八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第20話 一夏の想い

「黒乃、少し良いだろうか。」

「…………?」

 

 俺が刹那での初模擬戦を終えた翌日、自宅にてちー姉に話しかけられた。本来はドイツで教官をやっている時期なのだが、とんぼ返りは辛いとの事で今日は半日ほど日本に留まるらしい。今日の最終便でドイツへ向かうとか言ってたけど、1日休めば良いと思うけどなぁ……。それより、ちー姉は何の用事なのだろうか。

 

「少し頼まれてくれないか?何、ちょっとした使いだ。」

(使い……?)

「お前達と同い年の者も指導しているのだが、これがどうにも日本通……というほどではないにしても、興味津々でな。土産を頼まれた。何か日本らしい物でも探して買ってきてくれ。」

 

 そう言うとちー姉は、太っ腹なことに財布ごと俺に渡してきた。別にそれは構わないけど、う~ん……なんだろ、少し違和感を感じるな。いくらズボラなちー姉だって、そのくらい自分で行きそうなものなんだけど。そもそもの話で、頼まれ事とかもそんなの知るかで一蹴しそうな気も……。

 

 まぁ良いや、珍しくちー姉が俺を頼ってくれているんだ……期待には応えないと。俺はちー姉から財布を受け取りつつ、首を縦へと振った。すると満足気にちー姉も頷く。さぁて、家事の最中だったけど仕方がない。こういう用事は後に回すほど面倒になっちゃうからな……。

 

「ちょっと待て黒乃、これ済ませたら俺も着いてくぞ。」

「いや、一夏。お前にはお前で用事がある。家の事で少しな。」

「げっ、千冬姉の部屋を掃除しとけとかじゃないだろうな……?まぁ……それなら仕方がないか。だけど黒乃、何かあったらすぐに連絡するんだぞ?」

 

 俺とちー姉のやり取りを見ていたのか、洗濯物を干していたイッチーが庭の方からひょっこり顔を出した。買い物についてきてくれるという有り難い申し出だったが、それはちー姉に却下されてしまう。イッチーとしては俺が心配みたいだけど、土産物を買うくらいならなんとなかる……かな。

 

 リビングのフローリングを掃除すんのは、申し訳ないがイッチーに引き継いでもらう事にしようかな。掃除道具一式を再度使いやすいように片付けると、自室まで戻って外出用の手提げ鞄を引っ張り出す。まぁ……必要ないとは思うけど、一応……一応ね。そこへちー姉の財布を入れると、これでいつでも準備オッケー!

 

「黒乃、気をつけてな。」

「本当に済まん。今度なにか埋め合わせをするさ。」

(まぁそんな心配なさらず。んじゃ、行ってきまーす!)

 

 イッチーとちー姉に見送られ、織斑家から静かに外出。しかし、お土産物か……どこで買おうかな。あっ、たしか近くの大きなスーパーに外国人旅行者向けのショップがあったような。他にあてがあるわけでもないし、そこにしようか。後は何を買うかだが、う~ん……なるべく実用性のあった方が喜ばれそうだ。う~ん……。

 

 

 

 

 

 

「それで千冬姉、俺に用事って?」

「…………。」

「千冬姉……?……なぁ、何か変だぞ千冬姉。黒乃をいきなり1人で外出させたのもそうだし……。」

 

 一通り家事を終えた一夏は、件の用事とやらを聞くために千冬へと近づいた。しかし千冬は、黒乃に頼み事をした時と変わらずずっと椅子へ腰かけたまま……。その空気感からして聞くべきではないと思っていた一夏だったが、知らぬ間に口からそんな言葉がこぼれてしまう。

 

「……お前に話しておかねばならん事がある。」

「俺に……。それっていったい。」

「……黒乃の事だ。」

「っ!?わ、解った。」

 

