八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第63話 誓いの花火(表)

「…………。」

(黒乃……。)

 

 あれからと言うもの、黒乃はなんだか元気がない。普段は家事をしてるか部屋で大人しくしているかなんだが、今はどうにもしょぼくれた様子で背中を丸め……何をするでもなくただリビングのソファに座っている。俺の決心はどこへやら、声をかける事すらままならなかった。

 

 黒乃を何処かへ連れ出したい。少しは気も紛れるかも知れないし、余計な事を考えないで済むのなら今の黒乃にとってそれ以上はないはずだ。しかし、もし仮に今もせめぎ合いをしていると思うと、息が詰まって死にそうになる。あぁ……痛い。やはり痛いな……黒乃が痛がっているのを見ると、痛い。

 

「…………。」

「!? く、黒乃……出かけるのか?それなら、俺も―――」

「良い。」

「……そうか。なら、気を付けるんだぞ。」

 

 黒乃が立ち上がって、戸棚にしまってある財布を手に取った。これで何かを買いに出かけるのは確実。好機と捉えた俺は、同行を提案するが……拒否されてしまう。強引に着いて行ったって機嫌を損ねさせるだけだ。大人しく引き下がりはしたけど、ますます自分が情けなくなってしまうな……。

 

「はぁ……。」

 

 溜息を吐きながら、そこらにあった椅子へ腰を置く。なんだか、2度と立ち上がれないんじゃないかという程に腰が重い。女心は難しい……なんてレベルの話じゃないもんな。けど、どうにかこの状況を打破しなくては。夏休み間には絶対に想いを伝えると決めているのだから。こんな空気で告白なんかできるわけ―――

 

ピリリリリ……

「わっ、とととと……携帯……。もしもし?」

『一夏、いきなりで悪いが、そちらに荷物は届いてないか?』

「荷物……?いや、それらしいものは特に。」

 

 考えに耽っていたせいか、携帯電話の着信音に少しだけ驚いてしまう。電話に出てみると、相手は千冬姉だ。電話をかけてくる事がまず珍しいのだが、千冬姉はなんだか意味深な発言をするではないか。荷物……な。多分だけど、自分の荷物って事ではないんだろう。ただ、このままでは何が何だかさっぱりだ。

 

『むっ、そうか……。オーダーメイドにしたのが祟ったようだ……。』

「千冬姉、全然話がみえないぞ。」

『何、せっかくの夏だ。黒乃に少々プレゼントを―――』

「こんにちわー!宅急便でーす!」

「お、千冬姉の言ってる荷物って今届いたのがそうかもな。ちょっと見てくるよ。」

『ああ、頼む。代金は先に払っているから受け取りと印鑑だけで構わんぞ。』

 

 千冬姉がいよいよ確信に迫りかけたその時、玄関の方から宅配屋らしき人物の威勢の良い声が聞こえてくる。千冬姉が心配するまでもなかったらしい。そして印鑑片手にドタバタと玄関を開き、件の荷物を受け取った。綺麗に段ボールで包装されているが、異様に軽い。重さは感じない程のものだ。

 

「受け取ったけど、俺が開けても大丈夫か?」

『黒乃はどうした。』

「……さっき出かけたよ。」

『そうか、ならば別に構わんぞ。』

 

 黒乃にプレゼントと言っていたが、中身が気になって仕方がない。我ながら子供じみていると思いながらも、送り主である千冬姉の許可を得る事には成功した。通話はそのまま、丁寧に包装を外していく。すると中に入っていたのは、黒地に白百合の模様が描かれた浴衣……。

 

「千冬姉、コレ……。」

『フッ……我が愚弟にちょっとした後押しをな。今日は篠ノ之神社で夏祭りだろう。それでも渡して2人の時間でも楽しんで来い。』

「ふ、2人の時間て……。でも、タイミング良かったよ。黒乃も喜ぶと思うし。」

『……断っておくが、2人きりを貫き通せよ。』

「それくらい解ってるさ。大丈夫、俺なりに上手くやる。」

 

