八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第69話 仲直りの証(表)

「う~ん……。」

「あれ、珍しいですね近江先生。何か悩み事ですか?」

「ああ、山田先生……。そうですねぇ、悩み事ですかねぇ」

 

 IS学園に昼休憩の時間が訪れると、鷹丸がレアな姿を見せた。何故なら、ニヤけた面が解除されたうえに眉間に皺が寄っているからだ。そんな姿がつい目に留まったのか、真耶は珍しいと声をかける。何か引っかかる言い方だが、それだけ鷹丸の今見せている姿が貴重である証拠だろう。

 

「よろしかったら相談乗りますよ!その、少し頼りないかもですが……。」

「ええ、ありがとうございます。それじゃ遠慮なく。山田先生は、仲の良いご友人同士が仲違いした経験とかってあります?」

「とじゃなくてが、ですか?はぁ……それはまた難しい問題ですね。」

 

 やや性格に難ありながらも、鷹丸と真耶の関係は良好な同僚だ。そんな同僚が珍しく悩みを抱えているとなると、清らかな心の持ち主である真耶としては何の迷いもなく乗る案件なのかも知れない。妙に前のめりになりながら真耶が問いかけると、有り難くその厚意を受け取った鷹丸は悩みを打ち明けた。

 

 聞いてみると、何とも複雑な悩みと言える。別に鷹丸が誰かと喧嘩中というわけではなく、鷹丸の知人2人が喧嘩中で、それをどうにかしたいという事らしい。真耶はこれまでの人生で友人同士が喧嘩した事があるかどうかを思い返し、ガックリと肩を落とした。

 

「すみません、そういった経験は特に……。」

「いえいえ、別に謝る必要はないですよ。本当にレアケースだと思いますし。」

「とは言えご相談には乗れますよ!今度ご一緒に話し合いでも―――」

「山田先生~?近江先生の悩み事にかこつけて抜け駆けかしら~。」

「近江先生~。ちょぉっと山田先生お借りしますねぇ~。」

「ひぁ!?あ、あの!皆さん、私はそんなつもりでは……。お、近江先生助けて下さいーっ!」

 

 そもそも真耶は喧嘩なんぞとは縁遠い性格をしている。今回のケースでは、些か力になるのは無理があると言う物。しかし、他者の役に立とうとする傾向の強い真耶は引かない。後日またゆっくりと相談しようとしたのだが、それは職員室内の大多数に阻まれてしまう。

 

 鷹丸だが、率直に言えば狙われている。御曹司で顔も良しとくればそれだけで女性からすれば優良物件だ。それも女性ばかりの環境で過ごせば、その反動から飢えると言う物……。ちなみに、真耶にそんな気は全くない。しかし、逆はあり得るかも知れないとなると黙ってもいられない。

 

「あ~……山田先生、本当にごめんなさい。それこそ埋め合わせはしますので。」

 

 流石の鷹丸も、男に飢えた女性の輪に入るのは勘弁らしい。言いくるめられなくもなかったが、ここは大人しく退散を選択した。拝み倒すようにして真耶を見送ると、そそくさと職員室を立ち去った。その後の騒ぎだが、4時限目の授業を終えて戻って来た千冬によりなんとか収まったらしい。

 

「う~ん……参ったなぁ、ここに来て喧嘩かぁ……。織斑くんに聞いても何も教えてはくれないし。」

 

 鷹丸は、まるで誰かにそう言うように呟いた……とも言えない程の音量で口にする。その悩みとはズバリ、黒乃と一夏の関係性について。2人をくっつけたがっている鷹丸としては、これは大変な一大事なのだ。2学期が始まってすぐに2人の変化には気づいたが、いくら経とうと元に戻る様子は見られない。

 

「いっそ、僕が織斑くんの気持ちを代弁する……っていうのは現実的じゃないよねぇ。」

 

 それは手っ取り早くもあるが、2人の為にはならない。この喧嘩も鷹丸にとっては不利益ばかりではないのだ。時折いざこざを乗り越えてこそ、2人の絆をより確かに出来るかも知れないから。鷹丸から言わせれば、恋人でもないのに黒乃と一夏は仲が良すぎた。だからこそ些細な事でも大きな事になってしまう。

