八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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皆さん、あけましておめでとうございます。
本年度も変わらず応援していただければと思います。

新年一発目からなんの話をしてんだみたいな86話ですが、この辺りから物語が大きく動き出すかと思われますので、新展開をもう少しお待ちください。
それでは、重ねて今年もよろしくお願いします。


第86話 織斑姉弟と八咫烏

 事後処理等をこなした一夏は、ろくに着替えもしないまま生徒指導室を目指していた。千冬に指定された場所がそこであったためだ。呼び出す場所としては違和感も覚えられないだろう。なおかつ生徒指導室なんて意味もなく近づきたくないと誰しもが思うはず。

 

 つまりどう転んだところで、2人以外の誰にも聞かれたくない話だということが解る。一夏としてはなにをいわれるかなんてだいたい想像がついているが、いずれこういった事態が起きるであろうことは覚悟していた。それだけに、一夏はなんの迷いもなくドアを数回ノック。すぐさま入れと反応が返ってくる。

 

「失礼します」

「……座れ」

「始める前に質問。これ、どっちで対応したらいい……ですか?」

「姉の言葉として受け取れ」

 

 千冬に脅すつもりはないのだろうが、真剣な雰囲気を醸し出されてしまうと、普段から高圧的な様子がより強調されてしまう。一夏はプレッシャーのようなものをピリピリと肌で感じ取りつつ、促されるまま席へと座った。そして千冬が神妙な口を開く前に、そんな質問を投げかける。

 

 普段ならば頭に出席簿を受けてしまうような口調になってしまったが、千冬は厳しい顔つきではあるもののなにもしなかった。かえってそちらの方が恐ろしい気がしないでもないが、一夏は毅然とした態度で話が始まるのを待つ。やがて姉から飛んできたのは、実にシンプルな言葉だった。

 

「あれはなんのつもりだ?」

「…………」

 

 ほらきた。一夏はそういわんばかりに内心で深い溜息を吐く。勿論それを表へ出せば今度こそ制裁は免れない。表面上は全くなにも揺らがない一夏だったが、正直なところ千冬からこの質問はされたくはなかった。何故なら、姉に対して失望にも似た念を抱かなくてはならないから。

 

「黒乃に神翼招雷の巨大レーザーを撃たせたことか?」

「それ以外になにがある。……お前のその口ぶり、まさか大したことではないとでも思っていないだろうな」

 

 先ほどの戦闘で黒乃が震天雷掌波を撃ったのは、マドカの後方で一夏が待機していたからだ。もっといえば、黒乃は一夏が撃てと目で訴えていたから撃った。すなわち、撃った要因として挙がるのはまず一夏となる。千冬としては追及せざるを得ない案件だろう。

 

 一夏が雪羅の盾で防いだおかげで、被害は他に出ていない。だが千冬からいわせれば、だからどうしたという話だ。そんなものはあくまで結果論でしかない。結果的に全てが上手くいってくれただけのこと。もしなにかが違えば一夏も無事ではなかったろうし、死人が出ていたかも知れない。だが一夏は―――

 

「ああ、千冬姉の思ってる通りだ」

「お前は……自分がなにをいっているのか解っているのだろうな」

「千冬姉、聞きたいことがそれだけならいくら話し合ったって変わらないぞ。いくら千冬姉が叫ぼうが喚こうが、俺の考えは1つだから」

「……ならば聞かせてみろ、その考えとやら」

 

 一夏のあっけらかんとした様子に違和感を覚えてはいたようだが、自身の言葉を肯定されたことにより、千冬は静かな苛立ちを露わにした。だが、いくら一夏とて結果的に被害ゼロだからなにも問題はないといいたいのではない。そうさせるのは、一夏が以前より抱く覚悟がそうさせる。

 

「まぁ前提として、撃った黒乃は多分だけど八咫烏の方だ」

「その証言はオルコットから得ている。いくらお前が控えていたとして、黒乃ならばあの状況では絶対に撃たん」

「だから千冬姉は声を荒げてるだけのことだ。アイツもアイツで、少しは変わってきてるみたいだぞ」

 

 二重人格を患っていると思われている黒乃だが、そのトリガーと勘違いされているのは笑みだ。あのタイミングで黒乃は撃てる状況が完成したことから、歓喜に近い感情から笑みを浮かべた。だがものの見事に八咫烏の黒乃と呼ばれている恐ろしい人格が顔を出した結果、震天雷掌波を撃った……と解釈されている。

