八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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現状、この作品における重要なターニングポイントとなります。
突然と感じるかも知れませんが、こうなるのは以前よりフラグを立てているのであしからず。


第88話 呪いを超えて

「売り切れとかはなさそうだな」

(そだね。けど大人数の分を買わないとだから、途中で売り切れ―――なんてこともあるかも)

 

 静寂と暗闇が周囲を包む中、織斑家近くの自動販売機は仄かな光で自らの存在を主張している。いうまでもないが、私とイッチーはジュースを求めてここへ足を運んだ。用意していた分では足りず、補給せねばならない状況へ陥ったせいである。

 

 その役目をこなすと名乗り出たのがイッチー。私は1人では大変だからとご指名をいただいて手を貸すことに。間髪入れずに私を指名してくれて、少しばかり気分が弾んでいる。……頼られるのは嬉しい。キミの役に立てるのなら、些細なことでも命を懸けようとも―――私は。

 

 ……だからこそ着いて来たというのもある。原作の流れならば、ここへまたマドカちゃんが現れるから。確か発砲されるはず。弾丸はラウラたんがAICで止めてくれるわけだが、100%そうなる保証なんてどこにもないのだから。だから、だから……命に代えても、キミだけは―――

 

「な、なぁ……黒乃」

(え……?あ、うん!どったのイッチー)

「その前にさ、少し寄り道していかないか?」

(ん?それは別に構わないけど……)

「そうか、ありがとう。その……さ、ちょっと話があるっていうか、渡したいものがある?……と、とにかく、着いて来てくれ!」

 

 イッチーは自信がなさげというか、オズオズとしながらというか……そんな提案を投げかけてきた。基本的にイッチーの言葉には全肯定な気構えだけど、どうしてこのタイミングなのだろう。なんてことを考えさせてくれる暇もなく、イッチーは私の手を取ると小走りで駆け出した。

 

 手を握る機会は最近多いけれど、今日はなんだかいつもより逞しく思える。温もりだけでなく安心感も与えてくれるような、そんな感じ。そうして手を引かれることしばらく、着いた先は公園だった。時間帯からしてそこに人気はない。ただ街頭のみが寂しい明かりで遊具を照らすのみ。

 

 その雰囲気がなんとなくホラー感を醸し出すためか、そういうのが苦手な私からすれば勘弁してほしいもんである。ま、待とうか……そうやって暗い方へ考えるから怖くなるんだよ。アレさ、暗い公園でイッチーと2人きりってロマンティックじゃね?……ロマンティックじゃん。どうしよ、なんだか急にドキドキしてきたかも……。

 

「あ~……と、とりあえず座るか」

(は、はい……)

「えっと、な。ハ、ハハ……自分でもどこからどうすればいいんだか……」

 

 あ、これは……そうか、イッチーはきっと緊張しているんだ。私はともかくとして、どうしてイッチーまで?2人して妙な感覚を抱きベンチに腰掛けるが、一向に話が前へ進む様子はない。そりゃ、覚悟ができるまでいつまでも待つけどさ、あんまり長いことやってたらマドカちゃん来ちゃうからなぁ。

 

(まぁ、とにかく落ち着こうよイッチー。焦らなくても大丈夫だよ)

「黒乃……」

 

 ベンチの上に乗っていたイッチーの手。私はそれに優しく自らの手を重ねた。ジッとイッチーの双眸をみやって、やんわりながらもいってごらんと促す。すると揺らいでいた瞳に、確かな決意が宿ったように思える。イッチーはグッと口を一文字に結ぶと、勢いよくベンチから立ち上がった。

 

「あの、さ!誕生日、おめでとう……」

(あ、うん、ありがとう。私はいってあげられないけど、おめでとう)

 

 こちらへ振り返ったイッチーは、私へ祝福の言葉を述べた。そういえば、今年は人がたくさんいて失念してしまっていたかも。私も口にはだせないながらもキチンとおめでとうといっておく。頷くことで応答したが、イッチーはなんだか違うとか呟いている。しかし、お次はハッとしたような表情を浮かべて続けた。

