「黒乃。」
「…………?」
「あの、少し頼みがあるんだけどな―――付き合ってくれ。」
「…………。」
放課後、フラッといなくなる黒乃を捜していた。寮の方へ足を運んでみると、シンプルだが目立つ長い黒髪の少女を見つける。俺が黒乃を呼び止めると、その長い黒髪を翻しながらこちらへ振り向く。それに伴い、黒乃の方から鼻孔をくすぐる芳香が漂うもんだから……。ぐっ、すげぇいい匂い……。
付き合ってほしいというのは臨海学校に向けて買い出しに行くから、それに着いてきてくれという事。……デート行こうぜって正面切って言えたら最高なんだろうけどな。臨海学校を口実に黒乃と2人きりで出かけようっていう魂胆じゃないのも確かなんだ。ええ、決してそんな魂胆じゃありませんとも。
「…………。」
「そうか、解った。じゃ、今度の日曜日な。調度いい時間に俺が迎えに行く。」
黒乃は簡単な質問なら、こちらに気を遣ってなるべく早く回答してくれる。しかし、今のはしばらく考え込むような様子だった。首を縦には振ってくれたけど、今の間はなんだったのだろう。……不安になる。黒乃は俺と距離を開けたいんじゃないかって、そんな事を考えてしまう……。
だけど逃げたくはない。俺は黒乃と踏み込んだ関係になりたいって思っているんだから、今回のこれはチャンスだろう。多少は強引だって言い。黒乃は嫌なら意思表示をしてくれるはずだ。その意思表示さえしっかり受け取れば、後は問題ないと思いたい。
そうして黒乃を誘った日から数日経過し、やっとこさ日曜日が訪れた。本日の天気は快晴で、絶好の外出日和といったところか。日差しは若干キツくなりつつはあるが、やはり太陽が出ていると自然に気分も晴れやかになる。それで、黒乃とやって来たのは『レゾナンス』と言う名の駅前ショッピングモールだ。
その規模は都内でも有数で、此処に目的の品が無ければ諦めろ……と言えば、此処の規模が解って貰えるだろうか。中学時代も良く遊びに来たものだ。俺、黒乃、鈴、弾、蘭……あと時々数馬で。数馬は何と言うか、珍しい事に黒乃が怖がってるみたいだし……。
「…………。」
「黒乃?急に立ち止まってキョロキョロして……知り合いでも居たか?」
そんな事を考えながら歩いていると、黒乃が立ち止まった事に気が付いた。視界に入れてみると周囲を見渡している物だから、てっきり誰か捜しているのだと思ったが……どうやら違うらしい。俺も倣って周りを見ていたが、黒乃がピッと指2本を出したのが気になった。
「…………?」
「……ピース?じゃないよな。……もしかして、俺達2人だけかって聞きたいのか?…………。」
キョロキョロ周囲を見て、そんでもってピースとか意味解からんだろうが俺のアホ。ピースでないのなら、それは数を差していると気が付いた。つまり私達2人だけかって言いたいようだ。……なんだよそれ。せっかく黒乃と2人きりなのに、誰かを誘うなんてありえない。
「……俺は黒乃と2人が良かったからさ。2人きりで、出かけたかったんだ……。」
「…………。」
い、言った……言ってしまった。盛大に目をそらしながらになってしまったが、ついにそういった趣旨の言葉を放ってしまった。不安に駆られた俺は、視線だけ動かして黒乃の様子を確認する。すると黒乃は、まるで石のように固まってしまった。こ、困ってるのだろうか?解んねぇなぁ……。
「……とにかく、今日は黒乃と俺の2人だ。さぁ行こうぜ、時は金なりってな。」
「…………!?」
気恥ずかしいという理由が強かったが、誤魔化すようにして黒乃の手を握る。よ、よし……ここは恋人繋ぎでだな……。スッと握り方をシフトチェンジすると、ハッキリと解るほどに黒乃の手がビクッと震えた。これもいったい
何の震えなのか解らない。けど、それこそ嫌なら振り払うはずだろうから大丈夫……なはず。
「「…………。」」
俺は黒乃に気を遣わせたくないから、どんな下らない事だろうと話を振るように努めている。だけど、グルグルといろいろな考えが錯綜して上手く喋れそうにない。というかさっきから心臓の鼓動が五月蠅くてそれどころじゃないんだよ。もはや一周回って止まるんじゃないかこれ?