 

「あ~あ、誰かの手を借りられると良いんだけどなぁ。」

『――――――――』

「アハハ、ごめんごめん……こうも白々しかったら逆に出にくいよね。別に隠れなくっても良いよ、キミの事は初めから気づいてたから。」

「あら、そうです?ざーんねん、せっかく貴方のストーキングを出来てるって思ってたのにぃ。」

 

 まるで子供のような振る舞いを見せた後、廊下にはしばらくの間が……。鷹丸がかなりの後方へ向けて煽りにしか聞こえない謝罪をすると、そこから姿を現したのは楯無だった。全く悪びれる気もないようで、素直に姿を現して見せる。そう取り繕っているだけ、とも言える。

 

「おや、それはこちらとしても残念だね。僕は自ら素敵なお嬢さんに見守られる権利を手放したわけだ。ねぇ?霧纏いの淑女さん。」

「ウフフ、本当ですよぉ。素敵な殿方だったから、こうして陰から見守る事しかできなくて。」

「嫌だなぁ、照れちゃうじゃない。こう見えても、僕はそういうの面と向かって言われ慣れてはないんだよ?」

「あらあら、お上手だ事。ウフフッ。」

「いやいや、僕は本当の事を言ったまでさ。アハハッ。」

 

 そう言う鷹丸の表情は、いつも以上にニヤニヤしている。どんな理由で楯無に付き纏われているか、初めから解ったうえでの物言いだろう。他人の反応を楽しんでいると理解した楯無は、完全に作った笑顔でいけしゃあしゃあと鷹丸の対応に入る。一見和やかだが、解る人には解るはず……ここがかなりの修羅場であると。

 

「で、もう良いんじゃない?」

「何がです?」

「まどろっこしい事なんてしなくても、僕の動向が気になるならそう言ってくれれば良い。それこそ、僕は24時間監視されたって構わないよ。」

「……何が目的。」

「ん~……それは言えない、ごめんね。けど、僕は逃げも隠れもしないって事さ。僕のやろうとしてる事は世間一般的に言う不道徳な事だろうから。」

 

 自分から乗せさせておいて、鷹丸は茶番に飽きたのか話を本題へと切り替えた。すると鷹丸は、聞いてもいないのにスラスラとそう語って見せる。語るに落ちた……とは違うが、本人の口から敵対勢力である事を示唆する発言が飛び出た。それだけで楯無は満足である。

 

「そう、それなら貴方を拘束させて―――」

「お断りします♪だってそんなの公平じゃないでしょ。僕は手の内見せるって言ってるのにさぁ。」

「またまた残念だけど、更識家17代目楯無としては無関係―――」

「とも言えないよ?下手に僕を拘束して、黒乃ちゃんが盾を失ってもいいのかな。彼女の力、出来るだけ借りたいんだよね?」

「……!?それは、どういう意味かしら?」

 

 両手をパッと広げながら、問答無用で殴りたくなるような綺麗な微笑みで鷹丸は断ると言った。楯無の言葉通りにそんなものは関係ないが、黒乃が盾を失うという意味深な台詞を吐かれて思わず聞き返してしまう。鷹丸は、ニヤニヤを継続させながら続けた。

 

「ほら、彼女って多方面から疎まれてるでしょ?あれを何とか抑えてるのって、実のところ僕なんだよねぇ。」

「……あの子には織斑先生が着いてるわ。」

「ところがどっこい。僕が居なくなっても、彼女が居なくなっても盾は成り立たないんだよ。」

 

 この世の頂点とも言って良い絶対的存在であるブリュンヒルデ。IS産業を支えていると言っても過言ではない近江重工の天才技術者にして御曹司。どちらが欠けても口を出す隙を与えるのだと鷹丸は語る。その言葉を聞き、楯無はいったん頭の中を整理させた。

 

 鷹丸は口が達者である。それだけでなく、本人も確かな地位と名声を手にしている。その達者な口、地位と名声より形成した人脈により、あの手この手で黒乃を疎ましく思う連中から守っている。一方の千冬だが、こちらは逆に口下手な女性だ。だが、有無を言わせぬ迫力という物もある。

