八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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今回より夏休み編スタートです。
……が、しばらくは夏休みらしい事は出来そうもありません。
とりあえずは刹那・赫焉の能力検証からどうぞ。


第54話 鷹の親はアホウドリ

 臨海学校も無事……ではないけど終わりを告げ、現在は至福の夏休みへと入った。その初日に行う事になったのは、刹那・赫焉の諸々を検証する作業。そんなわけで、俺は近江重工を訪れていた。刹那を纏って浮く俺は、目の前にあるダミーターゲットをジッと眺める。

 

『それじゃ黒乃ちゃん、早速始めよう。思い切りやって構わないからね。』

(了解!)

 

 まず検証すべきは、神翼招雷との事。その為、学園のアリーナにも似た実験施設にて試してみようという運びに。鷹兄のアナウンスを聞いて、とりあえず神翼招雷を発動させる。エネルギーを倍加させる能力だから、効率は慎重に調節しないとね……。このくらいで良いかな。

 

(戦闘レベル確認。ターゲット捕捉。排除……開始……!)

 

 前は鳴神へと連結させ、エネルギーを更に倍増させた。だが、このまま掌部分から直接放出できるのは割れている。エネルギーウィングを腕へと流して、機体安定の為に再度翼を放出。体をブーメランのように曲げて……発射ぁ!すると刹那の両掌から、赤黒いエネルギー波が放出された。

 

(任務……完了……。)

『う~ん……消し飛んじゃったかぁ。』

 

 まんまツインバスターライフルですわ。コロニー落とせそう(小並感)エネルギー波に飲まれたダミーターゲットは、鷹兄の言った通り跡形もなく消滅した。人型をしていただけに、なんだか妙な罪悪感が……。ま、まぁ良いや。次に行こう次に。あと3つ試したいんだよね。

 

『よし、じゃぁ続けてよ。』

 

 鷹兄のオッケーの合図と同時に、次のダミーが実験場内へ現れた。すかさず神翼招雷。今度は翼にして倍増させたエネルギーを、更に倍増させつつ右手に集中。鳴神に連結させる事はせずに、4倍の威力に留めて掌から放出させた。よっし……新必殺2つ目だ!

 

(俺のこの手が光って唸るぅ!お前を倒せと輝き叫ぶぅ!愛と怒りと悲しみのぉ!シャアアアアイニングフィンガアアアアソオオオオド!)

 

 俺は右手首を左手で掴みながら、右腕を高く振り上げる。そしてそのままダミーへと勢いよく振り下ろし、赤黒いレーザーブレードを食らわせる。するとダミーは頭から股まで真っ直ぐ切り裂かれ、地面には落ちる事なく空中で爆散した。うむ、ライザーソードより予備動作が短くて良いね。

 

『ん、出力を抑えたバージョンだね。よし、次行ってみよう。』

 

 そうなんだよねぇ。ライザーソードの問題点は、出力が高すぎて発動できる場所が限られてしまう。市街地とかだと絶対ってほど使えないし……。とにかく、次の必殺技を試そう。もはやテンプレと化してきだが、神翼招雷を発動させる。エネルギーの配分は、さっきと同じで右掌へ。

 

 しかし、すぐには発射しない……というか、これに限っては遠距離技ではないんだよね。放出されず大量に溜まっていく影響か、右掌にはバチバチと電流のようにエネルギーが漏れ始める。電流が更に高まってきたら、これで準備は整った。俺はOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動させてダミーへ接近する。

 

(俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ!勝利を掴めと轟き叫ぶぅ!ばぁあああく熱っ!ゴォオオオオッドフィンガアアアア!)

 

 心の中でそうシャウトしながら、ダミーの頭を右手で掴む。バチバチとヤバそうな電撃を右手が放っているが、すかさずそのまま上へと掲げた。そこで俺は右手に込める力を更に上げ、握力のみで頭部を潰すつもりで強く握る。そのあたりで、右手に溜まったエネルギーは貯蓄限界を迎えた。

 

(ヒィィィィト……エンドッ!)