 

 それを踏まえて、一夏は八咫烏だったから千冬が怒っているだけだと指摘する、そもそも撃った撃たないだのは関係ないのだといいたいらしい。しかし、いわれた本人はその意味を図りかねていた。なにやら侮られているような気はしたが、もう少し深く探らなくては。

 

「どういう意味だ?」

「もし今まで通りのアイツだったら、まず両腕で撃っていたはずだ」

「……確かに片腕だったようだが、それがどうした」

「ちゃんと配慮してるんだよ。アイツが、雪羅で相殺できる程度の出力で撃ったんだ」

 

 一夏の言葉はある意味正解だ。確かに黒乃は一夏が雪羅で防ぐことを想定し、かなり出力を抑えて震天雷掌波を撃った。そもそもの話で二重人格もクソもないので当然のことである。しかし、幾人ものIS操縦者を恐怖のどん底へ突き落したような人格だと前置きされると、それがとてつもない進歩のように受け取られてしまう。

 

「だから、俺が巨大レーザーを防げたのは必然みたいなもんなんだよ」

「待て貴様、私はどうして撃たせたかを聞いているんだよ。奴が手加減をする保証なんてどこにも無かったろうに」

「……またそれだ。変わったよな、千冬姉。なんでアイツのことも信じてやれないんだ?」

「なんだと……?」

 

 論点がズレていると千冬が指摘すると、一夏は露骨に機嫌が悪そうな表情を浮かべ、ギリリと音が聞こえる程に歯噛みする。すると今度は自分が質問する番だと、千冬にそんなことをいってみせた。千冬としては覚えのないようなことらしく、意味が解らんと眉間に皺を寄せるばかり。

 

「俺は八咫烏のことも信じてる。だって、どっちも黒乃なことには違いないんだからな。千冬姉が今しているそれは、これまで黒乃を否定してきた奴らのそれと同じじゃないか……」

「…………」

「いや、解ってる。そもそも撃つことが褒められたことなんかじゃないのは十分に理解してんだ。けどさ、今までの千冬姉だったら……そこまでアイツが悪逆非道な奴みたいないい方はしなかったはずなんだ」

 

 一夏は八咫烏と呼ばれる人格も含めての黒乃だという。当初は困惑し、黒乃が疎まれる原因くらいにしか思えなかった。しかし、黒乃の総てを愛すると決めた今、一夏にとってそれは黒乃の一部を否定することである。だから一夏からすれば先ほどの件も騒ぐような話ではなく、むしろ進歩だと断言できるのだ。

 

 そう真っ直ぐな瞳に射抜かれた千冬は、ふと己の発言を思い起こす。確かに一夏の指摘通り、無理にでも八咫烏へ責任をかぶせるような行為ではなかっただろうか。千冬は思う、自分は奴を悪者にしたいだけなのだろうかと。そうしていないと、自分の思う黒乃を保っていられないのだろうかと。

 

「……私はお前達だけに構っていられない。そういう立場に立たされている」

「…………」

「だからといって、それを盾にするつもりも毛頭ない。……ああ、そうだな、確かに今の私は頭ごなしに黒乃を恐れていた連中となにも変わらんよ」

「千冬姉……」

 

 皆が千冬を世界最強の女性だともてはやし、今の立場へと押し上げられてしまった。確かに千冬は心身ともに強靭なソレを持ち合わせている。だが千冬とてその前に1人の人間だ。喜ぶこともあれば落ち込むこともある。そして、なにかに対して恐怖を抱くことだって。

 

「私はな、奴が怖いよ。奴がいずれ取り返しのつかないことをしでかすのではないかとな」

「……いまはまだ、一応は踏み止まってるって?」

「そうだな……普通に考えれば20数人を潰すこともまずとんでもない。だが、死んではいないだろう」

「死んでなきゃいいってことではない。けど―――」

「……殺人。その一線を超えてしまえばなにもかもが終わる」

 

 20数人にも渡るIS操縦者を潰したという時点で、既に伝説として残るレベルである。まだ殺してはいないなどという意見が出るのは感覚が麻痺しているといかいいようがない。しかし、本当に死んではいないのだ。生きているから、彼女らにはまだこれから長い人生が待っている。

 

