八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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今話は性的な描写?といいますか性に関する話題が主です。
私なりに配慮して、R18まで踏み込んではいないと思われますが……。
なによりそういった話題が苦手な方はご注意ください。


第90話 キミを求めて(表)

「織斑は残るように、以上」

 

 明日の予定をテキパキと告げていき、最後に思い出したように千冬姉は呟いた。事務的な台詞とはいえ俺たちを姉弟というフィルターを通してみる者もいるのだが、なんだか今日のはそんなフィルターも機能不全を起こすなにかが感じ取れる。

 

 死刑宣告をされた容疑者というのはこんな感覚なのかもしれない。思わず恐々と号令をかければ周囲はそれに従うが、解散が始まると同時に俺のことなんていないかのように振る舞うではないか。……そうだよな、千冬姉怖いよな。黒乃もいないが、これは俺と姉を邪魔しないようにという良妻っぷりが発揮されているからであって―――

 

「おい、なにを呆けている」

「あ、いや、すみません」

 

 おっと、いかんいかん。そりゃ呼んどいてボーっとされたら機嫌も悪くなるよな。ただ、いかに黒乃と他の女子たちが違うかを脳内で熱弁していましたとはいえず。別に悪いことをしたわけでもないが、謎の謝罪を繰り出してしまった。けれど効果は抜群だったようで、まぁいいとお流れに。

 

「いろいろと聞いておかなければならんことを思い出してな」

「はぁ……?」

「黒乃とはどこまで進んだ」

「はぁ!?」

 

 いきなりご挨拶だなこの姉上は。なにをいい出すかと思えば、なんとも拍子抜けというかしょーもないというか。あれか、からかわれているパターンのやつか。黒乃と名指したからには姉として対応しているのだろうけど、少しそのあたりの質問には遠慮をもってほしいものだ。

 

「別に私はふざけているつもりはないぞ、むしろ大真面目だ。いいからさっさと答えろ」

「……まだキスまでだけど」

「そうか、ならいい。手遅れではなかっただけで安心したぞ」

 

 ふざけてはいないと千冬姉はいう。……確かにからかっている様子もなければ、ましてや興味本位で聞いている様子もない。だとすればいったいなんの意味でそんな質問を?などと考えていると、千冬姉は予想外の一手へ打って出る。教室内の教員用簡易ロッカーを漁ると、俺にとんでもないものを渡した。

 

「そら、有り難く受け取れよ愚弟」

「……千冬姉、やっぱりからかってないか」

「あのな、私とてお前たちの性生活に関して好きで首を突っ込んでいるわけじゃないんだよ。というか、むしろ触れたくもないわ」

 

 薬局かなにかのビニール袋を渡され中を覗いてみると、スキン……もとい避妊具である。これは絶対からかっているだろうと声のトーンを落として尋ねてみるが、我が姉は真面目だという姿勢を崩さない。だが後に続いた言葉を聞いて納得したぞ。俺も千冬姉のそんなところ聞きたくないし知りたくない。

 

「蓋を開ければ案の定……。この場合は動いておいて大正解なわけだ、悲しいな」

「な、なんだよ……」

「一夏、お前は自身が女と性行為に及ぶ特異さを自覚しろ」

 

 悲しいなって……なんでそんなに責められているんだ。千冬姉が頭の痛そうな視線を送ってくるせいか、意味をよく理解していない俺からすればムスッとするしかできない。すると千冬姉は、変わらぬ真剣な声色でそう告げた。瞬間、自分でもさきほどまでの苛立ちに似たなにかが消え失せるのが解る。

 

「世界で唯一ISを動かせる男だから?」

「そうだ。お前の精液一滴にどれだけの価値があるか解ったものではないぞ」

 

 特異性といわれれば、導き出せる答えはそれ1つ。俺は自然とISを動かせることが世界中に広まった直後のことを思い出した。モルモットやらなにやらの提案をされたし、中には精子提供の話もあった気がする。俺の遺伝子を国を挙げて取得しようとしていた証拠だろう。

 

「お前と黒乃が男女の関係にあるという時点でギャーギャーいい出す馬鹿も現れるだろう。別にバレても構わんが、今のうちに覚悟しておけよ」

「そこは黒乃が代表候補生だから……か」

 

 恋人同士ということは、自然と性行為に及ぶのは節理といってもいいだろう。思春期というのも相まってか、俺自身お盛んだしな……。となれば、貴重な遺伝子の独占だー!……なんて話になってくるのかぁ?うへぇ、それは先がおもいやられる。

 

