八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第4話 天災兎の早とちり

俺が剣道を始めるようになって、数日が経過した。数日習ってみて解ったが、やはり俺には武道の類は向いていない……。黒乃ちゃんの肉体のスペックが高いのか、下手くそって事はないのだ。むしろパパンや皆には、良く褒められる。しかしなぁ……苦手だなぁ、相手を攻撃するのって。頭ではスポーツだからしょうがない事だって、そのくらいの事は理解してるけど……。とにかく、体が受け付けないんだよ。

 

 だから剣道がある日は、総じてブルーな気分だ。放課後の道のりを、心の中で溜息を吐きながら歩いている。しかも……1人でだ。イッチーもモッピーも、何やら用事があるらしい。それぞれ違う場所であったが、先に道場に行っていてくれと言われた。ちぇっ、つまんないの……。俺は思わず端に落ちていた小石を蹴り上げた。

 

 物にあたっても仕方ないな。それこそ子供のする事だし、何より今蹴った石が人にでも当たれば問題だ。とにかく、早く道場に向かう事にしよう。今は俺1人だけど、向こうへ行けばパパンやちー姉が居るかも知れない。

 

 ……と、思っていた時期が俺にもありました。境内をあちこち見回っても、パパンの姿が見当たらない。仕方が無いので、胴着に着替えて道場へと足を運んでみる。しかし、やっぱり此処にも人の気配は無い。何だろうかこれは、もしかして新手のイジメだろうか。そんな物は、昔からの経験で慣れてるが……。人を捜して、誰も見当たらないのは寂しい物だ。

 

 だけど、おかしい事にどこもかしこも鍵が開いているな……。パパンが施錠を忘れるとも思えないし、開けっぱなしで出かけた……っていうのも違うと思う。そう思うと、俺がこうして道場に入っているのも奇跡に等しい気がしてきた。それ以前に、少し不躾だったかも。むむぅ……コレは、本気でパパンかママンを捜した方が良いな。2人そろっていないとなると……お取込み中(意味深)とか?

 

 ……よっしゃあ!気合を入れて捜そう!いえいえ、あわよくばその現場に突撃できるかも……なんて思ってませんから。ただ純粋に、礼儀正しく生きようとしているだけだから。そう思い立った俺は、竹刀やら防具やらを道場に置いてパパン&ママンの捜索を開始……の前に気付いた。そっちの方が、よほど不躾じゃない?……自問自答するまでも無いか。こうなったら、イッチーとモッピーの到着を待つしかないな……。

 

 でも、ちょっと待てよ。どこもかしこも施錠されていないと言う事は、もしかすると『あそこ』も開いているかも。まぁ……ちょっとした暇つぶしにもなるし、少しくらいなら大丈夫だろう。今度こそ俺は、ある場所を目指して歩き出した。俺が向かったのは、道場と隣接する倉庫のような場所だ。ここには様々な備品が点在していて、好奇心の強い俺からすれば入ってみたかった。

 

 倉庫には、道場内からも入れる仕組みになっている。俺は道場の床をペタペタと歩いて、奥の方へと進んで行く。少し進めば、そこには倉庫へと通じる扉が現れた。戸口を観察してみると、やっぱり鍵はかかってない。しめしめ……危ないからとかで入らせて貰えなかったが、まさかこんな形でチャンスが訪れるとは。俺は戸口へと手をかけると、ゆっくり横へとスライドさせて開いた。

 

 道場が長い年月を送ってきたのを示すかのように、ゆっくり動かすと素直には開いてはもらえない。もう少しだけ力を込めると、音を立てながらもなんとか開いてくれた。俺は開いた入り口を眺めてから、右左を確認して倉庫へと足を踏み入れる。どうにも倉庫の中は、埃っぽくてうす暗い。時間帯がもう少し遅ければ、完全に何も見えなかっただろう。

 

