武道大会当日。ロモス王国には建国以来初の人口が集まっていた。
各国の主導者やその親族、各国の幹部格、それらを守るための警備兵、武道大会の参加者、そして大勢の観客。世界中から多くの人々が、ロモス王国に集まっていた。
この日の為に用意された宿やホテルは既に空き部屋もなく、路上で寝泊まりする者すら現れるほどだ。一万人は収容できる闘技場の観客席も、満席になっている。この盛況さはロモス王も予想以上だったようだ。
闘技場の外には中に入れなかった人達が、残念そうにしながらも闘技場周辺に用意された屋台で舌鼓を打っていた。観戦できないなら観光に力を入れるよう気持ちを切り替えている者達だ。
「ううむ、すごいのう! これは想像以上じゃわい!」
「うむ。これほどとは……我々の予想以上に、民衆は娯楽に飢えているのかもしれんな」
興奮するロモス王に、それも当然だなと納得しながらベンガーナ王も頷いていた。
次回の開催国はまだ決まっていないが、今回の結果如何によってはもっと多くの集客が出来るよう、闘技場や宿泊施設などの設備をより整える必要があるなと、先を見越して色々を考えていたりする。軍拡だけでは国が豊かにはならないと、ベンガーナ王も理解していた。
「すごいや! オレ、こんなにたくさんの人を見るのは初めてだよ!」
「それはそうよ。私だって初めてだもの」
嬉しそうにはしゃぐダイの隣に座っているレオナが当然とばかりに相槌を打つ。王族であるレオナですら見たことがない人々の集まりだ。デルムリン島という秘境で、僅かな家族とモンスターに囲まれて育ったダイが、レオナですら見たことがない人の集まりなど初見で当然だろう。
「何々、参加者の数は……64人? 結構多いな! 今日中に終わるのかよ?」
「終わるわけないでしょ。大会は三日間に渡って開かれるって説明されてたじゃない」
参加者の数に驚くポップに、マァムが呆れたように答える。さすがにこの数の参加者がいると、一日二日で試合が終わるはずもないようだ。
武道大会の参加希望者は実際には千人以上いたようだが、ある程度の振るいは掛けられていた。参加希望者全員を参加させていたら、それこそどれだけの期間大会を開かないといけないか、分かったものではない。
今この場に集まっている参加者は、各国で事前に行われた武道大会の予選を勝ち抜いた猛者達だ。その数52人。それと、各国に仕えている強者達が12人、選手として選ばれている。テラン王国を除く六ヶ国から2人ずつ選出された形だ。合計64人が、武道大会本戦の出場者となる。
「ふむ。大会はトーナメント形式か。シンプルで分かりやすい」
「ああ。だがトーナメントは勝ち進めば勝ち進むほど、手の内をさらけ出すことになる。そうなれば対策も取られやすくなるだろう。どれだけ余力を残して戦うか、対戦相手の強さなど……純粋な実力だけでなく運と戦術も必要となるな」
ラーハルトとヒュンケルが武道大会について所見を交わしていた。ラーハルトは参加できない大会など特に興味はなかったのだが、ダイに誘われたら否などなかった。
ヒュンケルはダイがラーハルトを誘った時、たまたまラーハルトに戦いを挑みに来訪していたので、一緒に誘われた次第だ。他人の戦いを観戦するのも修行の内かと、ヒュンケルも特に否はなく誘いに乗ったわけだ。
そうしてダイ達勇者一行が、各国指導者も観戦するVIP席にて会話を弾ませていると、新たなVIPが入室してきた。
そのVIPを見ると、多くの者達が緊張を顕わにする。覚悟はしていたが、どうしても緊張せざるを得ないだろう。そう、魔国からの来賓の入室は。
「おお、久しぶりだな皆!」
「クロコダイン!」
「元気そうで何よりだクロコダイン」
最初に入ってきたのはクロコダインだ。クロコダインはバーン討伐後、ハドラーに誘われて魔国の一員となっていた。確実に訪れるだろう人間国と魔国の摩擦。それを少しでも和らげたいと思い、魔国で魔物達が人間と争わないよう尽力しているようだ。
