八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第62話 喪失と消失

(う゛~……痛たたたた……。)

 

 ベッドの中にて意識が覚醒するのと同時に、下腹部あたりに鈍く深い痛みを感じた。いや、むしろこの痛みで目が覚めたって言った方が良いか……。もしやと思い枕元に置いてある手帳タイプのカレンダーを開くと、案の定アレであった。うん、アレだよアレ……女の子の日って奴。

 

 あ゛~……油断してたかなぁ……。元男だったというのもあってか、どうにも管理が甘くなってしまう。しかも俺の場合は予兆とかなくて突然くるから性質が悪い。気だるく何もする気が起きないけど、家事はちゃんとやらないと……。朝食……作らなきゃな……。

 

 朝食作って食べ終えたら即ベッドに戻る算段なため、パジャマのまま階段を降りていく。何作ろうかな……。正直なとこで食欲もないし、イッチーには悪いけどスープとかにしよう。確か冷蔵庫に昨日仕込んでおいたカツオと昆布の1番出汁がだね……あぁ、あったあった。

 

 えっと……他に食材……。……さっぱり目でローカロリーなのが良いかな。それなら鶏ササミに、う~ん……プチトマト?も使えそうか……。後は、しめじに卵ってところかね。んじゃ、始めますぜー……っと。俺はエプロンを身に纏うと、包丁やら鍋やら必要な調理器具を取り出した。

 

 さてと、まずはカツオと昆布の出汁を鍋に入れて火にかけておいて……その間に野菜を切る。プチトマトを輪切りで半分にして、しめじの石つきを落とす……。しめじは……先に出汁に入れとかないと。軽く手でほぐして出汁へと投入すると、俺は更に次の工程へと取り掛かる。

 

(お・に・くー……なのにテンション上がらねぇ……。)

 

 ささみをパッケージから取り出すと、中心にある筋をはがす。火が通りやすいようにそぎ切りにすれば、お次は下味をつけなくては。ま、簡単に塩コショウだよね……。おっと、片栗粉を塗すのも忘れないようにしないとな。はい、ここで黒乃ちゃんのワンポイントアドバイス!

 

 こうして片栗粉を薄く塗しておけば、糊化して肉のパサつきを抑えてくれるのだ!……マジでダメだ、本気で調子でない。もう良い、さっさと終わらす。はい、ささみも出汁に投入~。プチトマトも入れて大丈夫なタイミングだな。同じく半分に切ったプチトマトも出汁に入れると、後は味を調えよう。

 

 ん~……塩、鶏ガラ、お酢ってとこかな……。分量?そんなの適量で良いんだよ、適量で。料理に慣れたら目分量で平気になるさ。さてさてお味は……。うん、オーケー……完璧。それじゃあ仕上げに溶き卵を……っと。溶き卵を出汁に流しいれると、ほんの数秒待って火を止める。せっかくの鶏肉だし、あまり火にかけすぎると固くなってしまうから。

 

(……香りが足りぬ。ごま油も数滴入れとこ……。)

 

 俺がアレな日であるせいか、とにかく食欲を促進する要素が欲しかった。俺が足りないと結論付けたのは香り。試しにごま油を数滴入れれば、ぶわっと良い香りが鍋中に広がる。う~む、マジで完璧。体調悪い時のが良い料理作れるってどうよ?……まぁ良いか、イッチーを起こしに―――

 

「おはよう黒乃。いやさ、なんかすげぇ良い匂いが俺の部屋まで漂って来てたんだよ。だから釣られてな……。」

(ラッキー……起こす手間はぶけた……。はい、んじゃさっさと食べよう。)

 

 階段を昇ろうとすると、イッチーが自発的に降りて来た。たははとお腹をさすりながら、なんだか照れ笑いを浮かべている。きっと、自分でも我ながら子供っぽいとでも思っているんだろう。普段なら取り合ってあげられたかも知れないが、半分無視だ。いやごめんねイッチー……お姉ちゃん本当辛いのよ……。

 