 暗い中で目が慣れて来たのか、だんだんと倉庫内の全貌が明らかになって来た。俺は倉庫の中心に位置する場所で周囲を見渡すが、まぁ……蓋を開けてみればとかいうやつだ。解っていた事だけど、やっぱり予備の防具とか竹刀がしまってあるだけのようだ。どっちかって言うと、古くなったからしまわれた感じかな。ここで暇をつぶすのは、少し無理があるかも。うん……?あそこの籠に入っているのは、木刀じゃないか。

 

 おーっ!木刀なんてあったんだな。竹刀よりかは、こっちを持ってみたかったんだ。ゲームとかで良く見るような、洋式の剣ももちろん好きだ。だけど、俺の和風好きは揺るがない。完全に俺の中では木刀>洋式の剣である。少し振るくらいなら、怒られないだろう。事情は話せないけど、説教を受ける覚悟で!それくらいをしてでも、木刀は振ってみたかったのだ。

 

 俺は籠の中に入っている木刀の内から、適当な1本を拝借する。そして急いで道場へと戻ると、柄をしっかりと握ってその場で構えてみる。うむ……やはり木刀の方がしっくりくるな。これで殴られたらとかは想像したくないけど、たまにはこうやって剣士気分を味わうのも悪くはない。よしっ……そうだな、試しに一振りだけして大人しく元の場所へ返しておこう。心残りが無いように……俺は、全力の力で縦に木刀を振った。

 

 しかし、どうした事か。俺が思い切り振り下ろすと同時に、木刀は日本刀で言う鍔あたりの部分からポッキリと折れてしまうではないか。それはもう強烈な木の圧し折れる音が響いて、刀身のほうは道場の床へと叩きつけられる。木と木が打ちつけられて、これまた大きな音を響かせた。…………やっちゃったZE☆ど、どういう事だ!?まさかとは思うけど、木が腐ってたんじゃ……。あっ!?そうか、だから倉庫にしまって……!

 

 そんな当たり前の事にも気が付かないなんて、俺ってばお馬鹿さん!テヘッ☆さて……パパンになんて言い訳するか考えないと。……って、俺は喋れないでしょうよ。……アハハハハ~どうしてくれようか~……。い、いやだってさ、まさか折れるなんて思わないじゃん。で、でもなぁ……こういう時に隠そうとすると、逆に酷いなんて事は解っている。どんな恐ろしい説教も……甘んじて受け入れよう。今回の件に関しては、完全に俺が悪いのだから。

 

 俺がトボトボと折れてしまった刀身の方を拾いに行くと、なにやらドタドタと騒がしい足音が聞こえた。もしかすると、パパンかも知れない。ナイスタイミングですね……。俺は覚悟を決めて、足音の聞こえた方を見た。すると同時に、視界が真っ暗になる。そして、このいい匂いと柔らかい感触……俺が間違えるはずも無い!おっぱいだ!うほああああ……た、たまらん!この巨大なくせに俺の頭部が丸ごと埋まるかのような弾力……相当な大きさだ!

 

 ああああぁぁぁぁ……ちくしょおおおお!なんで……なんで俺の身体は言う事を聞いてくれないんだ。これなら息が出来ないふりをして、この超巨大なおっぱいを無遠慮に揉みしだいてやるのにいいいい……。あれ……ってかコレ、本当に息が出来ないんですけど?く、苦しい……けど、幸せだぁ……デヘヘヘヘ……。天国と地獄とは、まさにこの事か。いや、もういっその事……これで死ねるなら本望な気がしてきた。もう……ゴールしても良いよね?

 

「むふふ……。やっと2人きりになれたね、くろちゃん!」

 

 俺の顔面から柔らかい感触が消えると同時に、そんな事を言うこの人は……。みんなのアイドルさん、みんなのアイドルさんじゃないか!もとい、モッピーのお姉さんの篠ノ乃 束さんだね。後にISを世に送り出し、文字通りに世界を変えてしまうお方である。しかし……本当に、大変いいおっぱいをお持ちで。揉みたい(直球)。

 

 それにしても、いつの間に気に入られていたのだろう。俺はてっきりモッピー、ちー姉、イッチーと仲が良い俺は、嫌悪されていると思ったのだけれど。まぁ……仲良くしてくれるのなら、細かい事は考えなくていいか。そういうわけで、これからはたば姉と呼ばせてもらおう。たば姉は、俺と2人になれる機会をうかがっていたらしいけど、いったい俺に何の用事なんだろう?

