八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第31話 お帰り鈴ちゃん!

「黒乃、おはよう!」

「…………。」

 

 就任パーティーから1日開け、今日も今日とて教室へ登校……?なんだこの微妙な表現は。ま、とにかく1組を目指していたらイッチーに話しかけられた。朝は一緒じゃなかったのかって?いやいや、普通に別行動なときもあります。とりあえず挨拶には、会釈する事で応えておく。

 

「昨日のクッキー、ありがとうな。いつも通りに美味かった。」

 

 そっか、なら良かったんだけど。正直ちょっち砂糖入れすぎたかなとか思ってたんだけど、気にならないレベルなら御の字だ。……男でもお菓子作りとかはするんだろうけど、黒乃ちゃんの身体を使っているとこう……乙女化が進行してる気がしちゃう。

 

 本当、イッチーだけは変に意識しないようにしないと。皆の邪魔はしたくないし、何より俺の気持ちの整理が着いてない……というか、見て見ぬフリをしてるだけなんだけどな。……止め止め、らしくもない。馬鹿が考え過ぎた所で無意味さ。そんじゃ、今日も元気に1組へゴー!

 

「箒、セシリア、おはよう。」

「ああ、一夏に黒乃……おはよう。黒乃、昨日のクッキーは美味かったぞ。」

「……おはようございます、お2人とも。」

 

 メインキャラ……って言い方はダメなんだろうけど、イッチーとしてはモッピーとセシリーが近しい存在だと認識しているようだ。教室に入ると、イッチー達は挨拶を交わした。モッピーの感謝の言葉にも頷いておくとして、なんだかセシリーの様子が変だな……。気になったのはイッチーも同じみたいで、小声でモッピーに問い掛けた。

 

「なぁ、箒。セシリア……なんかあったのか?」

「あ、あぁ……私のせいだと思う……。」

「…………?」

「いやな、どうにも中国から代表候補生が来るらしいんだ。それでセシリアが自分の存在を危ぶんでの事かー……なんて言うものだから……。」

「……バッサリ斬り捨てたのか。」

「ぐっ!い、いや……悪気は無かったんだが。というか、私も冗談だろうと……。」

 

 あ~……なるほどね、そういう事だったのか。モッピーの事だから、もし仮にそうなら最初から入学させているだろうな……とか言ったんだろう。本気で自信満々に言っていただけに、モッピーの言葉が冗談めかしてても突き刺さったんだね……。

 

「それにしても、中国かぁ……。」

「……お前に他の女を気にしている余裕はないだろう。」

「そうですわ、一夏さんには必ず勝っていただきませんと!」

 

 あ、復活した……。イッチーは、やっぱり中国って固有名詞に思い当たる所があるみたい。それに反応してか、モッピーとセシリーは騒ぎ立てて詰め寄る。……あれ?おかしいな……本来ならここで、聞き耳を立ててた女子達が話しに入ってきて……クラス代表戦は1組と4組しか専用機が無いから余裕……みたいな発言をすると思ったんだけど。そう思って周囲を見渡すと……。

 

「…………。」

「…………。」

 

 ……居るよ、見覚えのあるツインテール中華娘が仲間になりたそうな目でこちらを見てるよ!話に入るタイミング計りかねてるよ!ああ、でもこの絵はなかなか可愛いかもしんない。教室のドアからちょこんと顔出して、今か今かと待ち受けてるこの感じ。でも、気付いたからには教えたげないとね。俺はイッチーの肩を叩いて、扉の方を指差した。

 

「黒乃、悪いけど今忙し……って鈴!?お前……鈴か!」

「やっと気づいた……!もう、黒乃が居なかったら完璧スルーだったわけ!?」

「いや、だってお前……相変わらずちっこいし。」

「なぁ!?アンタねぇ、久々に再会した幼馴染にそれは無いでしょ!」

 

 鈴ちゃんを見つけたイッチーは、目を見開いて驚いてる様子だ。でも、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。アレだよね、イッチーって少しドライなところあるよね。鈴ちゃんの言う通り、もっと何かあると思うけど。でも……この感じは懐かしい。

 

「黒乃は相変わらず……あぁ……ああああ!」

「…………!?」

「アンタ……アタシが帰ったの1年前よ!?どんだけおっきくなってんの!昔から大きかった癖にー!」

「んんっ……!?あっ……!」

 

