どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

103 / 108
BLEACH 第四十二話

 クアルソ・ソーンブラとユーハバッハ。実力の底を引き出した両者の戦いは更に加速し、そして激化していった。

 

「はっ!」

「むん!」

 

 クアルソが今までとは比べ物にならない速度でユーハバッハに接近する。だがユーハバッハはその速度に反応し、霊力の剣を横薙ぎに振るってクアルソを斬り裂かんとする。

 その一撃を沈み込みながら回避したクアルソは、沈み込んだままにユーハバッハの足に向けて弧を(えが)く蹴りを放つ。しゃがみ込んでの足払いみたいなものだが、その威力は足払いの比ではなく、ユーハバッハの足を砕きかねない程の威力が籠められていた。

 

 その足払いをユーハバッハは僅かに跳躍する事で躱し、そして霊子を固めて足場とする事で宙を踏み締め、再びクアルソへ剣を振り下ろす。

 しゃがみ込んでいたクアルソは跳ね起きながら振り下ろされる剣を避ける。そしてその勢いを利用して宙に立つユーハバッハに手刀を繰り出した。

 

「ふっ!」

 

 だがその手刀はユーハバッハの外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )によって阻まれる。クアルソの手刀は体外に放出された静血装(ブルート・ヴェーネ)を貫いていくが、やはりその威力、勢いは激減していた。

 威力と勢いが削がれた手刀など避けるにすら値せず、ユーハバッハはクアルソの腕を容易く掴み取った。

 

「私に触れたな?」

 

 クアルソの腕を掴んだユーハバッハは外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )による侵食を行った。

 外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )はユーハバッハの体に触れる全てを侵食して静血装(ブルート・ヴェーネ)を拡大する力を持っている。それによりクアルソの肉体と力を奪おうとしているのだ。

 だが、ユーハバッハが想像した未来は訪れなかった。

 

「っ!?」

「オレに触れたな?」

 

 いつまで経っても外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )がクアルソを侵食する事はなかった。侵食が跳ね除けられたのではない。侵食自体が始まらなかったのだ。

 外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )の侵食効果はクアルソのボス属性によって無効化されたのである。

 そして、クアルソの腕を掴んだユーハバッハは、腕から手を離すまでの一瞬の内に技を仕掛けられた。

 

「ぐはっ!」

 

 クアルソの腕を掴んでいたユーハバッハが地に叩き伏せられていた。クアルソが合気柔術によって力の流れを操作しユーハバッハの体勢を崩し、霊王宮の床に投げつけたのだ。

 ユーハバッハを投げつけたクアルソは、更に追撃として体重を籠めた踵を振り下ろす。全体重を籠めた踵での踏み付けは、子どもでも大の大人を気絶させる事が出来る程の威力が籠められている。

 そんな一撃を、クアルソは体重だけでなく黒棺による瞬閧で作り出した重力すら籠めて振り下ろしたのだ。その威力はもはや計り知れないだろう。

 

「舐めるな!」

 

 だが、その一撃がユーハバッハに命中する事はなかった。ユーハバッハは霊圧を放出する事で足場となっている床を破壊し、クアルソから距離を取ったのだ。

 足場が消え去った事でユーハバッハは霊子を足場として宙に佇む。そしてクアルソもまた、()()を足場として空中で体勢を維持した。

 

「私から霊子の支配権を奪い返したか……!」

「霊子の扱いが滅却師(クインシー)の専売特許だと思っていたのか?」

 

 そう、クアルソはユーハバッハが握っていた霊王宮一帯の霊子の支配権を奪い返したのだ。霊圧と霊力の扱いはこの世界での戦いにおいて必須技術だ。そして、魂魄の世界を形作る霊子の扱いに関して、クアルソがその技術力を高めていない訳がなかった。

 だからこそ、クアルソは滅却師(クインシー)血装(ブルート)を一目見て模倣する事が出来たのだ。

 これで空中での体捌きに差はなくなった。後は互いの純粋な力量差で勝敗が決するだろう。

 

