どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第四十四話

「眠れ――クアルソ()

 

 クアルソが発した解号と共に、クアルソの姿が変化する。そして、藍染と十刃(エスパーダ)を除く全ての者達が、変化したクアルソを見て驚愕した。

 

『なん……だと……!?』

 

 そんな声をあげ、そこから先は誰もが声を失う。それだけ、クアルソの変化は彼らにとって驚愕すべき出来事だったのだ。

 彼らが目を見開いた先に立っていたのは、一人の老人だった。その体は老人とは思えないくらい引き締まってはいるが、今までの鍛え抜かれ鋼のような体躯と比べれば枯れ木を思わせるような痩躯であった。その顔には皺が走り、髪の色は黒から白へと変わっていた。老いぼれたと言うのが一番正しい表現だろう。

 だが、その瞳は全てを見通すかのように透き通っていた。そして痩躯の筈の外見からは思えない程の圧力を全員が感じる。それでいながら恐怖を感じさせない。まるで海岸から凪の大海原を見ているかのような、そんな不思議な圧迫感を誰もが感じ取っていた。

 

 果たして目の前の老人は本当にクアルソ・ソーンブラなのだろうか? 誰もがそんな疑問を抱いた時、老人が天に向かって腕を振り上げた。

 その動作で、多くの者がユーハバッハが天地灰尽を放とうとしていたのを思い出す。このままでは全滅必至の事態に多くの死神や滅却師(クインシー)が咄嗟に行動しようとして――

 

『!?』

 

 ――そして、老人が振り上げた腕から放たれた炎熱系と思われる霊圧と天地灰尽が衝突し合い、互いに相殺しあった。

 

「ば、馬鹿な……」

「し、信じられん……!」

 

 その声は山本と砕蜂から漏れ出ていた。二人は今の現象が何であるか知っていたのだ。だからこそ、この場の誰よりも驚愕の声をあげていた。

 一先ずの危機が去った事を理解した者達は、驚愕する二人に一体何が起こったのか確認する。

 

「な、何だったんだよ今のは。二つの霊圧の塊が衝突したってのに、何も起きずに消滅したぞ?」

 

 一護の言う通り、上空で起こった現象は不可解だった。霊圧と霊圧がぶつかり合えば、籠められた威力に応じた衝撃が走るだろう。だが、天地灰尽とそれを相殺する程の霊圧がぶつかり合ったというのに、一切の衝撃がなかったのだ。

 一護のその疑問に答えたのは山本でも砕蜂でもなく、二人と同じように上空で起こった現象を信じ難い表情で見た浦原だった。

 

「反鬼……相殺っす」

「反鬼相殺……?」

 

 反鬼相殺(はんきそうさい)。初めて耳にする言葉に一護が更に疑問を返す。そしてその技術を知っている者達は、浦原の言葉を聞いて目を見開いた。

 有り得ない。反鬼相殺を知る誰もがそう思ったからだ。天地灰尽に対して反鬼相殺を行う。その困難さを理解している者程、驚愕は大きかった。

 

「反鬼相殺は、相手の鬼道に対し同質・同量の逆回転の鬼道をぶつけて消滅させる技術の事っす。鬼道じゃなくても霊圧による攻撃なら同様の事は可能です。あの人は……クアルソさんは、ユーハバッハのあの攻撃に対し、一瞬でそんな芸当を成し遂げたんスよ……」

『!?』

 

 浦原の説明を聞いて、反鬼相殺について理解が及んでいなかった滅却師(クインシー)もその恐るべき事実を理解した。

 天地灰尽という能力は知らないが、それでも滅却師(クインシー)の誰もがユーハバッハが放った一撃がどれだけの威力が籠められていたか理解している。いや、威力が高すぎてむしろ理解し切れなかった程だ。