 いつも以上に姉が真剣、かつ重苦しい雰囲気を発している。そのうえで黒乃に関する内容の話と切り出されれば、一夏も慌てずにはいられない。手早くエプロンを外して千冬の向かい側に座ると、神妙な面持ちで千冬が口を開くのを待つ。確かな不安と緊張が一夏を襲うが、それでも千冬から目をそらす事はない。

 

「……何と言って良いのか、適切な表現なんぞ私には解らん。だからこそ手短に言うぞ。一夏、黒乃は……多重人格障害の可能性が高い。」

「な、なんだよそれ……!?そんな黒乃が……。だって、別にそれらしい変化なんかーーー」

「ISと関わりのない一夏が知れる内容ではない。私がこれから話すのは、全てが真実だ。」

 

 あまりにも現実味を帯びていないその内容に、一夏はすぐさま反発するような態度を見せた。しかし、信じたくないのは千冬だって同じだ。だが、黒乃にとって家族である自分達だけは……黒乃の抱えている問題に向き合わねばならないと、そんな使命感にも似た感情に駆られてしまっていた。

 

 そうして千冬は、ゆっくりと黒乃について語ってゆく。戦いの最中に見せたあの狂気に満たされたかのような笑み。黒乃が既に2名のIS操縦者の未来を断っている事。もう1人の黒乃が生まれた要因は、過去に起きた事故と誘拐事件のせいである可能性が高い事……。

 

 語る千冬はあくまで平静を保っているが、聞く一夏の表情は……もはやどう表現して良いのかも良く解らない。どう聞いても受け入れ難い事実に、どうしようもなく困惑し、何処にぶつけて良いかも解らぬ怒りを覚え、意味もなく不甲斐なさや悔しさを感じ……それらが全て入り混じっているようにも見える。

 

「多重人格とは、本人に自覚がない場合もあるようだ。だが……黒乃の場合は解らんというのが正直なところだ。」

「……病院。そうだ、病院!黒乃が喋らなくなって、しばらく精神科へ通院してたろ?そこの先生に診てもらえばーーー」

「無理だな。」

「なんでだよ!?」

「もし本当に自覚症状がなければどうする……どう病院へ連れていく?お前の中にもう人のお前がいる。そいつは危険な奴だから対処法を聞きに病院に行くぞ……とでも言うつもりか。」

 

 一夏が複雑な表情のまま妙案だとでも言いたげに病院を進めるが。それは秒殺で却下されてしまった。本人に自覚症状がない限りは、確かに連行するのは困難だろう。それにもし黒乃が他人に触れてほしくないのだと仮定する事もできる。もしその場合は、より黒乃を追い詰める結果になるだろう。

 

「そ……れは……。それは……そうかも知れない……けど!」

「……ついでに言えば、もう1人の黒乃は死にたがっている。」

「!? 自殺衝動……って奴なのか?」

「それとも少し違うようだ。もう1人は自身の全力を相手にぶつけたうえで、全力の自分を打ち破ってもらいたがっている……可能性が高い。」

 

 やはり黒乃が喋らないし表情も出ないせいか、あくまで憶測の域を出ない内容でしか話ができない。しかし、あの日に千冬が見た黒乃の言動や鷹丸の証言を繋ぎ合わせると、千冬にはそう思わざるを得なかった。自殺衝動というよりは、表現的には破滅願望の方が近いのかも知れない。

 

「打ち破ってもらいたいって、そんなのに何の意味があるってんだよ……!」

「……かつて束がこう言っていた。黒乃は抑圧された世界で生きている……とな。つまりは、世界が全力を出す事を阻んでいるとな。」

「…………?」

「知っての通り、黒乃は優しい子だ……力加減をしなくてはと、そうやってこれまでやってきたのかも知れん。しかし、死に目に会う出来事が起きた。一夏……普通の人間ならば、そんな時に何を考える?」

「……死にたくない……とか。」

「あぁ……そうだろうな。黒乃の場合は、全力も出せぬまま死ぬのは嫌……かもな。そんな溜まった鬱憤を晴らすかのように、もう1人が生まれてしまった……。」

 

