八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第29話 放課後 保健室にて

(あ~あ……なんでこうなるのかなぁ……)

 

 保健室のベッドへ寝かしたセシリーを、看病って程ではないけど……近場の椅子に座って眺めていた。悪気があったわけじゃないんだが、やっぱり笑顔が出るのがいけないのかなぁ……。それは気味が悪い事だっただろう。笑顔で攻撃してくるとか、サイコパスだと思われても仕方が無い。

 

 ……ってか、結果的に俺も勝っちゃってるじゃん。はぁ……奴隷化計画は共倒れか。……いや、何もこんな時に考える事ではないよな。しっかりセシリーの様子を見とかないと、気絶させたのは間違いなく俺の責任なんだから。しかし、保険医の先生がたまたま居なかったのはバッドだ。

 

 セシリーの頭には濡らしたタオルを置いてあるけど、これが必要な処置かはさっぱどわがんね。……余計な事ではないよね?セシリーも寝苦しそうには見えないし、むしろスヤスヤと眠っている。ならばその間に、セシリーにどう悪かったという意思を伝えるか考えておかないと……。

 

 口頭での謝罪は言わずもがな不可能……。となると、後はジェスチャーくらいしか思いつかない。土下座……?は、無理だろうな……。多分だけど、行動制限の方に引っかかるはず。じゃあ残されてるのは頭を普通に下げるくらいか……。う~ん、弱いなぁ……それこそ土下座するくらいに悪いと思ってるのだけど。

 

 まぁそれはそれとしてだ……。セシリーってば、やっぱり綺麗だよなー。きめ細かな白い肌、まるで金糸かのように輝くブロンドの髪、今は閉じているが……彼女の目はまるでサファイアを思わせる。そして、磨き抜かれたであろうスタイル……。セシリーが自分に自信を持てる理由がなんとなく解る。

 

 俺はどうかって?そりゃ人並にスキンケアとかキューティクルには気を遣ってるけど、イッチーやちー姉が五月蠅いから仕方なくだしねぇ……後は特にカロリーとか気にした事ない。それ故、俺のはただの駄肉ないし贅肉さ。栄養が全部おっぱいにいってるんじゃない?(適当)

 

(ゴクリ……。)

 

 セシリーを眺めていると、俺は思わず生唾を飲みこんだ。い、いかんぞ……婦女子にセクハラしたい衝動が……!勿体ない……身体が動けば、これ以上チャンスのあるシチュエーションはなかったろう。仮にばれたとして、まだ看病のためだと認識してもらえる可能性も高い。

 

 が……駄目っ……!全く体が動きやがらない……!いや、正確に言えば小刻みにプルプル震えている。この震えは、体に力を込め過ぎて起きるそれに似ていた。あ、アカン……いろいろと妄想が膨らんで涎が垂れて……。だが、そんなの拭ってる暇はないよ!もしかすると、力技でどうにかなるかも知れんのだ!

 

 ぐぬおおおお……かっとビングだぜ俺ぇーっ!俺は少し背を丸めて、更に身体へ込める力を上げた。腕よ動け、今こそ溜まり溜まった欲望を解消するとき!……と念じてみる物の、結果は俺の身体の震えが増すばかりだ。それよりも、涎が……あっ、ベッドの布団に滴り落ちちゃったよ……。

 

「身体のコントロールが……できない……!」

 

 悔しさのあまりに、俺の口からそんな言葉が漏れた。あぁ……よほど悔しいんだな。この身体になってから、こんなに悔しい出来事は初めてかも。諦めきれんな……涎を拭いたくもあるが、もう少しトライしてみよう。どうせ、セシリーもまだまだ目を覚まさな―――

 

「貴女……。」

 

 フラグの回収早過ぎィ!どうせ目を覚まさないであろうと考え切る前に、セシリーはゆっくりと上半身を起き上がらせた。その表情は、とても複雑そうな感じに見える。ハッ……!?い、いかん……早急に涎をどうにかせねば!俺は慌てて、両の掌で顔面をゴシゴシ擦る。オ、オーケー……涎は大丈夫そうだ。

 

「「…………。」」

 

 ……涎の問題は解決できたが、とてもじゃないが無言が辛い。え、ええい……とにかく申し訳ないと思っている事だけは伝えなくては。ど、どうしようか……膝まづくのなら出来るかも。そう思った俺は、座っていた椅子を蹴散らしながら立ち上がる。そしてその場で、畏まるように片膝を地面に着けた。

 

「ミス・藤堂……。」

 

