ですが、どちらから先に見ても特に問題は無いかと。
「おーい、丹波ちゃん。」
「あ、先輩……御用ですか?」
「今年度の選考会の参加者データ、もう纏めちゃってる?」
「それなら今とりかかっているところです。」
とあるIS乗り訓練施設に事務所にて、
参加資格としては、とにかくISにおいて優秀な成績を修めているか否か。仮に成績優秀者だとしても、参加者全員が不合格になるような狭き門だ。丹波とその先輩にあたる
「今年の参加者、緊急で1人増えちゃったんだけど……。」
「そうですか、入力し終わる前で良かったです。それなら……今年は全部で8人ですか?豊作ですねぇ。」
「そうね。それで、これ……資料。」
「ありがとうございます。え~っと、藤堂 黒乃さん……?公式戦出場経験なし……公式大会出場経験なし……って、これ……せ、先輩!」
前述したとおりに、参加資格としては何かしら成績を修めてる者だ。藤堂 黒乃を除いた7人は、入賞経験が当たり前のようにある。それなのに公式戦に出た事すらない少女が選考会へ出るとなると、丹波はすぐさまにコネを疑った。真面目な性格である彼女は、思わず立ち上がって三國へと抗議を始めようとするが……。
「言いたい事は解るけど、とりあえず落ち着いてね。」
「だって、不正ですよ……不正!どなたの推薦か知りませんけど、私は納得――――」
「ああ、もう……他言無用でお願いよ?誰の推薦かって言うと、あの織斑 千冬なの。」
「え……?ええええええ!?あ、あのブリュ……むごっ!?」
「お約束か!?他言無用って言ったでしょ……!」
驚きのあまりに、丹波は大声で叫びそうになってしまった。すかさず三國が丹波の口元押さえて、なんとか叫び声だけで済ませた……が。事務所は2人以外にも多くの女性が座っている。丹波は視線が集中しているのに気付いて、咳払いをしながら座った。そして三國と同じように声を潜めると、話を続けた。
「そ、それ本当ですか?」
「ええ、間違いないわ。……本人から電話あったし。」
「うわ~、先輩羨まし……じゃ無くて、だ……誰だろうと不正は不正です。」
「う~ん、でもさぁ……それこそあのブリュンヒルデよ?いくら弟子が可愛いからって、単純に参加なんかさせるかしら。」
三國の言葉に、丹波はなんとなく納得してしまう。もちろんだがこの2人は、千冬と特に繋がりがあるわけでもない。だが、人となりは把握できてしまうのが千冬の凄い所だろう。インタビュー等の様子だけでも、正々堂々とした人間であると伝わるのは素晴らしい事だ。
「でしたら、いわゆる秘蔵っ子って奴なんですかね?」
「あ~……それありそう。満を持して、いきなり選考会……って事かしら。」
「……参加資格は、十分にあるって認識で良いのでしょうか。」
「多分ね……。もしかすると、他の7人をぶっちぎる実力かもね。」
丹波が不正と表現したのは、参加資格が無いのに権力で資格を得させる事にある。もし黒乃がそれ相応の実力者ならば、またそれは話が変わってくる。胸中ではモヤモヤしているものの、取りあえず妥協する事にしたらしい。声の音量を元に戻すと、小さな溜息を吐きながら言う。
「そういう事なら、彼女も参加と言う事で。」
「うん、よろしくね。あ、そうそう……その子、失語症らしいのよ。だから、いろいろ気遣ってあげてね。」
「はい!……はい?あの、先輩……。私って、既に対戦相手は決まってるんですけど。」
「飛び入り参加だからさ、今から試験官捜してると間に合わないのよ。余所含めて丹波ちゃんが1番下っ端なんだから、まぁ頑張って。」
「は、はぁ……解かりました……。」
試験官は、様々なIS乗り教育施設から1~2人選出される。その年によってまちまちだが、参加者1人に対して試験官が1人割り当てられるシステムだ。丹波も三國も対戦相手は決まっている……が、サプライズゲストの登場により調整が間に合わなかったのだ。そのため、丹波が2人相手をする運びになったらしい。