 

「今年も、俺の隣にいてくれてありがとう。なんていうか、本当に……俺たちってずっと一緒で片時も離れた時がないというか」

(フフ……そうだね。今はそれを本当に嬉しく思うよ)

 

 私にとってのイッチーは手のかかる弟みたいなもので、適度に姉離れしてくれればなー……なんて思っていたのに。キミはずっと必死に、真っ直ぐに、私のことを想ってくれて……。いつの間にか、私の知らない間にキミは―――男になっていた。そんなキミに惹かれて、私は―――

 

 ……例えイッチーが私へ向ける愛が、私の求めているソレではなかろうと―――ひとえに、キミの隣にあれることは嬉しいと思えるようになった。だから私は、キミが居ていいというのならずっと隣を離れない。だから感謝するのなら私の方なのに、キミもそれを嬉しいと思ってくれているんだね。

 

(満たされる―――)

 

 今の私にあるのはそれだけ。キミに尽くして―――ううん、キミのために生きて死ぬという理念だけ。ああ、本当に―――満たされていく。キミの仕草が、言葉が、存在が、消滅の恐怖を忘れさせてくれる。だから生きると決めた。キミにふさわしい女性になれればなと、私は生きることを決めたのだから。

 

「け、けど……だけど!これから先、ずっとずっと続いてく永い未来まで―――最初っから離れる気も離す気もないんだからな!」

(え……?)

「前にもいった……。黒乃、お前が居てくれるから俺は俺なんだ。だから、俺には黒乃が必要で……。だから、離せないし、離さない、から……。その証―――これ、誕生日プレゼントで送りたくて……!だから―――」

(あ、あの……イッチー?ちょっと待って。頭……がさ、全然理解とか追いつかないから。だから―――)

「一生隣を歩んで欲しい!どうか俺と、結婚してください!」

 

 なにかを決心した表情だなとは感じていた。けど、誰がこんな展開を予想してたと思う?思わないでしょ、普通……。それでなくても、頭悪い……端的にいえばアホな私に、こんな……こんな展開がくるなんて、解るわけないじゃん。紛れもなく、イッチーは私に―――結婚してほしいといったのだ。

 

 イッチーの掌には開かれた小箱が。その中には、暗闇でも輝くオニキスカラーの幅広リングが鎮座している。ああ、この見覚えのある形は―――遊園地にいったときに貰ったアレだね。そっか、イッチーが必死に彫金工房に通っていたのは、リデザインするためだったんだ。

 

 全部、この日のために―――私に告白するために。あぁ……嬉しい。今すぐここで消滅しても構わないくらいには嬉しい。いつからだとか、私のどこがだとか、そんなの全く気にならない。嬉しい。泣けない体なのに、泣いているのが自分でも解る。目の奥が熱くて、痛くて、今にも眼球がどうにかなってしまいそうなほどだ。

 

「これ、その、デザイン……結構いろいろ考えたんだけどな、やっぱ翼かなって。翔んでる黒乃が好きだし、俺にとっても黒乃は翼―――俺の大事な片翼なんだ。俺の分は白で翼も対に―――」

 

 イッチーの私をみる目は情けないほどに潤んでいて、声も終始震えている。そうだよね、ごめんね……私がなにも反応を示さないから、勇気を出して告白してくれたのに不安で仕方ないよね。答えたい、のに。私も好き、愛してる、一生あなたの傍に居させてくださいって……そう、伝えたいのに……!

 

「…………っ!…………っ!」

 

 声、やっぱり出ないよ!まるで固まったみたいに体も動かない……!神はなんて残酷なことだろう。こんなにも好きなのに、こんなにも愛しているのに。声が出せなかったり、体がうごかなかったり……たったそれだけの呪いで、こんなにも苦しくて苦しくて仕方がないなんて……!

