「黒乃。」
(うぃっすイッチー。どうしたん?)
「あの、少し頼みがあるんだけどな―――付き合ってくれ。」
(はい……?)
ラウラたんが俗に言う一夏ラバーズへと加入してしばらく、騒がしいながらも平和な日常が続いていた。そんな変わらぬ日常の放課後、寮に向かう道すがらイッチーに呼び止められ……そんな事を言われた。突然で脈絡もなかった為か、一瞬何の事か解からなかったが……全て謎は解けた!
これはあれだ、臨海学校の前に買い出しするから付き合ってくれ……の意だろう。臨海学校っつっても、特別校外学習って言う名目の小旅行みたいなもんさ。でも3日間は学園外へ拘束されるから、足りない日用品なんかも出る訳で……。イッチーは主夫故、そういった準備は欠かさない。
(う~ん……しかし、あ~……どないしようかなぁ。)
イッチーが俺を誘ったのは、きっと大勢の方が良いからとかだろう。となれば、俺よりも前にマイエンジェルにも声をかけている可能性が大きい。う、うむむ……迷う。マイエンジェルの邪魔になるだろうし、そしたら俺も胃が痛いわけで……う~む……。
(すまんマイエンジェル……。)
「そうか、解った。じゃ、今度の日曜日な。調度いい時間に俺が迎えに行く。」
それでもなるべくマイエンジェルに着いて回りたい俺は、迷いながらもイッチーの誘いに乗る事に。とんでもない罪悪感に襲われてるけど……。とにかく、これで出かける算段はついた。晩御飯の時間にはまだ早いため、俺達は連れ立って寮の自室まで歩いた。
……で、時は過ぎて件の日曜日……。俺の予想に反して、マイエンジェルの姿が見当たらない。後で合流かなとかも思ったりしたんだが、イッチーは駅前大型複合ショッピングモールの『レゾナンス』までグングンと進んで行く。それも……待ち合わせに使えそうな場所をことごとくスルーして。
(あれ……ホントおかしくねぇ?)
「黒乃?急に立ち止まってキョロキョロして……知り合いでも居たか?」
(いや、むしろ知り合いを捜してるんすけど……。)
俺の少し前を歩いていたイッチーは、俺の足音が止まった事に反応を示した。そうして振り返って俺の近くまで戻って来ると、何処か楽しそうな様子でイッチーも周囲を見渡す。俺は間違い捜しゲームをしてるつもりはないよ。ええい、苦肉の策だ……動け、俺の指よ!
(今日って、俺ら2人だけなん?)
「……ピース?じゃないよな。……もしかして、俺達2人だけかって聞きたいのか?」
(そうそう、そうゆう事さイッチー。)
「…………。」
俺がピッと指2本を出すと、なんとかその意図を察してくれた。……のは良いんだけど、イッチーはまるで何も答えようとしない。その表情は若干不機嫌っぽく見えて、何か失言?というか、気に障る事をしただろうかと焦ってしまう。やがてイッチーは、静かに口を開く。
「……俺は黒乃と2人が良かったからさ。2人きりで、出かけたかったんだ……。」
(は、は……?何さその……俺が2人じゃないと思ってたから不機嫌みたいなの……。)
イッチーの呟きは、俺にとって予想外そのものだった。……止めてくれよ、俺に言うべきじゃない台詞を言うのは。あぁ……気持ちが揺らぐ。心臓が早くなる。顔が熱くなる。俺が崩壊する……。平静を保つには固まるくらいの方法しかなたった。
「……とにかく、今日は黒乃と俺の2人だ。さぁ行こうぜ、時は金なりってな。」
(わっ、イッチー!?)
イッチーは俺が固まっている間に手を取ると、グイグイと俺を引っ張っていく。それも、ご丁寧に恋人つなぎ……。く、くそ……あの1件以来、妙に男性を意識してしまう俺がいる。凄まじくナチュラルに俺の手を取ったイッチーは、何処か男らしくて……。あぁ……イカン、俺の手……汗ばんだりしてないかな……?
