どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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 最初に謝っておきます。ごめんなさい。


NARUTO編おまけ――THE LAST―― ※

 第四次忍界大戦から二年の年月が流れ、世界は平和を謳歌し続けていた。それは木ノ葉隠れの里も変わらない。

 そんな木ノ葉隠れは今、いつもよりも若干陽気な雰囲気に溢れていた。その理由は、木ノ葉隠れの、いや、世界の英雄であるうずまきナルトと日向ヒナタの結婚式が近日中に挙げられる事が判明したからである。

 そのおめでたい話に便乗する者は多く、記念としてうずまき一族の印が入った饅頭を売り出したり、螺旋丸キーホルダーなる商品を売り出したりと、木ノ葉隠れはちょっとしたお祭り状態になっていたのだ。もっとも、来月からは本当のお祭りである輪廻祭りが開催されるのだが、騒げる理由は多いに越した事はないのである。

 

 

 

「しっかしお前の結婚がここまで大事(おおごと)になるなんざ、アカデミー時代だと思ってもみなかったぜ」

 

 結婚の前祝いという名目で、ナルトは友人たちと焼肉店で楽しく食べていた。ちなみに男のみの参加である。

 そんな中、シカマルは昔を思い出しつつナルトとアカデミー時代の思い出を語り合う。

 

「オレだって思ってもいなかったってばよ。そういやシカマルも我愛羅のねーちゃんと仲いいんだろ? どうなってんだ? 結婚とかすんのか?」

「めんどくせー……オレは一生独身でいいぜ」

「シカマルは相変わらずだね。ボクは今度雲隠れの忍と合コンするんだ。絶対ボクの体型でもいいって言う彼女を見つけてみせる!」

 

 結婚が面倒だと言う友人に対し、チョウジは焼肉を食べる手と口のスピードを落とさずにそう話す。

 

「お前は彼女見つける努力をする前に痩せる努力を……するつもりはないみたいだな」

 

 太った体型でもいいという女性を見つける宣言といい、相変わらずの食欲といい、完全に痩せずに彼女を見つけるつもりの様である。ある意味男らしい宣言と言えよう。

 

「しかし最近は有名どころの結婚ラッシュだな。この前は綱手様と自来也様が、その前には六代目就任とほぼ同時に火影様とリンさんが結婚してるしな」

「だなー。サクラちゃんもサスケを狙ってるし、次はサスケかもな!」

「おい、やめろ縁起でもねー……」

 

 ナルトの向かいの席で黙々と焼肉を食べていたサスケが、冷や汗を流しながらナルトの言葉に反応する。

 最近はサクラの迫り方が徐々にランクアップしてきているのだ。いいかげん冗談になっていないその言葉は本当に縁起でもなかった。

 

「お前いいかげん腹括れよ。そんなにサクラちゃんが嫌いなのか?」

「べ、別にそういう訳じゃない。だが、オレは……そう、アカネを倒すまでは結婚なんて物にうつつを抜かすわけには――」

『お前は一生結婚しない気か?』

 

 サスケの言い訳には全員一致の突っ込みが返って来たが、残念でもなく当然である。

 

「アカネの姉御に勝てるわけねーだろ! そんな夢を追うくらいなら火影になる方が簡単だぜ!」

 

 アカネを姉御という彼はキバだ。名前とは裏腹に、彼のアカネに対する牙は完全に抜かれていた。

 まあ仕方ないだろう。犬の様な性格の者が多い犬塚一族の青年だ。圧倒的に強いアカネ相手に、徹底的に鍛えられたのだ。彼がアカネに対して腹を見せて服従しても当然と言えるのかもしれない。実際に腹を見せたわけではないが。

 

「アカネに勝つ。その為には何が必要なのかすら分からない……何故なら、アカネはまだ全力を見せた事がないからだ」

 

 席の隅の方で一人黙々と食事をしていたシノがようやく存在感を顕わにする。そして、その言葉は正鵠を射ていた。

 

「そうだな。アカネは強いが、その強さがどこまでの高みにあるのかが分からん。オレ達よりも遥かに長い年月を修行に費やしているのだ。負けた所でそれは恥にはならない」

 

 ネジがサスケを諭すように、そして己に対してどこか言い訳している様に言う。

 ネジもまたサスケの様にアカネ打倒を目指していた。だが、圧倒的な強さと、初代三忍という正体を知り、それを空しく思うようになってしまったのだ。

 アカネ打倒に空しさを感じたネジは、任務であるヒナタ護衛に心血を注ごうとした。だが、今回の結婚でその任務も終わりを告げた。

 成すべき目標がなくなり、空しさを感じているネジであった。まあ、この場では関係のない事だが。

 

「関係ないな。あいつがどれだけ修行してようが、そんな事で諦める理由にはならん。一度も勝てずに負けたままでいられるか……!」

「それは分かるってばよ。オレだっていつかはアカネに勝ちてー」

「だからお前らあんだけ強くなったのにまだ修行してんのか。アカネの地獄の修行から解放されて喜んでたんじゃねーのか?」

 

 そう、シカマルが言う様に、ナルトとサスケはこの二年で更なる修行に励んでいた。一度はアカネの修行から逃れられた事を喜んでいたというのにだ。

 

『いや、何か修行を止めるとどうも不安になってな……』

『分かる』

「いや分かんねーよ」

 

 ナルトとサスケの言葉に、ネジとキバとシノが同意する。この五人はアカネによって修行を受けた者達(犠牲者)だ。

 アカネの修行を骨の髄まで叩きこまれた彼らは、修行を止めると不安になるという修行病とも言うべき病に冒されていた。哀れな……。

 そんな彼らを恐ろしいものを見る目でシカマルとチョウジは眺め、そしてアカネの毒牙に掛かっていないはずのリーは五人に同調して頷いていた。

 

「まあ、サスケ君にサクラさんへの恋心がないとなればボクは一安心です! ライバルだと思っていたナルト君もヒナタさんと目出度く結ばれますし、次はいよいよボクとサクラさんの……!」

『ないない』

 

 未だにサクラに惚れているリーのお目出度い頭に全員が同情する。どう見てもリーに望みがないからである。

 一同はナルトの前祝いと、そしてリーの失恋の前慰め(?)に盛り上がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 前祝いの焼肉パーティが終わり、ネジは一人日向の里に帰り着く。そのまま自宅へと戻るが、そこで出迎えたヒザシに呼びとめられた。

 

「ネジよ。ヒアシ様がお前を呼んでいたぞ。本日中ならば遅くても良いから、ヒアシ様の元に出向けとの仰せだ」

「ヒアシ様が? こんな時間にどうしたんだろう?」

 

 既に夜も遅く、日付も一時間ほどで変わろうとしている。だが、宗家の者にそう言われれば分家としては逆らう事は出来ない。逆らうつもりもないが。

 とにかく、ネジは出来るだけ急いで宗家の屋敷へと赴いた。ネジがその気になれば自宅から宗家の屋敷まで十秒と経たずに到着する。

 瞬身の術まで用いて急ぎ、そしてネジは屋敷に仕える使用人に話を通し、しばし待合室にて待つ。

 

「お待たせいたしました。ヒアシ様がお待ちです。こちらに」

「分かりました」

 

 使用人に案内されて、ネジはヒアシが待つ部屋へと移動する。場所はネジも知っているが、こういう作法は必要な事なのだ。使用人の仕事を取ってはならない。

 

「ヒアシ様。ネジ様がいらっしゃいました」

「通せ」

 

 ヒアシの言葉に従い、使用人は襖を開いてネジを部屋へと通す。それに従いネジは礼をしつつ、ヒアシの書斎に入室し、そしてヒアシの言葉を待つ。

 

「良く来た。遅くにすまなかったな」

「いえ、こちらこそお待たせして申し訳ございませんでした。しかし、この様な夜分に如何様なご用件でしょうか?」

 

 ヒアシは何かの書物を見ながらネジに労いの言葉を掛ける。そしてネジの質問に対し、ゆっくりと口を開いた。

 

「うむ。明日でも良かったのだが、出来るだけ早い方が良いと思ってな……。ネジよ、お前をハナビの護衛に付けようと思っている」

「ハナビ様の……!」

「そうだ。明日にでもその旨をハナビに伝える。お前が断るなら話は別だが」

「いえ、まさか断るなど。そのお話、ありがたくお受けいたします」

 

 元々分家の人間が宗家の命令に従わない事はありえない。なので、ヒアシの言葉はネジの意思を汲もうとする優しさだ。甥という意味でも、一応はネジもヒアシの中で特別な位置にいるのだろう。

 ネジに取っても今回のヒアシの命令は渡りに船であった。ヒナタの護衛の任を解かれ、どうにも張り合いがなくなった所にこの命令だ。例え断っても良いと言われても、断るつもりはネジにはなかった。