 

「黒乃……」

(あっ、涙―――)

「……ごめんな、いきなりで困らすよな。ゆっくりでいい、返事ならいつまでだって俺は待つよ」

 

 イッチーが感謝してくれるだけで私は満たされる。それにつけて結婚してほしいといわれた日には、想いが溢れて私の目からは大粒の涙が流れ出た。そういえば、前にもこんな時があった。臨海学校のあの日―――あの日だけは、私も泣くことができたんだっけ。きっと私が、唯一あの連中の呪いに打ち勝った瞬間。

 

 ……そうだよね、呪いがなんだよ。今回これに屈したら、私のイッチーへの愛が呪いなんかに負けてるって認めるようなものじゃないか。超えろ。呪いを超えていけ。奴らに一泡吹かせてやれ。それで伝える。私の愛を、この世界で最も愛しいあなたへ―――伝える!

 

「私も好き!愛してる!一生あなたの傍に居させてください!」

「…………っ!?黒乃……いいんだな、俺で。俺は―――」

「……あなたじゃないと、生きていけない」

「そう……か……。あり……がとう……黒乃。ごめ……ごめんな、嬉しくて……涙が止まらないんだ……!」

 

 ……勝った。私の愛が、神に勝った。そんな達成感なんてすぐさま消え去り、私の胸中は歓喜の渦が巻き起こる。とにかくイッチーへの想いを伝えられたことが嬉しくて、ただそれだけ。自分から告白したのに、この期に及んで自信のないような発言をするイッチーへ歩み寄り、その両手を優しく包んだ。

 

 するとイッチーは、私と相思相愛であることを嬉しく思ってくれているらしい。不安だった状態の裏返しか、本当に小さな子が泣くかのように私へ縋る。うん……いいよ、もっと私を必要として。あなたのために私は在る。こうしていれば、生きていられる。私は生を実感できるから―――

 

(……けど、少しくらいワガママ……いいよね?)

「左手……?ああ、そうだよな……せっかく用意していたのに嬉しすぎて忘れてた。じゃあ、着けるな」

 

 少し落ち着いた様子をみせたイッチーに、ゆっくりと左手を差し出す。それの意味を数泊おいて気づいたらしイッチーは、翼の意匠が施された指輪を私の薬指にそっと嵌めた。なんて最高のプレゼントだろう。間違いなく、現状では類をみないはず。……私がイッチーのモノである証―――

 

(はぁ……凄い、なんて素敵な響き……!考えただけで幸せ過ぎてどうにかなっちゃいそう!)

「…………」

 

 まだ呪いには勝てているようで、自分自身でも頬が緩んでいるのがよくわかる。というより、これは完全に満面の笑みだ。私は左手の薬指をグッと握りしめながら、みてほしいといわんばかりに笑顔をイッチーへ向ける。するとどうだろう、また少しイッチーの様子が変わった。

 

「なん年……ぶりかな、黒乃のそんな顔を拝むことができたのは」

(私になってからは、初めて……かもね)

「ああ、ダメだ。俺がそうさせてるって思うと我慢できない。黒乃、キス―――してもいいか?」

(フフ……確認してくれるのは嬉しいけど、もうそういうのは必要ないかな。だって、私はキミのモノなんだから)

 

 多分だけど、前回のことが尾を引いているんだろう。イッチーはまるでせがむようにキスさせてほしいといってくるわけだが、意思の疎通がとれた今ではそんなものただの愚問である。私は目を閉じると少しだけ頭の角度を傾け、ひたすらイッチーのキスを待ち受けた。

 

 すると私の頬へ右手が添えられ、腰を左腕で抱き込まれる。目を閉じていると、イッチーの吐息が近づいてきているのがだんだん解って―――ついには、私とイッチーの唇は1つに重なった。まるで時でも止まっているかのように、時間間隔が狂うような気さえするように、それほどまでに幸せ―――

 

「んむっ……!」

 