 黒乃が全力を出せる社会を作るためのISであった事を明言するのは避けたが、千冬は更に束の言葉も絡めて筋書きを立てる。理に適っているというか、まぁ納得はいくだろう。しかし一夏の胸中には千冬とは異なる考えが浮かぶ。話すのが辛いのか、一夏は俯き加減で口を開く。

 

「違う……千冬姉。多分だけど、守らないと……だ。」

「何?」

「相手の事とか考えずに全力出さないと、俺が……俺が危ないって!全力出さなきゃ守れないって!だから黒乃は……!」

「…………。」

 

 確かに黒乃ならば、単に死にたくないと思うよりは……他人を死なせたくないと思ったかも知れない。いや、他人でなく……大事な家族ならばまず確実にそうだろう。守らねばという強迫観念にて、スイッチがおかしい方向に入った。懺悔するような一夏の推測に、千冬は目を閉じ何も言わない。

 

「畜生……畜生……!なんでなんだよ……どうしてなんだよ……!どうして黒乃ばっか、辛い目に合わないとならないんだよ……!父さんと母さんが居なくなったのも、誘拐事件も……多重人格も……。黒乃が……いったい何したってんだよ……!畜生……畜生ぉ……!」

「…………。」

 

 一夏は泣いた。情けないほどに涙と鼻水を溢れ返させながら。泣きながら喋るせいでやはり声色もどこか情けない。普段の千冬ならば甘ったれるなと言っていたかも知れない。が、言えなかった。言えるはずもなかった。泣きたい気持ちも良く解るし、何より理不尽なまでに薄幸な黒乃を哀れみ涙するのはおかしい事ではない。

 

 一夏の涙にはふがいない自分への怒りなども混じっているが、泣いてスッキリするのならばそちらの方がよほど良い。千冬はとにかく待った。一夏が落ち着くまで、いつもの織斑 千冬として、姉として弟を待つ。そしていつしか一夏の嗚咽は収まり、会話ができる状態へと戻った。

 

「……悪い。俺が泣いたって、黒乃が辛い事には変わりないのに……。」

「良いじゃないか、お前らしくて。人の気持ちが解ってやれんのよりはよほど良い。ただ……自分のせいだと思って泣くのはいただけんな。」

「泣いてる暇があるんなら、黒乃の為に動け……だよな。」

「解っているのならばそれで構わん。ただ……空回りだけは勘弁しろよ。」

 

 現状、できる事と言えば見守るくらいしか無いのかも知れない。しかし、黒乃が辛いのならば……近くで笑ってあげるべきだ。姉の言う空回りとは、必要以上に黒乃を助けようとする事だろう。一応はそれを理解していると察してもらえたのか、千冬は何処か安心したような表情を見せた。

 

「話すべきはこのくらいか……。IS関連の事については安心しておけ。誰が何を言おうが、私が黒乃を守って見せよう。そのための権力だ。」

「そうか……。千冬姉、話してくれてありがとう。」

「どうしてお前が私に感謝する?」

「いや、まぁ……なんとなく。」

 

 一夏が千冬に感謝をしたのは、勿論ちゃんとした理由がある。きっと千冬は一夏に話す話すかどうかを悩んだだろう。黒乃の事情を話すのだってそれはそれで辛いはず。それでも千冬は包み隠さずにいてくれた。だからこそ一夏は、千冬に感謝を述べたのだ。

 

 だがそれを説明しつつ感謝するとなれば、素直でない千冬相手では面倒なことになる。そう思った一夏がなんとなくだと返すと、千冬はなんだそれはと言いたげに何処かへと消えていった。恐らくは自室だろう。やはり話していて辛かったのか、休憩がてらにひと眠りでもするのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

(黒乃が……二重人格……。)

 

 千冬姉が消えてしばらく経つが、俺はずっと机に突っ伏したままだった。拒否反応が出るという程でもないが、事実を受け止め切れていない証拠なのかも。何か気だるく、虚無感を覚える。もう考えきれないくらいに黒乃が二重人格であると頭の中で繰り返す事しかできない。