「面白い! 面白いぞクアルソ・ソーンブラ!」

 

 クアルソとの戦いは未知の連続だった。未来を知る事が出来るユーハバッハにとって、これ程の未知は記憶に少ない事だ。

 ユーハバッハにも当然未知の経験はあった。だが、時が流れるにつれ未知の経験を味わう機会は減って行く。これは生物ならば誰しもそうだろうが、未来を予知出来るユーハバッハなら尚更だった。

 だが、ここに来て未来予知が通用しない敵と出会った。何をしてくるのか、何が出来るのか、一寸先は闇の如く解らない。敵が弱ければその未知も大して心に響かないだろうが、己の命を脅かす程の敵となれば話は別だ。

 その未知が、ユーハバッハの心を充実させていた。結果が知れている物語を見ても何の感動も得ないだろう。何が起こるか解らない。だからこそ、その出来事一つ一つに人は感動するのだ。それはユーハバッハも同じであった。

 

「これはどうする!?」

「ッ!」

 

 ユーハバッハがその全身から膨大な雷を放った。その雷は星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人、キャンディス・キャットニップの能力、雷霆(ザ・サンダーボルト)と同じものだ。

 ユーハバッハは死した星十字騎士団(シュテルンリッター)の知識・能力・才能の全てを受け継いでいる。キャンディスはまだ生きているが、その力の多くは聖別(アウスヴェーレン)によって回収されていた。この雷がそうだ。

 キャンディス自身、まだ雷霆(ザ・サンダーボルト)の力を使う事は出来るが、その威力は以前と比べて格段に下がっているだろう。

 

 ユーハバッハはキャンディスから奪った力をクアルソへと揮う。その雷の威力と規模はキャンディスの比ではなかった。

 同じ雷霆(ザ・サンダーボルト)の能力だが、その力に差が生じるのは必然だ。同じ能力ならば、霊圧が高い方が威力が高くなる。魂魄の戦いにおいて当たり前の事である。

 ユーハバッハはその膨大な霊圧を雷へと変換し、クアルソを覆うように大規模な雷を放ったのだ。

 

王虚の雷閃光(グラン・レイ・セロ・レランパーゴ)!」

 

 ユーハバッハの雷霆(ザ・サンダーボルト)に対し、クアルソは雷の鬼道と融合させた王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放つ。

 ぶつかり合う極雷と極雷。その衝突により瀞霊廷の空全域に膨大な雷が走り、瀞霊廷に住む殆どの魂魄がそれを目にした。事情を知らぬ者は神の怒りだと恐れ慄いた程だ。

 両者が放った極雷は互いに拮抗し合い、そして互いにダメージを与える事なく相殺する事となる。その結果を見たユーハバッハは再び愉しそうに笑い、更なる一撃を放った。

 

「やるな! ならばこれはどうだ!?」

 

 クアルソに向けて全てを燃やし尽くすような劫火が放たれる。この能力も星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人、ハザード・ブラックから奪った灼熱(ザ・ヒート)によるものだ。

 当然その威力はバズビーの比ではなく、山本元柳斎の流刃若火すら上回る程の火力となってクアルソを焼き尽くさんと迫っていく。

 

王虚の炎閃光(グラン・レイ・セロ・ジャーマ)!」

 

 迫り来る劫火に対し、クアルソは対抗するように炎の鬼道と融合させた王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放った。

 対抗するように、というより、対抗しているのだろう。ユーハバッハと同じ属性の技を放つ事で、どちらが上かを競っているのだ。

 全てを焼き尽くす劫火と劫火がぶつかり合い、そして再び拮抗し、相殺する。この結果により、瀞霊廷全土の気温が一気に上昇する事となる。やはり瀞霊廷に住む事情を知らない人々は、天変地異や神の怒りだと恐れ出していた。

 

「多彩だなクアルソ・ソーンブラ! 死神の鬼道を自在に操り、王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)と融合させる離れ業をこうも容易く連発するとはな!」