 すると、少し強引なほどに―――イッチーの舌が私の口内へ滑り込んでくる。拒むきなんてさらさらないけど、本当にいきなりで驚いてしまう。けど、もう既にそんなことをいってはいられない。イッチーの舌先は、ゆっくり味わうかのように私の歯茎を刺激していく。

 

「んっ、んぅ……!」

 

 上顎、下顎、それら全ての歯茎をなぞって、舌が矢継ぎ早に這っていく。舐められているのは口の中なのに、まるでダイレクトに脳髄を刺激さていると錯覚してしまう。だがその刺激は至上のものとはいい難く、ひどく愚鈍な―――まるで焦らしでもするかのような快楽を私へ与える。

 

 あぁ、気持ちいい……気持ちいいよ!イッチー……なんか巧い……。でも、そんな……ヤだよ……意地悪しないで。もっと、私のこと……全部ダメにしちゃうくらいのがいいの!けど、ダメ……ダメっ……!自分からはいけない……。待たないと……私じゃなくて、イッチーが私を好きにしているんだもん……。

 

 もしかして私から積極的になるのを待っているのかと思ったりしたが、イッチーの性格上そんなことを今は考えていられないはず。だから待つ―――私を蹂躙してくれるのを。今はとにかく耐えるのみ。このフラストレーションを超えてこそ、私に至上の快楽が―――

 

「くろ……のぉっ……!」

(はぁっ……!?きた……きたぁっ……!イッチーの本気キス……!)

 

 イッチーは私の舌へ思い切り自らのを絡ませ始めた。それはまさしく蹂躙の名にふさわしく、私の口内の全てを暴れまわるかのような激しいキス。激しい水音が鳴り、その音がまた私を―――いや、私たちを狂わせる。まるで互いの唾液を交換しあうかのように、ただひたすらに求め合う。

 

 もはや先ほどまでの我慢も忘れ、私はイッチーの首へ腕を回し、より密着するように態勢を変えた。イッチーも私の頬へ添えていた手を後頭部まで移動させ、逃がすものかといわんばかりに力を込めていく。それに伴い舌も深くまで絡んでゆき―――

 

(もう―――なにがなんだか解らねぇ!)

(イッチー好きってことしか考えられないよぉっ……!)

 

 幸せ過ぎて、夢のようで、本当になにがなんだか解らない。唯一あるとすれば、イッチーを愛しているという想いのみ。そうか、これがきっと本能なんだ。理屈とかそういうのではなく、ただただ愛を欲して―――愛を与えたくてキスという行為へ及ぶ。意外と私も―――愛が重いのかもしれないね。

 

「ぷはっ……!」

(んっ……)

 

 だけれど、始まりがあれば終わりはあるものだ。イッチーは私の肩に両手を添えると、少しだけ力を込めて唇を離した。私たちの舌には激しく求め合った証拠であろう銀色に輝く橋がかかった。いや、それ以前にどちらのものとも解らない唾液で口元がベタベタだ。イッチーはそれをみて、なんだか照れくさそうに笑う。

 

「は、はは……。本当はもう少し、抑えてするつもりだったんだけどな。その、ちゃんとするのは初めてだし」

「……あれがいい」

「へっ……!?そ、そうか……解った。じゃあ……次からもそうするな」

 

 イッチーはまず私の口元をハンカチでふくと、自分の方は服の袖で適当に拭いとる。そして解りやすく頬を紅くしながらやり過ぎたというが、私からすればなんとも的外れな言葉だ。優しいキスなんていらないよ……。ただ、欲望のままに私を求めてくれれば、そこに愛がなくたって私は幸せだから。

 

 それにしても、次……かぁ。そうだよね、次があるんだよね。タイミングさえあれば、これから幾度もイッチーと唇を重ねることになるだろう。それをイッチーの方から宣言してくれたのも嬉しいなぁ……。というか、やっぱ彼氏彼女の関係すっ飛ばしたのも何気に凄い事だよね。