「「…………。」」
いつもだったら話しかけてくれるのに、こんな時に限ってイッチーは無言だ。チラッ……チラッ……っと俺の姿を眺めるだけで、全く口を開こうとしない。何、何なの?……と思ったが、何かイッチー以外からも視線を感じる。それは……周囲に居る男達からだった。
「おい、見ろよあれ……!」
「うおっ……すっげースタイル……。」
「これだから夏はたまんねぇよなぁ。」
聞こえてるっつーの!噂話は音量落して、どうぞ。はぁ……今の俺の格好は、ショートシャツにデニムのショートパンツ。つまるところ、へそだしルックって奴。いや違うんだよ、ちー姉が買ってくる服ってこんなんばっかりなんだもん。うぅ……昔は気にならなかったのに、やっぱり男を意識しちゃってる証拠かなぁ。
でも、隠したりしたらダメだよねぇ。元男だから解るけど、こういう時に隠されると……ついつい隠すくらいならそんなコーデ止めとけよーって思っちゃったり。あれって、今思えばとてつもなく失礼な事だったんだな……。変に意識するな……今まではキチンと着れてたんだから。
「黒乃、立ち位置交代しないか?なんか、俺の歩いてる道の方が日陰だし。」
(イ、イッチー……。)
イッチーは、俺がジロジロ見られてるのを防ごうとしてくれる。そうなんだよ、こういうさりげない気遣いがねぇ……この男の危険な所と言いますか。とにかく、イッチーの厚意はありがたく受け取っておこう。俺達はいったん手を離すと、立ち位置を入れ替えてまた互いの手を握った。
(あれ……?)
「よし、それじゃ……気を取り直して行くか。」
(な、何やってんだ俺……手ぇ離すチャンスだったじゃん。)
立ち位置が変わったことにより、男達の視線は大半が緩和される。やっとこさこれで落ち着ける……と思ったら、何故かイッチーの手を取っている俺が。ほ、本当何やってんだろ……俺の方こそすっげーナチュラルだった。何をそんな手を繋ぐのが当たり前みたいな感じにしちゃったんだろ。……まぁ良いか、気にするだけ無駄なんだろうし。
◇
「手……繋いでるわよね。」
「そうですわね……。」
「そうだな……。」
「よし、殺そう。」
一夏達の遥か後方ではあるが、そこには確かに箒、セシリア、鈴音の姿があった。仲睦まじい様子の一夏と黒乃を目撃し、思わず尾行を開始したのだが……どうにも鈴音は黙って見ていられないらしい。物騒な言葉と共に甲龍を展開しようとする物だから、慌てて2人に止められる。
「じゃあ何よ!このまま指咥えて見てろっての!?」
「そうは言いません。自然に加われるタイミングを慎重に―――」
「……永遠に訪れる気はしないがな。」
ならば代案をと鈴音は叫ぶ。セシリアは少し動揺しながらも、まだ慌てる時間じゃないと鈴音を宥める。しかしだ、箒は少し意見が違うらしい。あの2人の間に、つけ入る隙など生まれないと言いたいのだろう。そう言われて再度2人に目をやると、やはり仲睦まじい。
「ねぇ、こんな所で何やってるの?」
「その声は……シャルロットさん。奇遇ですわ……って!?」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!アンタ、なんでソイツ連れてんの!」
「な、なんでって……同室の縁かな。あっ、それより聞いてよ!ラウラってば、水着は学校指定ので構わないなんて言うんだよ!?」
「……私はシャルロットに連行されただけだ。」
箒達に声をかけたのは、シャルロットだった。それに、傍らには制服姿のラウラを連れている。まだラウラの件を水に流せてはいないのか、セシリアと鈴音は警戒心ありありの表情でラウラを見つめる。本人は……どうやら特に気にした様子は見られない。
「まぁ、せっかくなのだから洒落た物を着てみてはどうだ?」
「箒、アンタすんなり―――」
「器が小さいぞ、昔の事をいつまで言っている。私も納得のいかん部分はあるが、何より襲われた本人がさほど気にしていないのだからな……私が騒ぐことでは無い。」
「まぁなんだ、許せ。済まなかった。」
普通にラウラと接している箒に対して、鈴音は驚くような表情を見せた。それに対して箒は随分と男前な言葉で返す。ラウラもしっかりセシリアと鈴音に対して頭を下げながら謝罪した。若干軽すぎるような気もしたが……確かにらしくないと気持ちを切り替える。
「解ったわよ!これじゃアタシが悪者みたいじゃん……。」
