八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第61話 クロノ・ザ・スクリーム

「うーん、やっぱり夏休みともなると、こういう場所はとんでもなく混雑するな。」

(ソウダネー……。)

 

 夏の太陽が照り付ける最中、様々な人々が大挙して訪れている。ここは都内でも有数の遊園地。黒乃と一夏はここへデートしにやって来たのだ。と言うのも、ついに一夏がハッキリ伝えた……デートしようと。黒乃があまり乗り気でないのはそういう事である。

 

 正直言って、全く嬉しくなかったというわけでもない。……が、やはり現状では一夏のそういった行動は悩みの種でしかないようだ。逆に一夏が露骨に嬉しそうなせいで混乱も大きく、もはや頭痛が収まらないレベル。なかなか割り切ってしまう事も出来ずにいるようだ。

 

「こんな場所来るのいつぶりだったっけ。だけどその、2人きりは……は、初めてだな……。」

(いやね、最近は一緒に行動する事が多過ぎる気がするんすわ。)

「と、とにかく今日は楽しもう!なんたって、デートなんだからさ。」

(……キミの発言が俺を気楽にさせないんだよなぁ。)

 

 非常に照れくさそうに一夏が述べると、やっぱり黒乃のテンションは冷める一方。夏休みになってからヒロインズの顔を見てませんけど?キミの口からヒロインズの名前すら聞いてませんけど?……と、どうして自分に構うのかと困惑するしかない。そんな困惑する黒乃をよそに、一夏は手を取り案内板の方へと導く。

 

「ジェットコースターにコーヒーカップか……この辺りは定番過ぎて面白味に欠けるよな。」

(同感……ってか絶叫マシン苦手だし構わんけど。……ん?イッチー、そっちの看板見てみ。)

「むっ、何か催し物でもやってるみたいだ……。せっかくだし、そっちに行ってみるか?」

(そだね。何やるかは謎だけど……。)

 

黒乃が指差した看板に書かれているのは、夏休みスペシャルチャレンジ!と書かれていて、後は場所の指定をしているのみだった。とはいえ、こういう曖昧な書き方をされるからこそ気になってしまうというのもある。そういうわけで、2人は指定された場所へ向かってみる事に。

 

「ん~……なんとなく人だかりはあるけど、混雑してるって感じでもないな。」

(とりあえず近づいてみるだけ近づいてみない?)

「なんなんだろうなぁ、スペシャルチャレンジって。」

 

 もっと大勢が集まっているものだと勝手に想像していただけに、一夏はなんだか拍子抜けした様子で頬を掻く。しかし、まだ全貌は明らかになってはいない。一度気になったのなら、最後まで見届けたくなるのが性……ではあるのだが、とある建造物が目に入った黒乃は固まった。

 

(……ぴぃっ!?あ、あれはもしや……。)

「黒乃?どうかして……って、なんだお化け屋敷か。確かに夏特有って感じかもな。」

(もしかしなくてもお化け屋敷でやぁああああ!ヤダヤダヤダ!戻ろうイッチー!)

「そこの2名様、ご入場希望でしょうか!?」

「え、あ、えっと……はい?」

「了解です!2名様ご案内!」

(イッチイイイイッ!?)

 

 いかにもな雰囲気を漂わせる古民家風の建造物を目の前にして、瞬時に黒乃はお化け屋敷だと悟った。当然ながら黒乃にとって最悪とも言えるアトラクションだ。しかし忙しさ故か、係員は慌てた対応を取る。そんな慌てた対応だったせいか、一夏は生返事をしてしまい……お化け屋敷に押し込まれてしまった。

 

「……なんかなし崩しに入っちまったな。まぁ良いや、適当に終わらそうぜ。」

(アンタ正気か!?待て、今ならまだ間に合う!だから前に進まんといてぇ……。この時点で怖いよぉ……。)

「く、黒乃……?……あれ、嘘だろ?怖いの苦手だっだっけか!?」

 

 一夏が前に進もうとすると、黒乃はその手をがっちり掴んで嫌だ嫌だと首を猛烈に左右へ振った。意外、一夏からすれば大変に意外な出来事である。基本的にどんな事にも動じないと思われているためか、まさかそんなといったところなのだろう。

 

「いや、ほら……ホラーゲームとかやってるし、てっきり俺は……。」

(あれはゲームだからだよ、だって倒せるじゃん!自分で倒せないからホラー映画なんか絶対に見ないし―――)

『ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!』

(でぇやああああああっ!?勘弁してええええええ!)