「おい、見ろよあれ……!」
「うおっ……すっげースタイル……。」
「これだから夏はたまんねぇよなぁ。」
その時、数人の男たちの会話が耳に入った。もしかしなくても……黒乃の事を言っているんだろう。黒乃はショートシャツにデニムのショートパンツ……胸元は見えてるわヘソは見えてるわで……男が騒ぐのも良く解る。黒乃はきっと、自分のスタイルに自信をもっているに違いない。
……俺としては、もう少し露出は控えて欲しいんだが。黒乃を俺以外の男にじろじろ見られるのは嫌だ。弾とか数馬ならまだ構わないが、不特定多数の男ってなると流石に気分が悪い。まぁ……今は別に俺の黒乃とかそんなんじゃないのは解ってるけどさ。黒乃の為にもなるだろうし、行動に移すことにしよう。
「黒乃、立ち位置交代しないか?なんか、俺の歩いてる道の方が日陰だし。」
「…………。」
きっと黒乃は、どうして俺がこんな提案をしたのかは解からないんだろう。もし聞かれたとして、答える事が出来ただろうか。……黒乃のその恰好、あんまり見られたくなかったから……と。いや、無理だろ。付き合ってもないのにどの面下げてそんな事言えってんだ。
「よし、それじゃ……気を取り直して行くか。」
「…………。」
気を取り直して行こうというのは、相当に自分へ言い聞かせている。だってあれだ、勝手に1人でデートって思っちゃってるからな……。ああ、クソッ……!やっぱり勇気出してデートしようって言うべきだった。もう取返しもつかないし、買い物の方へ集中せねば。
まずは……忘れない内に目的をクリアしておいた方が良いか。俺は黒乃を連れて、レジャー用品を諸々購入した。圧縮袋って、アレ便利だよな。かさばる服が一気にぺしゃんこだ。その分お土産を入れるスペースを確保……まぁ今回は課外授業なんだから関係ないか。
「えっと、これで大体の物は大丈夫……。黒乃は、忘れ物とかないか?」
「…………。」
「そっか、なら問題ないな。それじゃ次は……水着を見に行こうぜ。」
黒乃と一緒に買い物袋の中身を確認して、忘れ物は無いか尋ねてみる。すると黒乃は、コクリと首を頷かせる。それならばと俺は意気込んで、次は娯楽関係を攻めていく事に。自由時間には泳げるみたいだし、黒乃も女の子なんだから新しい水着くらいほしいだろ。俺もついでに新調してみるか。
「ん~……あそこなんか良さそうだな。大は小を兼ねるって言うし。」
「…………。」
水着の売り出しをしているフロアに行ってみると、不必要にすら感じられるほど大きな店舗があった。デカイ、とにかくデカイ。コンビニなんかよりは確実にでかい。いや、コンビニと比べたら大概の店が勝つか。とにかく黒乃に同意を求めてみるが、首を縦に振ったって事は賛成らしい。
「それじゃあ、俺は男性用の売り場に……ってそうだ。黒乃、調子はどんな感じだ?自分で好きなの選べそうか?」
「…………。」
「……ダメそう……か。それなら、俺が選ぶよ。先に黒乃のから決めようぜ。」
店に入ってから思ったが、黒乃って好きに買い物出来ない時があったよな……?自分で選べそうならそうしてほしいところだが、黒乃からは何の返事も無い。どうやら、1人で選ぶのは難しいようだ。勢いで俺が選ぶなんて言ってしまったが、かなり無理はしてる。
だって、女性用コーナーに入るのは精神衛生上よろしくないだろ。面と向かって入るのは、何か憚られるような秘密の花園ってかさ。……俺はその秘密の花園で高校生活を送ってるんだった。ええい、そうなれば後は度胸だ。俺は黒乃の肩に後ろから手を添えると、優しく黒乃を押して女性用水着コーナーまで全身する。
「そこの貴方。この水着、片づけておいて。」
「断る。見ての通り俺は忙しいんだ。」
全く自分の事も自分で出来ないとは、最近の若いもんはどうなっとるんだ。俺には黒乃の水着を選ぶという使命がある為、生憎ながらあんなのを相手にしている暇はない。俺は構わず無視しようとしたが、向こうとしては俺の事を見過ごすわけにもいかないらしい。