 とりわけ、黒乃が代表候補生であることが関係してるのだろう。あ、俺が千冬姉の弟でもあるからか。ぶっちゃけ、俺と黒乃に子作りなんてされたくないんだろうなぁ……。黒乃と織斑の血筋―――限りなく最強に近い遺伝子の配合だ。なんだこれは、〇牙シリーズの話がリアルに迫ってきてるぞ。

 

「あぁ……だからといって自重はせんでもいいぞ。幸い、お前たちは妙な関係だと周囲は認識しているようだ」

「え、ソースは?」

「〇ィキペディアだが」

「はぁ!?嘘だろ!」

 

 わざわざ恋人っぽいことを自重してまで隠さなくていいというが、そういい切る理由がみえなかった。すぐさま聞き返すと、答えはまさかの電脳百科事典である。驚きと共に人生初のエゴサーチを携帯でかけてみると、確かに織斑 一夏って項目が。関連項目に黒乃の名前まである。

 

 えっと、両者の関係について……。両者は生後からの付き合いらしく、互いに抱く感情については謎に包まれている……。あ~……なるほど、周りからすれば決定打がないわけか。それなら外でキスとか目撃されなければ後は別に―――ってうぉい!なんだこれ、プライバシーもなにもあったもんじゃねぇ!

 

「このご時世、名が飛び交うとはそういうことだ。残念なことに、お前たちには周囲の目が一生付き纏うだろう」

「……ホントだな、俺の周りの奴らの項目もちゃんとあるな」

「だからこそのソレだ。いいか、私はするなといっているわけじゃない。今どきの子だ、必要以上の情報が入って興味も湧くだろう。だが避妊はちゃんとしろ、このいいつけだけは確実に守れ」

 

 ……確かに考えばかりが先行してしまっていたかも知れない。黒乃に手を出す気なんか満々だし、そのうちなんて思っていた。けど、避妊具の用意なんか頭から抜けていた俺がいる。多分だけど黒乃はそんなものなくていいというだろうが、それは―――

 

「黒乃がお前の子が欲しいとかいい出しても流されるなよ。学園を卒業して、お前が金を稼いで、しっかり算段がついてからだ」

「ああ、黒乃のIS操縦者としての道は断ちたくないからな」

「……解っているのならそれでいい」

 

 学生のうちに妊娠すること自体が世間的にはよろしくないのに、それが前述した通りに俺と黒乃なら世界を股にかける一大スキャンダルとなるだろう。そうなれば黒乃はより周囲から厳しい批判にさらされるだろうし、それに伴って代表候補生の座からも降ろされてしまうはず。

 

 そうなってしまえば、千冬姉の威光だのでは黒乃を守り切れなくなる。……とてもじゃないが幸せな未来とはいえない。俺もどうせ産むなら周囲に祝福されて産んでほしいし、そうなれば千冬姉のいう通りに避妊は必須か。これ、守らなかったら殺されるやつだな。

 

「それと学園内は勘弁してくれ、見つかれば私の立つ瀬もなくなる。後は外だろうと好きにヤればいい。ただし、その場合の責任は自分でとれよ」

「アンタは自分の弟をなんだと思ってんだ!」

「愚弟」

「悲しくなるから即答しないでくれ!」

 

 学園内以外では避妊さえすれば勝手にしろみたいなことをいわれるが、そんなゲーム内でのようなシチュエーションでする気はない。思わず声を荒げて問いただすが、悲しいかな我が姉は容赦なんてなかった。バッサリ愚弟と斬られた俺は、再度声を大にした後項垂れるしかできず終いだ。

 

「後はそうだな……。気恥ずかしいようなら私にいえ、代わりに補充してやる。通販でも買えるとアドバイスしておこう」

「お、おう……。なるべく自分でなんとかするよ、ありがとな」

「有り難く思えとはいったが実際に述べるな。私とてかなり複雑なんだ……」

 

 複雑か、まぁそうだろうな……本当にごめん千冬姉。去っていくその背中をみていると、なんだか謝らずにはいられない。そうだよな、もう少し性的な話にも配慮しておくべきだった。本番になっていざないとなれば、そのまましてしまっていた可能性が高い……。

 

 ……考えただけでゾッとするな。想定しうる最悪のパターンまでいってしまっていたかも。本当に有難く受け取らせてもらうことにしよう。そして俺は2ダースがまとめられた2箱を懐に隠しながら自室を目指した。それこそ千冬姉の名誉のためにも、これもなかなか人にみられるわけにもいかないだろう。

 