「なに、藍染が残した資料で鬼道は学べたからな。適切な知識と適切な修行さえすれば、破面(アランカル)仮面の軍勢(ヴァイザード)とやらなら誰であれ出来るようになるだろう」

 

 全ての破面(アランカル)仮面の軍勢(ヴァイザード)が全力で否定するような発言だろう。だが、クアルソは真実そう思っていた。

 クアルソの力は幾つかの固有能力を除き、全て誰かが使える技術の延長線だ。鬼道は当然死神が、虚閃(セロ)大虚(メノス)破面(アランカル)ならばほぼ全ての者が使えるだろう。

 虚化した死神は虚閃(セロ)を使う事が出来るので、彼らならば虚閃(セロ)と鬼道の融合は可能だろう。破面(アランカル)も鬼道を学べば同様だ。そう、クアルソは誰もが使う事が出来るだろう技術を使っているだけなのだ。

 

「お前こそ、引き出しが多彩だな。未来予知に雷、炎。お前の表情から察するに、まだ多くの能力を残しているのだろう? 一体幾つの能力を有しているのやら」

 

 ユーハバッハの引き出しの多さを予想し、クアルソはそう呟く。無数の能力を持つ敵と戦った事は幾度もあるが、その全てをこれ程までに高めた敵は数少ない。ユーハバッハは真実今まででも最強格の敵と言えた。

 

「ふっ。私はこれまで多くの者達に力を分け与え、そしてその者が死した時に全てを受け継いできた。中には死す前に奪った力もあるがな。まあ、私の力を得て手に入れた力だ。私に奪われても文句は言えまい」

 

 ユーハバッハは千年以上の長きに渡り、自身の魂を他者に分け与え、その助けとして来た。その代わり、ユーハバッハの魂を分け与えられた者が死した時、その知識・能力・才能の全てがユーハバッハに受け継がれる。そうやって、ユーハバッハは力を高め続けてきたのだ。

 それを卑怯と罵る者は多いだろう。他人の力を得て強くなる事に忌避を抱く者はいるだろう。だが、クアルソはそうではなかった。

 

「なるほどな。それがお前の力か」

 

 クアルソは、ただ納得しただけだった。ユーハバッハの強さと能力の多彩さの秘密を知り、納得しただけだ。そこには軽蔑も侮蔑もない。当然だ。ユーハバッハは己が持つ能力を駆使して強くなっただけだからだ。

 この世界の誰もがそうだろう。自身の持つ才能や能力を駆使して誰もが生きている。それらの才覚をどれだけ活かせるか、高められるかはその者の行動次第だが、誰であれ自身が持つ力を駆使している事に変わりはない。それはユーハバッハも同様だった。

 もしユーハバッハを卑怯と罵るのなら、クアルソもまた卑怯と言えよう。一度の人生ではなく無数の人生を歩み、その経験や強さを引き継ぎ高め続けながらこうしてこの場に立っているのだ。聞く人によってはクアルソも卑怯と罵られても可笑しくはなかった。

 そもそもだ。ユーハバッハは力を受け継ぐ前に力を分け与えているのだ。それを取り戻されたからといって文句を言うなどと、端からお門違いだろう。だったら最初からユーハバッハから力を貰わなければいいのだ。

 だからクアルソはユーハバッハを否定しない。ユーハバッハが他者を無闇に傷付ける事は否定するが、ユーハバッハの能力そのものを否定する事はなかった。

 

「さあ! 私の集めた力と貴様が高めた力! どちらが上か確かめようではないか!」

 

 僅かな会話が終わり、再び両者の激闘が再開する。

 

「行くぞ!」

 

 再開された激闘の先手を取ったのはクアルソだ。クアルソは重力場を無数に生み出し、ユーハバッハの周囲の空間の重力を歪めていく。

 

「むぅ!?」

 