クロコダインとの再会に勇者一行は素直に喜んだ。ダイは持ち前の人柄で相手が魔物だろうが人間だろうが気にしないし、ポップ達もバーン討伐後に普通にクロコダインと交流を深めていた。共に死闘を繰り広げたヒュンケルも友情を感じている。
だが、クロコダインの次に入室した存在を見ると、流石にVIP室の空気はわずかに重くなった。
「ふん。久しぶりだな……アバン」
「ハドラー……」
そう、魔国からの来賓客はクロコダインだけではない。クロコダインはあくまで護衛だ。魔国の将軍であるクロコダインが護衛をする者……そう、魔国王ハドラーその人が、来賓としてやって来たのだ。
これは武道大会が開催されるとあって、サミットで決定されたことだ。もちろん多くの反対もあったし、今でも不安に思っている主導者達もいる。賛成した国々も、警戒していないわけではない。
だが、まずはこちらが歩み寄ることが重要というアバンの説得と、勇者一行が一緒にVIP室で観戦することで何かあった時の戦力となること、そしてハドラーが自身の護衛を最小限に留めるという条件を受け入れることで、どうにかハドラーたちを来賓として呼ぶことが出来たのだ。
アバンとしては、出来るならばハドラーとこれ以上無駄な争いをしたくはなかった。もちろん、アバンもハドラーの危険性や、過去の多くの所業を理解している。だが、ハドラーが変わろうとしているというのもアバンは理解していた。
過去が過去だから、未来も変わらないなどということはない。アバンはより良い未来を信じ、ハドラーに歩み寄ろうとしていた。そしてそんなアバンの想いは、ハドラーにも伝わっていた。
「まずは、人間国の主導者の方々に礼を。此度は我ら魔国を招いていただき感謝する」
『ッ!?』
ハドラーの態度に、この場の全員が言葉を失う程の驚愕を受けた。あの魔王ハドラーが、人間を相手に頭を下げ、謝辞を述べたのだ。そんな光景を見て、驚愕しない者などこの場には殆どいなかった。
「こちらこそ、来ていただけて感謝します。魔国王ハドラー殿」
「ふ、その口調を止めろアバン。心寒くなるわ」
「ふふ。あなたが言うことですか?」
かつて死闘を繰り広げたライバル同士、通じる所もあるのか互いに笑みを浮かべるアバンとハドラー。
そうしてハドラーは一応の挨拶を交わした後、用意された席に座り込む。
「しかし武道大会か。中々興味が湧く催しではないか。我が国からも参加させれば良かったか?」
「ふふふ。そうですね。いずれは、そうなればいいと思っていますよ」
今はまだ無理だろう。流石に魔国から参加者を募ることまでは許可出来ないでいた。だが、いずれは人間国と魔国との間の交流を増やしていき、いつかは人間国と魔国などという垣根をなくし、地上にある国の一つとして受け入れられれば……。
その未来はまだ遠いだろう。だが、絶対にない未来ではないと、アバンは信じていた。その未来を信じ、今は少しずつ歩み続けるだけであった。
◆
闘技場は凄まじい熱気に包まれていた。人類が地上で国を興してからどれだけの年月が流れたか。有史以来で初の全世界規模の祭典だ。
当然娯楽に飢えた人々が集まり、闘技場の客席は満席を超え、立ち見している者も大勢いるくらいだ。歩くスペースも少なく、それでも観客は闘技場内に入りきれず入場出来なかった人達も大勢いた程だ。
そんな大勢の観客に見守られる中、多くの強者達が優勝を目指して戦っている。全力で戦う者、手の内を隠す者、目立つように戦う者。様々な参加者達が、各々の戦い方を披露していた。
中には魔法や弓、闘気による遠隔攻撃を使う者もいる。だが、それが観客席に流れ、観客を傷つけることはない。この闘技場は複数の特殊な結界――アバン製――で覆われており、余程の攻撃でもなければ観客席にまで余波が届くことはない設計となっていた。さすアバ。故に、観客達は安心して参加者達の戦いを観戦出来ていた。
「それでは第12試合! ゴメス選手対へろへろ選手! 両者中央に!」