 そんな攻撃に対し、あの老人は腕を振り上げる動作だけで同質・同量にして逆回転の攻撃を放ち、相殺し切ったのだ。それが如何なる技量と実力があれば出来るのか、やはり理解し切れなかった。

 

「惣子。十刃(エスパーダ)よ」

『はっ!』

 

 老人が口を開き、藍染と十刃(エスパーダ)へと声を掛ける。その声質は老人のそれだが確かにクアルソを思わせるものだった。それでいながら今までのクアルソとは思えない程、静かな声でもあった。

 

「少々力を揮う。余波に注意せよ。他の者達もだ」

『了解しました!』

「勿論だよ」

 

 十刃(エスパーダ)と藍染の返事を聞き、老人は頷いてから天を見上げ、そして空間転移でこの場から消え去った。老人が居た場所を見つめながら、砕蜂がぽつりと呟く。

 

「あれは……本当にクアルソ・ソーンブラだったのか……?」

 

 砕蜂の疑問も無理もないだろう。あの老人が、自分を口説いてきた男と同一人物とはとてもではないが思えなかったのだ。

 砕蜂が抱いた疑問は多くの者達も同様であり、誰もが信じ難いものを見たような表情を浮かべていた。そんな者達に対し、藍染が何を馬鹿な事を、と言わんばかりに答えた。

 

「当然だ。あれこそが、全力の私を赤子の如くあしらい破った最強の破面(アランカル)。クアルソ・ソーンブラの刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターパ)だ」

 

 どこか誇らしげに語る藍染を見て、何があったらあの藍染がこうなるのかと、藍染を知る多くの者達が遠い目をした。

 

刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターパ)……話には上がっておったが……」

 

 黒崎一護と戦った破面(アランカル)、ウルキオラ・シファーがそのような二段階目の進化を遂げた事は報告されていた。

 だが、こうして目にするとその恐ろしさが一段と理解出来るというものだ。圧倒的な強さを誇るクアルソ・ソーンブラが、今まで全力すら出していなかった。その恐るべき事実に山本は戦慄するしかなかった。

 

「さて、あと少しで戦いも終わるだろう。当然、クアルソの勝利という形でね。それでも君達は霊王宮への門を作るのかい?」

『……』

 

 藍染の問いに、誰もが口を噤む。当然だ! そう叫ぶのは簡単だ。だが、あの天上の戦いに割って入る事が出来るのかと問われれば、誰も口を開く事は出来なかった。

 最早割って入る事など出来る筈もない。そんな次元の違う力の持ち主達の戦いだ。割って入れば命を失うばかりか、下手すればクアルソの邪魔にしかならないだろう。誰もがそれを自覚してしまったのだ。

 ……一人以外は。

 

「あ? 当然だろうが。あんな愉しそうな戦いしてんだ。こんな所でのんびりしてられるかよ」

『……』

 

 それは当然の如く更木剣八から出た言葉だ。ユーハバッハの力も、クアルソの変化も、剣八にとっては自身を悦ばせるだけの材料にしかならなかった。

 そんな剣八に刺激されたかの如く、何人かが口を開く。

 

「俺は行くぜ。ユーハバッハに一泡吹かせてやらなきゃ気がすまねぇ」

「俺もだ。死にたくない奴は残っていればいい」

 

 ユーハバッハに対して並々ならぬ怒りを抱いているバズビーは、門を開こうと再び霊圧を籠め始める。

 リルトットは実はそれ以外の目的があるのだが、それを隠してバズビーと同じく霊圧を籠めて門を作り出した。

 

「あ、あたしは残ろうかなー……」

「お前も来るんだよ。ユーハバッハをぶっ飛ばす為にはお前の力はもってこいなんだからな!」

「ひぅ! お、怒らないでよ! 行くわよ! 行けばいいんでしょう! うう、死にたくないよぉ……」

 