「それで、皆はコソコソと何をしてたのかな?」
「ええ、少しその……お2人を……。」
「あれ……一夏と黒乃?……良いなぁ……いつも仲良さそうで。」
「尾行でもしていたのか?」
鈴音がラウラを許した事でこの場は丸く収まり、話は箒達が何をしていたかという事に戻る。なんとなく尾行していたと自分達の口では言い辛く、ラウラがハッキリ告げると……3人は顔を見合わせ、苦笑いしながら首を頷かせてみせた。
「なるほど、面白そうだ。どれ、私も混ぜろ。」
「それは構わんが、シャルロット……。」
「ううん、僕も混ぜてよ。ラウラの言う通り面白そうだしね。」
「5人か……随分と大所帯になっちゃったわね。」
「ですので、細心の注意を払って追跡を継続しましょう。」
原作ではいつもいがみ合ってばかりのメンバーだが、どうにも結束が強いのは……黒乃と言う名のラスボスを目の前にしているからだろう。そんなこんなでチーム一夏ラバーズ5人娘は、軍人であるラウラを筆頭に尾行を開始した。しかしそれは、結局のところ敗北感を味わうのみの不毛なもので終わる事だろう……。
◇
「えっと、これで大体の物は大丈夫……。黒乃は、忘れ物とかないか?」
(オッケー、多分だけど。)
「そっか、なら問題ないな。それじゃ次は……水着を見に行こうぜ。」
日用品等の買い物を終えた俺達は、買い物袋の中身を適当に確認する。どうやら買い忘れも無いようで、イッチーは水着を見に行こうと提案を出した。マズイ、凄くマズイ……この時の俺はこう思うしかない。いや、だって……水着だよ?水着。今まで通りだったら着ようと思ってたけど、最近の精神状態だとちょっと……。
もちろん、臨海学校は存分に楽しむつもりだよ。でも今回は、浜辺で涼しい格好して遊ぼうかななんて思っていただけに……水着の事なんてまるで想定していなかった。この場でイッチーを踏みとどまらせるのは簡単だ。しかし、それだとイッチーは俺を説得しにかかるだろう。
『黒乃、せっかくの海なんだし―――』
(な~んて言われる未来が見えてるよ……。正直めんどいし、なら買うだけ買っとけばいっかー……。)
まぁ……イッチーに下心は無いって解ってるからこそだけど。これがもしカズくんなら、もうとっとと回れ右して家路に着くよ俺は。いやね、良い子だってのは解ってるつもりだよ……。でも目がマジだから少し怖くってさぁ。それはほっとくか、仕方がないから大人しく連行されておこうかな。
「ん~……あそこなんか良さそうだな。大は小を兼ねるって言うし。」
(薪は楊枝の代わりにならぬ……とも言うけどね。)
水着を売っているフロアに行くと、やはりシーズンという事もあってか、どこもかしこも大々的に売り出しをかけている。そんな中でイッチーが指差したのは、最大規模と看板が掲げられた店だ。確かに、外観だけ見ても他のところよりだいぶ大きい。イッチーが使った諺の対義語っぽい意味の諺を呟いたが……やっぱり品ぞろえが豊富な方が良いに決まってる。
イッチーとその店に足を踏み入れると、なんというか……最大規模ってのは誇大広告ではないらしい。男性用から女性用、子供向けからシニア向けなど……様々な年代のニーズに合わせたラインナップだ。この中から好みの物を見つけるとなれば、本気度のレベルでかかる時間が増大するだろうな。
「それじゃあ、俺は男性用の売り場に……ってそうだ。黒乃、調子はどんな感じだ?自分で好きなの選べそうか?」
(うん、今日は割と調子の良い方で……。っておい!なんでいきなり否定も肯定も―――)
「……ダメそう……か。それなら、俺が選ぶよ。先に黒乃のから決めようぜ。」
今日は割に自分の意志を示せていたというのに、なんでかいきなり否定も肯定もできやらねぇ。イッチーは照れてる様子というか、苦肉の策ってか……複雑そうな様子で俺と共に女性用の販売ゾーンへ足を踏み入れた。あれ、少し違うけどこのパターンって……。
「そこの貴方。この水着、片づけておいて。」
「断る。見ての通り俺は忙しいんだ。」
おおふ、やっぱりこのパターンですかい!原作よりも物言いは柔らかい……気がしなくもないが、イッチーは明らかな女尊男卑主義者の命令をバッサリ断った。そうなんだよねぇ……お願いじゃ無くて、命令なんだよねぇ。しかし、どうするか……あれはマイエンジェルだから丸く収められたようなもんで……ってアレ?