既に初日の戦いも三分の一が終わろうとしたころ。司会進行役――魔法のマイクを用いて声を拡大している――の声を聞いて、ダイ達が驚愕した。
「え、へろへろ!?」
「マジか。本当にへろへろじゃん。あいつ参加してたのかよ」
「本当ね。でも、へろへろさんやでろりんさん達なら、確かに本戦参加者としての資格は十分ね」
思わぬ知り合いの参加に驚愕する三人。だが、確かに偽勇者一行ならば本戦に参加することは十分可能と言えたので、納得もする。
でろりん達偽勇者一行は、大魔王討伐後の一年後に修行を終え、デルムリン島から旅立った。その一年で、マァムもでろりん達と多少の交流はしていたのだ。
そこでマァムが実感した偽勇者達の実力は、四人揃えば自分でも苦戦する、というレベルのものだった。一人一人であればマァムが苦戦する事はないだろう。だが、四人が力を合わせ、互いの欠点を補って戦うパーティー戦ならば、かなり手間が掛かるというのがマァムの見解だ。
でろりん達はそれはもう強くなっていた。デルムリン島に偽勇者としてやって来た時の彼らのレベルは13前後だった。だが、それから約一年後の大魔王討伐後では30レベル前後にまで成長していた。
それから更に一年後、メタルンから合格を貰い、デルムリン島を出立した時の彼らのレベルは、なんと40近くにまで至っていた。これは勇者一行を除けば世界トップクラスと言っても過言ではない実力と言えよう。
そんな、化け物に強制的に矯正されるほどに育てられた戦士が、今ここで日の目を浴びようとしていた。
「……始め!」
司会進行役の合図と共に、闘技場で二人の出場者が戦い始める。
怪力無双と謳われるゴメスは、その通り名に相応しい筋骨隆々の外見をしている。武器は持っておらず、見た目通りの怪力にて敵を圧倒する格闘士だ。
対するへろへろは、偽勇者一行のゴリラ、もといゴリラに見間違う程の外見をした戦士である。両者ともに最大の武器はその力であることは明白だ。
今大会でも屈指の筋肉の持ち主同士の戦い。その注目度はかなり高く、会場で見守っている観客たちも大いに盛り上がっていた。だが、その戦いは観客の予想を超えて一方的なものになっていた。
「うがぁぁぁぁ!」
「う、うおおっ!?」
雄叫びと共に、ゴリラもといへろへろが猛攻を仕掛ける。それだけならば別にゴメスも対応出来ていただろうが、問題はその速度だ。
その巨体に見合わぬ突進力を目の当たりにし、ゴメスは目を見開いて驚愕する。そしてそこにへろへろが振るう巨大なハンマーが一閃。その一撃は強大であり、何とか防御しようとしたゴメスを、その防御の上から吹き飛ばした。
「ぐぅぅっ!?」
防御した両腕が痺れ、喰らっていないのに頭の芯まで衝撃が響く。その衝撃により、たたらを踏んだゴメスはへろへろの追撃に対応出来なかった。
「うりゃぁぁっ!」
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
へろへろの放った会心の一撃がゴメスに炸裂する。へろへろの筋力から繰り出される通常の一撃よりも遥かに重い攻撃を、無防備な状態で受けたのだ。さしもの耐久力を持つゴメスと言えども、ダウンせざるを得なかった。
「それまで! 勝者へろへろ!」
「うおおおぉぉっ!」
決着の合図に勝利の雄叫びをあげるへろへろ。それと同時に会場では拍手喝采となった。VIP席でもこの試合を見て、ダイ達と共に多くの指導者達や、その護衛達、そしてハドラーやクロコダインですら唸っていた。
「やるじゃねーかへろへろのやつ!」
「うん! 昔とは比べ物にならないくらい強くなっているよ!」
「そうね。今戦えば四人相手なら勝てないかもしれないわね」
上からポップ(レベル65)、ダイ(レベル66)、マァム(レベル60)の化け物達が何か言っておられます。なお、一般人がどれだけ頑張ってもレベル40を超えることはまずないだろう。それが出来るのは逸般人の証拠である。