 命を惜しみこの場に残ろうとするバンビエッタをリルトットが怒鳴りつける。それによりバンビエッタも渋々だが門を作る為に霊圧を籠め出した。

 それを見て、残る滅却師(クインシー)も霊圧を籠め始める。どうやら滅却師(クインシー)は全員が霊王宮へ行こうとしているようだ。

 

「……行くぞ。我らに何が出来るかは解らんが、それでもこのまま全てをクアルソ・ソーンブラに任せる訳にもいくまい」

「貴殿の言う通りだ。例え何も出来ずとも、ここでジッとしているなど出来る筈もない」

 

 白哉がそう言って霊圧を籠め出し、そして白哉の言葉に賛同した狛村もまた門を作る為に動き出した。

 

「ふ……莫迦者が多いのぅ。皆の者。ここから先は命がいらぬ者だけが来ればよい。ここに残っても咎めはせぬ」

 

 そう言って、山本もまた門を作り始める。ここから先は自己満足の行動にしかならないと、山本は理解していたのだ。故に、命惜しさに瀞霊廷に残ってもそれを咎めるつもりはなかった。

 だが、山本の言葉を聞いて誰もが門を作る為に動き出した。命よりも矜持を取る莫迦の多さに山本は苦笑する。

 

 そうして、瀞霊廷に集う死神と滅却師(クインシー)十刃(エスパーダ)達が霊王宮への門を完成させる。

 門を潜りぬけた彼らを待ち受けるのはどのような運命か。それは未来予知を持たない彼らが知る由もなかった。……数人程は予想していたが。

 

 

 

 

 

 

「……莫迦な」

 

 霊王宮の一角にて一人佇むユーハバッハは、眼下で起こった現象を見てそう呟いた。

 反鬼相殺。確かにそんな技術がある事は知っている。やろうと思えば自分でも出来るだろう。だが、それは相手が格下である事が条件だ。

 反鬼相殺は相手の攻撃に合わせて行う技術だ。必然的に相手よりも後から攻撃を繰り出す事になる。相手が放った鬼道や霊圧の質と量を確認し、瞬時にそれと同質・同量の霊圧を逆回転にして放ちぶつける。それを成すには相手よりも優れた技量が必要となる。

 つまり、つまりだ。クアルソ・ソーンブラとユーハバッハの間には、それだけの技量差が存在しているという事になるのだ。

 

 そんな事があり得るのだろうか。生まれもって特別な力を持っていた。他人に力を授け、死す時にその者の得た力や記憶、才能を得た。そうして生きてきた。そうしなければ生き長らえなかったのだ。他人から力を得なければ、目も耳も口も利かない三重苦に陥ってしまう。それがユーハバッハが生まれ持った業だったからだ。

 そして、長きに渡って数多の力を受け継ぎ続けてきた。時には無理矢理奪いもした。更には大部分が失われているとはいえ、それでも強大な力を持つ霊王の力すら吸収した。最強の死神の卍解すら使った。

 そんなユーハバッハが放った力の塊を、全てを焼き尽くす天地灰尽を。あの一瞬で相殺したのだ。ユーハバッハとて容易く信じきる事は出来なかった。

 

「……っ!?」

 

 そうして呆けること僅か。ユーハバッハが呆然としている一瞬の間に、ユーハバッハの眼前に一人の老人が立っていた。

 

「き、貴様は……! クアルソ・ソーンブラなのか……!?」

 

 眼前に現れた老人に対し、ユーハバッハはそう問い掛ける。答えは聞かずとも予想出来ていた。この場に現れる者など、クアルソ・ソーンブラ以外には居ないだろう。それでも、ユーハバッハは己の内に生じた疑問をぶつけずにはいられなかったのだ。

 

「そうであり、そうではない」

 

 だが、肯定が返って来ると思っていたユーハバッハの予想に反して、老人の口からは肯定と否定という相反する答えが返って来た。

 

「どういう意味だ……!」

 

 ユーハバッハの当然の疑問に対し、老人は答える。

 