 

「いや~君に会おうとするとね、ちーちゃんがうるさくってさ~。果報は寝て待てだよね、ブイブイ!」

 

 そう言いながら、たば姉はキャピキャピした様子でエヘ顔ダブルピース。可愛い人だなぁ……年上には思えない。前世もカウントすれば、俺の方が圧倒的に年上だけど。デレデレのたば姉の破壊力たるや、時には悶えてしまうほどだ。今もそれが表に出なくて、すごく助かっている。たぶんだけど、軽く引かれるにやけ顔になった自信がある。

 

「くろちゃんと私はさ、同類だと思わない?君も、相当に力を持てあましてるみたいだしさ。」

 

 たば姉は、俺の持っている折れた木刀を眺めながらそう言った。いやいや、これは単に木が腐ってただけですよ。もし俺の素振りで折れてしまったのなら、黒乃ちゃんは化け物と言わざるを得ない。でもなぁ……なんだか、ちー姉ならできそうで怖いや。俺の中で人外と認識されているせいだろうけど、いくらなんでもちー姉でも無理か。

 

「退屈だよねこの世界って、私達みたいなはぐれものにはさ~。誰もかれもが人の顔色を気にしてさ……やんなっちゃうよね。」

 

 う~ん……たば姉には悪いけど、それは少し共感できないなぁ。確かに俺もイッチー達以外には、腫れ物を見るような視線を送られる。けれどそれは、俺が解ってもらう努力をしていないからだろう。俺は俺なりに、この世界を楽しく生きている。だから、この世界を退屈にするのは……。

 

「自分自身で……。」

「ほぇ?」

 

 おろ、珍しい事もあるものだ。俺の口から、ポロっと自分が考えていた事が出てきた。正確に言えば、『この世界を退屈にするかしないかは、自分次第で大きく変わる』と言いたかったのだけれど。そこだけ出てきたって、きっとたば姉は理解不能だろう。現に、とても不思議そうな声をあげていた。

 

「ふ~ん……なるほどなるほど、くろちゃんの言う通りかもね。フフフ……やっぱり君は面白いや!」

 

 え?今ので解ったの?たば姉すごいな……。この人に不可能はない気はするけど、察しの良さも天才的だな。もうなんていうか、たば姉のなんでもできる感は未来の世界の猫型ロボットに通じるものがある。なんて思っていると、外から何か騒がしい声が聞こえた。この声は……ちー姉か?

 

『束ーっ!ここに居るのは解っているぞ!』

「げっ、もう追いついて来た……。お仕置きが怖いから、私は退散するね!あっ、その木刀は束さんが処分しといたげるよ。それじゃ、まったね~!」

 

 たば姉も声の主がちー姉だと解ったらしく、苦い表情を浮かべながら呟いた。しかし、それも一瞬の事だ。俺へ別れの挨拶を述べながら、俺の頭を優しく撫でる。そうしてたば姉は、俺の持っていた木刀を回収しつつ一目散に裏口から逃げていく。それと入れ替わるかのように、ちー姉が道場へと足を踏み入れた。

 

「束ぇ!黒乃に余計な……。……チッ!逃がしたか?黒乃、ここへ束……ウサギ耳のカチューシャを着けた変な女が来なかったか。」

 

 ちー姉は、鬼の形相で道場を見渡した。ふぇぇぇぇ……怖いよぅ……。俺に質問するのにも、そんなに睨まなくてもいいじゃないですか。ど、どうする……本当の事を言うか、それとも嘘をつくか。はっ!?そうだ……こんな時だからこそ、表情が出ないのを利用すれば……。そう思った俺は、ピクリとも動かずにいた。

 

「…………ダメか……。いや、済まなかった。黒乃は気にしなくても良い。ただ……ウサギの耳を着けている女には気を付けろ。」

 