「ちょ、待て黒乃……とりあえず落ち着こう、走ると危ないぞ!」

 

 入口付近で揉めていると、オブジェクト思われた井戸の中から白装束の女が現れ奇声を上げた。恐らくだが、入り口で揉められると次の客が入れられない。そのための保険的な役割で配置されているスタッフだろう。その思惑通りに、黒乃は全力ダッシュで奥の方へと走っていく。一夏も慌ててそれを追いかけた。

 

(扉……っ!?知ってるんだぞ、開けた端から驚かすつもりだな!?)

「うおっ、とととと……黒乃、急に立ち止まっても危な―――」

(イッチー……お願いだから開けてちょうだい。もうここまで来たら進むしかないからさぁ……。)

「く、黒乃……!?」

 

 しばらく通路を道なりに進むと、そこには観音開きの扉が待ち構えていた。黒乃は急ブレーキをかけて立ち止まると、一夏の背に隠れるようにしながら抱き着く。黒乃の立派な双丘が背に押し付けられ、一夏は気が気でない。……と同時に、こんな事を考えていた。

 

(お、俺……もしかして、今ものすごく頼られている!?)

(イッチー……?まさかとは思うけど、イッチーも怖気づいてるとかじゃ―――)

「く、黒乃……流石にそれじゃ歩き難いからさ、抱き着くんなら腕にしてくれ。」

(あ、そっか……そうだよね。うん、解った。)

(う、うおおおおっ!黒乃と……黒乃と腕組ぃ!)

 

 普段なら少し渋る提案を一夏がしたが、黒乃は何の迷いもなく腕に抱き着いた。一夏本人も、自分で調子に乗っている自覚はあるようだ。しかし、それでも黒乃が見事に抱き着いてきたもので……テンションは最高峰となった。そして、一夏は更に調子に乗っていく。

 

「黒乃、俺がついてる。だから怖くなんかないぞ。」

(イッチー……。フフ、ありがと……かっこいいじゃん。)

(あぁぁぁ……なんだ、なんだこの可愛い黒乃は!いや、普段から可愛いけど怖がってる黒乃とか可愛いに決まってんだろ!)

 

 安心させるような事を言いつつ、一夏は黒乃を前にして良いところを見せようと画策しているらしい。現状、今の黒乃は少しでも安心が欲しいというふうに思考回路が働いている。いつもの乙女化に対する嫌悪感は何処へやら、黒乃は一夏の腕に頬を擦りつけた。その行為が一夏を完全に腑抜けにさせる。

 

「良し、行くぞ黒乃……準備は良いか?」

(うん、キミとだったら大丈夫な気がするよ!)

「たのもーっ!……ここは、蔵か何かか……?」

(レプリカだろうけど、壺とか掛け軸とか……骨董品が沢山だね。)

 

 勢いよく扉を開けてみるも、特に何かが襲ってくるという事もない。一夏が蔵だと推理した内装も、至って静かなものだ。しかし、その静けさが逆に不気味さを引き立てている。黒乃はオズオズと一夏の腕に抱き着いたまま周囲を見渡すと、あるものを発見したようだ。

 

(うひぃ!?イ、イッチー、イッチー、イッチー!)

「な、どうした黒乃!?って、うへぇ……なんだこれ、血文字のつもりか?悪趣味だな……。」

(ひぃぃぃ……赤黒くて妙にリアルぅ……!)

「お化け屋敷でありがちな指令系の奴か?え~と……『ご神体をあるべき場所へと返し、無念に捕らわれた悲しき魂を鎮めるべし』……か。これ、良くできた仕組みだな……ここで分断するつもりらしいぜ。」

 

 一夏が書かれていた血文字を読むと、その近場に隠し扉を発見した。しかし、どう考えたって1人が通るのが限界なスペースしかない。ペアで参加した場合、どちらかが待ち惚けを食う事になる。扉の先に進んだら進んだで何かあるだろうし、待っていても絶対に何か仕掛けてくるだろう。

 

「どうする、黒乃が行くか?」

(嫌だ!絶対に行かないもんね!)

「ん、じゃあ少し俺が様子を見てくるよ。」

(それも嫌ぁ!お願いだから1人にしないでよぉ……。イッチーってば俺がついてるってさっき言ったもん!後生だから片時も離れないで!)