 

「そうか……では、その力でハナビの為に尽くしてくれ。頼んだぞ」

「はっ! ……一つ、ご質問よろしいでしょうか?」

「……なんだ?」

 

 ヒアシに頭を下げつつ、ネジは疑問に思った事を確認する。

 

「何故、護衛の話を急に持ち出したのでしょう? 出来るだけ早い方が良いとヒアシ様は仰っていました。何か不穏な事でも起こるのでしょうか?」

「……いや、決まっている訳ではない。だが、未来は常に予測不可能だ。ならば、不測の事態に対応出来るよう、準備は整えておくのが正解だろう」

「はっ! ぶしつけな質問、申し訳ありませんでした!」

「構わん。……もう下がって良いぞ。明日の明朝にまた屋敷に来い。今日はゆっくりと休め」

「はっ! それでは失礼いたします」

 

 そうしてネジが退室した後に、ヒアシは古い文献の続きを読み解いていく。

 

「……月の大筒木一族。私の杞憂で済めばいいのだが」

 

 難しい顔でヒアシは呟き、一人である場所へと赴いて行く。

 だが、彼の不安は杞憂で終わる事はなかった……。

 

 

 

 

 

 

 月の大筒木一族。それは、六道仙人である大筒木ハゴロモの弟、大筒木ハムラの末裔だ。

 ハムラは兄と共に十尾とカグヤを封印した後、月となった十尾を監視する為に、己の一族の一部を引き連れて月の内部へと移り住んだのだ。この時地上に残された一族が、後の日向一族である。

 月の大筒木一族はハムラの教えに従い、長きに渡り生き続けていた。その教えとは、大筒木一族が月に移り住んでから千年の後、地上の民がチャクラを正しく扱い世界が平穏であるかを見極める、というものである。

 だが、その解釈を巡り、大筒木一族は宗家と分家とで分かれて壮大な争いを行っていた。そして、勝ち残ったのは分家であった。

 

 分家の者はハムラの教えをこう解釈した。千年の後に、地上の民がチャクラを正しく扱わず、世に平穏を齎す事が出来ていなければ……地上を滅ぼし、真の楽園を作る……と。

 分家が勝ち残った事により、その教えが月の大筒木一族の悲願となってしまった。そして最後の一族である大筒木トネリは千年後の地上を見て、地上を滅ぼす事を決断した。

 千年経っても六道仙人の教えは浸透しておらず、地上の人間は未だチャクラを兵器の様に扱っている。最早これ以上地上の人間をのさばらせる必要はないとトネリは判断したのだ。

 

 トネリは地上の人々を滅ぼすべく、月の内部にあるエネルギー球体“転生眼”の力を利用し、月そのものを地上に落とそうとする。

 月の質量が地上に落ちれば、その破壊により大多数の人々は死に、生き残った人々も環境の変化に耐えられず死滅するだろう。全ての人々が死に絶えた後に、トネリは地上に真の楽園を作り出すのだ。

 

 その為の力もまた転生眼であった。三大瞳術とは違う第四の瞳術にして、輪廻眼と対を成す転生眼。 

 転生眼とはハムラが開眼した瞳術だ。写輪眼の行きつく先が輪廻眼であるように、白眼の行きつく先が転生眼なのである。

 転生眼の力は凄まじいの一言に尽きる。転生眼を持つ者に触れれば、その者はチャクラを一瞬にして吸収され、その上転生眼の開眼者にはハムラのチャクラを有する者か、その直系の子孫でない限りダメージを与える事も出来ない。

 月の内部にある巨大な転生眼は元はハムラが開眼したものであり、一族が代々伝わる教えに従いハムラの子孫の白眼の眼球を封印し続けた結果、巨大なエネルギー球体になったのである。

 

 転生眼の力を十全に発揮すれば、破壊された地上を楽園に変える事も可能だろう。

 だが、そこには問題があった。トネリは大筒木一族の最後の一人。そう、千年の後に残った一族が、大筒木トネリただ一人だけだったのだ。

 これでは地上を滅ぼし楽園を作ったところで意味はない。生物は一人では数を増やす事は出来ないのだ。単細胞生物は別としてだが。

 

 そこでトネリは地上の日向一族に目をつけた。ハムラの血統、その中でも純度の高い白眼を持ち、ハムラのチャクラを最も色濃く受け継ぐ宗家の娘。それを妻と迎える事で、新世界の新たなアダムとイブになろうと画策したのだ。

 だが、ここでも問題が起こった。なんとトネリに妻として選ばれた日向ヒナタが、どこの馬の骨とも分からぬ輩と結婚をするという情報を得たのだ。

 これにはトネリも焦った。そして同時に憤慨した。ヒナタに、ではない。ハムラの血統でありながら、他の一族の血を招き入れる事を許したヒアシにだ。一族の誇りを汚す行為にトネリは激怒したのだ。

 

 ヒナタが結婚してしまえば、全ての計画は台無しとなる。事は早急を要した。

 だが、焦っても問題は解決しない。ここでヒナタを強奪したとして、それで全てが上手く行くほどにトネリは地上の民を侮ってはいなかった。

 計画を進めるには力が必要だ。そう、誰にも負けない力が。

 

 それこそが転生眼の力だ。月にある大筒木の秘宝ではなく、トネリ個人の転生眼が必要なのだ。

 その転生眼を開眼する為に、高い純度を保った白眼をトネリは必要としていた。その候補に上がっているのが、日向ハナビの白眼であった。

 日向ハナビを攫い、その白眼を己の物にする。そして力を付けた後、日向ヒナタが結婚する前に彼女を手に入れる。邪魔する者は転生眼の力の前にひれ伏すだろう。

 そして地上の民は月そのものを落とす事によって壊滅する。その後に待っているのは争いのない真の楽園だ。

 

 トネリはそれらの計画を、ハムラの意思だと信じて遂行しようとする。

 トネリは地上の民を侮ってはいない。地上を観察した際に、その力の高さは窺っている。転生眼がなくば、今のトネリでは負けてしまう存在も少なくはないだろう。

 トネリは地上の民を刺激しないよう深夜遅くに行動を開始し、気付かれないようにチャクラを隠し、傀儡達を日向宗家の屋敷に潜入させる。

 月の大筒木一族はトネリ以外が絶滅している為、人間を模した傀儡をチャクラを以ってして操りトネリの周りの世話をさせている。当然戦闘用の傀儡も存在しており、こうして屋敷に潜入しているのも戦闘用の傀儡だ。

 

 この傀儡には地上の忍が使う一般的な傀儡とは決定的に違う点がある。それは、一般の傀儡はチャクラ糸を繋げてその糸の微妙な動きで傀儡を操るのに対し、トネリの傀儡にはチャクラ糸が繋がっていないのだ。

 トネリの傀儡はエネルギー球体である月の転生眼のチャクラによって動いている。それ故にチャクラ糸を必要とせず、主であるトネリの意思で自在に動かす事が出来るのだ。

 そして彼らは傀儡故に生物特有の気配は皆無だ。その上でチャクラを隠せば、人形に気付ける者はいないと言えよう。少なくとも、深夜の寝静まった日向宗家の屋敷には、傀儡人形に気付けるはずの者はいなくなっていた。

 

 そう、屋敷の主人であるヒアシは今この屋敷にはいなかった。今頃ヒアシはトネリがあらかじめ渡しておいた手紙に記された場所に赴いているだろう。

 日向一族の一部のみに月の大筒木一族の話は伝わっていた。それをトネリは利用し、ヒアシに手紙を出して屋敷から離させたのだ。全てはハナビを、いやハナビの白眼を手に入れる為に。

 下手にヒアシと争う事になり、事が木ノ葉隠れの里に広まっては手痛いしっぺ返しを受けるかもしれない。その可能性を少しでも少なくする為の策だった。

 

 傀儡は静かに動き、そしてハナビの寝室に侵入し、寝静まっていた彼女を一瞬で捕らえた。

 

「!?」

 

 何事かとハナビが目を覚ました時にはもう遅い。傀儡はハナビが暴れ出す前にその意識を奪い、気絶した彼女を背負って静かに立ち去っていく。

 後は木ノ葉隠れから立ち去り、月に繋がっている秘密の洞窟へ赴き、そこから月に戻ればそれで傀儡の仕事は終わりだ。

 残るはトネリがヒナタを連れて月に戻ればいい。大筒木の末裔である自分がヒナタを諭せば、それで彼女は目を覚ましてくれる。どこぞの者とも知れぬ薄汚い野良犬と結婚しようなど、馬鹿げた事だと気付いてくれる。

 トネリは妄信的にそう信じていた。トネリにとって一族の掟は絶対であり、同じハムラの直系であるヒナタも理解してくれると信じきっていたのだ。

 