 イエスっ!なんとか誤魔化す事に成功したぞ。ちー姉は俺に警告を促してから、急がしそうに道場を出ていった。もしかして、ちー姉はたば姉が俺に何かするつもりって思っているのかな?だとしたら……恐ろしいな。たば姉の真意は図れないからなぁ……。さっきの接触に、悪い意味が込められていなければいいけど。

 

 しかし、ダブルシスターは嵐みたいに過ぎ去っていったな。でも……やっぱり大した時間つぶしにはなってない。はぁ……イッチーとモッピーとパパンは、いったいいつになったら来てくれるのだろう。……素振りでもしていようそうしよう。流石に何もしないよりはましだ。そうやって竹刀を手に取る俺の背は、寂しげだったに違いない。

 

 

 

 

 

 

「は~な~し~て~よ~!ちーちゃん、いい加減にくろちゃんと会わせてってば~!」

「そういう台詞は、その手に持っている怪しげな物をしまってからにするのだな!」

 

 放課後の時分、学校の校門付近で千冬と束が何やら一悶着していた。千冬は束の服の襟首を掴んで、束は無理矢理にでも前進しようとしている。ギャーギャーと騒ぐこの様子は、ここ最近でほぼ毎日くり広げられている光景だ。どうやら束は、黒乃との接触を図りたいらしい。理由としては、黒乃が『仲間』であるという確信を得ていたから。

 

 同じく、自身の異常性を隠しきれない者同士だ。束は黒乃の様子を盗み見た時から、あの子との接触は意義あるのもだと考える。しかし、それを千冬が良しとしない。黒乃を元に戻せるかと頼んだのは千冬の方だが、どうにもやり方が信用ならない。今も何か、メスのような手術道具に見える物を握っている。黒乃を大切な家族と思う千冬としては、束を会わせるわけにはいかない。

 

「あ、これ?やだな~ちーちゃん、これは冗談だってば!ええと、本命は……こっちこっち。」

「なんだそれは、ヘアバンドにしか見えんぞ。」

「ネーミングはしなかったんだけど、実はこれ凄い電流で脳に刺激を……。」

「ふざけるな!ますます会わせられるか、この馬鹿!」

 

 束もしっかり約束そのものは守ろうとしているようで、懐からヘアバンドに似た何かを取り出した。どうにも束はいろいろと試すべきだと、取りあえずは脳に関連する物を開発するらしい。千冬が訝しむ目で見ていると、束は説明を入れた。最初から期待はしていなかった千冬ではあるが、やはりろくな物には聞こえない。束としては不服なのか、なんでー!?と猛抗議している。

 

「も~……ちーちゃんの分からず屋~。いいも~ん、強硬手段に出ちゃうもんね~。本気の束さんは、けっこう無茶もしちゃうから!」

「お前、何をする気で……って、ちょっと待て……なんだこれは!?」

「対象をロックして、絡みついて縛り上げる捕縛用のロボットだよ。じゃ、そういう事で!」

「このまま放置か!?何よりそれがキツい……おい束!この……覚えていろ!」

 

 今度は束の懐から、ニュッとメタリックな蛇の様なロボが飛び出てきた。それは千冬を簀巻きにするように絡みついて、動きを拘束する。しっかり千冬のパワーにも耐えうる設計の様で、振りほどこうとしてもピクリとも動かない。一応の解説を入れた束は、すたこらさっさと逃げて行った。まだ人通りも多いのに、1人で捕縛プレイ状態など確かにキツいものがある。

 

 千冬を捕える事に成功したとはいえ、そう長く時間稼ぎはできない。そう判断した束は、急ぎに急いで帰路に着いた。走りながらノートPCをカバンから出すと、ペチペチとキーボードを叩いた。すると画面には、1人で歩く黒乃の姿が映し出された。この映像を送っているのは、黒乃の頭上を飛ぶ小型のドローンだ。つまるところ、束は黒乃を監視していたりする。

 