「死人を出してしまえば、私も近江もそれ以上は黒乃を庇い切れんだろう」

「…………」

「だから私は、いくら奴が黒乃の一部だろうと信じ抜けない。自らを滅ぼせる相手を探している上に、戦った者にトラウマを植え付けるなどと……!それで責められるのは結局のところ黒乃だ。黒乃がそのようなことを望むはずがないというのに!」

 

 いつなにをしでかすか解らないという考えが振り切れ、いつしか千冬は八咫烏を黒乃の一部ではなく、黒乃にとっての害悪という方針が強まったのだろう。だから今回の件を必要以上に責めたし、場合によっては処分だって検討していた。しかし一夏と話していて、千冬はなにが正しいのか解らなくなってしまう。

 

「ふがいない姉ですまない……!私にはもう、どうしていいのか―――」

「千冬姉、俺……運命だって思ってるんだ。白式と刹那の相性に関してだけど」

「…………超高密度エネルギー増幅能力と、エネルギー無効化についてか?」

「ああ。今回は本気じゃなかったかも知れないけど、誰よりも黒乃を止められる可能性が高いのは俺だ」

 

 一夏が急にISの話を切り出したせいか、千冬はなんだか調子の狂ったような表情を浮かべた。一夏のいう相性というのは、雪羅の盾と神翼招雷そのものについてだろう。実際に一応は止められるということが実証されたといってもいいだろう。一夏はそれが嬉しくて堪らないのだ。

 

「止めるよ、俺が必ず黒乃を止める。それがアイツごと黒乃を愛するって決めた俺の使命だって思う。それでもし、千冬姉のいっている通りにアイツが一線を越えたその時は―――」

「…………」

「刺し違えてでも俺が黒乃を獲る。むしろその役目は誰にも渡さない」

「……どうして、お前は―――」

「理屈じゃないし何度もいってる。黒乃を愛してるから、それだけだ」

 

 八咫烏の身勝手に自分以外の人間が付き合わされる必要はないし、むしろ巻き込まれていいのは俺だけだと一夏はいう。その瞳に特別重いものを背負っているような印象はなく、ただ黒乃を好きになった身としては当然であるとでも主張しているかのようだ。

 

「だから千冬姉は悩まなくていい。もしなにか起こったんならそれは全部俺の責任だ。だからもう黒乃が悪いってのは思ってても口にしないでくれ。千冬姉の口からそんな言葉は聞きたくないんだよ……」

「……歪んでいるな、お前は」

「ああ、うん……多分だけどさ、俺は最高に歪んでる。というか、俺のいってる愛って……そんなにキレイなもんじゃないんだ。それこそ、今回のことを大したことじゃないって本気で思ってる時点で知れてるよな」

「お前、心からの言葉だったのか……?」

「……ああ。この際だからいっておくけどさ、この先ずっと黒乃がなにしたって……俺は大したことじゃないとしか思えないと思うんだ」

 

 黒乃がなにか起こしたとして、それは全て止めることのできなかった自分の責任だと一夏はいう。ただ千冬が黒乃を悪くいうのが嫌というだけでそこまで……。まったくもって平常そのままでいい放つ一夏に対し、変な話で綺麗な狂気を千冬は感じ取った。

 

 思わず知らず口から歪んでいると飛び出してしまえば、むしろ一夏はそれを肯定する始末。おまけに今後一切の黒乃及び八咫烏が起こすなにもかもを大したことと思えないなどと口走った。これを見るに、千冬はいうだけ無駄であることを悟る。狂えるくらいに女を愛せる。ここまできてしまえばもはや美点だ。

 

「……お前の想いは十分に解った。だが、お前を含めた死人が出た可能性がゼロではないことを忘れるな。そして、率先して神翼招雷を撃たせることも許容できん。なおかつ、無関係の人間が巻き込まれそうな事案は、宣言通りにお前が必ず止めろ……いいな」

「この命と代えてでも」

「…………今回の処分は追って伝える。ああ、いっておくが……黒乃も全くの不問ということにはできんからな。だがもう頭ごなしに悪くいうようなことはせん。……私も誓おう」

「……解った。けど、さっきいった通りに俺の方を厳しく処罰してくれよな」

 

 まとめとしては甘いのかも知れない。けれど、こうでもしなければ絶対に一夏は譲らないだろう。しかし、もしもの時は己の手でけりをつけるという言葉も聞けた。あの目から察するに、もしそうなった場合は宣言通りに一夏は黒乃を獲る。

 

