どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第四十一話

 クアルソとユーハバッハの戦い。先に動いたのはクアルソだった。両者の間にあった10mの距離を瞬きよりも早い速度で詰め寄り、そしてユーハバッハの鳩尾に向けて拳を振るう。

 床を踏みしめて力を連動し、それでいながら接近する速度を落とさず速度を威力に変えて拳に乗せ、全てを撃ち砕かんばかりの拳を撃ち放ったのだ。

 

 そんな一撃を、ユーハバッハは“眼”を開いたままに見切り、避けた。星十字騎士団(シュテルンリッター)の誰であろうと避ける事が出来なかっただろう神速にして強大な一撃を、いとも容易く避けたのだ。

 そして、避け様にクアルソに向けてその剣を振るう。膨大な霊圧が籠められたその剣撃は、クアルソの霊圧も鋼皮(イエロ)も斬り裂くだろう。

 当然そんな一撃をまともに受けるクアルソではない。自身の肩から袈裟切りに振り下ろされる一撃を半身を逸らす事でギリギリで回避する。そうする事でユーハバッハの攻撃の隙を突き、反撃に転じようとしたのだ。

 だが、クアルソは反撃する事なくその場を離れた。間違いなく反撃の機会だった筈だ。クアルソならば確実にダメージを与える事が出来ていただろう機会だった筈だ。だが、それでもなおクアルソはユーハバッハの傍から離れた。

 そしてクアルソのその反応を見て、ユーハバッハは感心したように声をあげる。

 

「ほう。今のを見切るか。大した洞察力だ。それとも……()()でも見えているのか?」

 

 ユーハバッハが感心した理由。それは、クアルソがユーハバッハの行動を先読みし、攻撃を回避した事にあった。

 そう、先程のクアルソの好機は好機にあらず。むしろユーハバッハの好機であったのだ。ユーハバッハはクアルソの動きを読んでいた。クアルソの攻撃タイミングを見切り回避し、クアルソが攻撃を避けるタイミングや手段を先読みし、自身の攻撃が回避された後のクアルソの反撃を狙い撃ちにする用意をしていたのだ。

 その反撃を読んだからこそ、クアルソはあの好機に見えた罠を見抜いてユーハバッハから距離を取ったのだ。

 

「未来予知なんか出来るわけないだろ。未来予測が精々だよ」

「予測か……人が誰しも持つ能力だな。だが、お前のそれは他の者よりも遥かに高い精度を誇っているようだな」

 

 そう、予測する力は人ならば誰であれ備えている能力だ。誰しもこうなるなと予想した事がその通りになった経験はあるだろう。それは多くの経験を重ねた事により、未来の出来事を予想出来るようになったのだ。

 これは経験を積めば積むほどに予想が的中する確率が上がって行く。確実な的中は有り得ないだろうが、慣れた物事の予想ならば高確率で当てる事が出来る者はいるだろう。

 クアルソの先読みもこれと同じだ。相手の筋肉の動き、呼吸、霊圧の動き、闘志や意思など、様々な要素から相手の動きを予想しているのだ。その桁違いの経験から来る先読みの精度は文字通り桁違いである。クアルソの強さを支える最強の武器と言えるだろう。

 

「だが、予測は予測。私の予知には敵わぬ」

 

 予測と予知。そこには大きな違いがある。予測はあくまで予測。未来の物事を現在の情報から想像するのだが、その精度は絶対ではない。

 だが、予知は違う。未来の出来事を予め知る事が出来るのだ。予知能力者によって精度は変わるかもしれないが、ユーハバッハの予知は絶対だ。そこに誤りはない。

 

「……予知か。それが、お前の力か?」

 

 今もなおクアルソの霊力は減少し続けている。何らかの力の影響を受け、それを無効化している証だ。だが、ユーハバッハも己の能力を無効化されているのは理解している筈だ。

 それでもなお能力を発動し続けている理由、それは、能力が無効化されようとも意味があるものか、それとも常時発動型の能力であるかのどちらかだ。

 そして今回の場合は前者だった。ユーハバッハの未来視、“全知全能(ジ・オールマイティ)”は常時発動型の能力ではない。そして、クアルソが何らかの手段で無効化している事もユーハバッハは理解している。

 それでもユーハバッハは未来視を発動させてクアルソの未来を見ていた。その未来視には相変わらずクアルソの肉体は映っていない。だが、その衣服だけは映っている。そう、衣服は映っているのだ。