 そして、トネリがヒナタの元へ赴こうとした時、操作する傀儡の内の一体からチャクラが失われたのを感じ取った。

 

「これは……」

 

 慎重を期して大事な白眼を手に入れたというのに、それを邪魔する者は誰なのか。

 トネリがチャクラを広げてその犯人を確認する。それは――

 

「ハナビ様から手を離せ下郎!!」

 

 日向ネジ。ハナビの護衛役に任命されたばかりの日向きっての天才であった。

 ネジはヒアシからハナビの護衛役を仰せつかった後、家に帰りゆっくりと休んでいた。だが、何故か胸騒ぎがした為に、宗家に向けて白眼の透視と望遠の力を使った。

 そこで見た光景は信じられないものだった。宗家の次女にして次代の当主であるハナビが、何者かに攫われようとしていたのだ。

 これを黙って見ているネジではない。突如として飛び起き、一瞬にして宗家の屋敷へと辿り着き、そしてハナビを担いでいない方の傀儡に八卦空掌を浴びせたのだ。

 

 傀儡達は急な闖入者に慌てる事なく――慌てるという感情自体ない――対応する。ハナビを抱えている傀儡を先に行かせ、残る傀儡でネジの足止めをしようとしたのだ。

 どこから現れたのか、ネジの周囲には無数の傀儡が現れていた。そして次々とネジに向かって襲い掛かっていく。その間に、ハナビを担いだ傀儡は離れようとする。

 

「させるか!」

 

――八卦掌廻天!――

 

 日向宗家のみに伝わる奥義回天。それを独自に編み出したネジは、戦争終結後の二年間でその上の奥義である廻天まで身に付けていた。

 流石にその技術自体は自力で編み出したのではなく、戦争でヒアシが使用していたのを目にしたのを真似た物だが、それでも二年で身に付けた事は天才の面目躍如と言えよう。

 

 廻天は回天とは違い、噴出したチャクラそのものを高速回転させる技術だ。それ故にその場で自らが回転する必要がなく、自由に行動する事が出来る。

 それを利用し、ネジは迫り来る傀儡達を廻天によって弾きながら、一直線にハナビの元へと駆けつける。

 そしてネジは屋根を跳躍して逃げる傀儡の動きを捉え、その体に柔拳を叩き込む。それと同時にハナビを奪い、抱きかかえて地面へと着地した。

 

「う、うう……」

「ご無事ですかハナビ様!?」

 

 戦闘の衝撃により、ハナビが気絶から覚めようとしていた。そしてハナビがゆっくりと目蓋を開けると、そこには尊敬するネジの姿があった。

 

「ね、ネジ兄様……あれ? 私は確か……」

「ハナビ様、ご無事で何よりです」

 

 混乱するも、その五体が無事である事にネジは安堵する。

 そんなネジを見つつ、ハナビは自分の現在の境遇を理解した。

 

「そうだ! 私は何者かに気絶させられて――」

 

 そう、何者かに気絶させられ、攫われようとしていた。そして、今ネジに抱きかかえられている。

 現状を理解した瞬間、ハナビの顔が急速に赤くなっていく。それを見たネジは敵に何らかの薬物を投入された事を危惧し、白眼にてハナビの体を確認した。

 

「……チャクラの乱れはなし。ハナビ様、どこか苦しい所などはありませんか?」

「う、ううん。だ、大丈夫だから!」

 

 慌てて首を振りつつ、ハナビはネジの胸板のたくましさに胸をドキドキとさせ――そっと大地に降ろされた。

 

「え……ネジ兄様?」

「ハナビ様、オレの後ろに……」

 

 地面に降ろされた事を僅かに不満に思いつつ、ハナビは様子が一変したネジに戸惑っていた。

 そしてネジに遅れてハナビも気付いた。いつの間にか、自分達の前方に一人の男が立っている事に。

 

「手間を掛けさせてくれるね」

 

 その場に現れたのはトネリだ。トネリにとって最も重要なのはヒナタだが、全ての目的を叶える為の前提条件である転生眼の為にはハナビの白眼が必要だ。

 せっかく手に入れた純度の高い白眼を取り返されては堪った物ではない。それ故にこうして直接出向いたのだ。正確には、直接ではないのだが。

 

「貴様、何者だ!? 何の目的でハナビ様を狙った!!」

 

 ネジはこの男こそがハナビを狙った犯人の首謀者、もしくはそれに近しい存在だと勘付いた。

 そんなネジの叫びを、トネリは意にも介さずにハナビに向けて手を差し伸べる。

 

「さあ、こちらにおいで。ボクと共に来る事が、日向宗家としての真の役目だ」

「ふざけた事を……! ……なっ!?」

「あ……!」

 

 自分を無視して訳の分からない事を話すトネリにネジが苛立ちを見せた時、ネジとハナビは驚愕すべきものを見た。

 トネリはそんな二人の反応をどうでも良いと思い、そして――

 

「こんばんは。良い夜ですね」

「え?」

 

 背後から突如聞こえた声に振り向き……絶望(アカネ)を見た。

 

 

 

 

 

 

「ふむ。やっぱりこれも傀儡ですね。視た感じが普通の人間と違ってましたし」

 

 破壊されたトネリ……だった物を見下ろしながら、アカネはため息を吐いた。

 そう、アカネの言う通り、木ノ葉隠れに侵入したトネリは傀儡人形だったのだ。本物のトネリは月で傀儡人形を操っていた。

 

「アカネ、帰っていたのか……」

「アカネ姉様! お帰りなさい!」

「ただいま、ネジ。ただいま帰りましたハナビ様!」

 

 ネジとハナビに対する反応の差は明らかである。いつもの事だからネジは何とも思っていないが。

 

「もう、様付けで呼ばなくてもいいって言ってるじゃない。アカネ姉様はヒヨリ様だったんでしょ? 身分で言うならアカネ姉様の方が上でしょ?」

「いやいや、それは前世の話ですから。今はしがない分家の一人です。宗家の方に尽くすのは分家の務めでございます」

「しがない? 分家?」

 

 アカネがしがない分家の立場なら、他の分家は何なのか。ネジは分家の概念について深く考えた。

 二秒で考えを放棄したが。アカネの言葉を真面目に受け取ってはこっちが損をするだけなのだ。

 

「アカネ姉様は分家とか気にしなくていいってなってるんでしょ。だったらもっと親しく接してほしいな」

「ふふ、分かりましたよハナビ。それはそうとして、二年も会わない内に成長しましたね。見た目もそうですが、性格も大分年齢相応になって。安心しましたよ」

 

 そう、ハナビは二年の年月で大きく成長している。外見は成長期ゆえに当然として、その精神は二年前とは大違いだ。

 第四次忍界大戦までのハナビは日向の跡取りとしての修行をこなし、あまり感情を表に出す事のない少女だった。

 だが、ここにいるハナビは歳相応の反応をする極普通の少女の様に見える。この変化にはアカネも驚きつつ、同時に喜んでいた。

 ハナビが変化した理由は、やはり平和に向けて世界が動き始めた事が原因だろう。忍の在り方も徐々に変わりつつあり、ハナビも修行の日々だけでなく、年頃の女の子として様々な経験を積んだのだ。

 

「アカネ。お前はどうして木ノ葉に帰ってきたんだ?」

「ああ、マダラからナルトとヒナタ様……ヒナタが結婚するという話を聞きまして。結婚式に参加すべく大急ぎで帰ってきました」

 

 そう、飛雷神の術により定期的に木ノ葉隠れの里に帰還しているマダラから得た情報により、アカネは二人の結婚を知った。

 その式には必ず参加すべく、遥か彼方から全力で木ノ葉隠れへと帰還したのだ。

 

「で、先ほど帰ってきたばかりなのですが……」

「そこでこいつを見つけた、と」

「そういう事です」

 

 深夜遅くに木ノ葉に辿り着き、実家でしばらく休もうと思っていた矢先に、不審人物が日向の敷地内にいるのを発見したのだ。

 しかもネジと相対し、その後ろにはハナビがいる。二人の会話を確認すれば、その不審人物はハナビを狙っている様子。制裁決定である。

 

「しかし……この傀儡、チャクラ糸が繋がっていなかった様ですが……」

「確かに……おかしいな。本来ならチャクラ糸がなければ傀儡を操る事は出来ないはず……」

 

 傀儡の常識から外れているハムラの傀儡に二人は悩み、そしてアカネが結論を出した。

 

「まあ、遠隔操作しているなら、どこかに犯人が隠れているという事でしょう。少し調べてみますか」

 

 そう言って、アカネは仙人モードとなり、傀儡人形に籠められていたチャクラと同質のチャクラを探知しようとする。

 

――木ノ葉……いない。火の国……いない? 周辺国家………………いない? チャクラを消したか? …………ん? これは――

 