「よぉし……。タイミングが良いね、束さんってば……運も味方につけちゃってるよ。」

 

 今日は剣道の練習日だ。その日に黒乃が1人で篠ノ之家に向かっているとなれば、一夏と箒は何かしらの事情で遅れると束は読む。束としては、黒乃との接触はなるべく1対1で行いたかったのだ。そうすると、残る邪魔は自身の両親のみだった。適当に、どこかへ誘い出すか……。

 

そう考えた束は、携帯電話で自宅へ連絡をかけた。どうせ向こうは、こっちの電話番号を知らない。鼻をつまんで声色を変えると、箒にトラブルがあったので学校へ来てほしいと伝える。箒を出汁に使った事に関してのみ、束は罪悪感を覚えた。しかし、こんなチャンスは2度とない。束は心を鬼にして、作戦を続行する。

 

「……おっけーおっけー、誰も居ないね。」

 

 自宅へ戻ると、思惑通りにもぬけのからだ。黒乃の到着にも、もうしばらく時間がかかる。束は残された時間で、自宅のあちこちの施錠を解除した。人と言うのは、1人きりだと油断しやすい。そこにつけこんで、束は他の皆も知らない黒乃を見つけるつもりなのだろう。

 

「おっ、来た来た……。」

 

 前回は隠れて位置が特定されたため、とりあえず束は自宅へ入っていた。民家に人の気配がしたって、流石の黒乃も気には止めないだろう……という事らしい。実際に黒乃は、特に気にする様子は見せずに更衣室へと向かった。そして黒乃が道場へ向かったのを見計らって、束も道場の入口で観察を開始する。

 

 すると黒乃は、道場内を歩き回る。すぐに稽古を始めないところを見るに、何か考えがある様子だ。しばらくすると黒乃は奥へ消えて、その手に木刀を握って帰って来た。それを振るつもりという事くらいは解るが、竹刀ではダメなのだろうか。

 

 その答えは、すぐに解った。黒乃が木刀を構えた途端に、束はピリピリと肌が痛くなるのを感じた。気迫だとか、目に見えない力なんてナンセンスだ。今まではそう思っていた束だが、ここまでハッキリ感じると認めざるを得ない。やはり黒乃が1人の状況を作って良かった。これはきっと、黒乃が皆へ見せなかった全てに違いない。

 

 束がそう思いながら見ていると、黒乃が木刀を振った。木刀の刀身から、まるで空気を裂くような音がした後……何かを叩きつけたかのような音も鳴る。驚いた束は目を閉じてしまう。恐る恐る黒乃を見ると、束のテンションは最高潮となる。

 

 なんと鍔付近から先が消えて、刀身が遠くに転がっているではないか。どうしてかなど、聞かなくても解る。木刀は、黒乃の振った速度に耐える事ができなかったのだ。木の中でも固い樫製である木刀が、黒乃が縦に振っただけでポッキリと折れてしまったのだ。明らかに人間業ではない事を、たかだか小学2年生がやってのけた。

 

(すごい……すごいすごい!きっと私とあの子は、出会う運命に違いないよ!)

 

 もう少し隠れているつもりだったが、束は耐えられなくなってしまった。道場の床を踏み鳴らしながら、黒乃に接近していく。興奮が押さえられない束は、黒乃を抱き締め顔面を豊満な胸へと埋めさせる。てっきり抵抗されると思っていたが、黒乃は大人しいものだ。

 

「むふふ……。やっと2人きりになれたね、くろちゃん!」

「…………。」

 

 実際に言葉を交わすのは、これが初めてになる。そのせいか、黒乃の無表情が少しだけ困惑した様子に見えた。しかし束は、いろいろと手順をすっ飛ばして話を進める。自己紹介もしないのに、黒乃は大人しく自分の話を聞いてくれている。きっと黒乃は、警戒する必要がどこにもないのだろう。

 

「くろちゃんと私はさ、同類だと思わない?君も、相当に力を持て余してるみたいだしさ。」

「…………。」

 

