起こるはず。それは――――

 

【無数に存在する次元の中から】

「そう、たまたま私の過去を引き当てたっていうことになるね」

 

 もし本当に黒乃ちゃんの言葉通りとするのなら、それは奇跡なんていう台詞すら安っぽくなってしまう。だって、もしもの世界なんて無量大数に等しいんだよ? その中から引き当てたってそんな、そんなのって……。よかった。ただただ今の私にはその言葉しか浮かばない。

 

「ここでの記憶が引き継がれた理由は流石に解からない。でも、私としてはお姉さんとの絆がそうさせて――――って、どうしたのお姉さん!? 私、今からいいこと言おうとしてたんだけど……」

【なんでもいい。生きててくれてありがとう】

「……そっか、そうだよね。お姉さんには辛い想いをさせちゃったよね」

 

 黒乃ちゃんの表情を見れば、その人生は順風満帆であることが見て取れる。だから本当によかった。消えなければならないという過酷な運命を背負わされた彼女が、ここではない別のどこかで人並の生活を送れている。黒乃ちゃんが消えることを強いた私としては、涙が溢れて止まるはずもなかった。

 

 震える手で空間投影キーボードを叩くと、黒乃ちゃんは表示された文字を読んでなんとも言えない表情を浮かべる。そこには私への申し訳なさや、私に対する感謝とか、さまざまな感情が入り乱れているのだろう。けど、黒乃ちゃんがそんな表情をしていることさえ嬉しいや……。

 

【そっちの話を聞きたい】

「うん、もちろん! えっと、なにから話そうかな。私も聞いてもらいたいこと、沢山あるんだ」

 

 私の生きる次元と黒乃ちゃんの生きる次元では、かなりの差異があるはずだ。だから、黒乃ちゃんがここまで見たこと聞いたこと、そして感じたことを耳に入れておきたい。黒乃ちゃんの様子はさきほどと一転、私に聞いてほしいことがあると花のような笑顔をみせてくれた。

 

 存命しているお父さんやお母さんの話とか、ちー姉の話とか。箒ちゃんや鈴ちゃんといった友達の話とか。そして、イッチーの話とか……。それらを語る黒乃ちゃんはなんとも楽しそう。本当に聞かせたいことが多いのか、マシンガントークが止まることはなかった。

 

「それからそれから……。あっ、そうそう! 一夏くんには中学の頃に告白されてね! ロマンティックさではお姉さんに負けちゃうかもだけど、想いが叶ったのがとにかく嬉しかったよー」

【黒乃ちゃん喋られるしね】

「アハハ……。やっぱりそこのアドバンテージは大きいのかな」

 

 適度に相槌をいれながらも、そうやって他愛もない話を続けた。この感じはなんだか懐かしい。私にとっては5年ぶり、黒乃ちゃんに至っては16年ぶりとなるせいかな。黒乃ちゃんも同様のことを考えていてくれるのか、時折しみじみとした様子が見受けられる。

 

 しかし、そんな懐かしいやり取りはもうすぐ終幕。私たちの結婚式場となる教会がみえてきた。まだまだ話足りないというのに、私たちはどちらともなくピタリと会話を止めてしまう。そして黒乃ちゃんが息を震わせながら吐くと、なにかをこらえるように切り出した。

 

「今度こそお別れだね、お姉さん。……解かってると思うけど――――」

【解かってる。私たちは会ってはいけない】

 

 黒乃ちゃんは、自分が本来してはならない禁忌を犯している自覚があるようだ。次元移動、それは異なる世界への干渉。誰が取り締まるでもないだろうが、この再会ですらどんな影響があるとも解からない。すなわち、黒乃ちゃんの次元移動はこれで最後となるはず。

 

 それは、今度こそ私たちの永遠の別れを意味していた。再会できたこの数分に意味がある。あの日のような悲しい別れというわけでもない。だというのに、私と黒乃ちゃんは言葉を紡ぐことはできなかった。だけどここは私から。だって私は、黒乃ちゃんのお姉さんなんだから。

 