「ううむ。見事な一撃だ。ただ力強いだけではないな」
「確かに。巨体とあらば遅いというレッテルがあるが、あのへろへろという選手は十分な速さも有しておる」
「それだけではありません。最後の一撃はまさに必殺技と言ってもいい、恐らくへろへろ選手の最大の攻撃でしょう。それを当てる為に相手が無防備な状態を上手く作り出していた。ただの力自慢ではありません」
戦いの専門家である護衛の補足を聞き、指導者達はますますへろへろに興味を惹かれた。品性があるとは言えないが、あの強さは確かなものだ、と。
こうして、へろへろは指導者達にスカウト候補の一人として覚えられることとなった。
「ふふ。大したものではないか、へろへろも」
「うむ! 当時よりも更に強くなっているようだ! こうしてへろへろを見ると、かつてのデルムリン島での修行時代を思い出しますなハドラー殿!」
ハドラーとクロコダインは、へろへろの活躍を見てあの地獄のような修行時代を懐かしく思い出す。二人はとたんに気分が悪くなり吐き気を催した。我慢したが。
二人とも、短い期間とはいえ、あの修行を共に乗り越えたでろりん達を既にただの人間とは思っていない。人間だとか魔物だとか魔族だとか関係ない、辛い地獄を乗り越えた絆を持つ仲間であった。
違う種族同士が互いに思い合う。これもメタルンのおかげである。間違いない。多分。
◆
闘技大会一日目が終わり、夕方からは自由時間としてダイ達はロモス王国を散策していた。メンバーはダイ・レオナ・ポップ・マァムの四人だ。レオナ姫の護衛? そこに三人もいるから何の問題もない。
ダイとレオナは互いに淡い恋心を抱いており、ポップはマァムが好きで、マァムも大魔王討伐後も良く一緒にいるポップを少なからず想っている。つまりこれは実質ダブルデートということになる。これにはメタルンもにっこり。はよ告白して末永く爆発しろ! とはメタルン談である。
ちなみにヒュンケルやラーハルトは護衛兼監視の名目で、ハドラーやクロコダインと共にロモスを散策している。VIP室には来ていなかったが、バランとソアラも今頃はロモスの祭りを楽しんでいるだろう。
「うわぁ! 人がすごい! 屋台もいっぱいあるや!」
「もうダイ君ったらはしゃいじゃって。まだまだ子どもなんだから」
まだ14歳ですゆえに。人生経験も殆どが孤島であるデルムリン島で過ごしたので、こうした大きな催し物に興奮するのも致し方ないと言えた。
ダイを子どもだなんだと口では言っているレオナもこれだけのお祭りには興奮していたりする。もともとお転婆なところもある王女だ。お似合いの二人と言えよう。
「しっかしまあ、これだけ人が多いとはぐれそうだな。……て、手でも繋いどいた方がいいんじゃねぇか?」
「え……? そ、そうよね。はぐれたら、大変だし、ね……」
もじもじしながら言い訳をしつつ恥ずかしがりながら手を繋ぐポップ(17歳)とマァム(18歳)。互いに年齢には見合わないほど
四人が初々しくダブルデートを楽しんでいる中、ふとダイが路地裏を見つめた。
「……」
「どうしたのダイ君?」
「いや、何か視線を感じてさ……」
足を止め、路地裏を見つめるダイに怪訝な声を掛けるレオナ。そんなレオナに、先ほど感じた嫌な感覚にダイは難しい顔をしながら路地裏を見つめ続ける。
「そりゃあダイ君は有名人だし、ダイ君だけじゃなく、ここにいるのは大魔王討伐の功労者たる勇者一行の面々と、私もパプニカのお姫様よ? 視線の一つや二つくらい集まるわよ」
「うん……そうだと思うけど……」
レオナの言うことは正しい。祭りを楽しんでいる間も、ダイ達には幾つもの好奇の視線が飛び交っていた。特に注目が集まっていたのはポップだ。ポップはロモス王国が百獣魔団に襲われた時、アバン達やロモス王国の兵士と共に戦い、退けている。その活躍は当然市井にも伝わっており、ポップの外見を知っている民も少なくはなかったのだ。