 周囲360度から引き寄せられる初めての経験にユーハバッハも僅かに戸惑う。そして重力場の影響で動きが鈍った所を、自らの力故に重力場の影響を受けないクアルソが襲撃する。

 

「はぁっ!」

 

 クアルソは動きが阻害されているユーハバッハに向けて拳を振るう。その拳は重力の瞬閧によって強化されており、ユーハバッハの肉体を砕かんとする。

 

「この程度!」

 

 重力の拳に対しユーハバッハは外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )による防御壁で対抗する。だが、重力の拳は外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )を破壊しながらユーハバッハに向けて直進して行った。

 威力は減衰しただろうが、クアルソの拳は確実に外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )を破壊し、ユーハバッハの腹部に深々と突き刺さる。だが、顔を顰めたのは攻撃を放ったクアルソの方だった。

 

 ユーハバッハは外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )が破壊された瞬間に自身の体に通常の静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動させ、その上で蒼都(ツァン・トゥ)の能力である鋼鉄(ジ・アイアン)を発動させていたのだ。

 膨大な霊力により鋼鉄等とは比べ物にならない硬度となった鋼鉄(ジ・アイアン)と、静血装(ブルート・ヴェーネ)の重ね技による防御。それはクアルソの一撃を防ぐばかりか、その拳を砕く程の防御力となっていた。

 

「はっ!」

 

 クアルソの攻撃を防いだユーハバッハは眼前のクアルソに向けて矢を放つ。一見ただの神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)だが、その中身は別物だ。

 クアルソは矢を躱そうと身を捻る。だが、その行動は無意味だった。ユーハバッハが放った矢はクアルソに命中する前に周囲に広がり、クアルソを取り囲む檻へと変じたのだ。

 

「そこから抜け出すのは困難だぞ?」

 

 この檻は浦原喜助を殺す為に現世に現れた星十字騎士団(シュテルンリッター)、キルゲ・オピーの能力だ。監獄(ザ・ジェイル)といい、対象を非常に強固な監獄に閉じ込める能力である。

 監獄(ザ・ジェイル)自体は敵を閉じ込める力しかない。それ故に強固さは折り紙付きと言えた。だが、ユーハバッハがクアルソを閉じ込めただけに終わる訳がなかった。

 

「ちぃっ!」

 

 クアルソを閉じ込める監獄から、クアルソに向けて無数の霊子球が放たれる。バンビエッタ・バスターバインの能力、爆撃(ジ・エクスプロード)の力が籠められた霊子球だ。

 クアルソはこれを回避しようとして空間転移を行おうとする。藍染との戦いで得た空間を跳躍する能力だ。だが、それは悪手だった。敵を閉じ込めるだけの能力が監獄(ザ・ジェイル)だ。ならば、敵を逃がさないように空間系の能力に対する備えがあって当然だった。

 

 ――空間固定か!――

 

 クアルソは周囲の空間が固定されている事に瞬時に気付く。空間を固定しているだけなのでボス属性で無効化する事は出来ず、空間転移は行えない。

 この状況では如何にクアルソと言えど、周囲から迫る霊子球を回避する事は不可能だ。クアルソは対処法を間違えてしまったのだ。霊圧の放出による防御を行うのが最善の一手だっただろう。

 だが最早手遅れ。ならば今出来る最大限の防御として、クアルソは霊圧を高めた上で静血装(ブルート・ヴェーネ)を模した身体強化で霊子球に備える。

 

 だが、クアルソが悪手を打ったならば、ユーハバッハもまた悪手を打っていた。クアルソへの攻撃手段そのものが悪手だったのだ。

 回避不能な状態で、防御不能の爆撃に晒される。この状態で生き延びる事はまず無理だろう。だが、クアルソは別だ。クアルソだからこそ、この状況から生き延びる事が出来た。

 

「なに!?」

 