 衣服を着ている以上、衣服を見ればその動きは当然想像出来る。ユーハバッハは未来視に映るクアルソの死覇装を見て、クアルソの動きを予想し行動を先読みしたのだ。敵の動きを先んじて知る事が出来る。それは戦闘において非常に大きな有利となるだろう。

 

「その通りだ。私は未来を見て未来を知る事が出来る」

 

 ユーハバッハの頭部にあった無数の眼と同じ眼が、ユーハバッハの全身に広がった。未来を知り、知った力を己の物とする恐るべき眼だ。そして、更なる力も隠されている。そんな恐るべき能力を、余す事なく使ってユーハバッハはクアルソと対峙する。

 それ程までに、ユーハバッハはクアルソを警戒していた。クアルソを倒す為に様々な策を練り、霊王の力を、死神の力を、部下の力までをも吸収したのだから。

 

「動きを読んだのではなく、未来を見たのか……」

 

 未来視の力、それは恐ろしい力だろう。凄まじい力だろう。普通(・・)なら抗う事も難しい力だろう。

 ボス属性が発動しているのは未来視の力を無効化しているからだとクアルソは納得する。霊力の消費が激しいのも、未来視という恐るべき力を防ぎ続けているからだろう。

 自分の姿は映っていない筈だが、それでもユーハバッハが自分の動きを見切る事が出来たのは衣服の動きから自分の動きを見切ったのだろうと納得する。

 だが、クアルソはユーハバッハの言葉を聞いて落胆していた。たかが未来を見た程度で勝ち誇るなどと、落胆したのだ。

 

「つまらないな、ユーハバッハ!」

「なに!?」

 

 そう叫んで、クアルソはユーハバッハに再び接近する。クアルソの叫びを怪訝に思いつつも、ユーハバッハは全身に纏った闇を変幻自在に動かして、クアルソを攻撃した。

 クアルソは自身に迫る闇の塊を回避しながらユーハバッハに近付いていく。だが、その動きはユーハバッハの未来視において見抜かれていた。クアルソが回避してユーハバッハに近付いているのではない。ユーハバッハがクアルソがそう動くように攻撃し誘導しているのだ。

 そして、上下左右から迫る闇で逃げ場を無くした状態にクアルソを追い込み、そこにユーハバッハが霊力で作り出した剣で斬り掛かる。

 

「死ね!」

「断る!」

 

 ユーハバッハが振り下ろした一撃をクアルソはまたもギリギリで回避する。そしてユーハバッハに向けて渾身の拳を放つ。

 だがそれも当然ユーハバッハの未来視で見切られていた動きだった。ユーハバッハは自身の攻撃が回避された後、クアルソが拳を振るって来る事を未来視で見ていた。故に半歩だけ後ろに下がり、拳が届かぬ範囲から再び剣を振ろうとして――

 

虚閃(セロ)!」

「なっ!?」

 

 クアルソが放った虚閃(セロ)によって剣すら届かぬ後方へと吹き飛ばされた。

 

「これは……!?」

 

 未来視で見た結果と現在の結果が違った。確かに拳を振り切る動きをしていた筈だ。クアルソの拳や腕は見えないが、衣服の動きからそうとしか思えない動きだった。

 そもそも虚閃(セロ)を放っていれば自身が吹き飛ばされる姿が見えたはず。それがないという事は、未来と現在の結果が異なるという事になる。

 もっとも、それ自体は今までにも経験した事がある。だが、それはユーハバッハが未来を変えるように事前に行動した結果だ。今回のそれとは大きく意味が異なるだろう。

 いや、そうではなかった。今回の未来変換と今までの未来変換も、その根幹はユーハバッハの行動による結果である事に変わりはなかった。それをすぐにユーハバッハは知る事になる。

 

「はあっ!」

 

 虚閃(セロ)によってクアルソとの距離が開いたユーハバッハは、再びその身に纏った闇をクアルソへと放つ。

 クアルソに向かって縦横無尽に迫る無数の闇。それをクアルソは無音で放った虚閃(セロ)によって相殺する。その結果を未来視で見ていたユーハバッハは、闇と虚閃(セロ)の光がぶつかり合い相殺した瞬間、霊圧同士の衝突を突き抜けてクアルソに向かって斬り掛かった。