だが、ダイが感じた視線はそういった好奇の視線ではなかった。どこか、こちらを値踏みするような、様子を伺うような、そういったどこか嫌な視線だった。ダイも感覚的なことなので、具体的にどうとは言えないのだが。
「そんなことより、ほら、あっちの屋台で何か食べましょうよ。私そろそろお腹空いちゃったわ」
「……そうだね。お祭りを楽しもうか!」
既に視線は消えており、今は嫌な感じもしない。ダイはレオナの言う通り、今はせっかくの祭りを楽しむことにした。先ほどの感覚は勘違いと思い込んで。
「……あれが、竜の騎士の息子か」
ダイ達が去った後、路地裏の奥からフードを被った怪しい人物が姿を現した。フードを被った人物は、ダイ達が去った方角を見つめ、呟く。
「なるほど。確かに強い。オレの存在を感じ取るとは、な。だが……想像以上ではない。それを証明してやろう。この武道大会で、な」
不穏な台詞を呟いた後、怪しい人物は再び路地裏に姿を消した。
◆
楽しい時間はあっという間に進み、武道大会も残すは準決勝と決勝戦のみとなった。
勝ち残ったのは四名。巧みな剣術と闘気を操る大会屈指の実力者、カール王国の騎士ホルキンス。
同じく、闘気を操り剣に纏わせる戦い方を得意とし、それだけでなく高度な魔法も使いこなすリンガイア王国の若き勇者ノヴァ。
そして意外過ぎるほどの剣技を繰り出しここまで勝ち抜いた元偽勇者でろりん。
最後の一人は、唯一魔法のみでここまで勝ち進んだ上に、紅一点である魔法使いザムリィ。
この四人が、この武道大会最終日の主役であった。
「四人とも! 良くぞここまで勝ち残った! この四人の誰が優勝してもおかしくない実力者であることは、この場の誰もが知る事じゃ! 最後の最後まで、全力で戦う姿を期待しておる!」
大会主催者であるロモス王が勝ち残った四人に激励を送る。そして、クジによって準決勝の対戦相手が発表された。
準決勝第一試合はでろりんvsノヴァ。第二試合はホルキンスvsザムリィとなった。
「君が相手か。悪いが、君は通過点だ。ボクはこの大会で優勝し、あの方にボクの力を認めていただくのだからね」
ノヴァがでろりんに対し、勝ち誇った台詞を言い放つ。そう、彼に取ってでろりんとの勝負は通過点だ。いや、この大会そのものが通過点と言うべきか。
二年前、ノヴァは自分の実力に絶対の自信を持っていた。その自信はけして間違いとも言えず、ノヴァは若くしてリンガイア王国でもトップクラスの実力を有していた。北の勇者とも呼ばれ、ノヴァは慢心していた。
そこに襲い掛かってきたのが超竜軍団であった。軍団長であるべグロムはともかく、無数の強大なドラゴンが相手では、さしものリンガイア王国と言えど敗北は必至と言えた。べグロムはともかく。
ノヴァもドラゴン程度に負けるつもりはなかったが、流石に数が多すぎた。幾体ものドラゴンを屠るも、体力や魔法力が尽きかけ、ノヴァの脳裏に敗北の二字がよぎった。その時だった。
竜の騎士であるバランが現れ、危機に瀕していたノヴァを救ったのだ。その力は圧倒的だった。無数のドラゴンを容易く蹴散らし、超竜軍団を束ねるべグロムをあっという間に打ち倒したのだ。
べグロムはともかく、あれだけのドラゴンを一瞬で倒しただけでなく、べグロムを倒した後は、ただの一睨みで残ったドラゴンを追い返したその実力は、まさに勇者という称号が相応しかった。ノヴァにはバランが誰よりも勇者に見えたのだ。べグロムはともかく。
その後も天を突くほどの巨人の討伐に、大魔王討伐――実際にはバグルキングの所業――という偉業を聞き、ノヴァはますますバランを尊敬した。バランこそが世界最高にして最強の勇者であると思っていた。
そんなバランに認められたく、ノヴァは武道大会に参加した。世界中の強者が集まる武道大会で優勝すれば、バランにも認められるのではないかと思ったのだ。
「へっ。先ばかり見てると足を掬われるぜ」