「ふぅん、そういう事言うんだ。それならこっちにも考えが―――」
「そこの麗しいお姉さん。代わりに僕が承りますよ。」
「近江先生っ……!?」
「あら、良く解ってるじゃない。そっちのキミも見習う事ね。」
女性の背後に現れたのは、いつも変わらぬニヤニヤスマイルの鷹兄だった。鷹兄は女性の手からサッと水着を奪うと、まるで執事のみたいなお辞儀を見せる。イケメンな鷹兄に下手に出られて、女性は露骨に上機嫌な様子へと変わった。そして鷹兄に水着を手渡すと、鼻歌交じりに店を後にする。
「やぁ、災難だったねキミ達。」
「先生、どうして此処に?」
「たまたまこの店で水着を選んでたんだけど、そしたら女性向けのコーナーにキミ達を見つけてさ。声をかけようと思ったら、キミ達がトラブルに巻き込まれてた……ってわけ。」
「そうなんですか。その、助かりました。すみません、俺ってあんな感じでこられるとつい……。」
「まぁ仕方のない事さ。なんとも思わない僕の方がどうかしてるのかも知れないよ?とは言え、デートの時くらいは柔軟性を持たないとね。」
「デ、デート!?……いや、そうですね。デートの時くらいは、ですよね。」
ドェッフ!?な、ななななな何を言いやがりますかこの変態技術者は!んでイッチー、キミもデートってのを肯定するんじゃないよ!も、も~……なんなんすかね、頭でも打ったんですかねこの弟は。あ、あんましそんな事を言ってると……マジで勘違いするから止めろっつってんのに。いや、言ってはないけどさ。
「鷹丸さん、何か大きな声が……。わぁ、織斑くんに藤堂さん!奇遇ですねぇ。」
「お前達、というか一夏。店内で騒ぐな。」
「山田先生……それに千冬姉も。」
「2人……というか真耶さんに誘われてねー。せっかくだから一緒にどうだって。」
奥の方からヒョコッと顔を出したのは、山田先生とちー姉だった。まぁあの女の人が現れたんだし……どうせ居るんだろうとは思ってたけど。というか、山田先生が誘ったんだ……。山田先生、男性全般は苦手なんだろうと思ったけど……やっぱり鷹兄に気があったり?
「で、お前達もいい加減に出てきたらどうだ?」
「「「「「!?」」」」」
「皆!?なんだよ、声をかけてくれれば良かったのに。」
並べられている水着の陰から観念した様子で出て来たのは、一夏ラバーズ5人娘……5人!?やだ、凄く目立つ……。おかしいな、この場にモッピーやラウラたんは居なかったはずだけど……。マイエンジェルに関しては、本来この場に居るべきなんだろうけどね……。
「いや、何……声がかけづらくてな。」
「おしどり夫婦の様相を呈していらっしゃいましたわ……。」
「何よ、黒乃のおヘソに鼻伸ばしちゃって。」
「……黒乃に勝てる気がしない……。」
「姉様、それは私の嫁です。」
な、なんだよ皆して……俺だっててっきりマイエンジェルと一緒かと思ってたんだから仕方がないじゃん。それよりもセシリー、キミの言葉だけは聞き捨てならんぞ。お、おしどり夫婦とか……単に仲のいい姉弟の間違いだろ。べっ、べべべべ……別に俺とイッチーはそんなんじゃ……。
「あ~……皆さん、私忘れ物しちゃってました。少し探すのを手伝ってくれないでしょうか?ほらほら、こっちですよ。」
「……なんだったんだ?」
「さてな。」
こういう時の山田先生は押しが強いもんで、俺、イッチー、ちー姉を残して6人をグイグイと店から追い出した。織斑姉弟+藤堂 黒乃。これぞ完璧な家族水入らずだ。イッチーは皆を退場させた山田先生の背中を不思議そうに見つめ、ちー姉はなんだか複雑そうな溜息を吐く。
「一夏、せっかくだから意見を寄越せ。……そうだな、これとこれならばどちらだ。」
「……白の方。」
「よし、ならば黒だな。」
ちー姉は白と黒、2種類の水着を手に取った。どちらも露出度は高めだが、どちらかと言えば黒の方は意識してセクシーなデザインになっているようだ。ちー姉は黒が似合う。そこを考慮するとイッチーは素直に黒と言いたかったんだろうが、変なのが寄りつくだかなんだかであえて白と宣言。