 せっかく黒乃との夏祭りだしな。もし出会ってしまった知人には悪いけど、同行は断る気だ。俺がその旨を伝えれば、千冬姉はいまいち信用ならないみたいな声色でなら良いと短く言う。それで要件は済んだのか、千冬姉はすぐさま通話を終わらせる。それから程なくして黒乃も用事が済んだのか、玄関を開閉する音が響いた。

 

「おかえり黒乃。いきなりだけどこれ見ろよ、千冬姉がプレゼントだってさ!」

「…………?」

「それ着て祭りでも行ってこいってよ。だからさ、今日の祭り……一緒に行かないか?その、2人で。」

「…………。」

 

 帰って来た黒乃に、ジャジャーン!と効果音でもつきそうな感じで浴衣を見せつけた。黒乃は首を傾げて浴衣を受け取る。その様子を見るに、いきなり過ぎて事情が呑み込めないのだろう。それもそうか、ならばすかさず説明をしなくては。祭りという単語を出せば、何度も頷いてみせたから伝わったと思ってよさそうだ。

 

 そして、その流れで黒乃を夏祭りに誘う。この間の事もあって断られるのではないかとビクビクしたが、特に問題もなく黒乃は即答してくれた。……せっかく千冬姉がくれたチャンスだ、決心しよう。今日の祭りで黒乃へと、俺の想いを伝えるんだ……。

 

 

 

 

 

 

「お~……賑わってるな。やっぱ祭りはこうでなきゃ。」

「…………。」

 

 時刻は俗に言う逢魔時って奴で、夕と夜が交差したかのような空だ。そんな中を辺り一面に飾られた提灯が淡い光を放ち、何処か幻想的な雰囲気をより際立たせている。更に付け加えるとすれば、祭りを楽しむ人達の賑わいもまた立派なアクセントとなっているに違いない。

 

「だぁ~……男持ちかよ。」

「そりゃそうだろ。あんなレベルな和風美人、男が居ない方がおかしいっての。」

 

 ふと、男達の視線が黒乃に集中している事に気が付いた。それもそうだろう。なんと言ったって、黒乃が浴衣を着ているのだから仕方がない。なんというか、黒乃は和服が良く似合う。長い黒髪も結い上げ、いつにも増して色っぽい気がする。そういえば、まだ褒めていなかった。

 

「なぁ黒乃。」

「…………?」

「浴衣、すげぇ似合ってるぞ。可愛いし綺麗だし、もはや言うとこなしだ。」

「…………。」

 

 俺はあえて周囲に声が聞こえるように言い放つ。……少し誇示したかったのだ。今俺の隣に居るこの子は、俺のツレなんだと。どうやら効果は抜群なようで、大量の舌打ちが聞こえてきた。良し、とりあえずこれで大丈夫か。後は黒乃と今日という日を楽しもう。

 

「じゃ、行くか。まずはどうするか……。」

「…………。」

「あれは……金魚すくい?ま、定番だな。よし、ここは一勝負といこうぜ!」

 

 黒乃がスッと指差したのは、金魚すくいの屋台だった。日本の祭りと言えば……みたいなところもあるだろう。日本人には馴染みがあるという事は、それだけ盛り上がっているという事だ。挑戦している年齢層は様々だが、親子やカップルが主流ってところかな。

 

「おっちゃん、俺ら1回ずつで。」

「ん、1回で良いのか坊主。彼女さんにかっこいいとこ見せようったって、そうはいかねぇぜ。」

「ハハ……問題ないですよ。勝負とは言ったものの絶対勝てないもんなー……。」

 

 屋台のおっちゃんは商売上手なようで、俺をターゲットに煽るような発言を繰り出してきた。だがそれは丁重にお断りしておく。例えモナカがいくつあろうと無駄だ。俺がボソリと呟いた通りに、黒乃には勝てない。断言しよう。なんたって黒乃は―――1人で全ての金魚をすくい切ったというレジェンドを打ち立てているのだから。