「ただいま……」

 

 ゆっくりと自室のドアを開けてみると、出かけているらしく黒乃は見当たらない。……よかったんだか悪かったんだか。いや、この場合いてくれた方が気まずくなくて済んだろう。黒乃に説明しておくべきか否かを悩みつつ、溜息を吐きながらベッドへ腰かける。

 

 う~ん……例えば隠してみつかったとしよう。そのパターンだと黒乃はみてみぬふりをしてはくれるだろうが、その間俺がいつ踏み込んでくるか気が気でなくなってしまうかも。変な気苦労を黒乃にかけるのもなぁ……。こういうのは女の子にとってはデリケートな話題なんだろうし。

 

 かといって素直に話すのもそれはそれで。でもそれって、次ゆっくりできるときがあれば襲いますって宣言してるようなもんか。……どのみち同じことじゃん。それなら、なんとか隠し通す道を選んでみるのも手?だけど、それも黒乃に隠しごとしてるみたいで嫌だな。

 

(……とりあえずは黙っておこう。家に帰って真剣に話せば黒乃も解ってくれるだろ)

「…………ただい―――」

「のわああああっ!?お、おかえり……黒乃!」

 

 適当に自分の荷物へ紛れ込ませておこうと思ったら、神がかったタイミングで黒乃が帰室した。慌てた俺は絶叫とともに避妊具の箱を枕の下へと突っ込む。そして手を引き抜いた勢いそのままに、黒乃に向かって手を挙げて出迎えた。な、なにやってんだ俺ぇぇぇぇ……!こんなのすぐにみつかるに決まってんだろ……。

 

「…………?」

「え、あ、いや、俺は……今はいい……。あ、ありがとな」

「…………」

(よ、よし―――落ち着け、今がチャンスだ)

 

 黒乃は帰ってくると真っ直ぐに台所へと向かった。コーヒーカップを俺にみせたということは、俺の分も必要かどうかの確認だろう。動揺が収まらない中それを丁重に断ると、黒乃はコーヒーを淹れるために背を向ける。このしばらくがチャンスだと機を伺っていると―――

 

ピリリリリ……

「なっ、携帯!?くっそ、こんなときに……。……あっと、黒乃。少し用事が出来たから生徒会室にいってくるな」

「手伝う」

「いや、大丈夫!なんでもすぐ終わる話らしいからさ、本当、ゆっくりしててくれ!」

 

 神とはなんて無慈悲なのだろう。これまた狙ったかのようなタイミングで携帯がメールの着信を知らせる。内容をみてみると差出人は楯無さんらしく、少し頼みを聞いて欲しいとのこと。いつものように書類を任されるようではないのなら、こっちも顔を出すのが吉だ。

 

 ここで今忙しいと返信しようものならば、あの人は自ら俺たちの愛の巣へ乗り込んで来るだろう。そんな最中に避妊具なんてみつかったら終わる、あの人相手だと絶対にいろいろと終わってしまう。そのため多少のリスクは冒しても、ここは相談に乗るのが得策!

 

 俺はなるべく早くここへと帰ってくる必要がある。ついでに黒乃へゆっくり落ち着いてコーヒーでも飲んでいるようにと言伝ると、脱兎が如く1025室を飛び出た。これでしょうもない相談だったら絶対に恨むぞ楯無さん。日頃から適当な人物への不安感を抱きつつ、俺はひたすら生徒会室を目指す。

 

 

 

 

 

 

(くっそ~……焦ってるからって安請け合いだったか?)

 

 楯無さんの頼みごとやらを聞いて帰る最中、そんなモヤモヤが頭の中で渦巻く。確かに俺には解る話ではあるし、本当に困っているなら助けになりたいとも思うさ。だけれど他人が首を突っ込むのがそもそもおこがましいというか、なるべくなら自力で解決してほしい事案ではある。

 

 それを理由に渋った反応をみせると、偽りのない顔で残念そうにするものだから断れなかった。それに会話を手早く切り上げたかったというのも大きい。以上の理由から、困っている人の相談を適当に請け負ってしまった気がするからモヤモヤしてしまうのだろう。

 

 済んでしまったことは仕方がないか……。後悔する暇があるのなら急いだほうがいいに決まっている。俺は比較的に教師陣との遭遇率が低い学生寮の廊下をひた走った。やがてみえてきたのは先ほど飛び出た自室の扉。黒乃を驚かせてしまうかもという配慮すら忘れ、勢いよく自室へ突入すると―――

 

「ただいま!」

「…………」

「あ…………」

 