「私はクアルソ()()ソーンブラ()であり、そうではない者。私は……クアルソ(柳晶)()ソーンブラ()だ」

「一体何を言っている……!?」

「……」

 

 クアルソ()ではなくクアルソ(柳晶)である。その意味はやはりユーハバッハには解らなかった。クアルソも理解してもらおうとして説明した訳ではないのだから、それ以上何かを言う事はなかった。

 そして、言葉ではなく力で語り合おうとばかりに、静かに構えを取る。ユーハバッハは知らないだろう武術。風間流合気柔術の基本の構えをだ。

 

「そうか……そうだな。もはや言葉は不要か!」

 

 ユーハバッハはクアルソの真意を理解し、その身に纏う炎を滾らせる。敵は強大にして脅威。己の全てを駆使しても勝てぬやもしれない圧倒的強者だ。

 だが、それでも退く訳にはいかなかった。この世界を元に戻す。三界を一つとし、生きとし生ける者全てが死の恐怖から逃れる世界に戻す。その為に、ここまでやって来たのだ。今更退く事など出来る筈もなかった。

 

「クアルソ・ソーンブラ!!」

 

 ユーハバッハの裂帛の気合と共にその全身から炎が猛った。

 そしてその気合に呼応するかのごとく、クアルソの全身からも炎が噴き出した。ユーハバッハの攻撃によるものではない。クアルソが炎の鬼道による瞬閧を用い、全身に炎を纏わせたのだ。

 

「むん!」

 

 ユーハバッハはクアルソ目掛けて天地灰尽を放つ。先程相殺された天地灰尽と同じ威力だが、条件が違う。霊王宮から瀞霊廷に放った時と違い、距離が圧倒的に縮まっているのだ。

 距離が縮まれば縮まるほど、対応速度は必要となってくるだろう。この至近距離から放たれた天地灰尽を相殺する事が出来るのかどうか、それを確かめる為にユーハバッハは初手にて最強の一撃を放ったのだ。

 そして、ユーハバッハが放った天地灰尽に合わせるようにクアルソが腕を振るい、そこから放たれた炎熱系の霊圧によって、天地灰尽は相殺され跡形もなく消滅する事となった。

 

「ふ、ふふ……化物め……!」

 

 ユーハバッハが思わず悪態を吐く。予想はしていた。こうなる可能性は考慮していた。だが、実際に目にするとなるとその衝撃は大きかったようだ。

 この距離で、今のユーハバッハが放てる最大火力が、事も無げに相殺された。これはユーハバッハではクアルソ・ソーンブラに勝ち目がない事を示していた。

 だが、それを受け入れられるユーハバッハではない。天地灰尽が反鬼相殺される事は紛れもない事実だ。それは認めよう。ならばそれ以上の力で、相殺出来ない程の攻撃を繰り出せばいい。それだけの話だ。

 

「ならばこれでどうだ!」

「む……」

 

 クアルソはユーハバッハの変化に気付いた。ユーハバッハの肉体が通常のものに戻っているのだ。そう、残火の太刀“西”・“残日獄衣”を解除したのである。

 そしてユーハバッハは残日獄衣に注いでいた力の全てを残火の太刀に籠める。これで残火の太刀の攻撃力は今までよりも更に高まっただろう。ユーハバッハは防御を捨てて攻撃を取ったのだ。

 それを愚かと取る者もいるだろう。残日獄衣の防御なくしてクアルソの攻撃に耐えられる訳がない。ユーハバッハの行為は愚行と取る者もいるだろう。だが、ユーハバッハは悟っていた。天地灰尽が反鬼相殺されたのだ。身に纏う一千五百万度の炎など、今のクアルソの前では蝋燭の火も同然だと。

 ならばそのような防御など必要ない。そこに割いていた力を全て攻撃に回し、クアルソの防御を貫いた方がまだ勝ちの目があるというものだ。

 