「黒乃……?…………。良い、黒乃は座ってろ。」

(おうふ、察してくれたようで……。嬉しくはあるけど、それはそれで恥ずかしい……死にたい……。)

 

 何か俺の体調が優れないのを雰囲気で察したのか、イッチーは急に真剣な空気を纏いながら俺に座るように促す。アレってのも……バレてるっぽいな。とにかくここはお言葉に甘えて、配膳はイッチーにやってもらおう。ヨタヨタと俺が席へ着くと、超速で俺氏特性「トマトとささみのかきたまスープ」が運ばれてきた。

 

「ほら……。多かったら無理して食べなくても良いからな。」

「……ありがと。」

「……どういたしまして。」

 

 イッチーの優しさが身に染みる……。全国の男性の皆さん、こういった場合はただしイケメンに限るは適応しないからね。優しい男の人は単純にモテるんじゃないでしょうか。それ故、か弱い女の子には寄り添ってあげて下さい……。……でもそれ、俺がか弱い女の子だって言ってるようなもんなんじゃ……?

 

 ええい、余計な事は考えずにとっとと食事じゃい。イッチーからスプーンを受け取ると、チビチビとスープを食べ進めていく。俺に気を遣ってるのかは知らないが、イッチーは終始無言だ。……この場合は有り難いかもね。そんなこんなでスープを完食した俺は、すぐさま自室へと足を運んだ。

 

「黒乃、エプロン着けっぱなしだぞ。」

(あっ、素で忘れてたわ……。サンキューイッチ。)

「……なんて言うか、何かあったら呼んでくれ。俺に出来る事は何でもするから。」

(…………。うん、ホントありがと……。)

 

 ボーっとしていたせいかエプロンを脱いでいない事に気が付かなかった。んでもって、ボーっとしてる間にイッチーが外してくれる。至れり尽くせりなこの状況に、なんだか申し訳なさを感じてしまう。しかし、迷惑かけてナンボとでも言いたげなイッチーの言葉に少し救われた。今度こそ俺は、自室を目指して階段を昇って行く。

 

(ただいま、我が城よ……主の帰還ぞ。ブワッハッハッハッハ……ハァ……。)

 

 テンションが上がらない→無理に上げようとする→上がらなくてへこむの悪循環である。部屋の扉を開けるなり、死ぬ気でしょうもない事を考え着く自分に嫌気がさす。普段はこんなんで1人爆笑してるんだからどうしようもねぇ。俺は倒れこむように、ベッドへと突っ伏した。

 

(はぁ……辛いなぁ。)

 

 何が辛いって痛いのもあるけど……どっちかって言うと精神的にくるんだよねぇ。ほら、こうして目を閉じると……幻聴が聞こえてくる。お前は女なんだぞ!生理がくるのは子供を産める証拠なんだぞ!……ってさ。特にここいらはアイデンティティが崩壊気味だったせいか、余計に辛く感じるな……。くそぅ、それもこれも全部イッチーのせい―――

 

『予行練習みたいなもんだし。』

(っ……!?)

『予行練習みたいな―――』

(う、五月蠅いな……だからなんだってのさ!別に関係ないよ、そんなの……イッチーが誰とデートしようが、本人達の勝手じゃん!俺は……関係ない!)

 

 ベッドの中で考えを巡らせていると、この間のイッチーの呟きが脳内で響いた。それも1回ではなく、まるで壊れたラジオのようにリピート再生される。脳内で響いている声にも関わらず、俺は耳をふさぐかのように思い切り布団を頭にかぶった。解らない……。イッチーのあの発言……いったい俺は何が気になって……。

 

(あ~止め止め!何か他の事して気を紛らわせよう……。)

 

 考えれば考えるほど、この声が止む事はないはずだ。そう思った俺は、何か気分転換になるような物を探す。ベッドの上で上半身だけをひねらせると、あるものが目についた。それは、漫画とかを置くようのとは別にある本棚だ。そこには、1冊の分厚いアルバムが並べられている。

 

(アルバム……か。思い出でも掘り起こしてたら、少しは気分も紛れるかもね……。)