【絆、だよ】

「お姉さん?」

【私たちは繋がっている】

「……フフッ、そうだね! 例え次元を隔ててたって、私たちは二人で一人! それはどんな場所だって、世界だって、次元だって、代わらない……よね……!」

 

 こうしてタイピングで会話ができるようになったとはいえ、文章を簡潔にまとめなければならないため少しばかり淡泊になってしまう。けど黒乃ちゃんには私の想いは伝わったらしく、迷いのようなものは吹っ切れたようだ。それでも、泣き笑いになってるけどね。まぁ私もなんだけどさ。

 

「あっ、一夏くん……。白式も装備してる……? なんにせよ好都合かな」

【どうしたの?】

「なんでもないよ、お姉さん。それじゃあまたね。さよならは言わないよ!」

(へぁ……? な、なんでこの位置でリリースぅぅぅぅぅぅ!?)

 

 ハイパーセンサーで地上の様子でも伺っているのか、黒乃ちゃんがブツブツと呟き始めた。なにごとかと問いかけてみるも、見事にはぐらかされてしまう。気になるせいでクエスチョンマークを浮かべて黒乃ちゃんを見つめていると、あろうことか別れの挨拶と共に手を離すではないか。

 

 上空、とまでは言わないながらもかなりの高さがあるわけで。要するに私はこのまま転落死である。確かに目撃されたらややこしいことになるかも知れないが、これは流石にあんまりじゃないかなぁ!? 手足をバタバタさせて不満を表現していると――――

 

「お姉さぁぁぁぁん! 結婚おめでとぉぉぉぉっ!」

(あっ、うん! ありがとーっ! ……じゃなくってええええええ!)

 

 黒乃ちゃんはそれだけ言い残すと、久遠転瞬を用いて自分の居るべき場所へ帰っていった。反射的に感謝を述べてしまったけど、この状況がとても感謝できるもんじゃないんですけどねぇ! そうやって私が走馬灯的なアレを垣間見ていると、それなりの衝撃が背に走った。

 

 けどこれは地面じゃない。ええ、今でも地面に激突する衝撃は強烈に覚えていますとも。でも、なんなのかは考えるまでもなかったのかも知れない。だって、いつだって同じようにしてくれたから。こういう時に私を助けてくれるのは、私が世界で最も愛しく想う人――――織斑 一夏以外にいないじゃないか。

 

「ったく、随分と派手なご登場だな新婦さん」

 

 

 

 

 

 

「やっぱり一緒に来るべきだった……」

「だから言ったろうが、この戯け」

 

 理由があって黒乃より後に式場へ到着したはいいが、本当に黒乃が居ないじゃないか。多分だけど、俺が言った通りに電車で寝過ごしでもしたのだろう。式の開始時刻が迫る中、俺は控室で項垂れるしかなかった。そんな俺に対し、箒の辛辣な言葉が突き刺さる。

 

 だが反論の余地はない。心配があったのだから、素直に箒や簪の言う通りにしておけばということ。刹那は本部に置いてきているようだし、携帯もなぜだか繋がらない。黒乃の現在位置すら把握できないこの状況に、周囲の人物たちは大きく溜息をこぼした。

 

「中国からとんできたってのに、なんかウッカリに拍車がかかってんじゃない?」

 

 そう言うのはなにかと黒乃に過保護な鈴。現在は中国の支部にて選手をしながらも所属的には俺たちと同じ。世界クラスの大会等でも常連で、今や知らない人のほうが少ないだろう。しかし、ウッカリに拍車……な。それは俺も同感。というか、黒乃の症状が回復するのと反比例している気がしてならない。

 

「仕方ないわよ。というか、そこもあの子の魅力よね。そうでしょ、一夏くん?」

「まぁ、否定はしませんけど」

 

 保護欲と書かれた扇子を広げて楯無さん。彼女は俺たちと同じ所属ということはない。が、更識うんぬんでかなりの協力を得ている。まぁ、俺たちが表立って動けないようなのを肩代わりしてもらっているので申し訳なさもあるが。

 

「話が戻るけど、大事な日に限っていうのがなんとも黒乃らしいよね……」

 