「天地灰尽!」

「強いな」

 

 今までとは比べ物にならない威力を秘めた天地灰尽がクアルソへと放たれる。この威力を反鬼相殺する事は然しものクアルソと言えど不可能だった。

 クアルソは今までの天地灰尽を事も無げに相殺しているように見えるが、それはそう見えるだけの話だ。クアルソはあの何気に振るったように見える腕の一線で、大量の力を籠めた一撃を放っていたのだ。膨大な力を一瞬で集め、それを技として揮う事が出来る技量があるからこその一撃だったのだ。

 つまり、流石のクアルソも先程までの威力を遥かに上回る天地灰尽に対し、反鬼相殺を仕掛けるのは困難だったのだ。だが、それはあくまで反鬼相殺に限っての話だ。この一撃を防げないという訳ではなかった。

 

「はっ!」

「!?」

 

 クアルソは自身に向かう天地灰尽に対し、霊圧を籠めた両手を突き入れ、そして天地灰尽の霊圧を分解して周囲へと分散した。それにより、膨大な破壊力を秘めた霊圧が周囲に撒き散らされる。

 その結果を見てユーハバッハは慄いた。そのような技法で天地灰尽を分散するなど、ユーハバッハをして想像する事は出来なかったのだ。

 

「素晴らしい一撃だ。今の私でなければ終わっていたな」

 

 そう言って、クアルソはユーハバッハの一撃を褒め称える。その言葉に嘘偽りはない。今の一撃を帰刃(レスレクシオン)状態のクアルソが受けていれば、即死だっただろう。

 そして、クアルソの両手は先程の一撃を分散した代償に火傷を負っていた。それ程の威力が籠められていたという事であり、そして帰刃(レスレクシオン)状態のクアルソが即死する一撃をその程度で抑えるほど、今のクアルソと以前のクアルソの間に大きな実力の差があるという事だ。

 

「まだだ!」

 

 今の一撃をあのような方法で防がれるとは思っていなかった。だが、ダメージを与える事は出来た。そのダメージも回道によって既に回復しているが、今の一撃ならば僅かでもクアルソの防御を貫く事が出来るのは証明された。

 ならば一撃ではなく十撃、いや、百もの数を打ち込めばどうだろうか。それでもクアルソは耐え抜く事が出来るのだろうか。

 連続で放っただけでは恐らく通用しないだろう。僅かなダメージで攻撃を分散され、その傷は瞬時に癒えてしまう。だが、同時に百の天地灰尽を放てばどうだろうか。

 そして、それを成すだけの力がユーハバッハにはあった。

 

「これを防ぎ切れるかクアルソ・ソーンブラ!?」

 

 ユーハバッハの数が百体に増えていた。星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人、グレミィ・トゥミューの能力、夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)を用いて自分自身を無数に想像したのだ。

 今までユーハバッハがこの力を使っていなかったのには訳がある。ユーハバッハはあくまで世界を融合し一つにしたいのであって、世界を滅ぼしたいわけではない。だが、残火の太刀を発動し、その力をそのままに自身を増やせばどうなるか。

 残火の太刀はその身に纏う炎だけで尸魂界(ソウル・ソサエティ)を滅ぼしかねない力を秘めている、恐るべき卍解だ。その力が複数同時に存在してしまえば、尸魂界(ソウル・ソサエティ)は瞬く間に滅びてしまうだろう。下手すれば現世にまで被害が及ぶ可能性すらあった。それはユーハバッハの望む所ではなかった。

 故にユーハバッハは夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)による自身想像を行わなかったのだが、今は話が別だ。今のユーハバッハは残日獄衣を解き、その力を全て残火の太刀一つに纏めている。それによって一千五百万度による無駄な破壊はなくなり、存分に自身を想像し創造する事が可能となったのだ。

 

「グレミィの力か」

『その通りだ! 百体の私が放つ天地灰尽! 防ぎ切れるか!?』

 