 束は折れた木刀を見ながらそう告げるが、黒乃は否定も肯定もしない。黒乃が初対面だから解らないというのも忘れて、束はとてつもなく嬉しそうに語る。箒でもなく、千冬でもなく、一夏でもなく、真に解り合える人間を見つけたと思っているだけに、喜びもひとしおなのだ。

 

「退屈だよねこの世界って、私達みたいなはぐれ者にはさ~。誰もかれもが人の顔色を気にしてさ……やんなっちゃうよね。」

「自分自身で……。」

「ほぇ?」

「…………。」

 

 束は、様々な意味ですっとんきょうな声を出した。喋らないはずの黒乃が、自分に何かを伝えようとしたのだ。束は黒乃が続きを話す事を期待したが、どうやらそれ以上は無理らしい。仕方がないので、黒乃の言葉の意味を模索する事に。

 

 自分自身でと、確かに黒乃はそう言った。自分の放った言葉の前後から推察するに、黒乃は退屈な世界なら、自分自身で面白くしてしまえば良い……と、そう言いたかったのではないだろうか。それは一理あるし、何より天才である者にとっては、特別に難しい事ではない。

 

「ふ~ん……なるほどなるほど、くろちゃんの言う通りかもね。フフフ……やっぱり君は面白いや!」

「…………。」

『束ーっ!ここに居るのは解っているぞ!』

「げっ、もう追いついて来た……。お仕置きが怖いから、私は退散するね!あっ、その木刀は束さんが処分しといたげるよ。それじゃ、まったね~!」

 

 本当はまだ黒乃と話していたかったが、何よりも千冬の方が恐ろしい。いずれは会うようになるが、追われれば逃げるのが人間の心理という物だ。束は黒乃の手から木刀を奪うと、返事も聞かずに裏口の方へ駆けだす。あらかじめ何足かおいてある靴を瞬時に履くと、せっせと篠ノ之家の敷地から離脱した。そして走り回りながら、黒乃の発した言葉を思い出す。

 

『自分自身で……。』

(自分自身で面白く、かぁ……。ねぇ、くろちゃん。君は、本当に今の現状を面白く過ごせているのかな?私には、とっても退屈そうに見えるよ。)

 

 藤堂 黒乃という存在を表現できずに、自分の内に秘めた全霊の力も発揮できない。黒乃からすれば、かなり抑圧された日常だと感じているに違いない。黒乃の事情をかんがみるに、何も他者と違う……普通でないと認識されるのが怖いというのは当てはまらないハズだ。だとすれば、やはり感情表現が出来ないから。思い切りを出来ないのは、とても辛い事だ。だからこそ、束は思った。

 

(……アレ、早く完成させちゃおう。アレが世に出て世界が変われば、束さんは面白いのはとーぜん。きっとくろちゃんも……アレだったら全力を出せるよね!一石二鳥じゃん!)

 

 我ながらいいアイデアだと、束は1人表情を明るくする。世界が自分達を認めないのならば、それでも構わない。だが、そんな世界でも自分達が楽しむ権利くらいはあるはずだ。束がつまらぬ世界に一石投じて、つまらなくとも黒乃がせめて全力の出せる世界を。その『一石』を、束は既に形にしかけていたのだ。つまり今回の黒乃のアドバイスは、束の背中を押すナイスなものだった。

 

(ムフフフフ……そうと決まれば、頑張らないとね!待ってて、くろちゃん。束さんがきっと、君の望む世界を見せてあげるよ!)

 

 束の見せる黒乃への執着は、仲間意識か……それとも。それは本人しか知りえない事だが、絶大な支持を寄せているのは確かだろう。走り回る束は、どこか嬉しそうだ。その様は、まるでウサギがピョンピョンと跳ね回るかのような風に見えるのは、大きなウサ耳カチューシャだけのせいでは無い。この日以来……月に魅せられ狂ったウサギは、着実に世界を変える存在の作成に着手していく事となる。

 

 

 




黒乃→木刀が腐ってたみたいだ……。
束→木刀を振っただけで折っちゃった!?


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