 しばらく集中してチャクラを探知していたアカネがゆっくりと目を開き、そして月に向けて白眼を発動させた。

 

「アカネ? どうした?」

「月? ……なるほど。最近の月の接近はそういう事か」

 

 徐々に迫りつつある月は、地上から見ると明らかに大きく見える様に映っていた。それを不思議に思いつつ、ハナビは首を傾げる。

 

「……月の大筒木一族」

「月の――」

「大筒木一族?」

 

 アカネが零した言葉はネジとハナビの知識にはないものだ。

 そんな二人に、アカネはどう説明したものか悩みつつ、とりあえずザックバランに説明した。

 

「ええ。月には日向一族と源流を同じくする大筒木一族が住んでいるんですよ。この傀儡から感じたチャクラと同質のチャクラを月にも感じました。恐らく犯人は大筒木一族でしょう」

 

 アカネはかつてヒヨリであった頃に、宗家の一員として大筒木一族について知識を得る機会があった。それ故に月に渡り住んだかつての同胞の事も多少は理解していた。

 

「月だと……まさか、この傀儡は月から操っていたのか!?」

「そういう事になりますね」

 

 何ともないように話しつつ、その実アカネは悩んでいた。

 どうやって月に行くか。手がかりは殆どない。恐らく何らかの手段で月に行く事が出来るのだろうが、その手段が分からない。

 傀儡を泳がせればそれを追う事も出来ただろうが、侵入した傀儡は全て破壊してしまった。

 再び敵が襲ってくるのを待つしかないのか。そう考えながらも悩んでいたその時、アカネの脳内に電流が走った。

 

「そうだ。月まで飛んで行けばいいんだ」

「ハナビ様、屋敷に解熱剤と鎮静剤はございませんか?」

「すぐ取って来るね!」

「ちょっと待て。私は熱などないし、興奮もしていない。至って冷静だ」

 

 二人のセメントな反応と迅速な対応に、思わずアカネも冷や汗をかいた。だが、二人の反応は当然のものだと誰もが思うだろう。

 

「アカネ。オレの聞き間違えじゃなければ、お前は月まで飛んで行くと言わなかったか?」

「……言ったけど?」

「アカネ姉様、宇宙って空気がないって知ってた? 昔、土遁でどこまで高く昇れるか試した忍がいたらしいけど、途中で空気が薄くなりすぎて諦めたんだって。これで一つ賢くなったね姉様!」

「知ってますよ! 正直この世界の人よりよっぽど私の方が詳しいよ!」

 

 ハナビに可哀想なモノを見る目で哀れまれたアカネは、思わず別の世界の知識がある事を示唆する様な台詞を吐いてしまう。幸い誰もそれに気付かなかったが。

 

「全く! 私に自殺願望はありません! ちゃんと宇宙空間でも無事に移動出来る様に準備しておけば何の問題もないです!」

 

 そう言って、アカネは様々な術を駆使し出した。

 まず仙人モードのままで、かなりのチャクラを籠めた影分身を四体作り出す。その影分身がそれぞれ風遁・土遁・雷遁・そしてチャクラ放出を行い、四人が収まれる大きさの球体を作り出した。

 土遁にて巨大な球体を作り密閉し、風遁にて空気の断層を作り密閉空間を強固にする。そして雷遁にて無数の苦無に電流を流すことで中の温度を調節し、球体の周囲を膨大なチャクラで覆う。

 空気には限りはあるが、これで宇宙空間に出てもある程度は問題ないだろう。外に空気が漏れる事はなく、紫外線なども岩壁にて遮断。電熱で暖まった苦無で暖も取れ、チャクラのブーストで空と宇宙空間を自在に移動する。アカネ式簡易ロケットの完成である。

 

「じゃ、ちょっと行って来ますねー」

 

 空気が漏れない為に外には聞こえない出発宣言をしつつ、アカネの影分身達はそのまま宇宙へと飛び立った。

 

「さ、後は私の影分身が何とかしてくれるでしょう。少なくとも何らかの情報を得てくれるはず。それじゃあ、私たちは家に帰りましょうか」

『……』

 

 ネジとハナビは急な展開に付いて行けず、やがて先ほどの光景をなかった事にした。考えを放棄した方が良い事もある。対アカネ用思考放棄型精神防御壁は順調に作動しているようだ。

 

「ねぇねぇアカネ姉様! 今日うちに泊まって行きなよ!」

「うん? ……そうですね。こんな時間に家に帰っても父さんと母さんに迷惑でしょうし、お言葉に甘えましょうか」

「やった! じゃあ旅の話でも聞かせてよ!」

「こんな時間なんだから、早く寝ないと体に悪いですよ、もう。少しだけですからね」

「はーい!」

 

 そうして二人は和気藹々と帰路に就く。ネジは一人寂しく残されるが、別に寂しくはないと自分で自分に言い聞かせていた。その時だ。

 

「そうそう、ネジ兄様!」

「はっ! どうされましたハナビ様?」

 

 突如として振り返ったハナビがネジに声を掛ける。何事かと思いつつも、ネジは姿勢を正して分家としてあるべき態度を取る。

 

「……さっきは、ありがとね! そ、それだけ! それじゃ、お休みネジ兄様!」

「お、お休みなさいませハナビ様!」

 

 慌てる様に離れて行くハナビに、ネジもまた慌てて挨拶を返す。

 そしてハナビの労いの言葉に満足している所で、後ろから声を掛けられた。

 

「ネジ……」

「うお! あ、アカネか! ん? お前はさっきハナビ様と一緒に……」

 

 ハナビと一緒に帰路に就いたはずのアカネが何故か自分の後ろにいる。そんなネジの疑問に対し、アカネは敵意で以ってして答えた。

 

「ハナビに手を出したければ、最低でも後二年は待つ事です。今の年齢で手を出せば……分かりますね?」

「お、オレにそんな気は――」

「分かりますね?」

「わ、分かった……」

 

 ネジの快い返事を聞けたアカネは、影分身を解いて消滅した。

 今のアカネが影分身であった事に納得しつつ、ネジは何をどう間違ってもハナビに手を出す事はしないと誓った。

 もっとも、そんなネジの誓いに反し、ハナビの方から徐々にアタックを強めてくるのだが。ネジの胃が壊れるのが先か、ネジの精神が壊れるのが先か。今、ネジの人生において最大の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 地上にいるネジの苦痛はさておき。

 宇宙に向けて飛び立ったアカネ(影分身)達は、影分身である事を良い事に、碌に安全確認もせずに大気圏に突入、そのまま突破し宇宙空間へと到達する。

 これが本体であればもう少し慎重に行動するのだが、影分身なのだからダメージを受けても消滅するだけで他に問題はない。まあ、結果として大気圏突破も、宇宙空間での移動も問題なかったのだが。

 チャクラを用いたとは言え、人間が個人の力で宇宙に飛び出す。この事実にはアカネも興奮した。

 

「おお、地球は青かった……」

 

 白眼にて地球を見つめながら、アカネはどこかで聞いた事がある様な台詞を思わず呟いた。

 

「それ、誰の台詞でしたっけ?」

「さあ? あなたが覚えていないのに私が覚えている訳がない」

「そりゃそうです。全員私なんですからね」

『はっはっはっはっは!』

 

 影分身同士でコントをする。これも一人コントなのだろうか。

 

「っと、酸素がなくなる前にさっさと月に行かなきゃな」

「そうですね。四人もいるから酸素の消費も多くなりますし」

「その分大きめに作りましたけど、持って後十時間くらいでしょうか?」

「一秒間に十回の呼吸を……」

『おいばか止めろ』

 

 影分身にも呼吸は必要だ。酸素がなくなり、呼吸困難となればその時点で影分身は消滅するだろう。

 アカネの影分身ならば十分な酸素を体内に取り込んでいれば十分以上は活動できるだろうが、術の限界を超えた時点で影分身は消滅してしまうだろう。

 酸素を大幅に減らす様な馬鹿をしようとした影分身を、他の影分身が叩こうとするが、そうすると影分身は消滅してしまうのでそれも出来ない。馬鹿な発言をした影分身は勝ち誇って他の影分身を見ていた。

 なお、その影分身に苛立っている他の影分身達だが、そいつが馬鹿な発言をしなければ結局他の誰かが同じ事をしていたのは言うまでもない。だって同じアカネ(馬鹿)なのだから。

 

「さて、空気が勿体無いですから、月まで一気に飛ばしますか」

『賛成』

「頑張るのは私なんだけどなぁ……」

 

 気軽に月まで一気にと言うが、エンジン役となっているのは簡易ロケットの周囲をチャクラで覆っているアカネだ。

 他のアカネ達はそれぞれの役目を果たしているが、明らかにチャクラを放出しているアカネが一番重労働だろう。

 文句を言いつつも、チャクラ役のアカネは放出するチャクラの量を一気に上昇させる。それにより、明らかな加速を見せて簡易ロケットは月に向かって移動を速めた。

 