 

 だってこれ、俗にいうとこの婚約じゃない。私はイッチーのお嫁さん……。ゆくゆくはちゃんと籍も入れて、披露宴もして―――もう、今から妄想が止まらないなぁ!これは消えてなんていられませんぜ!そうだねぇ、せめて1人目の赤ちゃんを産むまでは間違いなく―――

 

「最期の別れは済んだか?」

「なっ……誰だ!?」

(ん……?…………ふぁああああっ!?そ、そうだった……すっかり忘れてたぁ!そもそも物理的に命に係わる問題が迫ってたんだった!)

 

 明かりの少ない公園内に、姿は見えないが確かにマドカちゃんの声が。最初の方は警戒してたのにさ、なんでいつも最重要項目を頭から弾き出しちゃうのかね私は。イッチーは私を庇うように位置取るわけで、気持ちは嬉しいけどマドカちゃんの目的はキミの殺害―――あれ?この間の言動をみるに私……?

 

「私が誰か……か。フッ、随分と面白い事を聞く」

「その声は、もしかしてサイレント・ゼフィルスの!」

「あぁ……惜しいな、実に惜しい。まぁそれも正解ではあるが―――」

 

 ゆらりと、闇の中でなにかが蠢く。街頭との関係からか、まるでゆっくりと正解を告げるかのように、その姿は足の先、胴体というふうに順序良く姿を現す。だけどそちらから歩いてくるっていうことは、やっぱり殺す気まではないということなのかな……?とにかく、イッチーの精神的なフォローを頑張らないと。

 

「私はお前だよ、織斑 一夏」

「…………!?千冬……姉……?」

 

 ついにバイザーを外したマドカちゃんの素顔が白日の下にさらされた。やはり……実物を目の当たりにすると、想像以上にちー姉だという印象を受ける。正確に表現するならあどけない、私たちと同世代くらいのちー姉という感じ。だけどそれは全くの同一人物というわけじゃなく、あくまで織斑の血筋であるという印象だ。

 

「私の名はマドカ―――織斑 マドカだ。よろしくな、そして―――」

(よし、このタイミング!)

「拳銃……!?待て黒乃!」

「さよならだ」

 

 マドカちゃんはそしてと言葉を切ると、その手に握られていた拳銃をこちらへ向けた。そのタイミングで私はイッチーの前へと躍り出て立ちふさがる。大丈夫、ラウラたんがそこらへんに隠れているはずだから。弾丸もAICで防ぐこと前提での行動だよ、万が一を考えているだけさ。

 

 そして空を裂くかのような発砲音が鳴り響くと、私の頬を掠めるように弾丸が―――私の頬を?…………のわああああっ!?いや、やだこれ、なにこれ……頬熱っつぁぁぁぁ!?嘘ぉん、ラウラたんは何処!?ひぃぃぃぃ結構な量の血ぃ出てますがな!

 

「なるほどな、私が初めから当てる気がないと解っていたか」

(違います!そもそも第三者が守ってくれると思っていたからです!)

 

 そんな感心したようにいわれても困ります。心の中で元気よく手を挙げてそう主張しているのだが、いろいろとパニックを起こして頭は考えが纏まらない。何故ラウラたんがいないのかもだけど、最初から当てる気がなかったって?だとすると、原作のワンシーンでも同じくなのかな……。

 

「お前……!いったいなんのつもりだ!」

「……お前らは楽には死なせん」

「なに……!?」

「特に貴様だ、藤堂 黒乃……!貴様が自ら私へ殺してほしいとせがむまで徹底的に!貴様の全てを踏みにじり、叩き潰し、圧し折り、ズタズタに引き裂いてから地獄へ堕としてやる!」

 

 ついさっきまでは愉快だとでもいいたそうな表情だったのに、マドカちゃんは憎悪に支配されたかのように私へそう告げる。マドカちゃんがいくら亡国の所属とはいえ、ここまで駆り立てるって……私は彼女にいったいなにをしたのだろう?だいたい想像がつかなくもないけど、そう決めつけるにはピースが足りない―――