「ふぅん、そういう事言うんだ。それならこっちにも考えが―――」
「そこの麗しいお姉さん。代わりに僕が承りますよ。」
「近江先生っ……!?」
「あら、良く解ってるじゃない。そっちのキミも見習う事ね。」
なるべく視界に入れないようにしていたが、何処かで聞き覚えのある声が。……近江先生がそこには居た。近江先生はまるでこれがお手本だとでも言いたげに、女から水着を奪って自分が片づけると買って出た。近江先生にそんな態度をとられて嬉しいのか、女は上機嫌で水着売り場を後にする。
「やぁ、災難だったねキミ達。」
「先生、どうして此処に?」
「たまたまこの店で水着を選んでたんだけど、そしたら女性向けのコーナーにキミ達を見つけてさ。声をかけようと思ったら、キミ達がトラブルに巻き込まれてた……ってわけ。」
「そうなんですか。その、助かりました。すみません、俺ってあんな感じでこられるとつい……。」
「まぁ仕方のない事さ。なんとも思わない僕の方がどうかしてるのかも知れないよ?とは言え、デートの時くらいは柔軟性を持たないとね。」
「デ、デート!?……いや、そうですね。デートの時くらいは、ですよね。」
偶然ってのはあるもんだな……こういうのなんて言うんだっけ?地獄に仏を会ったようとかそんなのだった気がする。感情的になりかけた事を反省しつつ、助けてくれた事に感謝を述べた。仕方がないとは言ってくれたが、のちについた言葉はかなり余計だ。
ニヤニヤしながらデートの時くらいはとか言ってくるから反射的に否定しそうになった。だけどそれは堪えて、俺は肯定して見せる。すると先生は、少しだけ面食らったような表情になった。でも俺が肯定したら肯定したで面白いらしく、しばらくするとまたニヤニヤ顔に戻ったが……。
「鷹丸さん、何か大きな声が……。わぁ、織斑くんに藤堂さん!奇遇ですねぇ。」
「お前達、というか一夏。店内で騒ぐな。」
「山田先生……それに千冬姉も。」
「2人……というか、真耶さんに誘われてねー。せっかくだから一緒にどうだって。」
俺がデート!?と叫んだ声に反応したらしく、山田先生と千冬姉が顔を見せた。まさかこの2人も居るとは思わず、なんだか間の抜けた名前の呼び方になってしまう。……何気に自然な千冬姉が出たが、向こうが一夏って呼んでるから構わない……よな?
「で、お前達もいい加減に出てきたらどうだ?」
「「「「「!?」」」」」
「皆!?なんだよ、声をかけてくれれば良かったのに。」
千冬姉が少し奥の水着コーナーへ目をやると、まるでそれを盾にするかのように5人の友人が隠れていた。皆は何処か観念したような表情を浮かべている。確かに黒乃と2人とは言ったが、まぁ……居たなら声くらいかけてくれればとも思う。まさかとは思うが、様子を観察する為に尾行してたとかじゃないだろうな……。
「いや、何……声がかけづらくてな。」
「おしどり夫婦の様相を呈していらっしゃいましたわ……。」
「何よ、黒乃のおヘソに鼻伸ばしちゃって。」
「…………黒乃に勝てる気がしない……。」
「姉様、それは私の嫁です。」
すると皆は、三者三様、十人十色と言った感じで、それぞれ良く聞こえない声で何かを言った。箒のは聞き取れたが、やっぱり声はかけ辛かったのか。というか、やっぱりそれって尾行なんじゃ……?まぁ良いか、見られて困るような事はなにもしていない。
「あ~……皆さん、私忘れ物しちゃってました。少し探すのを手伝ってくれないでしょうか?ほらほら、こっちですよ。」
「……なんだったんだ?」
「さてな。」
2人が一気に10人になったわけだが、その内の7人を山田先生が見事なOSHIDASHIで店から外へ出した。忘れ物なら俺達だって探すのにな。どうにも自分含めた7人を外に出すのが目的みたいにも見えたが……。まぁ大人の事情という事にしておくか。