対するでろりんだが、ノヴァを相手に特に気負ってはいなかった。それもそのはず、でろりんが今まで相手にしてきたのは、それこそノヴァが憧れるバランや、そのバランすら勝てないメタルンなのだ。
それだけではない。魔王であるハドラーや、魔王軍の幹部であったクロコダインとも幾度となく力比べをしている。そんなでろりんが、今更ノヴァの圧力程度で気圧される訳もなかった。
「確かに君は強い。その剣技は我が国リンガイアの騎士でも右に出る者はいないだろう。ボクを除けば、だがね」
「オレの師匠の言葉を教えてやるよ。自信は過ぎれば過信となり、慢心を生み、死を招く……だってよ」
「良い言葉だ……覚えておくとしよう!」
試合前の口上が終わり、司会進行役が試合開始の合図を出す。
「両者中央へ! それでは! 準決勝第一試合……ノヴァvsでろりん! 始め!!」
『うおおおお!』
試合開始の合図と共に、両者が闘技場中央でぶつかり合った。
互いの剣が激しく交差する。両者共に剣に闘気を纏わせており、攻撃力と耐久力を増した剣が交差した結果、激しい衝突音が鳴り響いた。
「はっ!」
「でやっ!」
剣の交差は一度ではない。でろりんが上段から放った一撃をノヴァが剣で受け止め弾き、反撃に横薙ぎの一閃をでろりんの胴に放つ。
それを再び上段の一撃で叩き落したでろりんは、返す刃で逆袈裟でノヴァに切り込む。後方にバックステップすることでその一撃を躱したノヴァは、下がった距離を一瞬で零にする勢いで踏み込み突きを放つ。
でろりんは軸足を上手く使い、回転しながらその突きを回避しつつ、その勢いを利用して回転斬りにて反撃を試みる。だが、即座に剣を引き戻したノヴァは、剣の腹でガードして距離を取る。
一連の攻防は一般人である観客達には瞬きの間に行われており、準決勝に相応しい戦いに大きな歓声が鳴り響いた。
その歓声に応えるかのように、ノヴァがはやぶさの如き二連撃を放つ。それを素早い身のこなしで回避したでろりんは、ノヴァの技の隙を突いて疾風のような突きを放つ。
「くぅっ!?」
あまりの突きの速さに躱し切れず、ノヴァの右腕に僅かな切り傷が出来る。多くの観客の予想に反し、ファーストヒットを奪ったのはでろりんだった。
「貴様!」
「おおっと!」
まさかの反撃を食らい、頭に血が上ったノヴァが闘気を籠めた強大な一撃を上段から振り下ろす。だが、そんな大振りの攻撃などでろりんには通じなかった。
斜めに構えた剣でノヴァの一撃を反らし、そのままお返しとばかりに闘気を籠めた蹴りをノヴァの腹部に叩きつける。
「ぐあっ!」
でろりんの一撃をまともに受けたノヴァは、その威力のままに後方に吹き飛ばされる。咄嗟に態勢を整えたノヴァが見た光景は、上空から自身に向かって剣を振り下ろすでろりんの姿だった。
「大地斬!」
「くぅぅっ!」
即座に身を翻したノヴァは、どうにかでろりんの一撃を躱すことに成功する。そして、でろりんが放った一撃により、闘技場の一部が切り裂かれた。
その威力に観客達は驚き、ひと際大きな歓声が闘技場内に響き渡った。そして、その光景を見ていたVIP席からも、驚愕の声が響いていた。
◆
「だ、大地斬!? あいつ、大地斬が使えるのかよ! どうなってんだダイ!?」
「うん。大地斬はコツさえ掴めれば覚えるのはそんなに難しくないから、前にちょっとでろりんさんに教えたんだ」
簡単に言っているが、それはダイが天才だからであって、普通の人間は簡単にコツを掴んで覚えることは出来ないのである。
大地斬とは、アバン流刀殺法の基本の技である。無駄な力を抜き、最高率かつ最大の威力を発揮する一撃を放つという技であり、達人が放てば巨岩すら断ち切れるだろう。
大魔王討伐から一年後にでろりん達はデルムリン島を出立したが、それはつまり一年間はダイ達と一緒に修行を積んだということだ。それだけの時間があれば、ダイがでろりんに大地斬を教えるくらい出来て当然だった。
まあ、大地斬を使えるほどの下地をでろりんが得ているというのも当然あるが。