「おお、やっぱり大気がない分速度が上がりやすいですね」

「その代わり減速もしにくいですよ。月に着陸する時に激突しない様に気を付けなければ」

「逆に考えるんだ。激突しちゃってもいいやって」

「……まあ、そうですね。白眼で見たところ、どうやら大筒木の本拠地は地下にあるようですし」

「地下に巨大な空間があります。それに、白眼でも見通せない太陽の様な何かも」

「どうやらその太陽らしきものから、傀儡を操っていたチャクラと同質のチャクラを感じ取ったようですね」

「その内部が大筒木一族の住処かな。他に人がいそうな気配はないし」

「じゃあ、月に到着したらそのまま地下に侵入という事で」

『賛成』

 

 全員がアカネなだけに、意見がすらすらと出てそのまま作戦が決定された。作戦は、障害物を力ずくでぶち抜いて敵アジトに侵入しろ、という誰が聞いても完璧な作戦である。ただし、実行者がアカネである事が前提だが。

 

 

 

 やがて簡易ロケットは月の表面近くまで近付いた。元々月の方から近付いているだけに、アカネの予想よりも早く到達したようだ。

 

「そんじゃ、速度を少しだけ落としてそのまま行くぞー」

「オーケー。月の大地に突撃する部分は鋭角にしておく」

「私もチャクラの高速回転で掘り進めるようにしよう」

「空気の壁に異常なし!」

「電気による発熱、及び苦無に異常なし!」

『お前ら楽だな!?』

 

 風遁と雷遁の役目のアカネは非常に楽に寛いでいた。いや、何かあればすぐに他のアカネを手伝うつもりではあったが。

 

「そんじゃ、突入開始! 衝撃に備えろ!」

『りょーかーい』

 

 とうとう簡易ロケットが月の表面に着地……せずに激突し、そのまま月の地下空間目掛けて地面を掘り進んで行く。激突した時の衝撃? そんなものは圧倒的なチャクラの前では無意味だ。チャクラ万能説は伊達ではない。

 どれほど掘り進んだだろうか。ドリルの様に高速回転するチャクラにより順調に進む簡易ロケットは、とうとう岩盤を貫き地下空間へと到達した。

 

『おおー』

 

 地下空間には広大な大地が広がっていた。水があり、森があり、そして太陽まである。もちろん人工の太陽だが。

 その時、アカネ達は気付いた。月の表面と繋がったはずの空洞だが、アカネ達が突き破った岩壁から空気が漏れ出していないのだ。

 なにやら不思議な力が作用しているのだろうと判断する。恐らくはこれも大筒木一族の技術なのだろう。

 

 アカネ達は地下空間を白眼でくまなく見通す。だが、その大地に人の影は見当たらなかった。何やら遺跡の様な物は見つかったが、遺跡というだけに既に廃墟であり、既に人は住んではいない様だ。だが、僅かに気になるチャクラが残されている様だ。

 遺跡も気になるが、やはり怪しいのはあの人工太陽だ。太陽から傀儡を操るチャクラと同質のチャクラを感じる上に、白眼で内部を視る事が出来ないとなれば怪しい事この上ないだろう。

 しかし、どうやって侵入するかが問題だ。太陽の様に光は照らしても、熱量は感じない事から近付いても問題はないだろうが、中に入る方法が見当たらない。

 アカネ達は考えに考えた。大体二秒くらい悩み、そして結論を出した。

 

「突き破るか」

「異議なし」

「先に手を出したのはあっちだしね」

「うちの可愛いハナビに手を出そうたぁふてー野郎だ。その上ヒナタには手を出していないのが尚更許せん。突入で」

『賛成!』

 

 実際にはトネリがヒナタに手を出す前に邪魔をしたのだが、それを知れば余計に怒りを増すだけだろう。

 今のアカネを物理的に止めるにはマダラ・柱間・ナルト・サスケの四人のうち、最低でも二人は必要だ。物理的でなければ他にもいるが。

 とにかく、怒り心頭なアカネ達はその怒りのままに簡易ロケットにて人工太陽に突撃しようとする。だが、それを阻止しようとする者達がいた。トネリが操る傀儡達である。

 

 傀儡は巨大な鳥の傀儡を操り、人工太陽から飛び出して簡易ロケット目掛けて攻撃を仕掛けてきたのだ。

 チャクラの光弾を雨あられの如く放ち、簡易ロケットを迎撃しようとする。だが、その全ては高速回転するチャクラによって弾かれていった。

 そしてそのまま人工太陽に突撃した。傀儡達が出現する際に何やら人工太陽の一部に穴が空いていたが、そんなの知ったこっちゃねーと言わんばかりに強引に突き破ろうとした。

 

「おお、これは……!」

「ふむ。かなりの頑強さ……」

「ほほう。良し、もう風遁は必要なさそうだし、私も手伝おう」

「だね。雷遁もいらなそうだし、私もやるか」

 

 地下空間の環境は人が生活できるレベルで整っている。必然的に簡易ロケットの環境を整えていたアカネ達はその力を別の事に割く事が出来るという訳だ。

 

『では――』

 

――仙法・風遁螺旋風塵玉!――

――仙法・土遁螺旋土流削!――

――仙法・雷遁螺旋雷神撃!――

 

 三人のアカネ達から放たれる極大仙術により、人工太陽の強固な外壁は僅かに拮抗し、そして砕け散った。

 そして出来上がった巨大な穴に、簡易ロケットは突入する。

 

 人工太陽の内部には空中に浮かぶ小さな島々と、月を思わせる欠けた球体、そして明らかに人が住んでいると思われる巨大な城が存在していた。

 そして、アカネ達は白眼にてその城の内部に傀儡とは違う、人間がいる事を見抜いた。当然目標とすべきはその城だ。

 城に向けて突撃する簡易ロケット。それに向けて、城に備え付けられていた兵器を傀儡が操り、膨大な量のチャクラ弾が放たれる。

 

「ふ、私の防御を破りたければ、その万倍は持ってきなさい」

 

 まあ、簡易ロケットを守る廻天の前では無意味な攻撃だったが。

 

「実際に万倍来たら?」

「影分身ですからね。チャクラが尽きます」

『ですよねー』

 

 どっと笑いつつ、簡易ロケットはそのまま城に突撃し、そして中からアカネ達が降り立った。

 

「よし、突入。目指すは大筒木一族と思われる者の居場所だ」

『了解!』

 

 アカネ達はそのままトネリの居場所を目指して一直線に進む。……文字通り、一直線にだ。

 壁も、天井も、そんなものは一切関係なく、トネリ目掛けて突撃する。道中傀儡が邪魔をしに来るが、それらはアカネの速度を僅かにも落とす要因にはならなかった。

 そうしてアカネ達は最短距離でトネリの居場所まで到達する。そこではアカネ達を待ち構えていたトネリが立っていた。

 

「強引だね。女性ならばもう少し淑女らしくした方がいいと思うよ?」

『うっ!』

 

 トネリの先制攻撃! アカネ達は精神に5ダメージを受けた!

 

「君たちは……日向の、ハムラの末裔……その分家か。それに四人が同じチャクラ……分身、それも実体を持っているね」

「ええ。目を持っていなくとも、良く視えている様ですね」

 

 目を持っていない。アカネのその言葉の通り、トネリの眼孔は空洞だ。

 トネリは大筒木一族の掟に従い、生まれた落ちた瞬間にその白眼を月の転生眼へと捧げられたのだ。

 つまり、トネリは生まれてから一度も世界を見た事がないのだ。

 

 そんなトネリが不自由なく暮らしているのは、目ではなくチャクラにて世界を認識しているからだ。ある意味健常者よりも視界が広く、物事の本質にも気付きやすいと言えよう。

 

「……聞きたい事がある」

「なんだい?」

「ハナビを攫おうとしたのは……その眼を埋める為か?」

「そうだよ。もっとも、それだけじゃないけどね」

 

 淡々とハナビの眼球を奪おうとした事を告白するトネリに、アカネは冷静に事情を確認しようとする。怒りを発揮するのは相手の目的を真に知ってからだ。

 

「ハナビの白眼を奪って何をしようとしていた?」

「分家の君に言っても仕方のない事だ。所詮は呪印を刻まれた白眼など……ん? 呪印の力を感じない……?」

 

 呪印を刻まれているならば、影分身にも同じ様に呪印の力が刻まれるはず。だが、アカネからそれは感じられない。それに困惑するトネリに、アカネが答えを教えた。

 