 

 どうなのだろう……。俺は、そんなの関係ない。黒乃は黒乃なんだって、思ってやれているのだろうか。心の奥底での無意識下だろうと、黒乃を拒否してしまったりはしていないだろうか。……今一度思い起こしてみよう。黒乃の事を、黒乃との思い出を……。

 

 出会い……という出会いはなかったな。誕生日も近いうえに家がすぐ近くだから、物心がついた時には既に俺の隣に居た。特にお姉さんぶってる感じではなかったけれど、昔から世話焼きで元気な女の子。いや、パワフルとかストロングって言った方が合ってるかも……。

 

 でも、間違いなくそこも黒乃の魅力だ。何処か危なっかしいから、目が離せないと言えば良いのだろうか。他人の為に突っ走るのをやめない黒乃。その背中をずっと見てきた。柔らかく優し気で、凛々しく気高いそんな背中。でも黒乃は時折後ろに居る俺を振り返っては確認し、遅れると見るや微笑みと共に俺の手を取る。

 

 グイグイグイグイ。もう走れないと弱音を吐こうが、黒乃は俺を励まし奮い立たせる。俺にとっては何にも変え難い救いだった。強引でも何でも良い。黒乃が俺を見捨てないでくれるのは、とにかく嬉しくて仕方がないんだ。それはきっと、幼少期から人が離れていくのを数多に経験したからだろう。

 

(温……かい。)

 

 身近過ぎる故の弊害か、思えばこうも真剣に黒乃の事を考えた事はなかった。するとどうだろう。なんだか、心臓のあたりが温かい。それでいてキリキリと僅かな痛みを感じるのだが、この温かい痛みは何か堪らない。俺は思わず、服の左胸あたりを強く掴んだ。

 

(だけど、苦しくもある……。)

 

 消え失せた黒乃の微笑み、俺へと向けてくれるまぶしい微笑み。黒乃の声、俺の名を呼ぶ声。それら一切が失われてしまったとか、そんな思考へ切り替えると……やはり辛くて苦しくて仕方がない。それもただ辛いんじゃなく、辛くても気丈に振る舞う黒乃を見ているのが何よりも……辛い。

 

 悩みがあるのなら打ち明けて欲しかった。いや、解ってる。黒乃がそれを表に出さないから、気が付けませんでしたと言い訳するつもりじゃないんだ。でも黒乃は……絶対になるべく人に頼ろうとはしていない。自分は迷惑な存在だとか、そんな発想をしている気さえする。

 

「何もできない自分を悔やむな……悔やむ暇があるなら動け。」

 

 俺しか居ないリビングで、ポツリとそうつぶやいた。そうだ……そこなんだ。果たして1度でも黒乃に無理をするなとか、もっと頼ってくれとか伝えた事があっただろうか。伝えてもいないのに、黒乃が頼ってくれるはずもないだろう。……伝えたい。今芽生えた俺の想いを……黒乃に。

 

「……行ってきます!」

 

 家を飛び出し、買い物に出かけたであろう黒乃を追いかける。長い間ボーっとしていたせいで時間間隔がくるっているが、もう買い物は終えたのだろうか?とにかく、自宅まで必ず通らなくてはならない道を行ってみよう。運が良ければ黒乃に会えるかもしれない。

 

「ハッ……!ハッ……!」

 

 黒乃の為に必死になるのは良くある。けれど、今日はなんだか足取りが軽かった。だって、解った事があるから。黒乃の為にって思うのも、黒乃の事で気分が浮き沈みするのも、黒乃が隣に居ないと不安になるのも全部。ただひたすらに、黒乃の事が好きだから。

 

 家族としてとかそんなのじゃなく、1人の女の子として……俺は藤堂 黒乃が大好きなんだ。優しく気遣いのできる性格が好きだ。なびく綺麗な黒髪が好きだ。家事をしている姿が好きだ。それら全部をひっくるめて、お前の総てが好きなんだ……。その時だ。またしても胸に心地よい痛みが走る。