しかし、イッチーの葛藤などお見通しなようで……ちー姉は白の水着は戻してしまう。まぁ……どちらにしたって構わないと思うけどね。ちー姉にナンパな男が近づいたとして、イッチーが心配してるような事なんて起きるハズもない。
「さて、次は黒乃だが……。一夏、お前が選んでやると良い。」
「お、俺……?いや、同性なんだし千冬姉が選んだ方が……。」
「デートで来ているんだろう?ならばそのくらいお前がやれ。」
同性なんだしとは言いつつ、肉体的な話ではあるよね。それを皆は知る由もないわけだが……。というか、ちー姉まで変な事を言い出したよ。何ですか、その周りから固めていってるみたいな感じは。まぁ……ちー姉は俺とイッチーに引っ付いて欲しいと思ってるっぽいから仕方がないか……。
「あ~……黒乃はどうだ?俺が選んでも……。」
(あぁ……うんうん、頼むわイッチー。こうなったらちー姉には逆らえんだろうしさ。)
「そ、そうか……解った。じゃあ……頑張るな。」
イッチーは困ったような様子で俺にそう問いかけた。結構な無茶振りだよねぇ……。でもあれだ、これは試練か何かだと思ってもらわねばどうしようもない。無慈悲かもしれないが、イッチーの問いかけには肯定の意思を示す。するとイッチーは、真剣な眼差しで水着を選び始めた。
「ほら、これとか。清楚な黒乃には良く似合うと思うんだが……。」
(せ、清楚とかまた余計な事を言うねキミは!本当に今日はどうしたん!?)
「即断即決か?試着とかしなくても大丈夫かよ。」
「大丈夫。」
イッチーが手に取ったのは、白単色のフリルビキニ。黒乃ちゃんの凄いところはクール系だろうがキュート系だろうが似合ってしまうところだ。あまりキャピキャピし過ぎると流石にちょっと……って感じだけど、このくらいなら問題ないはず。俺はもはやヤケクソ気味で大丈夫とイッチーに告げる。
「決まったか?一夏もとっとと自分のを見てこい。」
「ああ、解った。でも2人はどうするんだ?」
「一夏が選び次第にまとめて会計した方が早い。せっかくだから買ってやる。」
「千冬姉、水着くらい自分達の小遣いで―――」
「思えば進学の祝いもまともにしてやれんかったからな。その代りだとでも思ってくれれば良い。」
おお、ちー姉ってば太っ腹ぁ!いやー……実のところ今月厳しかったんだよねぇ。流石に廃課金も過ぎ……ゲフンゲフン!イッチーの言う事ももっともだが、甘えられる時にはそうすべきだろう。そもそもちー姉に何を言っても無駄と思ったのか、せっせと男性用水着売り場へ向かっていった。
「……それで、最近一夏とはどうなんだ?」
(ど、どうもこうもしないよ……。)
イッチーの姿が見えなくなるや否や、ちー姉はそんな事を聞いてきた。勘弁してよ本当……。確かに……なんだか距離が詰まってきてる気がしなくもないけどさ……。実際どうなのよ……俺とイッチーが引っ付くって。朝起こしたり、ご飯作ったり、一緒に家事したりする……ってありゃ?……それ、学園来る前は毎日のようにやってた事なんですが。
「半同棲状態から解除されてしばらく経つな。一夏と2人きりの生活が恋しくはないか?」
(ど、同棲……。そう言われてみればそうか……。)
全く意識してなかったけど、言われてみればイッチーと同棲してたようなもんなのか。あ゛~……もう止めてくれぇ……俺のライフはゼロですぜぇ……。きゅ、急に恥ずかしくなってきた……。羞恥から両手で顔を覆い隠すと、ちー姉のからかうような笑い声が聞こえた。
「ハハハ……。何、そう照れるな。今に始まった事ではあるまい。」
(それもそう……じゃないよ。)
それだと俺とイッチーが昔から夫婦みたいだという話になってくるじゃないか。ないない。あっても俺らの関係性は姉と弟なのだから、そっちの方がスッキリするに決まっている。よ、良し……だいぶ落ち着いてきたぞ。いつも変わらぬ無表情。それこそがわたくし藤堂 黒乃である。
「私はな黒乃。お前にならばいつでも―――」
「悪い、待たせた!」
「随分と時間がかかったものだな。ん?」