 

「…………!」

(あぁ……無表情でも解る。目がマジだよ、マジ。)

「なっ、いったい何モンだ嬢ちゃん!?」

 

 おっちゃんからモナカを受け取った黒乃は、怒涛の勢いでジャンジャン金魚を受け皿の中へと放り込んでいく。あまりの勢いなせいか、だんだんと人が集まって来るではないか。そんな中、俺は静かに黒乃が取り逃がした獲物をすくっていく。……あ、破けた。

 

「……ハッ!?その黒髪に無表情……。ま、まさか嬢ちゃん、あの伝説の……!」

「今頃気づいても遅いぜおっちゃん。早めに観念するのが身の為だと思うぜ。」

「いや、既に商売あがったりだよ畜生め!ストップ、ストップだ嬢ちゃん!」

 

 何やら金魚すくいの屋台で情報網でもあるのか、おっちゃんは心当たりがあるようだった。これで黒乃はブラックリスト入り確定だな……。黒乃は大抵の場合は止めろと言えば止める。おっちゃんが哀れな声を上げると同時に、自らモナカを破るような仕草を見せた。すると、黒乃が次にとった行動は―――

 

「わぁ、ありがとうお姉ちゃん!」

「良いんですか?」

「…………。」

「遠慮せずに受け取ってやって下さい。他の皆さんも!」

 

 黒乃は周りの人達、主に子供達へと金魚のお裾分けを始めた。申し訳なさそうに親御さんが問いかけてくるが、俺が黒乃の言葉を代弁するかのように言い放つ。するとおっちゃんは、力なく肩を落とす。まぁ、これで追加で挑戦する人は格段に減るだろう。黒乃に悪気はないだろうけれど……。

 

「この金魚大切にするね、お姉ちゃん!」

「…………。」

「っ!?あ、ありがとう!」

 

 ……最後に残った男の子は、黒乃に頭を撫でられて顔を真っ赤に染めていた。……惚れたな、あれは。きっとあの子が大きくなった時、初恋の相手として黒乃が挙げられるのだろう。……それにしても子供か。この様子を見るに黒乃は子供好きだろう。良いな、子供。……黒乃との間に子供が欲しいもんだ。

 

(さ、流石にそれは話が飛躍し過ぎか?ちょっと変態的なのかも知れんし……。)

「…………。」

「あ、悪い……少し考え事をな。よしっ、気を取り直していくか。」

 

 服をグイグイと引っ張られた。見てみると、黒乃がジッとこちらを見つめている。俺にはすぐに、次へ行こうと催促しているのが解った。俺は取り繕うように笑い、黒乃の手を引っ張っていく。考えていた事を気取られはしないだろうが、まぁ……一応、な。

 

 

 

 

 

 

(……見事にソース類ばっかだな。)

「…………。」

 

 小腹が空いた俺達は、屋台を回って食べ物を買い漁った。黒乃の食べたいものをチョイスしたのだが、焼きそば、たこ焼き等々……とにかくソース味。邪魔にならないところで座って食べているが、思わず注視してしまう俺がいる。なんというか、似合わない。無表情でたこ焼き頬張っている姿なんて特に。

 

(いや、これはこれで可愛いかもな……。)

「…………?」

「ん、いや……別に他意はないんだけどな、ただ少し可愛いなと。」

「…………。」

「おっ、くれるのか?それじゃ遠慮なく……。」

 

 最近はダメだな、ふと気が付いたら黒乃を見つめてしまう。それで黒乃に不思議がられるパターンの奴や。バッチリと目が合った黒乃は、どうかしたのかとでも言いたげに首を傾げる。それに対して、俺は包み隠さず率直に思っていた事を述べた。1つ気が付いたけど、変に誤魔化すからいかんのだ。