「一夏、せっかくだから意見を寄越せ。……そうだな、これとこれならばどちらだ。」
「……白の方。」
「よし、ならば黒だな。」
千冬姉が俺に水着を選べと言うので、手に取った2種類のタイプに目を配らせる。白と黒……。白はどちらかと言えば機能性重視。黒はスポーディながらもセクシーさを前面に押し出していた。個人的には間違いなく黒だが、千冬姉に変な虫が寄っても困る。そう思って白だと言ったんだけど、俺は姉にはまだまだ敵わないらしい。
「さて、次は黒乃だが……。一夏、お前が選んでやると良い。」
「お、俺……?いや、同性なんだし千冬姉が選んだ方が……。」
「デートで来ているんだろう?ならばそのくらいお前がやれ。」
はぁ……なんだかこんな感じの千冬姉も久々だ。千冬姉を単なる鉄血人間と思う奴も多いだろうが、案外それだけの人ではない。家族である俺達限定なのかまでは解らないが、普通に冗談も通じる。逆にこちらを弄って遊ぶ時もある。今の千冬姉はそれだ……。完全に俺をからかってやがりますよ。
「あ~……黒乃はどうだ?俺が選んでも……。」
「…………。」
「そ、そうか……解った。じゃあ……頑張るな。」
とにかく、ここは黒乃に確認を取るべきだ。俺が選んだので良いかと聞けば、意外な事に黒乃は肯定の意思を示す。なんと言うか、これは責任重大だな。黒乃に似合う最高の品を選ぼうと、真剣に水着コーナーへと目をやった。さて、まずは色から考えてみよう。
黒乃と言えば黒色を連想しがちだが、俺としては白が良く似合うと思っている。長くて綺麗な黒髪とのコントラストが最高なんだよ。だから色は白。これは外せない。残るはデザインだが、どうしたものだろう。まぁ……せっかくスタイル良いんだし、ビキニとかが良いかもな。
あ~……でもやっぱりあんま露出度の高いのはちょっとなぁ。そっちのが似合うんだろうが、それだと俺が変に意識しかねない。だとするとキュートな成分の強めな……フリルビキニとかが最適か?俺はトップスとスカートにフリルがあしらわれている水着を手に取った。
「ほら、これとか。清楚な黒乃には良く似合うと思うんだが……。」
「…………。」
「即断即決か?試着とかしなくても大丈夫かよ。」
「大丈夫。」
勢いあまって清楚とか余計な事を口走ってしまったが、黒乃は俺から水着を受け取ると黙って首をうなずかせた。その仕草がこれにすると物語っているが、本当に俺のセンス……もとい趣味全開で選んだから少し心配だ。だが黒乃は、俺の心配なんかよそに大丈夫だと声に出して言ってくれた。
「さて、決まったか?一夏もとっとと自分のを見てこい。」
「ああ、解った。でも2人はどうするんだ?」
「一夏が選び次第にまとめて会計した方が早い。せっかくだから買ってやる。」
「千冬姉、水着くらい自分達の小遣いで―――」
「思えば進学の祝いもまともにしてやれんかったからな。その代りだとでも思ってくれれば良い。」
進学の祝い……な。ISを動かしてしまったせいで、そんなの気にしてる暇がなかったからな。千冬姉も俺のせいで忙しかったろうし、なんだかそう言われると買ってもらうのが得策な気がする。というか千冬姉がそう言いだしたら聞かない。俺が何か反論するだけ無駄ってのもある。
俺は千冬姉の指示通り、自分の水着を選びに男性用コーナーへ足を運ぶ。だけど、所詮は男なんだから適当に選んで……。いや、少しでも黒乃にかっこいいと思われたい。そう思い立った俺は、自分に似合いそうな水着を選定していく。そのせいでかなり時間をかけてしまった……。
「悪い、待たせた!」
「随分と時間がかかったものだな。ん?」
「い、いや……それは……。」
「…………。」
「な、なんでもない。なんでもないんだよ、本当……。」