 だから納得したということではないが、愛する者をその手にかける覚悟すらあるのに、千冬にはやはり八咫烏は害悪だといい続けることはできなかった。何故なら、黒乃は千冬にとっても家族なのだから。千冬だって、必要以上に黒乃を責めるのは心苦しいのだろう。

 

「ともかく、我々がしている話し合いはあくまで最悪のケースに関してだ。端っからそうならないようには勤めろよ」

「勿論だ。黒乃と一緒に幸せな道を生きるさ」

「……そうか。ならばもう行け、手間を取らせたな」

「こんなとこに残るのかよ?」

「少し1人にしてくれ……」

 

 終始さほど変わらない厳しい顔つきだったが、千冬はことを丸く収めるかのように締めへと入った。本人の前ではしどろもどろする癖して、堂々と黒乃への愛を語る一夏の様子は、千冬からすれば若干だが滑稽に映ってしまう。こればっかりはどうしようもないだろうし、わざわざ指摘をする気はないようだが。

 

 そして千冬の呟くような言葉に、一夏は大人しく従った。やはり考えが纏まるはずもないだろうと、あえて返事もせずに早々と退出する。妙に重苦しいような気のする扉をくぐると、傍らには予想外なことに人が待ち受けているではないか。とはいっても、片方は眠っているようだが。

 

「ラウラ」

「むっ……話は終わったか?」

「耳栓?もしかして、いつも持ち歩いてるのかよ」

「まあな、所属柄あとから文句をいわれんようにするための対策だ」

 

 腕を組んで仁王立ちするその姿は、幼い見た目からでは想像もつかない程のオーラというものがあふれ出ている。そんな軍人少女に声をかけると、ワンテンポ遅れて反応がかえってきた。ラウラは長い髪の毛に隠れて見えない耳元を弄ると、スポリと耳栓を外してみせる。

 

 職業柄というのは、軍人としての振る舞いをいいたいのかも知れない。確かに、機密事項をうっかり聞いてしまったなんてことになると面倒だろう。先ほどの会話を聞かれたのではと少し焦った一夏だったが、ラウラの気配りに感謝しながら安心したように頬を緩めた。

 

「それで、寝てる黒乃と一緒ってどういう状況だよ」

「嫁が教官に呼び出されたのを察したのだろう。ソワソワと落ち着きのない様子だったから、私が同行を提案した。どうにもその時点で眠そうというか疲れた様子だったというかだな」

「ん、まぁ黒乃が相手だとそういう風にいわざるを得ないよな」

 

 ラウラの隣で体育座りのようにして腰掛け、黒乃はスースーと寝息を立てていた。一見するとラウラが黒乃を警護しているようにみえたため、一夏は率直に状況の説明を求める。解ったのは、どうやら黒乃が一夏の心配をして、ここまでやってきたかも知れないということ。

 

 かなり曖昧な表現しかできず、竹を割ったような性格のラウラとしてはかなり歯痒いらしい。説明中も眉を潜めて、かなり困惑した様子だ。一夏に仕方ないといわれても個人的に納得がいかないのか、うむむと唸りつつ渋々その言葉を受け取ったようにみえる。

 

「……姉様は、自分のせいで嫁が面倒な目にあうと思ったのだろうな。それでいてもたってもいられず―――」

「俺のところに……か。そっか、心配かけてごめんな」

「…………」

「ラウラ、どうかしたのか?」

「……なんでもない」

 

 心配をかけて悪かったと思う気持ちもあるが、一夏としては黒乃が自分を心配してくれることが嬉しくてたまらない。黒乃の前で膝を折ると、まるで壊れ物を扱うかのように、優しくその頬を撫でた。その様子にやはり思うところでもあるのか、ラウラは少しばかり敗北感に苛まれてしまう。

 

 しかし、そんなものを抱くのはお門違いだ。それは本人も理解しているようで、余計なことを考えるなと大きくかぶりを振った。乱れた髪を整えながら大きな咳払いをしたラウラは、一夏にいっておきたいことがあったのを思い出す。気を取り直して、ラウラは一夏へ向き直った。

 

「嫁よ、憶測の域を出ん話だが聞いて貰えるだろうか」

「……黒乃に関する話だよな」

「そうだ。姉様がここまで疲れているのは、奴と密接に関連するのではないかと思ってな」

「どういう意味だ?」

「うむ、奴もかなり自重するようになった証拠なのではと考えた。やはり地上へ向けて撃ったのは、本人にもストレスが大きかったのではないだろうか」

 