なんとなく理不尽だと思いながらも、ブリュンヒルデの弟子とまみえるのは貴重な体験だと自分に喝を入れた。とにかく、三國の用事はそれで済んだらしい。丹波は再びパソコンと向かい合って、三國も他に用事があるのか事務所を去って行った。
◇
「丹波ちゃん、調子どう?」
「すこぶる良いですよ、先輩!」
「元気だね~。2戦目だけど、それなら問題なさそうね。」
「ええ、1戦目の子は……まぁ、単純にまだまだでしたから。」
そうしてやって来た選考会当日。試合前のピットには、出撃準備を始めている丹波とその調子を見に来た三國が居た。既に1人目との模擬戦を終えていた丹波だったが、相手にした少女の実力は不足していたようだ。そのおかげか、余力は十分といったところだろう。
「次はブリュンヒルデの弟子だし、出し惜しみはしない方が良いかも。」
「私はいつだって本気ですよ。それじゃ先輩、行ってきますね。」
「うん、気を付けて。」
黒乃の準備はまだだが、試験官としては先に出ておく義務がある。打鉄へと乗った丹波は、カタパルトから勢いよくアリーナへと飛び出た。それから数秒後といったところだろうか。向こう側のピットから、同じく打鉄を装着した黒乃が現れる。
その表情は凝り固まっているが、同性である丹波ですら見惚れてしまいそうなほど美しい。その凝り固まった表情こそが、また黒乃の美しさを際立たせている部分もあるのかもしれない。丹波はまるで、精巧に作られた人形のような印象を受けた。
「それでは、ルールの説明をします。試合開始から制限時間5分で、私と模擬戦をしてもらいます。勝敗は特に関係ありません、5分間どれだけ戦えるかを見ますので。……よろしいですか?」
「…………。」
「じゃっ、所定の位置にお願いします。」
ハッと我に返った丹波は、この選考会における特殊なルールについて説明を始めた。それはとてもシンプルな物で、要は短い時間でどれだけの実力を披露できるかに尽きる。たった5分という制限時間を宣告されても、黒乃は眉1つ動かさずに首を縦へと振った。それを了解の合図とした丹波は、所定の位置へと着くよう指示をする。
黒乃はとても大人しい物で、速やかに移動して指示通りの場所へと浮く。もちろん誰しもが黙って行動するだろうが、やはり黒乃の醸し出す雰囲気は何処か他とは違う。それこそ何か……王たる風格とでも言えばいいのだろうか?丹波は、そんな感覚を黒乃から察知した。
『試合開始!』
2人が開始位置へと着くや否や、即試合開始のブザーが鳴った。不意打ち気味であると参加者は思う事だろう。それもそのはず、即ブザーは意図的なものなのだから。代表候補生たるもの、気に緩みなどは一切許されない。不測の事態でも対処できるような冷静さを判断するためのものだ。
丹波は試験官である。フライング気味のブザーの件については、知っていて当然の事だ。つまり丹波は、大きなアドバンテージを得ている。すぐさま丹波は打鉄の近接ブレードである葵を抜刀。本人としては先制攻撃を与えるくらいのつもりでいたが、黒乃も同じく既に葵を抜刀していた。
「…………っ!」
「これは、やりますね……!」
丹波は思わず、たった1言で様々な意味合いのこもった賞賛の言葉を送った。やはり何と言っても、動揺の1欠片も見せないその冷静さだ。現に丹波が1人目に模擬戦をした少女は、突然のブザーに慌てふためいていた。だが黒乃は、バッチリと丹波の葵に葵をぶつける事で攻撃を防いでいる。
そして丹波は、刃を合わせただけで黒乃が剣に精通しているであろう事を察した。それまでの一連の動作が、綺麗過ぎるくらいだ。抜刀、構え、振り……その1つ1つが、黒乃の剣に対する経験則を知らしめる。しかし、これはあくまでIS同士での戦いだ。理は丹波に傾いている。
「動きが遅いですよ!」
これは剣道でなく、IS同士の戦いだ……とでも言いたげに、丹波は葵を前に押し出して黒乃とのわずかな間を作った。そこを逃さずに、丹波は葵の柄で思い切り黒乃の顔面を殴る。絶対防御があるとはいえ条件反射的に竦む者は多い。丹波は黒乃もそうだろうと、続けて突きを放った。
「そこっ!」
「…………!」