 爆撃(ジ・エクスプロード)の力が籠められた霊子球に触れたものは、何であろうと爆弾と化す。だが、クアルソは無数の霊子球に晒されても爆発する事はなかった。

 この結果を見てユーハバッハは完全に理解する。全知全能(ジ・オールマイティ)が無効化されたのも、外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )の侵食が無効化されたのも、そして今爆撃(ジ・エクスプロード)が無効化されたのも、全てはクアルソの能力にあるのだ、と。

 恐らく、クアルソは己に対する物理的な能力以外の干渉を防ぐ能力を有しているのだろうとユーハバッハは推測する。つまり、自身が持つ能力の多くが無意味と化した事をユーハバッハは理解した。

 

 尤も、完全な無意味という訳ではない。ボス属性が発動した場合、無効化した能力の強さや厄介さ、籠められた霊力の大小に応じてクアルソの霊力が減少する。

 先程の爆撃(ジ・エクスプロード)を無効化した時も、かなりの霊力が減少していた。それだけ爆撃(ジ・エクスプロード)が厄介な能力だったという事だ。

 

王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)!」

「くっ!」

 

 クアルソはユーハバッハが驚愕した隙を突き、己を閉じ込める監獄を王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)にて無理矢理破壊した。

 監獄(ザ・ジェイル)を破壊した王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)はそのままユーハバッハへと直進する。当然ユーハバッハもそれを回避しようとするが、ユーハバッハの周囲には未だに無数の重力場が展開されており、ユーハバッハの動きを阻害し続けていた。

 

「おお!」

 

 ユーハバッハに王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)が直撃する。外殻静脈血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン )も、通常の静血装(ブルート・ヴェーネ)による防御も、全てを貫いて王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)はユーハバッハに確実なダメージを与えた。

 

「くっ!」

 

 超重力の奔流からユーハバッハが姿を現す。その全身には無数の傷が出来ており、王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)の威力の高さを物語っているだろう。

 尤も、解放状態のクアルソが放った王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)を受け、この程度のダメージで済んでいる事がユーハバッハの強さを物語っているのだが。

 

「隙だらけだぞ!」

「!?」

 

 王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)の奔流から抜け出したユーハバッハに体勢を立て直す暇を与える事なく、クアルソはユーハバッハの懐に飛び込んだ。

 ほぼ密着状態と言える程の近距離まで接近する両者。この間合いでは剣を振る事も出来ないだろう。そう、ここは完全にクアルソの間合いであった。

 

 右手で顎に掌底を放ち、左拳を鳩尾に突き入れる。そのまま流れるように右肘を側頭部に叩き込み、同時に足を刈る事でユーハバッハを横に回転させ、上下を反転させる。

 そして逆さになった顔面にサッカーボールを蹴るかのように蹴り込む。その威力によりユーハバッハは縦に回転し、再び上下が反転した。そしてクアルソは反転した事で目の前に向かって来たユーハバッハの後頭部に、全力の肘打ちを叩きこんだ。

 

「ごあっ!」

 

 全身に走る激痛に、ユーハバッハが苦悶の声をあげる。まだ生きているのが不思議な程の連撃の嵐だ。苦悶とは言え声をあげられるだけ凄まじい耐久力だろう。

 そして、クアルソはそこに違和感を感じた。放った攻撃の威力と実際の手応えが異なるのだ。クアルソの予想ならば、この連撃でもっと多大なダメージを与えられた筈だった。だが、ユーハバッハはダメージは負えどその傷は軽傷と言えるレベルだった。

 

「凄まじい体術……! だが! 貴様の霊圧は随分と摂取させてもらったぞ!」

 

 ユーハバッハがクアルソの攻撃を耐え抜いた理由。それは星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人、アスキン・ナックルヴァールの能力、致死量(ザ・デスディーリング)によるものだった。

 致死量(ザ・デスディーリング)は摂取した物質の致死量を操作する事が出来る。それにより摂取した物質では限りなく死ににくくなるようにする事が出来るのだ。

 ユーハバッハは直撃した王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラペダト)からクアルソの霊圧を多く摂取し、それによりクアルソの霊圧の耐性を得ていたのだ。クアルソの攻撃が予想以下の傷しか与えられなかったのはその為だ。