「すごいわね。今の確かに大地斬よ。でろりんさん、本当に強いわね」
「あいつ、二年前にあの強さだったら六大軍団長ともいい勝負出来たんじゃねーか?」
ポップの言葉に間違いはない。今のでろりんならば、恐らく初期ハドラーとすらいい勝負をするだろう。べグロムならば勝ちの目も普通にあるほどだ。べグロムならば。
「これならでろりんのやつ、優勝出来るんじゃねーか?」
「いえ、それはまだ分からないわ。だって、ノヴァという人はまだ全力を出していないもの」
マァムの言う通り、勝負はまだ決まってはいなかった。
◆
「……訂正しよう。貴方は、通過点などではない。オレの、超えるべき障害だ!」
「っ!?」
ノヴァの全身から闘気が溢れ出した。それだけではない。魔法使いの仲間がおり、自身も魔法が使えるでろりんにははっきりと分かった。ノヴァからは闘気だけではなく、魔法力も迸っていることに。
「マヒャド!」
「うおっ!?」
これまでノヴァは、武道大会で一度たりとも魔法を使っていなかった。それは他の参加者に手の内を晒さないようにするためだった。
この準決勝でも魔法を使うつもりはなかった。武道大会最終日である今日は、順調に勝ち進めば準決勝と決勝の二回戦うことになる。魔法を使ってしまえば魔法力を回復する暇も殆どない。そうなれば決勝で不利になるのは必然だろう。
だが、ここに来てノヴァは考えを改めた。この相手は強い。リンガイア王国最強の騎士である自分と同等か、それ以上の剣技を持った、尊敬すべき強敵だ。そんな相手に魔法力を温存するなど、傲慢も甚だしい愚行だろう。
故に全力。故に瞬殺にて勝負を終える。魔法力でマイナスの熱エネルギーを操り、対象を凍り付かせるのがヒャド系呪文だ。そしてマヒャドは氷系呪文の中でも最高の威力を持っている、ノヴァの得意魔法である。
範囲も広大であり、接近戦をしている最中に放たれれば避けることはほぼ不可能。その不可避の攻撃で対象の動きを止め、そこに最大の一撃を放つ。これがノヴァの必勝パターンであった。
「これを防げるかでろりん!」
ノヴァが極寒の吹雪の中にいるでろりんに向かって大きく飛び上がる。天高く掲げた剣からは闘気が迸り、十字に輝いていた。
闘気の扱いを得意とするノヴァが、全力で練り上げた闘気を剣に纏わせて放つ。これぞ北の勇者最大最強の一撃。
「ノーザン・グランブレード!」
天より極光の一撃が振り下ろされようとしている。ノヴァのマヒャドにより全身を凍結されているでろりんに、これを防ぐ手段はないだろう。
そう、凍結していれば。
「海波斬!!」
「ッ!?」
ノヴァの剣が振り下ろされる直前、猛吹雪を切り裂いて現れた衝撃がノヴァの剣を襲った。それにより、ノヴァ必殺の一撃は一瞬だが動きを止め、必殺の一撃は必殺ではなくなってしまった。如何に強力な攻撃だろうと、タイミングを逸してしまえばその威力は激減してしまうのだ。
その隙を突いて、猛吹雪を突き破って来たでろりんが空中にいるノヴァに向かって剣を振るう。
剣を
「でろりんストラッーーシュ!!」
『かっこ悪っ!?』
でろりんの必殺技名を聞いて、ダイとポップが異口同音に叫んだ。マァムや元ネタの開発者であるアバンも苦笑いをしている。
アバンストラッシュだとかっこいいのに、同じく人名を使った必殺技名だというのに、どうしてこうも違うのか。不思議である。まあ大体でろりんという名前が悪い。親は何を考えて付けたのだろうか。ずるぼんよりはマシかもだが。
「うおおっ!!?」
でろりんの必殺の一撃と、ノヴァの必殺の一撃がぶつかり合う。だが、ノヴァのノーザン・グランブレードは既に必殺にあらず。故にその軍配は、でろりんに上がった。
「ぐああああっ!?」
今大会屈指の破壊力を持つ技同士がぶつかり合い、凄まじい衝撃が闘技場内を走る。その衝撃により、ノヴァは大きく吹き飛ばされ、闘技場の結界に叩きつけられた。そしてそのまま場外へと落ちていく。