 オッケェイ!膝まづくは出来る……良く覚えておこう。さて、これで許して貰えるなんて都合の良い事は思っちゃいないけど、どうにか気持ちだけは伝わってほしい。喋られれば、おまけに『お詫びに貴女の奴隷になります』くらい言うのにな。……ってかそう、そうだよ!コレはそういう意味の膝まづきだと思って貰っていいんやで。

 

「なるほど、貴女は……。…………。ミス・藤堂。」

「…………?」

「わたくしの失神は、真剣勝負の最中に起きた事ですわ。確かに貴女の笑顔に驚きはしましたが、何もそこまでして頂かなくても結構です。」

 

 …………?よ、よく解からないな……。セシリーの態度が丸くなったような気もするし、まだ言葉の端々に棘があるようにも聞こえる。とにかく……気にしてないって解釈でいいのかな。それはそれで、俺の気が済まない部分はあるけど……セシリーがそう言うなら、素直にその言葉を受け取るのが礼儀だ。

 

 とはいえ、この罪は必ず償うよ……セシリー。学園生活で、セシリーが困っているのを見かけたら積極的に助ける事にしよう。とりあえずこの場は、もうこれ以上する必要はないかな……。俺は膝まづくのを止めて、スッと立ち上がる。倒した椅子を元に戻すと、視線をセシリーへとやった。

 

「今回はわたくしの負けですが、次はこうはいきませんわよ?……黒乃さん。」

 

 おお、セシリーが俺の事を名前で呼んでくれた!なんか、あえてわざわざミスをつけて呼んでたみたいだけど、あれかな……戦いが終わったらもう友達的なやつ。理由はどうあれ、気絶させたのは俺なのに……なんて寛大な事だろうか。そうと決まれば、これからもよろしく頼むよセシリー。

 

「わたくしは、もう少しここで休まさせていただきます。わたくしは平気ですから、貴女もお帰りになって下さいな。」

 

 ん、そうだな……俺も刹那を動かしたから疲れていたところだ。セシリーのお言葉に甘えて、今日は部屋で休む事にしよう。セシリーに深々と頭を下げてから、俺は保健室を後にした。ん~……後イッチーの問題も残ってるけど、それはまた今度にしよう。今は温かいベッドが恋しいよ……。

 

 

 

 

 

 

「はい。というわけでして、1組クラス代表は織斑 一夏くんと言う事で。」

「1つながりで良い感じですね~。」

「近江先生、下らない発言は慎んでいただきたい。」

「そうだ……そもそもはクラス代表を決めるための模擬戦だった……!」

 

 翌日が開けてのホームルーム。1組は、イッチーがクラス代表に就任した祝いの拍手で包まれる。どうやらイッチーはそんなの忘れてたみたいで、俺の隣で盛大に頭を抱えていた。原作ではセシリーが辞退したのだけど、勝っちゃってるから言い逃れはできない。

 

「そうだ……。お、織斑先生!俺と黒乃が戦ってませんけど、勝率は同じですよね!?」

「藤堂とオルコット戦は、エキシビションマッチみたいなものだ。藤堂に代表は根本的に無理と言ったろうが、馬鹿。」

 

 俺もイッチーもセシリーには勝った。そのため、勝率は1勝で並んでいる。イッチーが言いたいのは、なんで1勝ずつなのに自分がクラス代表に決まったのかー……って事らしい。けどねイッチー、ちー姉の言った通りにどうやって俺がクラス代表の仕事をこなせってのさ。……って意味を込めて、イッチーをガン見して訴える。

 

「く、くそ……逃げ場なしかよ……。」

「このわたくしに勝っておいて、逃げ場など捜す権利などありませんわよ……一夏さん!」

 

 お、一夏呼びに変わってる……。どのタイミングかは解からないけど、セシリーもしっかりイッチーに惚れたか。計画通り……なんだけど、モッピーには申し訳ない気もするな。いやいや、人が人を好きになるのに理由なんか重要じゃない。なるべく平等に2人を応援してあげないと。

 

「そうは言われてもなぁ……。勝ったには勝ったけど、男がクラス代表になるのは良い恥さらしじゃなかったのか?」

「確かに、今のままではそうなってしまうかも知れませんわ。ですがご安心を!一夏さんの事は、わたくしがしっかりとサポートして差し上げます。」

「……具体的には?」

「そうですね……。手取り足取り、なんでも教えて差し上げますわよ?」

 

 エ、エ……エロい!表情から台詞まで、何から何までエロい!つーかどうしたよセシリー……。確か原作では、照れながら言っていた気がするんだけどな。何と言うか、あんな妖艶な感じだったっけ?まぁ……確かにセシリーは、そういう感じなのが似合ってるかもね。

 