 

 真正面から可愛いと言って見せれば、黒乃は数秒だけそっぽを向く。そうしていそいそと爪楊枝でたこ焼きを突くと、それを俺に差し出してきた。いわゆる「あ~ん」という奴。言葉は冷静だが、俺の脳内は歓喜の渦に巻き込まれていた。やったぜ、黒乃のあ~んだ!……的な。そういうのは表に出すまいと、急いでたこ焼きを口に含む。

 

「あづ……!あっつい!く、黒乃……お前よく平気な顔して食べられるな……。」

 

 口に入ったたこ焼きは、想像していた数倍は熱かった。思わず口からこぼしそうになるのをなんとか堪え、涙目になりながらモゴモゴと喋って黒乃に訴えを起こす。しかし、顔を上げてみればやっぱりケロッとした表情で次々とたこ焼きを口に運ぶ黒乃が……。って……あれ?

 

「黒乃、口の端。ソースが着いてるぞ。」

「…………?」

「そんなに慌てなくったって大丈夫……っと、ほら取れたぞ。」

「…………!?」

 

 黒乃の口の端は、見事にソースがこびりついている。そうなんだよな、黒乃は完璧に見えて意外と隙がおおきいんだよ。またそんなところも可愛くて仕方がないわけだが、黒乃の醜態をこれ以上晒すわけにもいかん。俺は黒乃の口の端をグイッと親指で拭うと、ソースの汚れを落とす。

 

 まぁ俺の親指に汚れが移ったとも言える。ハンカチとかで拭うのもなんだし、舐めとっておくか。そうやって密かに親指を舐めると、なんだか黒乃が驚いた表情を見せた気がする。……?気のせいだったかな。それは良いとして、とっとと食べ終えてしまおう。黒乃の食うスピードも増しているし……。

 

「ふぅ……食った食った。……のは良いけど、けっこう喉乾くな。黒乃、お前はどうだ?」

「…………。」

「そうか、じゃあ俺がジュースでも買ってくるよ。黒乃は少しここで待っててくれ。」

 

 食べ終わったら当然ゴミとなった容器が出る。今から何か飲み物を買ってゴミが増えるとなると、一気に捨てた方が効率的だろう。そう思った俺は、黒乃を待たせて腰を上げる。確かトロピカルジュースを売っていた場所があったはずだ。フレーバーはどうするか……。

 

 ブルーハワイ2つで良いかな。なんだかんだ言って定番だよな……結局何味なのかは解らないけどさ。そういうわけで目的の飲み物も購入し、来た道を急いで帰った。さきほどと同じ場所にちょこんと座る黒乃を捉えた……のは良いが、余計なのが2、3人居るな。

 

「なーなー、黙ってちゃ解らないよ?」

「そうそう。それにほら、誰かとはぐれたんなら一緒に探そうぜ。」

「うわ、信用ならねー!」

「…………。」

 

 髪を奇抜な色に染め、何処か雰囲気もチャラチャラした男達に黒乃が話しかけられていた。……いわゆるナンパって奴だろう。なんというかこう……頭の奥がザワつく。きっと今の俺は怒っているのだろう。いつもの爆発させるような奴じゃなくて、それはそれは静かな怒り……。……こういう時ばっかりは、我慢しなくたって良いよな?

 

「おい。」

「ああ?なんだテメェ、今良いところ―――」

「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇぞ。」

 

 リーダー格らしき奴に話しかけ、有無を言わさず一言だけそう放った。よほど雰囲気でも出ていたのか、男達は少しだけ身体をビクつかせ、後はスゴスゴとその場を去っていった。なんとか暴力に頼らず済んだかと思えば、俺をジッと見つめる黒乃の視線が気になった。……あ、勢い余って俺の女とか言っちまったじゃん。

 

「いや……今のは―――」

「…………。」

「あ、これか?お、おう……待たせて悪かった。ほら。」

 