 

 とは言え、千冬が直接動いた事は少ない。何故なら千冬は無言の圧力、見えない盾であるから。私の家族に変な事をすれば……解っているな?とでも言い放つ素敵な笑顔が頭に浮かぶ。つまり、両者は足りない部分を補い合っているのだ。……千冬は本気で怒りながら否定するに違いないが。

 

「貴方……黒乃ちゃんを売る気!?」

「うん、キミがこの場で僕を拘束するって言うんなら迷わずにそうするね。だって僕はここに居なくたっていろいろやりようはあるし、後から黒乃ちゃんを手元に置くなんて簡単な事だし。」

「っ…………!?」

「まぁつまり、僕はわざわざここに居てあげてるって事だよ。それじゃあ少し相子じゃないよねぇ。」

 

 僕は何か間違っている事でも言ってるかい?……とでも言いたそうな鷹丸の様子に、楯無は思わず戦慄した。この男は……冗談抜き、純度100%で無邪気な性格なのだと。文字通り、邪気なんてない。邪気なんて感じさせずに、そんな発言をあっけらかんとして見せるのだと。

 

「……解りました。私達は、貴方を野放しにする……代わりに―――」

「僕の事は好きなだけ監視してくれて構わないよ。」

「ええ、とりあえずはそういう事にしておくわ。じゃあ―――」

「ああ、良い事思いついた。ねぇ更識さん、僕を生徒会の顧問にしてくれない?」

「……………………は?」

 

 

 

 

 

 

(はぁ……楯無さん、いったい何の用事なんだろうな……。)

 

 放課後、楯無さんから呼び出しがあって生徒会室を目指す。正直、全く行く気が起きない。単にあの人の事が苦手と言うのもあるが、今は黒乃のこと以外に時間を割きたくはないんだ。訓練に関しては仕方がないとはいえ、つまらん用事なら回れ右しようと思う。割とマジで。

 

「どうもー……。」

「そう気のない挨拶は止めない?お姉さんだってショック受けたりするんだから。」

「そうして欲しいなら、身の振り方をどうにかして下さい。まるで女版近江先生―――」

「ん~……僕がどうかしたかな?」

「うおわっ、近江先生!?」

 

 いかにも来るのが億劫ですみたいな挨拶を繰り出しながら生徒会室へ入ると、早速俺のやる気がない元凶がそう返してくる。前々から思っていた楯無さんは近江先生に似ているという発言をしようとすると、それはいかにも爽やかな声色に聞き返されてしまう。慌てて視線を上げると、そこには回転椅子に座る近江先生が。

 

「やぁ織斑くん、こんにちは。」

「あの、どうして生徒会室に?」

「実は生徒会の顧問をする事になってねぇ。いやぁ僕も忙しいんだけどさーあ?どぉしてもここの顧問がやりたくってねぇ。」

「えぇえぇ、本当に。近江先生がどぉしてもって言うからぁ。」

 

 あ、あー……何か良く解らないが、近江先生が楯無さんを煽っているのは理解できた。何故なら、楯無さんは満面の笑みなのに空気を凍らすようなオーラを醸し出しているからだ。……近江先生はいつも通り楽しそうだけど、このままじゃ俺の居心地が最悪ですよ。

 

「あ、あの!それで俺に用事って……。」

「うん、その事なんだけど。一夏くん、黒乃ちゃんとは仲直りできたかしら?」

「い、いや……全くです。」

「やっぱり。何の用事かって、貴方に力を貸してあげようかと思って。」

 

 俺が用事を問うと、パッと楯無さんは元通りに戻った。有り難い事ではあるが、どうにもその切り替え速度が恐ろしくもある。近江先生が大人しくしてくれる事を祈りつつ、話を進めると……どうにも黒乃との仲直りに協力してくれるらしい。けど俺は―――

 

「ちょっと何、その怪訝な表情?」

「また何を企んでるんだろうなって顔です。」

「アハハ!素直でいいじゃない。まぁ僕と更識さんのセットって、キミからすればヤな予感もするよねぇ。」

 