「手取り足取りなら、別に黒乃のアレで間に合って―――」

「一夏の言う通りだ。一夏の教官は、私と黒乃で足りている。私達は、お前と違って直接頼まれたのでな。」

 

 セシリアの発言に、机を叩きつつモッピーが立ち上がった。厳密に言えば、俺も頼まれては無いけどねー……。ってかイッチーの奴、俺の指導方法をサラッと言うところだったな……?そんな事してみ?またしてもヘイトが俺に溜まる。アレが知れたら、きっとモッピーだって黙ってないぞ……破廉恥な!ってさ。

 

「あら、貴女はISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしにご用事かしら。」

「ラ、ランクは今関係ない!それに、ランクの差が指導に必ずも直結するとは―――」

「座れ馬鹿共。お前らなど、私にとっては等しく……等しくひよっこだ。」

 

 まぁこの場合は、モッピーの言い分に全面的に同意かな。昴姐さんはAらしいから何とも言えんけど……。とにかく、ランクが低いなら低いでやりようはあるさ。……って、仲裁してあげたかった。言い争いをする2人に、ちー姉は出席簿アタックを喰らわす。パァン!と痛そうな音が鳴った後に、2人は大人しく席に着く。

 

 それにしても、ちー姉が言葉を詰まらせた時……目が合ったのは気のせいかな?ランクの話をしてるのに、どうしてBの俺に視線が向いたのだろうか。Sのちー姉からすると、等しくひよっこって事だろうに。そしたら俺は、真ん中も真ん中……昴姐さん曰く、可も無く不可もなく……なのに。

 

「……とにかく、クラス代表は織斑 一夏だ。異論はないな?」

 

 ちー姉の言葉に、女子達は元気に返事をした。……気のせいだったかな?ま、とにかく……なんとか丸く収まったみたいで良かった。雨降って地固まる……って奴かな。まぁ……イッチーの足元はぬかるんだ地面その物かも知れないけど……。……今度、何かお菓子でも作ってあげよう。密かにそう思う俺氏であった。

 

 

 

 

 

 

「……のコントロールが……できない……。」

(ん……?)

 

 わたくしのすぐ側で、そんな声が聞こえてきました。聞き覚えのない声……。わたくしは、薄く目を開け声の主を探しました。そこに居たのは、我が宿敵の藤堂 黒乃。ここでようやく、わたくしは先ほどまでの事を思い出す。そうでした、わたくし……気絶してしまったのね。

 

 そうすると、ここは保健室。窓から見える景色を見るに、さほど時間は経っていないようです。わたくしの額には、冷たいタオルが乗せられて……。保険医の方がいらっしゃらないという事は、ミス・藤堂がわたくしを看病してくださったのでしょう……。

 

(どういう……事なのです……。)

 

 解りませんわ……。あのような恐ろしい笑みを浮かべて、あのような戦法をとる方のする行為には思えません。そして、ミス・藤堂が呟いたあの言葉……。冒頭の部分は聞き逃しましたが、何か……コントロールできないと……。それより違和感をかんじるのが……。

 

(貴女は何故……泣いているのですか……。)

 

 ミス・黒乃は、何かに怯えるかのように震え、涙を見せていました。いえ、正確に言えば完璧にそれが見えたわけではありません。俯いていらっしゃるし、長い髪が邪魔をして顔はほぼ隠れてしまっています。ただ……わたくしに被さっている布団に、数滴の水が滴った跡がハッキリと残っていました。

 

 コントロール……泣きながら機械の話をするわけはありませんわよね。だとすると、力……?自分……?それらの制御が、己の意思で出来ないと言いたいのかしら。だから怯えて、悔やんで、泣いていらっしゃるの……?わたくしは、いつの間にか身体を起き上がらせていました。

 

「貴女……。」

 

 わたくしが目を覚ました事に気がつくと、ミス・藤堂は自身の掌でゴシゴシと顔を擦る仕草を見せました。それで誤魔化しているつもりなら、些か無理がありましてよ。だけれど、取り繕ったのなら……それこそが彼女が泣いていた裏付けですわ。

 

「「…………。」」

 

 それはそれとして、長い無言が続いてしまいますわ……。ミス・藤堂は失語症なので仕方ありませんが、わたくしの方も彼女へかける言葉が思いつきません。ただ虚しく時間だけが過ぎていると、ミス・藤堂が唐突に立ち上がりました。すると、ミス・藤堂は……わたくしに対して膝まづいて見せるではありませんか。

 

(解りま……せんわ……。)

 

 その姿勢は凄く綺麗で、そう……まるで騎士のよう。わたくしに対しての贖罪のため、わたくしを守る……と言いたいように思えました。意味が解りませんわ。これではまるで、わたくしと戦ったミス・藤堂とは別人ではありませんか。別人(・・)……?