 

 俺が憑依したのは黒乃ちゃんが小学校1年生の時だ。なんというか申し訳ないのだが、藤堂 黒乃として過ごした年月は俺の方が長かったりする。そのためアルバムの大半も俺が解る思い出のはずだ。気だるいながらも立ち上がり、アルバムを回収して手早くベッドへと戻る。

 

 上半身だけ起こすようにして座ると、膝に分厚いアルバムを乗せる。それなりの重量感を覚えつつ、ゆっくりとページを開いた。まず第1に飛び込んできたのは、仲良く並んで寝転んでいる2人の赤ん坊。もしかしなくてもイッチーと黒乃ちゃんだろう。まぁ……とりあえずこの辺りは飛ばそう。

 

 適当にページをスキップさせると、無表情な女の子の写真が……。む、この辺りはやっぱり覚えがあるぞ。あ~……これは確かイッチーに受け入れられてない頃のだな。俺、イッチー、ちー姉での集合写真なんだが、イッチーの表情が渋いから多分そう。何はともあれ、仲良くなれて本当に良かった。

 

 その後も写真1枚1枚に感情移入し、どういったシーンだったかを思い起こす。昔を懐かしむというのは案外良いもので、なんだか優しい気分になれるな……。俺も、いつか皆と笑顔で写真に映れる日がくればいいけど。まぁ……どんな時でも1人だけ無表情ってのもシュールで面白い気もするけどね。

 

(思い出すと言えば……。)

 

 前世に残してきた家族や友人は元気だろうか。神様に殺されたわけで、突然の死に悲しませてしまった事だろう。そう……俺の、両親……?あれ、おかしいな……両親の姿形が思い出せない。いくら長い年月が過ぎたとはいえ、俺だって両親の顔は流石に忘れないはずだけど。

 

 いや、ちょっと待って、絶対におかしい。何がおかしいって、姿形だけでない……率直に何も思い浮かばない。そもそも俺に両親は居たのかとすら思えてしまう。そして俺は、とんでもない事実に気が付いてしまった。今現在、前世の……特に自分に関わる事に関してが思い出せない!

 

(待って、待ってよ!それじゃあ……。)

 

 物は試しだった。アルバムを乱暴に最初のページの方まで戻すと、俺が憑依する以前の写真に注目する。黒乃ちゃんが物心ついているであろう頃、つまり俺が憑依するギリギリの時期。そこいらの写真を眺めて、絶句するしかなかった。……覚えているのだ。俺が憑依する以前の事のはずなのに、いつ撮った写真か思い出せてしまう!

 

(ど、どうなって……?こんな事……。……別におかしくはない……よね?)

 

 そうだよ……だって私の思い出なんだもん、思い出せない方がおかしいじゃない。私は何をそんなに焦ってたんだろ……。いまいち想像がつかないというか、まるで別人の思考のようだ。う~ん……とにかく、一夏くんに迷惑がかからない程度にしないとね。テンパるのは私の悪い癖だ。

 

 それにしても、IS学園に行ってからはかなり枚数も減っちゃうな……。というか、鈴ちゃんが戻ってくるまでは皆無に等しい。あ、そうだ!この際だから高い一眼レフでも買ってみようかな。うんうん、それが良い。皆可愛いんだから、写真に残しておかないと勿体ない。フフッ、箒ちゃんは恥ずかしがりそうだけど。

 

(あの照れ屋なところもまた可愛いんだけどね。久しぶりに再会できて、特に変わりないから安心……安心……?)