 要するにラウラがいいたいのは、八咫烏にとっても震天雷掌波を撃ったのは苦渋の決断だったのではないかということ。一夏や地上へ向かって撃つことそのものに心的ストレスを覚え、かなり神経をすり減らした結果、黒乃はこうして疲労困憊の状態へ陥っているのではないかといいたいらしい。

 

「やっぱりラウラもそう思うか!?」

「声が大きいぞ、姉様の身体に障る……」

「あ、悪い……。その、同じ考えを持ってくれる奴がいるなんておもわなくてな」

 

 一夏としては、先ほどまで千冬との会話の延長のようなものだと感じた。しかしまさか、誰かの共感なんて得られないと思っていたようで、ふいに声の音量が跳ね上がってしまう。ラウラに咎められ慌てて声量を戻すと、仲間がいてくれてよかったと付け加えた。

 

「仲間……か。……嫁よ、気を悪くするつもりはないがいうぞ。私は……いや、私達は、嫁ほど肯定的に奴を受け入れることはできん」

「…………」

「特に箒を除いた我々は国を背負っている。実際に対面するまでに山ほどの噂を聞いたし、顔見知りだったり親しいものだったりが奴に潰された様を目の当たりにしてしまっているのだ」

(セシリアの姉貴分も、確かそうなんだよな……)

 

 IS業界は日本をはじめとして、パワーバランスのヒエラルキーがある程度は確立されている。八咫烏が潰した数人のIS乗り達は、日頃黒乃が仲良くしている代表候補生達の故郷に集中していた。これを聞いて一夏が真っ先に思い浮かべたのは、セシリアの師であり姉である―――アンジェラ・ジョーンズだった。

 

「だが、それでいて姉様と奴は切っても切り離せん関係だという事実も承知している。……そもそもは、姉様の生への渇望が産んだ存在なのだろう?」

「……そうだな、その表現が1番近いと思う」

「故に、ある種では奴も姉様にとってなくてはならんのだろう。それを踏まえて姉様の味方……というのが我々の見解だ。奴に関しては否定も肯定もせん。ただひたすら、暴れるのならば止めるのみだ」

「……いや、それだけしてくれたら十分だ。ありがとな」

 

 なんとしてでも生き残る、例えば相手を殺してでも。誘拐事件のあの日、そういった経緯で八咫烏は産まれたと周囲は認識している。その後はひたすらに自らを打倒できる強者を求め、弱者を屠った。一夏からすれば、そんな事実があってでも黒乃を気遣ってくれるのは有り難いことだ。

 

 止めるのは八咫烏の為ではなく黒乃の為だと含みを持たせた言い分だったが、それでも一夏はラウラやこの場にいない友人達へ頭を下げずにはいられない。まさかそこまでされるとは思っていなかったようで、ラウラはクールな様子を保ちつつ一夏へ頭を上げろと促す。

 

「とにかく、私達の思惑通りならばいいな」

「本当にな。黒乃が起きたら、可愛い妹分が心配してたって伝えとくよ―――っと……」

「か、かわ……。う、うむ……頼んだぞ。いや、別に姉様に褒められたいからとかではないのだが―――」

「照れなくてもいいだろ、多分だけど黒乃はホントの妹みたく思ってるぞー」

「そ、そうかそうか……そうなのか。な、ならば……頼んだ。……またな」

 

 考えの通り、八咫烏が自重を覚えたのなら幸いだと言葉を交わし、一夏は黒乃を目覚めさせぬよう慎重に背負った。身じろぎはしたが起きる様子はない。一夏が歩き出す前にラウラへそう伝えれば、時折見せる年頃の少女そのものな反応を示した。

 

 ラウラの病的なまでに白い肌は解りやすく紅潮し、褒められている最中でも想像しているのか落ち着きがなくなる。しかも期待しているくせに興味はないというものだから、一夏はとどめの一撃として本当の妹だと思っていると付け足しながら自室への帰路へ着いた。

 

 その背にラウラの遠慮気味に報告を催促する声へ耳を傾けると、クスクスと静かに笑ってしまう。そして寝ている黒乃へ向け、しょうがない奴だよなと同意を求めつつ、身にのしかかる心地よい重量を堪能するかのように一夏はひたすら歩を進めた。

 

 

 




黒乃→まぁやっぱかなり覚悟して撃ったわけですよ……はい。
一夏→アイツもかなり自制が効き始めてきたに違いない!

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