慌てて2人のところへ戻ってみると、話でもしてたのかかなりゆったりしていた。千冬姉は俺を見るなり悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな事を言う。ついチラッと黒乃に目を向けてしまったせいか、首をかしげながらどうしたの?とでも言いたそうだ。可愛い。俺の心臓が飛び跳ねるのが解った。
照れているのを誤魔化す俺を見て、千冬姉は更に楽しそうな様子になる。今日はこのくらいで勘弁してやろうと言いながら、千冬姉は自分含めて3着の水着を会計に通しに行った。その間は2人になったのだが、個人的に無言がすさまじく痛々しく感じられる……。
「ほら、大事に着ろよ。」
「ありがとな、千冬姉。」
「…………。」
「うむ。……お前達、このまま2人で出かけると良い。小娘どもは私と山田先生でなんとかしよう。」
俺が礼を言い黒乃が頭を下げると、千冬姉は満足げに頷いた。そして千冬姉は、何を思ったのかそんな提案をしてきた。俺としては有り難い申し出なんだけど、皆を無下に扱うようで気が引ける。それに特に行く当てがあるわけでもない。俺がそう言うと、なんだか千冬姉は眉間に皺を寄せてしまう。
「お前な、女と2人の時にいう事ではないだろう……。」
「そ、それはそうかも知れないけど……目的地がないんじゃしょうがなくないか?」
「なら僕に良い考えがあるよ~?」
「うおっ、びっくりした!?驚かさないでくださいよ……。」
千冬姉が俺にそう指摘していると、いつの間にか背後に居た近江先生に声を掛けられた。千冬姉は目元を押さえてたから気が付かなかったらしい。近江先生曰く、退屈だから抜けて来たのだとか。はい先生、だからと言って気配を消す必要はないと思います。
「それより、良い考えってなんなんです?」
「実は僕、教師をやる前から頻繁にここへは来てたんだ。何しに来てたかっていうと、レゾナンス内にお気に入りのカフェがあってね。」
「なるほどな、お前もたまには良い事を言う。一夏、黒乃、カフェはなかなかに良いぞ。時の流れというものを忘れさせてくれる。」
喫茶店とか、千冬姉や近江先生は良く似合いそうだ。最近は何かと大変な事も多いし、千冬姉の言う通りにゆっくりするのも良いのかも知れない。黒乃と2人でゆっくりと……うん、良いじゃないか。近江先生、本当にたまには良い事を言うじゃないか。
「黒乃、2人もそう言ってくれてるし行ってみるか?」
「…………。」
「そうか、じゃあ行ってみような。先生、その店って……。」
「えっと、イル・ソーレって名前のお店だよ。案内板を頼りに探してみてね。僕も彼女たちの相手に徹しようと思うから。」
店の名前の響きは、たぶんだけどイタリア風。イタリアンな店なのだろうか。カフェとかってコーヒーだけじゃなくて料理も出てくるし。う~ん、そう考えるとなんだか腹が減ってきたかも。食事と休憩を兼ねて顔を出してみる事にしよう。黒乃と一緒に……な。
「千冬姉、俺達もう行くよ。」
「ああ、気を付けてな。」
「後で感想を聞かせてくれると嬉しいな。」
「はい、解りました。じゃあ行くか……ほら。」
「…………。」
2人に背を見せながらそう言うと、見送りの言葉が返ってきた。近江先生なんかは小さく手を振っている。なんだか知らないが、背中を押されてる気分になるな……。よし、それなら2人の励ましに答えよう。俺は今度こそしっかりと自分から黒乃に手を差し出した。
黒乃も何の問題もなく俺の手を取ってくれた……。そうして俺達は近江先生行きつけの店を探して歩き出す。なんというか、本当にゆったりとした時間を黒乃と過ごせた。そっかー……大人の男ってのはデートスポットってのを知ってるもんなんだなぁ……。……今度は大義名分なんか使わず、真正面から黒乃をデートに誘ってみる事にしよう。そう心に誓う俺であった。