 

 あれ……?箒ちゃんて……誰だっけ……?何か……変。知らない事を知っている……?なんで知らない事のはずなのにスラスラと言葉が出て来たんだろう。そもそもIS学園って何処?私って今いくつなんだっけ?何かこう……記憶がパッタリ途切れて、まるで夢から覚めたかのような―――

 

「あ、あぁ……!?お……父さん……お母さん……!?」

 

 そう、そうだ。私はあの日に事故にあって……。お父さんとお母さんが血みどろになって……私も怪我をした。それから……どうしたんだっけ……?私自身は記憶がハッキリしないはずなのに、確かにそれ以降の思い出がある。日本語がおかしいのは解っているけど、それ以外に表現しようがない。

 

 それじゃあこれは……いったい誰の記憶なの……!?気持ちが悪い。まるで私の身体を乗っ取られているかのような気分だ。嫌悪感、混乱、体調不良……様々な要因が重なってか、とんでもない吐き気を催した。それと同時に、凄まじい頭痛も……。

 

「あ、嫌……止めてよ……私を乗っ取らないで!私の身体を使わないでよ!私は……私……なのに……!」

 

 …………!?今……のは、完全に俺の思考ではなかった……。だとすると間違いない。今のは……黒乃ちゃん本人だ。やっぱり、俺の中で黒乃ちゃんはまだ生きているのか……?じゃあどうして今になって。いや、そんなのは自問自答するまでもない。前世の記憶が曖昧……というか全く思い出せない事を考慮するに―――

 

(俺の魂が……消えかけている……?)

 

 あくまで可能性の話だったが、大いにあり得る。俺がいつしか消え失せるという事は……。というか自分達が楽しむために俺を憑依させたんだ。あえて期限付きにして、消えてしまう恐怖に打ち震える俺を観賞するため……とか。……は、はっはっは……そうはいかないぞ、神よ。俺はいつだって覚悟はできていたんだ。

 

(そうだよ……。俺は、いつでもこの身体を黒乃ちゃんに返すつもりで……。)

 

 そう……思っていたはずなのに、手が震えるのはなぜだろう?息が苦しくなるのはなぜだろう?吐き気がするのは、なぜだろう……?俺はついに腹からこみあげてくるソレを我慢できなくなった。ドタドタとベッドから転げ落ち、口元へゴミ箱を構える。そして―――

 

「う……ぇっ……!うぇぇぇぇ……!」

 

 下品な嗚咽を漏らしながら、ゴミ箱へと思い切り嘔吐してしまう。胃の内容物がほとんどなかったせいか、戻したモノは液体の要素が強い。ビチャビチャとまるで汚水を垂れ流すかのように、胃液ごと吐き出すかのように嘔吐を続ける。

 

「黒乃っ!……っ!?待ってろ、今水を持ってきてやるからな!」

 

 ドタバタしたせいか、はたまた嘔吐する音が聞こえたのか。どちらとも解らないが、イッチーが扉を開け放って部屋に侵入してきた。こんなかっこ悪いところを見せたくはなかったけど、今は四の五の言ってはいられない。嘔吐を継続させながら、イッチーの到着を待った。

 

「戻ったぞ!……ほら、とりあえず落ち着くまで吐け。大丈夫だ、誰だってこういう時くらいはある。」

 

 ペットボトルの水を持ってきたイッチーだったが、まだ俺がそんな段階ではないと判断した。俺の近くにひざを折ると、優しく俺の背を撫でてくる。そして、恥ずかしい事じゃないから気にせず吐けと勧める……けど、俺にそんな事を気にしている余裕はなかった。羞恥で死にそうではあるけれど、とにかく胃の中身を空っぽにするつもりで吐き続けた。

 

「……だいぶ落ち着いたか?飲めそうか?」

「…………ない。」

「ん、どうした?」

「消えたくなんか……ないよ……!」

「っ!?」

 

 吐き気は落ち着いたが、気持ちは落ち着かない。俺は思わず率直な言葉を吐露してしまう。そうさ、消えたくなんてないに決まってる!ずっと皆と一緒に居たいよ!けど……けど、それは……黒乃ちゃんを殺してしまう事に等しい。初めて黒乃ちゃんの意見が聞けたんだ……私の身体を使わないでって、確かに……。

 

「はぁーっ!はぁー……っ……!」

「黒乃、ゆっくり……ゆっくり呼吸しろ!黒乃!おい、黒乃!」

 