 

 わたくしの頭には、ある仮説が浮かびました。もしかすると、本当に……ミス・藤堂であって(・・・・・・・・・)ミス・藤堂ではなかった(・・・・・・・・・・・)のかも知れません。わたくしの仮説が正しいのだとすると、先ほどの発言にも合点がいきますわ。だから、コントロールがと……。

 

「なるほど、貴女は……。…………。ミス・藤堂。」

「…………?」

「わたくしの失神は、真剣勝負の最中に起きた事ですわ。確かに貴女の笑顔に驚きはしましたが、何もそこまでして頂かなくても結構です。」

 

 アンジー姉様の事は、まだ許したわけではありません。ですが、貴女を(・・・)恨むのはお門違いだと解りました。貴女では(・・・・)なく、貴方が(・・・)姉様を再起不能にしたのなら……貴女には(・・・・)何の非もありません。むしろそういう事情があったのだとすれば、貴女は(・・・)好感が持てますわよ……ミス・藤堂。

 

「今回はわたくしの負けですが、次はこうはいきませんわよ?……黒乃さん。」

 

 織斑先生の仰っていた事は、ある意味正解だったという事ですわね。こちらのミス・藤堂……いえ、黒乃さんであれば仲良くできるはずです。わたくしの非礼に関しては……後日に謝罪させていただくとして、今日のはわたくしも黒乃さんも休むべきですわ。

 

「わたくしは、もう少しここで休まさせていただきます。わたくしは平気ですから、貴女もお帰りになって下さいな。」

 

 そう提案すると、ミス・藤堂は立ち上がりわたくしに頭を下げてから立ち去りました。……本気でわたくしの騎士になるおつもりではないでしょうね。頼もしい限りですが、それは少々ご遠慮したいものです。では、宣言通りにわたくしも休憩いたしましょう。

 

 ベッドへと横になってしばらく仮眠をとる体勢へと移行しましたが、先ほどまで気絶していたせいか中々寝付けませんね……。はぁ……結局、自室のベッドの方が落ち着くかしら。いつまでも保険医の方はお見えになりませんし、わたくしも部屋に戻りましょう。

 

「よぉ……。今、大丈夫か?」

「貴方は……わたくしに何かご用でして?」

「ああ、少し話したい事がある。またにしろってんなら、大人しく帰るぞ。」

「いえ、わたくしも貴方にお話があったところです。」

 

 わたくしが帰ろうとしていると、訪問者が現れました。その方は、声を聞くだけですぐに解ります。織斑 一夏……。だいたいは、わたくしに何の話があるか想像がつきます。向こうはそうでも無いようで、少し不思議そうにわたくしの寝ているベッドの側へ立ちました。

 

「えっと、話って?」

「先にそちらからどうぞ。」

「そうか、なら……単刀直入にいくが、黒乃の事で話がある。」

 

 思った通りに、織斑さんはわたくしに黒乃さんの事を聞きに来たようです。どうやら織斑さんは、彼女の八咫烏としての姿を見るのは初めてだったようです。だからこそ混乱も大きく、わたくしに真偽を問いにいらっしゃったと……。そうポツリポツリと語る織斑さんの表情には、複雑な心境が現れていました。

 

「……言い訳がましいって思われるかも知れない。けど俺は、黒乃と真正面から戦ってこうなっちまったアンタには、聞いておいてもらいたいんだ。」

「…………。」

「黒乃は二重人格なんだ。笑ってたのがもう1人の方で……。だから、すげぇ無責任な事だってのは解ってる!けどどうか、黒乃は怖がらないでやってくれ!この通りだ……!」

 

 あぁ……やはりそうでしたか。わたくしはなんとなく感づいていたからこそ、黒乃さんに憎悪と恐怖を抱かなくなったのです。勿論、八咫烏の黒乃……そちらの方を許したわけではありません。何度も言いますが、アンジー姉様の敵であることに変わりはないのですから。

 

「わたくしには、姉同然の指導者が居ました。その方も、八咫烏の黒乃によって潰されてしまいましたわ。」

「!?」

「だからわたくしは、彼女に挑んだのです。ハッキリとした私怨を抱いての事でしたが、その矛先を向ける相手を誤っていたようですわね。」

「じゃあ……。」

「黒乃さんは敵ではありません。わたくしの敵は八咫烏の黒乃です。なので黒乃さんを悪く思うのはもうお終いですわ。幸いわたくしは、2度とISに乗れない……という事はなさそうですし。」