 

 その掛け声と同時に、右手のエネルギーはオーバーフローし大爆発を起こす。自ら限界までエネルギーを溜め続け、故意に暴発を起こしたのだ。暴発をゼロ距離で喰らったダミーの上半身は軽く吹き飛び、残された下半身は無造作に地面へと転がっていた。

 

『ん~……それはあまりオススメ出来ないかもね。キミもダメージ受けちゃってるでしょ。』

 

 はい、ごもっともでございます。右腕装甲は問題なく作動するが、こんなのを繰り返していたらいつか大変な事になりそうだ。よほど切羽詰まったような状況で使うようにしよう。そんな事態はない方が良いが、意図的にオーバーフローさせる感覚をつかんでおいて損はないはず。

 

『え〜っと、次で最後だっけ?ラスト行ってみよ〜。』

 

 そもそも4つほど試したい事があるってのは伝わってるからね……話しが早いや。さてさて、そうこう言っている内にダミーが現れた。せっちゃん、無理させるようで悪いけど……これで最後だから頑張ろうね。本日最後の神翼招雷を発動させ、何処にもエネルギーを流さずにそのまま突っ込む。

 

(光の翼で!)

 

 ふと気づいたのだが、雷光から出てるエネルギーは攻撃用の物と遜色ない。すなわち、この翼をぶつけてやればダメージが入るという事になる。俺はダミーの左側を通過するようにして、右翼にて胴体を斜めに切り裂く。通り過ぎたらすぐさまUターンして、右側を通過しながら左翼を斜めにぶつけた。

 

 ダミーの装甲には、大きくバツ印を着けたように傷が走る。その数瞬後に4つのパーツにバラけると、大爆発を起こした。うん、あのくらいの装甲なら切り裂けるか……。エネルギー効率も悪くないうえに、しっかりとしたダメージも保証されている。今のはいい攻撃かもね。

 

『なるほど……刹那の機動力を生かした良いアイデアだと思うよ。』

(ん、そりゃどうも鷹兄。)

『じゃあ、少し戻ってきてくれるなか?僕もいろいろと調べたい事があってね……。』

(うっす、了解です。)

 

 まぁ……鷹兄からしたら二次移行したISなんて宝の山みたいなものだろう。俺は十分にやりたい事をし終えたから、今度は鷹兄の番だろう。いくら小さなエネルギーを膨らませるとはいえ、4連発神翼招雷のせいで刹那ももう飛ぶのが限界ほどだ。戻る途中でエネルギーが尽きないよう、慎重に刹那を操作した。

 

 

 

 

 

 

(……不可解だ。)

 

 刹那・赫焉に様々なプラグを繋ぎ、多くのコンソールを同時に操作する鷹丸は、決して顔には出さずに心中でそう呟いた。ISにはまだまだ解明されていない点が多くあるとはいえ、刹那の二次移行はハッキリ言って違和感が多く感じられる。それは勿論、他の研究員も気付いていた。……が、鷹丸が口に出さないまでは黙っているつもりらしい。

 

(単なるスラスターがいきなりエネルギーウィングクラスターに変化するなんて……。しかも、推進翼なのに攻撃用のエネルギーを放出させる……か。)

 

 刹那にとって雷火と飛電は、移動手段として用いられるものでしかない。それを黒乃が何らかの方法で無理矢理にでも攻撃の用途で用いていたのだとすれば、雷光のような進化を遂げるのも頷ける。しかし、雷光はむしろ武装と表現した方が適しているようなものだ。現に紳翼招雷も雷光が無ければまず成り立たない。

 

 それまで積み重ねてきた経験が、二次移行では顕著に表れる。だとすると、白式のようにスラスターの枚数が増えるとかがしっくりくるはずだ。まるで……雷火を起点にしつつも、全く新しい物を1から生み出したかのような。そんな気さえ鷹丸はしていた。

 

(それに、今まで通りのスラスター状態に切り替えも可能って……。これじゃあまるで……展開装甲だ。)

 

 鷹丸が刹那の内部データを覗いている内に、今までのようなスラスターモードと、エネルギーウィングスラスターモードへの自由な切り替えが可能と言う事が解った。似て非なる物というか、完全なる展開装甲ではないが……それに近い何かではある。

 

 換装を必要としない。この点に限るとすれば、確実にその言葉は当てはまってしまう。しかし、それは第4世代型ISの定義となる。刹那が純粋な第3世代型ISである事など、造った本人が1番良く解っている。だからこそ鷹丸は、とある仮説を立てた。

 

(これは二次移行では無く……世代移行……?)