 どうすれば良い……俺はいったいどうしたら良いんだ。いっぱいいっぱいなせいか、呼吸が乱れて整わない。やがて目の前の景色は朦朧としたものになっていき、グニャリと形を歪めていく。いつしか俺の意識は暗転し、力なく倒れてしまう。俺の耳には、イッチーの心配そうに俺を呼ぶ声が聞こえた……。

 

 

 

 

 

 

「消えたくなんか……ないよ……!」

「っ!?」

 

 何か騒がしいかと思って、それで心配して黒乃の部屋に入っただけだった。不注意で転んだだけとかなら良かったのだが、俺の想像に反して黒乃は辛そうに嘔吐していて……。焦りはしたが、できる事は何でもすると約束したばかり。とりあえずは水を持って、黒乃が落ち着くまでずっと傍に居る。

 

 それを実行しようとして、黒乃の嘔吐もようやく止まった。まずは一安心かと内心溜息を吐いていると、耳を疑う一言を黒乃が放つ。消えたくない……って、それはまさか……?俺は、頭に過る考えを払拭できない。黒乃は恐らく二重人格だ。そう仮定したとして、だとすると今の言葉は―――

 

(どちらかの黒乃が、どちらかの黒乃を消そうとせめぎ合いでもしてるってのか……!?)

 

 今の黒乃は……正直、どちらの黒乃か解らない。笑ってはいないが、一概に八咫烏じゃないとは断定できないだろう。いや、この際どちらの黒乃なんてのはどうだって良い。消える……黒乃が?俺の好きで好きでたまらない人がか……?八咫烏の方だって同じだ。あいつだって黒乃な事には違いない。俺はあいつも含めて黒乃の総てを愛すって決めたのに、それなのに……!

 

「はぁーっ!はぁー……っ……!」

「黒乃、ゆっくり……ゆっくり呼吸しろ!黒乃!おい、黒乃!」

 

 1人考え事に意識を持っていかれたせいか、黒乃の呼吸が乱れている事に気が付けなかった。黒乃に落ち着くよう促すが、やがてその体は前後左右機大きく揺れ始め……やがて力を無くしダランと糸の切れた人形のようになってしまった。さっきの言葉と相まってか、サーッと血の気が引いていくのが良く解る。

 

「黒乃っ……?黒乃、黒乃!」

 

 黒乃の肩を掴んで揺らしてみるが、頭がガクガクとなるだけで起きる気配はない。待てよ……俺の方こそ落ち着け。今するべきは黒乃を起こす事じゃない。黒乃をゆっくり休ませる事だ。急いで黒乃を抱きかかえ、優しくベッドへと寝かせる。その様子は、なんだかうなされているようだ。

 

 とりあえず黒乃の汚れた口元をティッシュで拭いて、黒乃の吐瀉物の処理を始める。今は黒乃の様子が気がかりだ。手早く処理を済ませると、なりふり構わず黒乃の部屋へと戻る。当たり前のことだが、黒乃はまだ眠ったままだ。……今は黒乃の様子を見守っていたい。そう思った俺は、黒乃の部屋にある椅子をベッドに近づけて黒乃の顔を覗き込むようにして座った。

 

『消えたくなんか……ないよ……!』

 

 ……あの言葉の真意は、俺の想像通りなのだろうか……?だとすれば、俺はいったいどうすれば良い?黒乃の居ない生活など、いや……人生など、俺にはもはや想像できない。最悪……本当に最悪の事態ではあるが、別に黒乃が他に好きな奴が出来たとかならそれでも良いんだ。黒乃が幸せで、この世界で生きてくれるならそれで……。

 

 それなのに……あの言葉……消えたくなんかないって……。黒乃が、消える。黒乃が消えてしまう。この世界から、俺の日常から消え失せてしまう。あぁ……想像するだけで気が狂ってしまいそうだ。そんなのは嫌だ。いつまでも黒乃と一緒に居たい。黒乃と共に幸せな人生を歩んで行きたい……。

 