 数多のユーハバッハがクアルソを囲みながら同時に叫ぶ。その叫びに対し、クアルソは至極簡単に否と答えた。

 

「それは無理だな」

 

 然しものクアルソも全方位から同時に放たれる天地灰尽を防ぎ切る事は出来ない。攻撃のみに特化した天地灰尽を分散するにはクアルソとてそれなりの力と技術を必要とするのだ。百も放たれれば防ぎ切れる道理はなかった。

 故にクアルソは天地灰尽そのものを放たせなかった。揮えぬ力に脅威はないだろう。

 

「禁」

『!?』

 

 その一言で、全てのユーハバッハが鋲とベルトによってその動きを封じられた。縛道の九十九・禁の同時多重発動である。

 

「はっ!」

『――』

 

 そしてクアルソは全てのユーハバッハの動きを止めた後、自身を中心として巨大な霊圧球を作り出した。そしてその霊圧球に全てのユーハバッハを飲み込んだ後、霊圧球を螺旋回転させる事でユーハバッハ達を一斉に攻撃していく。

 残日獄衣を解いた事により、ユーハバッハの防御は著しく落ちている。そればかりか静血装(ブルート・ヴェーネ)による防御も取れなかったのだ。今のクアルソの圧倒的な霊圧による攻撃に耐え切れる筈もなく、ほぼ全てのユーハバッハがこの一撃で消滅する事となった。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 クアルソの霊圧の波動が消えた後、霊王宮の空間に残されたユーハバッハは一体のみだった。このユーハバッハこそが本体であり、想像によって生み出したユーハバッハ達がその想像力を用い、本体を先程の一撃から護り抜いたのである。

 

 ――強い……強すぎる!――

 

 あらゆる力が桁外れだった。今のクアルソと比べれば、今までのクアルソも未熟と言える程にだ。

 

「お前は……お前は何者だ……。なんなのだお前は!?」

 

 未知数の存在、クアルソ・ソーンブラ。発生も、発生してからの経緯も不明。二年ほど前に突如としてその存在が確認され、圧倒的な力を見せつけた破面(アランカル)

 (ホロウ)は長く生きれば生きるほど、その力を増していく。長く生きれば生きるほど、それだけ多くの(ホロウ)や魂魄を食らい力を増していくからだ。勿論例外はあるだろうが。

 だと言うのに、クアルソ・ソーンブラの二年以上前の情報は一切ない。これだけの力を持つ(ホロウ)がいれば、その痕跡や情報の一つも出てくる筈だ。だが、クアルソはまるで二年前に突然この世界に現れたかの如く、何の痕跡もなく姿を現したのだ。

 故にユーハバッハはクアルソを最大限に警戒した。特記戦力筆頭とし、クアルソがこの戦争に参戦しないように動き、参戦したとしても勝てるように力を集めた。だが、その全てをクアルソは破ってきた。未来を予知するユーハバッハすら見抜けない未知の存在。そんなクアルソに、ユーハバッハは恐怖を抱いた。

 

「私はクアルソ・ソーンブラ。ただの破面(アランカル)だよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ただの破面(アランカル)だと……? ふはははっ! だとすれば、私は初めて破面(アランカル)を目にした事になるな!」

 

 クアルソの言い分を聞き、ユーハバッハは愉悦に顔を歪めた。クアルソ・ソーンブラがただの破面(アランカル)ならば、他の破面(アランカル)はなんだ? 虫か何かか? 面白い冗談だろう。

 クアルソの言葉にひとしきり笑ったユーハバッハは、突如としてクアルソを睨みつけて残火の太刀を構える。

 

「貴様がなんであろうと、私は止まらぬ! 世界から死の恐怖を無くす為にも! 私は止まる事が赦されぬ!」

 