「い、いや黒乃……この場合でどっちも否定されると流石に困るっていうか……。」

 

 判断を黒乃に委ねた一夏だったが、行くかと問えば否定され、行こうとしたら体重をかけられ遮られた。何気に嬉しくもある一夏だったが、いつまでこうしていたって仕方がなくもある。珍しい黒乃の様子にどう対応を取って良いか正解が見えないのだろう。

 

「黒乃、少し行ってくるだけだから……な?すぐ帰って来るって約束する。」

(そ、そんな殺生な……。うぅ……心細いぃ……。)

「よっと……。ご神体をあるべきとこへって……この棚の中か……?」

『ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!』

「げ、しまった……このパターンだったか!」

 

 狭い隠し扉の奥に侵入した一夏は、小さな棚をゆっくりと開いた。するとそこには、木彫りの人形が置いてある。それを取ろうと一夏が手を伸ばすと、棚の奥から呻き声と共に青白い腕が……。木彫り人形を取ろうとしていた手首を掴まれ、一夏は拘束されてしまう。一方の黒乃はと言うと……。

 

(ひぃ……なんかガタガタ言ってる……。イッチー……大丈夫かなぁ……。)

『どうかな、儂の大事なコレクションはぁ……。気に入ってくれたかぁい?』

(ほぇ?…………キャアアアアアアアアッ!?……きゅう……。)

「え、ちょ……なんだ今のドターンって音は……。ん、黒乃!?もしかして気を失ったりしてないだろうな!」

 

 一夏を心配しつつ、早く帰って来ないかとソワソワ……ソワソワ……。そんな様子で待機していると、黒乃は何者かに肩を叩かれた。警戒心が薄れていたのか定かではないが、黒乃は遠慮なしに振り返る。すると眼前には、血みどろになった老人が待ち構えていた……。あまりの恐怖と驚きがピークに達したらしく、黒乃は一夏の想像通りに気を失ってしまったのだ。

 

「くそっ、いい加減に離せよ!黒乃、おい……しっかりしろよ黒乃!」

(う、う~ん……イッチー……?あ~……イッチーだ……。)

「大丈夫……そうか?立てるか?」

(……よいっ……しょ……。ア、アハハ……こ、腰が抜けちゃったっぽい……。)

 

 掴んでいた手を振り払うと、一夏は慌てて黒乃に駆け寄った。木の床に倒れている黒乃の上半身を抱きかかえると、ユサユサと優しく揺さぶる。どうやら気絶は一時的なもので済んだようだが、腰が抜けてしまって立てないらしい。足に力が入らないという事は一夏にも伝わった。一夏は、悔しそうに歯を食いしばって見せる。

 

「……ごめんな、俺……やっぱり全然だ。」

(そ、そんな事ないよ……。イッチーは俺を安心させようって頑張ってくれてる……。そういうの、なんていうか……温かいから……さ。)

「……黒乃は優しいな。けど、約束したんだからしっかり守るよ。今度は―――」

(わ、ちょっ……イッチー!?)

「俺の腕の中から、絶対に離さない。」

 

 一夏はそれまで調子に乗っていた事を全力で悔いた。黒乃は表情こそでないが、目も当てられない程に怖がっている。それなのに自分は黒乃に頼られていると浮かれて……。だからこそ一夏は、新たな誓いを黒乃に打ち立て……その身体を姫抱きで持ち上げた。非常に男前な顔つき&全力のイケメンボイスでの一夏の行動に、黒乃は燃え上がる感覚が顔に集中する。

 

(あ、ありがとうイッチー……。そ、それにしても暑いなー!もっと冷房効かせろよー!別に恥ずかしいとかじゃないんだからねー!)

「まだしばらく続くだろうけど、このままゴールまで一気に行くぞ。もう黒乃を怖がらせたりしないからな!」

(ああ、もう……止めっ、止めろぉー!これ以上私を照れさせる台詞を言うんじゃねぇー!……って今私っつって―――)

 

 こうして一夏は黒乃を抱き上げたまま数々の課題をこなし、宣言通りにそれ以降黒乃が怖がる事はなかった。そうしていつしかお化け屋敷も終わり、出口を飛び出してみると……2人を包んだのは盛大な拍手と冷やかすような声。そこでようやく、2人はスペシャルチャレンジとやらの全貌を知る事に……。

 

 

 

 

 

「はぁ……なんだか散々だったな。悪い、こんなはずじゃなかったんだが……。」

(いやいや、あんなの予期できてた方がおかしいってもんで……イッチーは何も悪ぅないよ。)

 

 スペシャルチャレンジとやらの全貌とは、一種の企画ものだった。親子、兄弟、友人、恋人などなど、とにかくペアでお化け屋敷へと入り、パートナーとの絆を示す内容だ。その様子は出口のモニターによって確認ができる。2人を出迎えた喝采はモニタリングをしていた観客というわけだ。

 

 企画ものなだけに賞品はしっかりと用意されており、2人は見事にベストカップル賞をもぎ取った。一夏の手に握られている長方形の小包が例の賞品とやららしい。端から見たら赤面なやり取りをしていたわけで、納得のいくベストカップル賞ではあるのかも知れない。

 

 しかしだ、多くの人間が2人の様子を見守っていた。そのせいで、あの後に何処へ行っても『例のカップルだ』なんて囁かれる。2人は何処か居心地が悪く、全力で遊園地を楽しんだとは言えないだろう。時刻は既に夕刻を回っているせいか、帰路につきつつ反省を述べる一夏の背には哀愁が漂っていた。

 

「……まぁ良いか、予行練習みたいなもんだし……。」

(へ……予行練習……?)