 苦笑いしながらシャルロット。彼女も所属はしていないながら協力を得ている。シャルロットは現在デュノア社の秘書で、俺たちとのパイプ役のような存在だ。でもフランスで起きたような案件には出撃してもらっていて、ラピットスイッチは現在も健在である。

 

「心配が過ぎるのもよくないぞ。なに、姉様ならそのうちひょっこり顔を出すさ」

 

 相変わらず男前な発言が冴えるのはラウラ。ドイツ軍人という元々の出自からして、彼女もやっぱり所属はしていない。だがお互いに協力を要請し合うせいか、他所属であることを忘れてしまうことも。最近は昇進したとかなんとか言ってたな。

 

「たいていのことは黒乃さんですから、で片付きますわ。……良し悪しはありますけれど」

 

 いろんな意味での規格外っぷりを思い出すかのようにセシリア。セシリアはイギリス支部にて俺たちと同じ所属なのだが、逆にISに乗る機会は減っている。最近はセシリア本来の務め、貴族としての務めに尽力しているのだ。天皇陛下への謁見とかで来日ってニュースに豪く驚いた記憶は今でも新しい。

 

そうやって黒乃のらしさについて語っているおかげか、陰鬱な雰囲気はいくらか緩和された気はする。しかし、黒乃が遅刻したことそのものは変えようがない。セシリアの台詞を最後に、俺たちは示し合わせるかのようにまた溜息を吐いた。それから数秒時が流れると、思い出したように箒の質問が飛ぶ。

 

「そう言えば、簪はどこなんだ?」

「例のやつでスタンバイ中。なんか簪のやつ、俺や黒乃よりも気合入っててさ……」

「あらあら相変わらずねぇ、私の妹ちゃんったら」

 

 例のやつってのは、端的に言えばサプライズを計画している。それを実行するためにいろいろと手回しをしていたため、黒乃と一緒には行動できなかった。で、簪はそのサプライズの実行員をかって出てくれたということ。むしろ自分を指名しないのはどういうことか、くらいのテンションでもあった。

 

 実の姉である楯無さんとしては微妙な気分なのか、今度は熱烈と書かれた扇子を開く。そうだよなぁ、簪もいい加減に慣れないもんかなぁ。もう5年の付き合いにもなるし、同じ所属なんだからそんなミーハーなファンっぽい反応はそろそろお腹いっぱいだ。多分だけど、一生あんな感じなんだろうなぁ。

 

「簪、もしかして黒乃が遅刻したの知らないんじゃ?」

「あっ、そういや知らせるの忘れてた」

「アンタら夫婦の行く末が心配過ぎるわ!」

「まぁそう怒るなって、今ならまだ間に合うから」

 

 スタンバイしているということは、黒乃の不在を知らないはず。どうやら失念してしまっていたらしく、シャルロットの言葉でようやく思い出した。少し抜けているのは俺も同じと言いたいのか、鈴が怒号をあげてしまう。どうやら俺の呑気な返しも気に入らないのか、白式の通信機能を操作している間もジトっとした視線を送られる。

 

 なんだか懐かしく感じるやりとりをしながら打鉄弐式の反応を追っていると、思わず目をひん剥きたくなるような表示が見えた。ここから割と近所、凄まじい速度で迫る赫焉覇王・刹那の反応を感知している。俺は思わず勢いよく椅子から立ち上がってしまい、そのせいで何人か驚かせてしまったようだ。

 

「一夏さん、なにごとですの!?」

「刹那の反応だ。ほら!」

「姉様はISを置いてきたのではなかったのか」

「おい一夏、私は壮絶に嫌な予感がするぞ」

「奇遇だな箒、俺もだ!」

 

 俺の反応が至極まっとうであることを解かってもらうため、みんなに向かって白式のマップを見せてやる。そこに確かにある赫焉覇王・刹那という表示を前に、みんなは一斉にやっぱり黒乃かみたいな表情を浮かべた。すぐさま俺に詰め寄った箒は、俺が考えていたこととまったく同じ言葉を口に出す。