 相殺されるという結果を予め見ていたからこその判断だ。未来視で得たアドバンテージを最大限に使い、ユーハバッハはクアルソを追い込もうとする。

 

 クアルソは振り下ろされる剣の腹に腕を回転させる事で受け流し、そしてユーハバッハに肘を穿つべく、流れるように一歩踏み込もうとする。

 だが、それすらユーハバッハは未来視で見たクアルソの衣服の動きから読み取っていた。懐に踏み込んで来るならば好都合というものだ。既に自身とクアルソの間にある床にはある罠を仕掛けている。クアルソがその床を踏んだ瞬間、罠は発動し床から霊圧の刃が生まれ、クアルソの足を貫くだろう。

 いつユーハバッハが床に罠を仕込んだのか。それはユーハバッハの全知全能(ジ・オールマイティ)に残されたもう一つの能力によるものだ。その能力を用い、ユーハバッハは床に罠を仕掛けたのだ。

 そして、クアルソが床を踏みしめた瞬間に罠は発動――したが、クアルソは足を貫かれる前に足の裏で霊力を操作し、それによって流れるような動きで床を滑り、ユーハバッハの左側に瞬時に回り込んだ。恐るべき反射神経と霊圧操作速度と言えよう。

 そして回り込む勢いを利用してユーハバッハの顔面に向けて手刀を振るう。研ぎ澄まされた霊圧が籠められた手刀は、全てを斬り裂かんとばかりにユーハバッハに迫っていく。

 

「っ!?」

 

 クアルソが放った手刀をユーハバッハはギリギリで回避する。虚を突かれた攻撃に反応出来たのは、ユーハバッハが能力頼りの強者ではない証だろう。だが、完全に避けきれていなかったのか、その頬からは一筋の血が流れていた。

 ユーハバッハは頬を流れる血を手で拭い、手に付いた血を見ながら慄く。攻撃を受けた事は別にいい。だが、未来視で見た結果と違う結果であった事に、ユーハバッハは慄いたのだ。

 確かに途中までは同じだった。クアルソの動きはユーハバッハの予想通りに動いていた。だが結果は違っていた。未来で見た通りならば、クアルソはユーハバッハに向けて一歩踏み込んだ後、肘打ちを放っていた筈だったのだ。

 それを見越して罠を仕掛けたというのに、クアルソが動きを変えた為に罠は発動すれど避けられ、逆に反撃の一撃を受ける事となった。

 

「馬鹿な……いや、そうか、そういう事か……!」

「気付いたか」

 

 何故未来視で見た未来と結果が変わったのか。その原因にユーハバッハは気付いた。未来視で見た未来はユーハバッハが未来を変えるように動かない限り、必ずその通りになる。それは絶対の法則だ。ならば未来が変わった原因は一つしかないだろう。

 そう、ユーハバッハが見た未来と実際の結果が違った理由は、全てユーハバッハにあった。未来視で見た未来から、自身が有利になるようにユーハバッハは動いた。だが、ユーハバッハが動いた結果によって未来が変わるなら、その動き方によってクアルソの動きが変わるのは当然の事だろう。

 クアルソは機械やプログラムではないのだ。決められた通りにしか動けない等、そんな事がある訳がない。確かに未来視で見た衣服の動きからクアルソの行動は読めるが、その行動はあくまでユーハバッハが何もしなかった場合の結果だ。ユーハバッハがクアルソの行動に対して先手を打てば、それを見たクアルソがその状況に合わせた最適の一手を放つのは必然だった。

 今までユーハバッハが戦った敵だと何の問題もなかったのだろう。未来視とはそれ程に戦場において有利に働く能力であり、そしてそれを十全に使いこなす圧倒的な力をユーハバッハは有していた。

 だが、クアルソ・ソーンブラは百戦錬磨という言葉ですら足りない程に戦い続けてきた存在だ。圧倒的な力と技術と経験を持つクアルソは、未来視で最適な動きを取るユーハバッハを上回る反応速度と先読みで動いたのだ。

 

「未来が見えようと、お前の動き一つでオレの動きが変わるのは当然だろう。お前がオレの動きを未来視で見切って動いたのならば、オレはそれに合わせた動きを取るだけだ。未来を予測するならともかく、未来視で見た結果を信じ切り委ねるなど愚の骨頂」

 

 未来が見える。なるほど、素晴らしい能力だろう。だが、同時に最も下らない能力だとクアルソは思った。未来が見える事で選択を狭め、最適の行動を取るしかなくなる。それは何の楽しみもないただただ苦痛なだけの能力だ。