「なるほど、これは躱されましたか……。」
しかし、丹波の予想に反して黒乃はビクともしていない。ギリギリではあったが、突きは見事としか言いようがない反応で横へと回避された。すると、黒乃は一気に攻勢へと転じる。これまた綺麗な連続斬りが、無防備な状態の丹波を襲う。そこは不恰好ながらも葵で防ぐが、いずれボロが露呈してしまった。
「キャアッ!?接近戦では、こちらが不利ですか……なら!」
黒乃は見解通りに、剣の扱いに長けている。丹波の防御も並のIS乗り、とりわけ黒乃と同世代ならば切り崩せなかったかもしれない。丹波は単純な近接戦闘ならば、黒乃の方が上であるとすぐさま認めた。するとすぐさま葵の攻撃範囲から大きく離脱して、所持武装を焔備へと切り替える。
「これでっ……!」
丹波は落ち着いて狙いを定めると、黒乃へと向けて射撃を開始した。すると意外な事に、黒乃は棒立ちのままだ。焔備の放った弾丸は、全弾命中といっても過言では無い。近接戦闘が素晴らしかっただけに、丹波は何処か変な感覚が胸を過る。失望……というのは言い過ぎだが、ニュアンスとしてはそれに近いのかも知れない。
「足を止めるようではまだまだですね!」
その言葉は挑発などではなく、喝を入れると言った方が正しい。黒乃を含めて、まだまだ発揮できる実力は大いにある。黒乃は丹波の言葉に触発されたのか、次なる行動を開始した。しかし……特に考えらしい考えは見えなかった。なぜなら、黒乃は打鉄の盾に隠れてただただ真っ直ぐ突っ込んでくるだけだからだ。
「玉砕覚悟ですか……?それも評価には値しませんよ!」
丹波は、かまわず黒乃へと射撃を継続した。射線上にいる黒乃の打鉄は、まるで射的にでもなっているかのようだ。それでも黒乃は、気持ち悪いくらいに接近を試みてくる。ただ、ISの操作技術は上手であった。丹波はゆっくりと退き撃ちをしていたが、既に相当な距離を詰められてしまっていたのがその証拠だろう。
(流石に近すぎますね。ですがここは、回り込んで身体に弾丸を……。)
ここで背を向けて距離を取るのは、とてつもなく簡単な事だ。しかし、当てられる内に当てておけ……というのが丹波の基本戦術であった。そこでゆっくりとした後退から、旋回運動へと移行した……その瞬間の事だ。黒乃は無茶苦茶な制動で反転し、丹波を正面へと捉えてしまうではないか。黒乃が真正面に見えた時にはもう遅い、丹波はこの瞬間に始めから今の状況を作る事こそが目的であると理解した。
「しまっ……くっ!」
「…………!」
「キャアアアア!?」
勢いそのままに打鉄の盾を利用したタックルを喰らったかと思えば、怒涛の連続斬りが丹波の身体に入ってゆく。開いた間を一瞬にして詰め、更には的確に絶対防御を発動させる部位を狙う余裕まである。丹波は黒乃の攻撃を喰らっている最中に、驚きを隠せないでいた。
「お返しです……って、えぇ!?」
そこで、落ち着いて反撃を。そう思って黒乃への射撃を再開すると、またしても丹波は驚かされる。なんと黒乃は、盾すら構えずに弾丸を受けつつ突っ込んでくるではないか。一見無謀とも取れるこの行動は、丹波の手が数瞬だけ止まる事で成功を意味していると言えよう。
「…………。」
「なっ、このタイミングで投擲……!?」
この先の黒乃の攻撃としては、動揺の隙を突いて接近、そして連続斬りで削り切る……と丹波は予想していた。しかし斜め上の選択肢というか、きっとこんなのは誰も予想できないはずだ。黒乃は丹波との距離が詰まり切らない内に、全力で葵を投げ飛ばしてきた。葵はブンブンと空を裂きながら、縦回転で丹波に迫る。
(なんのつもりかは知りませんが……!)
「…………。」
「…………へ!?」
単純な横移動で、難なく葵は回避した。……と、丹波は葵が自身の真横に来る辺りまでそう思っていた。突如発砲音が響いたかと思えば、葵が上へと弾き飛ばされたのだ。思わず丹波が上昇する葵を眺めると、それと同時に視界へは焔備を投げ捨て葵を引っ掴む黒乃の姿が映った。
(最初の無謀な行動から……ここまで計算して!?)