 本当にそれ。楯無さんと近江先生ってのがまず問題なんだ。いや、近江先生の場合は前々から親身になって相談はしてくれたが、俺からはやっぱり何も話せない。それに、どうも深読みしてしまうんだよなぁ……。前に面白半分だって言っていた気がするし。

 

「信じろとは言わないさ。けれど、少なくとも僕は本気でキミ達2人に仲直りしてほしいと思ってる。」

「まるで私がそう思ってないみたいな言い方は止めてくれないかしら?とにかく、私も同じ気持ちよ。」

「楯無さん、近江先生……。けど俺、事情は何も話せないんですよ?」

「そんなの聞かなくったってやりようはいくらでもあるさ。後はキミの言葉だけだよ。」

「……解りました。2人が良ければ、俺に力を貸してください……!」

 

 溺れる者は藁をも掴むと言うように、俺にはどんな手だろうと借りるしかないんだ。確かに不思議な2人ではあるが、それが返って他の皆よりも良い方向へ作用するかも知れない。俺は自分にそう言い聞かせつつ、2人へと深く頭を下げた。これでどうにか、黒乃と仲直りできると良いけど。

 

 その日はそれだけで済んだ。僕が完璧な作戦を考えておくよーなんて近江先生が言ってそれでお終い。やっぱり嫌な予感しかしないが大丈夫だろうか。いや、あの人も締めるところはキチンと締める。今は信頼して待つ事しかできない俺には何も言えない。

 

 それからだいたい2日経過した。しかし、特に楯無さんや近江先生が何か言ってくるわけでもなく……。クラス代表という役柄上、学園祭の準備に追われる忙しい日々を過ごしていた。その間に俺からのアプローチは避けろとの通告がある為、端から見たら余計に関係が悪化しているように見えるらしい。

 

「……一夏、黒乃の事だが。」

「お、おう……どうかしたか?」

「何か余計な事をしたのではあるまいな。」

「いや、違う……余計な事どころか何もしないせいでの結果っつーか。」

「何!?まだ何もしていないのか、この馬鹿!」

「理不尽な事言うのは止めろ!」

 

 何かしてたらしてたで怒っていたろう、だが何もしてなくても怒られるとはどういう事だ。とりわけ箒にはよく気にかけられるが、他の専用機持ち達にもだいたい同じようなセリフを言われた。四面楚歌とはこの事か。全面的に俺が悪いのは解ってはいるんだが……。

 

 ついにはクラスメイトになんだかやつれた?なんて言われる始末。体重を量ってはいないが、確かに落ちている可能性もあるなぁ……。なんてしょぼくれた日々を過ごしていると、とある昼休みに楯無さんに話しかけられた。訓練の日を除くと、久々の会話になる。

 

「はろー織斑くん。」

「こんにちは、楯無さん。何か用事ですか?」

「うんうん、ちょっとお呼び出し申し上げようかと思って。」

 

 そういう楯無さんは、扇子を開いた。そこには業務連絡の文字が……。という事は、黒乃関連ではないという事だろうか。だけど無視するわけにはいかないよな。お呼び出しなんて言い方されたって具体性はない為、詳しい説明を求めてみる事にした。

 

「お昼とか、食べた?」

「いや、まだですけど……それが関係あるんですか。」

「食べてないならそれで良いのよ、貴方は何も気にしないで。それじゃ、これから急いで屋上に向かいなさい!」

「……全然意味が解らないです。」

 

 昼を食べてない事と、楯無さんが俺を屋上へ誘導しようとするのは何の関係もなさそうに見えるが。皆まで言ってくれないのがとても恐ろしい。ただ……どうせこのまま押し切られるのがオチだろう。大人しく従うのが身のためだと察した俺は、とにかく屋上を目指した。

 

 屋上の扉を開け放ってみると、そこには人っ子1人居ないではないか。呼び出しておいて、誰も待ってやしないとかどうしろってんだ。ん……?誰も居ないって、それはそれで違和感がある。無論、屋上は皆の場所であって共有財産だ。昼休みとなると、いつも誰か居るんだけどな……。

 