 そんなクアルソの意思を理解したのか、ユーハバッハはクアルソに向けて愉悦の声をあげた。

 

「ふはははは! なるほどな! 貴様の言う通りだ! だが、口で言うは容易いが私を相手にそれを実行出来る者など貴様くらいだろうよ! 素晴らしい! 素晴らしい力だクアルソ・ソーンブラ!!」

 

 強いと予想していたが、これ程までとは予想し切れていなかった。単純に強いだけではない。圧倒的なまでの技術と経験に基づく予測。それらが他の者を圧倒しているのだ。

 一体どのようにすればこのような強者が生まれるのか、ユーハバッハをして見当も付かない程だ。

 

「いいだろう! 油断も慢心もすまいと思っていたが、それでも私は貴様を侮っていたようだ!」

「っ!」

 

 叫びと共にユーハバッハの霊圧が膨れ上がる。今のクアルソを上回る圧倒的な霊圧だ。滅却師(クインシー)の始祖にして、霊王すら吸収した存在。これほどの強者と戦うなど、クアルソの長き経験でも数える程しかなかった事だ。

 

「行くぞクアルソ・ソーンブラ! その状態でどこまで抗えるかな!?」

 

 ユーハバッハは未来視を止め、通常の瞳を開いてクアルソを視線で射ぬく。それだけでクアルソの全身に強烈な圧力が降り掛かった。

 

虚閃(セロ)!!」

 

 今までと違い、自身の真価を発揮したユーハバッハに対する脅威度を上げたクアルソは、様子見として虚閃(セロ)を放つ。だが、その一撃はユーハバッハが展開した防御壁によって容易く防がれた。

 

「温いな!」

 

 外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )。本来肉体を強固にする静血装(ブルート・ヴェーネ)を外側に放出し、あらゆる攻撃を防ぐ防御壁とする技だ。

 流石は滅却師(クインシー)の始祖か。その技術も、静血装(ブルート・ヴェーネ)の出力も、他の滅却師(クインシー)とは桁違いだった。

 

「お返しだ!」

 

 虚閃(セロ)の返礼として、ユーハバッハは巨大な光の弓、大聖弓(ザンクト・ボーゲン)から無数の神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を放つ。一つ一つが直撃すればクアルソですら致命傷を負いかねない威力が籠められた光の矢を、無数にだ。

 

「はぁっ!」

 

 迫り来る死の雨に対し、クアルソは黒棺を基とした瞬閧を発動させ、重力場を作り出す事で光の矢を逸らして行く。

 

「ほう! 小細工をするな! ならばこれはどうだ!?」

 

 最小限の力で攻撃をいなしたクアルソを見て不敵に笑ったユーハバッハは、逸らす事が出来ない程の一撃をクアルソに放った。

 それが超巨大な神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)だ。無数の矢ではなく一つに纏められた光の矢は、クアルソが作り出した重力場などものともせず、クアルソに向けて直進していった。

 

「あまい!」

 

 だが、幾ら威力があろうとも幾ら巨大だろうとも、直進してくるだけの矢を躱す事などクアルソには造作もない事だ。

 響転(ソニード)によって瞬時に巨大な神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を回避したクアルソは、しかし己に迫り来る死の脅威を見て更なる回避行動を取った。

 

「あまいのはどちらかな?」

 

 ユーハバッハは放った神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を自在に操作し、回避したクアルソに向け直したのだ。己が放った霊力を自在に操作する。クアルソもかつて藍染と戦った時に行った技術だ。クアルソの専売特許ではないので、ユーハバッハが使えたとしても不思議ではないだろう。

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!」

 

 絶えず迫り来る巨大な神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)に対し、クアルソは指を僅かに噛み切って血を流し、それを触媒とする事で最強の虚閃(セロ)である王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放った。

 ぶつかり合う霊力と霊力の塊。その衝撃によりクアルソ達が居た建物は完全に消し飛んだ。だが、その拮抗は一瞬だった。ユーハバッハが放った神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を突き破り、そのまま勢いを止めずにクアルソに向かって突き進んでいく。

 

王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラベダド)!!」

 

 だがクアルソも負けてはいない。王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)が突き破られる前に、既に新たな力を発動させていたのだ。