 

 あえて名づけるとするならばという段階だが、鷹丸には黒乃が刹那の世代を上げてしまったようにしか思えなかった。つまりは、刹那・赫焉という名はついているものの……コレは第1形態なのではないかとも思っている。つまりは、まだ進化の可能性を残している事すらあり得る……とも思っていた。

 

「……ダメだね。」

「何がダメなんです?」

「皆さんも違和感には気付いてるでしょうけど、僕達がアレコレ考えるだけ時間の無駄って事ですよ。どうしようもなくないですか?」

「ま、まぁ……それは確かにそうですが。」

「鷹丸さんにそう言われた日に、僕らはいったいどうすれば……?」

 

 早い話がお手上げだ。鷹丸とてより深く研究するつもりではいるが、それは一応の対処でしかない。だが、鷹丸の言葉に理はある。こんな事態は、要因があるとすれば刹那でなく黒乃の方なのだから。むしろ黒乃に関心が集まるのを避ける為だとも言えよう。

 

「記録できる物は記録しておいて、後は気にしないでおきましょう!」

「そ、そんなアバウトな!?」

「いやぁ……でも、鷹丸くんの言ってる通りにどうしようも無さそうだし……。」

「作業は僕が個人的にやっておきますから。今日の所は解散という事で。皆さん、忙しいところをありがとうございました。」

 

 何やらなかった事にしようと提案する鷹丸に対して、1人の女性研究員が思わずツッコミを入れた。解らない事があるなら解るまで……と言うのが鷹丸のスタンスだと思っていただけに驚きも大きいのだろう。本当にどうしようもなさ過ぎる案件なだけに、鷹丸はせっせと解散の音頭を取る。

 

「お~い、黒乃ちゃん。」

(鷹兄。もう作業は終わったの?)

「ちょっと二次移行うんぬんの報告をさ、IS委員会にしないとならないんだよ。資料を纏めるのは僕がやるけど、というかもう纏めてるけどね。でも一応だけど刹那の持ち主であるキミにチェックしといて欲しいんだ。」

(お、おう。そういう事なら仕方ないね。解ったよ。)

「ん、ありがとう。先に社長室に行っててよ。僕も後で追いかけるから。」

 

 研究員たちが解散を始める最中、近場に待機してもらっていた黒乃を呼び寄せる。何の用事かと待ち構えていると、なんだか聞いているだけで面倒そうな頼みをされる。黒乃の場合はIS委員会という名称が苦手なだけだったりするが……。しかし、自分がやらねば鷹丸達に迷惑がかかる。さすればやらねばなるまいと、黒乃は急ぎ社長室を目指す。

 

 

 

 

 

(しっつれいしま~……って、誰も居ないのか……。)

 

 社長室の扉をゆっくり開いてみるが、中はもぬけの殻だった。う~ん……てっきり鶫さんが、お待ちしておりました藤堂様……なんて待ち構えていると思ったんだけど。ま、目を通すだけで良いみたいだし……いちいち俺に構っとられんよね。さて、その資料ってのは……あった。接客用の机に置いてあるのがそれだな。

 

 うげっ……IS委員会に提出するという事もあってか凄まじい分厚さですぜ。まずそもそも刹那がどういった機体かってところから書き始めてるみたいだな……。……この辺りは無視しとこう。俺は目次を頼りに、刹那・赫焉についてという項目のページを開いた。

 

 そこには通常の刹那と刹那・赫焉の写真がビフォーアフター的な形式で掲載されている。よし、やっぱりこのあたりからで大丈夫そうだ。俺は高級感あふれるソファに腰掛けると、細かい文字を指でなぞりながら読み進めていく。え~と、なになに……?その多くは現在調査中であり―――

 

 そんな調子で刹那・赫焉の研究結果を読み続け、どのくらいの時が経ったろうか。集中力が薄れてきていたのか、俺にはある音が耳について仕方がなかった。ヘリコプターかな……?なんだか随分と低い位置を飛んでいるみたい。気になった俺は、社長室内の一面窓ガラスとなっている場所へと近づく。

 

 するとどうだ、少し遠くに本当にヘリコプターが見えた。この距離……もしかしてお客さんかも。近江重工本社ビルの屋上にはヘリポートもあるし。そんな事を考えながらボーっとヘリを眺めていると、ギョッとする事態が起きた。なんと、ヘリのドアを開け放ち何者かがダイブするではないか!