 そう叫び、ユーハバッハはクアルソに直接斬り掛かった。天地灰尽が通用しないならば、旭日刃にて消し飛ばすという心算だ。

 天地灰尽と同様に、残日獄衣の力を全て旭日刃に注ぎこむ。これならば命中すれば確実にクアルソの防御を貫く事が出来るだろう。

 

「はぁっ!」

 

 真正面から斬り掛かって来たユーハバッハに対し、クアルソはその力を受け流し、後方へと逸らす。そう、後方のユーハバッハへとだ。

 

「ぐはっ!」

「おのれ!」

 

 正面のユーハバッハが振るった残火の太刀が後方からクアルソに斬り掛かっていたユーハバッハへと吸い込まれるように命中する。

 ユーハバッハは正面から斬り掛かる振りをして、クアルソの後方に自身を想像し生み出していたのだ。先程の叫びも感情的な突撃も、それを悟らせないようにする為に本体自身にクアルソの意識を向けようとしていたのだ。

 だが、クアルソ・ソーンブラに死角なし。全てを俯瞰するように戦場を見ているクアルソにとって、例え視界を塞がれていたとしても生半な奇襲など通用する筈もなかった。

 

「まだだ!」

「おお!」

 

 ユーハバッハの本体も、旭日刃によって斬り裂かれた分身も、再びクアルソへと残火の太刀を振るう。

 不死身に近しい存在が幾人も居た星十字騎士団(シュテルンリッター)を率いるユーハバッハだ。彼自身もまた不死身に近い生命力を誇っていた。

 分身は旭日刃によって吹き飛んだ肉体を即座に再生させ、本体と連携してクアルソに斬り掛かる。

 

「ふっ」

『!?』

 

 クアルソは前後から迫る残火の太刀を、刃先には触れぬようそれぞれ片手の指二本で挟み込み、止めた。

 そして瞬時に合気を仕掛け、ユーハバッハ達を宙へと翻し、互いをぶつけ合う。

 

『ぐはっ!』

 

 二人のユーハバッハから同じ苦痛の声が漏れ出る。だが、クアルソの攻撃はまだ終わっていなかった。

 空中で衝突した二人のユーハバッハを、そのままお手玉でもするように空中で弾き続けて行く。風間流の奥義が一つ、木葉舞という技だ。

 右に、左に、上に、下に、斜めにと、クアルソが両腕を鞭のようにしならせて放つ攻撃により、ユーハバッハ達は風に舞う木の葉のごとく宙を舞い続ける。

 

『ぐぅっ!』

 

 再び苦痛の声をあげるユーハバッハ。だが、当然これで終わるつもりはユーハバッハにはない。

 ユーハバッハは苦痛に耐え、想像力を働かせ、クアルソの周囲に再び複数の自身を想像し生み出した。そして複数のユーハバッハは再びクアルソへと残火の太刀を振るった。

 

『!?』

 

 だが、その攻撃がクアルソに命中する事はなかった。斬撃を放った場所にクアルソの姿がなかったのだ。

 空間転移による回避だとユーハバッハが気付いた時、クアルソはユーハバッハ達の上空に立ち、無数のユーハバッハ目掛けて虚閃(セロ)の嵐を放った。

 

無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

『っ!』

 

 天から降りかかる虚閃(セロ)の嵐。それをユーハバッハ達は残火の太刀を振るい切り払って行く。

 一つ一つが今までとは比べ物にならない威力を秘めた虚閃(セロ)だが、今のユーハバッハが持つ残火の太刀ならば切り払う事は可能だった。

 そして無数の自分の分身に自身を護らせ、本体と幾人かのユーハバッハが天に立つクアルソに向けて天地灰尽を放とうと天を見上げ――そこにクアルソがいない事に気付いた。

 

『なにっ!』

 

 天から虚閃(セロ)を放っていたのは、巨大な霊圧球だった。クアルソが設置した虚閃(セロ)を放つだけの砲台のようなものだ。

 ならば本体はどこに行ったというのか。その答えをユーハバッハは直に知る事になる。

 