 弁明をしようとするが、黒乃はスッと両手を差し出してきた。どうやらトロピカルジュースをご所望らしい。という事は、さほど気にしてないってのか……?それはそれで、悔しい……な。内心溜息を吐きながらも、ジュースを飲み下していく黒乃の隣に腰掛けた。

 

(やっぱ黒乃は、俺の事なんか家族としてしか見てくれてねぇのかな……。)

 

 ストローを咥えてジュースを吸い上げながらも、俺の脳みそはそんな事ばかり考えていた。当然ながら俺は違う。黒乃が隣に居るだけで心臓が五月蠅くて仕方がない。黒乃は、ないのかな……。こう、俺にときめいたりしてくれたりとかは。あぁ……黒乃、この想いを打ち明けたのなら、お前は……俺のものになってはくれないのだろうか。

 

 もっと黒乃に触れたい、黒乃を感じたい。少しばかり艶やかな雰囲気を醸し出す浴衣姿の黒乃に充てられたのか、俺は自身の欲望に打ち勝つ事が出来なかった。ソロソロと座る位置を近づけ、開いている方の腕で黒乃の腰へ腕を回した。……言葉が続かず、気の利いた事の1つも言えやしない。

 

「…………。」

「っ!?……黒乃。」

 

 無言を貫く事でしか平常心を保っていられなかった。しかし、そんななけなしの平常心をも崩れ去りそうな事態が。なんと、黒乃が俺に体重を預けてくれている。俺の肩に黒乃の頭が乗っている。……ゼロ距離と言って良いほどに密着している。黒乃ぉ……!今俺をおかしくさせる行動を取らないでくれ。さもないと、また俺は……!

 

(お前が、欲しくなっちまうだろ……?)

「……?…………!?」

「へ……?おい、ちょっと待てよ黒乃!」

 

 ブツリと理性のはちきれる音をしっかりと耳にした俺は、欲望のままに黒乃の唇を奪おうとしてしまう。しかし、急に立ち上がった黒乃にそれは阻まれた。何事かと問いかける暇もなく、黒乃は手早くゴミを片付ける。すると俺の手を引き、なす術もなく導かれていく。

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 黒乃に連れて来られたのは、篠ノ之神社の裏手の方だ。多くの針葉樹が植えてあるにも関わらず、この場だけ狙い済ましたかのように周囲は開いている。俺達姉弟、篠ノ之姉妹、そして黒乃しか知らない秘密の場所だ……。いったいここへ何をしに来たのだろう。なるべく人気のある場所に居た方が良いと思うが。

 

「黒乃、ここって……。」

「…………。」

 

 連れて来たからには理由があるはず。俺がそれを問いかけようとすれば、黒乃はクルリとこちらへ振り返った。その瞬間、ハッキリと己の心臓が飛び跳ねた事に気が付く。薄ぼんやりとした明りに照らされる黒乃の美貌は、なんだか妖しい。妖しくて、綺麗で……引き込まれる不思議な魅力がある。

 

 もはやここに来た理由なんて、どうでも良くなってしまった。むしろ好都合じゃないか、俺の想いを伝えるには絶好な場所に違いない。俺はなんでもないと前置きすると、数歩だけ黒乃に歩み寄る。手が余裕で届く範囲まで来ると、俺は自分で出来る最高峰の凛々しい表情を作り……ゆっくりと口を開いた。

 

「なぁ黒乃、今日は楽しかったか?」

「…………。」

「そっか、それは良かった。俺も……楽しかった。というか、違うんだ。俺……さ、黒乃と一緒なら何処でも楽しいって思える気がする。極端な話で、地獄とかでも。」

 

 そう……俺の全ては黒乃なんだ。ずっと俺の隣に居てくれたキミと、様々な思い出を重ねて来た。……キミへの想いを募らせてきた。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも……言い切れない感情を黒乃と共に積み上げて、今の俺はここに在る、ここに居る。……少なくとも俺はそう思っているんだ。だから、何処だって関係ない。黒乃と一緒ならば、どんな想いも重ねられる。