 

 黒乃が何の問題もないと反応を示しても、一夏は何処か納得のいっていない様子だった。そうしてポツリと自分に言い聞かせるように呟く。予行練習だ―――と。本当に、本当に周囲に聞こえるか否かギリギリの音量ではあった。しかし、黒乃にはギリギリ聞こえてしまったらしく―――

 

(予行練習って、本番があるって事……?私、練習相手ってだけだった……?なんだろ……それ、凄く―――)

「黒乃、どうかしたのか?」

「嫌。」

「嫌……って、何かあったか?俺、もしかして知らない間に何かしちゃってたり―――」

(……っ!?あ、今……俺……。)

 

 一夏が予行練習と言ったのは、黒乃と2人きりに慣れる為……という風な意味の込められた言葉だった。しかし、黒乃はそれと違う解釈をしてしまう。自分と今日外出したのは、他の誰かと出かける為の下準備である……という意味でだ。そう理解した途端、まるで泥沼に足でも取られたかのような気分に襲われる。

 

 思うように前へと進まず、ついには歩が止まってしまった。真隣を歩いていた一夏は、当然ながらすぐに異変に気が付く。どうして止まるんだと素朴な疑問をぶつけてみれば、返って来たのは……嫌と言う台詞。いくら一夏だろうと、それだけでは黒乃が何を言いたいかなんて理解できない。

 

 だが残念な事に、理解できないのは言った本人も同じだった。何故自分がそんな事を口走ったかが理解できない。つまり、一夏が自分以外とデートするのは嫌だと言っているようなものなのだから。我に返った黒乃だが、冷静になる事は容易ではない。またしても無意識に私と口走ったのも然り―――

 

(なん……で、そんな……。お、俺が……まるでイッチーの事好きみたいな考えがスラって出てきて―――)

「えっと、黒乃……俺が何かしたならハッキリ言ってくれ。なんていうか、謝りようもないし。」

「……なんでもない。」

「いや、俺にはそう見えないぞ。頼むからちゃんと―――」

「なんでもない!」

 

 一夏への好意を仄めかす発言をしてしまった事も然り―――だ。一夏は心配してこそ黒乃にハッキリと伝えてくれと言ったのだが、心中を察する事ができないのにその発言はバッドである。黒乃にとっては、自分以外とデートする一夏を想像して嫌な気持ちになったなど、言えるはずもないのだから……。

 

 黒乃に唯一逃げ道があるとすれば、なんでもないと誤魔化すくらいだった、しかし、こういう時の一夏はしつこいくらいだ。勿論、それは他人を思いやる事が出来る織斑 一夏の美点そのもの。だが時として美点は欠点となりうる。今回がとてつもなく良い例だ。

 

 一夏の黒乃を気遣う言葉は、より黒乃を追い詰める。追い詰められた黒乃には、もはや不必要なほどに否定する事のみ。感情にまかせて怒鳴るように叫ぶ。それで多少の爽快感は得たが、そんなものは一時の気休めでしかない。怒鳴って一夏に当たるような事をしてしまい、それはそれで大きな嫌悪感が黒乃にのしかかった。

 

(あ……ご、ごめんイッチー……!お、俺……そんなつもりじゃ……。)

「……そう、か。悪い、俺もしつこかったよ。黒乃が何でもないって言うんなら、そうだよな。」

「っ!?ごめん……なさい……。」

「黒乃が謝る事じゃない。俺の方こそ、ごめん。」

 

 そんなつもりじゃなかったと弁明しようとする黒乃。もし表情が出ているとするならば、それはとてつもなく情けないものだったろう。一夏が自らに非があったと言い出すものだから、黒乃は罪悪感が上乗せされたような気分だ。きちんと言葉にして謝罪を述べれば、同じく一夏も謝罪を述べる。

 