 

 簡単な事だったんじゃないか。初めて弾と出会った際のモヤモヤは、俺以外の男が黒乃に近寄っているから。つまりは、嫉妬だ。弾だけじゃない。基本的に黒乃へ近づく男という男を寄せ付けたくなかったのは……黒乃が取られてしまうかもという恐怖の現れ。あぁ……なんて、なんて情けない奴なんだよ俺は。

 

 それだったらよほど、黒乃に告白しようとした奴らの方が男らしい。自分の感情にも気づかないで、ただただ黒乃へ近づく男を排除した俺なんかより。だからもう……止めにしよう。伝えるんだ。黒乃の事が好きなんだと、当たって砕けるつもりでな。

 

「わぁい、ありがとー!綺麗なお姉ちゃん!」

「僕達もっと広い場所で遊ぶね!ばいばーい!」

「…………。」

 

 そんな声がしたので目を向けてみると、サッカーボールを抱えた少年2人と黒乃が居た。場所は……俺と黒乃がよく遊んだ公園だった。大方サッカーボールを木に引っ掛けたか何かして、そこを通りがかった黒乃が取ってあげたのだろう。ヒラヒラと手を振る黒乃に見送られ、少年2人は元気に走り去って行った。

 

 すぐ話しかけようと思っていたのだが、それはかなわなかった。何故なら、単純に黒乃に見とれてしまったせいだ。いつもより何倍も輝いて見える……胸の高鳴りが止まらない。人間、意識を変えるだけで相手がこうも違って見えるのか。なんというか、うん……綺麗だ。だけど、いつまでこうしていたって変わらないから……意を決して声を出す。

 

 

 

 

 

 

「わぁい、ありがとー!綺麗なお姉ちゃん!」

「俺達もっと広い場所で遊ぶね!ばいばーい!」

(ういうい、気をつけて遊ぶんだよー。)

 

 買い物帰りに公園で子供達が困っていたもので、無視するのも気が引けたから手を貸してあげた。曰く、サッカーのリフティングを練習していたら、高く蹴り上げすぎて木に引っかかっちゃったんだとか。子供にはキツくても俺くらいの年齢ならば余裕で届く位置だったし、以前に猫を助けた時のようにならなくて良かった。

 

 子供達は、まるで鬼ごっこでも始めたのかとでも言いたくなるような速度で走り去って行く。うぅむ……綺麗なお姉ちゃんねぇ。なんだかこう……小さな男の子に言われると妙な感覚に襲われる。ハッ……!?これがおねショタものの心理なのか!?まぁ別に、そんな犯罪じみた事は絶対しないけどね……。

 

「黒乃。」

(む、イッチー?まさかとは思うけど、心配して探しに来たとか言うまいね。)

「ああ、いや……何というか、大した用事じゃないんだ。ただ少し、2人で話したいことができて。」

 

 イッチーの声がしたのでまさかと思って振り返ると、そこには間違いなく本人が居た。どうしてここにという意味を込めて首をかしげると、話したい事があるから追いかけて来たと言う。話したい事ねぇ……?なんだか知らないけど、それならここはちょうど良い場所だ。俺は公園のベンチに腰掛けると、すぐ近くを掌で叩いてイッチーにも座れと促す。

 

「あ~……その、土産物って何買ったんだ?」

(我ながら良いチョイスなんじゃないかと思ってるんだよね~。)

「お、箸か……。これなら実際に使うし、愛着が沸くかもな。」

 

 どうやらすぐには本題に入りにくいようで、ちー姉に頼まれたお使いの結果を聞いてきた。俺は鞄を漁って、和風なパッケージに封入してある箸を取り出す。イッチーの言う通り、自分が使う方が良いかなって……。そしたら大切にしてくれるかもと思ったけど、イッチーの反応を見るに悪くない選択肢だったようだ。

 

「……この公園、2人でよく遊んだよな。」

(うん、イッチーに良く連れて来られてさ。)