 詠唱破棄どころか術名すら破棄した黒棺と王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を融合させた一撃だ。それにより、ユーハバッハが放った神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)をどうにか相殺する事が出来た。

 だが、クアルソが王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラベダド)を発動させる間があったならば、ユーハバッハにも更なる一撃を放つ間があったのは必然だった。

 

「ちぃっ!」

 

 相殺させた神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)の後ろから、新たな神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)がクアルソに向けて直進していた。その大きさは先程のものと同じで、そして数は三つだ。

 霊王宮の建物が消し飛んだ事によりクアルソの足場は消滅している。そして、霊子の支配権はユーハバッハに取られているので霊子を固めて足場にする事は出来ない。空中で身動きが出来ないクアルソに向けて、更に逃げ場を無くすように巨大な神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)が三つも迫る。

 

「――」

 

 クアルソが居た場所を神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)が通過する。間違いなく直撃だろう。空中で動く事が出来ない状態で、あれを躱す事が出来る筈が――ない、等とユーハバッハは思わなかった。

 

「ほう……」

 

 ユーハバッハが視線を右方向へと向ける。そこには、多少の傷を負っていたが五体満足なクアルソの姿があった。

 この結果をユーハバッハは知っていた。未来予知はクアルソに通用しない。それはユーハバッハも先の一件で理解した。そして同時に、クアルソの未来予測を遥かに超える速度で攻撃すれば、未来予知は今まで通り有効に働く事も、だ。

 クアルソがユーハバッハの未来予知から来る行動を先読みし、ユーハバッハの先手に対し更なる先手で返す事が出来るのも、クアルソがユーハバッハの動きに付いていけたからこそだ。

 だが、ユーハバッハの力がクアルソを上回っている現状、敵の動きを細かな情報から予測するクアルソの先読みよりも、未来を直接見る事が出来るユーハバッハの予知の方が圧倒的に有利と言えた。クアルソは常にユーハバッハの情報を読み取る必要があるが、ユーハバッハは未来で知った情報をそのまま活かせばいいだけだから、その差は大きいだろう。

 そして、ユーハバッハとクアルソの戦力差が明らかに開いている現状、ユーハバッハは未来を予知しながら無理せず戦えばいいだけだ。大きく未来を変える必要はない。何故なら、未来を変えずとも勝つ事が出来るのだから。 

 

「ふぅ……」

「あの状態から生き延びるか。霊子を足場に出来ずとも、霊力を放出する事でその勢いを利用し空中を移動するとはな」

 

 そう、クアルソは虚閃(セロ)の要領で霊力を放出し、その勢いで空中を移動したのだ。かつて、霊子を足場にするなど出来なかった頃に空中を移動する為に生み出した技術だ。

 この世界では霊子を足場に出来る故に使わなかったが、霊子を足場に出来ないならばこうした空中移動手段は非常に便利な力となるだろう。実際、こうして九死に一生を得たのだから。

 

「そしてその回復力……超速再生ではないな。回道か。先程の破道と虚閃(セロ)の融合といい、霊力の放出による空中移動といい、器用なことだ」

 

 ユーハバッハの言う通り、クアルソは回道にて傷を癒していた。その腕前はこの二年近くで更に上がっており、この程度の傷ならばものの一瞬で回復出来る程だ。

 死神の技術である鬼道を取り入れ、更に昇華したクアルソに対し、ユーハバッハは称賛の声を掛ける。だが、互いの実力差は歴然だった。ユーハバッハの称賛は、劣る力で良くもここまで粘るものだ、という意味合いが籠められていた。

 

「強いな……本当に、強い……。ああ、くそ。使いたくなかったけど、やっぱり無理だよな、このままじゃ」

 

 クアルソはユーハバッハの強さに感動すらした。そして、どうしようもない力の差に諦めすら感じる。そう、真の力を発揮しないままに勝つ事への諦めを、だ。

 

「当然だ。私を相手に力を解放しないなどと、それこそ私を侮っている事に他ならぬ。貴様がそのような愚かな考えをするとは思えんが?」

「ああ、解ってる……解ってるよ。お前の力を感じた瞬間から、刀剣解放しないと勝ち目はない事くらいはな」

 

 そう言って、クアルソは腰に差した鞘から斬魄刀を抜き放った。

 クアルソは帰刃(レスレクシオン)すると圧倒的なまでに霊圧を高める事が出来るが、そのデメリットとして性格がちゃらんぽらん童貞から武人へとシフトしてしまう。いや、本来はデメリットどころかメリットと言えるのだが、クアルソ(童貞)からすると女性への性的興味がなくなる武人モードはデメリットに他ならないのだ。 