 

「でもそれは、黒乃が居ないと話にならない。ホントはそういうのさ!……良くない事なんだってのは解ってんだ。けど、俺は黒乃が居ないと……全然……ダメな奴で……!」

 

 多分……というか十中八九で俺は黒乃に依存してしまっている。だけど思い起こしてみて、黒乃が居たから乗り越えられてきた事ばっかりだ。俺は馬鹿だし、感情的になるし、周りも見えない時だってしばしば。あぁ……本当に、俺はダメな奴だ。けど、完璧なんかじゃなからこそこう思える。黒乃が俺の隣に居てくれないとって。

 

「俺って皆が思ってるよりも弱くて、脆くて……。けど、弱みを見せないのが織斑 一夏って……皆そう思ってんじゃねぇのかなー……。……俺が本当の織斑 一夏で居られるのも、黒乃の前だけだ。」

 

 キミは俺の全てを包み込んでくれる。だからどうしようもない俺は、どうしようもなくキミに溺れてしまうんだ。皆が勝手なイメージを俺に押し付けてるとは言わない。だってそれも間違いなく俺ではあるのだから。けど、俺が言いたいのは―――

 

「俺の……俺の居場所は、いつも黒乃の隣だけなんだ。」

 

 俺が俺らしくあれる。俺が俺らしくあろうとしていられる。……黒乃の隣ならば。黒乃はきっとそんなつもりはないんだろうけどな。けれど考えてしまう事がある。黒乃が居なければ、俺はどうなっていただろう……って。黒乃が居ない俺。俺の居場所がない俺。……考えただけで頭がおかしくなりそうだ。

 

「だから……手放したくない。黒乃っていう俺の居場所を。」

 

 油断してたらすぐ背中を遠くから見るしかないからなぁ……。……黒乃はいつだって待ってくれるが、そういうのはもう止そう。待ってくれなくったって良い。俺が必ず追いついて見せるから。そしていつまでも黒乃の隣に在り続ける。いつしか黒乃がそうしてくれたように、俺が必ず黒乃を支える。

 

「……俺とずっと一緒に居てくれ。黒乃、俺は……お前の事が―――」

 

 好きなんだ。そう言い切ろうとした瞬間に、大きな音が響き、鮮やかな光が俺達を包む。……花火?……あぁ、そう言えばここって特等席だっけか。うん、なんか必死で普通に失念してた。…………タイミング!こんなのってあるかよ!?黒乃も意識が上に向いてしまってるじゃないか。

 

「く、黒乃!その、どうなんだ。お、おおおお……俺とっ!」

「…………。ずっと、一緒。」

「!?」

 

 焦りと混乱で、再度好きだと言い直す事が出来ずにいた。とにかく確認だけはしようと黒乃に問いかける。すると黒乃はこちらを向いて、コクリと頷いて見せる。凄まじい勢いで歓喜の念が湧いてきたが、それはまるで俺から漏れ出すように消えていく。何故なら―――

 

(黒乃は、どういう意味で一緒だって……?)

 

 俺は好きだとは言ってないし、黒乃も俺を好きだと言ってない。もしかして認識の差があるのではと思うと、俺は……それ以上の事が出来なくなってしまった。なんという……なんという事だろうか。花火、俺は一生お前を恨むと思う。ただ……もう一役は買ってもらうぞ。

 

「黒乃、また来年も必ず見に来よう。次も、その次の年も……ずっと。」

「…………。」

 

 俺の言葉に、黒乃はまたしても頷いてくれた。すると珍しい事に、黒乃の方から俺の手を握る。俺はその手を強く握り返した。まぁ……今はこれで良いとしておこう。後は俺も無言で花火を見届ける。告白し損ねた事を除けば、良い思い出になったには違いない……。

 

 

 


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