無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

『!?』

 

 ユーハバッハは真下方向から聞こえた声に反応し、眼下を見下ろす。そこには、巨大な霊圧球を設置しそこから虚閃(セロ)を放たせているクアルソの姿があった。

 そして再びクアルソが姿を消す。空間転移ではない。圧倒的な速度で移動したのだろう。それを見て、ユーハバッハは分身を置いてでもこの場から脱出を図った。クアルソがしようとしていた事に気付いたのだ。

 ユーハバッハの予想は正しく、クアルソは次にユーハバッハの右方向に現れた。そして先程と同じように霊圧球を作り出し設置していく。このままでは全方位から虚閃(セロ)の雨に打たれる事になるだろう。そうなったら流石に防ぎ切れる自信はユーハバッハにもなかった。

 ユーハバッハはこの場から離れるべく空間転移を試みる。だが、空間転移が発動する事はなかった。その理由に気付き、ユーハバッハは声を荒げた。

 

「おのれクアルソ・ソーンブラ!」

 

 ユーハバッハはクアルソがこの辺り一帯の空間を固定した事に気付いたのだ。クアルソが先程から霊圧球を設置するのに空間転移ではなく態々移動していたのはその為だったのだろう。

 周囲から迫り続ける虚閃(セロ)の嵐。その嵐は次々に数を増やしていく。上下左右斜めの全方位から無数に迫る虚閃(セロ)に、無数のユーハバッハ達も対応し切る事が出来なくなり……そして、本体含めて全てのユーハバッハに虚閃(セロ)の嵐が直撃した。

 

「……む」

 

 クアルソは虚閃(セロ)の嵐に晒された中心部に視線を向け、そこから現れた存在を見て眉を顰めた。

 

「無駄、だ……。無駄だクアルソ・ソーンブラ!」

 

 そこから現れたのは当然ユーハバッハだ。その肉体は無残な姿を現しており、頭部の一部しか残されていない程だ。

 だが、それでもユーハバッハは生きていた。不死身を思わせるユーハバッハの生命力だが、これはユーハバッハが真実不死身だからではない。

 ユーハバッハにも確かに死は存在している。だが、ユーハバッハは未来を改変する全知全能(ジ・オールマイティ)の能力を有していた。例えクアルソの未来を改変する事は出来なくとも、それ以外の未来ならば改変は可能だ。

 そう、ユーハバッハは先程の攻撃で確かに死んでいた。だが、その未来を死んでいなかった未来へと改変したのだ。恐るべきは未来改変の力と、死して尚その力を揮えるユーハバッハだろう。

 

「私は私の死すら改変する! お前が如何に強くとも、私を殺す事が出来ても、私を倒す事は出来ぬ!!」

 

 死すら覆す存在。それがユーハバッハだ。失った肉体も既に元に戻っている。クアルソがどれ程強くとも、殺しても殺しても復活する敵をどうやって倒せばいいというのか。

 

「さあ、お前の力が尽きるまで存分に相手をしてやろう。クアルソ・ソーンブラ!」

 

 持久戦。それがユーハバッハが選んだ戦術だった。歯がゆいが、実力でクアルソに勝てない事は理解した。ならば勝ち目が見えるまで粘る、それがユーハバッハの考えだった。

 如何にクアルソ・ソーンブラといえど、その力には限界がある。どれ程強くとも、無限の霊力を有している訳ではない。戦えば戦うほど、力を揮えば揮うほど、その力が落ちていくのは自明の理。

 そこを狙い、最後には勝利する。華やかな勝利などいらない。泥臭くとも最後に勝てばそれでいい。目的達成の為にも、ユーハバッハは勝つ為の最善を尽くそうとする。

 

 




 今までで一番長く主人公と戦っているラスボスです。

 多くの方が予想されていましたが、クアルソの第二は風間柳晶の姿でした。

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