 

 もはやみんなには構ってはいられず、タキシード姿で動き辛いながら、俺は気づけば外の方へ走り出していた。外へと出る通路の途中、千冬姉が俺に声をかけてくる。最高司令官ゆえ、常に俺たち直属の所持ISの位置を把握できるらしい。今となっては義妹の変わらない滅茶苦茶ぶりに、居ても立っても居られなかったのだろう。

 

「一夏、その様子なら気づいているようだな」

「ああ、なんな急がないとまずい気がしてさ」

「はぁ、私の義妹は本当……。一夏、さっさと連れて来い。来賓の対応はしていてやる」

「解かった!IS展開するけど、許してくれよな!」

 

 千冬姉は目元を押さえるような仕草を見せるが、他の隙間から覗く表情はどこか楽しそうにも感じられる。ある意味でいつまでも変わらない黒乃のらしさ、そこのあたりを千冬姉は嬉しく思う部分もあるのだろう。そんな姉の行ってこいという言葉を受け、俺は出入り口を勢いよく開いて外へ飛び出た。

 

 そして晴天を見上げると、チカチカと光る赤黒いエネルギーが。すぐさまハイパーセンサーをオンにすると、不思議なことに刹那を纏った黒乃が黒乃を抱えている。ますますもって意味が解からん。そうやってまじまじとW黒乃を眺めていると、あろうことか刹那の黒乃が私服の黒乃を落としてしまった。

 

「嘘だろおい!」

 

 多分向こうも俺か白式を装備しているからこその行動だろうが、それは流石にあまりにもじゃないだろうか。すぐさまISを展開して飛び立つと、落ちてくる黒乃を受け止めるべく腕を大きく広げた。刹那の方はせっせと久遠転瞬で消えてしまった。それならそれで構わない。俺の黒乃を怪我なんてさせるものか。

 

「ったく、随分と派手な登場だな新婦さん」

【ごめん】

「それ、なにに対してだ? 言っとくけど、謝らないとならないこと山ほどだからな」

 

 黒乃を優しくキャッチすると、まず始めに皮肉をかましてやる。別に怒っているなんてことは全くないが、好きな相手には意地悪したくなる的なあれだ。俺の言葉に黒乃は申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。本当は本当に怒らなければならないのだろうが、こんな時でも可愛くて愛おしいと思ってしまう。そんな俺も、相変わらずなのだろう。

 

 とにかく、黒乃が無事でいてくれたのならなんでもいい。今俺の中にあるのはそれだけだった。そのままゆっくり高度を下げて行くと、白式の両脚はしっかりと地へつく。俺が黒乃を降ろしたのと同じタイミングほどだろうか。遅れてやってきた専用機持ちたちも姿を現した。

 

「黒乃! 遅刻はこの際だ。息災なようでなによりだぞ」

「久しぶりにお会いできて嬉しいですわ。空からのご登場は予想外ですけれど」

「アンタもそろそろ落ち着きってもんを――――まぁいいわ。黒乃、久しぶり」

「きっと黒乃が一番焦ったよね。大丈夫だよ、僕らはいつまでだって待てるから」

「とはいえ急がねば。姉様、さもなければ簪が――――」

「あぁ……構わないわよラウラちゃん。もう手遅れみたい」

 

 俺たちの元へ集まって来た女性陣は、こちらには目を向けず思い思いの言葉を黒乃へ送った。一度に対応のできない黒乃は困っている様子だが、よほど心配していたのかなかなか喧騒が止む気配はない。そんな中でもラウラはあることに言及しているのだが、どうやら楯無さんの言う通り手遅れとなってしまった。

 

 ふと、ひらひらと花びらが舞い降り黒乃の頭に乗った。それを皮切りにするかのように、空から色鮮やかな花びらの雨が降り注いでくる。黒乃は表情からして喜んでいるようだが、本来ならもっと喜んでもらえる予定だったんだけどな。だがこうなってしまっては仕方がなく、俺はネタをばらすことに。

 