「ああ、私に呪印は刻まれていませんよ」

「……君は、日向の分家ではないのか? 分家には必ず呪印が刻まれるはず……」

「分家ですが、私は少々特殊でして」

「……そういえば、君はどうやってここに気付いた? 月と地上を繋ぐ地下洞窟には監視を置いていたが、監視が気付いた様子はない……どうやってここまで来た?」

 

 アカネの不可思議さに戸惑いつつ、トネリはどうやってここまで来る事が出来たのかを聞き出す。

 

「傀儡の内部から感じられたチャクラと、月の内部から感じられたチャクラが同質だったので、月があなたの本拠地だと気付きました」

「まさか……地上から月のチャクラを感じ取ったというのか!?」

「ええ。あなたも月から傀儡を操っていたでしょう? それほど驚く事ですか?」

 

 驚く事である。普通はそんな感知力を持っている訳がない。

 トネリが傀儡達を月から操る事が出来たのは、傀儡が月の転生眼のチャクラを籠められて動いているからだ。転生眼がなければそんな芸当が出来るはずもなかった。

 まあ、アカネも気付けたのは月の転生眼のチャクラが膨大だったからこそだが。

 

「それと、私達がここまで来た方法は、地上から直接月に向かって飛んできました」

「君の頭は正気か?」

『失礼な!』

 

 いや、誰だってアカネの言葉を聞けばトネリと同じ事を返すだろう。人間が地球から月に向かって飛ぶなどと、誰が信じると言うのか。

 

「ちゃんと宇宙空間への対策をしてから来ましたよ!」

 

 違う、そういう問題じゃない。

 トネリは呆れつつも、それらを無視して口を開く。

 

「まあ、良くは分からないが君も日向の、ハムラの血を受け継ぐ者ならば、ハムラの天命に従え」

「ハムラの天命?」

「そうだ」

 

 そうしてトネリはアカネにハムラの天命を、己の目的を話した。

 ハムラが月の外道魔像を見張る為に一族を率いて月に移住してきた事を。月から地上を見つめ、兄の六道仙人が作り上げた世界にて、チャクラが正しく扱われているか見守っていた事を。そして、一族に向けて、千年の後に地上にてチャクラが正しく扱われているか見極めよと言葉を残した事を。

 大筒木一族は、ハムラが残した天命に従い生き続け、そして最後の一人となったトネリが判断を下した。長き年月を掛けても、人はチャクラを争いの道具として扱う。地上の人間に、生きる価値はない、と。

 地上の人間を滅ぼし、転生眼にて地上に真の楽園を築き上げる。それこそがハムラの天命であり、ハムラの末裔の使命なのだと。

 

「転生眼?」

「そう、ハムラが開眼した第四の瞳術。その力によって、月は人が住める環境へと変わったのさ」

「なるほど……その力で、月を落とした後の荒廃した地上を再生しようというわけですか」

「そうだ」

 

 既にアカネも月の落下がトネリの仕業だと気付いている。月の不自然な接近と、トネリの話を総合すれば馬鹿でも理解出来るだろう。

 ちなみに月の表面にさえ転生眼の力は伝わっており、月の地表でも人は呼吸が可能となっている。恐るべきは転生眼の力である。

 

「月を動かしているのも転生眼の力ですか。ハムラの転生眼が残っているのですか?」

「察しがいい。その通りだよ。まあ、今の君には転生眼の場所までは教えられないけどね」

 

 アカネの白眼を以ってしても転生眼の場所は確認出来ない。恐らく何らかの手段で白眼対策を施した場所に隠しているのだろう。

 

「今の、ですか?」

「そうだ。君もハムラの末裔だ。ならば、ハムラの天命に従う事こそ、その本懐のはず……」

 

 つまり、トネリはアカネを仲間に誘っているのだ。同じハムラの末裔同士、手を組もうと。

 アカネがただの分家であればこの様な誘いはしなかったかもしれないが、今はそうは言っていられない程に困窮した状況であり、そして何よりアカネの力は利用出来ると、トネリは判断したのだ。

 

「ふむ……もう一つ質問です。地上を滅ぼす決断は、あなただけでしたのですか?」

「そうだ。今の大筒木一族はボクしか残されていない。幼い頃に父が亡くなってから、ずっとボク一人だった……」

 

 トネリが色々な事をアカネに話したのはそんな理由があったのかもしれない。これだけ長く話したのは本当に久しぶりだったのだ。

 アカネはトネリのそんな感情を見抜き、若干の哀れみを持ちつつも、トネリの誘いを断った。

 

「一人で決断したのか。だったら、なおさらお前を止めるとしよう」

「……何故だい?」

「一人で決めた事に、間違いがあったら誰がそれを正す? お前はこの決断が間違いでないと言えるのか?」

「間違いな訳がない! 地上の人間は何年、何十年、何百年と経っても未だに争い続けている! そんな愚かな者達を滅ぼし、地上に真の楽園を作る! これこそハムラが我らに託した天命だ!」

 

 アカネの言葉に、トネリは闇を思わせる眼孔を見開いて叫ぶ。それを聞いて、アカネは現状は説得の余地なしと見て、力ずくで止める事にした。

 

「ふぅ、仕方ない駄々っ子だ。来なさい、少し教育してあげます」

「黙れ! 天命を忘れた愚かな末裔よ! これ以上一族の血を汚す前にここで消え去れ!」

「そう怒鳴らなくてもその内消えますよ。私影分身ですから。ああ、後ろの三人は手を出しませんのでご安心を。そうそう、私も目を瞑りましょう。これで互いに条件は同じですね」

「な、舐めるなぁぁぁっ!」

 

 次々と放たれるアカネの挑発染みた発言に、とうとうトネリが切れた。一見温厚だが、意外と激憤しやすい性格のようだ。

 だが、アカネを前にして感情を剥き出しにするのは悪手だ。そこから読み取れる情報は非常に多い。先読みを得意とするアカネにとって、情報の多さはそのまま先手を取る確率を上げる事に繋がる。

 

 トネリは光球を生み出し、その光球にてアカネを貫こうとする。これを人体に埋め込めば、それで対象を操る事が出来るという術だ。もっとも、アカネのボス属性の前では無意味な能力なのだが、そんな事をトネリが知る由もない。

 そもそもだ。トネリが光球を生み出す前に、アカネは動き出していた。トネリの意識は攻撃に傾いていた為、その動きに対応する事が出来なかった。

 

「ふん!」

「ごはぁっ!?」

 

 アカネリバーブロー(手加減)!

 説明しよう。アカネリバーブロー(手加減)とは、アカネの強靭な足腰のバネから生み出される破壊力を、体を捻転させる事で損なう事なく拳に伝え、相手の肝臓を打ち抜く手加減した一撃の事である! 結果、相手の肝臓は粉砕される。ただし死にはしない。だって手加減してるから。

 

「あ、ぐ、あぁ」

 

 肝臓が破壊され、多大なダメージを受けたトネリ。だが、彼の心は折れていなかった。

 必ずや、一族の悲願を達成する。ハムラの天命に従う事こそが、一族の悲願なのだ。その一念が、トネリの心を絶望から守っていた。

 

「ふむ。肝臓は破壊されど心は折れず……敵ながらその意気や良し! だが戦いは無情!」

「がはぁっ!?」

 

 アカネアッパーカット(手加減)!

 説明しよう。アカネアッパーカット(手加減)とは、アカネの強靭な足腰のバネから生み出される破壊力を、体を捻転させる事で損なう事なく拳に伝え、相手の顎を打ち抜く手加減した一撃の事である! 結果、相手の顎は粉砕される。ただし死にはしない。だって手加減してるから。

 

「ぐ、ぁ……」

 

 顎が砕け、脳も揺れ、激痛が走り、朦朧とするトネリ。そこには既に一族の掟がどうのこうのという想いはなく、ただただ痛みに耐える一人の男しか残されていなかった。

 

「おお、まだ倒れないとは……感動した! じゃ、もう一発……!」

「――!?」

 

 アカネジャーマンスープレックス(手加減)!