 恋人がバスタオル1枚かつ咥えゴムの状態で待ち構えていたでござるの巻き。ばれているとかそういう問題ですらなかった。っていうかなんだ黒乃、なんで四つん這いなんだ。俺を誘う練習でもしてたのか?ありがとうございます心から。

 

 なんかいろいろと脳の回路がパンクしているものでここから先どうしてよいのやら。普段そんなの絶対やらないなんて固定概念があるせいで既にお腹いっぱいなんだが。というかマズい、マズいんだ。これでは黒乃と育んだ諸々が簡単に崩壊してしまう。いいか、俺と黒乃の関係はそんな単純じゃないんだよ。

 

「す、す、す、す……済まん黒乃ーっ!とりあえず説明させてくれーっ!」

「…………」

 

 俺が思いついたのは、とにかく叫んで思考を散らすことだった。とりあえずそんなブツを隠蔽していた部分を謝罪し、ついさっき行われた千冬姉とのやりとりを頭から語ることに。話しててこっちも恥ずかしいのだが、何故か黒乃が服を着る素振りをみせないのも毒だ。

 

 なんで服を着ないんだと指摘する暇もないほどに俺は追い詰められているわけで、とにかく早口でなんでそんなものが自室内にあるかをいい終えた。よし、非常によろしい。おかげで俺の思考回路もかなり回復し、行為まで及ぶことはなさそうだ……と思った矢先のことだった。

 

「…………」

「なっ……。ま、待てって、話聞いてたか?タブーは破る気ないというか、守らないと……だな」

「…………」

「ぬふぅぅぅぅ……!?」

 

 なんなんだ今日の黒乃は、酒にでも酔っているかどこかで強く頭でも打ったのだろうか。俺が説明をし終えたうえで、避妊具の封を1つ破り捨てるではないか。つまりはそんなの知らないからしようといっているも同然となる。黒乃が―――あの黒乃がだぞ?絶滅危惧種に指定されるであろう母性マシマシ超純情系乙女の黒乃がだ。

 

(完全に俺の理性を殺しにかかってやがる……!)

 

 俺が止めようとした後の行動だってそうだ。黒乃はそっと俺の耳へ口元を寄せると、ゆっくり静かに熱い吐息をかけてくる。おかげで男が出すべきではないような声も出たし、なんともいえない心地よいゾクゾク感が背筋へと走った。これには呻き声を出しながら必死に歯を食いしばるしかない。

 

「はむっ……」

「うっ!?ぐっ……!」

 

 黒乃は俺の事情なんてお構いなしに畳みかけてくる。今度は耳を甘噛みし始めるではないか。潤いに満ち満ちたその豊かな唇で、耳介を優しく包むようにして挟み込む。ほんのりと温かいそれは、これまた耐えがたいほどに心地がいい。この際だからずっとそうしていてほしいほどに……。

 

 しかし、いつまでもこのままというわけにはいかない。姉の面子を守るだとかいう理由で耐えているわけではないんだ。ただ、崩壊した理性のまま黒乃に喰らいつくのは絶対に避けたい。そうでないと―――いや、今は黒乃を止めることに専念しなければ。俺は名残惜しいながら黒乃をやんわりと引きはがした。

 

「待て、待ってくれ黒乃……全然なにがしたいのか解んねぇよ。悪戯とかのつもりなら今すぐ―――」

「…………」

「ん、なんかいいたそうだな。どうした、いえそうか?」

「しないの?」

「っ……!?」

 

 まともに黒乃の顔も直視できない心境だったが、なんだか射抜くような視線を隣から感じた。もちろん黒乃が視線を向けているのだが、そういうことなら目線を合わせないわけにもいかないよな……。意を決して目を向けると、相も変わらず黒真珠のように綺麗な瞳が俺をみつめている。

 

 その目がなにかを訴えかけてきているのは明白で、黒乃の場合は口に出せるかどうかは賭けみたいなものだ。ダメそうならどうしようかとまた思考を切り替えようとしたところ、俺は耳を疑うような発言を聞いた。しないのというたった4文字に、意識の全てをもっていかれそうな気さえする。

 

「……だ、だから……学園ではしない……ぞ」

「しないの?」

 

 なんとか保てている理性で学園ではしないという旨を伝えると、黒乃はズイッと顔を接近させて同じ問いかけを投げかけてきた。何故、どうして逆に問いかけてくる?それはまるで、それが俺の本心かと―――いいや違う、実際に黒乃はそう聞いてきているのだろう。

 