丹波の脳内には、戦闘そっちのけでそんな考えが過る。最初の行動から数えて、丹波は黒乃に3回連続で驚かされたのだから無理もない。さらに言えば、どれもがそれ相応な技術がなければやってのけられない芸当だ。更に言えば、それを即実行へと移す決断力や度胸……。
驚きと共に、数々の賞賛の言葉が思わず口からこぼれ出てしまいそうなのをグッとこらえる。そうこうしている間に、黒乃は丹波めがけて急降下斬りを繰り出している。もはや回避は不可能に近い。シールドエネルギーも残るか残らないかの瀬戸際だ。そうなると丹波は、この一撃は甘んじて受け入れる覚悟を決めた。
『制限時間5分が経過しました。模擬戦を終了して下さい。』
シールドエネルギーが残れば反撃する気が満々だった丹波だが、良い所で試合終了の合図が鳴った。葵の刃は……丹波の頭上でピタリと止まっていた。何の容赦もなく人体最大の急所を狙ってくるあたり……。丹波はわずかながらも戦慄を覚えた。しかし、気を取り直して試験官としての務めを果たす。
「お、お疲れ様でした……。結果は後日に通達されるので、楽しみにしておいて下さいね。」
そう言いながら丹波が右手を差し出すと、少し遅れながらも黒乃はそれに応えた。手を離し次第に、黒乃は深々と礼をしてピットの方へと戻っていった。それを確認した丹波は、小さな溜息を吐いてから同じく自軍ピットへと戻った。そこにはまだ三國が居る事から、試合の様子を見ていた事が窺える。
「お疲れぃ。いやはや、末恐ろしい子だったわね。」
「はい……そうですね、私、思わず試験そっちのけで熱くなっちゃいました。」
丹波が打鉄の装着を解除すると同時に、三國は飄々とした感じで声をかけた。末恐ろしいというのは、これ以上無いほどに黒乃の事を的確に表現した言葉だろう。三國と向き合った丹波は、静かな様子でそれを肯定した。それこそ、制限時間が設けられているのが勿体なく思えるほどに。
「操縦は完璧だし、判断力も良いし、発想も面白い……それに肝も座ってる。客観的視点で見てたからかな?私は途中からブリュンヒルデに見えたもの。」
「あ、言われてみればそうかもですね……物怖じしない部分は特に。ですが……。」
「ええ、あの子は単なる模倣はしてない。う~ん、良い弟子を育ててるわぁ……。」
2人は自らの仕事もそっちのけで、黒乃に対する意見交換で大いに盛り上がった。試験官が1人の参加者の事でこんなにも話題が弾むのは、異例の事態とも言えるのかも知れない。やがて話題は、黒乃の合否に関してまで及んでしまう。そこに関しては、2人の意見は完璧に一致していた。
「ま、なにはともあれ。あの子は間違いなく―――」
「合格、ですよね。」
「あれで通すなって方が可笑しいわよ。だけどそれなら、丹波ちゃんの言った通りに豊作だこと。」
「と、言いますと?」
「うん、私が模擬戦した更識って子なんだけどね……あの子もなかなかだったわよ。」
「そうですか。それは、切磋琢磨し合える仲になってほしいですね。」
そうあれば日本のIS業界は明るいと、丹波はにこやかな笑みで両手を合わせながら言う。子供の未来ある可能性を見出す事に喜びを感じる丹波は、まるで自分の事のように嬉しそうだ。三國としては、純粋な心を持った後輩が可愛くて仕方が無いらしい。
「よっし、丹波ちゃん……飲みに行こうか!私の奢り!」
「ええ……?まだ夕方ですし、それに御馳走になるのは悪いですよ……。」
「固い事言わないの。それじゃ、片付けが終わり次第集合ね。」
「ああ……先輩!」
三國は有無も言わさずに、一方的に約束を取り決め去って行った。そんな三國に、仕方が無いなぁ……と言いつつ付き合ってあげるのが丹波 陽という女性である。今度は大きな溜息を吐くと、それと同じほどの音量でよしっと気合を入れ直す。なんやかんやで、この後にお酒が飲める事を糧に仕事へ励む丹波であった……。