 

(どええええっ!?な、何やって……あっ、ウィングスーツだ……本物始めてみた。……じゃなくて!あの人……こっちに向かって来てないかな!?)

 

 ダイブした人を良く見てみると、ウィングスーツといって……まぁ要するにムササビとかモモンガみたく滑空できる装備をしていた。落下の心配はなくなったが、どうにもあの人は社長室目がけて突っ込んで来ている気がしてならない。ま、まさか……ガラスを突き破るつもりか!?

 

『ブベラ!?』

(で、ですよねー……。無理に決まってるのに何やってんだこの人……。)

 

 アクション映画じゃあるまいし、謎の人物はガラスに激突してまるでへばりつくような状態になった。そこからまるでペラリとはがれるように落ちていく、まぁ……流石に安全策をとってパラシュートとか装備してるだろ……と思っていた時期が私にもありました。下を覗くようにして観察していると、謎の人物は無様な程にもがいている。

 

(……あの人何も対策とってねぇええええっ!ヤバいヤバい!)

 

 俺はすぐさま刹那を展開。肩のレーザーブレード、疾雷、迅雷を引き抜いた。それと同時にX字にガラスを切りつける。ガラスは超高温により溶け落ちて、交差された切れ目ができる。それを確認した俺は、交差点を思い切り蹴りつけてガラスを破壊した。そのまま空中に躍り出て、OIB(オーバード・イグニッションブースト)で落ちていった人を追いかける。

 

「ぬおおおおっ!?」

(……この人、俺以上に馬鹿なんじゃねぇのかなー。ホントに何者なんだろ……っと!)

「お、おお……助かった!何処の誰だか知らんがありがとな、美人のお嬢ちゃん!」

 

 楽勝で謎の人を追い抜くと、下に回り込んで優しくキャッチした。ふむ……顔はゴーグルで隠れてるから何とも言えないけど、声は凄まじくダンディな感じ。中年~初老の男性ってところかな。まぁ何者かは後にしよう。曰くやはり社長室に用があったようで、ついでだからそこまで届けてくれと頼まれた。

 

 俺は中年のオジサンを小脇に抱えると、なるべくゆっくりというのを意識して上昇していく。そうして社長室と同じ高度まで戻ると、オジサンを掴んでいた手を放す。久方ぶりであろう地上の感覚を確かめるかのように、オジサンはよっこいせなんて言いながら立ち上がる。それと同時に俺も刹那を待機形態に戻した。

 

「いやぁ~参った参った。お嬢ちゃんが居なかったらどうなってた事かねぇ。」

(ホントですよ、だけどその言い方は反省してな―――あれ、この感じ……誰かと似てるような?)

「ふむ……それにしても、立派なモンをお持ちだなぁお嬢ちゃん。ふむ……はちじゅ……いや、90ちょうどってとこ?」

(…………あ゛?)

 

 オジサンはウィングスーツやゴーグルを外しながら、まるで反省してないような口調でぼやいてみせた。俺はその様子に何処か既視感を覚えてしまう。この……まるで反省のない感じ。それに、見た目も誰かに似てるような……。なんて考えていると、理解しがたい事態が……。

 

 胸……揉まれてね?いや、確実に揉まれてる。誰に?見知らぬオジサンにだ。サイズは大正解、俺のバストは90ちょうど。だけどんなこたぁどうでも良いんすよ……何を真正面から遠慮なく触っとりますかね。そうして次の瞬間俺の脳内に渦巻いたのは、とんでもない嫌悪感と……とんでもない殺意。

 

「うわああああっ!」

「うおおおおおっ!」

(胸っ、触った……!揉んだ……!イッチー以外の男が私の胸を!最悪……最悪っ……!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!)