「そう……か……。ありがとう……本当にありがとう……!」

 

 一応ですが、どうしてわたくしが黒乃さんを恨んでいたかを説明しておきました。その言葉を聞いた織斑さんは凄まじく悲痛な表情を浮かべてわたくしを見ます。ですが、次いで出るわたくしの言葉に幾分か表情が和らいでいき……。最終的には、涙声で深々と感謝されました。

 

「頭を上げてくださいませ。わたくしとて、そこまで理解のない女ではありませんわ。」

「あぁ……ありがとう。でも、本当に感謝せずにはいられないんだ……。」

「そのお気持ちだけで十分です。貴方の想いは痛いほど伝わりましたので。」

「……ありがとう。それじゃ、俺はもう行くよ。押しかけるみたいで悪かった。後はゆっくり休んでくれよ。」

 

 そう言いながら、織斑さんはわたくしの前を立ち去ろうとします。……それにしても、わたくしと極普通に会話を交わしていましたわね。男性とは、情けない存在である。父がそうであったように、わたくしは男性そのものを毛嫌いしていたというのに。

 

「貴方は何か、他の方とは違って……不思議な方ですね。」

「は?いきなり何の話だよ。」

「男性の方はいつもオドオドとわたくし達の様子を伺って、ゴマを擦る……そういうものだと思っていました。」

 

 背を向けていた織斑さんは、わたくしの言葉に反応して再度こちらを向きました。何か考え込むような表情で、ガシガシと頭を掻くような仕草を見せると……次の瞬間には、顔つきは真剣そのものに。思わずわたくしも、気を引き締め織斑さんの言葉に耳を傾けます。

 

「やっぱり……そうやって女に媚びて生きてる奴って多いと思うよ。けどさ、それは多分悪い事じゃない。威張ってる女も悪くない……だってそれは、世界がそうさせてる事だろうからな。」

「世界が……。」

 

 それは……そうかも知れませんわね……。ISの登場を期に、世界は大きく変わったと言えます。女性の立場が強くなり、男性は弱いものだと……世界がそういう方向に動いてしまった。だからこそ、織斑さんは悪い事ではないと前置きしたのでしょうか。

 

「仕方ないかも知れない……けど、少なくとも俺は諦めたくない。諦めたくないから、情けない男じゃいられないんだ。」

「…………。」

「きっと俺だけじゃなくて、そうやって抗ってる奴も必ずいる。だから、男全部が情けないって思うのは少し考えてみてくれないか?俺がエラそうな事言えた立場じゃないんだけどな……。」

 

 強制ではなくあくまでお願いだと、織斑さんは付け足して言いました。……織斑さんを見る限りでは、確かにわたくしが見てきた方とは違います。わたくしは少し……いいえ、かなり愚かな考えをもっていたのかも知れませんわね……。

 

「もし俺の言葉に説得力がないって思うんならさ、しっかり俺の事を見ててくれよ。俺だけでも、オルコットの思うカッコイイ男でいるからさ。」

「なっ!?なななな……なんですいきなり!」

「何って……オルコットは、俺に他とは違う何かを感じたんだろ?多分それが男らしさって奴だ。だからオルコットが男に幻滅しないよう手本になるから見ててくれって話だが。」

 

 織斑さんが突然そんな事を言うものですから、わたくしは思わず声を裏返しながら聞き返してしまいました。ああ……もう、耳まで赤くなっているのが自分で解ります。男性には山ほど言い寄られましたが、全てはオルコット家の財を目当てにしての事……。織斑さんにそのつもりがない発言にしても……初めてわたくしの心に響いた言葉かもしれませんわ。

 

「ん……?なんか顔赤いな。やっぱ寝てた方が良いんじゃないか?悪かったな、なんか長居しちゃって。」

「い、いえ……お構いなく。」

「ああ、体は大切にな。んじゃ、また明日。」

 

 そう言うと、今度こそ織斑さんは保健室を後にしました。本当に、不思議な方……。だからこそかしら?わたくしは、あの方の事をもっと知りたいと思ってしまっている……。その心に、触れてみたいと思っている……。織斑 一夏……。心の中で彼の名を呟くと、胸が高鳴るのを感じました。

 

 困りましたわね……黒乃さんの邪魔をしてしまう事になりそうですわ。まぁ……彼女は2つの意味でライバルという事にしましょう。フフッ、これはこれで面白くなってきましたわね。さて……一夏さんのせいで惚けてしまいましたが、わたくしもそろそろ帰る事にしましょう。

 

 

 




黒乃→セクハラの大チャンスなのにぃ……!
セシリア→涙……?藤堂さん、貴女は……。

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