 だから出来るだけ帰刃(レスレクシオン)は使いたくないのだが、勝ち負けが関わってくるなら話は別だ。刀剣解放しないと勝てないならば、勝つ為に刀剣解放をする。全力を出し切って負けるのならまだしも、全力を出し切らずに負けるなど、絶対に許せる筈がなかった。

 もちろん、全力を出し切ったからといって負ける事を許容出来る訳もないのだが。武が関わる事に関してはどこまでも負けず嫌いになるのがクアルソ・ソーンブラなのである。

 

「目覚めろ――武神(マルシアーレス)

 

 クアルソが斬魄刀から手を離し、斬魄刀が大地へと落ちて行く。そして解号と共に、斬魄刀が跡形もなく砕け散った。斬魄刀は必要ない。無手こそが己の真骨頂。そう言わんばかりの刀剣解放だ。

 それと同時、クアルソの姿が変わった。外見に変化は殆どない。頭部に僅かに残っていた仮面の名残が消えたくらいだ。だが、その衣装は死覇装とは違うものになっていた。

 帰刃(レスレクシオン)した破面(アランカル)は、帰刃(レスレクシオン)する前と姿形が変わる。それは破面(アランカル)が本来の姿に戻るからだと言われている。その際、帰刃(レスレクシオン)する前に着ていた衣服も変化させる者が殆どだ。クアルソもその例に漏れないでいた。

 今のクアルソは死覇装ではなく、どこか袴を思わせるような武道着を身に着けていた。これが帰刃(レスレクシオン)したクアルソの真の姿という事になるのだろう。この衣服も含めて、クアルソ・ソーンブラの真の姿という事だ。

 

「これは……!」

 

 ユーハバッハがクアルソの姿を見て驚愕する。見た目の変化にではない。ユーハバッハの未来視に、クアルソの姿が欠片も映っていなかったのだ。今までならば映っていた衣服すらもだ。

 そう、クアルソの胴着はクアルソそのものだ。衣服故に破れた所でクアルソにダメージはないが、胴着も含めて帰刃(レスレクシオン)したクアルソ・ソーンブラなのである。故にボス属性の働きにより、衣服も含めてユーハバッハの未来視を無効化する結果となったのだ。

 これにより、ユーハバッハは己の最大の能力を完全に封じられる事となった。

 

 ――未来視は無意味か。つまり、全知全能(ジ・オールマイティ)は通じぬという事――

 

 ユーハバッハの全知全能(ジ・オールマイティ)は未来を知る力ではない。その真の力は未来を改変するというものだった。

 クアルソに対して罠を仕掛けたのも未来改変の力だ。未来が見えるからといって、都合よくクアルソが足を踏み込む床に罠を仕掛けておく事が出来るだろうか? 普通は無理だろう。だが、ユーハバッハはクアルソの未来を見て、クアルソが踏み込む床に罠があるように未来を改変したのだ。

 改変した未来は現在が未来に追いついた瞬間に効果を発揮する。クアルソが霊王宮に辿り着く前に、ユーハバッハは未来において全ての死神の卍解を折っていた。現実の時間がユーハバッハが改変した未来に追いついた時、例え何もされていなくても死神の卍解は折れてしまうのだ。

 未来を知る能力とは比べ物にならない、恐るべき能力。それが全知全能(ジ・オールマイティ)の真価だった。

 

 だが、それも未来が見えてこそだ。未来視においてその姿が映らないクアルソに対し、直接の未来改変は意味を為さない。先程のように罠を仕掛ける程度なら可能だが、その程度が通用する相手とも思えない。

 故に、ユーハバッハは全知全能(ジ・オールマイティ)を封じた。意味がない能力を使い続けるなど、それこそ無意味だ。未来を見ずとも、未来を改変せずとも、己の力でクアルソ・ソーンブラを倒す。それが出来なければ、三界融合など夢のまた夢だ。

 

「さあ、仕切り直しと行くぞユーハバッハ!」

「ああ、全力で掛かって来いクアルソ・ソーンブラ!」

 

 破面(アランカル)の超越者と滅却師(クインシー)の超越者。二人の超越者が、全てを懸けて互いに勝利する為にその力をぶつけ合った。

 

 


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