「だぁっ!?ちょ、ちょっと待ったちょっと待った!タイム、とりあえず落ち着こう!オジサンが悪ぅござんした!この通り、この通りだから!」

 

 私はオッサンを一本背負いで放り投げると同時に刹那を展開。息を荒げつつ掌から雷の刃を生やした。バチバチと唸る赤黒い雷を突き付けてやると、オッサンは血相を変えて私へと謝罪をし始める。……許すと思うかな。私の身体、気安く、見知らぬ中年のオヤジに触られてっ!

 

「いったい何の騒ぎです!?」

「おお、鶫……良いところに!ただいま!早速で悪いんだけど助けてくれぃ!」

「良いんじゃないんですかね、そのまま永遠にさようならという事で。」

「わぁお、辛辣ぅ!」

「どうしたの?何か騒がし……あ、父さんお帰りー。」

 

 ガラスの割れる音か、はたまたオッサンの喚く声か。どちらのせいでとかはどうでも良いが、騒ぎを聞きつけ鶫さんが顔を見せた。2人はどうやら顔見知りのようだが、鶫さんの反応を見るにセクハラの常習犯だな……?よし、殺ろう。俺がそう決心した時、鷹兄が現れサラリと爆弾を投下するではないか。

 

(はい……?父さん?これ……鷹兄のお父さんんんんっ!?)

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、オジサンの名前は近江(おうみ) 藤九郎(とうくろう)。よろしくな、お嬢ちゃん!」

「…………。」

「おぉう、握手も拒否……。どうしようかねぇ鷹丸ぅ、パパは早くも心が折れそうだ。」

「自業自得って言葉を辞書で引いてみようね、父さん。」

 

 鷹丸がその場を取りまとめ、とりあえず落ち着いて座ろうと提案した。怒り冷めやらぬが黒乃もそれに乗り、ソファへと座り直す。そうして正面に座った中年の男性は、ようやく自らの口で名を語る。見た目だけでいうなれば、鷹丸と合致する部分とそうでない部分が。

 

 髪の色は茶だが、鷹丸とは違い癖毛ではない。少し長めに伸ばしたそれを、束ねて纏めている。何より違うのが、それなりに筋肉質といったところだろうか。後はその態度だが、何処か鷹丸とは違った意味で飄々としていると黒乃は感じた。

 

「だってしょうがないだろぉ。ピッチピチのISスーツのせいで自己主張された大きいおっぱいがあるなら揉まない方が失礼がってもんで―――」

「とりあえず死ぬ気で謝りましょうか。というより死んでください。」

「あだぁ!?い、痛い……!社長を机に押し付けるのは止めようぜ……。」

(あ、あ~……いや、鶫さん……何もそこまでしなくても大丈夫ですから……。)

 

 やっぱり反省しているのだかしていないのだか解らない藤九郎の背後に、音もなく鶫が忍び寄る。そしてそのまま頭を掴み、容赦の欠片も見せずに机へと叩きつけた。一応は抗議した藤九郎だが、その後はとにかく済みませんと謝罪を繰り返す。そんな様子を見て、ようやく鶫は手を離した。

 

「で、まぁ言ったとおりにこの人が僕の父親ね。こう見えてもすごい人だから。けど、珍しいね……2年ちょっとで帰ってくるって。」

「ん~?まぁいろいろな。成果って言えば成果も出たしねぇ。」

「へぇ、例えばどんな?」

「おー、南米居た時の話なんだけどな。酔っ払いに絡まれてる爺さんを助けてやったわけよ。そしたらなんとその爺さん大地主でよぉ。もう老い先短い上に跡取りも居ねぇからっつーんで土地もらっちった。」

「ね?すごい人でしょ。」

 

 鷹丸にどうして帰って来たのか問われた藤九郎は、長い顎鬚をゾリゾリと触りながら語り始めた。どうやら藤九郎も無造作に失踪しているわけではなさそうだが、偶然から土地をもらうとは……。黒乃は何処か戦々恐々とした様子で藤九郎を眺める。