 ふぉおおおお!?さ、最近はどうなってるんだ……数日に1回は胸を揉まれるぞ。ってか、鈴ちゃんの場合は掴むだから痛さも交じって……い、いかん……M気質なうえに敏感な俺にこれはマジでいろいろまずい!よ、よし……ここは他の事を考えてだね……。

 

 そ、そうなんだよ……昔から大きい方だったけど、何故だか鈴ちゃんが帰ってから途端にグングン成長しちゃってさ。おかげでブラのサイズをすぐとっかえなきゃなんなくて、あの時期は大変だった。まぁ、うん……鈴ちゃんの言いたい事も解るよ……解かるさ。

 

「ちょっ、貴様……黒乃に何を!って……一夏!何をマジマジと見ている!」

「前は助けてくれなかったのに何言ってんだ!」

「お2人とも、それより黒乃さんですね……。」

 

 ちょっ、もー!助けるんなら助けてよー!なんか、鈴ちゃんが胸揉みながら呪詛を念じてて怖いんだって……。ダ、ダメだ……立ってられなくなってきて……。ヤ、ヤダー!こんなんで、気持ちも完全に女の子になっちゃうのはヤダー!うおおお……イメージ、鈴ちゃんの洗濯板(意味深)に頬ずりしてる所をイメージしろぉ……。

 

「おい。」

「何よ!」

「学園で堂々と淫行に走るな馬鹿者が。」

「いったーい!?ち、千冬さん……。」

 

 おお、メシアよ!貴女の到着を心待ちにしておりましたぞ!ちー姉の登場により、鈴ちゃんはなんとか大人しくなってくれた。ようやく解放された俺は、腰を抜かしてその場にへたり込む。無表情でも頬は紅くなるし、息もなんだか自然に色っぽくなっちゃって……は、恥ずかしい……。

 

「……エロい。」

「一夏!」

「な、何も言ってねぇって!大丈夫か黒乃?」

「あっ、黒乃……ゴ、ゴメンやり過ぎ―――」

「お前は今すぐ教室へ帰れ。」

「は、はい!失礼しました!」

 

 え、何……?頭がボーッとして良く解からないんだけど……。……あっ、イッチーが助け起こそうとしてくれてるのか。イッチーの手を借りて立ち上がった頃には、鈴ちゃんの姿はもうなかった。その代わりに、頭を押さえたモッピーとセシリーが居る。そっか、鈴ちゃんの事をイッチーに聞こうとして叩かれたか。

 

 なんか知らんけど、お前は容赦してやろうとか言われた。まぁ……同性?なんだし、胸揉まれる感覚は理解……あれ?ちー姉にそういう相手って居た経験があるのかな?……いや、邪推は止しておこう。妄想するだけなら自由だけど、デリカシーってもんもあるし……後は大人しく席に着かなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

「と、いう訳で……部屋変わって。」

「どういう訳だ!?お前、開口一番ではないか!?」

 

 鈴音の転入により、幾分か騒がしかった日常は……やはり終日騒がしい物になるようだ。一夏と箒が同室である事を知った鈴音は、大胆な事に部屋の変更を申し出にやって来たらしい。という訳でと話し始めたにも関わらず、前置きらしい前置きを箒は一切聞いていない。

 

「ほら?篠ノ之さんも男と一緒とか嫌でしょ。だから変わってあげようかと思って。」

「べ、別に嫌ではない。嫌ではないと言うか……そう!平気なのだ。私は幼馴染だからな。」

「その前提だったらアタシも同じ条件なの忘れてない?」

 

 一夏の前だけに、肯定するにも否定するにも照れ屋な箒にしては難易度が高かった。だからこそ、当たり障りのない言葉を選んだのだが……深く関わりのない人間に淡泊な傾向である鈴音は、即反論して箒の逃げ道を断つ。ぐぬぬと箒が嫌に歯噛みするには、昼の出来事も起因していた。

 

「くっ、凰……。お前は黒乃の親友を名乗るわ部屋も奪おうとするわ……。」

「はぁ?当たり前でしょ、黒乃の1番の親友はアタシに決まってんの。」

(多分……黒乃は1番も2番も無いと思うぞ。)

 

 この2人、一夏を取り合うだけでは飽き足らず……黒乃の親友ポジションでも争っているのだ。一夏が鈴音を皆に自分との関係を説明した際、自己紹介にて自らを黒乃の親友と称した。それに意義を唱えたのが、他でもない箒である。箒としては、聞き捨てならない言葉だったのだろう。