 恐らく両者が共に謝り倒して無限ループになると考えたのか、これにて謝罪合戦は打ち止めとなった。気を取り直して歩みを進めるが、どうにも2人の合間には気まずい空気が流れてしまう。一夏はもちろんこの状況を打破したい。せっかく黒乃にデートと伝えて外出したのに、こんな空気で終わらせたくないに決まっている。

 

「そういえば、だけどさ……。結局、この豪華プレゼントって何なんだろうな。」

(さぁ……?司会やってた人も皆まで言ってくれなかったし、なんなんだろうね。)

 

 一夏が握っている小包を掲げながらそう言えば、自然と2人の歩みは再度止まった。黒乃にとっては過酷なお化け屋敷を乗り越えただけに、しょうもない物でないと願いたい。なんとか話題を変えるための術だったのだが、ここまでくれば開けてみる以外の選択肢はないだろう。

 

「……なぁ、開けてみようぜ。」

(うんうん、俺もすげぇ気になってきたわ。やっちまえイッチー。)

 

 小包に丁寧に施されているリボンやラッピングの加工を取り外すと、中身の箱が露わになった。そうして慎重に箱も開封してみれば、その中に入っているのは……何とペアリングだった。ただし、ネックレスタイプのものだ。しかし、一夏には見覚えのある代物らしい。

 

「これ……本当に高級ブランドの奴だぞ!?……あぁ、だからベストカップル賞なのな……。」

(へぇ~……。うん?イッチーの癖して妙に詳しいような―――)

「あっ、その、だからって俺達がそういうんじゃないのは解ってるぞ!?うん……。」

(いや、そんな否定してくれなくったって良いけど……。解ってるよ、別にそのくらい。)

 

 一夏が珍しくアクセサリー類に詳しいのには、それなりの理由と言うものがある。この男、今からいずれ黒乃に送るであろう指輪の為に勉強をしたりしているのだ。というか、黒乃と半同棲状態に戻った最近はそういった事の妄想に耽る毎日だったり……。

 

 つまり一夏の脳内にて、自分たちはほぼほぼカップルである……という思考は確かに存在している。ついそれがポロッと口から洩れてしまったため、一夏は慌てて弁明の言葉を述べた。今現在では、それこそが地雷だという事も知らずに……。

 

「う~ん……しかし、俺はともかく黒乃はチョーカーがなぁ。」

(あ、うん……そうなんだよね。せっちゃんの待機形態がチョーカーだからさ、実は首関係のアクセサリーは着けづらいっていうね。まぁ……ぶっちゃけアクセサリーなんて着けないから無意味なんだけどさ。)

 

 黒乃の首元を見た一夏は、何か困ったような表情を浮かべた。それはチョーカーがあるから、リングを首から下げたらバランスがおかしいと言いたいのだろう。しかし専用機の待機形態ともあれば、そうそう外すわけにもいかないというのもまた事実なのだ。

 

 黒乃がチョーカーを外すとすれば、風呂と睡眠時ほど。特殊な例を挙げるとすれば、つい先日の臨海学校の際に海では外していた。これは風呂と同じく、濡れたらなんとなくまずいのかなー……などと黒乃が思っているから。どちらにせよ、常にと言って良いほどに肌身離さずチョーカーを装着しているという事。

 

「…………。」

(イッチー?真剣にペアリング眺めたって、どの道俺には無用の長物―――)

「……良い事思いついた。なぁ黒乃、お前の分……少し預からせてくれないか?」

(どーぞどーぞ。質に居れるなりなんなり。)

 

 しばらく難しい顔でペアリングを眺めていた一夏だったが、突然にパッと表情が明るくなった。その様子は言葉通りに良い事を思いついた表現そのもの。何か上機嫌な一夏は、黒乃の分を預からせてくれと頼む。特に執着のない黒乃は、快く一夏の提案を受け入れた。

 

「そうか、ありがとう。じゃあ……今度こそ気を取り直して帰ろう!」

(どわった……!?急に元気になったなぁ……。まぁ良いか、元気なイッチーが1番だよね。)

 

 にこやかにペアリングをケースにしまうと、一夏は黒乃の手を取り駆けだすようにして歩き出した。不意打ち気味だったせいか少しよろけた黒乃だったが、危なげなく一夏の少し後ろを歩く。その視点から見る一夏の表情は、何故だか本日最高の微笑みだったとか……。

 

 

 




黒乃→予行練習って、なんか……面白くはないかも……。
一夏→これも黒乃と2人きりに慣れる予行演習だよな。

ペアリングを一夏がどうする気なのか、真相はかなり先に明かす事になります。
具体的には一夏の誕生日回程でしょうか……?
覚えておいていただければ幸いです。

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