 説明しよう。アカネジャーマンスープレックス(手加減)とは、後方から相手の腰に腕を回してクラッチし、アカネの強靭な足腰のバネを利用して後方に反り投げ、相手の頭部を大地(チャクラによる強化済み)に叩き付ける一撃の事である! 結果、相手の頭部は粉砕される。ただし死にはしない。だって手加減してるから。

 

 どしゃり、と音を立ててトネリは崩れ落ちた。アカネが眼を開いて見ると、そこにはピクピクと小さく痙攣を繰り返すトネリの姿があった。

 

「……やりすぎでは?」

「鬼か?」

「いや悪魔か?」

「同じ私だろう!? 立場が違えばお前らだって同じ事をしたはずだ!?」

『そんな……(わたくし)、淑女なのでその様な恐ろしい事出来ませんわ』

「こ、こいつら……!」

 

 そうやってアカネ達がコントを広げている間にも、トネリの痙攣は小さくなりつつあった。彼の命の灯火は後どれ程持つのか……。

 

『あ、やば』

 

 トネリの状態に気付いたアカネ達が彼に治療を施す。どうやら死神は彼の元に訪れなかった様だ。

 

 

 

 

 

 

「……ここは」

 

 死の淵から生還し、意識を取り戻したトネリは辺りを窺う。するとすぐ傍にアカネがいる事に気付いた。

 

「気付きましたか」

「……ボクは、敗れたのか」

 

 惨敗である。

 

「さて、まだ月を落として地上を滅ぼそうと考えていますか?」

「……その物言いでは、ボクはそれほど長くは気絶していなかったようだね」

 

 そう、トネリは然程の時間を掛けずに気絶から覚めた。月が落ちるまでにはそれ程の猶予はない事から推察した様だ。

 

「状況判断良し。どうやら後遺症はないようで安心しましたよ」

「……敵の心配をするなんて、可笑しな事だ」

「まあ、あなたは明らかに間違った教育で育っている様ですしね。過ちを犯した子どもを殺しはしませんよ。教育はしますけどね」

「間違った教育だと……! ボクは、ボク達は遥か昔から天命に従って――」

「じゃあ、あなたの両親も、同じ事を言っていたのですか?」

「ッ!」

 

 アカネのその言葉に、トネリは反論出来ずに呻いた。それを見て、アカネはトネリの親は息子に別の道を指し示した事を察する。

 親もハムラの天命とやらをトネリに教え込んでいたとすれば、その時は間違った教育だと断言するつもりだったが、どうやらそうではなさそうだ。

 

「あなたの親は、あなたに何と言っていたのですか?」

「……」

 

 アカネの言葉で、トネリは父の遺言を思い出した。

 危篤になったトネリの父は、たった一人で月に残される幼い息子の行く末を心配した。傀儡達がいるので生活に問題はない、だが、人間は衣食住が足りればいいという生き物ではないのだ。

 

――父が死んだら、お前は地球に行け。もう、大筒木の大義も宿命も忘れていい。仲間を探し、友を見つけ、自分の為に生きなさい。人間は一人で生きてはならない……。

 

 それが、父の遺言であった。だが、トネリはその遺言に背き、月に残った。孤独は確かに辛かった。だが、先祖の想いが、大筒木の悲願が、ハムラの天命が、トネリを月に縛りつけたのだ。

 

「大筒木一族の最後の一人であるボクは……ハムラの天命を果たさなければならない……ならないんだ……!」

 

 天命と言う名の呪いに、トネリは動かされていた。そんなトネリを見てアカネはため息を吐き、そして言った。

 

「その天命とやら、間違った解釈をしていませんか?」

「そんなはずはない! ハムラは確かに――」

「地上でチャクラが正しく扱われているかを見極めろとは言ったのかもしれませんが、正しくなければ人間を滅ぼせとまで言ったんですか?」

「それは……そのはずだ! それこそがハムラの想いだ!」

 

 どうやらハムラが人を滅ぼせ等と言い残した伝承はない様だ。それならばなおさら大筒木一族がハムラの遺志を間違った解釈で受け取った可能性があるとアカネは考える。

 そして、それは事実当たっていた。ハムラに地上を滅ぼすつもりなど毛頭なかった。だが、大筒木一族の分家がハムラの掟を誤った解釈で受け取ってしまい、宗家と敵対して宗家を滅ぼしてしまったのだ。そして、分家の解釈が真のハムラの天命だと受け継がれてしまった。

 云わばトネリは被害者だ。歪んだ掟を守るべく、生まれた時からそう教えられて育ち、そして己を除く一族が幼い頃に死に絶えた為に、その過ちを正される事なく独善的な性格を作り上げ、今日(こんにち)まで育ってしまったのだ。

 

「ふむ。あなたは、今の地上の人々がチャクラを正しく扱えていないと判断したようですが。今の世界は平和に向けて動いていますよ。それはどう判断されるのですか?」

「どうせお前達はまた争いを起こす。チャクラを使ってな……」

「なるほど。ですが、あなたもチャクラを使って争いを起こしていますが?」

「え?」

 

 そう、トネリは地上の人々を貶しているが、それはトネリ自身にも返って来る言葉だ。

 トネリが地上を滅ぼそうとすれば、当然それに対して地上の人々も対抗する。そしてそれは、チャクラを用いた争いに発展するだろう。

 

「安寧が齎されようとしている地上に、チャクラを以ってしてあらぬ争いを起こそうとしているのはあなたじゃないですか」

「ち、違う! ボクは地上に真の安寧を齎す為に……! 六道仙人の間違った世界を破壊して、真の楽園を作る為にチャクラを使っている! お前達と一緒にするな!」

「一緒ですよ。今まで私が戦ってきた者も、同じ様な事を言っていました。地上に真の平和を作る為に戦っている……と。その結果、史上最大の戦争が起こりました。その彼と、今のあなたと、何が違うのですか?」

「そ、それは……」

 

 アカネの言葉に、トネリは言い返せなくなっていた。普段のトネリならまだ言い返せていただろう。だが、戦いに敗れ、気力を失っている今のトネリには反論する力もなかったのだ。

 そんな状態だからこそ、アカネの言葉を冷静に受け止める事が出来た。そう、一緒なのだ。今のトネリと、アカネが思い浮かべた悲しい男の想いと行動は……。

 

「もう一度聞きますね。あなたの親は、あなたに何と言っていたのですか?」

 

 今のトネリならば、答えてくれる。そう信じて、アカネは同じ質問を繰り返した。

 

「父上は……地球に行って……掟を忘れて……友や仲間を見つけて、共に生きろ、と……」

「なんだ……いいお父さんじゃないですか」

 

 トネリの答えを聞き、アカネは微笑みながらトネリに再生忍術を掛けた。

 

「う……! こ、これは……!?」

「少し刺激が強いかもしれませんが、大丈夫ですよ。さあ、ゆっくりと目を開いてください」

「目を? 何を言ってるんだ。ボクには目は……!?」

 

 アカネの言葉を怪訝に思いつつも、トネリはその瞳をゆっくりと開いていく。そして、信じられないものを見た(・・)

 

「み、見える……世界が、見える!?」

「流石に白眼をあげる訳にはいきませんが。これくらいならね」

 

 トネリの眼孔に、まごう事なく眼球が埋まっていた。アカネが再生忍術により眼球を再生させたのだ。

 この二年で、アカネは六道仙術を会得した柱間から眼球の再生という高度な技術を学んだのだ。術を会得するまでに犠牲になった獣達に哀悼の意を……。なお、犠牲になった獣はアカネ達がちゃんと美味しく頂いていた。

 

「モノを見るとは……こういう事なのか。……父上にも、見せてあげたかった」

 

 初めて見る世界に戸惑いながら、トネリは感動する。チャクラを集めた心の目で周囲の状況を感じ取る事で、目で見る以上に的確に行動する事は出来た。

 だが、やはり感じると見るとでは大きな違いがあったのだ。そして、モノを見る感動と喜びを味わいつつ、それらを父にも味わわせてあげたかったと僅かに慟哭する。

 

「……それが、君の姿か。感じていたよりも、よっぽど美しい」

「えっと……その……」

 

 トネリは周囲の光景の次に、自分に目を与えてくれたアカネを見つめる。そして、感じた事をそのままに口にした。

 そのあまりのストレートな物言いに、アカネは少々焦った。ここまでまともに褒められた事はあまりなかったのだ。大体は自分の行動のせいだが。

 

「と、とにかく! 月を落とすなんて馬鹿げた事はもう止めなさい。ここまで言っても止めないなら、実力行使しますよ?」

「ボクを殺しても、月は止まらないよ。転生眼を破壊しないとね。さあ、どうやって実力行使する?」

「転生眼を破壊します。それが無理なら月を破壊します」

「え?」

 

 月の破壊と簡単に言うが、簡単な事ではない。が、地上にいるアカネ本体に協力を仰げば不可能ではない。ついでにマダラと柱間もいるので、三人掛かりならより確実だ。月など然したる時間もなく砕けるだろう。大概化け物である。地上はともかく、この化け物共は滅びるべきなのかもしれない……。

 

「やろうと思えば出来ますよ? さあ、次は何と言って私を止めますか?」

 

 いつの間にかアカネがトネリを止めるのではなく、トネリがアカネを止める側になっていた。トネリも良く理解出来ていない様だ。

 

「時間がないから早くして下さいよ。月を落とす事を止めないなら、私が転生眼か月を破壊しますよ?」

「は、ははは……ははははは! そうか……転生眼を壊されるのは、勘弁してほしいな。アレには一族の想いが籠められている。例え、間違った物だとしてもね……」

 