 ……もはや神か何かが黒乃の幸せを拒んでいるようにしか思えない。そんなものクソ喰らえだが、やはりどう考えたって黒乃は薄幸だ。それはもう、本に纏めてしまえば下種なマスコミが喜んで飛びつきそうなほどに。八咫烏の黒乃と揶揄される黒乃ならば、理解を深めてもらう為には良い策なのかも知れないが……そんなのは望まないはずだ。

 

 俺の前に眠る気高い少女は、多くの人間の同情や心配の声なんて必要としてしていない。自分らしく生き、自分の事を真に理解してくれる少数の人間を望んでいるはず。だが、俺達は黒乃に何もしてやれない。少数の力では、どうしようもない事だって―――

 

「ん……?」

 

 ふと、黒乃の枕元に置かれている冊子が気になった。それは俺達の成長記録とも言って良いアルバム。手に取ってそっとめくってみると、俺にはどうしても注目してしまう写真が。……俺たち家族の集合写真。毎年1枚は家をバックに撮っていた。優しい雰囲気を纏って俺達の背後に居るのは、今は亡き父さんと母さん。

 

「……父さん、母さん……。俺、どうすれば良いのかな……?」

 

 思わずそんな弱音を吐きながら、集合写真を親指で撫でた。……もし父さんと母さんが生きていたとするならば、黒乃にどう声をかけていただろうか。今は想像する事しかできないが、2人ならば必ずや黒乃を元気にしていただろう。……考えろ。きっと、それが俺に出来る事だろうから。

 

『一夏くん、黒乃をよろしく頼めるかしら?』

『え、いきなりどうしたの?』

『うん……あの子ね、危なっかしいでしょ。だから黒乃と一緒に居てくれる男の子が必要だな~って。』

『……?どうして男の子が必要なの?』

『女の子はね、幸せにするからって思ってくれる人が居るとそれだけで世界が違って見えるものなのよ。』

『母さん、そんな小さな子に何を吹き込んで……。』

『え~……良いじゃない。今の内から一夏くんに黒乃を任せれば、それだけで今後は安泰―――』

 

 ……そうだ、思い出した。幼い頃のあの日に、母さんからそうやって頼まれたじゃないか。あの頃は言葉の意味を理解できなかったが、今なら解る。そうだよな……他の誰かが幸せにすればそれで良いなんて、詭弁にも程があるじゃないか。そう……黒乃は、俺が幸せにするんだ。

 

 勿論、どちらの黒乃も……。消えてしまう恐怖に駆られているのならば、俺が隣に居る事でそれを和らげてみせる。黒乃が戦いを求めるのであれば、俺が相手になろう。全てだ……俺の全ては黒乃の幸せの為にある。何よりそれは俺自身が望んでいる事だ。

 

 そして黒乃を消させない。どちらの黒乃にも俺と居る事はこんなにも幸せな事なんだって、そう思ってもらえれば互いに消し合う事だってなくなるかも知れない。まぁとにかく、それらは俺を好きになってもらうところからだ。……ものにする。この夏休みで必ず、黒乃の心を全部奪ってみせる。

 

「黒乃……好きだ。お前の事が、ずっと前から好きなんだ。だから消えるなんて言わないでくれ……。俺は黒乃と、いつまでも一緒に居たい……。」

 

 そっと、黒乃の手を握りながらそう呟いた。周りの喧騒がないせいか、自分の声が自分の耳に良く届く。黒乃が起きていない状態なのにこれだけ恥ずかしいのに、本人を目の前にしてちゃんと想いを伝えられるだろうか。……変にかっこつけるのだけは止しておこう。ありのままの俺を黒乃にぶつけ、そして―――

 

「……絶対に幸せにしてやるからな。」

 

 俺はそっと黒乃の前髪を手の甲で押し上げ、露わになったデコへとキスを落とした―――

 

 

 




黒乃→消えたくなんかない……!
一夏→2人の黒乃が消し合ってる……のか……!?

ある意味で一夏の考えは正解ですが、微妙に不正解。
ご本人登場している部分、お判りになられたでしょうか?
今作における初の『藤堂 黒乃』の出演になります。

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