「……おかしいな。……何か仕掛けられているふうでもないし。」

「…………。」

「うん?なぁっ!?くっ、く、く、く黒乃!?」

 

 肩をチョンチョンと突かれて振り向いてみれば、そこには黒乃が居た。いきなりのご登場に、俺はワタワタと慌てながら黒乃との距離を取る。た、楯無さんんんん!黒乃が呼んでるならそう言ってくれれば良いだろうに!くそ、それこそ面白半分か!?けどこうなってしまったのならヤケクソだ……誠心誠意で謝るしかない。

 

「黒乃!その、夏休みの事だけど―――」

「…………。」

「う、五月蠅いとか……それとも黙れとか言いたいのか……?」

「…………。」

 

 とにかく俺が謝ろうと謝罪を口にしようとすると、黒乃は人差し指を当て静かにするようジェスチャーを取った。そんな姿にドキリと心臓をはねさせつつ、黒乃の意図を理解しようと励む。俺に発言の権利はないとかそんなだと思ったのだが、黒乃は静かに首を左右に振った。それも違うとなると他は―――

 

「…………。」

「く、黒乃……?ここに座れって、いったい何を……。」

「…………。」

「……それ、弁当か!?」

 

 困惑するしかない俺の肩を、黒乃はグイッと押した。それで座れと言いたい事は伝わったけど……。お次に黒乃が取り出したのは、何段重ねかになった弁当箱。やはり困惑するしかないと言うかなんと言うか……。もしかして、だから楯無さんは俺に昼を食ったかどうかの確認を?

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ黒乃!俺は黒乃に……その、いきなりキ、キスして―――」

「もう良い。」

「へ……?」

「仲直り。」

 

 あまりにも意味が解らす、どうにか現状を把握しようと話を進めた。すると黒乃は、首を左右に振りながらもう良いのだと言う。そして素っ頓狂な返事しかできない俺に、弁当を指しながら仲直りだと。仲直りの証に、弁当を作って来たって……?

 

「そんな……だって、黒乃は何も悪くない!俺がどうにか謝ってれば済む話だったんだから、黒乃が―――」

「……嫌だよ。」

「く、黒乃……!?」

「もう、今みたいなのは……嫌。」

 

 まるで黒乃の悪いのは自分だと言いたげな表現に、俺は思わず声を荒げた。すると黒乃は、その場に膝立ちの状態になって俺の首へと腕を回し、肩へ顔を埋めるようにして抱き着いて来た。そうして黒乃の語った嫌という言葉……。それはつまり、今のような関係性が嫌だって事か……?

 

(なん……だよ、それ……。なんだよそれ、なんだよそれは!)

 

 本当は俺がそう言うべきなんだ。言うべき事を、大好きな女の子に言われるなんて……嬉し過ぎてまともな思考がままならない。黒乃、なんだってそうお前は可愛い事を言うんだよ。ああ、嫌だ……俺だって嫌だ。ここ数日は、本当に調子が出なくって、気が狂ってしまいそうだったのだから。

 

「……ありがとう黒乃。そんでもって、ごめんな黒乃。俺に出来る事があるななんだってする。だから、元通りになろう。俺も嫌だ……嫌なんだ。」

「約束……。」

「っ……!?ああ、そうだな……ずっと一緒だ。これからは、これからも、ずっと……。」

 

 俺はギュッと黒乃を抱き寄せるように……と言うよりは、縋るように抱き返した。そうして懇願するようにそう言うと、俺の耳元には黒乃の約束と囁く声が聞こえた。あぁ、そうだよな……黒乃が立場はどうあれ俺と一緒に居てくれるって言ってるんだ。だから、俺も死ぬ気で一緒に居ようとしなきゃだよな……。

 

「……飯にするか?」

「…………。」

 

 しばらく抱き合ったままの俺達だったが、いつまでもこのままってわけにもいかない。時間は有限だ。早く食べ始めなければ次の授業に遅れてしまう。黒乃も首を頷かせ、俺の意見に同意を示した。頂いた黒乃の手料理は、やつれ気味だった俺の胃にたんまりと収まったのは言うまでもない。

 

 

 


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