「あぁ……そう言えば、黒乃が鉄棒で大車輪をした時はホント驚いたぜ!」

 

 イッチーは懐かしむような眼差しで公園を見渡した。……実際のところ懐かしいや。あの時はなんというか、やっぱり少しやり過ぎた気がしなくもない。小学校低学年の女の子が大回転するんだから記憶にも残るだろう。まぁ若気の至りって事で。人生コンテニューしてる俺にその表現はちと微妙だけど。

 

「鉄棒と言えば、いつかこれに手が届くようになるかなって……そんな話もしたよな。楽勝で届くようになった頃には、もう遊びに来なくなっちまってた……けどさ!」

(そんなの良く覚えてるな……。でも、そう言われると……そんな話もしたね。)

「……ハハッ。もう低すぎて、逆に遊び辛いくらいになってるや。」

 

 かつて手が届かなかった鉄棒で、イッチーはグルリと回って見せた。しかし、かなり身体を丸めていなければ回り切れない。イッチーはなんだか爽やかな笑みで鉄棒へ優しく触れる。そうして、軽快な様子で鉄棒へと乗った。そして……ジッと俺を見つめるではないか。

 

(な、なんだよイッチー……。その……さ、流石にそんな見られると俺だって照れると言うか……。)

「……俺の思い出は全部、黒乃と一緒にあるんだなって……思い出してみたらそうだった。」

(そう……だね。なんだかんだで、いつも着かず離れずだったかも。)

「黒乃はそんな気ないかも知れないけど、俺は……黒乃が居てくれたから今までやってこれたんだと思う。」

 

 へぁ……?ちょ、ちょっと待とうかイッチー……。これ、さっきから何の話なの?昔話をするには真剣過ぎる気がするし、なにより唐突にどうしたのよ。頭でも打ったかな……?いや、違和感は感じども豹変って程でもないし。う~ん……解らん。聞いてたら答えは見えるんだろうけど、なんかこう……むず痒いと言うか……。

 

「感謝してる。黒乃がどう思おうと、俺にとっては凄げぇ有り難い事なんだ。」

(それは、はぁ……どういたしまして?)

「だから……恩返しさせてくれ。黒乃がそうしてくれたように、俺も黒乃の隣に居たいんだ。だからもっと俺に頼ってくれ。黒乃が苦しいときは……お、俺が……俺が支えてみせるから。」

(……?あれ、嘘だ……こ、これってもしかして……!)

 

 マズイ、ヤバい、どうしよう。イッチーがそうやって語っている最中、俺はとある事に気が付いてしまった。これってもしかして、いや……もしかしなくてもだ。だって確認する必要もないくらいじゃないか。これは間違いなく、間違いなく……。

 

「だからその、なんていうかさ。お、俺がそう思うのは全部―――」

(もしかして……!)

「黒乃!お前の事がす―――」

(ちー姉の財布どっか落としとるぅぅぅぅ!)

「へ!?あ、ちょっと待てよ黒乃!ここからが1番肝心なんだぞ!?」

 

 さっきから抱えてる鞄がやけに軽いなと思ったら、案の定ちー姉の財布が見当たらない!となれば何処かへ落したという1つの答えしかありえん!イッチーには悪いと思ったが、俺は何よりちー姉が怖いんだ。それはもう凄い勢いで、来た道を遡っていく。というか、まず当たるべきはスーパーの落とし物センターとかだ。うおおおっ!頼むから見つかってくれええええ!

 

「逃げ……られた……?ハ、ハハハ……。な、な、な……なんでだよおおおおっ!?」

 

 俺の背後でイッチーがそうやって叫んでいた気がしたが、焦る俺の耳には届かない。そしてスーパーまで戻ってみると、思惑通りに落とし物センターに財布は届けられていた。うんうん、流石は日本だね!一安心して家まで戻ってみると、イッチーがこの世の終わりみたいな顔してたのは……どうしてなんだろう?




黒乃→財布なくしたぁ!
一夏→何故……どうして逃げられた……?

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