 

「貴様が攻撃すればするほど、私に攻撃は通じなくなる! さあ! どうするクアルソ・ソーンブラ!?」

「ならばこうしよう!」

 

 ユーハバッハが叫んだ瞬間、クアルソは迷う事なくユーハバッハに攻撃を仕掛けた。今のユーハバッハはクアルソの霊圧に対する耐性を得ている為、クアルソの攻撃はその威力を八割近く削られてしまうだろう。

 ユーハバッハがクアルソの霊圧を摂取すればするほど、クアルソの攻撃の威力は削られていく。だというのに、クアルソはユーハバッハへと通常の打撃を放った。必殺の一撃でも何でもない、様子見するかのような攻撃をだ。

 そしてその攻撃をユーハバッハは敢えて受ける。クアルソが何を仕掛けてくるのか、わざと攻撃を受ける事で確かめようとしたのだろう。そしてクアルソの攻撃が命中した瞬間、ユーハバッハは再び苦悶の表情を浮かべた。

 

「ぐはっ!?」

 

 腹部に深々と突き刺さる拳を受け、ユーハバッハは後方へと吹き飛ばされる。そのダメージは明らかに減少などされていないものだった。

 一体何が起こったのか。クアルソはどんな攻撃を放ったのか。実は通常の打撃ではなく、今までよりも遥かに高い威力が籠められた打撃だったのか。

 そして、先程の打撃からクアルソの霊圧を摂取したユーハバッハは、クアルソが放った攻撃の正体に気付いた。

 

「貴様……! 霊圧を変化させたのか……!」

「予想通りだな。摂取した霊圧に対する耐性が付く能力といった所だろう。ならば、摂取された霊圧とは違う霊圧で攻撃すれば問題ない」

 

 事も無げに言うが、それが出来る者が一体この世界に何人いる事か。普通霊圧というものは増減はすれどその本質は変化しない。どれだけ霊圧が高まろうと、その質までは変わらないのだ。

 霊圧の質そのものが変化する事はあるにはある。死神が虚化した場合や、破面(アランカル)帰刃(レスレクシオン)した場合などがそうだ。他にもそういう例はあるだろう。だが、クアルソはそのような変化を用いず、技量のみで霊圧の質を変えたのだ。

 

「お前がこの霊圧に対する耐性を得たら、別の霊圧に変えて攻撃すれば問題ない。そうだろう?」

「ふ、ふはははは! その通りだ! 全く! お前はどこまで私を驚かせれば気が済むのだ!?」

 

 ユーハバッハが高笑いをあげる。自身が得た多くの能力にこうも容易く対応するなどと、全く以って理不尽極まりない存在だ。

 だが、それが面白かった。一体どこまで戦えるのか。どこまで抗えるのか。どこまで対応出来るのか。もしかしたら、どこまでも対応出来てしまうのか。未知の未来を思い、試してみたくなる程に面白かったのだ。

 

「クアルソ・ソーンブラ! 未知数の存在よ! 貴様の力を称え、私が私の能力で得たものとは違う力を使おうではないか!」

「なに?」

 

 ユーハバッハの言葉にクアルソは怪訝の声をあげる。自分の能力で得たものとは違う力。それは一体何なのか?

 そう疑問に思うも、ユーハバッハの力であろうがそうでなかろうが、ユーハバッハが繰り出す力である事に変わりはない。ならばそれが何であれ対応するまでの事だ。

 そう思ったクアルソは、次の瞬間に驚愕する事となった。

 

「卍解――」

「!!」

 

 卍解。確かにユーハバッハはそう言った。クアルソの聞き間違いでも空耳でもなく、確かに卍解と言ったのだ。

 滅却師(クインシー)が卍解を奪った事はクアルソも知っていた。浦原から聞いた情報の中の一つだ。だが、誰が何の卍解を奪ったかまではクアルソも知らなかった。

 そして、ユーハバッハが奪った卍解は――

 