 

「ふふん、そんなに見つめられちゃオジサン照れちゃうぜ?」

「はいはい、僕のフォローを台無しにしないでね。それで、その土地どうするつもり。」

「いつも通り子会社設立が妥当だろうねぇ。その土地の雇用も潤って一石二鳥ってね。んでまぁその目途がたったからこうして帰って来たのよ。」

 

 適当を言っているようでその実まともな発言だ。やはりこの親にしてこの子ありという事なのかも知れない。本性で物を語らずヘラヘラと、だけれど締めるところはキチンと締める。黒乃はここでようやく鷹丸がしっかり藤九郎の血を引いているのだと確信した。

 

「それよりも、お嬢ちゃんになんか用事でもあるんじゃないの?オジサンは後回しでいいから済ましなさいね。」

「うん、解った。黒乃ちゃん、これには目を通してくれたかな。特に問題はなさそう?」

(あ、途中だったけど問題なさそうだよ。)

「そっか、じゃあ今日のところはもう大丈夫だよ。というか、急なお客さんが来ちゃったもんで。ちょっとそっちの対応が忙しくなっちゃってねぇ。」

「おいおいそう言うなよ、パパ泣いちゃうぜ~?」

「鶫さん、彼女を案内してあげて。」

 

 藤九郎は少し気だるそうにそう言うと、手早く黒乃を開放してやろうと遠回しに提案する。鷹丸もその意見に同意なようで、件の資料に関して問題等の確認をした。黒乃はぶっちゃけ流し読みだったわけだが、今は手っ取り早くこの場から脱したいというのが本音だ。

 

 黒乃が肯定を示せば、もはや近江重工にこれ以上残る必要もない。後の事は鶫に任せると、黒乃はソファから立ち上がる。そんな黒乃に対して、近江親子は2人そろって手を振った。その様子はやはりどこか似通っていて、なんだか黒乃はおかしくて仕方ない。内心でクスリと笑いながら、黒乃は社長室を後にした。

 

「……で、何処までが嘘で何処までがホント?」

「親をまるで嘘つきみたいに言うのは関心しないぞぉ鷹丸ぅ。」

「僕にしらばっくれる意味は無いでしょ。っていうか実際嘘つきだし。早く言ってくれると助かるんだけどな。」

「人を信じれないような子に育ってくれてパパは嬉しいぞ~っと……ほらよ。」

 

 黒乃が社長室の戸を閉じた瞬間、それまでの和やかな雰囲気は一変した。2人共やはり表情は飄々とした様子そのものだが、空気感が全く違う。一言ではとても表現できないが、強いて言うなら殺伐……と言ったところだろうか。そんな空気の中、藤九郎が懐からUSBメモリを投げ渡した。

 

「……なにこれ?」

「土地の話はガチだ。ずっと南米に居たってのは嘘。後の時間は女のケツ追っかけまわしてたんだが、ここ数か月はあっちこっち日本を奔走してたんだよ。可愛い息子の為にな。」

「ふ~ん……何か有用なデータって事だね。」

「早い話が証拠だよ証拠。IS委員会員の不正やら何やらの。」

 

 や~……疲れた疲れた。そんな事を言いながら藤九郎は肩をグルグルと回してみせる。何故自分の父親がそんな証拠を集めねばならなかったのか、鷹丸は脳をフル回転させて推理を開始。藤九郎は数か月前と言った。そうなると当てはまるキーワードは自ずと1つ。

 

「へぇ……なるほど、僕ってより黒乃ちゃんの為でしょ。」

「ちょっと見ないうちにより賢くなったね~お前さん。うん、マジでパパ涙が出そうだわ。」

「誰かさんに似たからね。……僕が教師してるの、誰から聞いたのさ。十蔵さん?」

「いやさ、風の噂って奴。お嬢ちゃんの事もついでにね。」

「でも有り難いよ、これで交渉が有利に進められる。」

 

 数か月前で鷹丸が関連しているとすれば、教師を始めたタイミングくらいしか思い当たる節がない。だとすると、自ずと答えは見えてくる。渡された不正の証拠は、半ば黒乃の為にあるものだと。実のところ委員会からの黒乃に対する圧力は凄まじいものだ。鷹丸が黙殺しているため大ごとにはなっていなかったが、そうも言えない事態が起きてしまう。