 

 箒の小学時代の経験上、黒乃に接近を図る女子は一夏に取り入ろうとしているのがほとんど。人となりがまだよく解からない鈴を、それと同じ手合いだと思い込んでいるようだ。そこまで警戒するのは、箒も自分を通して姉を見るような連中に囲まれた経験からくるものだろう。

 

 2人のそんなやり取りを、一夏はとにかく無の状態で見届ける。我関せずならば、興味が無いのかと怒られ……口を挟めば、余計な事を言うなと怒られる……。そんな理不尽な未来が容易に想像できるだけに、とにかく話はしっかり聞きつつ矛先が自分に向くまでは黙っておくつもりなのだろう。

 

「馬鹿を言え、黒乃と同じく剣の道を生きる私こそが親友だ。」

「アタシと知り合った頃には剣道のひと欠片も見かけなかったわよ。」

「な、何っ……!?それは初耳だぞ、一夏!」

「お、俺……?あ~……そうだな、素振りくらいはしてたかな……ハハハ……。」

「ちぃっ……!なるべく人には言いたくなかったが、とっておきだ……。私は、別れの際に黒乃に泣いて貰った!」

「は、は……?なにそれ羨まし……ちょっ、マジ!?このっ……それならアタシは……。」

 

 黒乃の1番の親友でありたい2人は、両者一歩も譲らない。同門である事を前面に押し出した箒だが、そもそも黒乃は好きで剣道をやっていたわけでは無いのである。それを箒が知ったら卒倒も必至だろう。とにかく、一夏に真偽を問いかけてコレは不発だと箒は判断した。

 

 次いで出た言葉は、秘密兵器と表現して差し支えない。本来ならば、自分の中で留めておきたい最高の思い出なのだが……負けず嫌いが祟ってか、自信ありげに胸を張りながら黒乃との別れのエピソードを暴露した。これには鈴音も動揺を禁じ得ないようで、対抗手段になるであろう黒乃との思い出を語っていく。

 

 一方その頃、話題に挙がっている黒乃といえば……某動画サイトで無料配信されるアニメを視聴中であった。右から左へと流れる秀逸なコメントを、内心でニヤリニヤリと眺めながらノートPCを操作していた。ただし、その様子は何処か不満そうにも見える。

 

(……今季、ハズレが多いなぁ。)

 

 黒乃はそんな事を考えながら、耳を覆っているヘッドホンをおもむろに取り外す。黒乃は目が肥えてしまっているだけに、アニメなどに関しては極端に評価が厳しい。今もどちらかと言えばコメントの方を楽しんでいたようで、エンディングに入るや否やサイトのユーザーページへとブラウザバックさせた。

 

(おまけの2分アニメの方が面白く感じるとか……どうかしてるだろ。じゃあ本編は何さ、苦行か?)

 

 日ごろの物腰の低さやチキンハートは何処へやら……。不満と言うか、完全なる文句が頭に浮かぶのは、黒乃……の中身のオッサンにしては珍しい。すると今度は、おまけが本編でタグ検索を開始する。すると案の定と言うか、例の2分アニメとやらのまとめ動画を見つけた。

 

 黒乃はまるで仕方が無いとでも言いたげな息を吐いて、そのまとめ動画をクリックした。そうして再びヘッドホンを装着……しようとしたときに、どうも隣の部屋が騒がしい事に気が付いた。動画の再生を一時停止させると、はて……何だったかと思考を巡らせる。

 

(……あ、そっか……鈴ちゃんがモッピーに部屋変われって言いに来るんだったっけ。)

 

 勉強はろくに出来ないくせに、趣味に関わる記憶力は異様に高い。黒乃の想像通りに、お隣の1025室は箒と鈴音が口論の真っ最中である。まぁ……現在に限っては、本人が知っているのとは違う理由で口論中だが。それを思い出した黒乃は、ベッドの上で腕を組み胡坐をかいて座り……むむむと唸ってみせる。

 

(仲裁に向かうべきか、ここはスルー安定か……どっちだ……?)