「……勝負あり! 勝者でろりん!」
闘技大会のルールとして、場外に落ちると敗北というものがある。まだノヴァに余力はあるが、ルールはルール。今回の勝負はでろりんの勝ちだった。
「くっ……ま、まさか、貴方も魔法を温存していたとは、ね……」
必殺技同士の衝突により、折れてしまった剣を支えにしてノヴァがゆっくりと立ち上がる。そして、でろりんがマヒャドに耐えた理由を言い当てる。
「火炎系呪文でボクのマヒャドに耐えたのか……」
「そういうことだぜ。お前だけが魔法を温存していた訳じゃねぇってことだ」
そう。でろりんはノヴァと同じく、準決勝まで魔法を温存していたのだ。そして迫りくるマヒャドに対し、威力は劣るが相反する属性であるメラミで凌ぎ、海波斬でマヒャドを切り裂いてノヴァのノーザン・グランブレードの発動を遅らせたのだ。
そしてでろりんが放ったでろりんストラッシュ。当然アバンストラッシュのパクリ……もといリスペクトして作られた必殺技である。尤も、アバンストラッシュはアバン流の三つの技を修めた者だけが使える奥義だ。最も難易度が高い空の技を覚えていないでろりんが放ったでろりんストラッシュは、あくまで劣化版ということになる。それでも今のでろりんが使えば十分な威力を発揮するのだが。
「負けたよ。試合前に貴方を侮辱したこと、許してほしい」
「気にすんな。侮られてた方が楽だったから気にしてねえよ。お前が最初から全力だったら、結果は逆だったかもしれねぇしな」
「ふふふ。その言葉は、素直に賞賛と受け取っておくよ……。次は負けないよ、でろりんさん」
「次はやらねぇよ! 勝ち逃げさせてもらうぜ!」
そう言って笑い合い、両者は握手を交わして闘技場から去っていく。彼らの試合は終わり、次の主役が出番を待っているのだ。
「見事な試合でしたなハドラー殿」
「ああ。あのでろりんが強くなったものだ。ふふふ」
「空の技を極めれば、彼の実力は私を超えるかもしれませんねぇ。いやはや、勇者の称号も返上すべきですかね」
でろりんの勝利をアバン達も賞賛していた。地獄を共にしたハドラー達はかつてとは比べ物にならないくらい強くなった同胞を頼もしく思い、アバンも自分の必殺技をリスペクトしてくれた事を恥ずかしながらも嬉しく思っていた。
ノヴァの出番をどうにか作れた……! これでノヴァからは許されるだろう。メルル? ……誰だっけ? 刹那で忘れちゃった。まぁいいか。
ユルシテ
強くなったへろへろとでろりんの活躍回。あの化け物連中にみっちり鍛えられた結果、人間の中ではトップクラスに強くなっています。でろりんに至ってはノヴァやホルキンスに匹敵する強さに。一般人の限界レベルという感じ。強くしすぎたか……?
でろりんがメラミを使えるのは捏造。原作ではメラとイオラは使っていたけど、メラミは未使用。この作品では頑張って覚えました。地獄の修行を乗り越えた結果です。契約はブラス老のおかげ。
ホルキンスは原作キャラです。カール王国最強の騎士で、あのバランを相手に善戦した実力の持ち主ですね。まあ、バランが本気ではなかったというのもあるでしょうが。紋章閃を使ったら一撃で殺されてしまいました。この小説では死んでいないので、アバンがカール代表の一人として大会に出場させました。
マァムは僧侶から武闘家に転職しているので、他のアバンの使徒よりもレベルが低い設定。これは原作でも同じくである。ていうか、あの短期間で武神流を修めたマァムは大分異常。こやつも人間の外れ値である。流石先代勇者パーティを親に持つサラブレット。ポップ? 背景ゼロの外れ値中の外れ値です。アバン先生は才能マンを集める才能を持っているのかもしれない。
ちなみに、レベルだけでは一概に強さは決められないです。闘気とか結構強さに関わる要素がでかいけど、ダイ大のレベル表記には一切書かれていないしね。特に竜闘気はズルじゃよ。大抵の攻撃呪文あんまり効かないもん。よほどの魔法力なら貫けるけど。