「これ、サプライズしようと思ってたんだ。一緒に来られなかった理由はこれ」

【どういうこと?】

「……この花な、母さんが勤めてた花屋からの贈り物だったんだ」

 

 俺と黒乃が籍を入れて戸籍上で夫婦となった際、世話になった方々に直接尋ねに向かった。勿論、父さんと母さんの勤め先、そこの関わりが深かった同僚や上司や後輩さんにも。そして母さんの花屋にて、かつて同僚だった現在の店長さんが俺にこの案を持ち掛けてくれた。

 

 挙式本番まで時間があったため、特別に母さんの好きだった花を育ててくれて……。そして近日芽生えた花を大量の花吹雪にし、ISを用いて空から撒くということに落ち着いた。しかし気合が入っていたのか量が量で、なんと貨物コンテナ規模。トラックで運ぶという手は勿論あったが、母さんが絡むとなると俺が運びたいというワガママが生じて白式でここまで運んで来たということ。

 

 で、撒く役買って出たのは簪。というより、この話を相談した時にやると即答されたもんだ。タイミングとしては、俺たちが式を終えて出て来たところに花吹雪が舞う予定……だった。簪もこちらに出ていいか確認しなかったところをみるに、気が逸って聞き損ねたのだろう。

 

「…………」

「黒乃……」

【ありがとう。きっと2人とも喜んでる】

「……ああ!」

 

 黒乃はひとひらの花びらを両手で受け止めると、それを胸元で握りしめる様な仕草を見せた。なにかを噛みしめているような印象を受けるが、それはきっと後ろ向きなものではないはず。その証拠に、こちらへ振り向いた黒乃は目が覚めるくらいの笑みを向けてくれた。

 

『一夏……これどういう状況……?』

「ん? あ~……悪い、いろいろあって黒乃が遅刻したの伝え忘れてさ」

『……失敗?』

「いや、順番が前後しただけの話だろ。黒乃も喜んでるしな」

『…………そう、ならいい……。今から降りる……。先に行ってて……』

 

 ハイパーセンサーで確認し様子がおかしいと思ったのか、静かだが怒気を孕んだような声色が耳元に響く。無論この日に全てを賭けてくれていた簪からの通信だった。素直に謝りながら事情を説明する最中、黒乃の名前を出した途端に簪のご機嫌は急転。

 

 更に地上から簪を見つけた黒乃が感謝を込めたであろう手を振り始め、簪は満面の笑みを浮かべ始める始末。なんというか、解かり易いことこの上ない。まぁ、黒乃をダシに使った俺が言えたことではないか。さて、それなら本当に少し急ごう。沢山の人たちを待たせてしまっているからな。

 

「ほら黒乃、ドレスに着替えて始めよう。俺たちの結婚式をさ!」

【うん、あなた】

 

 白式を解除して黒乃に手を差し出すと、なんだかむず痒くなる返しが。どうやら黒乃は大事な時に俺をあなたと呼んでくれていたらしく、初めてそれが発覚した際には一日中ニヤけが止まらなかったものだ。だが、これからそれは本当のことになる。

 

 戸籍上は既に夫婦だが、俺はもうすぐ本当の意味で最愛の女性の夫になるんだ。この誇り高く、気高く、美しく。それでいて天然気味で、どこか危なっかしく、可愛らしいこの女性の夫に。きっと黒乃は贔屓目抜きで世界最高の妻になってくれることだろう。

 

 だから俺も、せめて黒乃のためだけには最高の夫でいなければ。胸に抱くはそんな未来への期待感。そんな希望に満ち溢れる未来を、俺はこれから黒乃と歩いていくことだろう。例えどんなことがあろうとも、黒乃の隣に在り続ける。俺はそんな誓いを胸に、重ねられた黒乃の掌を力強く握り締めた。

 

 

 




オリジナルの黒乃が赫焉覇王・刹那まで辿り着いた経緯?
むしろ本編よりも複雑になりそうなので勘弁してください。

黒乃が消えることはありません。
オリジナルの無事も確認できました。
というわけで、次話――――ついに最終回となります。
最後までお付き合いいただければ幸いです。

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