 

 本音を言ってしまえば、黒乃は真っ先に後者を選んでしまいたいのだ。争い事が苦手というのもあるが、単に激昂する箒と鈴音の相手をするのは勘弁したいらしい。それに、自分が行ったらますますややこしい事になるような気もした。

 

 かといって、持ち前のお人好し気質から無視するのも気が退ける。悩みに悩んで黒乃が出した結論は、もう少し様子を見る……だ。最悪は後に起こる事件で鈴音をフォローできればよいと割り切り、取りあえずはさほど長くは無いまとめ動画を視聴してから行動に移す事にしたらしい。さて、それでは再度1025室の様子を見てみよう。

 

「ら、埒が明かんな……。」

「そ、そうね……そこは同感だわ……。」

(じゃあその埒が明かないやり取りを見せられてる俺っていったい……?)

 

 反論に反論を重ねるも、互いに折れる事は全くなかった。そろそろネタが尽きて来た頃になると、ネタよりも先に2人の疲労感が凄まじい。大声で騒ぐものだから、ぜぇぜぇと肩で息をするほどだ。そして互いに、そこはかとなく中止に動くように空気を換える。

 

「じゃあこうしましょう。少し一夏に確認したい事があるから、それは邪魔しないでもらえる?」

「……良いだろう。」

「そ、ありがと。……一夏。」

「お、おう。」

「アタシと篠ノ之さん、一緒の部屋ならどっちがいい?」

 

 箒に部屋を変われと言うよりも、こっちの方が画期的だと鈴音は思いついた。急に話を自分に振られて、ついに矛先が向いたかと真剣に考えてみる事に。箒はその手があったかと思いつつ、一夏は自分を選んでくれると信じて待つ事にしたらしい。そして、一夏の出した答えは……。

 

「それ、箒か鈴じゃないとダメか?」

「どういう意味よ……。」

「いや、誰が同室が良いかって聞かれたら……そりゃ黒乃だろ。」

「「…………。」」

 

 瞬間、空気が凍った。いや、この場合は確かに一夏の言葉にだって一理ある。10年近く同居したとなると、一夏としては最も同室で気が楽なのは黒乃に違いない。だが……普通はそんなに堂々と黒乃が良いなどと言えるノリではなかった。安定の一夏クオリティに、2人はしばし言葉を失う。

 

「じゃ、じゃあアレは?約束、覚えてる?」

「約束?約束ってアレか、鈴が料理が出来るようになったら―――」

「そう、それそれ!」

「酢豚を奢ってくれるって奴か?」

 

 急な話の切り替えだが、一夏が黒乃が良いと言ったのならばこれ以上の追及は無意味だと思ったのだろう。鈴音は約束の話を振って、一夏がしっかり覚えて……いても無く……。途中まで良い調子だっただけに、鈴音は盛大にズッコケる。さっきまでいがみ合っていたわけだが、これには思わず箒も同情するしかない。

 

「まぁ別にそんな無理する事ないんだぞ。酢豚だったら黒乃に頼めば作ってもらえるし。」

「っ……!アタシが……いつ黒乃の話したの!」

「鈴……?」

「ほんっと変わってない……。二言目には黒乃、黒乃、黒乃……!ちょっとくらい、ちゃんとアタシを見てくれたっていいじゃん!」

 

 忘れていたと言うか、そもそも認識の違いがある事は薄々だが鈴音も気付いていた。しかし、次いで出た一夏の言葉は流石に気に障ったらしい。一夏が黒乃の身を案じること自体は、鈴音だって何の文句も無いのだ。だけれど、自分の必死のアプローチが何でもかんでも黒乃に結び付けられてしまうのが耐えられない。

 

「……自分は黒乃の親友じゃなかったのか。」

「ええ、それは勿論。だけど今それは別!」

「別……?全然鈴が何言いたいか解からねぇよ。」

 

 女性が織り成す複雑な感情を、一夏の頭で理解できるはずもなく……。心底から難しい表情を見せる一夏に、鈴音の苛立ちは更に増した。とはいえ、黒乃に対する物では全くないのは救いだろう。鈴音は目の前の一夏へと、ただただ怒りをぶつける。

 

「とにかく、今アンタが黒乃の話題を出すのはなし!」

「なんでだよ、それは俺の勝手だろ。」

 

 箒と鈴音の言い争いが終わったと思ったら、今度は一夏と鈴音である。そんな2人の様子を、黒乃は扉の隙間から覗いて大変に困惑していた。動画を見観終わってどんな具合か伺いに来たら、2人が自分の話題で口喧嘩をしているのだから無理もない。

 

(なんでや……。つーかイッチー……いい加減に()離れしてくれぃ。)

 