 

 それは刹那の二次移行。それも強大過ぎるほどの二次移行をしてしまっている。事によっては黒乃を危険分子とみなし、刹那を剥奪されていたかも知れない。しかし、この証拠があればそうとはいかないだろう。藤九郎には何処か預言者めいた面がある。集めて損はないと理由で行動していたが、ベスト過ぎるタイミングだ。

 

「……鷹丸よぉ。お前さんがこれからしようとしてる事くらいはだいたい想像がつく。なんたって俺はお前さんのお父さんだからな。」

「……想像がつくのは父さんくらいだと思ってるよ。」

「まぁそうだろうね、お互い性格最悪のゴミ屑だからな。同じレベルのゴミの考えてる事は良く解る。……好きに生きろよ、お前さんの人生だ。それが例え万人に受け入れられない生き方だとしてもな。パパは自分が思った事もやり通せねぇ本当のゴミに育てた覚えはねぇぞ。」

「そうかな……いや、そうだろうね。あそこには面白い人達が沢山居るからさ。」

 

 大事そうにUSBメモリを握りしめる鷹丸を見ながら、藤九郎はボソリと呟くようにそう言う。あまり父親らしい事を言えた立場ではないと思っているのか、本当に小さく小さく……。しかし、鷹丸には藤九郎が最高の父親としか思っていない。おかげで、こうして常識外れでいられるのだから。

 

「ところで鷹丸、社長の肩書はまだ必要か?しばらく邪魔ってんならパパしっかりお仕事するぜ。」

「いや、意外に便利だからもうしばらく貸しててよ。必要なくなったら返すけど、その頃にはまたいなくなってると思うけどね。」

「いやっハッハ、こればっかりは保証できないねぇ。世界の女達がパパを呼んでんだ。」

「また母さんに半殺しにされても知らないからね。」

 

 これもまた冗談半分。藤九郎は女好きだがそれを目的にして旅をしているのではなく、雲のように流浪するのが好きなのだ。しかし、どちらにせよ長い間妻をほったらかしなわけで……。鷹丸の言葉で妻の事をようやく思い出したのか、藤九郎は苦い表情を見せた。

 

「あ~……しばらくは日本に居るか……。何、パパとしては世界で1番朱鷺子を愛してるわけなんだけども。」

「僕に言い訳してもしょうがないでしょ。じゃ、僕は仕事に戻るから。」

「言い訳じゃないって、こればっかりはマジだよ。でもさぁ、パパとママの中を取り持ってくれても良いじゃん?なぁ聞いてるかい、我が息子~!」

 

 何やら物騒な事をされた覚えでもあるのか、藤九郎は頬を指先で掻きながら項垂れる。そんなのは僕の知ったこっちゃないと言わんばかりに席を立った鷹丸に対し、まるで子供のように接して難を逃れようとするではないか。結局のところしつこく絡まれた鷹丸は、観念して説得に参加することになったとか……。

 

 

 




名前 近江(おうみ) 藤九郎(とうくろう)
年齢 49歳
外見的特徴 長めの茶髪 顎鬚
好きな物 肉類 色っぽい女性 退屈しない物・人・事
嫌いな物 甘い物 退屈な物・事・人
趣味 放浪の旅 セクハラ 討論(理詰めならなお好き)

鷹丸の父親にして、近江重工の本来の社長。息をするようにセクハラをする事を除けば、人望・人脈と共に厚い。思い立ったら即行動な人物なせいか、定期的に失踪する。……が、実は理由なしに失踪する事の方が稀。飄々としているのは大半が表の顔で、本心は血縁関係のある者以外には決して見せた事はない。本心があるとは他人に思わせないあたり、実は鷹丸以上に闇が深い人物であろう。ちなみに藤九郎というのはアホウドリの別名。

……というわけでして、唐突に新キャラです。
鷹丸の父親ですが、出番はあるかどうか別にしてどうしても出したかったので。
というか近江一家は全員出したいです。母親に関してもいろいろと練ってますし。

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