 どこか吹っ切れた様に語るトネリを見て、アカネはゆっくりと笑顔を見せた。

 

「じゃあ、月を止めるんですね?」

「ああ……父上の遺言は、正しかった。人は一人では生きていられない……。ボクは、地上で生きてみたくなった。そして、地上の人々と過ごしてみよう。その為には、地上が滅んでは意味がない」

 

 そう言って、トネリは月を動かしている転生眼の力の働きを止めた。そして、元の軌道上に戻る様に、転生眼にて月を操作する。

 アカネとの会話が、トネリの孤独を刺激したのだ。孤独はもう嫌だ。ならばヒナタを攫って嫁にすればいい。だが、今の状態ではそれも叶いそうにない。トネリが何をしようとも、アカネによって食い止められるだろう。

 ならばどうすればいい? 答えは簡単だった。父の遺言に従えばいいのだ。いや、初めからそうすれば良かったのだろう。アカネに諭されて、トネリはようやくそれに気がついた。

 

「トネリだ。大筒木トネリ」

「え? ああ、私は日向アカネと言います」

 

 突如として自分の名を告げたトネリに、自己紹介をしていなかった事を思い出してアカネも自分の名を名乗る。

 

「アカネ……いい名だ。あなたに相応しい」

「え? そ、そうでしょうか? 自分では良く分かりませんけど……」

 

 先ほどからのトネリのべた褒めにアカネはたじたじだ。今が戦場で、これがトネリの計算通りの精神攻撃ならば、トネリは精神面でアカネの数歩上に立っている事になる。まあ本気で言っていると分かっているからこそ、アカネもたじたじなのだが。

 

「アカネ、頼みがある……ボクの……」

 

 どこか言い難そうに歯切れが悪くなるトネリを見て、アカネは優しく微笑んで語りかけた。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 トネリの想いを汲み、アカネは頷いた。父の遺言である友や仲間を見つけろ。その遺言に応えたいのだろう。

 アカネは喜んで友となる事を心の中で誓い、そして――

 

「ボクの母になってくれないか!?」

 

 まさかの答えに放心した。

 

 母? 母と言ったのか? え? 友じゃなく? 仲間でもなく? 母? はは? ハハッ、おっとこれ以上は危険だ。

 混乱するアカネに、期待と不安を籠めた様な視線が突き刺さる。それはまるで、母親に捨てられそうな子どもの目だった。

 

「い、いいですよ」

 

 アカネはその視線を振り払う事が出来なかった。

 

「本当かい! ありがとう! キミに、いや母さんに叱られて思ったんだ。何だかお母さんみたいだって……。ボクの母はボクが物心付く前に亡くなってしまったから、母親の思い出はないけど……だからこそ、あれが母親なんじゃないかって思ったんだ」

 

 どうしてそうなる。アカネは混乱している。だが、今更拒否する事も出来ない。

 こうして、アカネに一つ年下の子どもが出来たのであった。なお、本体のアカネはまだこの事実を知らない。知ればきっと叫ぶだろう。どうしてこうなった、と。

 

 

 

 そうして紆余曲折を経て、アカネ達とトネリは城を出た。その際、アカネが地下空間に突入した時に気付いた遺跡のチャクラが気になり、トネリと共に立ち寄ってみたのだが……。

 そこでトネリが出会ったのは、大筒木一族の本家と、そして大筒木ハムラのチャクラ体であった。そこでトネリは、ハムラの真の遺志を知った。

 ハムラは決して地上を滅ぼそうなどとは思ってはいなかった。ただ、地上の民がチャクラの正しい扱い方をしていなければ、それを正す様にと想いを籠めていただけだったのだ。

 そして、ハムラは今の地上は正す必要もないと判断していた。兄であるハゴロモがナルト達に未来を託した様に、ハムラもまた地上の民に未来を委ねたのだ。

 

 己が信じていた天命が根本から崩れたトネリだが、その表情は晴れ晴れとしていた。かつてのトネリならともかく、今のトネリはその真実を受け止める事が出来たのだ。

 そして、地球に繋がる地下洞窟を抜けて、アカネ達は地上へと戻って来た。宇宙空間を戻る必要がなくなり、アカネ達は影分身の内の一人を解除する。これで本体にも情報が伝わっただろう。

 

 その時、木ノ葉隠れの里にて、「どうしてこうなった!?」という叫び声が上がったのだが、その原因を知る者はまだ誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 日向ハナビ

 

 今回の一件から、ネジを尊敬する従兄としてではなく、一人の異性として見る様になる。そして感情そのままにアタックを続けた。姉とは違い恋に積極的な様だ。

 

 

 

 日向ネジ

 

 護衛対象であるハナビに迫られ続けるも、二年は耐え抜いた。そして、ハナビが十六歳の時にとうとう陥落。ヒアシに土下座して結婚の許しを請う。

 

 

 

 日向ヒアシ

 

 トネリに呼び出された場所にて傀儡に襲われるが、原作と違い壊滅させて己の足で里に戻ってくる。帰って来てゆっくりと眠り、朝目を覚ました時、何故か大筒木一族の末裔と共にアカネが頭を下げていた。何が起こったのかはヒアシを以ってしても理解出来なかった。

 事情を聞き、ハナビを攫おうとしたトネリに思う所はあるが、反省をしているようだし、アカネの懇願もあってトネリを許した。だが、しばらくはハナビやヒナタに近づかせなかったという。

 

 

 

 大筒木トネリ

 

 アカネを母と慕い、地上で暮らす決意をする。そして慣れない地上に戸惑いながらも、多くの光景に感動し、多くの友を作った。

 

 

 

 日向アカネ

 

 知らぬ間に出来た子どもに困惑しつつも、母の愛を知らずに育ったトネリに愛情を注ぎ、地上の常識を教え込んだ。母性本能は高い様である。

 

 

 

 月の転生眼

 

 悪用されないよう、マダラの輪廻眼によって厳重な封印を施される。これを解けるのは輪廻眼の使い手くらいだろう。さらに月との繋がりである地下洞窟を物理的に破壊される。これで月への移動手段はなくなった。……アカネの様に直接移動すれば話は別だが。

 

 

 

 

 

 

 ナルトとヒナタの結婚式には多くの人が集まった。木ノ葉の上層部から、親しい友まで幅広く、そして他里からも風影を初めとする多くの人々が立場に関わりなく集まり、そして祝福した。

 

「ヒナタ……綺麗ですよ」

「ありがとうアカネ姉さん……」

「ナルト、ヒナタを不幸にしたら許しませんからね?」

「分かってるってばよ」

 

 アカネもまた、ナルトとヒナタを祝福した。そして、長年見守っていた妹分が結婚する事に、少しの感慨を感じていた。

 

「長く生きてますが、こういうのはどんな時でも素晴らしいと思えますね……」

「……そ、そうだな」

 

 アカネの隣でその呟きを聞いていたマダラは、何かを言おうとするもそれを上手く言葉に出来ないでいた。

 

「どうしたんですかマダラ?」

「い、いや、何でもない!」

 

 親友が何を言いたいのか分からず、アカネはキョトンとマダラを見つめる。マダラは決心を固めようとしつつ、まだ時期尚早だと己に言い聞かせる。

 その時だ。二人の間に割って入る様に、トネリが現れた。

 

「母さん。こっちに来てくれないかな?」

「はいはい。どうしたんですかトネリ?」

 

 そうしてアカネはトネリに連れられるままにマダラから離れて行った。今は母の愛情を知らずに育ったトネリに構って上げたいようだ。

 だが、トネリは去り際にマダラに勝ち誇った笑みを浮かべていた。その瞬間、マダラは理解した。こいつは敵だと。根本的な敵という意味ではなく、内在的な敵なのだ、と。

 

「砂利が調子に乗りおって……!」

 

 思わず輪廻眼にて全力で睨み返すが、トネリはどこ吹く風と言わんばかりにアカネを連れて移動した。

 

 そんな親友を遠目でもどかしそうに見つめる柱間に、その柱間を呆れた目で見つめる扉間。

 息子の晴れ舞台に涙目になるミナトとクシナ。次は私だと決意するサクラに、何故か寒気を感じるサスケ。

 

 今日も木ノ葉は平和の様だ。

 

 

 

 

 

 

 うちはマダラ

 

 今回を機に、アカネへ想いを告げる決意を固める。その為に、アカネに打ち勝つ手段を模索する。なお、アカネは別に自分よりも強い者が結婚相手としての絶対条件ではなかったりするが、それをマダラが知るのは知る意味がなくなってからであった。

 

 




 調子に乗ってTHE LASTをギャグで汚してしまった……。まことの申し訳ない! だが、楽しく書けたから良し!


多部キャノン様からの頂き物です。ありがとうございます!


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