 一夏の発言には、他ならぬ本人がドン引きだ。とにかく喧嘩の原因が自分であるだけに、黒乃としては引き下がれなくなってしまう。観念して1025室に入ると、黒乃に気がついたのは箒のみだった。箒は、騒がしいからやって来たのだろうと解釈したらしい。

 

「ああ、黒乃か……。見ての通りだ、私には手に終えん。」

(そうは言うけどねぇモッピー、俺も同じようなもんだよ。)

 

 箒が仲裁に入らないのは、ちょっとした拍子で自分も喧嘩に混ざってしまう気がしていたからだ。だからこそ、遠回しだが黒乃になんとかしてほしい旨を伝える。あまり乗り気ではないながらも、そう言われては断れないのが黒乃である。心の中で溜息を吐きつつ2人へ近づいた……そのときだった。

 

「うるさい貧乳。」

(ぬぅん、よりによってこのタイミングか!)

 

 鈴音にとって、最も気に触る言葉を一夏が放った。この言葉が、ビンタへ繋がる事を黒乃は記憶している。どうするべきか一瞬だけ迷った黒乃だが、ここは身を呈して鈴音のビンタを受ける事を選ぶ。これは決して一夏を守ろうという事ではなく、あくまで鈴音が一夏に暴力を振るわずに済ます為である。

 

 黒乃が2人の間に滑り込むと同時に、バチンと痛烈な音が1025室に響く。狙ったのと違う相手、それも黒乃の頬を叩いたとあらば、鈴音も自ずと我に帰った。すぐさま謝罪をしようとするわけだが、それは思い切り一夏に阻まれてしまう。

 

「ご、ごめん黒―――」

「黒乃!?平気か、大丈夫か!?あぁ……こんな赤くなって……。」

(いや、違っ……俺の事はいいから、とりあえず落ち着いてほしいだけなんだって!)

 

 一夏は、黒乃の赤く染まった頬を慈しむかのように撫でた。黒乃は別に自分の心配はいらないので、軽い力で抵抗しつつ一夏の手を取り払おうとする。しかしだ、周囲から見れば一夏の手を握り締めているようにしか感じられない。その様は、まさに恋人同士のそれである。

 

 これには思わず、鈴音だけでなく箒も敗北感に似た物を感じた。いや、それだけならまだ救いがあったのかも知れない……。黒乃がビンタを喰らった事で、自分への興味が全て薄れてしまった事に、鈴音は唖然茫然とするしかないようだ。しばらくそのままだったが、徐々に肩をワナワナと震わせる。

 

「なによーっ!もう良い……そんなに黒乃が好きならとっとと嫁にでもなんでもしちゃえば!?その代わり、クラス対抗戦は覚悟しときなさいよ!」

「あ、待て鈴!帰るなら黒乃に謝って……行っちまった……。」

(ああぁぁ……なんてこった、原作よりもややこしい事にぃ……。)

 

 半ばヤケクソ気味になった鈴音は、元も子もない事を言いながら去って行った。昔からそう思っていても口には出さなかったが、ここに来て爆発してしまったのだろう……。黒乃に関しては、自分絡みでややこしい方向にもつれてしまい悔いているようだ。それもこれも一夏の鈍感故と思うと、暴力を良しとしない性格の黒乃もつい手が出てしまう。

 

「黒乃、ほっぺたは本当に平気か?なんなら、氷とかで冷やし……って!?」

(もー……ホントに勘弁してよイッチー!シスコンも大概にしなさい!はぁ……帰る……そんで寝る……。)

「…………。箒、鈴はともかく……何で俺は黒乃に叩かれたんだ?」

「……さぁな、自分で考えろ。」

 

 凄まじくスナップの効いたビンタを一夏の頬へ叩き込んだ黒乃は、少し肩を落としながら1026室へと帰る。取り残された一夏は、何が何やら解からない様子。箒に黒乃がビンタしてきた理由を問うが、どうにも冷たい反応しか返ってこない。箒としては、妥当なところで鈴音の扱いに対して、大穴で照れ隠しといったところだ。

 

 だが残念、いつも通りに不正解である。皆が黒乃に抱くイメージが、単に苛立ちを覚えてのビンタだと予想させない。特に一夏は、結論へと辿り着く事は無いだろう。それでもしばらく、難しい顔をしながらわけを考えているようだったが……。その頃には、既に鈴音の事は忘れかけているバカヤロウであった……。

 

 

 




黒乃→もーっ!ほんと困った鈍感おバカだねイッチーは!
一夏→何で叩かれたんだろうなぁ……?


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