「残火の太刀」

 

 ――瀞霊廷最強の死神。山本元柳斎の斬魄刀。炎熱系最強にして最古の卍解である残火の太刀であった。

 

「これ、は……!」

 

 ユーハバッハの右手に一本の刀が握られていた。とても卍解とは思えない、小さな刀だ。卍解は基本的に強大な力を揮うあまり、その大きさは相応のものとなる。例外は一護の天鎖斬月くらいだ。

 だが、山本元柳斎の卍解、残火の太刀もまた天鎖斬月に負けず劣らず小さいものだった。炎熱系の斬魄刀とは思えないくらい炎を纏わず、焼け焦げたような小さな刀。それが残火の太刀だ。

 見る者によってはみすぼらしい卍解と思うかもしれない。だが、クアルソはそうは思わなかった。残火の太刀から放たれる圧力と熱量に、思わず喉を鳴らした程だ。

 

「山本重國の卍解、残火の太刀。そのあまりの力故に、私以外の滅却師(クインシー)では扱う事も出来ないだろう」

「なるほどな……凄まじい力だ……! これが、最強の死神が持つ卍解か……!」

 

 クアルソの全身から汗が流れ、そして直に蒸発する。それ程までの熱量を残火の太刀と()()()()()()が放っているのだ。

 その熱量は瀞霊廷全土に及び、残火の太刀を発動し続けていれば、いずれ瀞霊廷が滅んでしまう程の力がこの小さな刃に秘められていた。

 

「近付くのも困難だな。今のお前は太陽そのものか」

「ふ、見ただけで読み取ったか。流石だなクアルソ・ソーンブラ」

 

 クアルソは残火の太刀を持ったユーハバッハが、今までとは違う事に気付いていた。外見の変化はない。だが、その体は通常の魂魄とは違い炎そのものとなっていた。

 残火の太刀には東西南北の四つの方角が冠せられた能力がある。その内の一つ、残火の太刀“西”・“残日獄衣(ざんじつごくい)”。残火の太刀の所有者の肉体を、一千五百万度の炎そのものへと転じる能力である。

 近寄るだけで焼け死ぬ膨大な熱量。鋼皮(イエロ)血装(ブルート)の模倣による身体強化、膨大な霊圧による防御などがなければ、クアルソとて一瞬で焼け死んでいただろう。

 

「知っているだろう。魂魄の戦いは霊圧の戦い。同じ能力ならば、霊圧が高い方が強い、と」

「……」

 

 ユーハバッハが何を言いたいのか、クアルソは理解した。

 ユーハバッハの卍解は山本元柳斎から奪ったもの。だが、ユーハバッハと山本元柳斎の間には大きな差があった。圧倒的な霊圧の差が。

 山本元柳斎の霊圧が低い訳ではない。瀞霊廷最強の死神は伊達ではなく、その霊圧は桁外れだ。藍染が最大限に警戒した死神の一人なのも頷けるだろう。

 だが、数多の力を受け継ぎ、霊王の力すら吸収した今のユーハバッハとは比べるまでもなかった。山本を遥かに超える霊圧を有するユーハバッハは、山本を超える威力の残火の太刀を振るう事が出来るという事だ。

 

「地獄の劫火すら焼き尽くす太陽に抗ってみせよ! クアルソ・ソーンブラ!」

 

 最強の滅却師(クインシー)が、最強の卍解を得て、最強の破面(アランカル)を屠らんとその力を発揮する。両者の激闘は、加速し続けていく。

 

 




 この小説の陛下は原作でもこれくらい出来たんじゃないか? という私の妄想で作られた陛下です。なので大分強いです。
 あと、監獄(ザ・ジェイル)に空間転移を防ぐ力があるかは解りません。私の勝手な後付けです。対象を閉じ込める専用の能力だから、空間転移の対処くらいしているんじゃないかなって。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。