 したいのなら正直にいって、私はキミとならどこだろうと関係ないよ―――ってか?ハッ、ハハハ……なんだそれ、解っているが解っちゃいない。そんなもの……そんなもん!俺がどれだけ、お前のことを欲求のはけ口にしたか解らないからいえるんだ。

 

 あぁ……クソッ!ダメだ考えるな、考えるな、考えるな!こうなることがみえていたから考えないようにしていたのに、いったいどうしてくれようか。妄想で抑えていた行為を既に実行できる仲となったうえに、相手側からお墨付きときた。ずるいよなぁ……しないのかって一言が理性崩壊の窓口だなんて。

 

 黒乃の肌―――まるで白磁のように滑らかで艶がある。それらに舌を這わせれば、触りはいかがなものだろう。黒乃の髪―――漆黒の絹といい現わせそうなほど美しい。それに顔を埋めて息を吸えば、どれほど狂おしい香りが鼻腔を通り抜けていくのだろう。

 

 他にも、唇、胸、腰、四肢―――黒乃を構成する総てを味わいつくしたいという欲求が湧いて出てくる。壊してしまいたいくらいに強く、黒乃の総てを欲している。あぁ……まるで酷く渇いてしまったかのようだ。もはや妄想の域で留めるのは不可能に近い。何故かって、俺の脳内で確かに―――理性のはち切れる音が聞こえたから。

 

「黒乃っ!」

「っ…………!」

 

 気づけば俺は、黒乃へ覆い被さるようにしてその身を押さえつけていた。更には当然の権利と主張するかのように、強引に唇を重ね舌で黒乃の口内をまさぐる。我ながら随分と―――独りよがりなキスだった。けど黒乃には悪いが、ずっと望んでいたというのはある。

 

 愛はあれども欲望のままに、ただひたすら本能だけで黒乃を支配するかのような、そんなキスをずっとずっと望んでいたのだ。多分だが、俺の根底にある嫉妬心の裏返しだろう。黒乃はさまざまな形の優しさや愛情を振りまく、これまでそれが多くの男を虜にしてきた。

 

 しかし、誰しもが味わったことがない、あるはずがない。黒乃の口内の舌触り、温度、分泌された唾液。これを知っているのは俺だけで、これを知れるのは黒乃が俺だけのものだから。そう―――俺だけの。俺の黒乃。俺だけの黒乃。俺のためだけの黒乃―――

 

 あぁ……もっと、もっとだ。こんなものでは収まらない。この程度では黒乃の総てを知ったことになっていいはずがない。欲しい―――黒乃が欲しい。黒乃の総てを知るために、黒乃の総てを奪い去ってしまいたい。強引に、無茶苦茶に、悶える程に、壊してしまいそうなくらいに―――

 

 ……いや、壊そう。俺がこの手で壊してしまおう。それすなわち、黒乃に自身が俺のモノである証を刻むことだろうから。ハハ……そうか、そうなのか、たった今解った。俺はどうしようもないくらいに黒乃を滅茶苦茶にしたいらしい。さっきから、俺が黒乃を支配しているこの現状が―――愉しくて仕方がない。

 

「黒乃」

「…………?」

「愛してる。愛してるから―――お前が欲しい」

「う……ん……」

 

 愛してるなんて本当は建前なのかも知れない。俺の中にあるのはひたすら黒乃を犯したいという願望だけなのかも。多分だけどそれを認めたくなかったんだと思う。けどもう無理だ、無駄だ。そんな理智的な考えは捨ててしまえ。ああ、犯したいさ。俺以外の男なんて心からどうでもよくなるくらい徹底的に。

 

 うん、そうだ、それがいい、そうしよう。黒乃を穢して汚して犯しつくすんだ。なんて背徳的な響きだろう。男から雄へ成り下がる感覚もまた堪らない。黒乃を雌にしてしまおうなんて考えてしまうのだから本当にどうしようもない。ああ、本当にどうしようもない……。もう、どうだっていい。俺は今から黒乃を犯す―――ただそれだけのことだ。

 

 俺とのキスの余韻でも残っているのか、黒乃はなんだか呆けた様子だった。だが俺は、その名を呼んで意識をこちらへ向ける。そして思いの丈を述べると、愛しい人はすかさず寝転んだまま両腕を広げた。拒む気など持ち合わせていないようなその姿に俺は―――今度は自らの欲望と共に飛びこみ―――

 

 

 




これでも戦々恐々としながら更新しています。
結局はそれぞれのボーダーラインに委ねられますからね……。
なにか問題があるようならご指摘お願いします。

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