 

「……その痛みを忘れるな。それが貴様の辿る終焉への第一歩だ」

「待て、どうして黒乃をそこまで……おい、待てったら!」

 

 痛み……?つまり私がマドカちゃんへ痛みを与えた?復讐っていうのは対象に向けて同等、あるいはそれ以上の厄を注ぐ場合が多い。つまり、本当にかなりの恨みを私に抱いているってわけね……。そう私が考察している間に、イッチーは声を荒げてマドカちゃんを追おうとして……止めた。きっと無駄な努力だと解っているのだろう。

 

「黒乃、無事か!?くそ、あいつよりによって顔を……!」

(う~ん、これは確かに一生残る傷かもねぇ)

 

 本当にスレスレを通過していったわけで、摩擦やらなんやらで少し深めだ。いい加減にしないと血が首筋の方まで伝ってしまいそうだよ。だからってこれを布で拭き取るとそいつはおじゃんになるだろうし……。さて、困ったものだ。最悪、公園の水とかで洗い流さんとダメかもな。

 

「……なんで俺より前に出た?」

(え、いや、だって……。守りたかった……から)

「……解ってるよ、黒乃がそういう奴だって。俺はそういうところに惹かれたのも間違いなくあるんだ。……けど、それとこれとは話が別。もうこれからは許さないからな」

(ご、ごめんなさい……。けど!私は、自分の命なんかよりもずっとイッチーが大切で―――)

「とりあえず、聞き分けがないだろうからお仕置きしないとな」

 

 イッチーの咎めるような言葉に気を落としていると、予想外の出来事が起きた。なんとイッチーは私の頬へ流れる血を舐め取り始めたじゃないか。うひゃあ!?イッチーの舌が私を舐めてる……!嫌とかそんなんじゃなくて、ゾクゾクするぅ……。で、でも待って!ダメだよ、汚いってば……。

 

「なんで逃げるんだよ、前に黒乃も同じことしてたんだぞ?」

(……あ、学園祭の時の……。でも、そんな仕返しみたいなことしなくたって―――)

「まぁどのみち関係ないけど。いったろ、お仕置きだからな。黒乃がどう思おうと関係ねぇから」

(ちょっ、まっ、ひ、卑怯だぞ!そんなこといわれたら抵抗できな―――っていうかもう、あぁ……スイッチ入っちゃってもう……もう……!)

 

 血なんて舐めるもんじゃないと抵抗していたが、イッチーが悪戯っぽい顔でそう語る。はて、なんのことだかと思い起こしてみると、確かに学園祭のときと立場が逆転している事に気が付く。いや、ホント真逆。あのときイッチーは汚いから止めとけとかいってたっけ。

 

 でもほら、お仕置きなんていわれたらマゾヒストの私的にクリティカルヒットなんですよね。それが普段Sっ気のない恋人からいわれたらどうよ。ギャップとの相乗効果でわたくし、大変に興奮しております。その後の私はまぁされるがままで、イッチーの方も血を舐め取るんじゃなくて私の頬を舐めるのが目的にすり替わっていた感が否めない。

 

 しばらくの間どころか、長時間イッチー曰くなお仕置きは続いた。終いには我に返ったようなイッチーが約束破ったら次からはもっと酷いんだからなー……なんて恥ずかしそうにいう様が可愛かったです、はい。まぁいろいろありましたが、わたくし―――今宵イッチーの婚約者になりました。

 

 

 




黒乃→弾丸が頬を掠めた!?ラウラたんはいずこへ……。
マドカ→流石に当てる気がないのはお見通しか……。

ラウラが不在なのは一夏が告白すると察したからとでも思ってください。
濃っゆいキスまでさせといてラウラ出すのもなんだかなぁという感じだったので。
個人的に防いでもらっては困る理由もありましたしね……。

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