「い、いや……それは……。」
「…………。」
「な、なんでもない。なんでもないんだよ、本当……。」
何かちー姉が言いかけたタイミングで、慌てた様子のイッチーが戻ってきた。ちー姉の言った通り、かなり長い時間いなくなってたな。何かあったん?と、そんな視線を送ってみた。するとイッチーは、まるで念でも押すかのように何でもないと言い張る。
「ほら、大事に着ろよ。」
「ありがとな、千冬姉。」
(本当、ありがとうございます。)
「うむ。……お前達、このまま2人で出かけると良い。小娘どもは私と山田先生でなんとかしよう。」
そんなやり取りはあったが、これでようやく水着を買い終えた。とはいってもお金を出してくれたのはちー姉なので、しっかりと礼をしておいた。しっかりと感謝の言葉を述べる俺達を、ちー姉は凄まじく保護者っぽい様子で満足そうに見つめる。そうして、そんな提案をしてきた。
出かけてこいっつわれても、目的地とかない。それにイッチーと2人きりを続行となると、モッピー達にもなんだか申し訳が……。詳細は違うだろうが、ここに関してイッチーは同意見のようだ。そうやってちー姉に言ってみせると、なんだか目元を押さえて頭が痛そうだ。
「お前な、女と2人の時にいう事ではないだろう……。」
「そ、それはそうかも知れないけど……目的地がないんじゃしょうがなくないか?」
「なら僕に良い考えがあるよ~?」
「うおっ、びっくりした!?驚かさないでくださいよ……。」
本当……本当にびっくりした……!完全に油断していたせいか、背後から急に話しかけてきた鷹兄の声に口から心臓が飛び出るかと思ったぞ。さっきまでとは違う意味で心臓が早くなるわけで、俺は皆の会話をよそに1人心臓のリズムを整えようと試みる。
「それより、良い考えってなんなんです?」
「実は僕、教師をやる前から頻繁にここへは来てたんだ。何しに来てたかっていうと、レゾナンス内にお気に入りのカフェがあってね。」
「なるほどな、お前もたまには良い事を言う。一夏、黒乃、カフェはなかなかに良いぞ。時の流れというものを忘れさせてくれる。」
へぇ、行きつけのカフェねぇ……。そんなオサレな事をサラッと言ってみたいもんだけど、いかんせん出不精だから無理に等しいわな。鷹兄に場合、息抜きとか仕事をしながらとか……そんな感じでコーヒーでも飲みに行くのかも。う~む、大人だ。
「黒乃、2人もそう言ってくれてるし行ってみるか?」
(そうだね、せっかくだし。)
「そうか、じゃあ行ってみような。先生、その店って……。」
「えっと、イル・ソーレって名前のお店だよ。案内板を頼りに探してみてね。僕も彼女たちの相手に徹しようと思うから。」
モッピー達には申し訳ないと言ったが、カフェで長時間拘束されていれば見つかりはしないだろう。見つからなければ気まずいって事もないわけで、俺としてはベストな選択肢だった。そうしてイッチーの言葉に肯定の意を示すと、鷹兄はなんだか一仕事終わったかのような感じで小さく息を吐いた。
「千冬姉、俺達もう行くよ。」
「ああ、気を付けてな。」
「後で感想を聞かせてくれると嬉しいな。」
「はい、解りました。じゃあ行くか……ほら。」
(あぁ……もう、解ったよ。これで良いんでしょ?)
イッチーはイケメンスマイルを見せつつ、俺に手を差し出した。何かもう諦めのついた俺は、差し出された手をしっかりと握った。くっ……!やっぱり照れるしドキドキする……。ええい、変に意識するんじゃないよ。たかだかイッチーじゃんか。そうだよ、たかだか……イッチーと手を繋いでるだけじゃないか……。
そうして2人でカフェに向かったわけだが、やはり鷹兄のおすすめという事で雰囲気のある店だった。後はちー姉の言う通り、時間を忘れてカフェでほぼ1日を過ごす。そんな感じで、丸1日をイッチーと共にいた事になる。まぁ……そうだね、悪くない……とだけは言っておくよ。
黒乃→イッチーの様子がおかしいぞぉ……?
一夏→黒乃とデート!……の気分だけでも味わっとこう……。